6 終わりが良かったからと言って、全てが良くなるわけじゃない
「俺の知らない間に話が進みすぎてて何がなんやらだな。」
「まったくだ。おかげでこの週末は全然ゆっくりできんかった。」
「いいじゃねえか。俺だったら毎週そんな週末でも歓迎なんだけどなー。」
「毎週お前の部活仲間が勝手に家に上がりこんで、お前の姉ちゃんの友達と修羅場繰り広げてる現場を想像してみろ。」
「・・・うわあ、地獄だわ。」
制服を着た学生にスーツを着たサラリーマン。この世の経済を支えていくビッグファクターが揃い踏みしている、この地下鉄という乗り物での通学に早くも嫌気が差してきた今日この頃。最近は1人でいたこともあり稀に席に座れるチャンスに恵まれていたが、今日は生憎の雨で電車が混雑している。
雨で部活が休みのヒロと慣れた手つきでつり革を握り、先週の事件について情報共有しながら学校の最寄駅に到着するのを待っている。
「それにしても、まさか本当にあの2人がくっつくとはな。」
「ヒロでも予想外だったか?」
「まー俺が白瀬さんだったら、中学時代にフラれた時点で諦めるだろうしなあ。仮に未練があったとしても、あの先輩の過去を聞いたところで終了だな。」
「ここでお前と意見が一致することが、こんなにも心強いとは思わなかった。」
「俺が一般的な恋愛観を持っているかという問題はあるけどな。」
同じ制服を着た学生たちの流れに乗るように俺たちは電車から降り、改札を通り過ぎる。
地上に出ると、案の定外は雲に覆われておりそれなりの強さの雨と、
「おはよ、ヒロ。」
どこかの雑誌の表紙でも飾っていそうな長身の女子が出迎えてくれた。
全く同じ景色を眺めているはずなのに、ヒロはまるで太陽に照らされたかのような眩しい笑顔で挨拶をしている。
もちろん榛名のあの挨拶はヒロに対してのもので、俺に対しては一瞥するのみ。これが本来の榛名志織という人間の他人との接し方だということを俺はこの長い付き合いの中で知っているので、今更この扱いの差に対して何も文句を言うつもりはない。
「なあ志織。お前だったらもし・・・」
自然の流れで俺たちの会話に合流し、電車の中で俺がヒロに説明した話を榛名にも共有する。
俺は一度も直接榛名に白瀬と凌太先輩の関係について説明したことはなかったはずなのに、ちゃんと金曜日以前の最新の情報まで話を理解していたのが地味に恐ろしい。なんだ、この2人の話題は俺のことしかないのか?
ちなみに榛名曰く、
「私ならそんな男に最初から興味を持ったりしないから、白瀬さんの気持ちは微塵もわからない。」
だそうだ。この言葉選びがまさに榛名節って感じがするな。容赦がない。
「それよりも私からすると、白瀬さんが栗生の家に平気で乗り込んでるところが気になるんだけど。なに、あんたたちって知らない間に家に呼んだりするほどの仲になってたの?」
「んなわけねえだろ。あいつが家に来た時はあの時が初めてだ。」
「じゃあなんで白瀬さんは海斗の家を知ってたんだ?」
「それだけじゃない。そもそもあのタイミングで栗生の家に行くという行動自体が意味不明でしょ。」
まあその疑問が出るのはごもっともだ。俺もあの時兄貴から白瀬が家に来ているって連絡が来た時は頭に疑問符が浮かんだしな。
そんな意味不明な行動を、兄貴から電話がかかってきたという情報だけで見抜いてみせた吉川に詰め寄ったのはよく覚えている。その後本人に直接理由を問いただした時にその吉川の予想が見事に的中していて、少し畏怖の念を抱いたことも。
「ああ、それな。それはだな・・・、」
当時の白瀬の脳内を軽く説明するとこういうことだった。
俺が白瀬に接触を求めた時点で、よっぽど重要な情報を手に入れていたということは予想していたらしい。それも十中八九マイナスの情報だろうと。
仮にプラスの情報なら、俺が介入しなくてもうまくいくって判断するだろうから話さないんじゃないかっていう考えだったらしい。・・・当たってるのが癪だな。
