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5-4 面と向かって悪口を言ったって、本当に嫌っているわけではない4

 騒々しい夜から1日空いた今日は日曜日。明日からジメジメとした印象しかなくてテンションが下がり気味になる6月が始まる。

 梅雨が始まり雨が多くなると、洗濯物は乾かないし、学校に行く時には傘をささないといけなくなる。ああ、今からでもすでに気が滅入りそうだ。どうか、秒で過ぎていった5月のように6月も一瞬で終わってくれますように。


 「まあまあ、そう顔を引きつらせるんじゃねえよ海斗!こんなに外は快晴だってのに、お前だけそんな曇り空のような表情してるなんてバカみたいだぞ?」


 「・・・そりゃこんな曇天模様にもなるだろうがよ。」


 これから始まるレイニーシーズンの前の最後の輝きとばかりに、空は雲ひとつない青空を俺に提供してくれている。それは素直に嬉しい。とても喜ばしい。早朝までは晴れ晴れとした表情で1日を過ごせる気がしていたさ。


 

 11時頃に突然インターホンが鳴るまでは。



 「お前、弟の了承もちゃんと得たって言ってたろ。」


 「あーあれな、嘘だ!」


 「少しは悪びれろよ!?」


 なぜかリビングは通常よりも人が多い。なぜかさっきまで朝食をとっていたテーブルに男が3人もいて、ソファーの近くに女も3人いる。


 「わー、美桜ちゃん、礼華ちゃん、いらっしゃい!本当にまた来てくれたんだ!?」


 「こんにちは、藍波ちゃん!こんなに早くまた来ることになるとは私も思ってなかったけど、来ちゃった!」


 「招待ラインが来た時は私も目を疑ったわ。」


 俺を除く5人は和気藹々と、この状況に適応し始めている。百歩譲って来客者の3人はともかく、兄貴と藍波の状況の飲み込み具合までもが尋常じゃなく早い。


 つーことは、そういうことだよな。てか、さっき明らかに凌太先輩との会話の内容が不審だったしな。


 「おいこら、俺に一言の連絡もよこさねえとはどういう了見だ、兄貴?」


 「だって、凌太と美桜ちゃんがお前に謝罪したいから家に来るって言ったら、絶対嫌な顔するだろ?」


 「アポなしで来られた分、いつもより多めに眉間に皺を寄せてるのが伝わるか?」


 「いつも以上に目つきが悪いのは良くわかるな。」


 ・・・これ以上話してると余計にイライラしてきそうだな。あとでゆっくり締め上げるとして、仕方ねえから今はさっさと用件を済ませてもらってお帰りいただくことにしよう。


            *     *     *


 完全に歓迎ムードの藍波が人数分のお茶を用意していったかと思えば、ソファーに吉川を招いて2人で何やら話し込んでいる模様。あの吉川が年下の女子と普通に会話している姿を見るのは何やら新鮮というか違和感があるというか。


 そして一方の俺たちテーブル組はというと、俺と兄貴が並んで座って白瀬と凌太先輩と向かい合っている状態だ。一昨日も吉川によって正座の解除が言い渡された後は、このテーブルで熱い舌戦が繰り広げられたんだが、まさか2日後にもう一度同じメンバーを交えて話し合いの場を設けることになるとは。


 「改めて栗生君、今まで私のわがままに付き合ってもらったことに感謝と謝罪の意を示します。」


 「2度と御免こうむりたいところだ。ここまで他人に振り回されたのは初めてだ。」


 「あはは・・・。色々強引すぎたと反省はしてるよ。」


 顔だけは一丁前に申し訳なさそうな表情をしている。まあ多少なりとも誠意はあると見てよさそうか。


 「凌太くんが栗生兄弟と親交があるって気づいたらもう、栗生君に協力してもらうしかない!ってなっちゃってさ。」

 

 「なるほど、つまり兄貴が凌太先輩と仲良くなってなかったらこんなことにはなってなかったと。」


 「いやーまさか凌太が言っていた女子の話が、海斗と美桜ちゃんを引き合わせるフラグになってたなんて思わなかったなあ!」


 「俺もまさかこんな形でまた美桜ちゃんに会う機会ができるとは思ってなかったわ。」


 「なんか終わり良ければ全て良し感出してるけど、俺は何も良くなかったからな!?」


 3人は楽しそうに笑ってるけど、この出来事で俺が得たものは結果的には何もなかったということを忘れないで欲しいんだが?


