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1-2.運命の出会いを果たしたからって、そこから幸せな未来が待っているとは限らない2

 どう考えたって、この状況はできすぎているとしか言いようがない。


 どれだけ学校で探しても見つからなかった俺の中で現在人気沸騰中の美少女が、行きつけのファミレスで俺の席の隣に座っている。・・・やけに眠そうな顔で。


 「ふあぁぁぁ。そういうわけでもう一眠りいぃぃぃぃ・・・。」


 そしてそのまままた机に倒れこんだ。その可憐な見た目に違わぬ、小動物のような声をしていたな。声に全く力がこもっていなかったが。


 「え、嘘でしょ礼華ちゃん?この状況でまだ寝るつもり!?」


 力を抜いてぐったりとのびている美少女の肩を必死に揺らす白瀬だったが、5回ほど揺らしたところで諦めたのか、深く椅子に腰かけた。


 「まさかとは思うが、また寝たのかこいt・・・この子?」


 「う、うん。こうなっちゃったら梃子でも動かないわ。」


 困り顔でそう返事をした白瀬は、本当に困り果てた様子で額に手を当てていた。

 

 「お騒がせしちゃってごめんね、栗生君。でもまさか君がここに来るなんて思ってなかったからさ!」


 「そこに関しては俺も同感だ。まさか、たまたまふらっと立ち寄ったファミレスでクラスメイトに会うとは思ってなかった。」


 そしてそのクラスメイトが、俺が今日一日探していた美少女を連れていたなんてな。


 「ね!それも小中高ってずっと同じ学校に通ってる君と会うなんて!」


 「ま、この駅で会う同級生なんて、だいたい小か中が一緒だったやつくらいしかいねえだろ。」


 「それもそっか!あはははは!」


 おお、急にやたらと明るくなったな白瀬のやつ。この場からはもう逃げられないと悟って、素直に俺と当たり障りの無い会話をして時間を潰すことを選んだか。ま、この空気の中でそうするのが最善の一手だろうな。



 これが、俺がずっと「よっ友」が嫌いな理由だ。特に大して仲がいいわけでもないのに、かと言ってそいつの存在を無視しようとすると気まずい空気が流れる。本当にすれ違い様に「よっ!」と一言かけるだけで済めばいいのだが、今回のようなことになるとお互いがお互いの扱いに困ってしまうのだ。

 こうやって気遣い合わないと成立しない間柄なんて、めんどくさいことこの上ないだろ。だから最初から、友達になれそうにないか、なるのにそれなりの時間を要しそうなやつとは関わらないことにしているのだ。


 では今回の敗因は何か。

 それが実は俺にはいまいちピンと来ていない。


 確かに白瀬とは小中高と同じだから、それだけで一つの共通の話題があると言える。そういった意味では、よっ友になり得るポテンシャルを秘めた存在だった。でもこの状況ばかりは偶然が重なった結果だと言えるので、どうしようもない。ファミレスで隣同士になる可能性まで考慮して立ち回れるか。


 でもかと言って、そうなる可能性のある相手だと認識していたら、俺の方で多少のマークはしていたし、今回のように2人きりになった時に備えてある程度の準備もできた。でも結果、こうして俺がもっとも起きてほしくない展開になってしまっている。

 これは別に俺が彼女の危険度を軽視していたわけではない。ちゃんと理由があるのだ。


 「それにしてもほんと偶然だよね!まさか高校まで一緒で、しかも同じクラスになるなんてさ!最初にクラス名簿見たときに、栗生君と倉田君の名前があって少しだけ安心したんだよ私!あ、知らない環境の中に知ってる名前の人がいる!って!」


 こうして今、スイッチを切り替えて俺と会話することを選んだ白瀬美桜という女子生徒。


 

 ーーー実は、彼女とは今までほとんど喋ったことがないのだ。

 

 「見知った顔や名前があると、多少は気が楽になるってもんだよな。俺だって、ヒロがいなかったらどうなっていたかわかんねえしさ。」


 「へー、倉田君のこと、ヒロって呼んでるんだー!相変わらず仲良いよね2人とも!」


 ニコニコと愛想を振りまいているが、今ここで俺がヒロのことをヒロと呼んでいると知ったことが何よりの証拠だろう。


 まるであいつに依存しているみたいで自分でも言いたくないが、基本的に1日のどこかのタイミングで一度はヒロと会話をしている。それが小中高とずっっっっっと続いてきているんだから、一度でも俺らと会話をしたことがある人間なら、そのことを知っていてもおかしくはない。高校になってから初めて話したやつですら、このことを知っていることだってあるくらいだ。

