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幕間 レディ・フローレンの所懐

一話丸ごと他者視点の試み。

タイトル通りフローレン嬢のターンですのでご注意ください。

つくづく美しい生き物である、と―――――そう、思えて止まないのです。


姿かたちだけではありません。勿論、それらもさることながら、彼女はシンプルに生きていました。イヤなものはイヤ、嫌いなものは嫌い、面倒なことは面倒臭いと真正面から言い切って、何処に居ようが誰と居ようがありのままの姿で当たり前に、当たり前のように真っ直ぐに胸を張って生きている。

羨ましいようでいて、けれど不思議と妬ましくはない。そんな不思議な心境で、私は彼女を眺めていました。


リューリ・ベルという名前の彼女はどことなく居心地の悪そうな顔で、だけど臆してはいない様子で私の目の前に座っています。


テーブルの上にはクッキーをはじめとする焼き菓子の載った陶器の皿と、あとは紅茶とジャムの瓶。洒落た意匠のシュガーポットや蜂蜜入りのガラスのボトル、程良く温めたミルクの器、文字通り華を添えるべく小さな花瓶に活けられた花。

急にセッティングしたお茶会としては十分過ぎる程のもてなしで、このときのために用意した部屋は学園内でも限られた身分の者しか使用出来ない特別な談話室でした。学び舎、というにはあまりにも装飾過多な内装は、きっと大自然の中で育った彼女にとってどこまでも馴染みのないものでしょう。

その点の配慮を怠ったのは、明らかにホストたる私の落ち度でした―――――が、ひらけたところでするような話でないのもまた事実。取り急ぎ私が用意出来る中で一番機密性を保てるのがこの特別談話室だったのですから、そこは止む無し、ときっぱりすっぱり開き直ることにいたします。

―――――さて。まずは会話の取っ掛かりなど。

淹れたばかりで湯気のくゆる最上級の紅茶にじぃっと視線を注ぐリューリさんに、私は努めて軽やかに何気なく声を掛けました。


「あら。紅茶はお嫌いでしたか?」

「さぁ? 嫌い、って言える程飲んだこともないと思う」


ひょい、と肩を竦める動作は軽やかでごくごく自然体で、なにより彼女に似合っていました。正直過ぎる回答は、実際その通りなのでしょう。遠い遠い“北”の地では紅茶など口にする機会もないでしょうし、“王国”に来てからの彼女はだいたい水か果汁の類かハーブティーなどを好んで注文していらっしゃるご様子。ハーブティー、と言っても北方産の薬草茶ばかりで、これはおそらく「故郷の味に近いからまぁそれなりに舌に馴染む」という理由なのではないでしょうか。

しかし紅茶に関して、となると、自分から進んで口にしないから嫌いかどうかも分からない。だから、リューリさんの言葉はすべて額面通りの意味であり、貴族の子女が標準装備している皮肉や非難の類ですらない―――――かと言って、提供されたものを無下にするような心根の方ではありません。

私の問いに答えるなり、彼女はあっさりとティーカップを持ち上げて中に満たされた液体を少しだけ口に含みました。舌で味わって飲み込んで、すぐさま『妖精のよう』と学内でも評判の美貌にやや渋いものが滲みます。

あんまり好きじゃないやこれ、と敢えて言われるまでもない、明白極まる反応でした。隠すということを一切しないあまりにも素直な表現に、見ていた私の方も思わず口の端が持ち上がってしまいます。


「お口に合いませんでしたのね」


きっと彼女には渋かったのでしょう。咎めるでもなく囁いて、私はテーブル上に並べておいたたくさんの容器を指し示しました。イースターエッグを模したシュガーポットを開ければ中にはぎっしりと角砂糖が詰まっていて、初めてそれを目にしたらしいリューリさんが興味深そうな視線を白い塊へと注いでいます。


「角砂糖、と言いますの。四角く固めた砂糖の塊、という見たままの認識で問題なくてよ」

「へぇ。じゃぁこれがぶよぶよになったらマシュマロとかいう砂糖の塊になるんだな。どうやってぶよぶよにするんだろ………フローレンさん、やり方知ってる?」

「知りませんわ。と、言いますか、これをぶよぶよにしたところでマシュマロには絶対なりません。原材料はともかくとして製造工程的に別物です―――――リューリさん、何処でそんなデマお聞きになったんですの?」

「え? 野外実習のときセスがそう言ってたんだけど。違うの?」

「違います。お忘れになって、そんな話。マシュマロなら後日改めて私が本物をご用意いたします」


こんなことなら今日マシュマロを用意しておけばよかったと思いつつ、デマの出所はまさかのセス。馬鹿殿下ならともかくとして彼のことは信用していたのにちょっぴり裏切られた気分です―――――いえ、そこに至る経緯が分かりませんのでそう感じるのは早計ですね。後日問い詰めるといたしましょう。


「うん。マシュマロ楽しみにしてる―――――で? フローレンさんは何がしたいんだ?」


こほん、とひとつ咳払いして気を取り直した私に、それまでと変わらない雑談のノリでリューリさんが核心を突きます。駆け引きも何もあったものではない、何処までもストレートな質問でした。