 「まあいいじゃねえか海斗!こんな美少女2人と一緒の時間を過ごせただけでも立派な財産だぞ?あ、でもここにこれからもっと長い時間を一緒に過ごす男がいるのか。ちっ、羨ましいな!爆ぜろリア充!!!」


 「あー、これからこの手のいじり方をされるようになるのか・・・。これは月曜日には全校生徒に広まるぞ・・・。」


 「まあまあ、別に隠すつもりないしいいじゃん!堂々としていればいいんだよ!」


 なにを見せつけられてんだこれは。謝罪どころか惚気を見せつけられるとかどんな罰ゲームだ。



 ちなみに俺は、いまだにどうして白瀬が凌太先輩のことを許したのかがさっぱり理解できていない。あれだけ一昨日白瀬に謝罪しまくっていた姿を見て、兄貴によって更生したという話も散々聞いたのに、やっぱりそれでも俺は納得がいってない。

 まあ幼稚園時代の信頼の下積みとか、小学校時代に意図的ではなかったにしろ白瀬が凌太先輩を傷つけてしまったこと、たとえ嘘だったとしてもそれで救われたこと自体には変わりがなかったから、とか色々理由については語っていたけど、第三者の俺からするとやっぱりピンと来ない。

 ただそこはもう当事者同士の感情の問題で俺の感情なんて何の意味もないと思ってるから何も口出しはしていない。


 「とにかく!こうして晴れて凌太先輩と付き合うことができたのは、栗生君の貢献があってこそなの!だからありがとう!」


 ・・・まあこうして美少女から満面の笑みでお礼を言われるのはそこまで悪い気はしないけどな。いやでもこいつはもうすでに他の男のもの・・・。って何考えてんだ。


 「ほらな、海斗!何やかんやこうして面と向かってお礼を言われることが一番の見返りだったりするんだよ。」


 「・・・うるせえ。別にこれで今までの分が全部チャラになるとかあり得ねえからな。」


 「そんなこと思ってないよ!むしろ私からの恩返しは今から始まると思ってもらっていいからね!」


 「・・・いや、それはそれで嫌な予感がするからいい。」


 えー、どういうこと!?と抗議の声をあげる白瀬。

 でもこいつの善意は絶対に俺にとってプラスには働かないってことを、俺の本能が必死に訴えかけてきてるんだからしょうがない。


 「そもそも俺の気持ちなんて絶対わからないだろ。あんたに分かるはずがない。」


 「そんなことないよ!この前、君に他人の気持ちを考えろって叱られて以来、色んな人と関わって色んな考えに触れようと頑張ってるんだから!」

 

 「何が色んな人と関わる、だ。朝礼が始まる前も休み時間もテスト返しのときですら、いつも同じメンバーでワイワイ盛り上がってたじゃねえか。どうせ帰りも・・・」


 ん、待てよ?

 そういえば最近、やたらと色んなやつと一緒に帰っていたような・・・。


 「お、私に興味がないと思っていた君ですら気がついていたみたいだね?そう、最近毎日色んな子と一緒に下校して、少しお話をしてたんだ!約束も何もしてないから、いつも終礼が終わると同時に急いで声をかけないといけなくてすごく大変なんだよ、あれ。」


 あ、あー・・・。そういうこと。そういうことだったのか。

 

 てっきり俺は、仕返しにクラスメイト全員を懐柔して俺をボコボコにする計画でも密かに立てているのかと。

 なんだよ、ただの被害妄想かよ・・・。すでにクラス中に俺の悪評が流されまくってて、そのうち居場所がなくなるんじゃないかと密かに気にしてたのが馬鹿みたいじゃねえかよ・・・。


