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6.それはさておきランチにしよう

わちゃわちゃさせたい騒がせたい。


視線を感じる。

突き刺すような、突き付けるような、そのどちらでもないような。それでいて、たまたまこちらに向けられているだけのような例えようもない薄気味悪さで―――――じっ、とこちらを見詰める目がある。

快も不快も感じさせない、ただ無機質なだけの視線は何を訴えかけるでもなくひたすら私へと向けられていた。濁った眼だ。比喩ではない。本当の意味で文字通り、白濁しきって目としての機能をもはや果たしていないそれ。

目線どころか意識さえ、逸らすことは許されない。そんな気分で相対していた。


ごくり、と我知らず飲み込んだ唾に緊張気味の喉が鳴る―――――控えめに言って、衝撃だった。


「なぁ、セス―――――なんだこれ」


思わず言う。心の奥底から湧き出た言葉だった。純粋に意味が分からない。珍しく真剣な顔をして、珍しく真剣に紡いだ問いに、しかし相手は無言である。

テーブルを挟んで真向かいに座っているセスはいまいち感情の読み取れない面持ちで、ただただ静かに目線だけをテーブル上の“物体”に注いでいた。私たちの間に鎮座する、存在感を放ちまくるそれ―――――いや、たぶん、“食べ物”に。


「なぁ、セス。なんなんだこれ」


もう一度、名前を呼んで問いを重ねる。セスはやっぱり無言だった。

食堂である。周りはがやがやと賑やかなのに、私たち二人が陣取ったテーブル付近だけが奇妙なまでに静かだった。静かにランチを取りたいと思うのはここ最近の常だった筈だが、これは何かが違う気がする―――――いや、絶対違うやつだ。確信したところで嬉しくはない。触れてはならない、的な雰囲気をひしひしと肌で感じながら、私はなんとも形容し難い気分で食事の席についていた。

テーブルの上、向かい合って座る私たちの間にでん、と存在しているそれは巨大なホールパイである。

こんがりと焼けた表面に、魚介の焼けたいい香り。お腹が空いている身としては、すぐさま「いただきます」したいところではある。が。


「なぁセス、ホントに何なんだよこれ」


とうとう耐え切れなくなって、私は三度目の問いを吐いた。本気で意味が分からない。食堂のおばちゃんたちが作ってくれた“食べ物”に対してそんな言葉を向けたのは間違いなくこれが初めてだ。しかしこれだけは断固として聞きたい聞かねばならないはっきりさせたい、だって気になる!


「なぁ、おい、セスってば―――――なんでパイからお魚さんの頭が飛び出してるんだこれは」


言った。とうとう口にしてしまった。敗北感が半端ないがそんなことより知的好奇心が勝った。

だって、本当に美味しそうなパイの表面からお魚さんの頭が飛び出しているのだ。それも一匹とか二匹とか、そういうささやかな次元ではない。元気に八匹も飛び出している。飛び出しているというかパイの表面を突き破って今にも何処ぞへ逃げ出しそうな力強ささえ感じさせている。躍動感が尋常ではない。同時に存在感がすごい。こわい。焼き魚なんて見慣れていた筈の私でもこのパイの醸し出す圧は怖い。

ていうか意味が分からない―――――何を思って作られたパイなんだこれは。


「………まさかスターゲイジー・パイが出て来るとは、流石の俺も思わんかった」


ぽつり、とセスにしては大人しい神妙さで投下された呟きに、私は少なからず驚愕した。呼称がある、ということは、これはちゃんと名の知れ渡った料理であるに違いない。そんな気持ちでもう一度、改めて私たちの間に鎮座ましますスターゲイジー・パイとやらを見る。

見た目はパイ。どう見てもパイだがこんなインパクトのあるパイなんか知らない。ていうかこれは何の魚だ。そこそこどころのサイズ感じゃないぞ。しかも八匹。しかも八匹だ。ホールの周縁を沿うように等間隔で配置された突き出すお魚さんたちの八つの頭部はいっそ芸術的ですら―――――ねぇよ。あるわけないだろ。なんなんだこれ。


「え。無理なにこれ怖い王国民のセンスを疑う」

「テメェが食いモンに対してナチュラルにそう口走っちまうってすげぇなスターゲイジー・パイ」


自分でもそれは思うけれど素直に感心してんじゃねぇよセス、という気持ちをジト目に込めて睨んだところで対面の三白眼は不自然に冷静なままだった。ツッコミにもいまいちキレがない―――――あれコレひょっとしてもしかして、テンション迷子になってないかお前?