要件は? と問い掛けてくる目は薄氷を思わせる色合いで、冷たさはなくとも底の知れない澄み渡った透明さがあります。


「なぁ、私に何の用? いつものお嬢さん方や王子様も締め出して私だけこんなところに引っ張って来たからには、それなりの理由があるんだろう?」


それはもはや確信でした。

そうと信じて疑っていない、それ以外には考えられない、そう断じている者の眼光でした。嘘偽りの類など一切合切通用しない―――――この私にそう思わせる、まさしく“狩る側”に相応しい目。

けれど、素直に応じてしまえばそれは私の敗北でした。王侯貴族に名を連ねる者、王族の隣に並び立つ者、そうあるべしと定められたこの身にとっての汚点でしかない無様極まる敵前逃亡です。それは避けねばなりません。


「あら。たまにはリューリさんと二人だけでゆっくりお話がしたいだけ、とは欠片も思っていただけませんの?」

「思ってるぞ? ただ、呑気な雑談目的じゃないんだろうな、ってだけで」


いつものように直截な物言いで私に尋ねなかったのは、きっと彼女の優しさでしょう。内情を掴みかねているだけの可能性もありますが、そんなこちら側のごたごたなど彼女に測れよう筈もなく―――――おかしなものはおかしい、と己の価値基準で正確に認識しておきながら、なんでもかんでも表に出さず胸の裡に秘め置く理性には感服する他ありません。


そう、私はもう知っている―――――『リューリ・ベル』は暗愚ではない。むしろ、彼女はその逆でした。


北の辺境からやってきた“王国”にとっての異邦人は、とある目的と意思を以て王国が招き入れた客人は、私どもが想像していた以上にずっとずっと()()()だったのです。それはもう、期待外れな程に。

私にとっては嬉しい誤算で、その他にとっては―――――止めましょう。今、彼女が私に求めている答えはそんなものではないのだから。


「そうですねぇ。何処からお話ししましょうか」


前提からして駆け引きなど、リューリさんに対しては無駄でした。迂遠に迂遠を重ねたところで実が生るような話題でなし、手っ取り早さと分かり易さが好まれるのであればそれもまたそれ。

まずは彼女の記憶に新しいであろうモノから片付けることにいたしましょう。


「では、リューリさんの答案用紙がイアンの手に渡っていた件についてですが」

「答案用紙………ああ、昼間のあれか。別に気にしてないんだけどな。あんなモン誰が持ってたって私が困るわけでもないし」

「ええ、貴女はそうでしょう。ですが、この“学園”の理念や運営上、何より“王国”の道理的には到底見過ごせない問題であり、どうしようもない不祥事でした―――――それこそ、教職員の大多数が緊急会議に参加する関係で午後の授業が全科自習になるくらいに」

「え………自習の理由ってそれだったの………? 紙っぺら一枚でその騒ぎ………?」

「はい。紙っぺら一枚でその騒ぎです。一応申し上げておきますと、今回の騒ぎを起こしたのは錬金術科の助教諭パオロ・アングーロ氏でした」

「へー。ん? 錬金術科にそんな名前の先生居たっけ?」


本当に記憶にないのでしょう。いまいち気のない生返事のあとで、リューリさんの細やかな首がほんの僅かに捻られました。ええ、その反応は想定の範囲内です。


「助教諭、というのはあくまでも教諭のサポートを指しますので、おそらくリューリさんは彼の存在すら認識すらしていなかったと思われます。乱暴な言い方をするならせいぜいが雑用、良くて助手、家柄の力で何とか手に入れた実力の伴わない名誉職………無駄にプライドが高くて自分より低い立場の生徒にはありがちに横柄。アングーロ氏の人物像はだいたいそんなところですわね。今回の件で当然の如く免職処分の上に身分の剥奪―――――平たく言うと学園をぽいっと追い出されて問答無用で牢獄送りです。裁判という手続きを経て罪状に見合った罰則が課せられるのが“王国”での仕組みなのですけれど………リューリさん、この辺りはきっと興味ありませんわね」

「うん。その辺はよく分かんないから。事のあらまし聞くくらいでいいや」

「そうでしょうねぇ………じゃぁ、ポイントだけ押さえてフワッと流す程度にしましょう」


方向性が決まりましたのでざっくりモードでお送りします。ふんわりダイジェスト形式で。


「彼は自分と同じ伯爵家の出でありながら女性の身で教諭職に就いた同学科担当のレクサンドラ・ルノヴァ先生に嫉妬。“北の辺境民”でありながら破格の待遇で学園に迎えられたリューリさんのことも良くは思ってはいなかったようで………助教諭の立場を利用してルノヴァ先生の机から例の答案用紙を盗み出し、劣等生の烙印を押される切っ掛けとなった貴女を逆恨みしていたイアンに『上手く使うように』と渡したようです―――――まさか、イアンがそれを堂々と掲げて殿下に突撃直談判するだなんてまったく夢にも思わずに」

「どっちもどっちで馬鹿じゃないのか」

「おっしゃる通りの大当たりですわよ」


この世で割と手に負えないものの一つは武器を持った馬鹿ですが、今回がまさにそれでした。そんな他人の答案用紙なんてものを持っていれば出所を聞かれるに決まっているでしょうに、それに対する言い訳を何も考えていないだなんて愚の骨頂もいいところ。

まぁ、それもこれも―――――あの馬鹿殿下を、レオニールを、初恋に盲目的な精神で田舎娘を信じ抜こうと思考を止めていたかつての彼と同じままだと錯覚していたことがイアンの愚かさなのですけれど。