 「おーい海斗、何をそんな急にボケっとしてんだよ。」


 「いや、なんでもねえ。頭の中で色々と繋がっただけだ。」


 「ふぅーん・・・?ま、何を考えていたのか知らないけどとにかくそういうこと。でも、これが結構やって良かったって思えることが多かったんだよ!みんな意外とすんなり私を輪の中に入れてくれてね、あんまり話したことがないグループとも話してみたんだけど、話してみると面白い子とかいっぱいいてね、それでそれで・・・」


 俺への謝罪はどこへ行ったと言わんばかりに、白瀬は俺の知らないクラスメイトの話をし始めた。もちろん誰1人としてその登場人物のことを知らないはずなのに、兄貴も凌太先輩も適度に相槌を打って楽しそうに話を聞いている。


 吉川のことならまだしも、どうしてたかが一緒に下校した程度の同級生のことをああまで楽しそうに語れるのか。

 そもそも、根っこの部分がどうだったかはよく知らんが、あいつは小中と根暗な陰キャとして過ごしていたはずだ。それがあそこまで感情豊かに話すようになったと考えると、ここ最近までほとんど接点がなかった俺ですら少し驚く。

 そのきっかけを与えたのが、そいつの隣に座っているあのイマイチ冴えない感じの人間だって言うんだからますます驚きだ。


 「だからさ、君ももう少しだけクラスに馴染もうとしたらどう?今の私ならその力になれると思うんだ!」


 「俺がそいつらと馴染めるかどうかはまた別の話だろ。今後関わっていきたいと思ってる人間なんていねえし。」


 「そう言わずに話してみたらいいのに。君のその謎のこだわりは本当に謎だけど、やっぱり話してみないとわからないことってあると思うんだけどな。」


 「その話については平行線だ。分かり合えることはない。」


 「・・・今の私と昔の私を比べてみてって言っても何も響かない?」


 

 こいつは何を言い出したかと思えば、またくだらないことを。


 そう言って一蹴してやろうかと思ったのに、なぜかその反論の一言がなかなか喉元から出ていこうとしないことに気づく。


 なんでだ・・・?ちょっと前まではそんなセリフを聞こうものなら、『そんなくだらない考えを押し付けるな』だとか、『何も知らないくせに知ったような口を利きやがって』って脳内でボロクソに貶していたはずなのに。


 もちろん、白瀬が提唱するあの考えには賛同できない。その気持ちは強く残っている。

 数年かけて作られた俺のこのルール・価値観というのはそう簡単に崩れるほどの脆い理論と経験で成り立っているわけではない。

 たかが最近少しだけ一緒にいることが多かった同級生の昔と今を知った程度でそれが破壊なんてされるなんてありえない。


 でも不思議と、その考えを馬鹿馬鹿しいと言って拒絶したくなるほどの強い感情は湧き上がってこなくなっている。

 たかが最近少しだけ一緒にいることが多かった同級生の昔と今を知った程度でここまでの強い感情の変化が生まれてしまっている。

 そんなことがこんな簡単に起きてしまっていいのか。たった1人の人間にたった1ヶ月振り回されただけで、自分の心というのはこんなにも変化してしまうものなのか。

 今はまだ自分の中で綻び一つないと信じているポリシーが、いつかこうやって外部の人間に毒されて脅かされてしまうのではないか。

 今までこれこそが正しいと盲信的に刷り込んできたルールを、いつかこうやって外部の人間が書き換えてくれるんじゃないだろうか。


 わからない。これが果たして正常な人間の心のありようなのか。

 恐怖を感じる。絶対にブレることがないと信じていたのに、いつか簡単にその壁を壊されてしまう日が来ることに。

 希望を感じる。明るい未来へと続く道があまりにもか細いこの世界に、自分も心から納得できる新たな道が示される日が来ることに。


 目の前でニヤニヤと俺の顔を覗き込んでいるこの女に、そんなことができるのか?

