勝利の条件
私の発言に場は一気にざわつく。
普通の令嬢はまずそんなことは言いませんものね。
陛下が軽く手を上げる。それは静粛にの合図。それを見て場は静まります。
「それで勝負とはどのようにするつもりだ?」
「はい。今度行われる討伐会において、どちらが多くの魔物を狩ったか。その数で勝敗を決めたいと思います」
そう言えばざわめき出す。今度は先程より大きな声と驚きになる。
「ローズアリス! そんなことをして何になるんだ!?」
叔父様が声を上げる。
「お前はカルマ家の令嬢として大人しくしていればいいんだ! なぜそれがわからない!?」
「お母様もお祖母様も参加なさっていたと聞いていますが?」
「実戦経験のないお前に何ができる? 怪我人を増やすだけだ。第一お前は女だ! 女らしくしていればいいんだ!」
これはまた女性を敵に回す発言を。
「陛下、発言の許可を」
「許す」
シャリアお姉様が動きました。
「カルマ侯爵。私も救護班として参加する予定ですが辞めたほうがいいのでしょうか? 私も女ですから」
シャリアお姉様の発言に慌てる叔父様。
小娘に弄ばれる。なんとも情けない。
「そ、そういうつもりはなく……」
お姉様は今いる光魔法士の中でトップの癒やしの術を持っている。そんな人が怪我人がひっ迫する討伐会に参加してもらえないのは国にとっても冒険者達にとっても痛手。それをわかっていながらの発言。こんな軽口にわかりやすい表情。これでよく貴族なんてやってられますわ。
「では、侯爵はローズアリスの発言に賛成ということでいいのか?」
「え、あ、はい……」
力なく頷く。
そう答えるしかありませんものね。宰相様も睨んでおられますし。
「では他に何かあるものはいるか?」
他にはいないようですが、ライウス様の顔色は悪くなる一方ですわ。
「それでは勝負内容を進める前にこれはあくまでも、ローズアリス・カルマとライウス・オーヘルの勝負。政治の有無は関係ない。よって、政治的関与は認めず、処罰の対象とする」
ここまで宣言していただければ妙な介入はないでしょう。何も気にせず思いっきり殺れますわ!
「あ、この結果で相手のいなくなった者に婚約を申し込むのは自由だからな」
陛下が最後に置き土産を下さいました。陛下は陛下でこの状況を面白がっているようですね。
お兄様を睨むと「諦めろ!」という合図が返ってきました。
まあ、私のストレス発散の場を設けてくださったことには感謝してますからこのくらいは大目に見ましょう。それに、この結果を見ても私と結婚したいと思う殿方が現れるとは限りませんし。
細かなルール説明が終わった後、最後に陛下からの有り難いお言葉を賜りました。
「今回の騒動の原因の一つとして、キリム・フォース並びにミューラ・デリストにも黄金の鐘の一員として参加するように。これは王命である。如何なる理由があろうとも拒否することは一切許さん」
これにはミューラ様も顔色が悪くなりましたわ。デリスト男爵も王命と言われてしまえば逆らえません。これで彼女の適正問題が解決すればいいのですが。
「これにて終了とする!」
陛下の退場を見送って謁見の間を出たところで呼び止められましました。
「アリス、カルマ家を陥れるつもりか!?」
「叔父様。私は爵位が欲しければいつでも差し上げると申し上げておりますわ。それを良しとしないのは国の意思。文句があるなら陛下に仰って下さいませ。それでは失礼いたします」
「屋敷に戻らないつもりか!?」
「好きなだけいていいと両陛下もお許しになった。これに関しては口出しは無用だよ。アリスに必要なものはこっちで用意するから。よかったね、お金が浮いて」
そう師匠が言うと叔父様は顔を引きつらせて引き下がった。
「行こうか、アリス」
「はい、師匠」
私達はこの場を後にしました。
その後の叔父様は随分悔しそうにしていたと聞きました。
「彼は変わらないね」
「そうなのですか?」
「うん、昔から嫌われてるよ。僕も含めてね」
「まあ、師匠ったら。私と一緒ですね」
私達の会話を聞いていたお兄様が顔を引きつらせているのに気づきました。
「お兄様ったら、酷い顔ですわよ」
「本当だね。折角の容姿が台無しだよ」