「ていうかそれ、完全に捨て駒ってやつじゃないか? イアンが答案用紙持ってる時に『招待学生の答案用紙が紛失した! 盗んだのはお前だろう! リューリ・ベルに恨みがあったのは皆が知っているんだぞ!』的な感じで助教諭が騒ぎでもしたら本格的にアウトだった気がする」

「流石はリューリさんですわねぇ。ええ、おっしゃる通りです。アングーロ氏の筋書きとしてはそういう流れだったのでしょう―――――イアンという協力者を生贄にした自作自演の現行犯告発。白紙と言えども答案用紙は立派な個人情報です。それを学生に盗まれたとあれば、管理者のルノヴァ先生も責任追及を免れません。頭の足りない一学生を利用して目障りな女性教諭を排し、そうして空いた教諭席に繰り上がりで自分がおさまって、あわよくば学業不振を理由に辺境民を追い出して空いた招待学生の枠に自分の一族の者を………だなんて、なんとも甘い夢を見ていたようで」

「あー………そういやあの時『招待学生にはもっと優秀な者を』とかなんとか、王子様に言ってた気がするなぁ。そっちは助教諭とやらのリクエストだったのか」


アホくさ、と一蹴した彼女は心からそう思っているのでしょう。焼き菓子に手を伸ばした彼女はシンプルなクッキーを選び取り、ぱくりと一口で食べてから私を見て言いました。


「フローレンさんも大変だな」

「はい? なんのことでしょう」


はぐらかしたのは、ただの癖です。身に染み付いた反射であって、言わば自然の反応でした。だからこそ、綻びなんて、あろう筈もないというのに。


「いや、なんのことも何も―――――フローレンさん、知ってたんだろう? 知ってていろいろ頑張ったんじゃないの?」


見えないところで。ものすごく。

言いたくないならいいけどさ、とクッキーをぱくぱく消費するリューリさんは何処まで行っても自然体で、喉が渇いたのか紅茶に手を伸ばしてはやっぱりほんの少しだけ渋い顔をしています。

そんな彼女の頭の中を、思考回路を、考え方を、どんな結論に至っているのかを聞いてみたいと思いました。ただ、単純な興味で以て。


「あら、リューリさん。貴女、どうしてそう思われましたの?」

「え? ああ、別に大したことじゃないんだけどさ。フローレンさんが『あの馬鹿吊ってくださいまし』って私とセスに言ってきたのが昼休みの直後で、そのあと用事があるからってすぐにどっかに行っただろ? んで、しばらく経った後でお友達のお嬢さん方と一緒に私たちに合流して………なんやかんやあって『午後の授業は先生方の都合で全科自習になるそうなので、ピーチパイはゆっくりお召し上がりくださいまし』ってフローレンさんに言われたけど―――――これ、よく考えなくてもおかしいんだよな」


出来立てのピーチパイがあることがおかしい、とリューリ・ベルは言いました。


「王子様を吊るだけだったらピーチパイは必要ないよな。だって、実際に無くても吊ったし。セスや私へのご褒美的な差し入れだったら後出しにする意味がなかった。あの三馬鹿を吊ってもらうための理由付け以外でピーチパイを出す要素がなかった。でも、あの時の王子様の反応を見る限り三馬鹿が王子様を探してあそこまでやって来たのはあくまでもイレギュラーの筈で―――――なのに、フローレンさんはあいつらの婚約者のお嬢さん方と一緒にあの場所まで来た。ピーチパイと、わざわざ三馬鹿を吊るすための追加のロープまで持って」


なんでだ? と口にするような察しの悪さはありません。

彼女は何処までも冷静で、ひどく勘が冴えていました。頭が良ければ回転も早く、不自然な点と点を線で繋いで大まかな全体図を描き、同時にそれを俯瞰出来る視野の広さも持ち合わせています。

首が絞まっていくような、新鮮な感覚がありました。


「今更なんだけどさ、フローレンさん。なんでホールのピーチパイが二人分もあったんだ? 普通に考えたら多いだろ。ランチパックも食べてるんだからセスと二人で一ホールを半分こ、でも十分だったと思うんだ。いや、パイは美味しかったけど。全部美味しく食べたけど。これ昼休み中に食べ切れるかなぁって実はちょっと心配だった。フローレンさんが午後は自習だから慌てなくても大丈夫、ってしれっと教えてくれるまでは。その情報は少なくとも私とセスと王子様が学舎を離れてから発信された筈だよな。だって初耳だったんだから。実のところ私は自習の意味を詳しく知らなかったけど、王子様がポロッと教えてくれたぞ―――――自習はあくまで()()()()であって、()()()()じゃないらしいな。他の生徒はちゃんと各講義室で自習してたのに自分たちだけピクニックしてても怒られなくてラッキーだったフローレンの根回し流石ー、とかなんとかすごい能天気な感じで褒めてた」


そうですか。

本当に吊るしたままにしておけばよかったですわねあの馬鹿王子―――――ああ、まったくなんて余計なことを!!!