だからある程度の覚悟を持って俺の話を聞いていたみたいだが、やっぱり凌太先輩の中学時代の話は前半の時点で相当心にきていたらしい。
凌太先輩の気持ちに気づけなかった自分が情けないとか言ってあいつは自分を責めていたっけか。どうしたらそんな考えになるのか。
それで後半はやっぱり俺の話をほとんど聞いていなかったらしく、今の凌太先輩が自分をどう思っているかということばかり考えていたらしい。俺が話しかけても全く反応がなかったのはショックを受けていたからというのもあったけど、単純に自分の世界に入っていたからということだった。
それで我に返ったのが、俺がお手洗いに行こうと席を立った時。吉川の呼びかけでようやく現実に引き戻された白瀬は、なかなか俺が戻ってこないことを受けて1つの可能性に思い至ったらしい。
俺が今白瀬と会っていることを兄貴が知っていて、今この瞬間に俺と兄貴が情報のやり取りをしているんじゃないか。このタイミングで俺が兄貴に連絡しているってことは、白瀬が相当ショックを受けているってことを報告するためなんじゃないか。
じゃあなんでわざわざそんなことを報告する必要があるのか。それは兄貴と凌太先輩が今一緒にいるからなんじゃないか。
という妄想を膨らませた結果、白瀬は凌太先輩の本心を直接本人に問いただすために、1人飛び出していったということらしい。
本人曰く、探し回っても凌太先輩を見つけられなかった時は、そういう運命だったと納得して本気で諦めるつもりでいたらしい。
そんな気持ちで駆け出していった白瀬は、凌太先輩がいる可能性があるところを片っ端から潰していった。そして最終的には俺の家にたどり着いたというわけだ。凌太先輩が家にいることなんてもちろん俺は知らなかったから、白瀬の行動が功を奏したのは本当にただの偶然だったわけだが。
ちなみに俺の家を知っていたのは、前に白瀬の家にプリントを届けた日の帰りに吉川を家まで送っていく話になった時に、大雑把に俺の家の位置を説明したことがあったんだけど、その時の説明を頼りにしたらしい。いやー執念というのは恐ろしい。
とまあこういうわけだ。つまり、あの時俺がお手洗いに行ってスマホを見ていなかったら、運命は変わっていたかもしれないってことだな。それにしてもまさか、たったそれだけの行動で白瀬がレストランを飛び出すとは。そしてその白瀬の動きを、兄貴からの着信というかけ離れたファクターから予想してみせた吉川の恐ろしさたるや。
金曜の夜にこの話を聞いた時はいろんな意味で震えた。主に恐怖でだが。
「そんな狼藉を働いておいて、その2日後に堂々とまた人の家を荒らしていくあいつのあの肝の太さよ。」
「ドン引きね。」
「そうか?聞いてる限りだと楽しそうじゃねえか?」
「ヒロは相変わらず楽観的ね。私はそんな面倒な出来事ごめんだわ。」
お、珍しく榛名から俺を擁護する意見が出たな。いや、単純にヒロがおかしいだけか。
「ま、あんたにしては面白い話題だったわ。」
「俺からすると面白い要素は全くなかったわけなんだが?」
「知り合ってから今までネガティブな話しか聞いてこなかった私からすると、珍しく先が気になる話だった。」
「そりゃ今までつまらない話ばっかり聞かせてすいませんでしたね。」
「本当よ。反省しなさい。」
相変わらずこいつは俺に容赦がない。一回でいいからヒロに向ける感じの優しい眼差しで見て欲しい。
「それで吉川さんとはどうなったんだよ?」
「何かあったことを期待しているんだったら損するだけだからやめとけ。」
「そうよ、この男が自分から行動を起こすわけがないでしょ?」
たとえそれが本当のことだったとしても、それをさも当たり前かのように発言するのはイラっとするからやめていただきたい。
「じゃ、今後に期待ってことだな。」
「期待するだけなら好きにしたらいい。」
「お、じゃあお言葉に甘えてそうさせてもらおうか。」
絶対にこの先何かが絶対起きると信じきっている笑みを見せるヒロ。それの何が嫌って、こいつのこういう時の勘って気持ち悪いくらいに的中することだな。この明け透けな笑いに何度苦しめられたことか。
