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2-2 最悪な別れ方をしたからと言って、もう2度と会わないということはない2

 目の前にヒロ、隣のテーブルに白瀬と吉川が座り、何が起きるか全く想像できないシチュエーションが突如完成してしまった。


 すごく楽観的にこの状況を説明するとしたら、小学校時代から付き合いのある人たちとのプチ同窓会。現状の厳しさを包み隠さずに説明するとしたら、ついさっき口論になって仲が険悪になっている親友が目の前に座り、隣のテーブルにはつい昨日口論になって仲が険悪になっている同級生と、おそらくその同級生に「あんたのことが気になっている男子がいるから会ってあげなよ!」的なノリで無理やり家から連れ出されたと思ったら、その男子から「あんた誰?」的なことを言われてご機嫌斜めな同級生との、ピリピリしたコーヒータイム。


 「えーっと、帰っていいか?」


 「こんな場を設けられておいて、帰れると思うか?」


 「・・・はあ。」


 最善策だと思われた敵前逃亡は、目の前にいる敵の一言であっさりと潰された。俺でも知ってるゲーム風に言うと、これは逃げることができない強制イベントってやつなんだろう。そしてこういうのは、事前に弱点を調べたりレベルを上げたりしないとクリアするのは難しいって妹が言っていた。

 えーっと、どっちもしてないんだけど。この場合はあれか、ゲームオーバーってやつか?


 「まあまあ、そんな気まずそうな顔しないでよ!倉田君に無理言って君達と合流させてもらったのも、こんな空気を壊したかったからなんだしさ!」


 「こんな空気になったのは、どこの誰のせいだと思ってんだよ。」


 あくまで明るく振舞って、昨日のことをなかったことにしようなんて腹積もりなんだとしたら、今日こそ雷が落ちることになる。すでにヒロと一回戦してるんだから、頭に血が上るスピードも昨日より早えぞ?


 「お前のせいでもあるだろ、海斗。」


 「お前のせいでもあんだよ、ヒロ。」


 そうか、今日は昨日と違って2対1なんだった。こりゃ、激しい戦いになりそうだな。


 「ちょっと待ってって2人とも!別に私は言い合いをしにきたわけじゃないの!」


 「こんな面倒な状況を作っておいてよく言うな。こんな完全アウェーな状態を作られておいて、警戒するなって方が無理だっての。」


 目の前の男からは敵対心を感じるし、対角線上に座っている女子からは・・・、ってめっちゃ退屈そうやん。


 「ねえ、美桜。私帰っていい?」


 「ダメだよ礼華ちゃん!今日はこの2人と仲良くなるために来たんだから!」



 ・・・おい、今この女なんて言った?


 「別に私は友達なんて増やすつもりないんだけどなあ。」


 「それでも同じクラスなんだから、親睦を深めるくらいはしようよ、ね?」


 「俺は賛成だぞ!せっかく同じクラスになったんだし、家も近いんだ。仲良くしようぜ!」


 「おい、なに勝手に話進めてんだ。俺は聞いてないぞそんな話。」


 なにを勝手に陽キャの集う華やかスペースにしようとしてんだ。俺は認めんぞ。


 「おいおい、いいのか?こんな美少女2人とお近づきになれる機会なんて、この先の人生で二度とねえかもしれんぞ?」


 「お前と一緒にするな。そもそもお前には彼女がいるだろうが。」


 「そりゃもちろん、女友達としてお近づきになるに決まってんだろ。」


 「けっ、調子乗って榛名にフられても俺は責任取らねえぞ。」


 ってなに普通に話してんだ俺。いや、いつまでも喧嘩していたいわけではないんだけどさ。


 「そ、それでね。私としては栗生君とも本当は仲良くしたいと思っているんだけど。」


 ヒロから注目が外れたと思ったら、今度はまた気まずそうな顔で俺に話しかけてきた。


 「どういう風の吹き回しだ。言ったよな、俺はお前たちと違ってオタクでもなんでもないんだから、仲良くなんてなれるわけないって。」


 「そんなのやってみないとわからないじゃない。いくら私たちの趣味と君の趣味が違ったって、それがわかりあえない理由にはならないよ。」


 ・・・ああもう。また始めるつもりなのかこの女は。仲良くなりたいとか言っておいて、初っ端から俺の意見を否定するとかやる気あんのか。


 「昨日あんな会話を交わしておいて、よくもまだそんなこと考えていられるな。いいか?俺とあんたの価値観は正反対なんだよ。あんたが正しいと思っていることは、基本的に俺にとっては間違ってんだ。そんな人間とどうやってわかり合うって言うんだ。」