「で、考え方を変えてみた。もしかしたら、そのためのホールだったのかもしれない。食べ始めたら食べ終わるまでよっぽどその場から動こうとしない私を、なるべく長くあそこに留めておくための美味しいピーチパイだったのかもしれない。そもそもさ、ランチパックセットとロープが事前に用意してあったってことは少なくとも行き当たりばったりの思い付きじゃないじゃん? 最初っから吊るす気満々で、吊るす場所まで指定されたってことは―――――王子様と私にその時間、あの場所に居て欲しかったんじゃないかなって。お昼時はあんまり人が来なくて学舎からそこそこ離れた場所に。王子様を樹に吊ったのは、まぁホントにボヤ騒ぎ起こした罰なんだろうけど………実は三馬鹿にも見付け易いように、とか?」

「あらあら………どうして私がそんな面倒なことを画策しなくてはなりませんの?」


「そんなの私が知るわけないじゃん」


思わず脱力してしまう台詞が妖精さんの口から飛び出しました。ここへきて突然のぶん投げです。獲物を追い詰める狩人が如き眼光は今や影も形もなく、腹の探り合いじみた空気はあっという間に霧散して、私はなんとも言えない気分でした。彼女、もしかしたらもう会話そのものに飽きてしまったのかもしれません。

と、言いますか―――――ぺたぺた、とビスケットにイチゴのジャムを塗りながら、リューリさんは何処まで行ってもやっぱりリューリさんだったのです。


だって彼女、本質的には清々しいくらいピーチパイのことしか気に掛けてないんですもの!


「正直、そんなに興味ないんだ。王子様を探し回ってあの場所まで足を運んだおかげで結果的にイアンの馬鹿が答案用紙盗難の現行犯扱いされずに済んだとか、どうしてそんなにも早く答案用紙の紛失が発覚したのかとか、自習情報が出回るタイミングとか、教職員各位の対応の早さとか、なんでフローレンさんが()()()()()()()()そんな話を私にするのかとか―――――そういや、なんで昨日の課外学習の時点でフローレンさんが所用で居なかったのかとか。知るわけないよ、そんなもん」


そんなことよりこれ何ジャム? と表面が真っ赤に塗りたくられたイチゴジャム特盛ビスケットを口の中に押し込んだ彼女が無邪気に小首を傾げています。肩口よりやや短く切り揃えられた薄金の散る白い髪が、さらさらと糸の滝のように挙動に合わせて揺れました。生まれつき癖のある髪質で自然と巻き毛気味に波打ってしまう私とは違って滑らかに真っ直ぐ流れるそれは、きっと『リューリ・ベル』という一個人の内面そのものなのでしょう。

私は曖昧に微笑んで、すっかり冷めてしまった紅茶を強引に呷って喉の奥へと無理矢理流し込みました。高位貴族の令嬢としては相応しくない一気飲みです。けれど見咎める輩はなく、対面の真っ白い妖精さんはと言えばいい飲みっぷりだなぁなどと感心さえしている様子でした。

ああ、本当に本当に、今この場所に限ってしまえばマナーなんて何の意味もない。


「それはイチゴのジャムですわ。味はお気に召しまして?」

「結構好きだな、甘酸っぱくて。ジャム全種類試してもいい?」

「どうぞ好きなだけお試しになって」


空っぽになった自分のティーカップへと新しい紅茶を注ぎます。給仕係さえ追い出してたった二人っきりの部屋で、思えば軽い前置きのつもりが随分長くなってしまったわと自身の回りくどさに笑いが込み上げて来ました。

嬉々としてビスケットにブラッドオレンジのジャムを塗りたくっているリューリさんを視界の中心に、陶器のティーポットをあるべき場所へと戻した私は口火を切ります。


「ところで―――――リューリさんはこの“学園”に来て、多かれ少なかれ『おかしいなぁ』と思ったことはありませんか?」

「お、直球」


ぱちぱち、と瞬いた瞳は意外性に輝いていました。ごくごく淡い灰色がかった薄い水色の双眸は、真っ白い睫毛に縁取られて人外じみた美しさがあります。

けれど、呑まれてなるものですか。


「ご存知、馬鹿殿下の婚約破棄騒動から始まって。例えば、最近ですとセスの気を惹こうとしていた娘とか、野外実習でちやほやされていた娘とか、ちやほやしていた愚か者とか貴女に言い掛かりをつけて退学を殿下に進言した身の程知らずの能無しとか―――――先刻の答案用紙の紛失はまぁ例外的に除外するとして。おかしいと思いませんでした? 当然、思いましたわよね」


だって実際、おかしいんですもの。

ひょい、と彼女に倣うかたちで肩を竦めた私の姿は、果たしてどのように映るのでしょう。挑戦的に見えるように意図して口の端を持ち上げたところで、リューリさんは何処吹く風でした。果肉入りのジャムをたっぷり塗ったビスケット―――先程のブラッドオレンジジャムビスケットはとっくに食べてしまっていたのか、今持っているのはキウイジャム塗れのビスケットでした。気付かなかったわ、なんて早業―――を口に放り込むのを止めて、気分を害した様子もなくこっくりと頷いて答えます。


「うん。ある。やっぱりおかしいんだな」

「ええ、もちろんそうですとも―――――私、最初に申し上げましたでしょう? 『これが大陸の大多数だとは、努々思ってくださいますな』と」


今となっては懐かしい、それはリューリさんと初めて出会ったあの日の食堂で私が紡いだ心からの本音でした。話の通じない脳内お花畑の田舎娘に絡まれて辟易しきっていた彼女に、良識あるこの王国の民として「敢えて」とわざわざ念押ししてまで言い放った台詞です。


「まず最初に申し上げるべきことは………本当に、あれが、ああいった手合いが大多数ではないのです。王立学園は“王国”一の規模と権威を誇る学び舎。大陸中の知識を集めて研鑽を積むための学術機関。たとえ創立時に掲げていた理想の形骸化が今代では著しいとしても―――――大多数の生徒たちは、ちゃんと勉強をしに来ています」


