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5-2 面と向かって悪口を言ったって、本当に嫌っているわけではない2

 「ぷっ!なーにそれ!!!あっはっはっはっは、似合わないなーそのセリフ!!!」


 「ほ、ほっとけ!柄でもないことは一番俺が理解している!」


 しばらく空白の時間が流れたと思えば、いきなりドッと白瀬は笑い出した。今の聞いた!?と隣の吉川にご機嫌そうに話しかけているが、読書に専念したいのか、少し迷惑そうに見つめ返されている。

 でも冷静に考えると、これってなかなか恥ずかしい理由だよな。目の前の男がいきなり、お前が恋をしている理由を聞かせてくれなんて言われたら正直ドン引きもいいところだ。


 その半笑いの顔のまま白瀬は飲み物を補充しに席を立った。すると、今日は一度も会話することがないと思っていた読書系女子高生が言葉を発した。


 「まさか本当に直接本人に言うなんて、やっぱりマゾなんじゃないの?」


 「なんであんたはすぐに俺をM認定したがるんだよ。」


 「私の意見の方がマジョリティーだと思うのだけど。」


 「あのピリピリとした空気を壊すためには必要なことだったってだけだ。これが今日の本題である以上、遅かれ早かれ言うつもりではあった。」


 たとえそれが恥ずかしい内容であっても、それが本心なのだから仕方ない。・・・もう少しマシな言い回しがあったかもしれないが。


 「もう、ニヤニヤしながら飲み物注いでたら、周りの人から変な目で見られたじゃん。」


 「知らん。1人でヘラヘラしてたらそりゃ変人扱いされるに決まってる。」


 「あんな真面目な顔してあんなこと言われたら笑うに決まってるじゃん!」


 「そりゃこっちは真面目だからな。」


 「・・・ぷっ、あっはっはっはっは!!!ダメだ、笑っちゃう!」


 アイスティーを片手に席に戻ってきた白瀬は、また俺の顔を見るなりに楽しそうにケラケラと笑い出した。もう帰る、と声に出しそうになったが、それを真に受け取られて本当に解散されたら困るのでグッと飲み込む。


 「さっさと本題に入るぞ。別に俺はあんたと馴れ合いをするためにこの場を用意したわけじゃない。」


 「あー、おっかし。もう、せっかくこの前の電話の仕返しをしてやろうと思ってたのに、そんなテンションじゃなくなっちゃったじゃん。」


 「・・・この前の電話については、9割ほど俺が悪かったと思っている。だからその点に関しては謝罪する。すまん。」


 うっすらと瞳に涙を浮かべるくらい笑い飛ばしていた白瀬に、俺は机に両手をつけて頭を深々と下げる。

 その動き一つで一気に場の空気が重くなるのを感じたが、俺の予想よりもだいぶ早く白瀬は話し始めた。


 「いやでもね、言われた後に改めて今まで私がやってきたことを思い返してると、あながち君が言っていたことも間違ってないなーなんて思っちゃった。だからあんなこと言われてもしょうがないなって今はちょっと思ってる。」


 それは予想していたよりもマイルドな言葉だった。てっきり、ここぞとばかりに無防備に晒されている俺の頭頂部に向けて、どれだけ自分が傷ついたのかをぶちまけてくるかと思っていたのだが。


 「ま、それでもテストの点数には大きく影響したけどね。おかげでクラス委員におバカのレッテルが貼られそうになってるんだよ!?そこは責任取ってもらうから覚悟してよね!」


 「はあ?テストの成績は知らねえよ。俺だってこの一件のせいで満足に勉強できなかったんだからな?」


 「嘘つき!国語と歴史なんてクラストップだったじゃない!私なんて、まともに暗記をできるメンタルじゃなかったせいで、歴史やばかったんだからね!?」


 「それは、普段からコツコツ勉強してこなかったあんたが悪い。俺は日頃から予習復習をみっちりこなしてるから、多少前日にトラブルがあったって点数に影響が出ることはない。」


