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嬲嫐  作者: 虹野 遵
1/1

男女

 神か否か、とにかく人類は2つの性を授かった。性は我々に何をもたらしただろうか。個性、役割、習性、体格……。世には2種類の人間がいる。男と女である。性は我々のアイデンティティでもあり、共通点でもある。何をもって否定できようか。性はあらゆる有性生殖生物のプロフィールの型となる。なんと窮屈か。どんな人間を語ろうとも性という情報は全てを左右する。土木作業員の女、男のネイリスト。何をもって奇なるか。

 つまり性というのは、いささか厄介である。こんなものは、考える事もバカらしいかもしれないが……人が性を無くせば、どんなに高潔で美しい世界が訪れよう。私は、掴めない理想に手を伸ばすのが堪らなく好きだった。掴めないことは理解していたし、掴む気さえなかったが、手を伸ばすのが紛れも無く好きだった。



 「男子は南校舎へ。女子は北校舎へ。」メガネの女教師が冷たく威圧的な声質で指示する。

 「南……どっちだ……? 」入学説明会が終わって昇降口で途方に暮れる。

 「よう、太郎。また迷ってんのか。」話しかけてきたのは見知らぬ男子生徒。学ランに角刈り。皆同じ服装、髪型で見分けがつかない。唯一の相違点、それは不似合いな泣きぼくろ。

 「ケンジ……? ケンジですか……?」違ったらどうしたものか、と不安が太郎の脳裏を過る。

 「良くわかったな、こんな格好で。」ケンジと名乗る男子は照れくさそうに鼻筋をこする。

 「ケンジもね。」太郎も服装規定は遵守していた。ケンジは眉間にシワを寄せかしげる。

 「太郎は太郎だろ! 」派手な高笑いだ。爽快なそれは太郎に響く。

 「いいこと言うなぁ。」太郎の声があまりにも小さく先の女教師に遮られた。こちらを睨んでいる。

 「やべ、目つけられてるぞ! はやく行こう。」ケンジが肩を揺らして急かす。

 「じゃあ、僕はここで。北校舎はあちらです。」女子生徒の群れを指差す。

 「ご案内感謝しますわ、太郎様。ごきげんよう。礼はいつか必ず。」セーラー服におさげの髪型。こちらも他の女子生徒と見分けがつかない。太郎は軽く会釈して、先に走っていったケンジを追った。


 「男は粋な心掛けをしましょう。」

 「男性は女性を守る生き物です。」

 「男子は鍛えろ。体力こそ資本だ。」

 「男は学も疎かにしないように。」

 (男じゃないなら? やらなくていいの? )太郎はそんなことばかり考えていた。


 帝立日ノ本中学校は全寮制である。太郎は隣接の寮舎へ風呂敷を担いで向かっていた。ケンジは同室であった。高笑いが校庭に響き渡る。その二人を遠目に見ていたのは、今朝、太郎に案内されていた女子生徒である。10人弱の女子生徒の群れの中から、その姿を確かに見つめていた。一人の女子生徒が小走りでその背後に近づいた。

 「花子様、何を見てるんですの? 」耳をくすぐる音波は動揺を誘う。

 「は! いえ! なんでもありませんのよ。」新教材の詰まった風呂敷を片手で持ってまで口元にもう片手をあてる。

 「そういえば、今朝、昇降口で……」一段大きな声で一人が言いかけた途端、花子は

 「さ、はやくお部屋へ参りましょう。」と切り上げ足早に歩を進めた。話しかけた女子生徒が眉をひそめた。


 「おお、広い! これが二人部屋とは驚きだ!」ケンジは自前の風呂敷を放り投げ、男子中学生にはあまりにも不釣り合いな寝台に飛び込む。太郎はそれをどこか嬉しそうに見ていた。

 「晩餐は亥の刻からですよ。荷物を整理してしまいましょう。」太郎は風呂敷を寝台の上で広げる。

 「太郎……この部屋には俺たちだけなんだ。その余所余所しい話し方をやめないか。」ケンジも同様に風呂敷を広げ始めた。凝った刺繍が施された絹の風呂敷だ。

 「そうだな、ごめん……。……って! 」萎縮した態度は一変し、太郎は大声をあげる。

 「ケンジ! これはなんだ! 櫛とか……化粧品……?! 」乳液、化粧水の入った小瓶やヘアスプレー等の‘不要物’が寝台に並べられていた。

 「こんなもの、見つかれば指導されるぞ! 」太郎は始めて見る化粧品たちを両手に抱え訴える。

 「太郎……わかってないなお前は。きゅーてぃくる、というものを知っているか? 」ケンジの話は晩餐の時間ギリギリまで続いた。その間太郎は目を輝かせて聞き入っていた。


 「いやー、旨かったな、粋だな! 」二人は食堂から自室に戻る際にエレベーターに乗り込んだ。ケンジがおかわりをし続けたため、待ち疲れた太郎は自室のある50のボタンを押す。到着には10分ほどかかったが、階段に比べ楽なのは自明だ。


 エレベーターのドアが開く。すると

 「太郎、俺は花をつんでくるぞ! 」と言ってケンジが走り出した。

 「は!? ここ50階だぞ! 」太郎の声が虚しく突き当たりの見えない廊下に消えた。ケンジの俊足には到底追いつけない事を知っていた太郎は諦めて自室へ向かう。フロアの隅の隅にある自室に着いたかと思うと、そこにはおさげの女子生徒の後ろ姿があった。


ノリと勢い

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