 こんな無鉄砲で、自分勝手で、周りを振り回す才能だけ一人前の人間にそんな期待をしていいのか?


 「あれー、黙り込んじゃった?あれあれあれー?」


 


 ・・・いや、無理だな!その前に俺の胃にストレスで穴が開くわ!


 「なんでこれだけ散々俺のマイナス評価に繋がる行動しかしてこなかったくせに、そんな得意げな顔ができるのかと呆れてただけだっつーの。」


 「えー、絶対違うよ!ちょっと心動かされましたって感じの顔してたって!ねえ、凌太君!?」


 「え?お、おう。そうなんじゃないか?」


 「ほら!満場一致じゃん!」


 「さらっと俺を忘れるなよ!?」


 はあ、なんだこのやり取りは。凌太先輩と付き合えたことで完全に頭が逝っちまったのかこの小娘は。



 ーーーでもこんな馬鹿みたいなやり取りでもみんな楽しそうに笑ってる。


 いつも不自然にゲラゲラ笑っている兄貴が。

 昔はあんまり笑わなかった藍波が。

 この無駄に広いとしか思ってこなかったこの家の中が、初めて笑い声で満ち溢れる。


 その事実だけはどれだけ自分の心が捻くれていようと、良いものだと感じる以外になかった。


 「あんた、喋れば馬鹿が露見するんだから、昔みたいに黙ってた方がいいんじゃねえか?」


 「うわ、ひどっ!そんなこと言うんだったらもう構ってあげないんだからね!?」


 「おう、じゃあ2度と面倒ごと持ってこねえように、いくらでも悪口言ってやるよ。」


 

 毎回あいつのペースに乗せられてる時点で俺も相当な馬鹿なんだろうな。

 いつも他人と話すときは、どうしたらうまく波風を立てずにこの場をやり過ごせるかなんて考えているから、必ずどこかに俯瞰的視点で状況を眺めている自分がいるのに、なぜかこいつと話している時だけはどこにもその自分がいない。


 

 ・・・ああ、なるほど。だからか。


 ーーーこんな中身のないくっだらない会話なのに、心がこんなにも落ち着くのは。

 

            *     *     *

 

 「やっぱりマゾよね、あなた。」


 「なんであんたはそこまでして俺をそっち路線の人間にしようとしてくるんだよ。」


 「ようやく晴れて美桜から解放されたのに、自分からまた新しい厄介ごとに巻き込まれるフラグを立てているんだから、そういう評価になってもなんの反論もできないと思うのだけれど?」


 テレビに大きく映し出されているレーシングゲームの映像を眺めながら、吉川は淡々とそう述べる。

 さっきまで藍波とそれなりに楽しく話している様子だったが、こちらの会話がひと段落したタイミングでゲーム大会が行われる運びになったため、吉川はこちらのテーブルへと移動してきていた。

 

 「悪いな、せいぜい来客は2人までしか想定していなかったもんでコントローラーが4つしかねえんだ。」


 「気にしなくていいわ。どのみち気心のしれない人たちとはゲームはやらないし。」


 「そういう周りからの印象なんてどうでもいいっていうスタンス、本当見てる側はヒヤヒヤするぞ。」


 どうしてわざわざ言わなくてもいいことを言って場の空気を凍らせようとするのか。これで藍波がショックを受けたらどうしようとか考えないんだろうかこの人は。


 「将来有望な妹さんね。」


 「あんたのお眼鏡にかなってもあまり素直に喜べないのはなんでだろうな。」


 「なるほど、あなたが私のことをどう思っているかよくわかったわ。」


 「わかったところで、どうせあんたは態度を変えたりしないだろ。」


 「あら、私のことをよくわかってるじゃない。」


 「他人の性格を分析することだけには長けてるんでな。」


 なんて言いながら、俺が今まで知り合ってきた人間の中で一番何を考えているのかがわからないのがこの吉川礼華なんだが。

 