 そもそもあんな別れ方をしておきながら、仲良くなりたいとか言ってくる意味がまずわからん。

 あれか、せっかく派手に高校デビューしたんだから、クラスメイト全員と仲良くなりたいとかそういうこと言い出すつもりか?夢を見るのも大概にしてもらいたい。


 「全てにおける価値観が正反対だってどうして決めつけられるの?どこか一つくらいは、同じ感性を持っているかもしれないじゃない。」


 「だったらなんだって言うんだ。たった一つ同じだったところで、肝心なところがすれ違ってるようじゃ、お前の言う『仲良くなること』はできないだろうが。」


 「それでもお互いを知るきっかけにはなれるでしょ?そしたらきっと私たちだって理解し合えるようになるわ。」


 「理解しあったら友達になれるってか?・・・世迷言だな。そんな人間同士が一緒にいて何が面白い。いつかきっと離れていくさ。」


 「そんなのやってみないとわからないじゃない。」


 「・・・またそれか。」


 マジでこいつは一体何をしにきたんだ。昨日と同じやりとりを繰り返して俺を不機嫌にさせにきたのか?だとしたら相当タチが悪い。


 「そうよ、私はその一歩を踏み出して変わったもの。君が昨日私に『変わった』と言ってくれたように、私は勇気を出したことで変われたのよ。」


 「もういいから帰ってくれ。俺はそういう、『自分はこうだったんだからあなたもこうしろ』みたいなのは一番嫌いなタイプなんだよ。」


 何をそんな自信満々に俺に説教をしてきているのかと思えば、やっぱりそんなことか。そんな言葉、世界で一番当てにならない。

 すでに議論が平行線の様相を呈してきていることを察したのか、ここまで黙って聞いていたヒロが動いた。


 「白瀬さん、あんたの気持ちを否定する気は無いし、その意見自体は俺も賛成だ。けど、その理屈で海斗を納得させようとするのだけはやめた方がいい。」


 「・・・もしかして、言ったらいけない台詞だったりしたのかな?」


 「こいつが一番嫌う考え方だな。」


 急に俺の肩を持つような発言をしているが、お前だってさっき俺と意見が対立して言い合いになってただろうが。


 「お前が言うなって顔してんな。」


 「よくわかってんじゃねえか。その台詞を声に出して言ってやろうかと思ってたとこだ。」


 「俺の考えは白瀬さんとは少し違うさ。ま、今のお前に何を言ったって響かねえと思うからこれ以上は言わねえけどよ。」


 そう言うとまたヒロはまた俺から視線を逸らす。そしてそのヒロの視線を追っていると、すっかり今の会話で蚊帳の外に出されていたもう1人の人間へと注意が向いた。


 「話はもう終わったの?」


 「礼華ちゃん、今日のところは引き上げた方がいいかもしれないわ。」


 「賢明な判断だと思うよ。それに、私個人の意見としてはイガグリ君の言っていることの方がずっと理解できるし。」


 そう言って、ちらっと俺の方を見る吉川。退屈そうに頬杖をついている姿勢は変わらないが、口元だけはわずかに緩んでいるようにも見える。


 「礼華ちゃんまでそう言うの?」


 「だって実際そうじゃない。誰にだって合う人間と合わない人間がいる。それなのに無理に距離を詰めようとしたって、お互い苦しいだけよ?」


 「それでも私は、自分の価値観を変えて今こうしてクラスに馴染むことができている。今までの私には絶対できなかったことを今の私はできるようになったのよ?」


 「その代わりに、昔はなかったような問題にも数多く直面している。」


 「それもまた楽しいって感じるから私は気にしてない。」


 「それは美桜の価値観。私やイガグリ君には、その楽しいと思えることが楽しいと思えないのよ。私たちの頭はそういう風にできていないの。それがイガグリ君のいう価値観の違い。」


