七話 猛毒と女と豊臣の影
真田幸村の長距離射撃により、右足を撃たれた夜光は座り込んでいる。壁に隠れてはいるが、このままではホーキと共に蜂の巣にされるのは時間の問題だ。
「しくじったな……足を撃たれた。傷口が紫になってるという事は毒もあるのか。状況は最悪だぜ。ホーキはその石川数正が使っていたような竹箒で弾を防げたのか?」
「博識ね夜光は。この竹箒は石川数正の竹箒だから特別なのよ」
「石川数正の子孫か。あの男は結局徳川と豊臣の中間でしくじって出奔したんだったな」
「石川数正がどうしくじったか答えてくれる?」
足の傷の様子を見つつ、夜光は答えた。
戦国の世において、しくじりは死を意味する。昔の村正一族は尖った才がある者が多く、それを戦場などで見せびらかしていた。家康に言わせれば、織田信長の尾張勢の煌びやかな家風に染まっているという事。
質素倹約を是とする三河の風習には合わない。結果的に石川数正のように尾張の綺羅星に惹かれてしまうと、三河からは疎まれ、やがて自分の居場所が無くなり敵方へ寝返るしかなくなる。
「……これが家康が霞の上に乗った政権としか思っていなかった豊臣政権に奔ってしまった石川数正事件だろう。猿と言われた男も、同僚達や敵すら家臣にする為に方々に気を回していたと言うからな」
「そうね。あの男は人たらしの才を磨いたからこそ、天下人にまで上り詰めた」
「その猿も石川数正を使いこなす事は無かった。三河国で優秀でも他国では通用しなかったからな。陰湿な狭い国で外交役の為に世界を少し知っていた。それで勘違いしてしまった。自分は世界に羽ばたく鳥であると」
「そして、その鳥になろうとしてるのが今の貴方よね?」
銃弾が壁を砕き出した。ホーキは竹箒で右足を叩き、弾丸を取り出した。苦痛で顔が歪む夜光は耐える。弾丸摘出を感謝しつつも、様子のおかしいホーキに問う。
「この状況で何の話だ? 話があるならこの真田丸を突破してからにしてくれ」
「村正一族は神祖・徳川家康の御好意で生かされた。つまり、もし反逆行為を行えば村正一族は日本国から討伐されるだけ。だから反逆行為は起きない。もし起こるとすると、それはこの三河国を崩壊させるだけの一大喜劇となるでしょうね」
「喜劇か悲劇かは人の立場によるが、この三河国は陰湿であるのが普通の国。陰湿さはおかしい部分ではないのさ。他国を監視してるだけで、一切踏み入れないから自分達の陰湿さにも気付かない
「それは貴方も一緒よ」
突如、夜光を抱えたホーキは下に飛び降りた。同時に壁が崩れ落ちて、今までいた場所が蜂の巣になった。
崩れた石の破片で築き上げられた壁を盾にしつつ、ホーキは射撃を止めない守護霊達を確認する。そして夜光の右足の止血を完璧に済ませると、
「このエリアに来るまでは多くの霊気を消費するわけにはいかなかったからね。だからこそ、霊気観察方の連中を待った。東照宮の内部を観察しながら待ったわ。全てはイエヤスアークの為に」
「この際だから聞かせろ。何の目的でイエヤスアークを?」
「女のプライバシーに立ち入らないでくれる?」
「カタコトばかりよく話す女だ。斬る!」
斬馬刀を振るった夜光は立ち上がる。その首元から血が流れており、斬馬刀を振るわなければ死んでいただろう。ホーキは少し先の岩陰で嗤っていた。その不穏な女に斬馬刀を持つ男は宣言する。
「俺は開国して外という世界を見る。この鎖国された変化の無い世界を変える。海の向こうから流れて来る漂着物や、大霊幕の外に現れた黒船で日本と世界の技術の差が歴然としてるのがわかってしまったからな」
「二百年以上も鎖国していた国の人間が、今更外国と渡り合えると思うの? それこそ日本人全てが先見の妙である柊にでもならないと無理な話よ」
上から垂れて来た縄にホーキは掴まった。そのままホーキは射撃を浴びる事無くするすると真田丸の外壁を登って行く。
「前に言ったけどこれはイエヤスアークを手にする共同戦線の競争よ。悪く思わないでね」
その話に夜光は答えられない。何故なら、そこにいる狙撃をやめてホーキを助けている守護霊の顔が見えたからだ。敵の守護霊である存在が何故人間のホーキを助けるのか?
「あれは豊臣秀頼……?」
それは明らかに豊臣秀頼の顔であった。
老いた徳川家康が滅ぼした豊臣秀吉の息子である豊臣秀頼。この混沌とする真田丸ですら、過去の豊臣と石川の繋がりを持ち出すのかと思い夜光は笑うしかない。
「石川数正は豊臣秀吉に奔った。そして今はその息子の豊臣秀頼に助けられて真田丸を抜けたのか……ここの守護霊達は下手に過去の記憶がある分、本当に厄介だ」
そして、ホーキは真田丸の陣を突破した。
だが、この先に待ち受けるのは神祖・徳川家康の眠る聖櫃である。本来なら心配する必要は無いが、夜光は火縄銃の雑音を聞きながら呟く。
「馬鹿野郎が。俺が来ているという事は奴が確実に現れる……。だが、猛毒の痛みは消えているな。ホーキの奴、まさか俺の首を攻撃したのはその為か? くそっ、死んだらそんな事も聞けんぞ」
「いんやぁ? 俺が来た以上は死にはしないさね!」
「誰だ!?」
突如、疾風のように頭上に現れた男は赤い槍をブン回して飛んでいた。そして狙撃隊のいる壁内に侵入して、真田丸の狙撃隊を片っ端からその槍で殺して回る。傍若無人としか言いようの無い豪快な男である。この癖毛の茶色い髪の無精髭の男を見て忘れる人間はいないだろう。
「槍切? 槍切平七! 生きてたのか!」
そこにはこの東照宮で罠にかかって姿をくらました槍切がいた。その槍切はどこかで手に入れたのか、赤い槍を携えている。それは徳川家の家宝でもある神の槍とも言われる槍だった。
それを構えた槍切は狙撃窓から飛び降り、夜光の前で堂々と構えた。
「さぁて、こっからは槍切さんの蜻蛉槍の出番かねぇ」