「食材の調達解体調理まで自分たちでやっちまうグロ耐性カンストの狩猟民族にそこまで言わしめたこのパイの破壊力もといインパクトに関しては流石の俺もちょっと引く」


淡々と息継ぎ無しで言うあたり、やっぱりテンション迷子だろうセス。ってンなモンお前だけじゃないぞ私も大概迷子だよ、という気持ちを多分に込めて頭を振る。一応これだけは訂正しておかなければ、という謎の使命感と責任感が発揮された瞬間だった。


「いやいや、インパクトとかグロ耐性とかそんなもん関係ないレベルでパイからお魚さんこんにちはさせる意味が分からなくて怖いんだよ。なにこれ。ホントにどういう心境? なんかの儀式? 恨みでもあんの? 何を思って作られたんだこのパイ」

「心境なんざ知ったこっちゃねぇが、漁村が究極に食料不足だった時期に獲れた魚全部パイにぶち込んで、中に魚入ってんぞって分かり易くするために頭だけパイから突き出す形で焼いたら名物料理化したらしいな―――――その地方の、ごく限られた期間にしか食われてない系のマイナー料理なのに知名度がやたらと高い理由は言うまでもねぇだろ見て分かれ」

「わけわからんくないか」

「マジわけわかんねぇよ」


うっすら狂気すら感じるわ、とあのセス(無類のパイ料理好き)をして言わしめるスターゲイジー・パイ恐るべし。などと、他愛ない遣り取りを挟んだことにより、ようやく視覚的に慣れてきた気がする。


「よし。心の準備出来たから食べよう」

「知ってたけど切り替えクッソ早ェな」


口の悪い三白眼のツッコミはしれっと無視の方向で、私はそうっと切れ込みの入ったパイを一切れ自分の取り皿へとのせた。見た目の異様さに気圧されてはならない。食べ物は食べ物、パイはパイ、お魚さんはお魚さんであって食材の掛け算の方向性がちょっと想定の斜め上だっただけだ。大丈夫。嗅覚的には美味しそう分類だからたぶん最初の一口さえクリアしてしまえば大丈夫。

ところでこれ、八分の一カットということはどのピースを選んでもすべてにお魚さんの頭が付いて来る仕様なのだろう。お気遣い痛み入ります。怖いよ。


「ていうか『チャレンジメニュー』ってゲテモノチャレンジだったのか?」

「三十分以内に食べ切ったら代金無料に加えて景品贈呈、の触れ込みを信じるなら早食いチャレンジ分類じゃね?」

「え、待ってセスそれ初耳だぞこれ食べ切るのに制限時間とかあんの?」


ランチタイムに突拍子もなく登場することがあるという『チャレンジメニュー』なるものに挑みたいから一緒に来い、と食堂の入り口でセスに誘われたからほいほい同行したけれど、時間に追われて食べるのは忙しないから好きじゃない。私はちょっぴりぶすくれた顔でスターゲイジー・パイを齧るセスを睨む。


「三十分もありゃ余裕だろ」

「そういうこと言ってんじゃないんだよ。説明不足だっつってんの」

「あァ? 『チャレンジメニューがパイ料理らしいんだが、二人一組じゃなきゃ挑戦出来ねぇから奢ってやるんで面貸せや』とかちゃんと説明しただろうが」

「じーかーんーせーいーげーんーきーいーてーねーえー!」

「そう言ってる間に食った方がよくね?」

「それに関しちゃ間違いないのが腹立つ」


前後はともかくそこだけを切り取れば正論には違いなかったので、私は大人しく矛をおさめてスターゲイジー・パイを口に含んだ。予想通り生臭い。想像以上に魚臭い。が、私にはほとんど気にならない程度なので全然まったく問題ない。飛び出すお魚さんのインパクトを裏切らず魚の脂の味がする。もしかして頭が上向いてるの、パイの中に脂を落とすためなんだろうか。奥行きのある味わいである。深い。

お魚さんがすんごい自己主張をしてくる真下で芋やら玉ねぎやら何やらが懸命に土台を整えて、たぶん牛乳とか卵あたりがよいしょ、と必死にまろやかさを演出している気がする。がんばれ。お魚さんたちの重圧に負けるな。甘辛めの味付け結構好きだぞ。


「なぁ、これって頭も食べる系?」

「知るかよンなモン。俺は食わん」


早くも一ピースを食べ切ったらしいセスが、魚の頭部を別の皿に除けながらさらっと言い放って次の分を手に取っていた。相変わらずの早食いである。私は私のペースで食べるので気にせずもぐもぐするけれど。


「うん。見た目はともかく味は好きだな」

「パイ料理にハズレなんざ滅多にねぇよ」

「いやそれ完全にお前基準じゃ………待って? ハズレ判定があるのか?」


無類のパイ料理好きとして私の中で不動の地位を確立しつつあるこの口の悪い三白眼に、ハズレ判定なんてもんを出させるパイって一体どんなパイなんだ。気になり過ぎてつい聞いた。セスは非常に凪いだ目で、黙々とスターゲイジー・パイを咀嚼しながらぼそりと低い声で呻く。


「ガキの頃レオニールが作った何かのパイが死ぬ程まずくてあいつの顔面にぶち当ててやろうかと思った」

「それたぶん作った王子様が悪かっただけでパイに罪はなかったと思う」

「それな。確かあんときもフローレンが似たようなこと言ってたわ………『作った以上は責任持って全部片付けてくださいまし』って無くなるまで無理矢理食わせてた気ィする」

「安心安定のフローレンさんだな。食材が無駄にならなくて何よりだ。あ、セス。胡椒取って胡椒」


「はいそこの二人ストップスト―――――ップ!!!」


「げ」

「うるさっ」


なんか出た。というか来た。

すごい唐突さで乱入してきた声にはめちゃくちゃ聞き覚えがある。胡椒の遣り取りをしようとした姿勢のままで固まったセスと私の間にちょうど現れた人物が―――王子様然とした顔立ちの如何にも“王子様”な王子様が―――至近距離からの絶叫ついでに割と激しくテーブルを叩いた。

がしょん!

