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3.たまには静かにランチがしたい

四話まとめて投稿しましたがストックは存在しませんのでここから先は不定期更新です。背水の陣のつもりで風呂敷広げたけど回収頑張りたいなぁ、気力とモチベ的な意味で。


「きゃぁぁ―――――!」


どんがらがっしゃんびちゃびちゃずしゃぁぁぁ。

いつも通りに賑わっている学園食堂に響き渡る甲高い悲鳴とがちゃがちゃした音。とにかく派手に注意を引くその組み合わせは華麗に無視して、私はにこやかに両手を合わせた。ぱん、と鳴った乾いた音は喧騒に掻き消されてしまったけれど、別に何の問題もない。


「いただきます」


大地の恵みと糧となる命に心からの敬意を払い、それらを美味しく調理して私たちに提供してくれる食堂のおばちゃん各位への感謝と共に祈りを捧げる。弱肉強食が不文律と化した北の地に生きる者として、招待学生なる扱いで大陸中央部に赴いてからも欠かしたことのない習慣だった。我々は命をいただいて、いただいた命に生かされている。感謝を忘れた奴から死ぬ、とは故郷のじいちゃんの言葉である。深い。


「おい、ベッカロッシ! お前のせいでエマが転んだのになんで助け起こしてやらないんだ!!!」

「やめて、イレネオ! セス様は何も悪くないわ!!! 私が勝手に転んだだけなの………ぃたっ!」

「エマ!」


本日のメニューは夢にまで見た幻の限定ランチセットメニュー。週に一度しかお目見えしない上に先着二十名限定というランチセットの女王様だ。各種豊富な品揃えに目移りしてしまって決められない、或いは決めるのが面倒臭い、もしくは懐が寂しいけれどご飯はお腹いっぱい食べたい―――――そんな私たちの頼れる味方、割と何でも叶えてくれるよ安くて美味しい学園食堂。地産地消をモットーにした厳選特選新鮮素材をふんだんに使った健康志向のボリュームメニュー、付け合わせのパンとサラダは太っ腹なことに食べ放題。ちょっとしたお洒落なデザートまで付いてなんとお値段は五百マニーである。すごい。女王様めっちゃ安い。

余談だが月に一度だけ販売される十食限定のセットメニューは王様のランチと呼ばれているがこちらも五百マニーで食べられる。すごい。王様までめっちゃ安い。ありがとう学生の味方。いつか食べたい。いや食べる。絶対にだ。私は決めた。


「おい、聞いてんだろベッカロッシ! 無視してんじゃねぇ!!!」


副菜のチーズ入りミニオムレットと取り放題サラダの葉野菜を贅沢に白パンで挟んでいたら、横手からめちゃくちゃ五月蠅い恫喝が聞こえたので私は小さく顔を上げた。ぎゅむ、と中身が飛び出さないよう圧縮しながら簡易オムサンドを豪快に齧り、さっきからやたら騒がしい真横付近に視線を投げる。


いや、割と本気で五月蠅いんだけど。心底。


そんな気持ちを多分に込めて。ぶっちゃけ騒音公害だろと非難気味の眼差しを向けた先では案の定揉め事が起きていた。

食事中の男子生徒に鼻息荒く突っ掛っている男子生徒が居る。突っ掛っている側の男子の後方にはどうしてだかずぶ濡れの女子生徒が力なく床に座り込んでいた。一触即発の気配になんだなんだと注目し出した腹減り学生さん各位が遠巻きな観客と化すのも時間の問題かと思われる。尚、どうして混雑時の食堂でそんな判別が出来たかというと案外近かったからに他ならない―――――ていうか絡まれているのは普通にお隣さんだった。今気付いた。いや、ホントに。

窓際にずらっと並んだお一人様御用達カウンター席のお隣さん、その中でも一番端っこ席で黙々とミートパイを齧っていた彼は目付きの鋭い少年である。面識はない。知り合いではない。空いている席が他になかったからたまたま隣に座っただけだ。そのお隣さんが絡まれている。興味なさ過ぎて気にしていなかったがあまりにも五月蠅いので今気付いた。おいこれどんな確率だよ、と私は自分の不運を呪う。ご飯が美味しいのが救いだった。新鮮で瑞々しいお野菜が美味しい。


関わらんどこ。


結論は早々に出すに限る。オムサンドを齧りながらもうちょっと塩気が欲しいなぁ、とカウンターテーブルに等間隔で備え付けられている調味料コーナーに手を伸ばした。胡椒まで常備してあるのだから手放しで褒め称えるしかない。香辛料の入手が容易で手軽に味を付け足せるのは中央部に来て経験した私の数少ない感動のひとつだ―――――待って、塩の小瓶だけない。

ないなら探せ、と左右に視線を巡らせた私はそこで、お隣さんが今まさにミートパイに塩を振っているのを目撃した。絡まれていようがガン無視して平然と塩を振っている。そこは胡椒じゃないのかと素朴な疑問を抱きつつ、味覚と嗜好は人それぞれなので言及するのは無粋だった。