 まあここで、相変わらずと付け加えることができたのは、長年同じ学校に通ってきたからこそできたんだろうけどな。


 「まあな。一方の白瀬は、随分とキャラが変わったじゃねえか。」

 

 「え、そ、そうかな?単純に私たちってあんまり会話してこなかったし、栗生君が私のことをあまり知らなかっただけかもしれないよ?」


 栗生君が私のことをあまり知らなかっただけ、と白瀬はあたかも自然な会話の流れのように言った。

 でもそれは俺をバカにしすぎだ。いくら今まで会話をしてこなかったとはいえ、流石にここまでキャラが変わっていれば俺だって気づく。




 ーーーだってこいつ、中学まで大人しい女子筆頭だったのに、高校に入ってからうちのクラスのトップカーストグループのリーダーになってんだから。


 「その返しは流石に苦しすぎるだろ。仮にも約9年間同じ学校に通ってるんだぞ?お前がどんなやつだったかくらい俺だって知ってる。」


 「あはは、そりゃそっか・・・。」


 それに、百歩譲って内面の変化だけだったら、俺が今まで知らない一面があったの一言で済ませられたかもしれない。

 でも内面以上に、白瀬は外見が大きく変わっていた。


 昔は真っ黒い髪が腰まで伸びていて、いかにも地味女がかけてそうな黒色のメガネをかけていた。制服も、女子の大半はスカートを折って膝上丈にしていたのに白瀬は膝下丈だったし、とにかくガードが固いオーラがプンプン出ていた。そこまで表情も豊かな方じゃなかったし、さっきみたいに明るく笑うイメージはあまりない人だった。

 そんな彼女のことを俺は勝手に陰キャ認定していた。だから9年同じ学校に通っていて、何回か同じクラスになったと言っても、話す機会はほとんどなかった。日常会話をしたことなんて恐らく今が初めてなくらいだ。


 だから高校生活初日の初ホームルームの時にやった自己紹介で、俺は度肝を抜かれた。

 隣に座っていた、編み込みやカールが施された茶色い綺麗な長髪を揺らす、スタイルが並以上の華やかで可愛らしい女子が、白瀬美桜と名乗ったのだから。表情だけでなく口調まで明るくなっていたし、スカートもかなりミニになっていたのだから完全に別人と言っていいほどだった。


 「それはまたどういった心境の変化だったんだ?正直俺はまだ、あんたが俺の知ってる白瀬美桜だとは信じていないくらいだぞ?」


 「同姓同名の別人だとでも思ってる?」


 「ああ。それか、春休みの間にめちゃくちゃチャラい彼氏でもできたのかってな。」


 「あっははは!それはないよ!」


 この会話の返し方。本当に俺はあの白瀬美桜と会話をしているのか疑問に思えてくるくらいだ。

 この屈託のない笑顔。まるで雑誌に出てるモデルとでも会話をしているのか勘違いしてしまうくらいには魅力的だ。


 高校生デビューという単語は聞いたことがあるが、まさかここまで仰天チェンジをしてくる人間がいるとは思っていなかった。何度も言うが、今までの彼女とは全くの別人なのだ。


 「・・・強いて理由を挙げるとしたら、自分を変えたくなったから、かな。」


 「変わり方が急すぎだろ。外見も中身もそこまでガラッと変えたら、今までの知り合いとか困惑するレベルだぞ。」


 「うん。だからそこにいる礼華ちゃんも、最初は目が点になってたよ?」


 くすくすと笑いながら、目の前に座る礼華ちゃんとやらの寝顔を見つめる白瀬。

 そうだよ、イメチェンした白瀬についてもそれなりに気になることが多いけど、それよりもその子だよ!


 「そ、そういやそこで気持ち良さそうに寝ている子は白瀬の知り合いか?随分と親しげだったけど。」


 「あ、ああうん。礼華ちゃんは小学校時代からの親友なの。よく昔は学校でも一緒にいたんだけど、栗生君はもう覚えてないよね。」


 ・・・え?同じ小学校に通ってたの俺たち?でも俺、こんな可愛い子がいたなんて覚えてないぞ?