「誰のせいですか。まったく、二人揃わせると厄介で始末に負えない。後始末をする方の身にもなってもらいたいものだ」
そんなお兄様に私達は良い笑顔で答えました。
それを見たお兄様の深いため息は今まで聞いた中で一番長かった。見事に記録更新ですわ。
「いつまでも遊んでないで行くぞ」
これから私は問題の両家と会う予定だ。前もって済ませても良かったのですが、落ち着いて話をするためにも少し間を空けたほうがいいと陛下の助言で今日になりました。両陛下も今日なら立ち会えるという理由もありますけどね。
応接間に通されました。
中にはすでに全員揃っていました。
オーヘル公爵夫妻、フォース伯爵夫妻、両家の跡継ぎ、宰相様にシャリアお姉様まで。それに両陛下に師匠とハクマン団長とすごい顔ぶれですわ。
「アリス、本当にバカ息子がごめんなさい!」
オーヘル公爵夫人が真っ先に謝罪の言葉を発しました。
「許してほしいなんて言わない。あなたの気のすむようにして構わないわ。あの子にマリアのことを黙っていた私が悪いの。本当にごめんなさい……」
公爵夫人はお母様が亡くなったことをずっと責めている。
ライウス様に話されていないことは知ってましたけど、知っていたからと言ってあの方は今と変わらなかったでしょう。甘やかされて育ったのは違いありませんから。
「ライウスは今回の件が済んだら廃嫡する。二度と公爵家を名乗らせないし、国の敷居を跨がせない。陛下からの許可も頂いている。本当にすまなかった」
陛下のほうを見ると頷かれました。
ライウス様は国外追放決定のようです。
泣いて詫びる公爵夫人。冷静な口調ながらも何歳も老け込んだように見える公爵様。お二人は本気でライウス様を見捨てられるのでしょうか? そうでなければ公爵家としての立場はもちろん、長男であり未来の公爵であるオールセント様の将来も閉ざしてしまうことになる。
「アリス、本当に弟がすまない。もっと厳しく育てるべきだった」
オールセント様も同じように謝ってくれました。
「枯れた花をいくら摘み取っても、根が腐っていては美しい花を咲かせることはできませんわ。水も肥料も適度でないと」
私の皮肉は通じたようですね。
オールセント様も困ったように笑います。
「そうだね。いつかいつかと問題を先送りにしてきた俺達の責任だ。こんなんじゃ殿下を支えるなんて無理だね」
「それは困るぞ。お前以外に仕事を押し付ける相手がいないからな」
「殿下、自分の仕事は自分でして下さい」
オールセント様のことはお兄様に任せましょう。側近候補であり、親友なのですから。
「ライウス様のことはそれで構いません。後は叔父を納得させて下されば」
オーヘル公爵様にお願いします。私ではぶっ飛ばして終わりをやってしまいかねませんので。
「わかった。それはこちらで処理しよう。慰謝料だが」
「あ、それはいりません。叔父が無理を言って公爵家からお金を借りているでしょう? それと相殺で構いませんわ」
そう、あの叔父は公爵家に借金をしているのです。それも名目が私の養育費。ちなみにそのお金が私に使われたことはありません。全て叔父家族が使い込んでいます。
その話をヴォルフから聞いた時手に持っていたカップを落としてしまいました。
問い詰めても無駄なので調べた結果、見事に散財してました。酒に娼館通いにドレスに宝石などに消えていました。
「むしろ、婚約者でなくなったのだからと返金を要求して下さい」
「わかった」
公爵様はあっさり納得した。この方も叔父のことは知っているのでしょう。
「まったく、あの男はカルマ家の役割を理解していないとはな。マリアとともに教育を受けていたはずだが、何を学んでいたのか」
陛下の言葉に一同頷く。
「アリスが継がないなら取り潰してもいいのにな」
「できることならそのほうがいいでしょうけど、それなら分家筋の誰かに譲ってしまうほうがいいのでは? 彼らが興味を抱くとは思えませんけどね」
「……そうだった。カルマ家の人間は物欲が無いんだったな」
「そうですよ、兄上。あれはカルマ家に生まれた突然変異体。あれをカルマ家に換算するほうが間違ってます」
にこやかに師匠が言うと冷たい冷気が走った気がしました。
部屋の温度を上げる魔法を発動したほうがいいでしょうか?