 「でもそれは・・・、」


 「それぞれの価値観を認め、その世界を許容することが一番大事なの。そうやって、自分の考えが正しいと思って人に押し付けようとするのは、悪いオタクのすることだから、今すぐにやめた方がいい。」


 淡々とした口調で、目の前に座る親友の主張をズタズタに切り裂いていく吉川。流石に口論中は頬杖はついていなかったが、それでも全身からは謎のやる気のなさオーラみたいなものは出ている。

 だがそんな様子の相手に、白瀬はこれ以上の反論は用意できないようで、すっかり黙り込んでしまった。


 しっかし、今のはなかなかに聞いていて納得のいく意見だった。オタクの思考回路がどうとかまではわからなかったが、言いたいことの大筋は俺の意見と似通っている部分が多かった。


 ただ一つ、文句を言いたい点がある。

 

 「勘違いしないでよ、イガグリ君。別に私はあなたの味方をするつもりじゃ・・・」


 「やっぱそれ俺のことだよな!?さっきからイガグリ君イガグリ君って何を言ってるのかと思っていたけどさ!」


 「なんか今日会った時からずっと不機嫌そうだったから。心が尖ってそうな栗生君、ということでイガグリ君。」


 そう言って、少しニヤッとしながらこちらを見る吉川。なんだろう、言われてることはまあまあ失礼なんだが、あのいたずらっぽい笑みが俺の心をざわつかせる。


 「な、なんだそりゃ・・・。」


 おかげで、少しドモリ気味にそう答えるのが精一杯になってしまった。


 

 「美桜と私からは以上よ。急に押しかけておいてこんなことになって申し訳なかったわね、2人とも。」


 「別に俺は構わないぜ。これからはクラス内でも気軽に話しかけてほしいしな!」


 「私としてはそのつもりはないわ。期待するなら美桜にして。」


 あくまで好青年風を気取るヒロに対し、やはりバッサリと一線を引いていく吉川。可愛い系のビジュアルにそぐわない、この清々しいほどに媚びない姿勢は・・・。うん、ぶっちゃけかなり好印象だ。


 そんなことを思っていると、今度は急に少し申し訳なさそうにこんなことを言ってきた。


 「それでね、こっちから押しかけておいてこんなことを言うのもなんだけど、まだ美桜の頼んだ飲み物が全然減ってないからさ・・・。」


 「お、おお、そうだな。じゃあ海斗、先に俺らがお暇するとしようか。」


 「ん、まあそうなるわな。んじゃ。」


 と言って腰を上げようとしたところで、ふと隣の席を改めて見渡してみた。

 申し訳なさそうにしながらも、「ありがと、助かる。」と軽く会釈する吉川。そしてその正面で気まずそうにしながら、すっかり論破されて一言も発しなくなってしまった白瀬の姿が見える。確かに吉川のカップはもうほとんど中が空っぽなのに対し、白瀬のカップはまだ半分以上もしっかりと残っていた。


 そんなことをしていると、最後に白瀬と視線が合った。ここで自分から逸らすのもどうかと思ったので向こうから逸らしてくれるのを待ってみるが、向こうもまたさっきまでの自信こそ全く感じないが、何か意図を感じる意味深な視線を向けたまま、まったく逸らそうとする素振りを見せない。

 お互い謎の意地の張り合いをして見つめ合うこと約3秒。別にこちらを糾弾しようとしている感じはしなかったのに、なぜかこっちが悪いことをしているような気分になってきた。