 「中学は地域の関係でバラバラになっちゃったんだけど、またこうして同じ学校で同じクラスに居られるなんてまだちょっと信じられないんだ。とは言っても、私がこんな感じになっちゃったからクラスではなかなか話す機会がないんだけどね。」


 昔からの知り合いってことは、白瀬が陰キャだった時代の友達ってわけだしな。

 というか、昨日の図書室で大量のラノベを読んでいる姿を目撃していたじゃないか。ということは、学校での白瀬とこの子はキャラが全く違うってことか。





 ・・・ん?ちょっと待て。今こいつ、とんでもないことを言わなかったか?


 「おい、今同じクラスって言ったか!?」


 「え、うん。私たちと同じ、見月原高校1-Aだよ。ほら、出席番号の一番最後に吉川礼華って子いるじゃん?」


 

 吉川礼華・・・。


 よしかわ・・・らいか・・・。


 

 あ!


 あああああ!!!!!!!!


 「あのいつも教室で本を読んでるあの子!?」


 「そうそう、いつも静かにずっと本読んでるあの子だよ!あ、そっか!今はメガネを外してるからわからなかったんだね。」



 クラスの自己紹介の一番最後大トリを飾ったのは、一際大人しそうな小柄の女子だった。格好自体は今時の女子高生だし、後ろ姿だけを切り取ったらどう見たって美少女のそれだと思う、という印象を抱いた。


 ただ、顔を見ると『どうしてこうなった』という感想しか出てこない。

 まず、つけている眼鏡が無駄にでかい。おまけに四角い黒縁っていう、思わずなんだそのセンスはと言いたくなるくらいに容姿とあっていないものをつけている。

 あと、やる気が全く感じられない。あの時の自己紹介もすごく眠そうにしていたし、声に覇気が全くなかった。そのせいで、何を言っているのかイマイチよくわからなかったし、目もあまり開いていなかったからどんな顔をしているかもよくわからなかった。そのせいで、最終的に彼女は眼鏡の印象しか残らなかったのだ。


 あれ以来、授業で当てられた時以外は声を聞くことがなかったし、休み時間とかも基本自分の席で本を読んでいた。よく考えたら、今日の朝も本を読んでいる姿を見た。その姿を見て、少しはトップカースト軍団もこの人を見習えと心の中で呟いたわ。

 今覚えば、ブックカバーしていたからてっきり難しい純文学の本でも読んでいたのかとばかり考えてたけど、あれってラノベだったのか。納得。


 「この子があの吉川礼華(よしかわ らいか)・・・。にわかには信じられん。」


 「あっははは!そういう反応になるのも仕方ないよね。でもこれが礼華ちゃんの素顔だよ。ほら、天使みたいな寝顔だと思わない?」


 「・・・あ、ああ。」


 やばい。改めてまじまじと見つめると、拍動がどんどん早くなってくる。バクバク言ってる音で周りの音が聞こえずらく感じるくらいに心臓がうるさい。


 「・・う君。」


 本当なんなんだこれ。頰がどんどん熱くなってきやがる。


 「・・ーい、・・・くーん?」


 なんだこの顔は。顔に麻薬成分でも含まれてんのかって思うくらいに思考能力が奪われていく。


 「栗生君?」


 「う、うわ!」


 思わずその寝顔に釘付けになっていたら、突然視界が白瀬の顔でいっぱいになった。それも妙にニヤニヤとした顔が。


 「どしたのー?そんなあからさまに顔真っ赤にして鼻の下伸ばしちゃってー。」


 「ばっ!?んなことねえよ!」


 ま、まずい。自分の顔もまた他人に見られているという自覚すらも吹っ飛んじまってた。そんなひどい顔をしていたのか俺は。


 「あはははは!栗生君って実は結構面白い人!?」


 「う、うるせえ!元々こういう顔だ!」


 「その返しこそ苦しすぎるよー!私だって9年間同じ学校に通ってきてたんだからね?」


 こ、これは想像以上に恥ずかしい・・・。こうも笑われながらいじられると、もうどこか遠くに逃げたくなる・・・。


 「か、勘弁してくれ・・・。」


 「あっははは!!!ああ、ごめんごめん!でも流石にわかりやすすぎるよ栗生君!」


 「ああもう、忘れてくれ!今見たもの全部!」


 「それは無理だよー!」


 またそう言って笑い出す白瀬。高校生になってからは割とよく見られるようになったこの明るい笑顔も、この9年間ずっと見られなかったことを思うと、未だに新鮮だと思う気持ちが抜けない。本当に白瀬は性格が180度変わったと言っても過言じゃないと思う。

