第一話:虎の目覚め
敵火砲の準備射撃が大地、そして『虎』を揺らす。
敵の大攻勢の前触れ
戦いを前に私は冷静であった。
ごうん、という音とともにエンジンの始動音が虎全体を一瞬揺らし、
低いタービン音や駆動音とが綯いあって車内に響く。
私と虎が敵軍を待ちうける三百メートル四方の広場。
周囲に友軍の影はない。瓦礫の山と灰色の街のみがこれを見つめる。
口には皮肉げな笑みを浮かべて社内を見据える。
「…準備は良いか」
敗軍の将の首を刈るは戦の常だ。
ましてや、狂った独裁者の元で一時期でも戦ったのであればなおさらだ。
だが、おとなしく刈られる程、私は素直ではない。
『暗殺』は成功した。その後の掌握が出来なかったのは無念だが、
連合国、残党、連邦相手に一矢報いたのは上出来だろう。
「…任務はしんがりだ。友軍と民間人が防空塔に退避するまで時間を稼ぐ。」
多くの複雑な思いを込め、車内で呟く。
聞いているのは2人女性。操縦手のフィーネと砲手兼装填手のザーラだ。
「了解。車長」
「…了解」
いつもの言葉が返ってくる。どんな時も変わらない。
二人はそれぞれ視察口から外を睨み、動かない。
と、ほぼ同時に敵の準備射撃が途切れた。いよいよ幕引きが始まるようだ。
「来るぞ。」
一瞬の間をおいて、
土煙とタービン音を響かせながら
正面からシャーマン戦車が5両。
レンガ壁を同時に突き破り、見事な横隊で現れた。
虎を狩る狩人達。
5両、接近戦、長砲身。…虎狩りの基本に忠実だ。
市内まで押し入ってきたという事は練度も相当だろう。
不足はない。
「攻撃開始。戦車前へ!」
搭乗機であるティーガーIを急発進させると同時に
8.8cm KwK36の砲身先から爆音と赤黒い閃光を放つ。
虎の牙から放たれた一本の鋼鉄の矢は吸い込まれるように
横隊右端のシャーマンの正面装甲に着弾。
溶解した破片が地面に飛び散った一瞬後、大爆発を起こした。
砲塔側面を敵の砲弾が数発掠める。塗装が剥げ、
鈍い音とともに虎の砲塔内部を数回揺らした。
それを無視し、虎は排気煙から黒煙をまき散らしながら前進。
そのままシャーマン4両と交差した。
本来の虎の戦術はアウトレンジからの一方的な攻撃だ。
だが、今回は市街戦な上、あくまでしんがり役だ。敵を引き付ける必要がある。
交差した虎の後部に対して三機は76.2mm戦車砲を叩き込む。
砲塔後部の雑用品箱吹き飛び、砲塔内部は激しく揺れる。
それを無視し発煙弾発射機を作動。
一瞬で張られた煙幕の間を縫い。敵の射線を外す。
激しい動きに変速機と履帯が大きな悲鳴を上げる。
だが、これも無視し、
砲手のザーラに虎の牙を照準させ、敵機を正面に捉えた瞬間、砲弾を発射。
打ち出された被帽徹甲弾はシャーマンの砲塔前面装甲を貫徹し
一瞬の後、一機目と同じく大爆発を起こした。
ほぼ同時に、虎の死角に回り込んでいたシャーマン戦車が76.2mm戦車砲を発砲。
筒音が響き今までの揺れとは比にならない揺れと熱が虎に叩きつけられる。
砲弾こそ貫通しなかったものの、
被弾部分の装甲が内部剥離を引き起こし、
虎の装甲が完全ではない事を改めて認識させる。
「負傷は?」
「フィーネ。健在です!」
「…ザーラ同じく。」
―いつもの言葉だな。そう思うと変速機の悲鳴を無視し虎を急加速させる。
猛烈な制動で地面のアスファルトが砕け飛ぶ。
正面装甲に着弾する複数の砲弾。敵の射撃も正確だ。
そして、虎の生態を熟知しているかのように、
牙の射線を確実に切って来る。
敵は虎の弱点を突いている。
接近戦に持ち込まれた時点で虎は圧倒的に不利で、負けはほぼ決まっている。
私は視察口からシャーマンの位置を確認し、レンガ壁の裏にシャーマンが移動した確認すると、
昼飯の角度をとり、レンガ越しに牙を向ける。
一瞬の後、爆音と共に三たび虎の牙から矢が放たれる。
レンガ壁を過貫通した矢は
シャーマン戦車の砲塔側面装甲を赤熱させ黒い穴を開けた。
だが、敵も虎と戦う覚悟と資格を持った者達である。
牙を再度装填している虎に衝撃と熱量が走り、右にぐらりと傾く。
残るシャーマン達の正確な一斉射が
虎の右前方下部を叩き、フェンダーと履帯を弾き飛ばした。
「変速機、履帯破損。走行不能です。」
接近戦とは言え、一斉射で足を奪うとは、見事な射撃だ。
「いよいよだな…」
そして、虎は『任務を遂行』するため、装填を完了。牙を一番近い敵に照準させ、砲弾を発射。
油断していたシャーマンの砲塔正面装甲を溶解させ、内部から爆炎を噴出させる。
…だが、
「…間に合わないな。」
「残念です。」
フィーネがぽつりと洩らす。
足を折られ、次の牙を待つ虎の側面に、生き残った一両のシャーマンが接近する。
機体にはキルマークが並び、エースである事が見受けられる。
投降する気はない。私はもちろん、車内の二人もだ。
だが、これだけは二人に言わなければならない事がある
「二人には感謝しきれないな。ヴァルハラで会おう。」
筒音と共に虎が炎に包まれる。自分の体もだ。多くの事が頭を過る。
総統の暗殺。三正面作戦。フィーネとザーラ…。
私の意識は遠のき、認識する世界は白に変わった。