第三話:屍食鬼と踊れ
「私たちはミリア村自警団です。貴方たち。ここから早く立ち去りなさい。」
敵意と警告の意思。
美しさすら感じさせる声の質であるが、その声に乗っている剣呑さがそれを打ち消していた。
集団の中から少し小柄な体躯をもち、頭からフードを被った女性が一歩前へ出ると、
ハルバートを向け、いらいらとしながらこちらを睨んでくる。
「もう一度言います。ここから早く立ち去りなさい。」
声に乗っているいらだちと剣呑さがより強くなるのを感じる。
「……無理だ。私達にはここがどこかすらもわからない。」
「……また北方戦争からの避難民?戦争が激化していると言うのは本当のようね。」
今季に入ってすでに四回目よ。となると魔物の奴らが心配だ。と集団から湧き出る呟きを私は拾った。
北方戦争。魔物だのわけがわからない言葉を聞くが、
この付近はあまり平穏な地域ではないようだ。
「……ええと、気の毒ですが、とりあえずここから出て行ってもらわなくては」
女性は強圧的な口調から、若干の同情が見られる口調に変化した。
実際、目には同情の色が見え隠れしている。
「先刻言ったように無理だ。これが動いてくれない事にはどうしようもない」
これ、と言いたげにティーガーを二回拳で叩く。
動くな。立ち去れと言うのはわかる。誰だって自分の庭にいきなり武装した三人が現れて
しかもそれ以上に鋼鉄の戦車のおまけ付きとくれば当然だ。
彼らの希望通りに出ていくのはやぶさかではないが、
かといって、虎を放置して離れたいわけが無い。
「…ともかくだ。私達はこれが修理できるまで動くつもりもない。」
「それは困ります。」
「私は今困っている」
押し問答のような会話がこれから幾度も続くかに思われたが、
沈黙を守っていたザーラが唐突に声を発する。
「…三時方向。…中速度で接近。…数は二十から二十五。
…成人よりも小さい体格。……二足から四足歩行?」
それを聞いた鎧の集団から一瞬の間をおいてざわめきが起こる。
「屍食鬼だ。屍食鬼が嗅ぎ付けたんだ!」
「なんて数だ…。どこに潜んでいたんだ!?」
顔面から血の気が引いた男性達が狼狽した声で次々叫ぶ。
「と、とりあえず。避難民の皆さん。
私達について来てください。む、村までなんとしても逃げ帰らなければ…」
「無理…ね…」
フードを被った女性のしどろもどろの言葉を、ザーラがいつもの口調で遮った。
「…この速さなら、…村までの距離は…知らないけど、…三分以内に追いつかれるわ。」
「そんな、そんなことって…」
フードの女性の顔はみるみる青くなった。
その声は沈み、絶望と焦燥が同席しているように思えた。
遠くの木々がざわめき。カラスのうめきにも似た鳴き声が私の中耳を叩く。
今度こそ期待はできないなと思い、戦闘姿勢を崩さないフィーネとザーラに向き直る。
「迎撃態勢を維持しろ。」
動揺するでもなく私は次の命令を発する。
「了解。車長」
「…了解」
碾き臼ですりつぶされるような連邦との過酷な撤退戦を生き残った虎と私達は、
どのような相手でもより巧妙かつ狡猾に戦うすべを学んでいた。
それが『屍食鬼』と恐れられる奴らでも同様だ。
「ミリア村自警団と言ったな。…『屍食鬼』とやらの情報が欲しい。」
「…わかりました。何なりと」
青ざめ、目には焦燥の色が走っている者もいるが、
拳にもう一度力を込め、今一度武器を握りなおしていた。
自警団も戦う以外道はないと、腹をくくったようだ。
木々の間を縫って姿を晒した屍食鬼の群れ。
その生物は人間によく似ていた。二本足で立っていると言ってもいいくらいの姿勢だが
前かがみで何となく狼のような特徴があった。
体の表面には皮膚が乗っておらず、剥き出しの筋と腐臭が嫌悪感を抱かせる。
そして、手先から延びる鋭いかぎ爪が暗い光を反射していた。
その中の一体と目が合う、
赤黒く濁った瞳からは敵意、飢え、憎悪の色が発せられ、
私の不快感がより高まるのを感じた。
屍食鬼の群れが目標を捉えると、
しゃにむに虎に向かってきた。
自警団と虎の搭乗員達は各々武器を構える。
虎を背にして銃火器三丁が充実した火線を形成し、面で押す。
もし、突破してくる輩がいれば、自警団が白兵戦で対処する。
情報通りならばこれで圧倒出来るはずだ。
単純だからこそ、効果的な戦術。特に複雑な動きが出来ない『即席部隊』にとってはこれが最適解だろう。
「車長。来ます!」
フィーネがMP40の引き金に指をかけると、私は一拍おいて叫んだ。
「…撃てっ」
三つの銃火器が一斉に火を噴いた。
MG42の轟くような風切り音。
FG42の低く金属的な音。
それらの間隙を埋めるようにMP40の射撃音が響き前面に強力な弾幕が形成される。
素早いが、弾丸の刺突を阻む鎧はない。痛みや恐怖を感じず、敵を見つけると一直線。
自警団の情報通りだ。
「……踊れ。」
ザーラが弾幕を形成しながらぽつりと洩らす。
屍食鬼は先頭からバタバタとなぎ倒され、肉塊となっていく。
屍が積み重なろうともなお押し寄せるが、
途切れる事の無い弾丸のシャワーが皮膚を貫き、うめき声と体液を体内から噴出させる。
やはり、と言うべきが、
弾幕をくぐり抜け、満身創痍になりながらも、目と鼻の先に飛び込んで来る屍食鬼がいた。
しかしそのたびに自警団の白刃が一閃する。
ざっくりと胴を断ち割れれた敵はたたらを踏み、
自慢のかぎ爪を満足に使う事もなく頭から崩れ落ちた。
蓋を開けてみれば一分もかからず片がついていた。
周囲には血と硝煙の匂いが立ち込め、
大地には大量の薬莢と二十以上の屍食鬼の亡骸が伏していた。