「さあて、これで本格的にお前も高校生だな、海斗!」
「意味がわからんけど、とりあえず不吉だからその発言を撤回しろ。」
「いやーほら、白瀬さんってまだ2ヶ月しか経ってないのに、すでに学年中でそれなりに有名な人なんだよ。」
「そうね、私のクラスでも知らない人はいないんじゃないかしら。」
「それがなんだってんだ?」
・・・てか普通に聞き流そうとしたけどそれってすげえな。同中のやつなんてほとんどいないこの環境で、すでに150人近くいる同級生たちに認知されるっていうのはなかなか真似できたものじゃない。
ま、そのさらに上をいく人間を俺は知っているが。
「お前は一般的な男子高校生がよく話す内容って何か知ってるか?」
「知らん。部活とか新作のゲームとかじゃねえの?」
「まあそれもあるかもだが・・・。志織はなんだと思う?」
「知らないわね。興味もないし。」
「そういうところは本当ブレねえよなあ・・・。」
榛名は榛名でまた俺とは似て非なる心のひん曲がりかたをしているから、このようにヒロが苦笑いを浮かべるのはザラである。俺が榛名志織という人間を他の奴らと違って嫌いになれないのは、こうした一面にどことなく共感をもてるからなのかもしれん。
「ほら、何組の〇〇さんが可愛いとか、付き合いたいとかそういう話だよ。うちのクラスでもちょいちょい話題になってるだろ?」
「だから知らん。そもそも誰かの名前を聞かされたところで、それが誰なのかわからんし。」
「そう、知らないからこそそうやって情報交換をするんだよ。だから、学年中に白瀬さんの名前が知れ渡っているってわけよ。」
「最近は私のクラスメイトも、白瀬さんと一緒に帰ったっていう話を聞いたわね。昔はそんなことをするタイプじゃなかったのに、人ってここまで変わるものなのね。」
あーそれは多分、例の他人の心にもっと触れましょうキャンペーンの被害者だな。まさか他クラスのやつにまで声をかけているとは思わなかったが。
「で、それが俺となんの関係がある?」
「ま、関係はないかもしれない。でもきっと関係があると俺は睨んでる。」
「そのもったいぶるお前の癖はいいからとっとと話せ。」
またいつものニヤニヤを浮かべながら、ヒロはたっぷり間をとって答えた。
「ーーー学年中から注目を浴びる美少女と接点がある人間が果たして、これまで通り蚊帳の外扱いされるのかって話さ。」
* * *
何を馬鹿な話を。
そんなことを思っていられる余裕は校門をくぐってから教室に入るまでのわずか数分間しかしなかった。
「ねえねえ栗生君!」
「おい栗生!」
「君が栗生君ー?」
なぜか扉を開けるなり、いきなり白瀬の取り巻き軍団がゾロゾロと俺を取り囲んできたのだ。
「なんだか噂になってるよ!君が美桜の長年の恋を成就させたんだって!?」
「てめえ、美桜は俺が狙ってたのに何いらんことしてくれてんだよ!!!」
「君って美桜ちゃんとそんなに仲良かったんだね、全然知らなかったよー。」
あっ、とかうっ、とかしか言えない間に畳み掛けるように怒涛の質問ラッシュをかましてくる陽キャ軍団。
なんか1人はやたらと目をキラキラさせているし、1人は冗談なのか本気なのかわからないけどとりあえずすごい殺気を飛ばしてきている。もう1人はとりあえず周りの空気に合わせてます感が見ただけでわかる、ノリだけは合わせていてるが根っこは全く興味がありません系女子。
「もっと詳しく教えてよ!ほらほら、そこに座りなって!!!」
「ちょ、ちょっと待っ・・・」
「そう言えばお前、この前家にまで行ったとか言ってたなあ?そこらへんも詳しく聞かせてもらおうか?」
「いや、あれはだな・・・」
「美桜ちゃんとはどういう関係なのかなー?」
「どうもこうも・・・」
両脇を固められ、キラキラ陽キャガールに背中を押されながら半ば強引に教室の中へと引き入れられる。
ーーー白瀬のやつ、やりやがったな!これがあいつの言ってた恩返しってやつか!!!
