第七話:不機嫌な錬金術師
日の光が窓の隙間から差し込む。それが目に入り、私は思わず目を眇めた。
「……日の出か」
首都防衛戦の時には生きてみられるとは思っていなかった物だ。
私は窓を少しだけ開け、それを眺める。
「…美しいものだ。」
言葉が出ない。私の故郷は戦争で荒廃しきっていた。
だが、ここは自然も太陽も、空気ですら美しく感じる。
「どうか、しましたか?」
フィーネの気遣うような声が後ろから投げかけられる。
私は振りむき、なんでもないと答える。
「……自警団の監視はどうですか?」
「交代で我々を監視している様だが、特に動きは無いな。」
フィーネと場所を交代する。
私は布で身を拭き、軍服と略帽を畳んだ後、
空いているベッドに横になる。
「…私も少し仮眠をする。」
「了解。車長。良い夢を」
私はベッドの上で四肢を広げ、動かしてみる。
指先は普段通り動くが、身体は重たく各所の筋肉が疲労しているのが分かる。
「…疲れは人を弱くする。…休息も重要だな」
そのまま目をつぶって、浅い眠りを貪った。
いい加減休んだな、と思った時、フィーネから声が掛けられる。
「車長。アリシアさんが一階の広間来たようです。」
「了解。準備を。」
私は、畳んでおいた黒軍服に袖を通す。
帝国戦車兵特有の物で、精鋭部隊の象徴でもあった。
略帽を被り、携行食料を手早く食べた後、
FG42と背嚢を背負い、一階の広間に降りる。
広間で目に映ったのは、昨日の鎧姿ではなく、
毛皮で作られたであろう上品なワンピースに、
上からショールを身に纏った、アリシア一人だった。
「では、錬金術師の元へ参りましょう。ついて来て下さい。」
アリシアの歩き出した後を追い、我々も足を前に進める。
また、お越しください。という男性の声が背後から聞こえていた。
「…あちらです。」
アリシアが指差した方向を、私は見る。だが、どうにも
そこは人が住む家と思えず、ツタが壁一面を覆い、良くわからない巨大な茸や
倒木やらが転がっている。
ただ、建物にかかった看板、『錬金術の店』と書かれたそれを見て、
私は辛うじて目的の場所に着いたことを悟る。
この場所はミリア村と森との境に存在する。
この家が村から離れて建っているという事実からして、
何らかの理由があると私は推察する。
少しの間立ち止まっていた私は、意を決して扉を開く。
そこには、外とさして変わらぬ光景があった。
半ば埃を被っているような骨董、積み上げられた木箱、大量の試験管らしきモノ、
巨大なフラスコと釜に、大量のプランターから延びる奇妙な植物の数々が、
雑多を通り越してゴミ屋敷の内部を思わせる。
その奥に、一人の女が居た。机で面白くもなさそうに古めかしい本のページをめくる女は、
小柄で金色の髪をもち、ボロボロの黒布を身に纏っていた。
その女が、我々の顔を見ると、面倒くさそうに本をめくりながら応対に出る。
「……何か?」
「ああ、用向きがあってここに来た。」
フィーネはポケットから、几帳面に折りたたまれた紙を錬金術師に渡す。
「このリストの成分の液体をつくってほしいのですが。」
錬金術師は、紙片を受け取ると、不機嫌そうに眺める。
だが、数秒間それを見て、興味と困惑が出て来たのか、今まで以上の渋面を作り出す。
「これは、何につかうんだ?」
「……燃料だ。……ここらでは見慣れない……乗り物のな」
私は言葉を選んで喋る。
ティーガー、そして、戦車を知らない者、
内容を噛み砕いて説明するときには、よくある会話の間だ。
「…その乗り物を動かして、何をする?」
「安全な場所まで移動させる。…その後、アリシアの『頼み事』を受ける。」
「…村長の娘のか、…お前も面倒な奴に目をつけられたな。」
アリシアは、あちこちの植物や道具を興味深げに見ているものの、
耳だけは我々と、錬金術師の会話に注意を向けている。
「……料金は高いぞ。」
錬金術師は、口元に不敵な笑みを浮かべ、頭を抱えてぽつりと呟く。
その声には自信と好奇心のような感情が乗っているのを感じる。
「アリシアにつけてくれ。」
「……ふん、面白い。…少し時間をくれ、動物の脂肪油から創ってみよう。」
そう言い残すと、錬金術師はブツブツと独り言を発しながら、家の奥へと消えていった。
残された我々は、埃を被り、無造作に転がっている椅子に座り、彼女を待つ事にした。
半刻、すなわち一時間ほど経った時に、
錬金術師が台車を押しながら家の奥から再度現れる。
台車の上には円筒形の樽と、
手には液体が入った瓶を持ち、先程までの不機嫌な顔でこちらに向かってくる。
「……出来たぞ。」
「……まさか、…本当か!?」
手渡されたそれを我々三人はまじまじと見つめる。
色彩、透明度、臭い、粘度。どれをとっても
まごう事なき、『ガソリン』のそれであった。
「……どこから盗んできた?」
「……?奥の錬金術台で創ったのだが、不満か?」
一瞬、この錬金術師とやらが、
連邦の物資集積所にでも殴り込みをかけたのかと思ったが、
ここは『元の世界』では無いし、話しぶりから察するに、本当にここで創ったようだ。
「……この純度で、どれくらいの量を作れる?」
「そうだな、……材料や自然消滅、ろ過分を考えて、半刻でこの樽の六分の一程度だな。」
そう言うと、彼女は台車の上の樽を叩く。
蓋を開けると、中には瓶と同じ、『ガソリン』が入っていた。
フィーネが樽の体積を確認すると、すかさず紙と筆記用具を取り出し、計算をする。
皆、彼女の計算を固唾を飲んで見守る。
「…ギリギリですが、……これだけ有れば村までは移動できます。」
計算をし終えた彼女は、険しい表情ではあるが、辿り着ける。と明言した。
彼女が言ったのならば、可能である。もちろん不確定要素は付き物だが。
「この樽の分は、タダでやろう。試験品だが、純度は問題ないぞ。」
「…良いのか?」
錬金術師は、どっしりと椅子に座ると、私の顔を見て口の端だけで笑う。
「私も見たくなった。この液体で動く馬鹿げた乗り物をな。」