 「そうだ、一つ聞いておきたいことがあったんだ。」


 「聞くだけならいいわよ。」


 「できれば聞いた上で答えてくれると嬉しいんだがな。」


 やはりテレビの画面から一度も目を離すことなく吉川は受け答えを続ける。まあ俺ら2人以外はゲームに熱中しているし誰も俺らの会話を聞いていないんだったら、独り言だと思って話を続けるか。


 「いつか話していた、白瀬があんなにも必死になっている理由はわかったのか?」


 返事は・・・やっぱりないか。

 でも独り言だと割り切った以上は、返事がなくても話を続けてみる。


 「一昨日の白瀬とのやり取りを聞いていた感じだと、あんたは小5の時からあいつの恋愛話に付き合わされてきたんだろ?それが一昨日ようやく終わったんだ、何かあんたにも心情の変化があったんじゃないかと思ってな。」



 ・・・やっぱり返事はなしか。

 それともあれか、先に俺の感想から述べないといけない的なルールでもあるのか?名前を尋ねるならまず自分から的な?


 「俺はーーー」



 「ーーー何もわからなかったわ。」


 沈黙をかき消すように言葉を被せようと思ったら、その俺の言葉にさらに被せるように吉川が話し出した。


 「結局何があの子をあそこまで駆り立てていたのか、私には分からずじまいだった。一度助けてもらっただけで恋に落ちるなんて、少女漫画の主人公じゃないんだからってずっと思ってた。」


 うーん・・・、少女漫画を読んだことがないからピンとこないが、要はすごい恋愛脳っていう認識でいいのか?


 「でもその助けてもらったという事実は嘘だった。これでもうあの恋心は行き場を失う。あの子があなたの家に行ったと気付くまで、私は本気でそう考えていた。」


 そう考えるのが普通の人間なんじゃないだろうか。この人が普通の人間と同じ思考回路を持っていることに多少驚きたくはなるが。


 「それでもあの子は告白することを選んだ。実際はどうだったかは別として、救われたことに変わりはないからと先輩のことを許した。ーーーそれは私にとっては理解不能の行為だった。」


 まあそこに関しては同意だな。俺も未だにその点についてはわからないままだし。


 「だから結論はさっき言った通りよ。美桜があんなにも幸せそうに来島先輩と居られる理由を、私は未だに微塵も理解できていないのだから、それはつまり何もわからなかったと結論づける以外にないでしょ?」


 ここでようやく吉川は俺の方を振り向いた。

 どんな顔をしてこんな話をしているのかと思えば・・・、なんて表情をしてんだ。


 まるでゲームに負けて拗ねている子供のような、悔しさを覗かせつつも思わず見てる側がクスリとしてしまいそうになる愛嬌のある顔をしていた。

 普段は淡々としていて声や表情にそこまで感情が乗せない吉川がそんな顔をしていたんだから、俺の心は急に跳ね上がりそうな錯覚に陥ってしまった。


 「だからもうやめにしたわ。私は別に今の生活に満足していないわけじゃないし、変化を望んでいるわけでもない。そんな2次元の世界のように都合のいい面白い出来事なんて起きるわけでもないし、これでいいのよ。」


 と何やらベラベラと理屈を並べ立てているが、その顔でそんなことを言っていたら、誰でもそれがただの強がりだと気づいてしまうだろう。

 そんな強がりとか言うタイプの人間だと全く思っていなかっただけに、そのギャップはなかなかに見ていて楽しいが。


 「・・・やっぱり根本的な部分が違うと、どれだけ親しいと思っている相手の心すら理解できないのかしらね。」


 最後にそう小さく呟いて、俺の独り言に対する独り言は終わった。

 