ただ、馬鹿が目立つだけで。


表情筋を殺し尽くした無表情で吐き捨てて、私はシュガーポットに備え付けられているシュガートングを手に取りました。角砂糖という名称の通りに白くて四角い塊を一つ、ひょいっと何気なく持ち上げて、もう片方の手に持った銀のティースプーンに載せます。


「どうして馬鹿が目立つのかと言えば答えは単純明快ですわね………例えばリューリさんの故郷、雪深い“北の辺境”に私のような赤毛の女がドレス姿で立っていたら異様だとは思いませんこと?」

「異様っていうか、きっぱりと変だな。絶対目立つし目に付くぞ」

「でしょう? それはもう、見過ごせない程に」


それと同じ理屈です、と事も無げに呟いて、私はティーカップの中の紅茶にティースプーンの先を浸しました。砂糖の白に紅が滲んで、正方形の端が崩れます。


「浮いているものは目立つのです。相容れないものは目を引きます。騒げば騒ぐだけ目に付いて―――――結果、そればかりが印象に残る。そうして“それ”が増えていく」


カン、と小さくなった音は、銀のティースプーンの柄がカップの縁に当たった音。くるり、と紅茶を掻き混ぜれば、その水面に映る私の顔がぐにゃりと歪んで形を失くしました。

リューリさんは何も言いません。こちらが紡ぐ抽象的な言葉に静かに耳を傾けています。口を挟む気がない、というのは沈黙の長さで知れました。


「はっきり申し上げまして、貴女がこれまで目にして来た馬鹿騒ぎの大半は一部の馬鹿が引き起こしたあくまでも局所的なもの―――――と、いう説明を貴女にしろ、信じ込ませろと頼まれたのがこの私というわけですの」


「予想外の唐突さですごいぶっちゃけたねフローレンさん」

「ぶっちゃけついでに申し上げますとこれでもストレス凄いんですのよ」

「見れば分かるっていうか荒みっぷりがやばい」


思わずといった様子でぼやくが早いか、リューリさんの目に明らかな同情の色が宿りました。新しく試そうとしていたらしいリンゴジャムトッピングのビスケットをそっと差し出してきてくれるあたり、たぶん労わられているのでしょう。公の場なら受け取りませんが今はまったく気になりませんので感謝と共に受け取りました。


「ありがとうございます。ああ、誰に頼まれたとかその辺はどうか聞かないでくださいましね。説明が面倒臭いので。というか、たぶんお察しの通りですので」

「聞かないけどさぁ。フローレンさん、それ私に言って良かったの? 割と本人には内緒にしなきゃダメなパターンのやつじゃない?」

「いいんですのよ、どうせ貴女に隠したところで既に隠し通せないレベルで馬鹿が馬鹿やってるんですもの。どうせ今取り繕ったところでいずれまた馬鹿は湧いて出るんですもの。どうせ無限湧きしますもの馬鹿なだけに。馬鹿なだけに! だったら最初から言っておいた方が誠意的なだけマシってものでは?」

「投げ遣り気味の開き直りがすごい」


そういうの、嫌いじゃないぞフローレンさん。


にやりと笑ったリューリさんに、こちらもにやりと悪役のようなあくどい笑みで返します。ああ、馬鹿殿下相手とはまた違いますけれど、初対面時から思っていましたけれど、これはこれで―――――やっぱり、楽だわ。


「なぁ、前から思ってたんだけどさー。なんで馬鹿騒ぎ起こすヤツらって勉強二の次で恋だの愛だのに走ってんの? 流行りなの? それか風習? やたらめったら目立ち過ぎじゃない? 色恋沙汰が多過ぎていい加減めんどくさいんだけど」

「そうですねぇ………まぁ、さっき申し上げました『一部の馬鹿が目に付くだけ』というのもあながち間違いではないのですけれど………なんで王国一の学び舎である筈の“学園”にこうも馬鹿が多いのか、お聞きになります? 話の流れ的に」

「自分から聞いておいたくせに実はそこまで興味ないや、って普段の私なら言うところだけど今回は珍しく聞く方向で行くわ。お菓子もジャムも美味しいし」

「あら、お気遣い痛み入りますこと」


ころころと気楽な笑い声を転がせて、私はなんとテーブルに頬杖をついて彼女の持つ焼き菓子を指差しました。リューリさんの目が丸くなります。ぶっちゃけついでに淑女の仮面くらいかなぐり捨てさせてくださいな。

彼女には―――――懇切丁寧な説明よりも、雑な例えの方がいいでしょう。


「とても極端なお話をしましょう―――――これは近年で本当にあった、ある菓子店での出来事です。ビスケットが一枚ありました。それに塗るのはお店の中で一番高価なイチゴジャムだと菓子職人に決められていたのですが、ビスケットは何を思ったのか『自分に相応しいのはリンゴジャムだ!』と勝手に味を変えてしまったのです」


謎の即興ストーリーを訳知り顔で語り出した私に、リューリさんは遠慮なく半目になって閉口しました。ホントに素直ですわねこの人。なにそれ、という心の声が言われずとも聞こえてくるようです。

