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4-2 学校に通っていれば、全てがわかるわけではない2

 「ふぅー、終わった終わったー。」


 「おう、お疲れー。」


 全員分の答案用紙があることを確認した試験監督から試験終了が告げられると、ヒロは上半身をぐでーっと机に預けた。

 ヒロだけでなく、クラス中がテストからの解放に声をあげて喜んでいるようだ。早々にカバンを手に取って、高校初の試験週間の終了を祝う生徒もいる。


 「高校でも10位以内は狙えそうか、海斗?」


 「さあな。周り次第ってとこだ。」


 「自己評価的にはどうなんだ?」


 「全教科9割は取っている自信はある。筆記の採点次第で現代文と歴史は満点も十分に狙える。」


 「うへえ、相変わらずバケモノ染みた学力をお持ちで・・・。」


 誰しも、日頃から授業を真面目に聞いて、しっかり宿題をやっていればある程度はいい点数は取れると思っているんだけどな。

 それを続けるのが難しいとか、授業だけでは内容がよくわからないなんていう反論はこれまで幾度となくされてきたが、前者の場合はただのやる気不足、後者の場合は最初の一歩をどこかで間違えている、または昔の知識を忘れているだけだと俺は考えている。学校の授業というものは、ちゃんと段階を踏んで進むようになっているのだから、授業を聞いてもわからないというのは、それまでにやった内容をきちんと理解していないことの証明に他ならない。

 とは言え、本気で勉強をし始めたのは中学時代になってからだが。小学校時代は学力も普通だったし、全教科9割を取った日にはそれなりに馬鹿騒ぎもしたものだ。


 「あれだけ思い詰めてたくせに、いざテストが始まるとこの澄まし顔だからなあ。」


 「別に思い詰めてなんかない。」


 俺の隣の席の様子をチラチラと伺いながら、からかうように笑うヒロ。


 あれから今日に至るまで、俺と白瀬は一度もコミュニケーションを取っていない。俺から白瀬に話しかけることなんて、高校になってからは一度もなかった(それ以前はさすがに覚えていない)し、白瀬が俺に学校で話しかけてくることも滅多になかったから、それ自体は不自然なことではない。だからその程度では、普通のクラスメイトは俺たちに突然訪れた不和に気づくことすらない。

 ただ、俺の目の前に座っているこの男は普通のクラスメイトではなかった。あろうことかこの男は、あの電話があった次の日の放課後には、


 『なあ、お前らなんかあったん?』


 と、何かを察したかのような一言をかけてきたのだ。気づいた理由は、俺がいつも以上に白瀬の方をチラチラと見ていた、そして白瀬は俺とは対照的に一度も俺の方を向かなかったからだという。お前は俺の前の席なのに、どうやってそんなことに気づいたんだって話だ。


 詳細はテスト後に話すと言ってその場はやり過ごしたが、テストが終わった直後にこの話に触れてくるとは、よほど気になっているみたいだな。俺からするとあまり話したい内容ではないんだが。


 改めて隣をチラ見してみると、周りにはいつもの集団のメンバーが白瀬を取り囲むようにして話し込んでいるようだ。グループの中心というのは、精神的だけでなくフォーメーションまで真ん中になるんだな。すぐ近くまで白瀬グループの人間がいるのは邪魔くさいが、そのおかげで小声で話せば白瀬にまでその会話の内容が漏れる心配がない。


 「一応聞いておくが、お前はあいつとは接触していないって思っていいんだな?」


 「してねえよ。今回はあの喫茶店の時とは違ってLINEも来てない。状況についてはちんぷんかんぷんだ。」


 この言葉をどこまで信じていいのかは正直怪しいが、こうしてテスト終了と同時にこの話題に切り込んでくるあたり、早く情報が欲しくて仕方がないって様子だ。そういったところから判断すると、ヒロの言っていることは真実だと見ていいか。

 本当なら、2人で藤が丘まで戻ってこのことについてじっくりと議論したいところなんだが、ヒロはテスト最終日の今日からまた部活なのだ。なので残念ながらここで帰宅するわけにはいかない。