「健闘を祈る。」
「おい待て、そんな諦めの眼差しを向ける暇があったらなんとかしてくれ、ヒロおおおおお!!!」
敬礼ポーズを向けて俺を戦地へと送り出すヒロ。
いつもはなんやかんやで助け舟を出してくれるあいつも、今回ばかりはどうしようもないと判断したらしい。そりゃねえよ。
そうしてクラス全体の注目を一身に集めながら、連行された先は俺の自席。ということは、その隣にいるのはもちろん、
「あはは・・・、私と同じくらいの注目を集めてるんじゃない?」
苦笑いを浮かべながら俺の境遇に同情するような眼差しを向ける、今回の騒動の渦中の人間にして俺の天敵、白瀬美桜だった。
「お前、覚えてろよ・・・!」
「待って待って!君のことを言ったのは私じゃないよ!?」
「じゃあ他に誰がいるんだよ!?このことを知ってる人間なんてあんたとよし・・・、ンが!?」
と言いかけた瞬間、いきなり白瀬が俺の口を両手で覆い被せてきやがった。
これには俺をここまで連行してきた3人組を始め、クラス全体からどよめきの声が上がる。
『ちょ、お前何すんだ!?』
「しーっ!名前を出したらだめ!この件とあの子は関係ないから!」
『わかった、わかったから離れろ!みんな見てるだろうが!』
「あ、ご、ごめん!」
慌てて距離をとって自分の席に戻る白瀬。いまだに口周辺には白瀬の華奢で柔らかな手の感触が・・・って、そんなことを感じる余裕は微塵もねえよ。
「わー、やっぱり2人は仲がいいんだね!どうして今まで黙ってたの!?」
「おう、後で校舎裏まで来いよお前。みっちり灸を据えてやっからよ!」
「実は君たちができちゃってたりして、なんてねー。」
やばい、余計に注目を集めてる。てかなんか約1名から赤い鬼のようなオーラが出てるんだけど!?
「はいはい!みんな終了!栗生君が困ってるでしょ?別に彼とはただの友達ってだけで何もないから!」
「えー、なんかその割にはやけに親しげな感じじゃん?おまけになんか2人だけの秘密みたいなの隠し持ってる感じだったし!?」
「なんでそんな目立たねえ野郎と美桜がそんなに親しげなんだよ!俺は納得いかねえぞ!」
「その新しい彼氏よりも彼のほうがよっぽど気になるなー。今までクラスにあまり馴染んでいない感じだったのに、急にどうしたのって感じー。」
あーもうなんだこいつら、めんどくせえな。急にどうしたのは俺のセリフだっつーの。詰め寄ってくるな。
と思っていたら、朝礼5分前の予鈴が鳴った。ほら、予鈴だぞ、帰れ。今すぐ帰れ。もう話しかけてくるな。
「ちぇー、また昼休みにゆっくり話聞かせてもらうからね、美桜!」
「お前の顔と名前覚えたからな。」
「別に私の席は栗生君の後ろだしー。」
それぞれの捨て台詞を残して、あの3人組はなんとか散っていった。あんな極道みたいなやつ俺のクラスにいたか・・・?