と、けたたましい音を立てたのは食堂の備品たる食器やらトレーやらである。栄養にきちんと配慮した美味しそうなプレートメニュー。具体的にはAランチセット。叩き付けるような乱暴さでテーブルに置かれたせいでちょっぴりスープがこぼれている―――――おいこら。やって良いことと悪いことがあるぞ。


「おい。食べ物を乱暴に扱ってんじゃねぇぞ王子様」

「騒音公害上等な登場してんじゃねぇよクソッタレ」

「リューリ・ベルの方は率直にごめんなさいだけどセスのはただの言い掛かりだよな!?」

「いや王子様は実際五月蠅いかなり五月蠅い存在が五月蠅い」

「待って存在が五月蠅いってどゆこと!?」

「そういうとこだよ」

「そういうことだろ」

「なにそれどういう判断基準!?」


見たまま感じたままなんだよなぁ、なんて空気は伝わらない。

一頻り大音響で喚いたあとで一息吐いた王子様は、まるで当たり前のような流れで何処からともなく引っ張って来た椅子に座ってのんびりと水で喉を潤し始めた。待て。この場で落ち着くんじゃない。居座るつもりかこの野郎。二人用のテーブル席だぞここは。


「はい、無事に席を確保したところで話を戻しますけれども―――――お前ら! 人の失敗談で和やかにランチするんじゃない! そういうのは私も交えてやれよ! 仲間外れ止めて!? 寂しいでしょうが!!!」

「構って欲しがりの女子かよテメェは」

「男だから王子様なんだよ女だったら王女様じゃん!? 大体な、幼馴染っていう圧倒的なアドバンテージの私を無視してなんでリューリ・ベルとチャレンジメニューにトライしてんのお前!? 普通は私を誘うことない? こういうのって気心の知れた相手と一緒に力を合わせて挑むもんじゃない? 男の友情は何処へ消えたよ!!!」

「ンなモン最初っから存在してねぇよ気色悪いこと言ってんじゃねぇ刻むぞ」

「どこを!?」


ガチトーンで脅しに入ったセスに存分にビビる王子様はしかし、一瞬後にはやれやれと気安い感じで頭を振って困ったような顔をする。なんだそのどうしようもない年下を諫める兄貴分みたいな面構え。セスのただでさえ良くない目付きが更に凶悪になったぞおい。


「またそういう態度取って………悪いこと言わないからそんな連続殺人鬼も裸足で逃げ出すような目で人を睨むの止めなさい。元々の顔はいいんだから」


まるで理解ある年長者(或いは謎の母親面)のような発言を投下しながらナチュラルに「いただきます」と食前の祈りを捧げる王子様である。すごい。何事も無かったかのようにさも当然な顔をして、今にも掴みかかりそうな勢いのセスを横目にこの場に居座る根性がすごい。客観的に見てもかなりうざい。

実際にあのテンションで絡まれたら幼馴染でなくともうざいのでセスは別に間違ってはいない、と思ったのは私だけではない筈だ。うわ王子様めんどくさい。けれど関わったら負けなので、私はひたすら気配を消して無心でパイを食べていた。

と、食べ進めていて分かったことだが―――――なんとこのパイから元気に飛び出す躍動感溢れるお魚さん、一尾丸ごと入っている。途中でぶった切られてない。鱗や皮や骨はちゃんと処理されて食べやすいようにパイの中におさめられている。ただ頭の部分だけが手付かずなのだ。なので物凄まじく「魚!」感が出ている。こだわりというか執念を感じた。食堂のおばちゃんのプロ根性がすごい。


「ところでなんだが、二人とも。顔面偏差値高いやつらが揃って巨大なスターゲイジー・パイにチャレンジとか視覚の暴力も甚だしくない? シュール過ぎて食欲が減退すること請け合いなんだが」


あまつさえ、私たちが食べていた狂気のパイを指しながら雑談に興じる王子様である。スターゲイジー・パイについてはさて置きこいつもこいつでどういう神経してるんだろう。図太過ぎてもう感動する。

怒りが一周して落ち着いたのか、唐突に表情から険を消したセスが鼻で笑って吐き捨てた。えらく皮肉気な口振りで。


「樹に吊るされてぶらぶら揺れながら呑気に談笑してたどっかの馬鹿のがよっぽどシュールで笑えたけどな」

「揺るぎないシュールレアリズムの最先端でごめーん………ってセスそれちっとも褒めてなくない!?」

「テメェに褒められる要素とかあんのか」

「褒められたもんじゃない王子様だしな」

「扱いが何処までも酷い! 知ってた! ところでお前ら、ちょいちょい思ってたんだけどついこの間会ったばっかなのになんでそんな息ぴったりなんだ? 前世で双子だったりした?」

