第二話:雌伏の虎
私は狭い砲塔の内で身じろぎする。
全高3mサイズの戦車の砲塔部分に厚い装甲を確保して
砲閉鎖機、旋回装置、弾薬、無線機を設置しているのだから、一つの区画に使える体積は限られてくる。
さらに、複数回の戦闘を想定して3人分の自衛火器、医療品、野営装備、
極めつけに試製の半自動装填装置を増設しているため
むしろ他の戦車達より狭くなっており、個人のスペースは極めて狭い。
2回ほどもぞもぞ動いた後に違和感に気付く。
自分の体が炎に包まれたはずだが、痛みも感じないし、服装も一切焼けては無い。
さらに言えば、砲塔内部にも例の内部剥離以外の損傷等は見受けられない。
友軍の救出が間に合ったのかと思ったが、
あの状況では不可能に近いし、
狭い砲塔内に放っておくなど馬鹿げている話だ。
さて、妙な事になったものだと思い、訓練通りの動作でロックを解除し、キューポラのハッチを押し開ける。
ガコンと音がすると同時に砲塔上部の塔が開き、
キューポラの縁と昇降用の取っ手部分を掴んで這い出す。
目にはあたり一面の緑と、鉛色のどんよりとした空が映った。
「…………どこだ。ここは」
誰に問うまでもなくつぶやき、周囲を見渡す。
手練れシャーマン5両相手に戦い討ち死にす。と思ったら虎の砲塔内で昼寝しており
目が覚めたらあたり一面の緑とどんよりとした空。
さすがの私にもこのような経験はない。
「…………どこだ、ここは」
同じ台詞を二度呟いてから目を覆い、数秒経ってから手を放す。
少し冷静になったのか、
視界に、何度ともなく見ている小柄と長身の女性ペアが
虎の右前方下部でごそごそしている姿が入る。
「……どこかわかるか、ここは?」
今度は自問ではなく女性ペアに問いかけた。
「林、森、山のどれかですよ。車長。」
小柄な少女、フィーネは皮肉な笑いを浮かべ私を見上げる。
すらりとした長身の女性、ザーラの言葉が続く。
「どこかの…ね…」
彼女はフィーネを守るように、MG42を即席土嚢にマウントし
照星をのぞき込んで、鷲の目として周囲に睨みを利かしている。
「履帯はどうだ?」
「修理自体は予備履帯を使用し、完了しました。ですが…」
フィーネの目に怪訝そうな色が走る。
「駆動系が動きません。」
「……何?」
そういい返すと私は砲塔内に戻り、狭い車体を通り抜けて操縦席に座る。
何度か操縦桿やギアを動かしてみたが全く反応がない。
あの戦闘による何かしら破損が原因なのだろうか。と思っているが、
燃料容量の針が0付近を指し示している事に気づく。
つまり、ガス欠を含んだ複合的な要因だろう。
この虎はメンテナンス無しには駆る事はできない。
当然、搭乗員がある程度整備もできるように教育はされるが、
如何せん全く動かないとなれば本格的な施設での修理が必要だろう。
いじめ抜いた変速機をどうにか使えるようにしなければならないし、
戦闘をした上にほぼ大破まで破壊されたのであるから、装甲も張り替えなければいけない…。
私がそれらについてあれこれと考えていると
正面の覗き窓をこんこんと叩いたフィーネが、緊張を含んだ声色で話かけてくる。
「ザーラより伝言。足音が複数。こちらに向かって来ているそうです。」
「……ティーガーを背に迎撃準備を」
「了解。」
敵であるか味方であるかは不明であるが、しかし未知の世界で、挙句虎までも動かない状況だ。
期待はできないな、と思い、もう一度狭い車体を通り抜けて砲塔に戻る。
シートの下から自衛火器の入った木製の箱を取り出し、
急いでFG42とMP40を取り出して組み立てる。
保管用の油紙を捨て、銃身と銃本体、グリップをそれぞれ組み立てる。
マガジンを叩きつけるように装填し、ボルトハンドルを引く。
キューポラから再度這い出し、
虎の右前方下部にいるフィーネにMP40を投げ渡した後、
自らも照星をのぞき込む。
「…二時の方角。…走っている。…数四から六。…成人サイズ。」
ザーラが冷静な声色で呟く。
彼女は土嚢とMG42をその方角に向け、引き金に指をかけている。
「…なおも接近。…視認可能距離まで五秒。」
向かってくるそれを肉眼で捉え、
引き金を各々引き、射撃しようとしたところ、みな一瞬反応が遅れた。
そのあまりの浮世離れした光景、
中世時代の板金鎧と白刃の武器に身を包んだ男女の集団に意識を奪われたからだ。
「私たちはミリア村自警団です。貴方たち。ここから早く立ち去りなさい。」
敵意と警告の意思。
美しさすら感じさせる声の質であるが、その声に乗っている剣呑さがそれを打ち消していた。