フォース家(2)
キリムは外に出ることを許された。理由は家族が揃ったからだ。ただし、場所は訓練場だ。暴れても問題のない場所として選ばれた。しかし、キリムの目には怒りと憎しみが宿り、今にも爆発しそうだった。
必要最低限の食事を与えられ、狭い懲罰房では体を動かすこともできない。ストレスは溜まっていた。
「まるで捨てられた獣のようだな」
キリムの姿を見たノクトは言う。その言葉はキリムには届いていない。
「おかえりなさいませ。父上、兄上」
キリムは形ばかりの礼をする。
「キリム。何故このような状況になっているのか理解しているのか?」
「それは姉上が俺の話を聞かずに家の者に指示をして無理やり閉じ込めたのです」
その言葉にカリナは眉間に皺を寄せ、ヘクトはため息をつき、ノクトは呆れたように首を振る。
「俺の言い方が悪かったようだな。なぜ、ローズアリス嬢を剣で切りつけた?」
その名前を聞いた瞬間怒りが一気に沸き上がる。
「俺は騎士としての役目を果たしただけです。兄上こそなぜあの女を庇うのですか? あの女のせいでミューラは傷つき泣いたというのに!?」
「それだけの理由で行動したのか? お前の剣はミューラ・デリストに捧げたのか?」
「それはっ」
言葉に詰まる。キリムはミューラに剣を捧げたわけでも忠誠を誓ったわけでもない。
「俺達フォース家の剣は王家に捧げるものだ。そして、王家が守るこの国と国の民に捧げるもの。それを一個人に捧げるというのは将来の伴侶に対してだけだ。お前にとってミューラ・デリストは婚約者でもないただの友人だ。その友人に剣を捧げるというのならフォース家を出ていってもらう」
ノクトは冷静に言う。それが正論でもキリムには納得できなかった。
「なぜ、兄上が父上のように振る舞うのですか? 兄上にそんな権限はありません。そうですよね、父上?」
「いや、この件に関してはノクトに一任すると決めた」
キリムは衝撃を受ける。見捨てられた。そう思った。何故、自分の考えが理解できないのかと思い、ノクトへの憎悪が増す。
「なぜいつも兄上ばかりっ」
「俺はこの家の長子だ。お前より責任を担う分、与えられるものも多い。それだけだ」
当たり前のことを言っている。けれど、キリムは全てを曲解する。
「俺は次男で責任を担う立場にない。なら、何をしても許されるのではありませんか? あの女を傷つけることもっ」
言い終える前にキリムはノクトの手によって後方に吹っ飛んだ。痛みが右頬に走るが何が起きたのか理解できず、倒された体をゆっくりと起こした。
「お前は騎士ではない。この件が済み次第フォース家から出ていってもらう。騎士を名乗ることも許さない。今はまだ剣を持つことは許すがフォース家の紋章は外してもらう」
倒れるキリムを冷めた目で見下ろす。
「待って頂戴っ」
そう言ってモリナがやって来た。キリムの前で膝をつき、心配そうに寄り添う。
「ノクト、この子にもう一度チャンスを頂戴。今はまだ色々混乱しているのよ。自分の感情を抑えられないの。訓練を積めば必ずフォース家を支える者に育つわ。だから……」
「母上……」
キリムはモリナに守られる。それは昔から変わらない。何かあれば必ずモリナが守っていた。それはミューラも同じだった。
「キリム様が怪我をしたら私の光魔法で治します」
その一言に救われた。キリムはミューラの笑顔を守ると誓ったのだ。そしてそれはモリナに対しても同じ気持ちを抱いていたことを思い出した。けれどモリナはいつも謝るばかりだった。
ノクトは二人を見下ろす。
キリムはいくら冷酷な兄でも母親に対して酷い仕打ちはしない。そう思っていた。しかし、その甘さはあっさりと覆された。
「母上。もう手遅れです。キリムか傷つけた相手はローズアリス・カルマ嬢です。彼女の母君であるローズマリア様が何を残してくれたのか忘れたわけではないでしょう? そのせいで、我々はローズアリス嬢から大切なものを奪った。その償いはどうしたのですか? 母上、これはあなたがキリムを甘やかした結果です。どうか、結果を受け入れて下さい」
そうノクトに言われ、モリナは声を上げて泣いた。
「あ、あああっ、ごめんなさい! ごめんなさい、マリア! 私があの時あなたに頼まなければっ!」
「母上?」
突然泣き出したモリナを見て戸惑う。モリナに手を伸ばすが、カリナに払いのけられる。
「部屋に戻りましょう、お母様」
モリナはカリナとヘクトに支えられて戻っていった。
「母上? 兄上、母上に何をしたのですか!?」
立ち上がりノクトに掴みかかる。
「俺は母上が忘れてしまったことを思いだして頂いただけだ」
「何を言っているんですか?」
「キリム。お前は疑問に思ったことはないのか? お前の容姿は俺達とは似ていないことに」
「は? そんなことは……」
キリムは思いだした。以前、新人の騎士達が話していることを。キリムだけが両親には似ていないと。それを聞いたベテランの騎士が新人を注意していたことを。それも、似ていないことは否定していなかった。
「それと母上と何の関係があるのですか?」
掴んでいた手を離し、ノクトと向かい合う。
「お前が学園を卒業し、騎士として歩み出したならば話すつもりでいたが今話す」
ノクトは意を決して語ることを決めた。
「お前はこの家の子供ではない。お前は母上の妹君の子供だ。母上は本当はお前にとって叔母にあたる」
