第五話:休息と沈黙
道は簡単な舗装すらされておらず、今にも消えそうな獣道で、
南大陸戦線の砂漠や連邦の泥土で足腰を鍛えた私でも、僅かに息が上がる。
風景は緑が濃く、自然の力を感じさせるが、警戒を怠れない私には見る余裕がない。
だんだんとフィーネの額から汗が滲んでくる。
私やザーラ、自警団は平気な様子で進んで行くが、
少しずつフィーネが遅れて来たのを見て、私は休憩を提案した。
皆、一般人より体力は高い方なのだが、如何せん戦闘続きな上、
元整備兵の小柄な彼女には当然普段よりもきついだろう。
「分かりました。ミリア村まではもう少しですが、休みましょう」
皆、周辺の手頃な岩や倒木に腰を下ろすが、
ザーラだけは座らずに、中性的な顔に不釣り合いな鋭い眼光で、周囲を警戒している。
私は背嚢と銃を下ろして、背嚢の中から水の入った水筒を取り出す。
口にやって飲むと喉に潤いが戻る。
ただの水とはいえ、未知の自然の中で飲む、いつも変わらない液体は美味しいものだ。
「ところで……北のどこから来たんですか?」
アリシアは倒木の端にちょこんと腰を下ろし、興味深げな目で私を見ている。
「どこから……さて、どこからと言うべきかな…」
正直に帝国首都から来た。と答えてもよいが、
目の前の者達に通じるとは到底思えない。
「…北の外れの小さな村だ。…誰も知らないがな」
私は、会話を上手くはぐらかし、話題を変える。
「ところで…ここは『ミリア村』の近くで良いのか?
欧州や連邦でもそんな名前の場所は聞いたことがない」
「欧州、連邦?…ええと…ここはレント自治区のミリア村ですが…。」
何か歯車がかみ合わないのを私は感じる。
『欧州』『連邦』という単語を聞いても相手の顔に変化はない。むしろ疑問の色が浮かぶ。
大戦争末期の情勢で『欧州』『連邦』を知らないものが居るわけが無い。
「…では、『大和皇国』『自由連合国』『協商合衆国』という単語は?」
はい、知っています。と言ってくれ、という願望。しかし、その願望は脆くも崩れ去る。
「……いいえ、どれも聞いたこともありません。」
アリシアは首を横に振る。他の自警団もほぼ同じような反応だ。
私は血の気が引くのを感じた。ありえない。
まさかとは思うが、まさかかも知れない。
首都防衛戦闘の記憶。記憶のままの虎とフィーネとザーラ。白刃の武器に鎧。
空想小説に出てくる様な怪物共。住民との異なる認識。
ならば、ここは。
考えたくも無い結論が私の口を動かす。
「元の世界とは違うというのか……?」
両者ともに沈黙し、会話が途切れる。
常識的には考えられない答えに辿り着いた私は言葉が出なかった。
「…私も質問を。」
顔を向けると
フィーネが岩に腰を下ろし、金髪のショートヘアーを拭いながら
アリシアを蒼い目で見据えていた。額の汗は引き、体力は回復した風に見える。
「どうぞ。…答えられる範囲ならばお答えします。」
今度はアリシアがフィーネに向き直る。
「…ガソリンという単語に聞き覚えはありますか?」
「がそ…何ですか?」
「ガソリンです。石油を精製する事で出来る燃料の一種です。」
またしても会話の歯車がかみ合っていない。
「聞いた事もありません。けど…」
アリシアは一瞬、言葉に詰まる。
彼女の顔に皆の目線が集中する。彼女は一瞬身じろぎをするが、すぐに平静な顔に戻った。
「村に住んでいる錬金術師さんなら、詳しいかもしれません。」
「錬金術師、…ですか?」
聞きなれない単語に
フィーネの声のトーンが変わる。
「はい。さまざまな器具を使って
川の水を油に変えたり、塩から火薬を作ったりする博識なお方です。」
「……ありがとう。…参考になりました。」
またしても会話が無くなる。アリシアが錬金術師の説明をした途端、
私を含めた搭乗員は、皆押し黙る。
等価交換の法則を無視した、子供騙しのような話であるが、
今までの態度や反応からして、
この状況で唐突に冗談を言う女性には思えない。
となると、この話もまさかとは思うが、まさかかも知れない。
「あの……?」
「え、ええ……なんでしょう」
「そろそろ行きましょう。休憩は取れましたし、」
上を見ると、日がそろそろと傾き始めている。
化け物達が活発になる前に村に辿り着きたいという事だろう。
「…分かった。急ごう。」
自警団と私達は立ち上がり、がさがさとブーツを鳴らしながら歩き始める。
「…………」
「…………」
各々黙々と歩き、会話が無い。
お互いに、欧州だのガソリンだの錬金術だのという意味不明な単語を口にした後であるし、
その言葉の意味を各々口に出さないまでも推論している。
私は、ひょっとしたら『虎』の問題を解決する手がかりがあるかもしれない。
と思い、歩みを進めていた。
ざわざわという複数人の声と生活音が僅かに耳に入る。
そろそろ目的のミリア村に辿り着く、というところだ。