 「仮にあいつの心を理解できたとして、それがあんたにとって何の得があるんだ?」


 トラップが仕掛けられたり、飛び道具が飛び交うレーシングゲームの画面に再び視線を戻そうとした吉川を引き止めるように、俺は新たな質問を重ねる。


 「それをあなたに答える必要は?」


 「いやないけどさ・・・。ただその、なんていうか、何かに本気になりたいっていうんだったら、別に他人の気持ちなんてわからなくてもいいんじゃねえかって思ってよ。」


 もともと吉川が俺にあの時聞いてきた質問は、


 『あなたは本気で何かを成し遂げたい、何かを欲しいと思ったことはある?』


 という内容だった。

 ただもしこの問いが本質にあるのだとしたら、全くタイプが違う白瀬の意見を聞いたところで意味がないんじゃないか、というのが今の独白を聞いた俺の素直な感想だった。

 吉川自身に何かを成し遂げたいという気持ちやそう思える対象がないと、どれだけ白瀬の気持ちを理解したところで先に進むことなんてないんじゃないか。

 


 「ーーーそれをあなたに話したところで私に何の得があるの?」


 だがその先を知られるのを拒むように、吉川は急に心のシャッターを閉じてきた。わずかにその心に触れようと試みただけで、想像以上の拒絶が返ってきたものだから、次の言葉に詰まってしまう。

 

 「あなたは他者に干渉することを嫌っていたはずなのに、どうしてわざわざ自分から首を突っ込みにくるの?理解不能ね。」


 だが吉川のその反論は極めて正しい。

 よく考えたら俺は、全くもって意味不明な行動をとっているのだ。


 何考えてるのかもさっぱりわからんし趣味も全く違う、まさに俺に合うわけのない人間の代表例とも言える人間のプライベートに、俺は今無意識に立ち入ろうとしていた。

 

 そんな普通ならあり得ない行動を、俺は今吉川に拒絶を向けられるまで何の疑問も持たずにとっていたのだ。


 「・・・確かに理解不能だな。」


 「無自覚とは恐れ入るわ。この調子だと、もうしばらくは美桜に振り回される覚悟をしておいたほうがいいんじゃない?」


 「それはマジで勘弁だな。」


 「今回はもともと私も関わっていた案件だったから協力もしたけど、今後クラス内でのイベントであの子に巻き込まれた時は協力しないから。」


 「せいぜい巻き込まれないように気をつけることにする。」


 そもそもクラスの面倒ごとに巻き込まれた場合は、吉川の力なんて微塵もあてにならない。正直な話、クラス内で吉川に話しかけるのは、自ら地雷原に足を踏み入れるのも同然の行為なのだ。小中時代のように妙な噂がすぐに学年中に流れるみたいなことにはならないと思う(思いたい)が、とにかく悪い方向に吉川は目立つからな。こういう表行事の協力を要請する相手としては不適切だ。


 ってなに最初から巻き込まれる前提で考えているんだ。俺はあくまで必要最低限にしか関わるつもりはないっつーの。


 「ま、せいぜい足掻くことね。」


 「今日のあんたはよく喋るな。」


 「長い間ずっと続いていた面倒な案件が片付いて少し饒舌になっているだけよ。」


 「面倒だとは思ってたんだな・・・。」


 「思わないはずがないでしょ。敗色濃厚の恋愛話に数年間も振り回された身にもなって。」


 「今度は惚気話を永遠と聞かされる羽目になるんじゃねえの?」


 「・・・それはそれで面倒くさそうね。」


 その様子を想像したのか、一瞬だけ眉間に皺を寄せたが、すぐに吉川は口元を緩めた。


 「ま、次からは負担も半分だし我慢するわ。」


 「多分凌太先輩は、あんたの負担を減らすどころか増やすことしかしないと思うぞ?」


 今回の一件で改めて実感したが、凌太先輩はやっぱりどうも頼りない。今回の一件で過去の悪行が暴かれたのもあるし、そもそも今回の出来事の当事者のはずなのにイマイチ印象に残らないというこの弱いキャラクター性とかが心配でしかない。

