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異世界機甲 ―重戦車No.VI 孤高の虎―  作者: だん片理
第一章 緒戦―Panzerkampfwagen VI
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第四話:しばしの別れ

屍食鬼の群れを圧倒しても、私の顔は渋かった。

虎の砲塔上部に腰を下ろし、五分程前まで屍食鬼だった肉塊を見下ろしながらたたずむ。


さて、屍食鬼の波を押し返したところまではいい。

しかし、弾薬の消耗が想定より激しい。と眉間にしわを寄せて考え込む。


虎を中心に幾重にも防衛陣地を構築し野営する。と言う計画を選択肢として考えていたのだが、

構築が完了した時には夕刻過ぎの時間となるだろう。


つまりは、化け物共がより凶暴化し、跋扈する夜を

三人と虎だけで越えなければならないという事だ。


武器、弾薬はまだあるが、十分とは言えない。化け物共相手にはいつ底を着くか分からない。

一時的に圧倒したところで、こちらは波打ち際に作られた砂の城だ。

いつ化け物共の波によって蹂躙されるか分からない。


そして、根本的な問題、『虎』の事だ。

はっきり言うが、私達の手にはもう負えない。

本格的な施設での修理が必要だが、この状況では望みは薄い。

となれば、その無茶を可能にする人間、ないし『同等の技術を持つもの』を探す必要がある。




「少しよろしいでしょうか。」

考え込んでいる私の耳を、自警団の女性の声が叩く。

顔をむけると、自警団は全員地面に膝をつき、頭を垂れていた。


「…先ほどまでの無礼、お許しください。

 避難民の皆様が居なければ、私たちは屍食鬼の餌でした。」

「…馬鹿を言うな。自警団の情報と白兵技能が無ければこちらも不味かった。

 こちらが感謝しなければ。」


私は砲塔上部から飛び降りると、自警団の面々に向き直り、立ち上がるように促す。

彼らにとっては普通の作法なのかもしれないが

あまりにも仰々しい態度にぞわぞわとした感覚が背中を伝う。


「私はミリア村自警団隊長アリシアと申します。

 そちらのお名前は…?」

「……そうだな。

 私の名前は、……カリウスとでも呼んでもらおう。」


勿論偽名だ。

正確には、名前を必要とした時に使う師団共通のモノだ。



「では、カリウスさん。改まってお話しますが、私たちの村にお越し頂けないでしょうか。

 村には食料や寝床がありますし、ここよりは安全です。」


先程まで思考を巡らしていた通り、

虎だけに固執し、この場にとどまり続けるのは愚の骨頂だ。


化け物共の存在がなければ言わずもがなだが、

車長として、フィーネとザーラをむやみに危険にさらす訳にはいかない。

この不安定な状況下での隊員の出血は、

即、死に繋がることを嫌と言うほど目に焼き付けて来た。


「……分かった。案内を頼めるだろうか。」


右の左もわからない中、ともかくも目の前の自警団達だけが頼りであった。


「それでは、すぐに出発しましょうか」

「…いや、少しだけ待ってくれ。」


自警団に了解を得て、その場を離れてもらうと、

先刻から警戒を緩めず、各々銃を手に屍食鬼の死体を見張るフィーネとザーラに指示を出す。



「修理の目処がつくまで虎から離れる。

 私とはフィーネは虎への偽装工作、痕跡消しと屍食鬼の処理を行う。」

「ザーラは移動時の装備選定を大至急頼む。」


「了解。車長」

「…了解」


私も含めた搭乗員は素早く作業に取り掛かる。

訓練、実戦で何度も繰り返した一連の動き。

特に偽装工作技術の向上は、制空権を常時奪われていた連合国戦線では死活問題であり、

偵察部隊から虎の匂いを消し去る為に、工夫と訓練を幾度も繰り返していた。






十数分後、周囲と同化した虎が完成した。


改良した偽装網の上に、周囲から集めた枝や土を被せ、

車体の輪郭を消した上で自然と同化させる。


さらに、先の屍食鬼との戦闘を含め、搭乗員の活動痕跡をほぼ消し去った。

薬莢、足跡、体液、死体、踏みしめた木枝の折れに至るまで、可能な限り処理を施す。



この状態なら熟練兵でも発見するのは困難だろう。


「偽装工作、痕跡消し共に完了だ。」

「普段通りの作業でした。上出来ですね。」


「…装備の選定…完了した。」

ほぼ同時に後方からザーラの声が耳を叩く。装備選定作業も完了したようだ。

顔を向けると山岳猟兵用の背嚢三つを持った彼女がMG42とその弾帯を首から掲げている。


「…雑用品箱の…喪失は痛いけど…食料は三日分。…弾薬と医療品は三回分の戦闘を計算して…準備した。」

「…工具やワイヤーは…そのまま。…重いから。」


「了解。準備完了だ。やはり補給がないと戦闘も迂闊に出来んな…」


各々、背嚢を背中に掛け、銃を首から紐で吊るす。

ザーラはMG42を含めて数十キロになる大量の装備を軽々と持ち移動する。

逆に小柄で、体力的に劣るフィーネは荷物の量を少なくしている。

ザーラには負担をかけてしまうが、嫌な顔一つせずに引き受けるのが彼女の強さである。


私は、今一度偽装を施した虎のサイドスカートを撫でる。

最期の時まで世話になるはずだった戦友とのしばしの別れだ。

「……また、会おう。」


いよいよ出発だ。待たせていた自警団と合流し、共に出発する。

「では、出発します。お三方、我々の後ろについて来て下さい。」


歩き始め、少したってから振り返る。

8.8cm KwK36砲が偽装網の隙間から僅かに覗き、

標的を静かに狙う狙撃手のように、地面に伏せていた。

「……もの悲しいものだな」

呟いて首を振りながら、自警団を追い始めた。


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