「「しねぇよ」」

「えっ………冗談のつもりだったのにここでぴったりハモっちゃう………? まさか実は本当に生き別れのきょうだいだった説………?」

「ンなわきゃねぇだろ大概にしろ。たまたま台詞が被ったくらいで血縁増やされてたまるかボケ」


三白眼はにべもない。こちらも概ね同意見なのでアホくさ、と否定を投げて、私とセスは黙々とお魚フェスティバルなパイを消費していく。

馬鹿の乱入でペースが乱れたが時間内には食べ切れるだろう。こんがり焼き色の入ったお魚さんの頭部を別の皿へと除けながら、お育ちのよろしい二人が口の中に食べ物を詰め続けている関係で会話がまったく生まれない中、マナーなにそれ美味しくない精神の私はふと疑問に思って口を開いた。


「なぁ、王子様。ちょっと聞きたいんだけど。例えばセスに誘われたとして、お前このパイ食い切れるのか? 結構なボリュームなんだけど」

「はっはっは。何言ってるんだリューリ・ベル、無理に決まっているだろう! 見た目的にも量的にも完全に戦力外だぞう!!!」


大いに胸を張る王子様だがそれを眺めるセスの双眸は故郷の凍土ばりに冷えている。口閉じて失せろや馬鹿王子、ともはや言うのも無駄と判じた音なき罵倒が聞こえた気がした。たぶん口の中パイに占拠されてるんだろうなあれは。どんまいセス。言いたいことは分かる。まじで。


「どうせ食えねぇ役に立たねぇって分かってんだからわざわざ声なんざ掛けるわけねぇだろ。寝言は寝て言えレオニール」

「そりゃまぁその通りなんだけど、だからって完全スルーされたら流石の私でも傷付くんだぞう? 駄目で元々声掛けるって気遣いがあってもいいじゃないか」

「ンなモン俺に期待出来ると本気で思ってんのかテメェ」

「ぶっちゃけ微塵も思ってないな! それこそ『誰だお前』って思う!」


長年の付き合いがなせる気安い会話の応酬の果て、ナイフとフォークを装備したお食事スタイルで満面の王子様スマイルを炸裂させる王子様。

うっぜぇぇぇぇ、と眉間に深い皺を寄せ声なき声で叫んだセスの気持ちを思うとしょっぱい。嘘だ。これはパイの味が濃過ぎて口の中が甘じょっぱいだけだ。胡椒で味を変えたはいいけど量が多いから流石にあれだ、嫌いじゃないけど飽きてきた。


「うーん。なぁ、話してること悪いんだけどちょっと一個聞いてもいい? これって追加でなんか注文して食べてもチャレンジ企画的には問題ないのか? このパイだけ食べ続けると味変わらなくて飽きが来ちゃうからサッパリしたもの挟みたいんだけど」


「なぁなぁ、綺麗な白い人。嫌なら無理に食べなくたっていいんじゃないかと思うんだ!」


なんだろう、今なんかすごいナチュラルに変なのが交ざって来ちゃった気がする。

幻聴かな。幻聴だな。能天気培養百二十パーセントみたいな朗らか音声なんて聞こえなかった。よしきた無関係案件です。

一瞬だけ奇妙に静まり返った沈黙を彼方へと押し流す第一歩、私は視線をとりあえず対面のセスへと固定した。あっちはあっちで私を見ている。

なお、眼球だけを動かしてさりげなく様子を確認した王子様は、トップオブ馬鹿にしては珍しい察しの良さでしずしずとAランチセットのメインディッシュことサーモンのムニエルを口に運んでいた。頭の中身は残念系でも外見はまさに絵画の如し、綻び一つ見当たらない優美さでナイフとフォークを操る姿はどう見ても上品な貴人である。完璧なまでの「食事に集中していたので周りの音は一切聞こえませんでしたよ」演出だった。上手い。上手いぞ王子様。フローレン嬢に演技の指導とかされた?

空気がぎこちなく固まったのは体感時間にして僅か一秒、硬直を解いたのはセスだった。


「別に追加で何か食う分には問題ねぇ筈だがテメェの胃袋どうなってやがんだ本気で」


ナイスである。全力で内輪の会話のみに留める姿勢、何事もなかったかのように平然と発言する胆力、そしてまったく揺るぎない視線とこれ以上口を挟ませんとする態度。若干げんなりとした顔で私を見遣る芸の細かさもポイントが高くて素晴らしい。言うことない。文句の付け所がないぞセス。

称賛はあくまで心の中だけに留め、代わりに小さく肩を竦めてファインプレーを確実に繋ぐべく私は飄々と口を開いた。


「いや、そんなこと聞かれても。生きてりゃ人間お腹は空くし、お腹が空いたら食べるだろ? どうせ食べるなら美味しく食べたいし、まぁ基本的にはそれだけだ。と、言うわけでなんかサッパリしたものが欲しい」