「陛下、我々もローズアリス嬢と話をしてもよろしいでしょうか?」
「ああ」
次はフォース家の番のようです。
「この度はうちの息子がとんでもないことをして申し訳ない」
フォース伯爵夫妻と長男であるユーグノクト様が揃って頭を下げます。見事に夫人は顔色が悪いです。まあ、キリム様は私を切りつけた張本人。おまけにうちの調度品にも傷をつけました。修理には相当な費用がかかるようですから、伯爵家の財産が破綻しないか心配です。
「女性に手を上げるなど言語道断」
「私共の教育が行き届かず申し訳ありません」
私はキリム様に切りつけられた時のことを思いだした。あの時の彼の目は、常軌を逸していた。あの時、彼らにとって私は絶対的な悪だった。何がそこまで彼らをそうさせたのか、興味が出てきましたわ。
「キリムがローズマリア様と関わりがあるのは知っているだろうか?」
ユーグノクト様が話しかけてきました。
「キリム様は本当はフォース夫人の妹様の息子。領地から戻られる途中に魔物に襲われて、負傷。要請を受けて出産したばかりの体調の戻りきらない状態で魔物を撃破。その後妹様のお願いでキリム様を助けた、という話ですか?」
「そうだ。キリムにはそのことは黙っていた。折を見て話すつもりでいた。いつかは君の騎士になってほしいとも思っていたが、うまくはいかなかった。本当にすまない」
そこまで気にされると返って許すと言ってしまいそうになりますがそれは言わないでおきましょう。フォース夫人のためにも。
「やはり本人に謝罪をさせるのが一番だ。ローズアリス嬢の前に地面に額を埋め込ませて謝らせる!」
極端な方向に話が進んだ。
「落ち着け、ノクト。そんなことしたってアリスの気は収まらないぞ。むしろ、今もあいつらの肉体的、精神的に原型を保っていることをよしとするんだ」
「ノクトはアリスと関わりが少ないからわかってないようだけど、そんな謝罪ぐらいじゃ納得しないよ」
カイドお兄様とオールセント様が揃って言います。
よくわかってくれてますわ。
「そうですわよ。それに、やるなら自分で地面に埋めてやりますわ」
「そういう奴だ」
「話には聞いていたが本当にそうなんだな」
どういう話を聞いたのか気になりますが、この話はここまでですね。
そろそろ本題に入ってもいいのでしょうか?
陛下に目で合図を送ると頷かれたので本題に入ることにします。
「皆様の謝罪の言葉、しかと受け取りました。ですが、皆様に集まって頂いたのはご家族である皆様に許可を頂くためですわ」
「許可とはいったい……?」
オーヘル公爵様は予想できたのでしょうがフォース伯爵様は状況を飲み込めていない様子。
「はい、ライウス様とキリム様、引いては黄金の鐘を完膚なきまでに潰す許可が欲しいのですわ」
一応大事な息子を叩き潰す許可を頂いておかないと後で問題になっても困りますし、加減するとは言ってもどこまで加減できるかわかりませんしね。
「謁見の間での話なのか? 魔物の討伐数で勝敗を決めるというのも難しいだろうに、さらに黄金の鐘まで潰すというのは簡単にできることなのか?」
そう言われて気づきました。伯爵夫妻は何も知らないということを。
説明したほうがいいですよね? という視線をお兄様や陛下に送ると、隣から発せられる殺気に怯えたように目を逸らした。
「アリス、僕から説明するよ」
「は、はい、よろしくお願い致します」
師匠の声はいつもと変わらず穏やかだ。けれど、怒りが込められているのとを感じ取っているのは私だけではないでしょう。
話を聞き終えた伯爵夫妻は公爵夫妻を見たり、陛下を見たり、現実を受け入れるのに時間が必要なようですが、そんな悠長にしている時間はありません。
「そういうわけだから、何があってもいいように心構えはしておくように」
陛下の話を聞いた両夫妻は力なく頷く。
「まあ、国外へ出すのだから別にいいんじゃないかな。それに、良くも悪くも自分に甘い連中の集まりだから」
「ああ、叩き潰されることで己を新たに鍛えられるだろう。試練と思えばどうということはない」
兄二人は納得してくれたようです。黄金の鐘のことを知っているのですから、当然です。
両夫妻はフラフラした足取りで部屋を出ていきます。
「アリスよ。ああは言ったが程々にしておくのだぞ」
陛下はそうおっしゃいましたが、私は微笑むだけで何も答えませんでした。
そんな私に対して頭を抱え深いため息をつく。
「ライウスは何を見ていたんだろうな」
「アリスが猫を被っていたのも問題かと」
お兄様が続く。
「血は争えないとはこのことを言うのでしょう」
宰相様も続きます。
「アリスの思う通りにさせたほうが国ためにもいいと思いますよ。国のためにも」
