第一話 理系の僕はラブレターの書き方がわからない。
拝啓 文学寺 零華 樣
いきなりのお手紙失礼します。
僕は理系1年の千賀理玖と申します。
あなたをひと目見たときからあなたのことが好きでした。
どのくらい好きかと言うと、あなたをおかずにご飯百杯、吐き戻しながらでも食べられる程です。
もし願いが叶うなら、あなたを一生ショーケースに飾り、それをご飯も食べずに、ずっとずっと眺めていたい。
それくらい僕はあなたのことが本当に好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好き......
「ちょちょ、ちょっと待て!」
僕は壊れた機械のように同じ文字を書き続ける右手を止め、僕を呼び止めた声のする方を笑いながら血走った眼で見る。
「どうしたの、翔ちゃん?もしかして僕、どこか字を間違ってる?それとも言葉の使い方間違ってた?」
「強いて言うなら、間違っているのは字でも語彙でもなく、お前の感性だ。お前は脅迫状でも書こうとしているのか?」
「ん?何を言っているんだよ。見ればわかるでしょ。ラブレターだよ、ラブレター」
「それをラブレターだとわかるやつは、お前と同じ狂人かお前のドッペルゲンガーだけだろうよ」
そう、僕はある一人の女性に向けて、人生で初めてラブレターを書こうとしていた。
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◇
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高校の入学式、僕は校門近くに咲く桜の樹の下で彼女を見かけた。
艶やかな黒髪。
憂いを帯びた目。
モデルのような完璧なプロポーション。
そのときから、僕は彼女に恋をしている。
彼女のことは調べようとせずとも、すぐ耳に入ってきた。
名前は文学寺 零華。
同じ高校の二年生で文系、僕の一つ上の先輩だ。
容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群。
僕たちの通う高校の理事長の孫でお金持ち。
文芸部の部長をやっているらしく、文才においては他の追随を許さないほど優れているらしい。
校内で彼女のことを知らない人はいない、言うなれば、学園のマドンナだ。
そんな先輩とお近づきになる機会なんて、一つ下の学年の僕にはほとんどなかった。
それでも先輩を見かけてからというもの、僕は先輩のことばかり考えてしまう。
校庭で体育をしている姿を自然と目で追い、幸せな気持ちになる。
廊下でたまたますれ違うと恥ずかしくて目を逸らしてしまい、後で寂しい気持ちになる。
僕にとって、こんな経験初めてだけれど、きっとこれが純粋な恋というものなのだろう。
最近では、得意のプログラミングの技術を使って、先輩と付き合ったらこんな会話をするだろうなあ、という妄想に妄想を重ねて作り上げたチャットシステム《れいか♡ちゃっと》なる代物を作ってしまうほどだ。
どうにかして、彼女にこの想いを伝えたい!と悩んだ末に、僕は一つの手段に辿り着いた。
ラブレターだ。
想いを寄せる相手に対し、ときに情熱的に、ときに冷静に愛の告白をするための手紙、それがラブレターである。
古典的な告白手法ではあるものの、直接想いを告げる勇気のない者や、想い人との連絡手段を持たない者たちが筆を取り、未だに根強く男女を繋ぐ架け橋となっている。
かくいう僕もラブレターによる告白を試みようとしていた。
しかし、なかなか書けずにいた。
これには理由がニつある。
一つは彼女がものすごくモテるからだ。
文学寺先輩は、容姿はもちろん、成績、運動どれも一流。
告白をする人も後を絶たないらしい。
それに対して僕はと言ったら、運動は苦手。
身長は少し見栄を張っても160センチ。
顔に至っては女子にかわいいと言われる始末。
こんな僕では文学寺先輩に告白なんてできるはずもない。
それ以前に、僕にはラブレターを書くために必要なある能力が欠けていた。
それが二つ目の理由。――文才だ。
僕には幼い頃から文才がなかった。
文章を書くと、その文章からは逸脱した倫理観や反社会性が滲み出し、読んだ者から、彼は絶対に人を四、五人殺っている、などと言われてしまうほどだった。
なかでも困ったのが夏休みの宿題のド定番である読書感想文で、毎年、読んだ担任の先生に一生消えないトラウマを植え付けてしまっていた。
そんな僕が手紙、それもラブレターを書くなんて、難しいなんてものじゃない。
はっきり言って無茶だ。
渡してしまったが最後、先輩にとって僕はトラウマの代名詞となり、先輩の恐怖の対象となってしまうだろう。