「え、あれ? 聞こえてなかった? あのさ、食べ続けるのがツライなら、そんな変なもの無理に食べなくても―――――」

「あ。おーい、リューリ・ベル。サッパリしてれば何でもいいなら、ここに林檎があったりするぞう。果樹園直送新鮮つやつや、学園御用達品質の食べ頃林檎ワイルドに丸齧りとかしちゃう?」


幻聴を綺麗に遮って、王子様が速やかにこちらへと林檎を差し出してくる。王子様の掌にすっぽりおさまるサイズのそれは、持ち主が申告した通り真っ赤に熟れて艶々していた。表面には傷の一つもない。

あ、これ美味しい林檎だわ。私の勘がそう言ってる。


「なんで林檎なんざ持ってんだよテメェ」

「Aランチセットのデザートなんだ。丸齧りが一番美味しいらしくてな、敢えてこの状態で提供されてるんだが………流石に王国の“王子様”として丸齧りは如何なものかと」

「今更ンな心配しなくたってテメェは揺るぎない馬鹿王子扱いだわメンドクセェな林檎くらい齧れや」

「いや高位貴族の常識無視してワイルド通り越した狂犬扱いのセスこそもう少しくらいは控えてくんない? ぶっちゃけお前がリューリ・ベルと一緒にお魚さんが飛び出してるパイ食べてるとか傍目に見たら面白過ぎるからな? 繰り返すけどお前ら二人とも顔は良いんだよ顔が良いんだよ、方向性はまるで違うけどガッツリびっくり整ってるんだよそんな美形が揃いも揃ってスターゲイジー・パイ丸齧りとか絵面が意味不明の極み―――――あ、ところでそれ『星を見上げるパイ』っていい感じの名前なのに現物はちっともロマンチックじゃないよな。百年の恋も秒で冷めそう」

「ロマンスも恋も愛もへったくれもあるわけねぇだろ馬鹿かボケ王子。頭ン中まだ花畑なら耳から除草剤ぶち込んで全部根絶やしにしてやんぞ」

「なぁ、それいっそ頭に直接振りかけて毛根ごと絶やしちゃった方が後に続く花もなさそうでよくない?」

「なかなかえげつねぇなリューリ。採用」

「うぇーい」

「ウェーイ、じゃなくてお前らそれえげつなさどっちもどっちだからな―――――ッ!?」


「なぁ! ちょっと! セスと王子と白い人! 実は聞こえてて無視してるだろ、俺そういうの良くないと思う!!!」


ばぁん! と勢い余ったらしく、とうとうテーブルに手を叩き付けて轟音を響かせるという実力行使に出たのはさっきから全力でスルーし続けてきた変な人もとい知らない男子生徒である。またか。またこのパターンなのか。今度はなんだ。めんどくさいな。

そんな気持ちを如実に込めて口を開こうとした私よりも早く、声を発した人物が一名。意外や意外で誰あろう、位置的な関係で変な人と対峙する構図になっているお食事中の王子様だった。


「………で? 見ての通りのんびりと昼食を楽しんでいる私のテーブルを無遠慮に叩いたお前は誰だ?」


せっかくスルーしてやってたのにどうしてわざわざ死にに来た、みたいな副音声が聞こえた気がする。表情としてはにこやかなまま、しかしちっとも笑っていないと察するに余りある威圧感を醸すあたりは馬鹿でもきっちりお貴族様だ。

たぶんちょっとイラッとしたんだろうなぁ、と無言のままに納得しつつ、おどおど狼狽える変な人を横目に私は王子様の手から素早く林檎を頂戴した。言質は取ったので大丈夫だ。ちなみに空気を読む気はない。いや、だって吸うもんだろあれ。


「あ、すいません王子………じゃない、殿下! えーと、お話し中のところまことに失礼いたしました。俺、剣術科のティトっていいます! 実はでっかい変なパイが気になってちょいちょい皆さんを見てたんですけど、なんか揉めてる? みたいだったしセスの態度がすごい悪いしでついつい口挟んじゃいました! テーブルを叩いたのはすみません!」


潔く腰を折る男子生徒。眉を顰める王子様。苦虫を十匹くらいまとめて噛み潰したのかと問い質したくなるような渋面で、ぼそりと低くセスが呻いた。


「テメェの出る幕じゃねぇんだよ。弁える頭が足りてねぇなら引っ込んでろや、暑苦しい」

「なんだよ、せっかく心配してやってんのに! 大体なぁ、レオニール殿下だけじゃなくこんな綺麗な白い人と一緒に食事してるのに、なんでぎゃぁぎゃぁ言いながら魚がびょんびょん飛び出してるパイとか平気な顔して食べてるんだよ! 怖いしエグいし気色悪いだろ! もっと美味しそうなもの選べばいいじゃん! この白い人だってさっき『飽きた』って言ってたぞ! 俺ちゃんと聞いてたんだかんな! オマエの好みに付き合わせてやるなよこんなどう見ても不味そうなモン無理して食べさせるの可哀想だろ!」


