三話 東照宮の戦国守護霊
徳川家康の墓である東照宮に入った夜光と槍切は気温の低い内部を歩いている。東照宮内部は石造りであり、所々に篝火が焚かれていて全くの暗闇ではない。
周囲には異様な霊気が満ちており、侵入者に闇雲に進ませない圧迫感のある場所だった。神秘的な空間だと感心している槍切はすでにキセルを懐にしまっていた。
ひたすら前を見て歩く夜光の背中の斬馬刀を見つつ、
「迷い無く進むね君は。どこから何かが現れるかわかったもんじゃない状況だよコレは?」
「敵が出れば斬るのみ。俺達の時間は限られている。他の連中が三河国の霊脈調査に向かってる時に俺は俺の目的を果たさねばならん。この機を逃したらいつ三河国に入れるかもわからないからな」
「大層な目的があるんだねぇ。村正一族の末裔には」
まるで酔っ払いのような口ぶりで槍切は言う。振り返らない夜光は不意に言った。
「俺の目的はあくまで開国にある。家康の作った鎖国大霊幕を解き放ち、日本を開国させるのが目的。俺はこの偉業を為すだけだ」
流石の槍切も黙った。
黙らざるを得ない。
こんな言葉はこの徳川政権下で言ってはならない事だ。別段、徳川政権が崩壊するようなわけでもなく、そんな予兆を槍切自身も感じてはいない。無論、多少の綻びは出てきているのは知っているが、幕府が崩壊する前でも無ければ堂々とこんな事は口に出来ない。
陰湿な三河の間者はどこの藩の内部にもおり、何かあればかつての非道を言い立てて放逐という社会的死を与えてしまう。この辺は同盟者であった織田信長のやり方である。
故に、政治的な祭りごとに関しては世間一般の人間は口出しする事は出来ない。それはいかなる賢人や才能ある大名でも、同じだ。三河国の人間で無ければ、この世の方針を決める権利は毛程にも無い。
「……言っていいのかい? 夜光の言葉は自分自身を殺す……いや、今日付けで千子に改名された村正一族の終わりを意味する事になる。発言には気をつけた方がいい。徳川の世は甘く無いのを村正は良く知ってるはずだろうに」
「自分の覚悟を口に出して実行する。もう全ては変わる時。俺がこの徳川幕府を世界に解き放つんだ。今後の日本国が強くあるには、開国の一手しか無い!」
「えらく強く出たねぇ……今後の日本については俺の考える事じゃない。俺の言いたいのは、俺は裏切るかもよ? という事さ」
もうそんな話はするなと、やや困った目で訴えたが気持ちが昂る夜光には関係無かった。
「裏切ってもいいさ。この先に立ちはだかる障害は全て排除する。この国を開国させるのは俺達だ」
溜息をつく槍切は変な奴と組んでしまったと頭を抱えていた。当人達の目的は根本的に違うが、覚悟の面でも全く違った。
「徳川幕府を終わらせる人間が一個人なんて考えられないよ。あぁ、俺はただ徳川の財宝が欲しかっただけなのに」
「そう言うなよ。財宝ならちゃんとあるぞ。もっと下層階に。それよりお客さんだ」
「んん〜。呼んで無いんだけどねぇ」
二人は正面に幻影のような錯覚を覚えた。だが、そこに人がいるはずも無い。しかし、夜光は斬馬刀、槍切は刀を抜く。霊気を高めて集中すると、夜光が今見えてる光景が槍切にも見えた。青白い幽霊のような犬が群れをなして存在していた。
「……成る程。これが東照宮の守護霊か」
「見えたようだな。おそらくは守護霊のようなもの。戦国の犬なら人を平然と食うだろうが、霊気を扱える柊ならば問題無く倒せるさ」
「へぇ。まるで戦った事があるような口ぶりだねぇ。おたく?」
返事をする間も無く夜光は特攻する。斬馬刀が大きく弧を描き犬達を斬り裂き、槍切の刀も無駄なく動く。焦りも戸惑いも無く、己が力を信じて敵を倒して行く。そして二人は守護霊達を退けた。
「霊的な敵も柊ならば戦える。お宝の為に戦闘は協力して……」
「何か無いかなぁ……茶道具とかあるといいんだけどなぁ。異人にも高く売れそうじゃん?」
すでに守護霊ではなく、近くにある箱が気になっている槍切は興味津々で動いていた。
「おい、迂闊に箱を開けたりするな。それには罠が仕掛けられている事が多い」
「いやぁ。開けたら浦島太郎みたいになったら嫌だけど、俺の目的はあくまで徳川の財宝だし」
「開国しないと異人に茶器は売れない……!?」
すると、槍切の姿が消えた。すぐさま駆けつけるが、もう助ける事は不可能だった。
「床が空いて落とし穴か。迂闊な奴め。そもそも徳川の財宝などは、もっと地下にしか存在しない。
「何故初めてこの東照宮に来た人間がそんな事を知っているのかしら?」
そこに現れたのは三河国関所担当官巫女長の少女だった。