けれど、話の腰を折る気はないのか無言を貫くご様子でしたので構わず先を続けました。面の皮の厚さでしたら貴族の標準装備ですので私はちっとも気にしません。恥ずかしくなんかありませんとも。ええ。ホントに。


「しかし、ビスケットはあくまでビスケット。トッピングに何を選ぶかはこの場合あくまで菓子職人です。けれど、ビスケットは馬鹿だったので、イチゴジャムを差し置いてリンゴジャムを選んでしまいました。イチゴジャムは高くて豪華、リンゴジャムは安価で素朴。だけど、お高くとまったイチゴジャムと違ってリンゴジャムは優しかったから、ビスケットはすっかりリンゴジャムに夢中でした。それはもう、決められていたフレーバーを勝手に変えてしまう程に」

「どうしよう、話が頭に入って来ない………ビスケットどころかジャムにまで人格っぽいものが設定してある………」


看過出来なくなったのか、或いは独り言だったのか、困惑に近い表情でテーブル上の焼き菓子とジャムを見下ろすリューリさん。気持ちは分からなくもありません。というか―――――私、何を言っているのかしら。本気で。


「ええ、自分でも何を言っているのかしら、とは心底思いますけれど。とりあえず最後までお付き合いくださいまし―――――はい。勝手をしてしまったビスケット。普通なら怒られて終わりです。イチゴジャムを塗る予定がリンゴジャムに塗れたビスケットなんてポイ捨てされておしまいです。こいつは駄目だ、リンゴジャムビスケットなんて捨てて新しいビスケットにイチゴジャムを塗ろう―――――だけど、ビスケットはその一枚しか在庫がなかったばっかりに、なんと菓子職人はリンゴジャムで妥協してしまいました」


これがいけませんでした、と例え話の荒唐無稽さとは別の意味で声を低めた私を、例えは例えと割り切ったのかピーチジャムの瓶に手を伸ばしていた彼女がちらりと一瞥しました。


「理由はどうあれ経緯はどうあれ、前例が出来上がってしまいました。ビスケットは自分の気持ちに従ってどれでも好きな味を選んでいいし、ジャムはジャムで上手くいけばビスケットの意思ひとつで選んでもらえる―――――『自分だってあわよくば、ビスケットに見初めてもらえるかもしれない』なんてそんな厄介な前例が。そんな乙女の夢物語じみた都合の良過ぎる展開が。まるでお砂糖菓子のように甘ったるいだけの幻想が。よっぽどのことが無い限りは認められないようなごくごく限定的な状況が、有り得る起こり得ると知ってしまった。するとどうなると思います?」

「夢見がちなジャムが増えるんじゃないか?」


リューリさんは即答し、私は即座に首肯します。その通り、と態度で示して、きちんと言葉でも肯定しました。


「正解です。増えました。加速度的に増えました。ただし―――――実際増えたのは、脳味噌の代わりに甘ったるいジャムが詰まっているとしか思えないような愚かしいにも程がある夢見がちな大馬鹿者たちです」


勉学に励むための“学園”という施設は、そんな馬鹿たちにとって最高の舞台でした。だって勉強するために、人が集っているのです―――――それも一定の条件を満たした、世間的には『裕福』ないし『成績優秀』な子供たちが。


「“招待学生”のリューリさんは気にしたこともないでしょうけれど―――――実のところ、この“学園”に入れる生徒は“地位”か“財力”か“学力”のいずれかが一定以上の水準でなければなりません。平民が大半の比率を占める学科の代表格は『農業科』と『商業科』の二つですが、前者の生徒は新しい農業技術を地元へ持ち帰り発展させようとする地主以上の子女ないし成績優秀な者たちですし、後者は経済学や経営論を学びに来る大店関係者なんかが多いですわね」

「フローレンさんの口振りから察するに、馬鹿が多いのはそこじゃないんだな?」


リューリさんは本当に、話が早くて助かります。

私はええ、と頷いて、先程もらったリンゴジャム塗れのクッキーを一息に噛み砕きました。彼女のように一口で、とは流石にいかなかったので半分だけではありますが、食べかすを落とさないようにと躾けられた身としては随分とはしたない食べ方です。

うふふふふ―――――知ったことですか。


「一番夢見がちだったのは『教養科』………下位貴族階級出身者と侍従侍女職を志す者、及び様々な分野を対象に広く浅い知識を学びスキルアップを図る平民たちが多く集うところです。教養を身につけるために学園へ通う連中が、上を目指して我こそはと奮い立った結果がこの有様ですの。この世で何か一つだけ即座に抹殺出来るなら、私、今は間違いなく社会に蔓延る『流行りの婚約破棄系恋愛小説』を選びますわ」

「あれ? 宿屋のチビちゃんの愛読書って有害指定図書扱いなの?」

「いいえ? 誤解なきよう言い添えますと、私はけして文学そのものを否定しているわけではありません―――――ただ、実際に『リンゴジャムを選んだビスケットの末路』を知っている側の人間としては、その後をきちんと描写しないでハッピーエンドで幕を引くところが気に入らないと言っていますの」


はん、と荒く息を吐く今の私の一体何処を切り取れば、貴族の令嬢に見えるのかしら。


「ものはついでに白状しますと、うちの馬鹿な王子様がつい最近『教養科』の田舎娘に引っ掛かってしまったおかげで一気に倍くらいに増えましたわね。それはもう、『自分でもいけるんじゃないか』と思った輩が続々と。他の学科からも出るわ出るわ」