 それでもこの状況では、昔の白瀬の方がまだよかったと思ってしまうが。


 「そ、それより、そんな革新的なイメチェンを果たしたってのに、ちゃんとまだ・・・よ、吉川とは付き合いがあるんだな。」


 「そりゃそうだよ!ーーー礼華ちゃんとの関係はずっと変えないままでいたいもの。昔からこの子にはたくさんお世話になってるしね。」


 俺があの子のことをどう呼ぼうかと考えて、気持ち悪くどもっている間にも、白瀬はまた一つ俺が今まで見たことない表情を見せていた。

 その慈しみに満ちた目であの子を優しく見つめる白瀬の表情からは、俺にも測ることができないくらいに深い絆が感じ取れた。


 「そんなことよりも、せっかく礼華ちゃんのことが気になってるんだったら、少しお話ししたいとか思わないの?」


 「は、はあ!?」


 な、なんでそうなる!?俺が今この子に話しかけて、一体俺に何のメリットがあるっていうんだ?


 「ほら、だって気になるんでしょ、礼華ちゃんのこと?」


 「んなわけ!・・・たしかに可愛いとは思ったけどよ。」


 って何を言わされてるんだ俺は。


 「うーん、だって気になる子がいたらお近づきになりたいとか思わない普通?」


 「そりゃ話が合えばそれもいいかと思うこともあるだろうな。」


 「そんなの、話してみないとわからないじゃない?」


 「いや、そこに積んである大量のラノベを見たら、とてもそんな気はしない。」


 あれは昨日図書館でも見かけた本の山だ。見た感じ10冊くらいはあるだろうか。そんなものを平気で机の上に並べて睡眠を取れる女子相手に、ラノベのラの字も知らない俺が話しかけて話が盛り上がると思うか?無理無理。俺、そういうコンテンツ全くわかんねえし。


 「まあもしかしたら趣味は合わないかもしれないけど。でもでも、もしかしたら性格は合うかもしれないじゃん?」


 「共通の趣味をもたない人間同士が仲良くなるなんて、そんなこと不可能に近いだろ。それに俺は全くそういうオタクコンテンツには興味がない。吉川だって、そんな人間と話したって楽しくないだろ。」


 そう、俺が今まで信じてきたルールに則って考えると、万に一つも俺がこの美少女と肩を並べて歩く未来なんてありえないのだ。

 改めて謎の美少女が吉川礼華だとわかったことでそれがはっきりとしたと言える。まだたった1ヶ月未満という短い期間ではあるが、俺は自分のクラス内の人間がどういう人間達なのかということをそれなりに分析してきた。

 それで、その分析結果が正しいとするならば、吉川礼華は俺と同じ側にいる人間ではあるが、それ故に俺ともまた分かり合えない人間だ。

 自分から進んで人に話しかけないし、そもそもあんな変な眼鏡をかけていることからセンスも俺や他人ともズレていることがわかる。彼女には自分の世界があって、その世界に合わない人は必要ないと考えている。そんな人間だ。


 「・・・何それ。」



 そしてこの白瀬美桜という人間もまた、


 「まだ一歩も踏み出してないのに、何全部わかった気でいるのよ?」


 「俺にはなんとなくわかるんだよ。それに、何より俺が辛い。」



 俺のこの1ヶ月の分析結果が正しいとするならば、



 「そんなの、ただ自分勝手に想像して逃げてるだけじゃない!!!」


 

 俺とは決してわかり合えない人間だ。


            *     *     *


 あれほど楽しみにしていたドリアと贅沢をして頼んだ骨つきチキンは、どれも俺の満足感を満たすことなく俺の胃袋へと送られていった。長居してやろうと思って頼んだドリンクバーには結局一度も足を運ぶこともなく、俺は不快感を溜め込んで店を出た。