 「勉強できない原因を作ったのは君だったんだから少しは反省したっていいじゃん!他人に配慮がないって言葉も結構傷ついたんだからね!?」


 「俺はあんたと凌太先輩との関係を何も知らなかったくせに、勝手にあんたをストーカー呼ばわりしたことに対して謝ったんだ。他人の感情を理解できていないって言ったことに関しては謝る気はないからな。そこは事実なんだから深く反省しろ。」


 「たとえ事実だったとしても言い方ってものがあると思うんだけど!仮にも女の子に対してあの容赦ない発言はないんじゃないかな?」


 「今までのあんたの横暴っぷりを棚に上げてよく言えたな。俺だってイライラしてたんだ。そこは大目に見ろ。」


 ジト目でこちらを睨みつけてくるが、ここに関しては引き下がるつもりはない。俺は自分が間違っていると思ったことは素直に謝るが、間違っていないと思ったことは絶対に謝らないからな。


 「・・・これだと第2ラウンドをしにきただけだよ、栗生君?」


 「そんなつもりはなかったんだけどな。俺はただ謝りにきたのと、頼まれていた仕事の報告に来ただけだ。」


 「そう、そうだよ!さっきは怒ってるフリをしてたからスルーしたけど、そこ今日の最重要案件だよ!!!」


 「お、おう。とりあえず落ち着け。」


 グイグイとテーブルに身を乗り出して、待ってましたとばかりに俺の次の言葉を待っている。よくもまあ、たった一言であれだけ言い合っていた人間相手にそこまでの親愛の眼差しを向けられるもんだな。多重人格を疑いたくなるぞ、まったく。


 それに、こんなテンションで待ってくれてはいるが、今から話す内容は決して白瀬が聞きたがっているような話ではない。むしろ、耳を塞いでこれ以上は言わないでほしいと言われるくらいのレベルの話だ。

 これだけ憎まれ口を叩き叩かれ、ヘイトを着実に溜め込んでいる俺が乗り気になれないくらいにな。


 「・・・本当に聞きたいんだな?」


 「うん、それがどんな内容であろうと私は聞くよ。ここまでやってきたんだし、・・・うん、どんな話をされても多分大丈夫。」


 それでも彼女は向き合うことを選んだ。俺の顔を見て何か不穏なものを感じ取ったことは間違いないだろうに、それでも真実から目を逸らさない覚悟を示した。

 ならば、俺がここで躊躇う様子を見せるのはいらない演出だろう。


 

 「ーーーわかった。じゃあ先週俺の家で聞いた話を今から全部話す。」


            *     *     *


 『昔の俺は身体が弱いこともあって、家に籠ってずっとゲームをやってるような日々を送っていた。別に外で遊びたい願望がなかったわけじゃなかったけど、それ以上にゲームが当時から好きだったんだ。だから、自分から望んで家に引きこもり、ゲームばっかりやってる不健康な子供だった。

 だからもちろん友達はいなければ、人とコミュニケーションをとることすらも満足にできないような人間だった。


 そんな俺にとって唯一友達と呼べそうな子がいた。それが、隣の家に母親と2人で住んでいた美桜ちゃんだった。

 美桜ちゃんが生まれて間もない頃に父親が亡くなっていて、母親が代わりに働いているような環境だったから、よくうちの母さんが美桜ちゃんを家に呼んで面倒を見ていた。その時にいつも美桜ちゃんと2人でゲームをしていた。