って、あの空気読むことに全力を捧げてる気怠げ女、俺の後ろかよ。全然知らんかったわ。後ろとか興味もなかったわ。
「・・・これから大変そうだね栗生君。」
「他人事のように話しやがって。あんたじゃないなら誰の仕業だ。」
「こ、怖いよ、そんな風に睨まれると・・・。」
普段から鋭い目つきがさらに鋭くなっている自覚はあるが、そうなっても仕方がないくらいの怒りが今の俺にはある。
やっとこいつに振り回される日々が終わったと思ったら、今まで平和だったクラス内が一変して地獄へと早変わりしてるんだからな。
「落ち着け、海斗。どうやら本当に噂の出所は白瀬さんじゃないらしいぞ。」
「よう裏切り者。よくもまあおめおめと俺の前に顔を出せたな。」
「あんな状況、俺にどうしろってんだよ。俺だって自分の席が占領されてて座れなかったんだからある意味被害者だぞ?」
「知るか。」
予鈴が鳴り終わったとほぼ同時に再び姿を現したかと思えば、容疑者の肩を持ってゆっくりと席につくヒロ。
「倉田君、私じゃないって信じてくれるの?」
「まあな。廊下をぶらつきつつ部活仲間に噂のことを聞いてみたら、思わぬ答えが返ってきたからな。」
読みづらい表情で意味深な発言をするヒロ。そしてまたもやその先をなかなか言おうとしない。
「また勿体ぶりやがって。さっさと答えろ、犯人は誰だ?」
「聞いて驚くなよ?」
若干呆れながらも、たっぷりの尺を使ってヒロはその犯人の名前を発表した。
* * *
『いやー、悪い悪い!つい口が滑っちまってよ!』
「ちょっと滑った程度でここまで情報が広まるかっつーの!さては何か仕組んでやがったな、てめえ。」
『疑り深いなあ、何をどう仕組めばこんなことできるんだよ』
「知らねえよ、でも兄貴なら俺の予想なんか平気で超えてくるぶっ飛んだ計画立ててくるだろ。」
『自分の兄貴の可能性を信じてくれるのは素直に嬉しいなあ!』
「おい、軽口叩いて逃れようとしてんじゃねえぞ。こっちは相当迷惑してんだからな。」
『まあそうカリカリすんなよ。これを機にちょっとはヒロ以外の人間とも話してみろ!んじゃ!』
「あ、おい、てめっ!!!」
俺が一方的にかけた電話は、半ば一方的に向こうから切断されてしまった。
でもあの口ぶりは間違いない。元々あの男はこうなることを見越して、今日の朝この話を学校中に言いふらしたんだろう。
それにしても一体どんな方法を使いやがった。ヒロの人脈を辿るだけであっさりと兄貴の名前が割れたってことは、そもそも隠す気自体全くなかったってことだろ。普通、俺にバレるリスクを考えたら多少は自分の名前が広まらないようにするだろうに。
うーん、理由がさっぱりわからないことが気がかりだな。元々あいつは色々とブッとんだことをやることに定評のある人間ではあるが、決して他人にこうして迷惑をかけるようなことをするような人間ではないはずなんだが。
「あっはは・・・。その様子だとロクな説明もなしに切られたっぽいね?」
「今黙秘権を行使したところで、いずれは必ず話さないといけなくなるってのに。俺を怒らせたら生活に困るっていうことはあいつだってよくわかってるはずなのによ。」
「いやー、あの人のめちゃくちゃっぷりがついにリミッター解除されたって可能性もゼロじゃねえぞ?」
「その時は家を追い出す。」
冗談でもなんでもなくそれをする覚悟が俺にはある。因果応報ってもんだ。今回の一件を説明したら藍波だってわかってくれるはずだ。
「んで、これからどうするんだ?あの人をどんだけ恨んだところでお前の平穏はもう崩れちまったわけだが。」
とにかくまずはこの現状を打破する方法を考えるしかないか。なんとかこの昼休みのうちに何かしらの対策を考えないと。