 「食堂に場所を移すぞ。どうせ昼飯も食わねえといけないんだ。あそこならちょうどいいだろ。」


            *     *     *


 「あー・・・。うーん・・・。」


 腕を組みながら唸り声を上げるヒロ。ちなみに今お互いの口の中には、学食で購入した唐揚げ丼がゴロゴロと入っている。


 「いやあ・・・、でもやっぱ6:4でお前の非の方が大きいなー。」


 「お前、最近全く俺の味方してくれねえな。」


 迷いに迷った挙句、俺の親友であるヒロが今回の一部始終を聞いた上で下した判決は、俺にわずかばかりの非があるという、なんとも納得しがたいものだった。


 「それにしてもまさかあの日にそんな楽しそうなイベントがあったなんてな!」


 「全く楽しくなかったわ!散々だったんだぞあの日!」


 吉川に白瀬宛のプリントを渡しに行ったら、なぜか白瀬家まで同行することになって・・・、ってダメだ、思い出しただけで胃が痛くなる。


 「白瀬さんの家に吉川さんを連れて上がりこみ、みんなには内緒の約定を結び、最後は吉川さんを家に送る・・・。お前、俺以外に絶対そんな話すんじゃねえぞ。下手すると半殺しにあうぞ。」


 「この上にさらなる仕打ちが待ち受けているとか、俺の人生どうなってんだ。知らん間に、お寺の大仏でも壊したのか・・・?」


 「むしろ毎日丁寧にお世話したって手に入らないくらいの幸せをお前は手にしているんだよ。」


 これが物欲センサーってやつかねえ、と頬杖ついてあきれるように俺を見るヒロ。確かにどうせなら、ヒロにこういうイベントを用意してやればいいのに。そしたら白瀬も幸せになるだろうし、お互いウィンウィンなのにな。神様とは実に残酷である。あ、この場合、仏様か。

 そんなどうでもいい話をしているうちに、机の上に置いてある丼は空になった。この1ヶ月ですっかりここの唐揚げ丼には世話になりっぱなしだ。


 「白瀬さんがお前を味方につけるためにとった行動は、お前の言うようにそれなりにひどいとは思う。」


 「ひどいの3文字で片付けられることすら不服に感じるがな。」


 「でも、証拠もないのにあんなことを言うのはもっとひどい。」


 「ほぼほぼ裏が取れていたようなもんだろ。俺と凌太先輩が知り合いだって知ってたこと自体まず不気味だし。」


 「いや、凌太先輩と流渡先輩ってこの学校では有名人だからな?ちょっと3年生とコネクションを持てば、あっさり情報をゲットできるだろ。」


 悲しいかな、まだこの高校に来て1ヶ月と少しだと言うのに、あのバカ兄貴の噂はそれなりに耳にするしな。ずっと学校が俺と一緒だった白瀬は、もちろん兄のことも知っているだろうし、ない話ではないか。


 「でも白瀬を見たときのあの凌太先輩の反応を見たら、絶対過去に何かされていただろ。」


 「仮にストーカーをされていたとしたら、怒るか怯えるかどっちかじゃないか?あんな気まずそうな顔はしないと俺は思うけど。」


 「もう関わらないでくれ的なことも言ってたろ。」


 「それだけじゃ判断基準にはならんだろ。極端な話、凌太先輩が一方的に白瀬さんを嫌いになったから、嫌がらせをしたって可能性だってあるだろ?」


 う、うーん・・・。そう言われてみたら、白瀬にひどいことを言ったみたいなこともあの人は言ってたかもしれない。


 「100%そうだっていう確証がないのに、そう決めつけて責めるのは、あまり褒められた行為じゃないと思うぞ、俺は。」


 む、むう・・・。そう言われると些か早まったことをしてしまったような・・・。

 いかん、なんか背筋にいやーな汗が滲んでいっている気がする。


 そんな俺を見ると、さっきまで割と真剣な顔で説教していたヒロが、少しだけニヤリとした。


 「にしてもよ、出来るだけ平和に、波風を立てないってポリシーを立てているお前が、そこまであからさまな敵意を他人に向けるなんて珍しいよな。」


 それは俺自身もこの数日間何度も考えていた。本当、我ながら柄でもないことをしてしまったものだと。

 クラスの中心人物を相手にしているんだから、多少気に食わなくても、機嫌を損ねない程度の嫌味に留めておくのが本来の俺のやり方だってのに。なんでこんなにムキになって、真正面から啖呵切ってるんだろうか。


 「俺のポリシーを真っ向から否定してくるくせに、俺のポリシーに背いたやり方で俺を巻き込もうとしてくるのが許せねえんじゃねえか?知らんけど。」


 「うーん、その主張もわからんでもないけどよ。ーーーでも俺は、どうもお前らが対極にあるって感じがしないんだよなー。」


 「そりゃ、お前の目がだんだん節穴の片鱗を見せ始めているってことじゃねえの?」


 「んなこたあねえと思うけど。でも、どこが似ているのか説明しろって言われても、パッとできる自信がねえなあ。」


 「まあお前が何と言おうと、俺があいつとはウマが合わんって思っている以上、何も変わんねえよ。」


 ヒロがどう思おうが、俺と白瀬の戦いの火蓋はすでに切って落とされてしまっている。ちょっとやそっとじゃ歩み寄ることができない状態にまで、この1週間で拗らせてしまっているのだ。