 俺はその時間が好きだった。美桜ちゃんだけが唯一俺の遊びに付き合ってくれる。俺の世界を理解してくれる唯一の人だった。』



 「あんたら、近所だったんだな。」


 「そう、近所だったんだよ。正確に言えば今も近所ではあるんだけど、凌太君はもうあの家には住んでない。」


 「ああ、それも聞いた。凌太先輩が高校に進学したタイミングで一人暮らしを始めたってな。」


 凌太先輩が引きこもりのゲームオタク。

 その事実自体には特に驚きは感じなかった。というのも、俺は兄が初めて凌太先輩を家に連れてきた時のことをよく覚えているからだ。

 あの時の凌太先輩は明らかに兄とは違う人種って感じだったし、人付き合いそのものに慣れてませんってオーラがプンプン出ていたからな。

 とは言え、ずっと家に引きこもってゲームをしていた人間って感じでもなかった。それにしては人に慣れていたからな。ま、その謎はすぐに明らかになったわけだが。


 「あの頃は、凌太君の家が私の家みたいなものだった。お母さんの仕事が忙しい日が続いていたからいつも帰りは夜の10時とかだったの。だからその時間になるまでは、凌太君の家で過ごしてたんだ。」


 「それであの人が好きになったと?」


 「ううん、そんな感情はまだあの時の私にはなかった。一緒に遊んでくれるお兄ちゃんみたいな感覚だったよ。」


 まだ、ねえ。

 

 てっきり俺は、幼少期からずっと一緒に過ごしていたせいで、無自覚のうちに凌太先輩に依存してしまっていたんじゃないかって勝手に結論づけていたのだが、これはやっぱりあの時の出来事が大きく響いているっていう線が濃厚か。


 「それにしても、あんたのオタクのルーツがまさか凌太先輩だったとはな。」


 「そう、ゲームの楽しさを教えてくれたのは凌太君だったの。凌太君に出会ってなかったら、多分ゲームなんてやってなかったんじゃないかな。」


 「逆に凌太先輩に出会ってなかったら、もっと早い段階で今のトップカースト白瀬が誕生していたかもしれないんだろ?」


 「あはは、それはどうだろ。このオタク時代があったからこそ今の自分があるのかもしれないし。でも・・・。」


 「でも?」


 少しニヤッとして、白瀬は右にいる少女の顔を覗き込む。


 「凌太君に出会ってなかったら、もしかしたら礼華ちゃんと仲良くなれてなかったかもしれないね。」


 本読みの邪魔をされて少しムッとした表情になりつつも、吉川は無言で左手を本から離して白瀬の頭を優しく撫でた。

 その美少女同士の微笑ましいじゃれ合いを見せつけられ、俺はなんとも言いづらい肩身の狭さを感じる。自分の存在が邪魔だと空気に説教されているような気分だ。


 「でもやっぱり、幼稚園時代は凌太君も私のことをそれなりに必要としてくれてたんだね。」


 「幼稚園時代は・・・な。」


 「・・・続き、聞かせてくれる?」


 「そうだな。」


 まだ心が痛まない平和な幼稚園時代。俺も妹もまだこの時は和やかな気持ちで聞くことができていた。


 でも晴れやかな時間は凌太先輩が成長していくにつれて、だんだんと雲を浮かべ始める。


 「じゃあ続きを話そうか。次はまだあんたらがガッツリと交流していた小学校時代の話を。」


            *     *     * 


 『美桜ちゃんと遊ぶ毎日は俺が小学校に入学した後も変わらなかった。どうしてもまだ、小学生って外で遊びたいってはしゃぐ年頃だからな。

 俺もそれは十分に理解していた。が、反対に周りは俺のことをあまり理解してくれなかった。決していじめられていたわけでも、クラス内で浮いていたわけでもないんだけど、やっぱり引っ込み思案でゲームしかやらずに育ってきた人間が馴染めるわけもなく。


 結局友達ができず、俺は学校が終わると真っ直ぐに家に帰る日々が続いた。寂しいと思う気持ちはあったが、その状況を変えようという気概も当時の俺にはなかった。

 だから必然的に美桜ちゃんに甘えるようになっていった。どんな話題を振っても話は盛り上がるし、どんなゲームでも一緒にやっても楽しそうにしてくれた。

 今にして思えば、美桜ちゃんと一緒にいることで自分は一人ぼっちではない、わかってくれる人間がいるんだと言い聞かせてたんだろうな。それが間違いだったと言うつもりはないけどさ。