キリムは頭を鈍器で殴られたような衝撃が走る。
「う、嘘だ。そんなの……」
「疑うなら国に問い合わせてみろ。お前のことは養子として登録されている」
「そんな話を信じろと?」
ノクトは一息ついてから話し出す。
「お前の実の母親は領地から母上と帰る途中で魔物に襲われ、亡くなったそうだ。優秀な剣士だったがお前を身籠った状態では思うようには動けず、馬車の中で息を潜めていたが、馬車の結界が壊されて襲ってきた魔物から庇うようにしていた母上を守って背中を切られたらしい。そして、出血が多く魔物が血の匂いで集まってくる中現れたのがローズマリア・カルマ侯爵だった
」
「こ、侯爵? カルマ家の当主は女性だったのですか?」
ノクトは間抜けな顔で問うキリムにため息と疑問を抱くのがそこなのかというツッコみたい気持ちを堪えた。
「そうだ。ローズアリス嬢の母君が先代侯爵で現侯爵はローズマリア様が亡くなってその後に収まったに過ぎない。話を続けるぞ」
キリムは頷く。
「ローズマリア様が到着され、魔物を一掃した後、お前の母親の治療に入られた。母上はお前達を助けるよう懇願した。だが、実際にはどちらかしか助けらないと言われ、まだ意識のあったお前の母親はお前を助けるよう言った。お前の命を助けてほしいと。その意志に答え、お前を取り上げたのを見届けてお前の母親は亡くなり、残されたお前に治癒魔法をかけ続けた。ご自身の命を縮めると知りながら」
ノクトは目を伏せた。その目の奥に焼き付く姿を忘れることはない。産まれたばかりの赤子に治癒魔法をかけ続け、優しく抱きしめる姿は女神のようだとさえ思うほどに。
「命を縮める?」
キリムはやっと理解したようだった。
「俺は、あの女の母親を死なせたというのですか?」
「直接の死の原因はお前にはない。だが、きっかけを作ったのは間違いなくお前だろう」
ノクトはマリアの死の原因は騒動を起こしたもう一人、ライウスであることを知っている。そして、情けなく思う。アリスから母親を奪った二人が揃ってアリスを傷つけたことを。
「なぜ、今まで黙っていたのですか? 俺が未熟だからですか?」
「そうだ。お前は子供で未熟だ。卒業して騎士として働き出せば世間というものを理解する。そう思って折を見て話すことを決めていた。それに、父上と母上は行く行くは魔法剣士となり、カルマ家に仕える騎士になることを望んでいたようだか今となっては無理な願いだがな」
アリスは二人のことを歯牙にもかけていないだろう。だからと言って、このままにするわけにはいかない。どういう形になるか分からないが、王家はアリスの意志を尊重する。それだけ、アリスという存在はこの国に必要だから。
キリムは愕然と膝をつく。
「……父は誰ですか?」
母親のことは語られても父親のことは語られていない。浮かぶ疑問を一つ一つ口にする。
「父親はこの家の騎士だった。しかし優秀とは言えなかった。思い込みが激しく、こうと思えばそれ以外の意見は聞かないし、譲らない。融通もきかず、自分の感情を抑えられない。そのせいで問題ばかり起こし、騎士を破門させられた。その後は冒険者とし活動し、その時に同じく冒険者をしていたお前の母親と出会い、お前を身籠った。その知らせを受ける前に請け負っていた依頼で死亡した」
父親も死んでいることを告げられ、キリムは俯く。
「俺はこの家にとって何なのですか?」
「……俺は、弟だと思っていた。俺の後をついてくるお前は可愛かった。姉上は家のことや母上のことを考えて、領民の家に養子にすべきだと言った。それはお前を憎んでのことではない。お前を貴族の争いから遠ざけるためだ。だが、母上が譲らなかった。罪悪感に囚われてしまったからな。最終的には姉上が折れた。姉上なりに産まれたばかりのお前に対して情はあった。だが、今となってはそれもない。お前が壊したのだ」
「俺は知らなかった! そんなこと、誰も教えてくれなかった。姉上が俺に冷たいのは母上と父上が俺ばかりに構うからで、兄上だって……」
「誰が言ったのか知らないがそんなことはない。姉上は甘やかすばかりの母上に自立しても問題ないようにすべきだと厳しく接していただけだ。お前には冷たく見えたかもしれないが、それは姉上の愛情だ。姉上は他人に厳しいが自分にも厳しい人だ。父上が剣以外まるで駄目だからしっかりなされたのだ」
それを知ってキリムは過去を振り返り、自分のしたことを思い返す。そして、憎しみから絶望の色へと表情を変える。
「もう手遅れです。俺は取り返しのつかないことをした……」
「ああ、そのとおりだ。これからどう償っていくか自分で考えろ。そして、アリス嬢の意志に従え。国は彼女の意志を優先させるだろう。俺が言えるのはそれだけだ」
「……はい」
素直に言うことを聞くキリムを残して去ろうとする。
「キリム、最後に聞いておきたいことがある」
「はい」
「ミューラ・デリストはお前にとって何だ?」
そう聞かれて答える言葉はただ一つだった。
「女神のような人です」
即答するキリムに半ば呆れた。
「……そうか」
それだけ言い、その場を離れた。
一人残されたキリムは呆然と空を見上げる。空にはミューラの眩しい笑顔が浮かぶ。
「会いたいな、ミューラ……」
その言葉はただ虚しいだけだった。




