六話 真田一族の真田丸
真田丸――。
徳川家康が天下の覇者となる大坂の陣にて、豊臣に属していた真田幸村によって築かれた、絶対不可侵の陣である。
千子夜光と一歩浮絵であるホーキはとうとう徳川家康の眠る聖櫃の直上まで辿り着いた。
ここを突破すれば、イエヤスアークのある聖櫃だ。しかし、この真田丸を突破するのは容易では無いのを二人はわかっている。
「流石は真田一族の真田丸。かつての豊臣政権の大坂の陣にて展開した不可侵の陣。まさか現代において攻略する事になるとはな」
「敵も多いし、戦国守護霊との合戦になるわ。それに真田丸へ向かう道は茨の道よ」
「そうだな……」
真田丸へと向かう開けた道は大きくあるが、進むにつれて傾斜を下る事になり道幅も狭くなった場所に門がある。その左右には窓枠が有り、敵兵はそこから投石や狙撃が可能である。そして、そのような作りが二重、三重に施されており、内部に侵入しても蜂の巣になるのは必死であった。
この真田丸の攻略を考える夜光は、真田丸深部の天守閣にある六文銭を見た。そして、その天守閣には六文銭の兜をする三人の武者が存在していた。
それは無論――。
「徳川家康の墓の守護霊に真田一族を使うとは皮肉だな。真田昌幸、真田信之、真田幸村。今回の敵は厄介だ」
流石の夜光も冷や汗が出た。敵は徳川家康を散々苦しめた真田一族である。しかも、真田昌幸、真田信之、真田幸村という三人の親子が天守閣で指揮をとっている。
真田丸の防壁内は無数の真田守護霊兵が敵を待ち構えていた。親父である真田昌幸は敵の到着にあまり興味を示さないように言う。
「童共が現れたぞ信之に幸村。この真田一族にたった二人で挑んでくるとは愚か者よの。んだらば任せたぞ二人共」
『お任せ下され親父殿』
二人が答えると真田昌幸は酒を飲み出した。そのまま前に進み出て遠くの敵を見る。すると、ひそひそ声で兄である真田信之は幸村に言った。
「親父殿は徳川退治も忘れて二百年以上酒浸りだが、戦う意欲はあるのかいな?」
「親父殿があぁして酒を飲んでいると言う事は真田が安定しているという証拠。兄上、油断せずに敵を討ち取りましょう」
不敵な笑みを浮かべ、真田幸村はこれから始まる戦いを楽しみにしていた。
対する夜光とホーキは真田丸への侵入をどうするか話し合っている。
「……第一門であるあの正面の門を突破しても、おそらくそこは第二門で十字砲火を浴びるだろう。何重にも罠がある真田丸の陣を崩すには邪道で攻めないとならん」
「そうね。真田丸内部はどこも隙間を埋めるように攻撃が出来るよう作られているわ。敵が正面を攻撃したら左右。左右を攻撃すれば正面からやられる。まともな突破は不可能ね」
二人の言う通り、真田丸内部は隙間無く攻撃可能な窓枠からの十字砲火で敵を始末する陣である。必死の思いで門を突破しても、次の門でやられる事になる。
徹底して、自分達の懐に引き寄せて殲滅するという策は昔なら突入しなければいい話だが、今はイエヤスアークを手にする為に突破しなければならない。
作戦をホーキに伝えた夜光は、真田丸へと突撃を開始する前に二人で叫んだ。
『聞け真田一族よ! 今から一騎当千の我々が真田丸を陥落させてやる!』
と、言われた真田一族の三人は信之は狼狽し、親父は酒浸りで一人将棋を打っており、幸村はただ微笑んで待ち構えていた。
真田丸へと突撃をする斬馬刀を持つ少年と、竹箒を持つ巫女装束の少女は一世に窓枠から顔を出す真田の銃兵隊を見た。
真田丸第一門の左右から火縄銃が向けられており、門前に到着すれば一斉に豪発するだろう。それを知っているにも関わらず、二人は自分の得物を持ったまま全速力で第一門へ駆ける。そして、兵達の指が引き金にかかると同時に二人も技を繰り出した。
「土竜導火斬!」
「モグラブロークン!」
地面を伝わらせた一撃で守護霊兵のいる壁を破壊する。銃兵の多数がそのまま窓枠から落下し、一部が崩壊してしまった第一門の左右には土煙が上がり戦況は混沌となる。
第一門から呻き声や発砲音が聞こえ、視界が死んでしまっている為にまだ窓枠から狙撃をしようとする兵達もどこを狙っていいのかわからず狼狽する。
「味方ごと撃てばいいのに撃たないか。真田一族は完全に家康に精神を侵されて守護霊になったわけじゃ無さそうだな」
「何ブツブツ言ってんの!? 第一門開門よ!」
元気の良い侵入者達を怜悧な目で見ている親父の真田昌幸は黙ったままだ。あたふたする兄の信之は真田丸を建造した弟に言う。
「ゆ、幸村。戦況は敵の思った通りに進んでいるが大丈夫なのか?」