「それ王子様が悪いんじゃないか?」

「そうです大体あの馬鹿のせいです」


もう玉の輿(逆玉も含む)狙い科にでも改名すればよろしい、と啖呵を切りたくなるくらい、ここ最近の風紀の乱れは私の目に余りました。どれだけ水面下で骨を折ったと思いますの。ああ、本当に腹立たしい。


「なので―――――リューリさんが『めんどくさいこと』に巻き込まれる度にじわじわ馬鹿が減っていくここ数日の風潮が私には大変ありがたいんですの。その分馬鹿の母数が着々と増えてもいますけれど、一時的なものだと思うので見付け次第力の限り扱き下ろしていただいて構いませんわ。応援しています。じゃんじゃん潰してくださいまし」

「待って? 文脈おかしくない?」

「なにもおかしくありませんわ?」


リューリさんのツッコミをしれっとした声で跳ね除けて、淑女然とした笑みを貼り付けます。おかしなことなど何一つない、と胸を張って言い切るが如く。


「誰だって“今”より少しでも、美味しい思いがしたいんですよ。欲しいと思ったモノが欲しい。見下してもいい誰かが欲しい。見下してもいい立場に居たい。他者に羨まれ敬われ傅かれ何の不自由もなく生きていきたい。良い暮らしがしたい、楽をしたい、成功したい褒められたいちやほやされたいとにかくモテたい―――――人間なんてそんなもの、競争化社会なんてそんなもの。色恋沙汰に現を抜かして上手くいったら儲けもの。その他にもいろんな方向から上を目指して粉骨砕身する方々のまぁ多いこと多いこと………経緯はどうあれ手法はどうあれ、度を越したお馬鹿さんたちはそのまま複雑骨折していただいて何の問題もありません。絡まれ次第ひと思いに捻り潰してくださいまし」

「いや関わりたくないんだけど。そもそも絡まれたくないんだけど」


フローレンさんは私に何を期待してるんだよ、と呆れた様子でげんなりぼやいて、リューリさんはティーカップの中の渋い液体を飲み干しました。空っぽになった彼女のティーカップにすかさず紅茶を追加で注げば、せっかく渋いの飲み切ったのになぁ、と少しばかり切なそうな顔をされます。そんなにお口に合いませんでしたか。お客様をもてなす側として、これは由々しき事態ですわね。


「紅茶にジャムを混ぜますと、多少は飲みやすくなりますよ」

「あ、それやってもよかったんだ。ジャム舐めながら紅茶飲んでる人は北境の町に居た頃見たけど、直接混ぜてもいいとは知らなかった」

「ええ、北境のような寒冷地では舐めながら飲むのが一般的ですわね。直接紅茶に入れて混ぜると温度が下がってしまうので、暖を取るには向きませんの」


なるほど、と呟いて、真っ白い見目の妖精さんは迷わずイチゴジャムの瓶を引っ掴み大匙一杯にジャムを掬って豪快に紅茶にどぼん、としました。陶器と銀の匙がぶつかり合う音を私ども貴族が奏でようものなら品性を疑われるでしょうが、彼女はあくまで“例外”です。


「うん、甘い方が飲みやすいや」


攪拌を終えたジャム入りの紅茶を一口啜ったリューリさんは、渋味の浮かない朗らかな顔で新たな発見に目を輝かせていました。直前の遣り取りから完全に興味が失せたらしい切り替えの早さは流石の一言に尽きます。

ふとティーカップに視線を落とした彼女が、次いで私の方を見ました。どうしましたの、と目線で問えば、大したことじゃないんだけど、と前置いた彼女がぼやきます。


「粒が入ってても大本が赤いから平気かなって思ってたんだけど、ジャム混ぜたら色が濁っちゃったなぁ、って」

「あら、紅茶の味はともかくとして色は気に入っていただけましたのね」

「気に入ったっていうか―――――フローレンさんの髪と同じ色だなぁ、と思ってた」


ぱちくり。

ほんの刹那の瞬きに、浮かんだ情景がありました。


『―――――赤って言うか、紅茶みたいだぞう? 丁寧に淹れた紅茶の色だ』 


赤より深くて、でも澄んでて、なんとなく―――――こう、上品な感じ?


声変りもまだだった頃の誰かさんの声がして、懐かしさに目元が緩みます。随分と古い記憶でした。あまりにも古びた過去だから、あまりにも何気ないことだったから、今も忘れずに憶えているのはきっと私だけでしょうけれど。


「そう言われたのは、二回目ですわね」


そっか、と触れずに流した彼女は、「ジャム入れ過ぎちゃってすごく甘い」と続け様に呟いて、甘みの少ないスコーンを静かにもしゃもしゃと咀嚼し始めます―――――放っておけば際限無しに食べ続けるのではないかと思える食欲で、どうやってあの体型を維持しているのかしら。

同じ性別の人類としてそんな脱線をする私に、ぺろりとスコーンを食べ切った(脅威的な早食いスキルです)リューリさんはティーカップを片手に質問をひとつ。


「ところでさ、フローレンさんもお友達のお嬢さん方も、なんで大いに馬鹿やった王子様たち許してやったの?」


あら、やっぱり気にしてらしたのね。

うふふふふ、と口元を隠しながら品よく声を上げて笑って、童話の中の魔女を意識した私は含みを持たせて目を細めます。


「“大人”になってから馬鹿しでかすより、“学生”のうちに馬鹿やらかしてある程度『学んで』くれた方がまだどうとでもなるからですわよ。極論で申し上げますと、地位ある立場で見え透いた罠に引っ掛かる方が馬鹿なんですの。ハニートラップに耐性無いとか自分に都合の良い女に弱くて上手いこと転がされ放題とか成人してからじゃ致命的なんですもの―――――少なくとも、あの連中の場合はね?」