「いや無理はまったくしてないんだが」


何言ってんだお前は、という気持ちを込めた私の何気ない一言はどうやら相手に届いたらしい。ぱちくり、と大きな目を瞬かせてこちらを凝視する男子生徒は、よくよく見れば小動物のような愛嬌のある顔立ちをしていた。善人っぽく人懐っこそうな雰囲気をこれでもかと垂れ流しているのだが、野生では到底やっていけない甘さが人相にまで滲んでいるので無条件に喝を入れたくなる―――――そんなんで過酷な生存競争を勝ち抜けると思っとんのかお前は、的な。


「確かに『飽きが来ちゃう』とは言ったが、それはそのままその通りの意味だ。同じものを食べ続けて飽きが来たから変化が欲しいと思って口にしただけだ。食べるのが苦痛だとは言ってない。一言もだ。言ってない。好きで食べてる。私の意思だ。セスはまったく関係ない。セスに付き合って一緒にチャレンジメニューに挑んではいるが、無理はしてない。好きで食べてる。お前の指摘は的外れだぞ」

「え………? あれ? え? そうなの?」


話が違う、みたいな顔を向けられたところで困るしかない。論点どころか始点がズレてる。そして話は噛み合っていない。林檎の表面を拭き拭き磨きながらそんなことを思っていたら、セスの悪態に後れを取った。


「何処をどう見たらこいつが無理強いされて食ってるように見えんだよ。めちゃくちゃ普通に前向きにぱくぱくパイ料理消費してやがっただろうが」

「そ、それはオマエがそう思ってるだけかもしんないじゃんかセス! 何処の世界にそんな気色悪い見た目のパイをネタ以外で食べる人が居るんだよ! 元下町育ちの俺ですらそんな変な人見たことないぞ!!!」

「は? 普通に此処に居るけど」


喧嘩売ってんの? みたいな気分で小首を傾げつつスターゲイジー・パイを齧る。ていうか今の今まで普通に食べ続けてたじゃん私。なんでこんな中途半端なタイミングでそんないちゃもんをつけられにゃならんのか。理解に苦しむ。パイは美味しい。

慄いたらしいティトなる男子はぎょっとテーブルから身を引いて、あうあう、と困り果てた様子で忙しなく視線を彷徨わせていた。どうにも要領を得ない感じがするが、平素ならこのまま切り捨てそうなセスが意外なことに声を掛けたので空気を読んで少し黙る。


「おい。テメェ、誰になに吹き込まれやがった」

「誰に何、って言われても………ええと、たまたま同じテーブルに座ってた貴族の人が『ベッカロッシの暴言はまったく聞くに堪えませんね………おや、もしや貴方、ティト様では? 剣術科の。で、あれば、アレの増長を止めるのが同科の務めというものではありませんか? 恐れ多くも殿下の御前、しかも麗しき“北”のお嬢さんとテーブルをともにしておきながら、あのようにグロテスクな料理を勧めて無理強いするとはなんと愚かな………これ以上かの者が貴族の恥を晒す前に、止めてやるのが情けというものでは?』とかなんとか他にもムズカシイことわやわやわやわや言うもんだから………俺、養子だけど一応は侯爵家だからセスに注意しても大丈夫だから頼む、って。なら言わなきゃダメかなって思って」


もぐもぐと、いつの間にやらラストになっていたパイを一気に食べ切って、私とセスはティトを見ながらざっくりと無慈悲に吐き捨てた。


「明らかに使われてるな、お前」

「利用されてんじゃねぇよボケ」

「え? え? えええええええ!?!?」


心外、と言わんばかりに頭を抱えた小動物系男子(でもたぶんセスより身長は高い)に冷めた視線を突き刺して、セスは面倒臭そうに深々と嘆息して舌を打つ。横で聞いているだけでも当て馬というか流れ矢というか捨て石じみた扱いなのに、どうして気付かないんだこいつは。

面倒臭いと言外にはっきり態度で示しつつ、セスは非常に不本意そうにティトを横目に補足を入れた。


「あー………この馬鹿な、ホントに馬鹿なんだよ。善人か悪人かで言やぁ前者なんだろうが考える頭が足りてねぇ。レオニールとはまた違った馬鹿だ。むしろフローレンが居ねぇ分こっちの方がどうしようもねぇ」

「それって割と致命的なんじゃないか?」

「フローレンが付いてない私とか本気でただの馬鹿じゃないか」

「自覚があるのか王子様」

「自重しやがれクソ王子」

「酷くない!? お前らコンボで酷くない!?!?」


まぁ事実なんですけど!