 でも、毎日のように来ていた美桜ちゃんが小学校に入学すると、その頻度が少しずつ減ってきた。その変化の理由が知りたくて、ある日美桜ちゃんに尋ねると、予想外の答えが返ってきたんだよ。』


  

 「礼華ちゃんとの出会いだね?」


 「ご名答だ。」


 

 『信じられなかった。俺がどれだけ望んでも手に入らなかったものが、同じ境遇にあるはずの美桜ちゃんには手に入ってしまったんだから。


 友達ができた。

 兄貴分としてはこれを祝福してやるのが正解なのはわかっていた。だから表面上で俺は祝福した。

 でも内心は複雑だった。


 どうして俺には友達ができない?

 これから俺は美桜ちゃんにも捨てられてしまうのか?


 そんなマイナスな思考が頭をよぎるようになった。それが小学3年の時だった。


 

 それから美桜ちゃんは、俺の不安が的中したかのように家に来なくなった。というのも、どうやらその友達を自分の家に呼んで、2人で家の中で遊んでいるようだった。たまに下校の時間が同じになることもあったが、大抵その友達と一緒にいたから俺から話しかけることはできなかった。

 俺はここでようやく初めて、孤独になる辛さってもんを知ったんだ。学校に友達なんかいなくても平気だと強がっていた俺の心が、折れそうになった瞬間だった。

 すると不思議なことに、昔は生きがいのようにすら感じていたゲームもいつしか昔ほど楽しいと思えなくなっちまった。もともと自分1人で遊んでいたはずなのにな。なぜか虚しさのようなものを感じるようになっていた。


 それでも現実ってもんはそう簡単に回ってはくれないもんでな。少しずつ周りの同級生に話しかけようと思っても、勇気がまず出ないし、その勇気を振り絞ったところで返ってくるのは塩対応だけだった。

 それで結局俺は残りの3年間を同級生の誰とも仲良くなれずに小学校を卒業した。


 この頃の俺に残っていたものなんて、何もなかったんだ。』



 「凌太君・・・。」


 「人間らしいといえば人間らしいよな。どうして自分だけはうまくいかないんだって、他人と比較して落ち込む。自分と同じだと思っていたあんたがそれを成し遂げたことで、尚更卑屈になっていったんだ。」


 今でこそあの時の自分はどうにかなってしまいそうだったと冷静に振り返っていたけど、当時のことを語っていた時の凌太先輩の顔は鬼気迫るものがあった。精神的に追い詰められていたというのを、その語り口と表情が見事に物語っていた。


 「私は私で、毎日毎日来島家に面倒を見てもらうのが申し訳ないって思う年頃だったんだよ。だから、礼華ちゃんと遊ぶ頻度を上げたっていうのはあった。」


 「美桜の家の事情は聞いていたから、お互い家に招き招かれを繰り返しててね。そうやって対等な関係を結ぶことで、美桜の罪悪感を無くそうって。」


 「でもそれが逆に凌太先輩の心を蝕んでいったってことか。・・・皮肉だな。」


 初めてにして唯一の友達。その異性の友達が同性の友達を作って、ずっとその子と一緒に遊ぶようになった。引っ込み思案で上級生という立場上、構って欲しいなんて台詞は言えるはずがなかったんだろう。ましてやその相手が異性だったとあればなおのこと。


 「それもちょうど、美桜が凌太先輩を好きになり始めた時期だったなんてね。」


 「あはは、酷い話だよね、本当。」


 「はあ?会う頻度が減ってたんじゃなかったのかよ?」


 聞いた話によると、白瀬と凌太先輩は家族ぐるみで会っていた時以外は、本当に会わなくなっていたらしい。そんな接点がゼロの状態で、どうやって恋に落ちることができる。


 「・・・あんまり人に言えるような理由じゃないんだけどね。」


 「好きになった理由を人に言えないっていうのもよくわからんが。その感じだと恥ずかしいからってわけでもないんだろ?」


 「・・・うん。でも多分、君になら言っても平気だと思う。」


 「その謎の信頼に応えられるかは知らないけどな。」


 こんな乙女の秘密まで打ち明けてくれるほど、俺たちは親密になった記憶はないんだけどな。むしろ、ここで久々に言葉を交わすまで、険悪な関係だったような気がするんだが。


 