 どうせ今後も白瀬と兄貴に振り回されるだけの人生を送るだろう。そんな人間はあてにできない。


 「最初からあの人には期待していないわ。」


 「はは、容赦ねえな。」



 「ーーーだから頑張って私の負担の半分を背負ってね、甘栗君?」


 甘栗君?甘栗君って誰のk・・・



 「っていやいやいやいや、俺は勘弁だぞ!?」


 「大丈夫、今回の一件でよくわかってるから。」


 冗談じゃねえ。

 そう一言文句を言ってやろうと声を出そうとするが、なぜか心臓の圧迫に邪魔をされてうまく言葉にできない。

 それもそのはず、イタズラっぽく微笑をたたえて俺の方を見る吉川の顔が、俺の心拍数をどんどん加速させているのだ。みるみるうちに俺の全身が内側から燃やされていくような気分になっていく。

 


 「あなたたちは似た者同士だからきっとうまくやれるわ。」


 「・・・あ、あんたの期待には応えてやらねえからな。」


 せめてもの抵抗をと思い絞り出した言葉は、全く相手の心に届いた様子が見られなかった。


 ただ、



 「ふふっ、期待してるから。」


 初めて年相応の女子高生らしく、口元に手を当てて笑った吉川の顔を引き出せたことだけは、俺のこの1ヶ月の努力が実を結んだ成果だと胸を張って言える気がした。


            *     *     *


 「ついていかなくてよかったの?」


 「あはは、大丈夫!もう時間はいくらでもあるんだし、焦る必要なんてどこにもないでしょ?」


 「1ヶ月前のあなたに今のセリフ聞かせてやりたいわね。」


 橙色の空が辺りを照らす中、駅を背に2人の女子高生は再び歩き出す。


 「本当だよね!いやーまさかわずか1ヶ月でここまで事態が急変するとは、さすがの私もびっくりだよ!」

 

 夕日に照らされて眩く輝く綺麗な茶色の長髪を風に揺らし、それ以上の明るい笑顔を見せる美桜。足取り軽やかにステップを踏む、すらりと短パンから覗かせている健康的な生脚がより一層夕焼けの一枚を輝かせる。


 「正直私もこの展開は読めていなかったわ。」


 一歩前に出て、幸せを体現するかのような落ち着きのなさを見せる親友の姿を、いつも通りの温度感で見守る礼華。そんなゆっくりと歩く彼女の後ろから、短く揃えられた髪と膝上丈のスカートをなでるようにそよ風が吹き抜けていく。


 「でも言ったでしょ?ちゃーんと神様は私たちのことだって見てるんだよ!」


 「それだけで神様を信じてみようという気にはとてもなれないけど。」


 「信じてみるくらいただなんだから、信じるだけ信じてみればいいのに。」


 「信じるという行為にリスクが伴わないのなら、それでもいいかもしれないけどね。」


 「大丈夫だよ!実際だいぶ長い時間が経ったけど、こうしてちゃんと神様は願いを叶えてくれたじゃん!」


 「それも考え方ひとつよね。正確には、あのイガグリ君がただのお人好しで、その優しさにここぞとばかりにつけ込んだってだけだし。」


 「むー、なんか棘のある言い方だね。」


 前を歩く美桜が、ようやくここで少し不機嫌そうな顔で礼華の方を振り返る。

 それでも全く態度を変えることなく、礼華は歩くペースを崩さず続ける。


 「手を差し伸べてくれたかどうかもわからない超常的な存在に感謝するより、嫌々ながらも実際にあれこれと手を尽くしてくれた人間にこそ、最大限の感謝の気持ちを持つべきなんじゃないかって思っただけよ。」