 なので仕方なく、瞬きと同時にほんの少しだけ視線を下に落とす。だがそれではどこか心が落ち着かなかったので、ずっと気になっていたことを最後に聞いてみることにした。


 「一つ聞かせてくれ、白瀬。」


 「・・・なにかな?」


 「急に俺に接近しようとしてきた理由はなんだ?」


 昨日の時点で、俺と白瀬の考え方に大きな違いがあることはわかっていたはず。それなのにわざわざヒロを使ってまで、俺に再接近してきた理由がどうしてもわからないのだ。


 ・・・それをそのまま口にしてみただけなのに、なぜか場は静まり返ってしまった。どうして誰も話そうとしないのかと思い周りを見渡してみると、


 「んー?どうしてそんなことが気になるのかなー、海斗君?」


 なぜかヒロはニヤニヤとしている。


 「私の口からこんなことを言うのは違うかもしれないけど、決してイガグリ君のことが好きだからではないよ?」


 そして吉川は俺の想像していた答えとは斜め上の回答を返してきた。


 「な、ち、違う!別にそんなことを気にしていたわけじゃ・・・、」


 「あららー、残念だな、海斗。ほんの少しだけロマンスが始まるかと思って期待したのに。」


 「黙れ、そのニヤニヤを今すぐやめろ!」


 なんでふと気になって聞いただけの素朴な疑問一つで、ここまで壮大な勘違いができる。

 と言うより、さっさと白瀬が答えればこんなことにはなってないんだが?どうしてそこであんたがダンマリ決め込んでるんだよ。


 「う、うーん、弱ったなあ。こんなノリの中で言うつもりじゃなかったんだけどなあ。」


 え、ちょ、ちょっと待て。よくみたら少しだけ顔が赤くなってないか?おい、そういう場に合わせたノリみたいなのいらねえから。


 「し、白瀬?そんなモジモジしてないでさっさと答えてほしいんだが?」


 「わ、私だって恥ずかしいんだよ!そんな急にそんなこと聞かれたって困るんだよ・・・。」


 おいおい、なんでそんな恋する乙女みたいな顔してんだよ。・・・ちょっとグッとくるからその表情をやめろ。そんな顔でこっちを見るな。


 「い、言いづらいことならいい!」


 「ううん、いつかは言うつもりだったんだし今言うよ。・・・あのね、」


 ・・・あれ、なんかおかしいぞ?なんか知らんが、少しだけ心臓がバクバク言っている気がする。

 な、なんなんだよこの顔。ほどよく赤みがかって、少し色っぽさが増してて、なんと言うか・・・、か、可愛い。


 

 「ーーー私、好きな人がいるの。」


 「お、おう、そうか。で、でもな、白瀬・・・。」



 「ーーーだから栗生君には、私の恋を手伝ってほしいの!」



 「俺とお前じゃ・・・、ん・・・?」



 て、手伝い?


            *     *     *


 「そういうことにならないように、前もって忠告したよね、私。ねえ、聞いてる、甘栗君?」


 「・・・うるさい、なにも聞かなかったことにしろ。あとこっちを見るな。昨日みたいに寝てろ。」


 結局店を4人同時に出ることになった俺たちは、仲良く前に2人、後ろに2人に整列してそれぞれの目的地に向けて歩き出していた。


 「あっはっはっはっは!!!!!いやあ、あれは最っ高だったな海斗!!!!!」


 店の迷惑になりそうなくらいバカ笑いしていたヒロは、店を出た今もまだその勢いを衰えさせることなくいる。こういう時のヒロは面倒なんていうレベルじゃねえ。俺をからかうことに関してはこの世で2番目に長けているのだから。


 しかし今はもう店の外。俺とヒロを隔てていた机も、冷たい視線を向けてくる他の客の心配をする必要もないのだ。


 「いって!?」


 「少し黙ってろバカ。」


 ということで、サッカー部の命である足の脛の部分に強烈な一撃を見舞ってやった。さっきまで満面の笑みだったヒロは顔を苦痛に歪めて、蹴られた箇所を必死に手で押さえて悶えている。いい気味だ。


 「暴れるなら後ろの方でやってくれない?私たちの前でそんなことされたら歩きづらい。」


 「文句ならこいつに言ってくれ。こんな奴が隣に歩いている時点で俺も相当歩きづらいんだ。だからここはお互い様ということで。」


 後ろに歩いていた吉川が、片足を押さえてピョンピョン飛び跳ねているヒロに進路を妨害されて冷たい視線を向けている。結局は冷たい視線を向けられるんだな。

 

 ただその吉川の隣を歩く白瀬の顔色はあまり明るくない。

 その原因を作ったのは間違いなく俺だから、あまり気にするような姿勢を見せても逆効果だろうと思い、あえて触れてはいないが。


 本当は別々に帰りたいくらいだったんだが、あいにく俺たちの家は全員同じ方向だったのだ。まあ、小学校が全員一緒だったくらいだし、ある程度は近いだろうとは思っていたが。