 「ーーー私たちがクラスでいじめられてたの、君は覚えてるでしょ?」


            *     *     *


 俺と白瀬と・・・きっと吉川は何度か同じクラスになったことがある。吉川の記憶が曖昧なのは、単純に中学時代に全く接点がなかったせいで、小学校時代の記憶まで曖昧になっているってだけだ。

 でも白瀬がいつももう1人の誰かと一緒にいたっていうのは覚えてる。それがきっと吉川だったんだろう。


 俺は、ある一時点を除けば普通の少し大人しめの小学生程度の認識しかされていなかったから、良くも悪くもクラスのトップカーストに目をつけられるようなことはなかった。比較的コミュ力の高いヒロと一緒にいたからっていうのもあったかもしれないけどな。

 だが一度でも俺らの学年のトップカーストに目をつけられるとかなり面倒だった。特に女子が強い権力を持っていたこともあり、度々女子の権力者が女子の弱者に陰湿ないじめを行なっていた。


 そして小学5年の時、その権力者の女と俺と白瀬たちが同じクラスになった。


 そう、白瀬が言っていたのはこのことなのだ。


 「あんまり周りの人たちが私たちに優しくなかったからさ。ずっと私と一緒に遊んでくれていた凌太君は本当はすっごく優しい人だったんだって気づいてね。」


 「相対的に株が上がったと?」


 「言い方悪いけど、そういうことだよね。でも好きになった理由がそれだけだったら、ここまで執着はしないよ。」


 そりゃそうだろうな。もはや執念とも呼べるほどの凌太先輩への愛が、周りの同級生と比べて少しだけ優しかったからってだけじゃ、拍子抜けもいいとこだ。


 「凌太君が中学に上がった頃、少しだけ凌太君の家に定期的に通っていた時期があってね。」


 「・・・それはあの時のことか?」


 「やっぱり君は覚えているんだね。」


 あれは俺が今の性格になって間もない頃の話だ。

 小学5年の秋頃。白瀬たちへのいじめが本格的に始まり、クラス全体の空気がなんとなく淀んでいた時だった。


 「原田さんのいじめがエスカレートして精神的に相当参ってた時にね、何を思ったのか私は来島家のチャイムを鳴らしたの。凌太君はその頃から部活を始めてたから家にはいなかったんだけど、代わりに凌太君のお母さんが親身になって聞いてくれた。」


 白瀬はその苦々しい思い出を、嫌な顔一つせずに話していく。いや、白瀬にとってこの話はもはや辛い思い出ではないんだろうな。


 なんなら、俺の方がよっぽど嫌な思い出として残っているんじゃないだろうか。

 先生にバレないような狡猾な手口で、陰湿ないじめをネチネチと行われていた教室。クラスの、いや学年トップの権力を持つ原田が、クラスのほぼ全員を味方につけて、目立たなくて地味な女子筆頭だった白瀬をいじめていたあの頃。

 その悪事を、これ以上他人とは関わりたくないという自分勝手な理由で、見て見ぬ振りをした。決して正義のヒーローなんかに憧れているわけじゃないが、あの時何も行動を起こさなかったことを思い出すと、自分もいじめをしていた奴らと同類だったんだという気持ちにさせられる。


 「そしたらその後に凌太君が帰ってきて、真剣に悩みを聞いて励ましてくれた。礼華ちゃん以外誰も味方をしてくれなかった中、優しい言葉をかけてくれた。困ったらまたいつでも家に来てくれていいと言ってくれた。