などと喚き始めた王子様を挟みながらも華麗にスルーしてのんびり水を飲む私たちを、ティトなる男子はしばらく見つめてしょぼんと眉尻を下げた。ごめん、と紡がれた一言は心のままの発言だったのだろうが、頭を深々と下げた状態で彼の謝罪は尚も続く。


「もしかしなくても俺の勘違いだった。暴言だとか暴挙だとか口が悪いとかマナーがどうとか、そんなの全然関係なく普通に仲が良いんだって、友達なんだって見てたら分かるよ。言わなきゃ言わなきゃって勝手に気負って的外れなこと言って困らせてごめんな。食事の邪魔して悪かった。本当に、すみませんでした」

「ふむ―――――誤解が解けたようでなによりだ。剣術科で侯爵家の養子といえば、お前はメチェナーテ候子だな? 市井の教育機関から“学園”に編入してまだ間もないと聞いている。今までとは違う環境に置かれて大いに苦労しているだろうが、此処は学園、学び舎だ。同じく学ぶ者として些細な行き違いは水に流そう。実際大したことでなし、間違ったなら次に活かせばいい。但し、人の話を鵜呑みにする前に一度自分でよく考えるように。痛い目を見るぞ。体験談だからな」

「はっ………はい! 気を付けます! そんで俺もっと頑張ります、殿下!!!」


感極まったきらきらした目で居住まいを正したのはティトだけだった。王子様の器のでかさに感銘を受けました、と言わんばかりの尊敬の眼差しである。対する私たちは冷めていた。目の前で展開される茶番劇場じみた何かについてはなんだこれ、としか言い様がないのでどうしようもないし興味もない。たぶん今の私とセスは同じような表情を浮かべている―――――ていうか。


「はァ? 友達?」

「えっ? 誰と?」

「セスもリューリ・ベルも黙らっしゃい」


どちらともなく呟いた両サイドからの素朴な疑問を、まさかフローレン嬢を彷彿とさせるアルカイック・スマイルで王子様に封じられるとは思いも寄らない予想もしてない。やっぱり演技指導受けてるだろお前。


「本当にすいませんでしたー! お騒がせしました! 失礼しまーす!!!」


潔く大声で詫びながら暑苦しく退場していくティトを、実はこっそり存在していたギャラリー各位の生温い視線がお見送りしている。ところで見守る側のスキルも徐々に高まってやしないかこれ。分かり易く囲むなんてこともなく、気が付くかどうかの絶妙な距離感でひっそりと見守られていた気がするぞ今回。

止めよう。

考えないようにしよう。こちらが深淵を覗き込んでいるとき深淵は別にこちら側に興味なんかないのである。ない。ない筈だ。ないったらない。終わり!

やれやれ、と無理矢理こじつけた一件落着の気配にからっぽの大皿を見下ろして、結局林檎で味変えなくても完食出来たなぁと今更思った。


「まぁいいや。デザートとして食べようっと」

「おいリューリ。一口寄越せ。魚臭ェの水じゃ流しきれねぇわ」

「そりゃそうだろ。いいけどさぁ、一口じゃ流石に足りなくないか? 半分こでいい?」

「おー………駄目だ。ナイフねぇわ今」


しくった、と眉間に皺を寄せるセス。テーブルに備え付けられているのは調味料群と紙ナプキンだけで、そういえば食器類の追加はない。取りに行くのも面倒だった。まぁいいか、と割り切って、私は林檎を両手で包む。そして気楽に掛け声一発。


「よっ」


めしょっ―――――と、捩じ切る要領で込めた力がスムーズに林檎を二つに裂いた。

等分とまではいかないが、それなりに綺麗に割れたと思う。はい、と大きい方をセスに差し出したが相手は微動だにしなかった。

何故か不自然な沈黙が私たちのテーブルを包んでいる。


「………リューリ・ベル。なにいまの」

「なにって。林檎割っただけだけど」

「どうやって?」

「は? だから手で持ってこう………なんか勢い良くめりって感じで」

「ふーん。そっかー。すごいなーって素手で割れるモンなのそれぇぇぇぇぇぇ!?!?」


大絶叫の王子様を無視して席を立ったセスが、食堂のおばちゃんに話でもつけたのか林檎を片手に戻って来た。着席してから真っ赤な果実を両手でしっかり固定して、無言無表情をキープしたまま掌にぐっと力を込め―――――ごしゃっ。


「へたくそ」

「うっせぇ」


ぽたぽたり、と果汁滴る潰れた林檎が憐れで半眼になって思わずぼやけば、うっかり力を込め過ぎて割らずに握り潰してしまったセスが不機嫌そうに低く呻く。うわぁ、と引き気味の声を出した王子様の目は明らかにげんなりとした色を帯びていた。


「どっちも握力ヤバいやつじゃん………ていうかリューリ・ベル………お前そんな儚げな妖精さん顔しといて実態は白いゴリラなの………? 詐欺では………?」

「ごりらってなんだ?」

「あ、そっか極寒地帯の“北”にはたぶん居ないやつだもんな、見たことないよな分かんないよな何か知らないよなそっかー!」


良かったセーフ! みたいな晴れやかな笑顔に引っ掛かるものを感じるが、実際ごりらが何なのか分からないので私としては反応に困る。セスに聞こうと思ったが、あっちは自分で潰した林檎をお皿の上に放置して再び席を立ったところだった。食べ終わった食器の返却ついでに林檎を持って戻る未来が見える。