シャリアお姉様も参戦。しかも国のためにって二回言いました。
「そうよ。人柱が立つことも仕方ないわ」
王妃様は一番物騒なことを言っています。人殺しはしませんよ。それこそ、時と場合ですもの。
「せめて骨は残してほしいところだね。欠片でいいから」
オールセント様も加わりました。
「そうだな。墓を作っても骨の一つもないのはな」
ユーグノクト様にまで言われてしまいました。
そんなことはしませんのに。
「消し炭は禁止ということだな。アリス、わかったか?」
団長様の追い打ち。
流石にへこみますわよ。
「じゃ、誰も止めない方向でいいかな?」
師匠が最後にまとめて全員頷いた。
「じゃ、次の問題はカルマ侯爵だな。アリスはどうしたい?」
陛下は一応私に問いかけます。
「潰してくださって構いませんわ」
即答します。
「情はないのか?」
「あればもう少し違う対応を取るでしょう」
「どのみちアリスが継がなければ分家の者の中からということになるが、どれも爵位になど興味が無いからな」
カルマ家は変人揃い。だからこそ、魔法をここまで発展させ、国を栄えさせることができたとも言えますわね。
「気になることは使用人達です。お母様やお祖父様の代から仕えてくれていた者達も大半は辞めさせられました。叔父様が雇った者達はどうでもいいのですが。それにカルマの名の意味を知らない者に継がせるわけにはいきません」
叔父様には娘と息子がいます。娘はすでに嫁いでいますし、息子の方も爵位を継ぐつもりはないと言っています。叔母様も継がせる気は無いと聞いています。カルマ家を継ぐことがどういうことかお祖母様やお母様から聞かされているそうですから、その辺りは安心です。
「我が国は女性が爵位を継ぐことを禁じてはいない。カルマ家のことがあるからだけど、あの方は女性が爵位を継ぐこと自体に反対の人だもの。マリアが継いだ時もうるさかったわ」
王妃様はため息をつかれます。
「お祖父様は家の在り方について教えていなかったのですか? 一応長男なのですから」
「最初は教えていたのよ。でも魔力量も魔法の実力もマリアのほうが優秀だとわかるとマリアの方に力を注ぐのは当然よね。先々代は魔法を教えるのが好きな方だったから」
師匠も両陛下もお祖父様に魔法を習った。母も含めて兄弟弟子なのです。
「ただ、爵位だけは自分が継げると思っていたのよね。それまでは次期侯爵として横柄に振る舞ってたし。でも、マリアが継ぐことがわかると喚き散らしてね。国でも決められていることなのに。魔法の力がカルマ家の力。それに反発して決闘まで申し込んでたわね」
「ああ、私と前王で見届けた。圧倒的すぎたな」
その話は以前に教えていただきました。かなり派手に無様に負けたらしい。見たかったですわ。
「あれは無様に負け、マリアは憂いなく侯爵として立つことになった。爵位継承の儀の時のマリアは美しかった。あの時の魔法は忘れられない一つだよ」
師匠の言葉に場は静まります。その言葉はあまりにも切ない。もうお母様には会えないのだから。
部屋の中が暗くなりました。ですがそれも一瞬のこと。すぐに陛下が切り替えて下さいました。
「では各々準備に取り掛かるとしよう。アリス、我らは手を貸せないがよいな?」
陛下の言葉に最上級の笑みで答えます。
「もちろんですわ。むしろ手出し無用と突っぱねますわ」
皆さん引き気味だったのは気にしません。
さあ、どんな風に潰しましょうか。想像するだけでわくわくします。
「まあ、自業自得だな」
「これを見抜けなかった見る目の無さは驚嘆に値するよ」
陛下と師匠。お二人の言葉でこの場は閉められました。
私は準備のため、魔塔に泊まることになりました。
カルマ家に戻っても叔父様がうるさいだけですし。身の回りの世話をしてもらうため数人の使用人に来てもらいました。もちろんヴォルフも一緒に。
今頃大変でしょうね。あの家は。
「ヴォルフ。何と言って出てきたのですか?」
ヴォルフが淹れてくれたお茶を飲みながら聞いてみました。
「主の元へ参りますと」
「それはさぞ腹を立てたことでしょうね。おまけに実務はほとんどあなた任せ。他に任せられる者も皆来てしまったんですもの。叔父様と残っている使用人では仕事が成り立つはずありませんわ」
ここにはカルマ家を知る使用人がほとんど来ている。そのため家は荒れていると連絡と監視用に残してきた者からの連絡で知っています。
「まったく、力こそカルマだというのに。それがどういう力でも、ね」
そのことにヴォルフは答えることなくケーキをそっと置いてくれました。
ケーキは私好みの甘さで、ついつい食べすぎてしまいました。ですが、問題ありません。このケーキのカロリーもまとめてライウス様達にぶつけてしまいましょう!