 普通、先に食事を終えていた向こうが先に帰るのが道理だろうに、例の美少女こと吉川は、目の前であれだけ友達が大声で叫んでいたのにも関わらず、一向に起きる気配を見せなかったせいで、結局食事を終えた俺が先にいたたまれない空気に耐えきれなくなって、さっさと店を飛び出してしまった。

 

 これだから親しくもない人間とコミュニケーションを取るのは好きじゃないんだ。いつも決まって俺が一番被害を受けるようにできているのだから、理不尽でしかない。実に腹立たしい。せめてドリンクバーの代金だけでも請求してやればよかった。


 まったく、どうして俺がほとんど顔だけは知っている程度の認識でしかなかった同級生にいきなりキレられないといけなかったんだ。むしろ、散々俺をからかってきたあっちが俺に頭を下げるのが道理だろうが。今まで大人しいキャラでやってきていたくせに、派手に高校デビューを飾ったからっていい気になってんじゃねえぞ。昔は陰キャだったんですよーって、今のトップカーストグループで一緒にキャーキャー馬鹿騒ぎしてる馬鹿どもにばらしてやろうか。

 

 ふん、そもそもキャラを変えたいなんて願うこと自体が愚かだろ。どうして生まれ持ってきた自分の個性を認めてやれないんだ。どうして、周りが自分を煙たがったり、合わないって判断したからって自分が変わらないといけないんだ。そうやって無理に自分を変えたところで、上手くいくわけなんてないだろ。

 それを白瀬は分かっていない。どれだけ元の引っ込み思案で大人しい性格を隠そうとしたって、いつかは必ずボロが出る。辛くなる時がくる。上手くいくのは最初だけだ。いやむしろ、最初だけでも上手くいってるのは素直に称賛に値すると言える。



 『そんなの、ただ自分勝手に想像して、逃げてるだけじゃない!!!』


 何も知らないくせに偉そうなことを言ってくれやがって。逃げて何が悪い。逃げないともっと傷つく可能性だってあるってことをお前は知らないだけだ。今までろくに人と関わろうとしてこなかった人間が、少しキャラ変して上手くいっているからって、調子に乗って人に説教してんじゃねえぞ。



 「あー、くっそ。腹立たしい。」


 独り言を声に出すなんて柄じゃないが、今ばかりはそうでもしないとやってられない。そんな気分だった。


 

 

 「あ、やっぱり海斗じゃねえか!!!」


 店から出てわずか数歩の間に怒りを爆発させていたら、急になぜか背後から耳馴染みのある声がかけられた。


 「俺の席から、海斗らしき高校生が会計してる姿が見えたからよ、慌てて俺らも会計して後を追いかけてきちまったぜ!おかげでドリンクバーの元が取れなかったじゃねえか!あー今思えばだいぶ損した気分だ!なあ、凌太。」


 「ったく。いつもいつも考えなしに行動するなって口すっぱくして言ってんだろうが、流渡。」


 するとそこには、黒髪に一部赤色を混じらせたツンツンヘアーで、制服を着崩した俺よりほんの少しだけ背の高い男と、身長が俺より少し高めでガッシリとした体格の茶短髪の男が立っていた。


 「・・・なんだよ、同じ店にいたのかよ兄貴。」


 「おいおい、そんな露骨に嫌そうな顔すんなよ海斗。血を分けた兄弟じゃねえかよ!なあ?」


 「いやなんでそこで俺の方を見るんだよ。」


 屈託のない笑顔でなぜかそのガッシリ系男子の肩をバシバシ叩いているのは、俺の2個上の兄、栗生流渡(くりゅう りゅうと)。どこからどう見てもチャラ男にしか見えないが、中身も筋金入りのチャラ男である。


 そして眉間に皺を寄せながら肩をバシバシ叩かれているのが、兄貴が高校時代からよく家に連れてくるようになった来島凌太くるしま りょうた先輩だ。いつも兄貴に振り回されている印象が強く、苦労が絶えなさそうな顔をしているが、なんやかんやで俺が中2になった頃から少なくとも週1ではその姿を見かけている。本人曰く、『知らない世界にいつも連れて行ってくれるからこいつといると飽きない』のだそうだ。