それに、そもそも文才に優れていると言われる人に向けて文を書くなんて、ラブレターでなくとも緊張してしまうのが普通だろう。
でも......それでも、どうしても伝えたい。
この理由はたった一つだけだ。
それだけ僕は先輩のことが好きでたまらないからだ。
先輩を傷付けることはできないが、この想いは伝えたい。
でも直接告白なんて度胸を僕は持ち合わせていない。
だけどラブレターを渡したら先輩を傷付けてしまう。
このままでは、いつまで経っても先輩に気持ちを伝えられないままだ。
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◇
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「だから幼馴染みで親友の翔ちゃんに、相談してるんだよ?わかった?」
放課後の二人しかいない教室の中、僕は机に両手を伸ばしてだらけながら、前の席を後ろに向けて座っている翔ちゃんこと万屋 翔太郎に、ここまでの経緯を説明していた。
「経緯はよくわかったが、それにしたって、このラブレターは流石にないだろ?」
「うーん、そうかな?僕的には会心の出来のつもりなんだけど......」
「まあ、ある意味 『かいしんのいちげき』だろうな......」
「む!そこまで言うなら、どこが具体的にダメなのか教えてよ!」
膨れる僕に、翔ちゃんは、こいつは本当にわかってないのかと言わんばかりに、大きく溜息をついて、それから口を開いた。
「......ハァ。じゃあ言わせてもらうけど、まず、この『どのくらい好きかと言うと』ってところだけど」
「そこがどうかしたの?」
「ラブレターに『吐き戻す』って書くのはマズイだろ?」
「そうかな?僕的には数値があった方がわかりやすいからご飯百杯ってしたけど、そんなに食べきれないから、そう書いてみたんだ」
「自分の喩えに振り回されてどうするんだよ......。それから、その後の『もし願いが叶うなら』ってところだが、ショーケースに入れるってのはなんだ?』
「ここは先輩の美しさを表現しているんだ。先輩はお人形のように美しい、それを表しているんだね。言わば、暗喩だね」
「いや、ショーケースに入れちゃダメだろ?暗喩を知っているのは褒めるけど、これじゃただの監禁だ。しかも今度はご飯を食わないって、飯の話を引き摺っているのも若干気になるが......まあ、そこはいい。問題は最後だ。この怒涛の好きコール、これはなんだ?」
「僕の想いを詰め込んだ結果だよ!」
「なんでそんなに生き生きと言えるんだよ!?こんなのもらったら夢に出てくるよ!あとは......ん?よく見たら、この名前の後の『樣』って字、間違えてるぞ?」
「ああ、これはこれで合ってるよ。目上の人には『樣』を使って、同じ立場の人には『様』を使うってネットに書いてたんだ」
「なんでそういうのだけ調べてるんだよ!?もっと他に調べることあっただろ!」
そんな感じで翔ちゃんにラブレターのアドバイス、もといダメだしをもらいつつ、推敲を重ねていった。
「あとは字が汚いことくらいだが、それは今さらどうこうできる問題でもない。まあ、でも、名前くらいは綺麗に書き直したらどうだ?......っと、そうこうしてるうちに、もう部活してる奴らも帰る時間だし、俺たちもそろそろ帰ろうか」
あ、そんなに時間が経っていたんだ。
窓の外を見ると野球部の部員たちがグラウンドの整備をしているところだった。
「それもそうだね。あとで書き直しておくよ」
僕はラブレターの宛名の部分だけ消すと、鞄のポケットに折り曲がらないように丁寧に入れた。
帰り支度をしていると、翔ちゃんが携帯を見て慌て出した。
「やべぇ!俺、今日バイト入れてたんだった。悪い、理玖。時間ないから先帰るな」
「そうだったんだ。ごめんね、遅くまで付き合わせちゃって」
「良いんだよ、俺たち親友だろ?明日、また相談に乗るよ!」
そう言って翔ちゃんは教室を飛び出して行った。
二、三秒後に階段を転げ落ちる音と翔ちゃんの短い断末魔が廊下を反響して僕のいる教室まで届いてビックリしたが、すぐにドタバタと駆けていく足音が蘇った。
翔ちゃんは本当に元気で優しくていい人だ。
翔ちゃんに言われた通り、帰ったらまた頑張って書き直そう。
そう決意し、帰り支度を終えると鞄を肩に掛け、教室を後にした。
初めて小説を書かせていただきました。
拙い文章ですが、一人でも楽しんでもらえる方がいれば幸いです。
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