「大丈夫です兄上。第一門は敵をお引き入れる罠でしかない。それは過去もそうでしたでしょう?」
「確かにそうだ。そうだ、そうだ!」
安堵する信之は真田の頼もしい銃兵隊を見た。真田第二門の前に第一門の銃兵隊が集結し、その上には第二門の銃兵隊が窓枠から火縄銃を構えている。
第一門が開く前に、何故か上空から何かが落下して来た。第二門銃兵隊達は見覚えのある黒い粉を見た。それは火薬の粉だった。
「敵が第一門の壁の裏窓にいます!」
二人は第一門の左右の壁を登り、窓枠から侵入していた。火縄銃部隊の奥にある火薬を狙っていたのだ。その火薬を使い、爆発を起こさせ第二門の真田丸も崩壊させるのが目的だった。
『吹き飛べ真田!』
作戦は成功し、数多の爆発による土煙で二人の動きはわからなくなった。そして、真田第二門が爆発の影響で開いてしまう。すぐ様、真田幸村は部下に伝令を通達している。
「第一に続き、第二門も破棄。第三門内部にて敵を討ち取れ!」
こうして、真田丸絶対優位のはずの陣は崩壊し出した。無論、六文銭天守閣いる幸村から微笑みは消えている。
「……敵はこの真田丸を良く知っている。かつての敵も真田丸の構造を知っていたような者もいたが、今回の敵はあまりにも精通している。何故だ……ここに来た敵は今まで全て始末したから情報が漏れる事は無いはず」
「いやいや、幸村よ。兄はそうは思わぬ。敵の邪道な戦法に引き回されてるだけじゃないか? 真田丸の攻略は情報よりもいかに奇をてらうような事をするかだと思うぞ」
「兄上……確かにそうかも知れない」
と、兄を立てるように幸村は微笑む。しかし、真田丸の作りから兵の配置、武器弾薬の配置まで知っていなければこうまで真田丸を崩壊させるの不可能だ。
家臣に酒をせびる親父の昌幸は相変わらず真田丸の状況に口を出す所か、見向きもしない。幸村は信之と次なる策を練り、侵入者を排除しようとしている。
そうしている間に、夜光とホーキは第三門の敵兵を始末していた。二人は地中を掘るように進み出て、第四門の兵隊も手玉に取っていた。完全に邪道を行く夜光の作戦に真田一族の兵はなす術も無い。
戦況も混沌としているが、六文銭天守閣も混沌としている。
かなり酔っている真田昌幸は駄々をこねる子供のように騒いでいたのである。それを真田信之は息子として抑えている。幸村はその親父と目と目が合った。
「徳川は滅びて良いが、これでは真田の威信に関わる。真田丸とは絶対不可侵である陣のはず。幸村よ何とかせい!」
「親父殿、この真田幸村の構築した真田丸は絶対不可侵。この呪いが解かれし暁には、この下の地にいる徳川家康の霊を始末しましょうぞ」
すると、慌てる兄の信之は親父の酒を間違えて飲み、微笑む幸村は家臣に伝令を出す。すると、真田軍団は統率の取れた軍団へと戻った。
『徳川に死を! 徳川に死を! 徳川に死を!』
と、銃兵隊は叫びながら射撃する。勢いを失った夜光とホーキは第五門の崩れ去る岩影に隠れて戦況を見据える。
「真田一族は前世の記憶があるのか。おそらく曖昧だが、あるようだな。じゃなきゃ徳川に死をとは叫ばない」
「そうね。ここまでは邪道と勢いで来れたけど、第五門と六門があるわ。そして、最後には六文銭天守閣。策はあるの?」
「ここまで来たら自分の力あるのみだな。隠してる力を全て解放する時期かも知れん。家康戦まで温存とはいかないぞホーキ?」
「……さぁ? 何を言ってるのかしら?」
全六門ある第五門真田丸にて、夜光とホーキは足止めされた。とうとう、真田一族の真田丸に対して邪道な戦法が通用しなくなったのである。
意気揚々とする真田軍団の兵達は次第に夜光達を追い詰める。将棋を指していた昌幸は信之の王将を取った。
「取るべきは今!」
「えっ!?」
酒を飲む手が止まる真田昌幸はその老いた瞳を息子の幸村に向けた。その目は冷徹な戦国武将そのものである。自分の王将を取られた信之は焦ったままで何も言えない。
「幸村。わかっておるな?」
「えぇ親父殿。親父殿が動く前に仕留めて見せます」
そして、真田丸第五門にて夜光は足を撃たれた。それは真田信之を前線に出した、真田幸村の罠だった。
まさかここで信之が現れると思っていなかったのが油断となった。その大きな隙を狙撃者である幸村は見逃さなかった。
欠伸をする親父の昌幸は鼻毛を抜いてくしゃみをしている。接近した信之はホーキの竹箒に追い立てられすぐ様退却する。
長距離射撃を成功させた真田幸村は微笑む。
「猛毒の弾丸で苦しむがいい。この六文銭天守閣に立つのは真田一族のみ。そして、天下はいずれ復活する真田一族にこそある」