 俺のルールで言うならば、凌太先輩が兄貴に興味があって、どんどん兄貴色に染まっていったことで成立している友情関係ってとこだ。俺には絶対無理だ。


 「いつ見ても相変わらずっすね、凌太先輩。」


 「こいつが相変わらずなんだから仕方ないだろ。」


 「おうよ!俺はいつだって馬鹿やるぜ!」


 「その馬鹿をやって、今日職員室に呼び出された馬鹿はどこのどいつだ。」


 「あれはお前も同罪だっただろ!なんで呼び出し俺だけだったんだよ!マジ意味わかんねえ!」


 「いきなり俺の腕を掴んで、無理やり隣の女子のスカートをめくり上げさせるお前の方が100倍意味がわからん!今時女子のスカートめくって呼び出し食らう高校生なんかお前だけだっつーの。」


 いやマジで何してんのうちの兄貴?そんなこと思いつく方が逆にすごいわ。


 「いいや、今も昔も俺だけだ!!!」


 「現場からは以上だ。」


 「・・・毎回報告ありがとうございます。いつ聞いても惚れ惚れする馬鹿っぷりですね。」


 棒読みで答えてやったというのに、兄貴は「だろだろ!?」と得意げな顔で勝ち誇っている。やはり馬鹿だ。


 「ところで今日は凌太を家に泊めていくからな!」


 「それは別にいいけど、頼むから夜は静かにしてくれよ?この前みたいに夜中に大声あげるのだけは勘弁だからな。」


 「善処する。」


 「人の家に上がりこむ立場なら、約束くらいしてくださいよ・・・。」


 「こいつと一緒にいると、約束しても守れない時の方が多いんだよ。」


 「ああ、確かに守れない約束ならしないほうがマシですね。それでも兄貴の提案に対する拒否権は俺にはないと。」


 どうせ断ったって、兄貴は独断で無理やり実行する。ならもう、潔く受け入れる準備をする方がこちらにとってもダメージが少ないのだ。


 「こいつの弟に生まれたことを悔やんでくれ。」


 「あんたも少しは悪びれろ。」


 「こういう図太さはあいつの受け売りでな。」


 「出会った頃よりダメ人間になってるぞこの人。」


 「はは、自覚はある。」


 出会った頃の凌太先輩は、もっと引っ込み思案で大人しそうな人だった。体格ももっとヒョロッとしていたし、ここまで会話が続くほどたくさん話すタイプではなかった。ここまで社交的になったのは間違いなく兄貴の影響なのだろう。

 これがいい変化なのか悪い変化なのかはわからないが、少なくともこの人はこの変化によって、より人と上手く関われるようになったのだ。本人にとってどうなのかはともかく、ダメ人間にはなったが、社会に適合しやすい人間にもなったと言えるだろう。


 こういった例を見ると、さっきみたいに自分を変えることを安易に批判するのはよくないのかもしれないと思うことがある。凌太先輩もそうだし、怒りのあまりボロクソに言ってやったが、白瀬だって最初はあの変化自体は決して悪いものではないと思った。変わった結果、あれだけ自分を魅力的に見せることができるようになり、クラスの中心人物になるまで自分の価値を底上げしたのだから。・・・俺にとってはトップカーストに入って大声で騒ぐことがいいこととも思えんがな。


 だがやはり、だからと言って今更俺のルールを変える気にもならん。これは自分が傷つかないために作った、俺にとっての勝利の方程式なのだから。これが間違っているとは俺には思えないのだ。