 昨日の朝までの自分だったら、あの運命の美少女が実は俺の生活圏内で暮らしていると聞いて少しはテンションが上がったんだろうが、今の俺の気持ちだとどうもそんな浮かれた気分にはなれない。



 『そうか、お前にとって友達っていうのは、ただ利用するだけの存在なんだな。』


 正直、自分らしくなかったとは思っている。間違ったことはなにも言ってないと言い切る自信もあるし、言ったこと自体はそこまで後悔していない。

 ただ、波風を立てないという俺のポリシーには反してしまった。これからも同じクラスでやっていく人間に対し、傷つけるような発言をしてしまったことは、後々に大きく響いていくと言わざるを得ないだろう。それこそ、よっ友以上に気まずい空気がこれからは流れることになってしまうのだ。それは面倒くさい。


 ただ、それを差し引いてもやはりあの考え方だけは気に入らない。


 『君と仲良くなれたら、あの人と会えるチャンスが生まれるんじゃないかなって思ったの!』


 『だからまずは礼華ちゃんと仲良くなってもらおうと思ったのに、まさか気づかないなんて思わなかったよ!』


 俺に近づいたのは、白瀬の想い人に近づきたいだけっていう、ただの打算的行動だったということ。

 そのために、親友だと言っていた人間を半ば強制的に連れ出して、仲良くなりたいと言っているわけでもないのに無理やり仲良くさせようとしていたこと。

 とてもじゃないが俺はそれを認めることはできなかった。自分の利益のためだけに他人を利用しようとするような行為だけは許せなかった。


 そんなのまるで、あいつらと同じじゃないか。



 「そんな本気で蹴ることないだろ!?」


 「今日一日の自分の行いを省みろ。これでもまだ緩い方だ。」


 とはいえ、流石に踵で思いっきり蹴りつけるのはやりすぎたかもしれん。喧嘩をしたことや白瀬と結託していたことなどを思い返したら、ついつい力が入りすぎてしまった。謝罪をする気は毛頭ないが、心の中で少しだけこちらも反省はしよう。だからこれでチャラだ。


 「容赦ないのね。」


 「こうなることはあいつも覚悟の上だろ。あいつはああいうことができる奴だからな。」


 いくら俺をいじるのが好きとはいえ、この場でここまで馬鹿騒ぎするのは普段のこいつらしくない。ということは、どうせこのピリピリした空気を少しでも変えようとか考えた上での行動だろう。・・・損な役回りを受け持ちやがって、同情なんか俺はしてやらねえぞ。


 「それをわかっているなら、少しくらいは手加減してあげてもいいと私は思うけど。」


 「ストレスが溜まってたんだ。まああいつなら許してくれるだろ。」


 いまだにピョンピョン跳ねているヒロを見かねたのか、それとも単純に心配になったのか、白瀬が近寄っていった。これで隊列は、俺と吉川が前列、白瀬とヒロが後列という布陣に変更された。

 若干イライラも治ってしまったせいで、隣に吉川がいる状況が少し気恥ずかしく感じてしまう。


 「私たちにとってもそんなものなのよ。」


 「そ、そんなもの、とは?」

 

 あまり意識しないようにしようとは思っているのだが、少し返答がぎこちなくなってしまった。


 「ある程度のことなら、お互い許しあえる仲ってことよ。だから甘栗君がそんな目くじら立てて怒らなくても私は気にしていないわ。」


 「いきなり呼び出されて俺みたいなやつと2人きりで会話してこいって言われてもか?」


 「後々恨むほど嫌ならそもそも家から出てない。ま、一個貸しってとこね。」


 俺からすると、普段は誰とも会話をしないあの吉川礼華が、一つの貸し程度のレベルで今回の出来事を清算するというのはなかなか考え難いが。


 「あなた、何考えているのかわからなさそうで、意外と考えていることが顔に出るタイプなのね。」


 「え、そ、そうか?」


 「あの誰とも話さない人間が、その程度で許しちゃうんだって顔してたけど?」


 「え、ま、マジか。」


 「やっぱり図星みたいね。」


 軽くクスッと笑う吉川。基本脱力していて、表情もあまり豊かではない彼女が時折見せるこの顔の緩みは、俺の心臓を思いっきり蹴り飛ばすくらいの破壊力がある。思わず視線が迷子になって、すっと顔を背けてしまった。