とは言っても思いつく方法は1つしかない。幸か不幸かその作戦のキーパーソンも一緒にいることだし、今のうちに協力を取り付ければ、まだ被害は最小限に食い止められる可能性はある。
ちなみにこんな面倒な噂が流れているにも関わらず行動を共にしているのは、単純に白瀬も兄貴にあの行動の真相を確かめたかったということだ。まあその期待は見事に裏切られたわけだが。
「適当にやり過ごすしかねえだろ。もちろんあんたにも協力してもらうぞ、白瀬。」
「協力するのはいいけど、本当にそれで君はいいの?」
「いいもなにも、これが最善の手だ。適当にやりすごせばあいつらもそのうち大人しくなるだろ。」
「それはそうかもしれないけどさ・・・。」
何かを言おうとしてはやめるという動作を繰り返す白瀬。
まあ何に対して文句を言おうとしているのかはなんとなく想像ができる。だから俺は敢えてその先を促さない。
「今回に限っては黙秘がさらなる火種になるかもしれねえぞ?」
「火種は全て白瀬に消してもらうさ。」
「それが新たな火種を生むって言ってるんだ。朝も言ったけど、お前は白瀬さんを過小評価しすぎだ。」
「何が過小評価だ。白瀬1人がクラスを説得したら事態が収束するって言ってるんだ。十分評価した上での判断だろ。」
露骨に深いため息をついて、ヒロは退屈そうに俺の顔をじーっと見ている。なんか今日のヒロはいつも以上にいちいち反応が鬱陶しい。
「もはや学年一のアイドル枠と言ってもいい白瀬さんの恋のキューピッドとなった目立たないクラスメイト。そんな不思議なクラスメイトが何も声明を出さずに、釈明をひたすら白瀬さん1人にやらせたとしたらどうなると思う?」
「知らん。お前からも何か言えっていう抗議の声でも上がるってか?」
「それもあるかもしれんけど、単純に白瀬さんにそこまでさせるなんてあいつは本当に何者なんだって余計に注目を集めるってことだよ。」
はあ?なんでそんな訳のわからん状態になるんだよ。あーそうだったんだーで興味が失せて終わりだろ普通。
「普通のそこらへんにいる適当なJKと白瀬さんは違うってことだよ。そもそも考えてみろ、ただの女子高生が校内の誰かと付き合い始めただけで校内中に広まるなんておかしいだろ。」
「え、もう校内中に広まっちゃってるの?」
「同じサッカー部の先輩たちから授業中に確認LINEが来るくらいにはな。」
「えー、なんかそれはそれで恐縮なんだけど・・・。」
何ちょっと顔を赤くしてんだよ。そもそもあんたがここまで有名人じゃなかったら、ここまで俺の問題も大きくなってなかったんだよ。
「というわけだ、お前が取れる行動は自ずと1つしかなくなってんだよ。」
「はあ、嘘だろ・・・。せっかく面倒ごとが片付いたと思ったのにこんなのあんまりだろ・・・。」
とりあえず帰ったらあのチャラ男をぶちのめすところから始めないと俺の腹の虫が収まらんぞこれは。今回ばかりはやってくれやがったなあの野郎。
「・・・ねえ。」
「あ、なんだ?」
「ーーー君が他の人と関わろうとしないのって、やっぱり小5のあの時からなの?」
・・・あ?
突然何を言い出したのかと思えば、今小5のあの時って言ったか?
「そうか、白瀬さんはあの頃の海斗と同じクラスだったんだっけ?」
「・・・うん。とは言っても私は栗生君に何があったのかは知らないんだけどね。」
「知らなくていい。知ろうとしなくてもいい。」
やっぱり白瀬もあの頃からすでに俺のことを認識していたのか。
・・・いじめられているのを知りながら、それをただ見ているばかりで一度も助けようとしなかったこのクソ人間のことを。
「・・・そっか、やっぱり君も私や礼華ちゃんのようにあの頃の思い出に苦しんでるんだね。」
「ほっとけ。あんたには関係ない。」