やらかしてくれた方が手綱も握り易くなりますし、馬鹿が馬鹿やってもまぁ大丈夫なように“婚約者”は優秀なんですのよ。


「だって“学園”は学び舎ですもの。発想をちょっと転換して、“大人”に比べてまだある程度のバカは許される“学生”のうちに学べるだけ学んでいただこうじゃありませんの。まぁ―――――だからと言って甘く見て、どうしようもない大人がどうしようもない馬鹿を平然としでかしてくれた場合は、迅速かつ本気の最大火力で骨も残さずきっちりと処理しなければなりませんけれど」


おほほほほ、と悪役よろしく高笑いして差し上げたら、リューリさんは『めんどくさい』とでも言いたげな表情でそぅっと身体を引いてしまいました。目は口ほどに物を言う、のお手本じみた眼差しは、それでもやっぱり澄み渡っています。


そうして、二人だけの楽しいお茶会の時間はあっという間に過ぎ去って。


フローレンさん、と呼び掛けられたのは、ゲストとしてお招きしたリューリさんが部屋を出て行く直前でした。重厚な木製の扉の前で、顔だけを後ろに振り向けた彼女がこちらを見詰めています。

どうかなさいまして? と座ったままで鷹揚に応えた私に、そういえばさっきの話だけど、とリューリ・ベルは前置いて。


「なぁ―――――『リンゴジャムを選んだビスケット』は、結局最後どうなったんだ?」


知ってるんだろう? と目で問う彼女に、私はうっそりと微笑んで、悪戯に緩めた口元が余計なことを口走らないよう、人差し指を立てて蓋をしました。ぶっちゃけたように見せ掛けて、今尚言えない多くのことはどうか秘めさせてくださいましと、祈りにも似た心境で。


「それはまた、次の機会に」


次がある。

察しの良い彼女はそれだけで、こくりとひとつ頷いて何も言わずに立ち去りました。気安さの裏でずっと張っていた緊張の糸がぶつりと切れて、背凭れに思いっきり体重を掛け勢い良く天井を仰ぎます。


言えないことは多いのだけれど、話したいこともまた多い。

気を許し過ぎては駄目だけれど、壁を高くし過ぎても駄目。

引っ張ることでもない話題を引っ張ることで誤魔化して、本当に聞かれたくない話題については聞かれないで済みました。


「まったく、こちらが断れないと思って………馬鹿はどっちだって話ですわよ」


不敬なんて知ったことですか、と言わんばかりに吐き捨てます。

『リューリ・ベル』に不審を抱かれない程度に王国側の目的を遂げるための尽力をそなたに期待する、なんて―――――それこそ甘い見通しの夢だわ。とんだ丸投げ。とんだ災難。私にとっても彼女にとっても、迷惑千万でやってられない。


そもそも私、手の掛かるトップオブ馬鹿の面倒を見るので既に手一杯なのですけれど?


自分以外は誰も居なくなった豪華な部屋の中で一人、テーブル上に残されたジャムの瓶に視線を戻して自然と浮かべた表情はきっと、貴族の令嬢らしからぬ疲労が色濃い自嘲でしょう。


「貴女のおっしゃる通りですわね」


ええ、本当に、面倒臭い。


【幕間あとがき、という言い訳】


リューリが登場人物の見た目とか学園のあれこれとか細かいところ全然説明してくれない興味もない(そういうふうに設定したのは作者である)ので、だったら説明してくれそうな誰かを引っ張り出そうと思った故の試みでした。いっぺんに全部詰め込むとテンポが悪くなってしまう……、とリテイクを繰り返した結果がこちらになりますがこんなキャッキャもウフフもしてない胃に痛そうな女子会は嫌だ(という本音が透けて見えている終盤)

遅々とした歩みではありますが、広げている風呂敷については連載中にすべて回収しきれるよう誠心誠意努力したく、気長にお付き合いいただけますと幸いです。


と、あとがき部分で書くのはひとえに我が身の力不足でしかないのですが、リューリ(主人公)の容姿についての補足をひとつ記させていただきます。


『リューリの目の色が分かり難い』『つまり何色なの?』とお思いになった画面の向こうのあなた様、もし気になるようでしたらお手数ですが“アリスブルー”と検索してみてくださいまし。機種によって表示色に多少の差異はあるようですが、一番近いイメージの色がそれです。“アイスブルー”ではございません。“アリスブルー”でございます。色一覧表とひたすら睨めっこして一番近かったのがそれでした。


キャラクターの配色とかほとんど言及しないまま普通に話を進めてましたが、そういえば皆様の中のイメージでは彼ら彼女らは何色だったのでしょう……そのうち出て来ると思いますので、こっそりゲーム感覚で予想してみてくださいまし……登場人物一覧とか完結したらおまけで書きたいなぁ。いつになるんだ。想像もつかないや!


長々と失礼いたしました。

ここまでお目通しくださった寛大な読者様に感謝を。次回からはまた普通に王子様とかセスとか馬鹿とかわちゃわちゃ出張ると思います。

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