 「俺は仲良くした方がいいと思うけどなあ。」


 「メリットが1つもない。」


 「そうでもねえだろ。ほら、吉川さんともっとお近づきになれるかもしれねえじゃん。」


 な、何を言い出すかと思えば、そんなくだらないこと。そ、そりゃあ、白瀬の面倒に巻き込まれる対価として少し期待していることもあったかもしれなくもないかもしれないけど。


 「きょ、興味がない。」


 「・・・それ、隠せてるつもりかよ?」


 「痛って!?」


 こいつ、やたら冷たい目で、俺の右耳を思いっきり抓ってきやがった。

 

 「真っ赤っかだぞ、お前の両耳。」


 「それはお前が今・・・!?」


 「はいはい、だったら今度左耳も抓ってやるっつーの。」


 部活の時間だと言って、ヒロは空になった自分の丼とカバンを持って席を立った。


 「心の底から白瀬さんのこと嫌いだって言うんだったらそのままでもいいと思うけど、少しでも後悔してる気持ちがあるなら、手遅れになる前になんとかしろよ。」


 「別に後悔なんてしてねえ。」


 「あーそうですかい。ーーーじゃあ土日中に、その目の下に薄っすらできてる隈、治しとけよ。」


 引いた椅子を戻し、じゃあな、と最後に一言残して俺のこの学校で数少ない話し相手は去っていった。



 「テスト勉強で睡眠時間削られてただけだし。」


 ・・・相手がいないのに嘘をつくというのは、実に虚しい。


             *     *     *


 時刻は午後5時過ぎ。

 ヒロが部活に向かって1人になった俺は、学校に残る用事もなかったのでさっさと帰ろうかとも思っていたのだが。


 「よく起きられたな、俺・・・。」


 テストから解放されたことで、今まで忘れようとしていた眠気が怒涛の勢いで攻め寄せてきたのだ。即刻帰宅してやろうと思っていたが、これでは帰りの電車で爆睡ルートだ。最寄駅は終点だし、寝てても駅員が起こしてくれるから問題はないんだが、電車の中で爆睡するとどんな恥をかくかわからんからな。

 ということで、すでに第2の家と化しつつある図書室で仮眠をとっていた。約3時間、一度も目を覚ますことなくぶっ通しで寝ることになるのは予想外ではあったが。長時間もこの低いテーブルにうつ伏せで寝ていたせいで腰が痛い。


 「逆に、それだけスマホが鳴っているのに起きない方が不思議だけどね。」


 「・・・ん?」


 バッキバキに固まった体をほぐそうと右に腰を捻ると、姿勢正しい姿で本を読んでいる1人の女子生徒の姿が目に映った。

 

 「い、いたのか、吉川。」


 突然話しかけられたことにびっくりして、声が裏返ってしまった。これは恥ずかしい。


 「2時間ほど前にね。その時からすでにあなたはぐったりと伸びているようだったけど。」


 な・・・。2時間もずっと爆睡してる俺の隣で本を読んでたってのか。周りにこんなにたくさんスペースはあるのに、なんでわざわざここで。


 「何度か私の寝ている姿を見られていたらしいからそのお返しよ。どう、少しは私の気分を味わえた?」


 「・・・べ、別に見ようと思ってみたわけじゃないからな。勘違いすんな。」


 「なんでそこでそんな、ツンデレヒロインみたいなセリフが自然と出てくるのよ。」


 微笑をたたえながら、またしてもよくわからない横文字を並べられる。相変わらず褒められているのかバカにされているのかはわからんけど。


 「どっからどう見たって俺は男なんだが?」


 「・・・そういうことじゃないのだけれど。でも本当にこっちの世界には疎いっていうことだけはよくわかったわ。」


 幸か不幸か、今の吉川は眼鏡モードだから俺の心をざわつかせるようなことはない。が、すでにその眼鏡を取った姿をそれなりに脳が記憶してしまっているからか、わずかながらの精神への負荷は積もっている。


