第三話 理系の僕は先輩の気持ちがわからない。
「私の靴箱の前で何をしているの?」
僕が先輩の靴箱の前で感情を昂らせていると、横から声を掛けられた。
声のする方を見ると、そこには、僕が先刻まで頭の中に思い浮かべていた先輩の顔があった。
「ん?」
一瞬、目の前の光景に頭がついていかず、僕の頭は完全にフリーズしてしまった。
「君、一年生?もしかして、一年生の靴箱の場所わからなくなっちゃった?」
僕は動揺しすぎて口をあんぐり開け、一歩後ろに後ずさっていた。
そしてやっとのことで僕は気付いた。
ハッ!これはいつもの幻覚じゃないのか!?
僕は日頃から先輩とお話をする妄想をしている。
先輩とのメッセージのやり取りを想定して独自に開発した『れいか♡ちゃっと」によって、寝る前のいちゃいちゃおやすみメッセージタイムすらも完璧に掌握するほどに。
その妄想のおかげもあって、最近では先輩の幻覚もたまに見ることができるようになっていた。
もはや先輩が何人来ようが死角はない。
そのつもりだった。
しかし、今回は全く想定していない状況で、なおかつ突然のことに僕の思考はひどく乱れた。
なぜ、先輩がここに?!
いや、先輩の靴箱の前だし、当たり前だ。
早く何か答えないと失礼になってしまう!
お、落ち着いてまずは冷静に考えよう。
こういうときのために、今まで先輩と妄想で語り合ってきたんじゃないか。
......ってダメだあぁぁ!
僕の妄想、全部付き合った後のことしか考えてないじゃん!
思考の中で自分の過ちに気付いたところで、ラブレターを持つ手の力が抜けてしまった。
そのラブレターはするりと僕の手を離れ、そのまま先輩の足元に落ちた。
「君、何か落としたよ?」
先輩はそのラブレターを拾い上げた。
「あっ」
あああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!
見られてしまった!
僕のラブレターを、先輩に!
どうしよう、先輩のことを好きなのがバレてしまう。
いや、それより、先輩があのラブレターを見たってことは、先輩を傷付けてしまったのではないか?
僕はそれが心配で先輩の表情を恐る恐る覗き込んだ。
ところが、僕の心配とは裏腹に、先輩は表情一つ変えず、おもむろに口を開いた。
「......なるほど。これ、君が書いたの?」
「えっ。は、はい。そうです」
「ふーん、そっか。......よし、付いてきて!」
そう言うと先輩は僕の手をひいて、玄関口とは逆方向に走り出した。
◆
◇
◆
ある教室に入ると先輩は電気もつけずに僕を壁際に追いやった。
そして、一発。右手をドンと壁に突いてきた。
「これラブレターよね?」
「ヒッ!は、はいぃ。」
あまりに突然な壁ドンに情けない返事をしてしまった。
どうしよう。
部屋は暗く、先輩の頬が夕日に照らされる。
壁に手をついた反動で揺れた髪から、微かにリンスのいい香りが遅れて漂ってくる。
近い。
近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い!
頭がフリーズしそうになるのを堪えつつ、フル稼働させる。
やっぱり怒らせてしまったのかもしれない近い。
もしくは傷つけてしまったか可愛い。
どちらにせよ早く謝るに越したことはない近可愛い。
あ、ダメだ、頭バグってる。
固まってしまった僕をよそに、先輩の柔らかそうな口が開いた。
「もしかして......」
どうしよう!
ラブレター渡す前に知られてしまうなんて予想外だ。
何も対策を考えていない!
「あなた......」
いっそここで告白するか?
いや、無理だ。直接言えないから、手紙を書こうとしているのに、そんな勇気は持ち合わせていない。
「私に......」
いやぁぁあああ!
もう、やめてぇぇえええ!
何も言わないでぇぇえええ!
「ラブレターの書き方を教えてもらいたいんでしょ?」
「......えっ?」
予想外の言葉に僕が呆然としてると、先輩はニヤリと口角を上げ、謂わゆるドヤ顔を決めながら、話し始めた。
「手紙を持った少年が、靴箱の前でモジモジしている。これだけならラブレターを靴箱に入れようとしているようにも見える。でも、立っているのは、文芸部の部長である私の靴箱の前で、手に持つ手紙は奇々怪々......」
先輩は推理小説の探偵にでもなったかのように部屋中をゆっくり歩き回りながら雄弁に自らの考察を語っている。
そして、ここが見せ場と言わんばかりにこちらを指差し、言い放った。
「つまり、あなたは文芸部部長である私に、ラブレターの書き方の教えを乞うために待っていたんでしょう!」
「えぇ......」
このとき、僕は教室で翔ちゃんに言われて宛名を消したことを思い出した。
どうやら先輩は勘違いしてしまったらしい。
先輩、違うんです。
僕はあなたに渡したかったんです。
とにかく間違いはちゃんと正さないと、このままではいけない!
「あ、あの!」
「うん?」
首を傾げる先輩、可愛い!
顔が熱を持って耳まで赤くなっていく。
その感覚と共に、思考も奪われていく。
「あ、ちゃんと教えて貰えるか心配してるの?大丈夫!あなたのその狂気に満ちた手紙でも、なんとかしてみせるわ!」
「狂気に満ちた......」
ん?なんだろう......心が痛い。
少しショックを受けていると、先輩は僕に近づき、手をギュッと掴んだ。
「私、恋バナ大好きなの!でも、クラスメイトとなかなかそういった話ができる機会がなくて......だから、あなたの恋路を全力で応援させて欲しい!」
あー。この人、楽しんでるなー。
いやでも、きっと先輩なりに僕を勇気づけようとしてくれているのだろう。きっと。
それに、考え方を変えてみれば、先輩好みのラブレターを本人から直接聞くことができるという、大きなチャンスとも捉えられる。
何より、先輩の優しさを無碍にするなんて、僕にはできない!
僕は決意し、深々と頭を下げた。
「ご指導、よろしくお願いします!」
「ほんとに?やったー、嬉しい!私に任せて。芥川賞でも何でも獲らせてあげるわ!」
いや、ラブレターで芥川賞は遠慮したい。
「ところであなた名前は?」
「あ!千賀理玖と言います!」
「私は文学寺零華。これからよろしくね」
こうして僕は大好きな先輩に、先輩に向けたラブレターの書き方を教えてもらうことになってしまった。
今週からだいたい週一投稿を目安に、小説を書いていこうと思います!
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