 ーーーそれが何よりも嬉しかったの。あの時あの言葉をかけてくれなかったら、きっと今の私はいなかった。」


 眩いくらいの笑顔を振りまき、白瀬は言った。

 それが今もこうして凌太先輩に思いを寄せ続けている理由だと。


 俺もこの出来事については、ある程度凌太先輩から聞いていた。もちろん、この事件が凌太先輩への恋の始まりとなったことまでは知らなかったが。

 それにしても凌太先輩のやつ、随分とかっこつけたもんだな。優しくしたとは一言も言ってなかったくせに。


 「今じゃ、その優しさはかけらも感じられないけどね。」


 「だからそれには何か深い理由があるはずなんだって!」


 「たとえどんな理由があったとしても、結果的にあの人は美桜を深く傷つけたことに変わりはない。私ならあんなことを言われた時点で、百年の恋も冷めるわ。」


 「それでも私は、あの時私の心を救ってくれた凌太君を信じる。」


 吉川からの容赦ない評価を聞いても、白瀬の心は微塵も揺るがない。このやり取りも、2人の間ではすでに数えきれないほど繰り返してきたんだろうけどな。


 ただ、その発言をした凌太先輩サイドの気持ちを知っている俺からすると、その白瀬のブレない健気さが心に刺さる。このまま吉川の発言を鵜呑みにして、綺麗さっぱりこのことを忘れてほしいとすら思う。



 白瀬が凌太先輩を好きになるきっかけを作ったこの事件が実は、凌太先輩が白瀬から距離を取り始めるきっかけになってしまったなんて、俺の口からはとても言いたくないから。

 自分からわざわざこれを言いにきたようなものなのに、いざそれを告げる瞬間が来るとなると、こうも気が進まないものか。

 いや、先にこの話の白瀬サイドを聞いてしまったから尚更苦しくなってしまったんだな。


 「この先の話を聞いたらもう凌太先輩を信じられなくなるかもしれないぞ?」


 「・・・そうなったらその時だよ。それでも知らないよりはマシだから。」


 「絶対に後悔はしないな?」


 「しない。」


 こうまで強い意思を見せつけられたら、俺も躊躇うわけにはいかない。


 「じゃあ続きを話すとするか。周りにもう誰もいないと思い込んで孤独を生きていた凌太先輩に何が起きたのか。」


            *     *     *


 『孤独な小学校時代を過ごした俺は焦っていた。


 中学に上がるこのタイミングは、良く言えば今までの自分とおさらばできる千載一遇のチャンス。でもこのチャンスを逃せば、俺はまたこの先の3年間をずっと孤独に生きることになる。それだけは何としても避けたかった。

 だから春休みの間に、何度もイメージトレーニングをした。感じよく思われるように。コミュニケーション力がないと思われないように。

 笑顔の練習もした。引きつったものになっていないだろうか。周りが引くような変な出来にはなっていないだろうか。

 ただでさえ体が丈夫じゃないのに、どんどん食が細くなっていった。毎晩毎晩、寝る前は腹痛に襲われた。やっとの思いで眠りについても、いつも悪夢ばかり見るようになった。

 いつしか、こんなことで悩まないといけない自分に嫌気がさすようになった。みんなが当たり前にできていることを、どうして自分はできないのだろうと何度も非力さを嘆いた。


 

 そんな偽物で塗り固められた仮面を被って、俺の中学校生活は始まった。


 結果だけを伝えると、俺の中学校生活は、


 

 ーーー充実していた。


 勇気を振り絞って話しかけたやつが気さくなやつで、会話下手だった俺とも仲良くしてくれるいいやつだった。

 1年の時のクラスが一体感のあるいいクラスだったおかげで、残りの中学2、3年の時の下地を作ることができた。

 体の弱さの克服とスタミナをつける目的で部活にも入った。今までゲームしかしてこなかった俺にとって、最初は相当ハードな日々の連続だったけど、それでも部活仲間もできたしいい先輩にも恵まれたおかげで、精神的に辛いと思うことはなかった。


 俺の中学生活はかつてないほどに満ち足りていたんだ。』


 