 「その疲れ切った表情は、テスト疲れなのか美桜疲れなのかどっちなのかしらね。」


 「・・・テスト疲れだ。」


 「そう、やっぱりあなたは人の顔色を気にして生きていくタイプの人間なのね。」


 俺は確かにテスト疲れだと言ったはずなんだが・・・。間髪入れずにそう答えてくるってことは、十中八九答えがわかっていただろこいつ。性格悪いな。


 「そんな睨まないでよ。そんなわかりやすい顔をするあなたが悪いんだから。」


 「あんたら2人は俺をおもちゃだと思ってんだろ。」


 「私はそうかもしれないけど、美桜はそうじゃないと思う。」


 「あんたはそうなんかい。」


 素直に言えば許されると思ってたらそれは大間違いだっつーの。

 とか思っていたら、また読書に戻りやがった。なんという自由気ままなやつだ。


 「あなたが美桜にどういう感情を抱こうが勝手だし、美桜を恨んだり嫌ったりするのはむしろ当たり前だとは思う。」


 「言っておくが、仲直りしてくれとか言うつもりなら聞く気はないし、白瀬に俺を説得するように頼まれたんなら、無駄だぞ。」


 「私がそんなことをわざわざあなたに言いに来るタイプの人間だと思う?」


 いくら図書委員以外誰もいないからと言って、孤高を貫いている吉川が学校で俺に接触してそんなことを言う可能性は確かに低い、か。


 「じゃあ何が言いたい。」


 「大したことじゃないわ。ただ、喧嘩をしてこれで終わりだと思っているようだったら、それは甘いんじゃないかって忠告してあげようかと思って。」


 「どういう風の吹き回しだ?あんたがわざわざ俺に忠告するなんて、それこそらしくないだろ。」


 「言ったでしょ?私は今日は寝ている姿を散々見られたお返しをしにきただけ。」


 「はあ?それがなんの・・・」


 「あなたが寝ていた間に何度も電話が鳴っていた。10回以上は鳴っていたわよ。」


 そう言えば、一番最初にもそんなようなことを言っていたな。ふと気になったので、ポケットからスマホを出して確認してみると、


 「うわ、兄貴からめっちゃかかってきてる・・・。」


 「それを聞いて、まだあなたは巻き込まれるんだろうなと思っただけ。」


 この言い方、まるで電話の主が俺の兄だってことを知っていたかのようだな。気持ち悪いくらいの勘の鋭さだ。それにその電話の内容にもある程度の検討がついてるって感じだし。


 「これがなんで仕返しになる?」


 「単純に着信回数を覚えてたら、ずっとここで監視していたっていう証明になるじゃない?ただそれだけよ。」


 それだけ言い残すと、吉川はずっと開いたままだった本の続きへと没頭していった。


 本当、何を考えているのか一番読めないのはダントツでこの人だ。全く喋らない時もあれば、今みたいにそれなりに喋りかけてくる時もある。子供のようなあどけない笑顔や寝顔を持っているのに、発言や仕草は大人っぽいというか落ち着いている。冷めているのかと思えば、白瀬にはそれなりに協力的。他人に無頓着なのかと思えば、自分の寝顔を見られた仕返しと言って俺に構ってくるような一面も見せてくる。

 それが不思議な魅力となって、俺の心を手玉に取るように揺さぶってくるのだから、どうしようもない。


 とりあえず、吉川の俺への興味は完全に消え失せたようなので、遠慮なく俺も片手に握ったままのスマホに目を向けることにした。


 『海斗ー、ちょっと話があるんだけど今どこだー?』

 『気づいたら折り返してくれー。無理なら無理って言ってくれー。』

 『スマホ充電切れかー?とりあえず俺らは家にいるからなー!』

 『今日、また凌太泊まっていくことになったからよろしく!』

 