 だがそんな俺の様子を気にも留めず、後ろの方でヒロと軽快なトークを繰り広げている白瀬を見て、吉川はまた表情を戻して呟く。


 「美桜がこの恋にどれだけ本気なのか、私はずっと見てきたからね。私にはこういう色恋沙汰はさっぱり理解できないけど、ここまであの子が必死に頑張っているんだから、報われてあげてほしいとは思うのよ。」


 「必死に、ねえ。」


 確かに、恋の手伝いをしてほしいと恥ずかしそうに頼んできた後の白瀬は、それはもう恋する乙女のテンプレみたいだった。

 顔は終始赤みがかっていたし、その相手のことを聞くと途端に歯切れが悪くなったり俯いたりと、見ているとこっちまで恥ずかしくなるくらいだった。 

 

 ただ俺からすると、その後に明らかにされたその白瀬の恋の相手の方が衝撃だったが。


 「どうしてあの人相手にあそこまで必死になれるのか、俺にはわからんけどな。」


 「それは直接美桜に聞いてみたらいいんじゃない?」


 「聞けるわけないだろ。あんなこと言っといて今更こんなこと聞けるかっつの。」


 「聞いた方がいいと私は思うけどね。そしたら、イガグリ君のさっきの発言にも変化が生まれるだろうし。」


 「・・・それはない。」 


 吉川が許すと言った以上、俺が吉川を利用したことに対して怒る理由は確かになくなったが、俺に協力を依頼したいがために、俺の友達を演じようとしたことまでは容認できない。


 「はあ、あなたも頑固な人ね。私並みに変わってるよ。」


 「それは褒め言葉として受け取っておく。」


 「実際褒めてるつもりだったんだけど。美桜から聞いてた通りなかなか面白いよ、栗生君。」


 は、はあ。何がそんなこの人のお気に召したのかよくわからんが、また彼女はあの魅惑的な笑みを向けてくれた。そんな仕草一つで、やはり俺の心臓のBPMは加速の一途を辿っていってしまう。

 向こうはそれを無意識にやっているのだろうから、なんか俺が1人ドキドキしていてバカみたいな気分になる。


 ・・・そもそも少し微笑まれただけでこうして心が躍ってしまっている時点で、いつもの俺らしくない。平静を装おうとすればするほど耳が熱を持ち始めてくるし、見ないようにしようと思えば思うほど、もっと見たいと思ってしまう自分が出てきてしまう。


 俺はこういう感情のことを世間一般的には何というかを知っている。


 知ってはいる。

 わかってはいる。

 でも信じられない。

 そうであるはずがないと頭が主張してやまない。

 俺は今まで頭の中で理論を組み立てて、それに当てはまるか当てはまらないかの2択で他人への感情を決めてきたんだぞ。


 それが、ただ一回無防備な寝顔を見ただけで。

 時々いつもの怠そうな表情を崩して笑うだけで。

 たったそれだけで今までの俺のルールを全てぶち壊していくなんてことなんて、そんな横暴なこと許せるわけがない。

 そんなの、今までの俺はなんだったんだってなってしまうだろ。


 

 「あー、こんなとこにいやがった!!!!!」


 そんなことを考えているうちに、地面を睨みつけるようにして歩くようになっていたら、突然目の前に見覚えのある靴が目に映った。

 いや、靴で判別する以前に、この声を聞いた時点で誰が現れたのか直感的にわかっていたのだが。


 「海斗!お前、俺たちの朝飯も作らずにどこをほっつき歩いていたんだよ!!!」


 「あれだけ散々夜中に騒ぎ立てるなっつったのに、その約束を破ったお前が悪・・・。」


 昨日の恨みを今ここでまくし立ててやろうと思って顔を上げたところで、俺の頭の中が一瞬固まった。


 そこには昨日の夕食後の帰り道に見た、黒髪に一部赤色を混じらせた髪を自然に流した、ラフな私服に身を包んだ俺よりほんの少しだけ背の高い男と、身長が俺より少し高めでガッシリとした体格の茶短髪の男が立っていた。