 「うん、たしかにあの時の凌太君は、昔と違ってどこか輝いているって感じだった。」


 「それは単純に、自分を助けてくれたヒーローっていうプラス補正があったからだろ。」


 「それもあるかもしれないけど。でもなんていうか、昔より声に覇気があったし、笑顔もエネルギーに溢れてたっていうか。」


 でも白瀬のそのイメージはあながち間違っていないのかもしれない。

 なにせ、中学時代の生活を思い出している時の先輩の顔は、最初に俺があの人と会った時よりもずっといい顔をしていたからな。


 それに、ちょうど白瀬に救いの手を差し伸べた時は、あの人の人生がうなぎ上りだった頃なわけだし。


 

 『ようやく人生の歯車がいい感じに回り出した頃だった。

 部活をみっちりこなしてクタクタになった体で家に帰ったら、涙で顔を腫らした美桜ちゃんが母さんと2人で居間に座っていたのは。


 予想外の来客に予想外の展開。

 体をベッドに投げ出して寝ようと思っていた俺は、そんな疲労も忘れて即座に話を聞く姿勢を作ったのを覚えてる。


 そしてそんな美桜ちゃんから語られたのは、今まで俺が全く想像もしてこなかった美桜ちゃんの小学校生活だった。

 1年生の時点で友達を作った美桜ちゃんは、てっきり学校でうまくやっているもんだと思っていた。

 それがまさか、学年内で孤立してるなんてさ。


 でも、同時にこうも思った。


 ーーーああ、やっぱりかって。

 俺と同じタイプの人間なのにどうしてうまくいったんだろうって疑問に思っていたけど、やっぱりそんなことはなかったんだ。

 

 そう思うと人間ってのは醜いもので、今までどこか嫉妬の眼差しで見ていた美桜ちゃんのことが、突然守ってあげないといけない存在のように思えたんだ。

 いや、それだけならまだよかった。


 あろうことか俺はそんな境遇に陥っていた美桜ちゃんのことを、自分より下の人間だと思うようになってしまった。

 

 

 それからしばらく、美桜ちゃんはまた俺の家に毎日来るようになった。俺は相変わらず部活で帰るのが遅かったけど、ちゃんと顔は合わせていた。

 毎日暗い顔で家にいた美桜ちゃんを、俺はまるで勝ち組の余裕を見せつけるような気持ちで励ます日々。

 たまらなく快感だった。一度は完全に負けたと思っていた相手を励ますという、完全に逆転した立場に俺は酔いしれていた。

 

 趣味は合うし、性格もいい。

 でも、見た目がどうしようもないくらいに地味。それに結局のところ、この子とはゲームでしか盛り上がれる話題がなかった。それは当時、完全に陽キャになりきっていた俺にとっては、プラスポイントにはなり得なかった。

 それにこの頃の俺はクラスメイト全員と良好な関係を築けていたから、クラスにいる可愛い女子ともそれなりに会話する機会が多かった。それがますます、美桜ちゃんの脳内評価を下げてしまっていた。


 すると次第に、相手にするのが面倒という気持ちが脳内を満たしていくようになった。

 そうなるともう、励ますのも面倒に感じてくるようになったし、なんなら帰ってくるたびにその暗い顔をパーッと明るくして迎えてくるのすら面倒に感じるようになってしまった。


 そのステージに達すると、とうとうあの子がいる時間に家に帰ることすら面倒になってきてしまった。だから俺は、できるだけ帰る時間を遅くしようと考え、遅くまで部活に打ち込むようになった。

 すると、テニスの腕も自然と上達してきたし、帰ってもご飯を食べて宿題をやって風呂に入って寝るだけになったから、美桜ちゃんに構わないといけない時間がなくなった。

 

 そんな生活を続けていると、いつしか美桜ちゃんも友達と遊ぶ時間がまた増えてきたみたいで、また家に来なくなった。

 そうなった時に俺は思ってしまったんだ。



 ーーーああ、やっといなくなってくれたって。


 今思うと、俺はあの子の味方でいるフリをして、頭の中では彼女をいじめていた同級生と同じことを考えていたんだな。自分でも救いようがないクズだったと思うが、あの頃の俺は本気でそういう思考回路を持っていた。』