 計11回の着信と4つのメッセージ。だいたい10分おきに一回かけてきてるじゃねえか。どんだけだよ。

 おまけに凌太先輩同伴ときましたよ。それで俺に話があるという内容の電話。・・・はあ、やっぱそういうことだよなあ。


 「喜べ、あんたの予想は見事に的中したみたいだぞ。」


 「そう。」


 ほぼ無視に等しい反応をどうもありがとうございます。おかげで何の未練もなくこの場を去れそうです。


 ・・・でも果たして本当に吉川はそんなくだらない理由でわざわざ俺の近くで本を読んでいたっていうのか?いや、流石にそんなことでわざわざこの人はこんなことはしない。

 とすると、やはり白瀬の差し金か?いやでも、俺が白瀬をどう思おうがどうでもいいっていう発言が嘘だったとも思えない。

 じゃあ何だ?単純に俺の様子見?・・・わからん。さっぱりわからん。

 でもここで白瀬に変な報告をされても困るし、俺の主張だけはちゃんと伝えておいたほうがいいかもしれない。


 「あんたには悪いが、俺は白瀬の味方をする気はない。」


 「そう。」


 それなりに大事なことを言ったつもりだったんだが、吉川は視線を本から外すことはなかった。俺が何をしようとどうでもいいってことか。

 何だよ、人が珍しく真剣に悩んでやったっていうのに。結局あんたにとって俺なんかどうでもいいってことかよ。


 「ただ、」


 いらんことを言ったと後悔して、この場を立ち去ろうとすると、もう今日は聞くことがないと思っていた声が再び聞こえてきた。


 「一応親友の名誉にかけて言わせてもらうけど、美桜はあなたが思っているような人間じゃない。・・・それだけ言いたかった。それじゃ。」


 いつもはどこか気怠げに話す吉川が、はっきりとした声で俺にそう告げる。そのシリアスそうな表情も眼鏡のせいで台無しだが。


 「・・・そうですかい。」


 今度こそ俺は吉川に背を向けて図書室を後にした。


 ・・・白瀬にあんな発言をしたことに、わずかばかりの罪の意識を感じながら。


            *     *     *


 「おい、だからそのコンボはおかしいだろ!」


 「確ってないんだけどなこのコンボ。頑張ってずらせば3撃目以降は当たらんぞ。」


 「って涼しい顔しながら撃墜するのやめろおおおお!!!」


 リビングの扉を開くと、いつぞや見たような景色が広がっていた。違う点は、兄の隣に座っているのが妹じゃなく凌太先輩だってこと。


 「お邪魔している。」

 「あー、やっと帰ってきやがった!連絡しろっつったのに、なんで何も言ってこないんだよ!」


 扉の音で俺の存在に気づいたようで、ゲームを一時中断した兄たちの注目は一斉に俺に向けられた。


 「悪い、普通に図書室で寝てた。」


 「寝てたあ?学校を仮眠スペースに使うって俺には信じられんのだけど。」


 「不真面目なくせに、授業中に寝るとかだけは絶対にしねえしな、お前。」


 相変わらず肝心なところだけは真面目なようで。


 「はあ?だって寝るのなんか勿体無いだろ?聞いてて面白い授業は聞きてえし、つまんねえ授業の時は内職もできるし、今日はどんなことしようって考える時間にもできるしよ!」


 ・・・相変わらず要領よく生きているようで、に撤回しよう。


 「ある意味こういうところが、3年間学年成績トップ3の座を保持している秘訣かもしれんな。」


 「我が兄ながら、ほんと憎たらしいわ。」


 「やるときはやる、羽目を外すときは外す、これ大事だから覚えとけよーお前ら!」


 ニシシと笑顔で隣に座る凌太先輩の肩をバシバシと叩く。それを嫌そうな顔をしながらもされるがままにされている凌太先輩。

 今となっては見慣れた光景ではあるが、最初の頃はこうもいってなかったことを思うと、なんだか感慨深い。


 「あ、海斗君おかえりー。」


 この騒ぎを聞きつけたのか、2階から藍波も下りてきたので、ただいまと一言返す。

 少し羨ましそうにテレビに映し出されているゲーム画面を眺めているが、この様子を見るに、また誘いを断って1人自分の部屋で別のゲームをやっていたんだろう。


 「少しだけ顔色良くなったね。寝てきたの?」


 「そんな顕著に違いがわかるくらい酷かったのか、俺の顔。」


 帰ってきた瞬間に聞かされた言葉がこれって、朝の俺の顔は相当酷かったみたいだ。

 そういえば最近はクラスの連中とも距離を感じていたような・・・ってそれはいつも通りか。


 「おい、聞けよ凌太!海斗のやつ、高校最初のテストだからって張り切って、睡眠時間削って勉強してやんの!」


 「そんなバカにするようなことじゃないだろ。ま、テスト前こそ、十分な睡眠を取ることが大事だと俺は思っているけど。」


 「わかってますよそんなこと。ただ、なんというかその、落ち着かなかったもんで。」


 実際は、他事に気を取られて思うように勉強に身が入らなかったからが5割、寝ようと思ってもその他事が頭を悩ませていい睡眠が取れなかったからが5割。

 その悩み事がなんだと聞かれるのが嫌だったので、兄にはああやって言って誤魔化したんだが、それをネタにされるのは癪に障るな。


 「それでだけどさ!3人ともテストで疲れてるだろうし、ピザでも頼まない!?」


 「お、いいこと言うじゃねえか藍波!俺は大賛成だぞ!」

 

 「おー、俺も賛成だ。夕飯をご馳走になるのは申し訳ないと思っていたところだったんだよ。」


 「なーに、気を遣ってんだよ!そんなの俺たちの間には無用だっつーの!」


 いや、作るの俺だからな?お前らの関係についてどうこう言うつもりはないけど、俺と凌太先輩の間は別だからな?