 まるで昨日のデジャブのような一枚絵だった。違うのは、兄貴が私服姿だということと、昨日の出会いは背後から声をかけられたってことくらいか。凌太先輩は着替えの服なんて用意してなかったようで、昨日同様制服に着替えていた。


 あともう一つ違うことがあるとすれば、



 「りょ、凌太・・・君・・・?」


 俺側が1人じゃないということ。あとは、昨日と今日では俺の心持ちが違うということ。

 この2つの決定的な違いがあるせいで、俺の頭は今ちょっとしたパニック状態に陥ってしまっているのだ。


 「お、なんだなんだ!?海斗、お前こんな可愛い子どこで見つけてきたんだよ!?あれか、ヒロがナンパでもしてきたか!?」


 「・・・ま、まさか、美桜ちゃん・・・なのか・・・?」


 ニヤニヤと好奇心満載で、耳打ちとは思えないほどの大声で俺の鼓膜に暴力を振るってくる兄の後ろで、まるで幽霊でも見たかのような顔で俺の背後に立っているはずの女子を見る凌太先輩。


 「そうだよ凌太君。昔、よく一緒に遊んだあの白瀬美桜だよ・・・?」


 凌太先輩の問いかけに、声を震わせて答える白瀬。その声を聞いてまさかとは思ったが、両目からはわずかにだが涙が出ているようだった。

 その様子をすぐ隣で見ているヒロも突然のその涙に驚いている。


 「お、おい海斗!なんであの子、凌太を見て急に泣きだしてんだ!?」


 「それは俺にもよくわからん。けど少なくとも一つだけ言えることがあるとしたら、俺たちは邪魔をしないほうがいいってことだろう。」


 「邪魔?邪魔ってどういうことだよ?」


 兄にそう確認されたところで、俺もまた確認するように隣に立っている吉川にちらりと視線をやる。

 すると吉川も俺の視線の意図を理解したようで、一度コクリと頷くと無言で歩き始めた。


 「兄貴、面倒に巻き込まれたくなかったら、おとなしく凌太先輩と後ろの子を残して俺たちについてこい。」


 「お、おう・・・。よくわからんが、よくわかったような気もする。」


 俺が正しい方法で兄に耳打ちすると、空気を察したのか、兄も静かに俺と一緒に今来た道を引き返し始めた。


 

 これであの場に残されたのは、白瀬と凌太先輩とヒロの3人だけ。

 そのヒロもまた、ゆっくりと歩き出した俺たちを見て察したのか、白瀬に何か言ってから小走りで俺たちの元に合流してきた。


 「イガグリ君。あなた、ついさっきまで協力しないって言ってなかった?」


 「邪魔をすると言ったつもりもない。俺が精力的にあの2人を引き合わせたりはしないって言っただけだ。それに、あの2人の空気を見て、無神経に居座れるほど肝が据わっていない。」


 それに心のどこかで、俺はさっきの白瀬の発言を疑っている気持ちもあったのだろう。

 それでも、さっきの白瀬の表情や声を聞いたら、流石に認めざるを得なかった。



 ーーー白瀬美桜は本当に、凌太先輩のことが好きなのだ。



 「もう一度・・・、もう一度凌太君に会うために、私、変わったんだよ?」


 後ろから白瀬の何年分かの想いを吐き出しているのが聞こえる。まだ少し声は震えているが、今度はしっかりと芯のある声が届いてくる。


 「最後に君に言われたことをしっかり受け止めて、私、ここまで明るくなった!おかげで、今まで知らない世界に出会うことができた!これも全部凌太君のおかげなの!」


 ただ、なぜだろうか。


 白瀬の声に明るさは戻ったものの、さっきまで聞いていたような、底抜けの明るさみたいなものは感じない。

 いや、無理もないか。あれだけ思い焦がれていたんだから。その本人をようやく目の前にしているのだから少しくらい調子が狂うのも当たり前だろう。


 きっと彼女は今、長年の夢を果たそうとしているのだ。他人を利用しようとしてまで手に入れようとしていた幸せ。

 ついさっき聞いたばかりの彼女の苦労の数々が、早々に結ばれる現場に立ち合っているのがなんだか不思議な気分ではあるが。


 「ああ、すっかり別人だ。一瞬、本当に誰だかわからなかった。」


 「あはは・・・。凌太君は今の私、どう思う?」


 「・・・そうだな、こう言っちゃなんだが、昔よりもずっと魅力的になった・・・と思う。」


 「ほ、本当!?」


 後ろから甘酸っぱいやり取りが聞こえてくる。隣にいる吉川もどこか足取りがさっきまで軽いように感じる。


 「なんでさっきから私の方ばかり見てくるの?せっかく出会えたのだから、あなたのお兄さんの相手をしてあげたら?」


 「え、い、いや、そんなつもりは!」


 「そうだそうだ!とにかくどういうことか説明しろよ海斗!急にあんなことになっていて、何が何だかさっぱりだぞ俺!」

 