 「そりゃ、これでもかっていうくらいの深い感謝はしてるよ!でもなんというか、どっちかっていうと感謝というより申し訳のなさの方が勝るっていうか・・・。」


 「そりゃそうでしょうね。むしろそうじゃないと神経を疑うレベル。」


 あはは、と苦笑いしながら気まずそうに、さっきまでは見ようともしていなかったアスファルトへと美桜は視線を落とす。


 「そ、そんなことよりも栗生君とはどうなったの?ほらほら、なんだか礼華ちゃんにしてはやけに楽しそうにさっき話してたじゃん!」


 「あなたの恋愛脳を私にも持ち込まないで。私があの人に抱いているのはそういう感情じゃないって言ってるでしょ?」


 「えー?でもあんな風に誰かと話している礼華ちゃんの姿なんて、この長い付き合いの中でも初めて見たよ?」


 「あなたに振り回されている人間同士、積もる話があっただけよ。そんなこと話せる人間なんて今までいなかった分、少し盛り上がったってだけ。」


 「なんか複雑な気持ちだなー。裏で私の悪口を言われていたのは納得いかないけど、それで礼華ちゃんがあんな楽しそうな顔をするんだったら・・・、」


 と言いかけたところで、少し仏頂面になって礼華を見つめる。


 「よく考えたらあんな笑顔、私にも滅多に見せてくれない気がするんだけどなー。」


 「そんなに笑わない人間だと思われてたのね、心外だわ。」


 「そ、そうじゃないってばあああああ。」


 歩いているだけで少し衣服が肌にまとわりついてきそうな暑さの中で、過剰なスキンシップを繰り広げる美少女2人。人通りが少ない道ではあるものの、周りにちらほら人が歩いている中でのこの奇行は人目を集めている。


 やがて礼華からの真剣な拒絶を受けて、美桜が離れる。慌ててご機嫌を取ろうと再度接近を試みるが、全身から溢れ出るオーラに阻まれて近づくことができずにいる。


 

 「でもまあ、礼華ちゃんと栗生君が仲良くなってくれる分には私も嬉しいよ!」


 「馴れ合う気はないわ。」


 「でも今回のことで礼華ちゃんもわかったでしょ?栗生君ってやっぱり根はいい人だって。」


 「得意げになって言ってるけど、最初に信じていいってアドバイスをしたのは私だったよね?」


 「あはは、そうだったね!礼華ちゃんがそう言ったから、この計画は必ず成功するって確信したんだった!」


 「私はあくまで、あの人は悪い人ではないと思うって言っただけ。あんな風に心を弄んで、迷惑をかけていいなんて一言も言ってない。」


 「反省はしてるって・・・。」


 そんな会話を繰り広げていると、やがてお互いの帰り道の分岐点へとたどり着いた。

 別れの挨拶を済ませようと道の端で立ち止まった2人だったが、最後に美桜が嬉しそうに笑いながら話し出す。


 「でもやっぱり礼華ちゃん、この短期間で少し変わったよ。」


 「・・・どこらへんが?」


 「家族と私以外の人のために怒るなんてこと、今までの礼華ちゃんはしたことがなかったでしょ?」


 「だからそれは・・・、」


 「たとえ私が迷惑をかけたとしても、今までの礼華ちゃんならきっと無干渉を貫いてたと思わない?」


 自慢げにそう言って笑う美桜に見つめられ、礼華はこの帰り道の間でもっとも長い沈黙を記録する。いつもは思ったことを相手の目を真っ直ぐに見てズバッと言い切ることが多い礼華が、視線を少しだけ彷徨わせて何も言葉を発さない。その事実に美桜は、子供の成長を喜ぶ母親のような目で見守っていた。


 「・・・ふふ、これからも栗生君と仲良くね?」


 「何か変なことを企んだら容赦しないから。」


 「信用ないなあ。そういうのはわきまえてるよ。」


 最後に苦笑いを浮かべた美桜は、そのまま軽い別れの挨拶と軽く手を振るジェスチャーを送って、1人真っ直ぐと歩き出した。


 


 「今は自分のことだけ気にしてればいいのよ。」


 ポツリとそう呟くと、礼華は今日新しく手に入れた本を読みながら1人歩き始めた。

 

  

その後のお話を一本あげて、この話は一旦執筆をストップします。この先もストーリーは考えてあるのですが、まずは書きたいところまで書けたので、もう一つの方の執筆に専念しようかと。

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