「うーん。あいつ負けず嫌いな上に凝り性だからなぁ………たぶん今から人間ミキサーと化すぞう」

「まじか。おーい、セスー。自分で食べ切れる分だけにしろよー。私手伝わないからなー」


遠退いて行く背中にとりあえず声を掛けてから、半分に裂いた林檎を噛んだ。せっかく割ってやった労力が無駄になってしまった気がするが、食材を無駄にしたわけではないので心はあくまで穏やかである。しゃくしゃくしゃく。しっかりした歯応え、噛むたびに弾けて滴る芳醇な香りと瑞々しい果肉の甘み。素材の味だけで十分に美味しい爽やかな酸味がお魚さんの脂分を丁寧に洗い流してくれる。ありがとう林檎。ありがとう林檎農家の人。


「あ。しまった。ティトに『わやわや言ってきた』とかいうやつの情報聞き忘れた」

「あの様子じゃ覚えてないんじゃないか?」

「だよなぁ………やだ………これ絶対に詰めが甘い、って笑顔で怒られるやつだ………」


鬱々とした様子で頭を抱える王子様が視界の端に映り込もうが林檎の美味しさは変わらない。セスに渡そうと思ってたもう半分も食べていいかなぁ、と思案していたその矢先、ふらっと戻って来たセスがぽいっと紙袋を投げて来た。反射的に片手で受け止めれば、がさっと軽い音がする。


「急に投げるなよ。なんだこれ」

「チャレンジ成功の景品だとよ」


やるわ、と素っ気なく答えたセスがそれ以上何も言わないので、私は林檎を口にくわえてお手拭きで手を綺麗にしてから紙袋の中に手を突っ込んだ。指先に当たった塊を無造作に掴んで引っこ抜けば、透明な袋に詰め込まれた真っ白いふにふにしたものが出て来てほんのちょっぴり面食らう。


「ん? マシュマロじゃないか」


一つ一つは小さいがやたらとたくさん入っているそれを見た王子様がぽろりと答えを口にして、これが噂のマシュマロか、と私は林檎を口にしたまま視線をのんびりセスへと向けた。

ぶよぶよした砂糖の塊っていうのは、あながち間違いじゃなさそうだけれど―――――紙袋の中にマシュマロの詰め合わせを戻して、空いた方の手で林檎を掴む。


「お前、結構律儀だよな」

「あァ? 何言ってやがんだテメェ」

「別に? セス流の気遣いをどうも」


軽やかな口調で謝辞をひとつ、もらった紙袋を王子様の前にぽすんと置けば、野郎二人が目を丸くしたのがなんだかえらく面白かった。


「せっかくだけど、これいいや。フローレンさんと約束したから、とっとく」


デマの埋め合わせはパイだけでいい、と続けた言葉が相手に正しく伝わったかどうかは、想像の域を出ないけれど。


「そうかよ」


それだけ言って、気が抜けたように、ならしょうがねぇわと言わんばかりに口の端を僅かに持ち上げたセスはといえば、皮肉気に肩を竦めた仕草で自分が潰した林檎の消費に意識を向けたらしかった。私も私で残り半分の林檎をしゃくしゃくと大きく齧り取る。うん、なんともすっきりした晴れやかな味わい。


「え? ちょっと。なになに。どゆこと? お前らだけで完結しないで? いい感じにまとめて終わった感出さないで? フローレンがなに? 気になるだろうが! ねぇ! ちょっと!!! 説明責任! 私だけ仲間外れにするのよくない! そろそろ本気で泣くからな!?!? セス! リューリ・ベル! 二人とも林檎は後にしなさい!!!」

「五月蠅ェ黙ってマシュマロでも食ってろ」

「持って帰って焼いてもいいけどボヤは起こすなよ王子様」

「安定の雑さに涙出そう!!!」


うわーん! と泣き真似をかまして騒ぐ王子様は揃ってガン無視の方向で、この程度ならまだ平和だよなぁと割り切る程度には慣れてきた。郷に入っては郷に従えって、たぶんこういうことだよな。たぶん。


【不定期突発☆チャレンジメニュー!】

今回の題材はずばり『パイ』! 具材は秘密のシークレット版パイ料理を限定先着一組に提供! 目に訴えるインパクト! 満腹間違いなしのボリューム! 完食出来るものならしてみろと言わんばかりの熱意の塊! 調理担当者渾身の出来映え、ちょっとやり過ぎた気がしないでもないすべてにおいてがまさに試練!!! 腕によりをかけて作られた食堂からの挑戦状、なんと食べ切れたらタダで景品もご用意しています! 参加者絶賛募集中!!!!!

※都合により挑戦者は二人一組のペア(男女問わず)のみとさせていただきます。


食堂前掲示板、ゲリラ企画のチラシより抜粋。

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[一言] 「こちらが深淵を覗き込んでいるとき深淵は別にこちら側に興味なんかないのである」 これいい!面白いです。
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