 それにしても、藍波主体でこういう話になるのは正直予想外だったな。俺も今から献立考えるのは面倒だと思ってたからちょうどいいけど。


 「じゃあ藍波、宅配の手筈は任せた。お前からこんなことを言い出すってことは、何か考えがあるんだろ?」


 「えへへ、さすが海斗君。私の考えてることくらいお見通しかー。」


 「伊達に12年間お前の兄貴やってねえからな。ま、好きにしてくれたらいいけど、頼むピザはちゃんと2人にも確認をとって、頼む量もちゃんと考えること。いいな?」


 「はーい!」


 向日葵のような明るい笑顔を振りまいて、藍波は自分の部屋に戻っていった。


 「いつになくご機嫌じゃないか、妹さん。」


 「最近なんかテンション高いんだよな。なあ、海斗?」


 「そう言われてみればここ最近は確かに高い気がするな。」


 反対に、最近ずっと俺はげっそりしてるんだよなあ。

 でも藍波はそんな俺の体調を気にしてくれたり、何か困っていることがあったら聞くと言ってくれたりと、すごく寄り添ってくれていたっけ。

 今こうして振り返ってみると、なかなか可愛いところがあるよな、あいつ。


 それに、ああして元気よく階段を下りてくる様子を見てるだけで、俺としてはすごく安心するというか。


 「流渡君、凌太さん、これでいい?」


 「おう、異論なし!」

 「うん、ありがとう。よろしく頼む。」


 敬礼のポーズで了解の意を示す藍波は、最後に一応の確認として俺にもスマホに表示された注文画面を見せてきた。俺は好き嫌いとかはないから、よほど変なものを頼まれない限りは美味しくいただける自信がある。

 見たところ変なやつもなさそうだし、量も値段も申し分ない。よって、注文完了のボタンを押す許可を与えた。


 「藍波。」


 「ん?どしたの海斗君。」


 「新しい家事を覚えたら、お小遣いアップも検討するぞ?」


 「え、お小遣い?そりゃまた急な話だね?」


 「あれ、さりげなく俺に優しくしてお小遣いあげてもらおうって作戦じゃなかったのか?」


 しばらく首を傾げた妹に、無言で顔をじーっと見られる。


 「・・・なんでそんなことする必要があるの?」


 「いや知らんけど。」


 「上げてほしいと思ったら自分から、家事手伝う代わりにお小遣いちょうだいって言うよ、私。」


 「まあ、確かに。」


 こればっかりは反論のしようがない。自分で言った通り、藍波はお金に困っているときは来月分の小遣いの先払い交渉に来たり、掃除や洗濯をやる代わりにお駄賃をくれと言ってきたりする。回りくどいやり方を好まず、最初から直球を投げてくるのが藍波のやり方なのだ。