「そんなことない。同じ5年3組で苦しんだ仲間なんだったら、尚更放ってなんかおけないよ!」
「何をつまらない正義感を振りかざしているのか知らんが、気遣いなんかいらん。あんたが気にする話じゃない。」
でもそうか。実際の加害者以外に、あのクラスで俺を認識していた人間がいたとはな。いきなり小5なんて言い出すから何かと思ったが・・・そうか。
とは言っても、だからなんだって話だ。お互いがお互いのことを認識していたってだけの話なんだ、それがわかったところであの頃の出来事はなかったことにはならん。
俺の価値観はそんなんじゃ・・・、
「ーーーうん!やっぱり私は君と正式に友達になりたい!!!」
そんなことを思っていたら、いきなり目の前の美少女は勢いよく立ち上がると元気よくそう俺に言い放った。
「・・・は?」
「友達だよ!ほら、君と倉田君の関係みたいな感じ!」
「いや、意味じゃねえよ。あんた、何言ってるのかわかってんの?」
満面の笑みで何を言い出すかと思えば、また訳のわからんことを言い出しやがった。
俺とこいつが友達・・・?イヤイヤ、冷静に考えて無理だろ。何言ってんだよ。
「はっはっはっはっは!!!おいおい、羨ましいな海斗!あの白瀬美桜からお友達のお誘いだぞ!?」
「いや待て、意味がわからん。なんで今の話の流れでそうなる?意味がわからん。」
「理屈なんて今は置いとけって。いいからなっとけよ友達に!こんなこと言ってくる人なんて今まで誰もいなかっただろ!?」
たしかにこんなセリフを言われたのは初めてではあるけれども。・・・初めてこんなこと言われたな。
「って、そんな簡単な問題じゃねえよ。なんで俺とあんたが友達にならなきゃいけねえんだよ。」
「なんでって・・・、私がもっと君のことを知りたいと思ったから!」
なんだこいつは。よくもまあ恥じらいもなくそんなセリフを堂々と言えるな。
というかこいつはついこの前ようやく念願叶って彼氏ができたばかりじゃねえのか。それでいきなり男友達を増やそうとするとか大丈夫なのか色々と。
ってなんで友達になる前提で考えてんだよ。
「いやならねえよ。これ以上あんたに関わってまた面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだからな。」
「えーいいじゃん!別に今の私の友達とも仲良くしてって言ってる訳じゃないんだし。君が嫌って言うことを強制したりするつもりもないし。」
「今友達になるの嫌だって言ったのに強制させようとしてるだろ。」
「まあまあいいじゃん!無理をしていきなりクラスに馴染もうとするより、こうして少しはお互いのことを知ってる私と友達になって私を介してクラスのことを知っていく方が楽だと思わない?」
なんだかもっともらしい理論を並べているように感じるけど、実際そんなにうまくいくもんか?ただの口から出まかせじゃねえのか?
「そんな手段を選ばなくてももっといい方法が・・・」
「ないよ!そんな手段はない!うん、ない!!!」
なんだこいつ。もう完全に俺の反論なんて聞く気ねえじゃねえか。
おまけに隣に座っているヒロはさっきからずっとニヤニヤと笑ってばかりで何も言おうとしないし。
「ダメ?」
「あんたとはウマが合わんだろ。」
「ウマは合わなくても、一緒にいて気を使わなくていい間柄って素敵じゃない?」
「あんたには気を使うのがバカバカしく感じるからな。」
「そうそう、面倒な腹の探り合いとか、どんな話題を振れば盛り上がるかとか、そういうのを何も考えなくてもいいっていうのが、友達の条件としてあっても良くない?」
どうしてそんなに真っ直ぐな瞳で俺を見てくるんだよ。
まさか本当に俺と友達になろうとしてんのか、この女?