 だからやはり、何も知らない人間にこの方程式を馬鹿にされたことだけはやはり許せない。そういうことをする人間はいつか足元をすくわれる。今に見てろ。


 「おいおい、なんだそんな険しい顔して!もっと人生、笑って生きろって言ってんだろ?」


 「兄貴みたいにヘラヘラ笑ってばっかりの人生は嫌なんだよ。」


 「えー、なんでだよ!楽しいぞ、俺の人生?」


 「じゃあこれからは全部お前が家事をやれよ?」


 「嫌なことからは逃げる!それが俺流だ!」


 「何が俺流だ!俺に押し付けてるだけじゃねえか!」


 さらっと俺に背を向けて、何も聞いていなかったと言わんばかりに前を歩き始めやがった。


 「はっはっは!!!ほら、ぐちぐち言ってねえで帰るぞ!俺たちの家に!」


 「おー!!!」


 「いや、あんたの家ではねえからな?」


 ギャーギャーと騒ぐ2つ上の男たちに巻き込まれながら、すでに日が沈みきった真っ暗な道を歩く。



 未だに脳裏にはあの運命の美少女の顔がちらつく。

 未だに鼓膜にはあの生意気な美少女の言葉が反響している。



 白瀬の提案通り何か声をかけていれば、もしかしたら何かが変わっていたのだろうか。



 俺のこのささくれ立った心に光が差していたのだろうか。



 「何ぼーっとしてんだよ海斗!お前には夜食を作ってもらわないといけねえんだからしっかりしろよ!」


 

 ・・・でもま、別にこのままでもいいか。


 「兄貴は俺をなんだと思ってんだ。」


 「オカン!」


 「はっ倒すぞ。」


 「あと、自慢の弟!」


 

 別に、今の生活がそこまで嫌いなわけでもねえし。


            *     *     *


 「ふぁあああああ・・・。おはよー美桜。」

 

 場に張り詰めていた緊張の糸が栗生海斗の離脱によってほぐれたタイミングで、ようやく吉川礼華はその項垂れていた頭を上げた。


 「・・・・・・。」


 「どうしたの?ぼーっと窓の外なんか眺めて。何か興味惹かれるものでもあった?」


 「・・・ううん、なんでもない。」


 窓の外に映っていた3人の男たちのやりとりを席から眺めていた白瀬美桜は、礼華の問いかけに返事をすると、ようやく視線を外から外した。


 「それより、礼華ちゃんのせいでひどい目にあったんだからね!?」


 「えー、知らないよそんなこと言われても。寝ててもいいって約束したの美桜じゃん。」


 「そりゃそうだけど・・・。」


 海斗が来る数分前に交わした会話を思い出して、美桜はこれ以上の愚痴を言ったところで無意味だと悟った。

 そんな彼女の内心を見透かしたかのように、礼華は目をすっと細めて美桜への言葉を続ける。


 「こういうことになるのが面倒くさいって思ったから、私はあれだけ止めたんだよ?」


 「うっ。」


 「だいたいさー、美桜みたいな可憐な少女がこうまでして変わる必要なんてなかったじゃない?変わったのは向こうなのにさ。」


 具体的な主語のない指示語ばかりの会話を続ける2人。だが、両者とも脳内では同じ人間の顔を浮かべていた。


 「ううん、そんなことない。むしろ変わるきっかけをくれて、あの人には感謝してるの。」


 「・・・ずっとあのキャラでいるのは、別の自分を演じてるみたいで疲れるってさっきまで愚痴をこぼしてたのどこのどいつだったっけ?」


 「ううっ。」


 「まあ止める権利は私にはないからこれ以上は言わないけどさ。ーーーでも、美桜が変わったところで、それが相手に伝わらなかったら何の意味もないじゃない?」


 普段はぼーっとしているのに、自分の相談に乗っているときはいつも鋭いところをついてくる。

 そんなギャップにどこか頼り甲斐と少しばかりの恐怖を感じながら、美桜は礼華の核心を突くような言葉に返事をする。


 「うん、私も同じことを考えてた。ーーーついさっきまではね。」


 「・・・また何かとんでもないことでも思いついたの?」


 「と、とんでもなくは・・・なくないかもしれない。」


 「とんでもないのね。」


 「それでも、このチャンスは見逃せない。ここまでしているんだもの、やれることはやる。」


 一方の礼華もまた、本当は引っ込み思案で臆病なのに、こういうところの芯だけはしっかりしている美桜に、どことなく誇らしい気持ちを抱くと同時に、少し心配にもなっていた。

 それでもあくまで淡々と礼華は会話を続けることを選ぶ。


 「その好きになったことには一生懸命なところは変わらないよね。んで、何する気?」


 「そんな変なことはしないよ。少なくとも今日のところは何も。」


 「・・・で、明日からどんな変なことするの?」


 「だから変なことではないって!ただーーー」


 互いが互いを知り尽くしている関係にある2人は、今日もクラスメイトの目が無い場所で、笑顔で会話に花を咲かせる。

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