 「ちなみに最近、私が海斗君に優しくしてるのは、顔に出るほど海斗君が女性関係で悩んでるっぽかったからだよ?」


 「ふぁあ!?ん、んなことねえし!?」


 「って言われると思ったから、私はいつでも相談に乗るっていうスタンスでいたの。だからまた隈作る前に、今度はちゃんと相談してよ?」


 倒れられると栗生家のピンチだし、と言い残して、藍波は軽やかに2階へと戻っていった。

 というか俺って、そんなに考えていることが顔に出るタイプだったか?さっきの吉川と言い、今の藍波と言い、最近は心の内を見透かされてばかりで気味が悪いんだが。


 「それにしてもあいつ、いつからあんな頼れる妹感を出せるようになったんだ・・・?」


 俺をあそこまで気遣ってくれたことを素直に嬉しく思う反面、妹の善意を浅ましい方向にしか考えられなかった自分を恥ずかしく思うのであった。


            *     *     *


 「やったーーーー!!!ほら、見てみて、アワタカ当たったよ!!!」


 ピザが家に届くなり藍波が握りしめているのは、水色の鳥の縫いぐるみ。その鳥の頭を幸せそうに撫で回し、俺に見せつけてくる。


 「そいつ関連のグッズもう何個目だよ・・・。」


 「また新しくコレクションに追加するんだよ!」


 完全に目をハートの形にして、自分の部屋へと持っていってしまった。あいつ、ピザのこと忘れてないだろうな。


 「なるほど、妹さんの狙いは今やってるスマクリのコラボか。」


 「5000円以上のお買い物で、どれか一体をプレゼント、ねえ。」


 「凌太がいれば、いつもより1枚多く頼めるから5000円を超えるってことか。あいつも策士だなあ。」


 珍しくピザを頼みたいなんて言うから何事かと思えば、そういうことだったのか。最初から付録目当てだったと。


 「妹さん、本当いいゲームの趣味してんな。」


 「いやー、単純に俺たちでも知ってるゲームをいくつか教えてやっただけなんだけどな。」


 「その中でもダントツでスマクリにはまって、今では部屋中スマクリグッズでいっぱいっすよ。」


 テーブルの上にピザを3枚と、ポテトとチキンが入った紙箱を設置して準備完了。飲み物は家にある炭酸系のものを出しとけばいいだろ。

 その間に妹もちゃんと下りてきたので、俺たちも椅子に座り、手を合わせる。


 「「「「いただきます!」」」」


 戦闘開始の号令と共に、各々が狙っていた獲物に向けて手を出した。クォーターのピザって、色んな味が楽しめる分、大人数になると必然的に人気の味の取り合いになるのが難点だな。

 それも、イマイチ関係性があやふやな人と甘え上手な妹が同じ食卓にいると、自分の思ったように動けないという。

 最初の一口は俺も含めた全員が喜びの声をあげていたのに、時間が経つにつれ1人また1人と無言になり、やがて夕飯の席は無言でひたすら食べ物を口に運ぶだけの場所となっていた。


 そして20分ほど経過した頃には、あれだけいい匂いを空間に漂わせていた5000円分の食べ物は、残らず胃袋の中へと消えていた。


 「あー、食った食ったー!やっぱピザこそが正義だな!」


 「なんかこの前も聞いたぞそんなセリフ。」


 「こいつ、この前俺の奢りで焼肉食いに行った時も同じこと言ってたぞ。」


 「流渡君は美味しい食べ物はなんでも正義認定しちゃうからね。」


 結局あの日、凌太先輩は兄に焼肉を奢ることになったようだ。凌太先輩にとって相当な厄日だっただろうな。


 「付録もしっかり4分の1を引き当てたし、私も大満足だよ!」


 「妹さんはファブルコン派なんだな。俺は生粋のグレンナルド派だから属性相性悪いわ。」


 「最初の3匹は全部好きですよ!でもやっぱりビジュアルはファブルコンが頭一つ抜いてますね!」


 そんな凌太先輩は藍波とスマクリ話に花を咲かせている。

 ちなみにスマクリというのは、スマートクリーチャーと呼ばれる育成RPGで、世界中で遊ばれている国民的ゲームのこと。ちょうど去年に新作が出たことでも話題になり、そのバトルの奥深さから子供から大人まで幅広い層に人気があるコンテンツだ。藍波が一番最初にやったゲームシリーズでもあり、絶賛どハマり中らしい。

 そのどハマり具合を表すかのように、藍波の部屋にはスマクリグッズが大量に置かれており、ベッドの上にはさっき当たったアワタカというスマクリが大量に置かれている。控えめに言って怖い。


 「スマクリ好きの女子って、みんな部屋がスマクリ系のもので溢れるジンクスでもあるんかねえ。」


 「どんなジンクスだよそれ。てかスマクリ好きの女子の知り合いなんかいたっけ、俺たち。」


 「ん?あ、あー・・・、イメージだよイメージ。ほら、置いてそうなイメージないか?」


 何やらやたら焦った様子で兄に目配せをしている凌太先輩。するとその謎の視線で察したのか、兄貴まで若干気まずそうな顔で俺に話題をふってきた。


 「お、俺は、女子の部屋って藍波の部屋しか知らねえからなんとも言えねえわ。海斗は?」


 「いや俺だって知ら・・・、」


 ないと思ったが、よく考えたらこの前行ったわ女子の部屋。

 ・・・というかよく考えたらあの部屋もスマクリだらけだったわ。本人には恥ずかしいから忘れろと言われたが、俺の記憶の中にはバッチリと残ってるわ。

 てかそうか!あの部屋入った時になーんか見覚えのあるものがあると思っていたけど、あれはスマクリだったのか。藍波の部屋で散々見ていたから白瀬の部屋にも既視感があったんだな。