 おい、騒ぎ出すにはまだ早えっつーの。後ろに聞こえたら色々と面倒だろうが!

 と叫んでやろうかと思ったが、その言葉が後ろに聞こえてもまずいだろうから、ここは敢えて冷静でいるのが正解だろう。


 「あの2人の様子を見ていればなんとなくわかるだろ。」


 「そ、そりゃわかるけどよ。そこを詳しく聞こうとしてるんじゃねえか。」


 「じゃあ後ろの会話にもう少し耳を傾けていろ。それでわかる。」

 

 俺の言葉を受けるなり、兄は徐に足を止めた。1人が足を止めると集団心理が働くのか、俺を含む残りの3人もつられて足を止める。


 「今の私なら、君の隣にいさせてくれる?」


 五感のうち、聴覚でしか今のセリフを受け止められなかったが、俺の心を惑わすにはそれだけで十分だった。

 それを全身で受け止めることになっている凌太先輩は果たして今どのような表情をしているのだろうか。あの人は兄と関わっているとはいえ、あまりこういったことに慣れていないような印象があるから、ガッチガチになっているんじゃないだろうか。


 「ねえ、なんとか言ってよ。」


 と白瀬は追い討ちをかけるように急かすが、心を落ち着かせる時間くらい与えてやれと思わずにはいられない。

 あれだけ酷なことを言っておいて今更こんなことを言うのもなんだが、今のあいつはこの学校のミスコンの優勝者だと言われても疑わないくらいに容姿が整っているのだから。


 

 ・・・とは言ったものの、幾ら何でも少し沈黙が長すぎるのではないだろうか?

 気を遣って、誰も後ろの様子を目視していないので今どんな状態になっているのかは俺たち4人には誰もわからない。


 「・・・凌太君?」


 ついに白瀬から心配するような声色が聞こえてきた。緊張のあまり、気でも失いそうなのだろうか?


 なんてことを考えていたその時。



 「ーーーもう俺には関わらないでくれって言ったよな?」


 ようやく凌太先輩の声がしたのだが、その内容が少し予想外のものだった。

  

 「普通あんなこと言われたら、もう俺には関わらないでおこうって思わないのか!?」


 「え・・・。」


 「なのにどうしてお前はそこまでして俺に会いに来るんだ!?俺がお前を迷惑に思っているのがまだわからないのか!?」


 これはどうやら様子がおかしい。

 異変に気付いてふと周りを見ると、すでに俺以外の3人は驚きのあまり後ろを振り返っているようだった。


 「そ、そんな・・・。私は・・・、」


 「もう俺のことは忘れてくれ。ーーー会いに来ようとも思わないでくれ。」


 

 最後にそう言い残すと、凌太先輩は俯きがちに白瀬の隣を早足で通り抜けていく。


 「お、おい、凌太!」


 兄もまたその様子を見て、急いでその後ろ姿を追いかけていった。



 呆然と立ち尽くす白瀬。持っていた手提げカバンを床に落としたことにも気付いていない様子で、さっきまで凌太先輩が立っていた場所をただじっと見つめている。


 「・・・美桜?」


 ゆっくりと歩み寄りながら吉川は優しく声をかけるが、その相手からの返事はない。


 やがて吉川が白瀬の目の前まで辿り着いたが、それでも白瀬は目の前に親友に焦点を合わせることはなかった。



 そんな白瀬をそっと抱き寄せる吉川。


 その美少女たちの美しい友情の一枚絵を見せられれば、いつもの俺なら多少は思うところもあったのだろう。



 だが今だけは、その芸術すらも俺の心をざわつかせる一因としか成り得なかった。


 

 

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