 「・・・・・・。」


 「まだ続けるか?」


 本人が知りたいと言ったから俺は感情を無にして話を続けていた。が、まるで身を切られたかのような痛みを訴える白瀬の顔が、俺に再び躊躇いの念を呼び起こす。

 すぐにいつも通りのテンションで大丈夫だと一言言ってくれれば、その気持ちはすぐに引っ込んだだろう。


 ーーーでも白瀬は必死に何かを堪えるように歯を食いしばったまま、誰の顔を見るでもなく沈黙を貫いていた。


 このまま続けるべきか。

 その答えを求めるように、いつの間にか読んでいた本を机の上に置いて話を聞き入っていた吉川に視線を向けた。


 「・・・早く続きを話して。どうせ話さないといけないなら、今のうちに全部。」


 そう言う彼女の話し方も、話し方こそいつも通りだったが、その滅多に拝めない綺麗な瞳にどこか殺意が宿っているような気がした。


 その提案に乗っていいものかと一瞬思案する。

 でもここは吉川の言う通りにすることにした。白瀬からもうやめてほしいという声はあがってないしな。


 

 『美桜ちゃんが家に来なくなってからは、俺の中学生活は本当に和やかに過ぎていった。部活に打ち込んだり、友達と遊んだりと、小学校時代とは比べ物にならないくらいに俺の人生は充実していた。

 そうして青春を謳歌していき、俺が中学3年生になった時。


 新入生の中に美桜ちゃんを見つけた。まあ当たり前のことなんだけど、当時の俺はそれをなぜかすごく怖いと感じた。多分、俺のこの完成された生活が壊されるんじゃないかっていう危機感があったんだろうな。


 だから美桜ちゃんが俺のいるテニス部に入部してきた時は、はっきり言ってすごく嫌だった。

 今まで大切にしてきた世界に侵入者が現れたかのような、それほどの強い拒絶が俺の中に芽生えていた。

 美桜ちゃんが俺に接近しようとしてこの部活に入ってきたんだろうって、俺は勝手に想像していたんだ。実際のところどうだったのかは知らないが、天狗だったあの頃は完全にそうだと信じていた。


 そんな考えが俺の中にずっとあったから、部活中に俺から美桜ちゃんに話しかけたり何か教えたりすることは一切しなかった。

 なんなら、ずっと避け続けていた。絡んできてほしくなくて、俺はひたすら個人練習に打ち込んだ。

 でも、そんなメンタルでやっていてもテニスの腕が上達してくれなかった。今まで楽しかったテニスが、いつしか全然楽しくなってしまった。


 結局、受験を理由にして俺は一学期のうちにテニス部を引退という形で退部した。

 ・・・どうして俺が辞める羽目にならないといけなかったんだっていう、見当違いの恨みを抱きながら。



 そんなタイミングだったんだ。 

 美桜ちゃんが俺に告白してきたのは。


 はっきり言って、タイミングは最悪だった。

 一番自分の感情を制御できない時期だった。

 俺の中に、一番美桜ちゃんへのヘイトが溜まっていた時だった。

 

 だから俺はその時に、今まで我慢していたあらゆる思いを彼女にぶちまけてしまった。


 今振り返ると、俺はあの時に相当ひどいことを言った。俺の真似をするなとか、依存しようとするなとか、俺の居場所を奪うなとか。


 何を言われているのかさっぱりわからないって顔をしていた。なんでそんなことを言われないといけないんだって顔をしていた。

 その顔で余計にイライラを増幅させた俺は、トドメの一撃だとばかりに最低な一言を放った。



 ーーーお前みたいな根暗な女と付き合うわけがない。もうこれ以上俺に関わらないでくれ、と。



 その一言を最後に、俺たちの関係は完全に終わった。


 ついこの前まで終わったと思っていたんだ。』

 

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