 「・・・今のところ俺の知っている女子部屋のうちの2分の2がスマクリ部屋だったわ。」


 「マジかよ。」


 「俺も妹さんの部屋を含めたら2分の2だな。」


 「お前もかよ!女子の中で空前絶後のスマクリブーム来てんじゃねえか!」


 とは言うものの、標本が3人しかない以上、そのデータだけで女子の間でスマクリが流行っていると結論づけるのは間違ってるだろうけどな。


 「えー、私その人たちに会いたいなー!絶対友達になれると思う!」


 「藍波なら仲良くなれる可能性があるかもしれないけど、オススメはしない。」


 「えー、なんでー!?」


 「趣味は合うかもしれんけど、人としてどうって話だよ。」


 「海斗君の言う、人としてどうっていうのはあんまりあてにならないと思うけど。」


 「ひどい言われようだなおい。」


 俺と藍波の性格が違う以上、俺の価値観を押し付ける気はないけどさ。それでもあいつはやめたほうがいい気がする。


 「じゃあ、凌太さんのお友達はどうなんですか?」


 「お、俺の!?」


 「はい!部屋に行ったことあるくらいですし、仲いいんですよね?」


 純粋無垢な妹の瞳が凌太先輩に突き刺さっている。いくらあんまり藍波と会話した経験がないからって、そこまで困った顔をしなくてもいいだろうに。


 「む、昔の話なんだ。だから今はもう接点がなくてな。」


 「あーそうなんですか。残念です。」


 そこまでしょんぼりしなくてもいいだろ。それにこいつ、兄の友達の友達とコネを本気で持とうとしてたのか。藍波のこのコミュ力、侮れん。

 それはそれとして、


 「なんで兄貴までそんな気まずそうな顔してんだよ。」


 「え、ああ、いや。今日の本題にも大きく関わる内容だったから、つい俺までそわそわしてしまったというか。」


 「今日の本題?」


 本題も何も、さっきからずっと格闘ゲームで対戦しかしてなかったじゃねえか。


 「お、おい流渡。ここで話せって言うのか!?」


 「もともと海斗に協力を得るつもりだったんだろ?それに女心を知りたいんだったら、藍波がいた方がうまく話が進むかもしれねえぜ?」


 「そ、それはそうかもしれんけど・・・。」


 なんてしらばっくれても、今日の本題が何かってことくらい、俺にもすでに見当がついている。

 でも待てよ。今の話が本題に関わるってことは、今凌太先輩が言っていた女子の部屋ってまさか・・・。

 「え、もしかして私に恋のご相談ですか凌太さん!?」


 あ、ちなみに藍波は無類の恋バナ好きである。なので恋愛の空気を察知すると、このように目をキラッキラに輝かせて食いついてくるので要注意。

 「良かったな凌太!あの最強と名高い栗生家3兄妹がお前の味方になってくれるってよ!」


 「どの界隈で名が通ってるんだよ俺ら。」


 「何言ってんだ。今までの学校で散々名を残してきたじゃねえか。」


 「それはお前だけだよ!俺はひっそりと過ごしてきてたっつーの。」


 俺がどれだけ、『あの栗生君の弟!?』ってイジリを受けてきたと思ってる。それも教師陣や兄貴の学年だけじゃなくて、全く俺らと関わりのない学年の先輩後輩からも言われてきたんだぞ?


 「・・・悪いが話だけでも聞いてくれないか、弟君。」


 そんな頼み込む姿勢を作らなくても、こっちはもう逃げるという選択肢が用意されてないんだよ。すでにこの件については首を突っ込んじまってるからな。


 「はあ・・・、わかりましたよ。大方話は理解しているつもりですけど。」


 「私にもわかるように一から説明してくれませんか!?」


 「あのなあ、やる気になっているが、これは多分お前の好きな系統の話じゃないと思うぞ?」


 1人の男に執着する女と、執着されて困っている男のお話なんて、聞いたところであまり楽しい話ではない。


 「俺も一回整理したいし、改めて一から説明してくれねえか?」


 「わかった。だいぶ長くはなるが。」



 いまだに揚げ物の香ばしい匂いが充満している栗生家のダイニング。そこの家主3人に囲まれるというアウェーな空間の中で、凌太先輩はゆっくりと話し始めた。



 「美桜ちゃんは俺のーーー」

 



 

スマクリ、これからちょいちょい出てきます。

ちなみにあの格闘ゲームは大激突ファイティングバトラーズと言います。大バトとか、FBって呼ばれています。

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