「イレネオっってば、もう止めて! 私のために喧嘩しないで!!! どうしていつもセス様に突っ掛るの!?」

「どうしてって………なんでだよエマ、そんなの………っ! お前のせいだ、ベッカロッシ!!! ちくしょう無視してんじゃねぇぞ!!!」


あーうんそろそろ無理我慢出来ないホント五月蠅い。


近くでぎゃあぎゃあ騒がないで欲しいなぁと面倒臭いものを感じつつ、私の視線に気付いたらしいお隣さんが初めてこちらに意識を向けた。散々でかい声で絡まれていてもガン無視モードでランチしてたのに視線一つで反応するあたり勘は鋭いのかもしれない。


「あァ? 何見てんだテメェ」


目付きの鋭さに相応しい剣呑極まる態度である。純度百パーセントの喧嘩腰だった。なんでだよ、とは思わなくもない。私が何をしたと言うのか。言うまでもなく何もしていない。なのに喧嘩腰である。威圧感が無駄にすごい。取っ付き難さが半端ない。ついでに言えば声も低い。メンチを切られたかたちではあるが、正当な理由がある私としてはまったくビビらずに言い切った。


「ねぇ次その塩使っていい?」


何故か周囲に沈黙が満ちた。


騒いでいた男子生徒も喚いていた女子生徒も見守っていたギャラリー各位も向かい合っていたお隣さんでさえ、皆一様に口を噤んで奇妙な沈黙が五秒くらい続く。

お隣さんの少年が、目付きの鋭さはそのままに無言で塩の瓶を差し出した。どうも、と気軽に受け取って、オムサンドに塩を振りかける。視線を感じてそちらを見遣れば、お隣さんはまだ私を見ていた。手元の塩の瓶を一瞥して問う。


「使う?」

「いらん」


回答は簡潔だったので、特に気にせず塩の瓶を戻した。そして周囲の沈黙をよそに、目分量で塩を足したオムサンドに大口を開けて齧り付く。もっきゅもっきゅ。うん、これこれ、卵のふんわりした甘みをしゃきしゃき葉野菜にかかった塩が絶妙に引き立てて言うことなし。


「って何俺のこと無視して塩の遣り取りしてるんだお前ら―――――っ!?」


お隣さんに頻りに絡んでいた男子生徒が絶叫し始めたが心の叫びは心の中だけに留めておけよと思う私だ。単純に五月蠅い。率直に煩わしい。お食事時は賑やかにとは言ってもこの賑やかさは違うだろう。ランチは静かに食べさせろ。


「「うるせぇ」」


思わずぼやいた私の声とトーンの低い男の声が奇跡的な確率でハモった。聞き間違いでないのならお隣さんの声である。なんとはなしに隣を見たら、向こうも向こうで私を見ていた。


「はっ、なんだよベッカロッシ。一匹狼気取りのお前に友達なんていたのかよ!!!」


付け入る隙を見つけたと言わんばかりに嘲笑混じりの声が五月蠅い。私の思い違いでなければなんか勝手にお隣さんの“友達”にされた気がする。公共物の調味料を食堂のルールに則って貸し借りしただけの仲なのに“友達”の枠に括られた気がする。勘違いしないでいただきたい。ていうか巻き込まないで欲しい。


「「知らん」」


奇跡再びで綺麗にハモった。雑に答える内容が近いあたりもしかしたら似た者同士なのかもしれないがそんなことは今重要ではない。


「ていうかお前さっきから五月蠅い」

「飯は静かに食わせろボケ」


とうとう我慢出来ずに口を出してしまった私の横で、お隣さんが流れるように同意しか出来ない罵倒を吐いた。全面的に同意見である。私はオムサンドを齧り続けお隣さんはミートパイを口に運び続けていたので傍目から見たら仲良しにしか見えないだとかそんな意見はどうでも良かった。事実初対面である。マジでお互い名前も知らない。


「くっそ、馬鹿にしやがって………ん? 待てよ、その髪の色………お前、噂のリューリ・ベルか!!!」


気付くの遅ぇぇぇぇぇ、と後ろあたりから声が聞こえたような気がして振り返ったところで視線は誰とも合わなかった。反対隣の誰かさんは明後日の方角を眺めているので顔が不明だ。幻聴だったか、と首を戻したらお隣さんとは目が合った。


「………あー。フローレンが気に入ってた“北の民”ってお前か、白いの」

「フローレンさんがどうかは知らないが“北の民”なら私だろうな、三白眼」


お隣さんの名前は知らないのでとりあえず見た目の特徴で呼び返す。それは見事な三白眼だった。あっちはあっちで白いの、とか呼んで来たのだしお互い様だから問題なかろう。


「ぶっ―――――ぶぁははははは!!!!!」


唐突な爆笑が喧しいくらいに響き渡って騒々しさに眉を顰めた。なんぞや、と胡乱な目をした私とお隣さんが同時に注意を向けた先には仰け反るぐらいの勢いで腹を抱えて大笑いしている例の男子生徒が居る。なんだなんだ情緒が不安定か。