「まだ私のこと信じられない?」
「信じるとかそういう話じゃ・・・」
「私は本気だよ?私は今本気で話してる。嘘だと思うなら、私の持ってるゲーム機をかけてもいい!」
「いや本気度がピンと来ねえよ。」
なんでそこまでして俺なんかと関わりを持とうとしてくるんだ。
一体何が狙いなんだよ。
何が・・・。
「・・・なんでそうまでして俺に構うんだよ。」
「ーーーだって君は、私の恋を応援してくれたじゃん!赤の他人同然だった私のわがままに付き合ってくれたじゃん!」
今日1の真剣な眼差しで真っ直ぐこちらを見る白瀬。その目からは俺をからかってやろうだとか、実はドッキリでしたっていうプラカードを持った生徒が現れるような展開なんてものは微塵も感じられなかった。
「それはあんたが・・・」
「馴れ初めはそりゃあひどいものだったけど。でも君が本当は面倒見が良くてすごくいい人だってわかったからさ!そういう人と私はもっと仲良くなりたいんだよ!」
屈託や不純さをかけらも感じさせない、周りのどんな暗闇でも晴らしてしまいそうな眩しい笑顔。
それが今俺に向けられていることに、違和感は覚える。
でもそれ以上に、なんだか心の奥から不思議と謎の熱が湧き上がってくる。
「私の勝手かもしれないけどさ、こういう形で君に恩返しをしたいっていうのはずっと思ってたことなの。だからこれはぽっと出の思いつきなんかで言ってるわけじゃないよ。」
友達になろうだなんて俺はこの人生において、一度も言われたことはない。
ヒロとだって、幼稚園時代からずっと一緒にいたというだけで、一度もそういった会話をしたことなんてなかった。
小学校時代のあいつらだって・・・。
こうして真っ向から仲良くしようと笑いかけられるなんて、そんなこと一度もなかった。
でもこの1ヶ月の振り回されっぷりを思い返す。
このめちゃくちゃな女にたった1ヶ月関わっただけで、俺の人生はここまで狂わされた。昨日吉川にも、今後この女とは関わりたくないと言ったばかりだったはずだ。
なのに。
ウマが合わないって頭ではわかっているはずなのに。
関わったってろくなことがないって身体が理解しているはずなのに。
なんでだろうな。
ーーーなんだか嬉しくて涙が出そうになってる。
「・・・俺はあんたの恩人なんだよな?」
「え、ああうん。そうだね!今でも感謝してるよ!」
「じゃあ俺が嫌だって言ったら、もちろん俺の意見は尊重するよな?」
「当たり前だよ!そもそもそんなの友達じゃないじゃん。」
「嫌だって言ったことを強要された結果が先月のあれだったんだろうが。」
「いやー・・・それはまあ。」
こいつ、気まずそうに視線を泳がせやがった。
「はあ・・・。先行きに不安しか感じねえな。」
「気楽に構えてくれればいいのに。そんな肩筋張ってたって人生楽しくないよ?」
「いじめられて凌太先輩の家に居候していたやつに言われたくないな。」
「あー!そういうこと言っちゃうんだ!!!私だって傷つく心くらい持ってるんだからね!?」
「ああそうかい。そいつはひとついい勉強になったってことで。」
「意地悪なやつとは口きかないからね?」
「そうしたら今まで通りに戻るだけだ。」
「なーんか感じ悪いなあ。」
「じゃあ早く慣れるんだな。ヒロに俺の人となりを聞いてよく勉強しとけ。」
「違うね、君が私に慣れるんだよ。私が君のその曲がった人生観を叩き直してあげるから!」
「俺の意見の尊重が第一だ。」
「時と場合によっては対象外。」
「じゃあ友達はなしだ。」
「ダメ、もうお互い乗り気になってるんだからそういうのはなし。」
「はあ!?横暴だろ!」
「これくらい横暴な方が君の友達にふさわしいでしょ。」
「・・・先が思いやられるなこれは。」
この数秒のやりとりですでに疲れる。
やっぱり自分のルールを破るとろくなことがない。
でもまあ、こんな気持ちも存外悪くないのかもしれない。
そう思った時点で完全に俺の負けだったんだろうな。
* * *
「安心してみんな!栗生君と私は、ただのちょっぴりお互いのいろんなことを知ってるだけの友達だから!」
「えー、なになに!?そこんところ詳しく!!!」
「・・・おい、歯を食いしばれやこの陰キャ野郎!」
「いやー、やっぱり君たちの間柄が一番気になっちゃうよねー。」
「どうだ、華の男子高校生の仲間入りを果たした理由は?」
「・・・数分前の自分とこの女を全力でぶん殴ってやりたい。」
こうして、俺の思い描いていた平和な高校生生活はたった1ヶ月で終わりを迎えたのだった。
これにて1巻分終了です。
一旦はこちらの更新を中断して、もう一つの異世界転移系ラノベの方の更新に専念しようかと思っています。
続きの話も色々考えているので、また機会や反響があれば書く気満々です。
それではまたいつか。ここまで読んでいただきありがとうございました。コメントなどありましたらぜひお願いします。