「三白眼とか言われてやがんの! いつもすかして偉っそうに俺らを見下してるクールでモテモテのベッカロッシくんが!!! 笑える、いい気味だ、もっと言ってやれ“北の民”!!!!!」

「知らん」


なんで私を味方に付けたみたいなノリで話を進めるんだこの野郎。

きっぱりと知らない。関わり合いになりたくない。既に手遅れな気もするけれど自己主張だけはしておかなければと素気無く一蹴した私に、しかしやたらと声がでかい男子生徒は謎の超理論で食い下がる。


「はぁ!? “北の民”には正義感ってモンがねぇのか!!! お綺麗な顔しやがってムカつく!!!!!」

「正義感と顔のつくりの何処に関連性があるんだ? 顔面の基本構造はたぶんお前とそう変わらないぞ? こっちの言い回しはたまに分からん………ああ、もしかして、僻みか。これが僻みってやつか。宿屋のチビちゃんが鼻で笑ってたモテない男の僻みってやつだな? もしも言い掛かりをつけられたところで私は別に男じゃないから取り合わなくていいのってチビちゃんが教えてくれた流れだなコレ? よし、私は無関係ださっさとどっか行け五月蠅いの」

「が―――――っ!!!!!?」


吠え出した。完封勝利だと思ったのに手負いの獣よろしく吠え出した。だけど全然怖くない。その程度の威嚇で慄くと思っているなら舐めているにも程がある―――――北の大地で逞しく生きる“狩猟の民”の本領の、ほんの片鱗くらいなら拝ませてやるぞこの野郎。

プライドを逆撫でされた気分で不快感を―――なんか“王国”の偉い人に可能な限り穏便に済ませて出来るだけ堪えてくれると嬉しい特に物理はホントまじで、と止められていた方向で―――露わにしようとした私より、超至近距離で吠え立てられたお隣さんがキレる方が早かった。気持ちは分かる。

無駄のない右ストレートが騒音公害の顔面に叩き込まれた直後に静まり返った食堂に、私は大いに満足した。


「最初っからそうしてれば早かったんじゃないか?」

「知るかよ。つぅか鬱陶しかったんならテメェで何とかしろや白いの」

「いや、絡まれてたのはそっちなんだからそっちで責任持てよ三白眼」

「冗談じゃねぇよ面倒臭ェ」

「こっちの台詞だこの野郎」


売り言葉に買い言葉、みたいなノリで遣り取りをする私と隣の三白眼。ざわざわし始めた周囲の皆さんはいつ頃ご飯を食べ始めるつもりなのか。私はちょっぴり急いでいる―――――だって午後から実習だし。野外学習だか何だかで軽く山とか登るらしいし。


「やッ………やりやがったなこの野郎ぉぉぉぉ!」

「「げ」」


意外と復活の早いやつである。もう起き上がってきやがった、という面倒臭さここに極まれり的な気分で思わずこぼした呻き声は、またも偶然お隣さんと被った。二度あることは三度ある。


「イレネオ! 本当にもう止めて!!!」

「止めないでくれエマ!!! 俺はコイツが許せねぇんだ!」


コイツを許せないとお隣さんを指差しておきながらどうして視線は私に向いてるのか聞きたくないけど聞いていいか? なんだかんだ時間も迫って来たしオムサンドもメインディッシュもさりげなくもう食べ切ったから退席してもいいよなコレ? おかわりのパン実習に持ってっちゃ駄目かな。いいかな。いいなら食堂出るわもう。


「おい、ベッカロッシのお友達さんよ! お前からガツンと言ってやれ!!!」

「友達じゃないし関係ないしお前は終始五月蠅いしで黙って飯食え私にまで絡むな周りよく見ろギャラリーさんの輪が広がり過ぎて此処ら一帯大混雑してんだろが迷惑だって気付け馬鹿」

「ちっがぁぁぁう! 自分のせいで女の子が転んで水浸しになってるのに! 無視して知らんぷりして助けてもやらない隣の冷血漢に言え! その薄情者が全部悪いんだよ! エマが転んだのもソイツのせいなんだから!!!!!」


憎々し気にそんな激情を叩き付けて来る男子生徒に、私は何を言ってんだコイツはとハーブティー片手に萎えていた。揚げ芋と白身魚のフライでちょっぴり油っぽかった口の中をすっきりさせてから真顔で言う。


「じゃぁ、なんでお前が助けてやらないんだよ」

「………は?」


ぽかんとした間抜け面から、同じく間抜けな音が漏れた。どうしてそんな顔をされるのか、私の方が逆に聞きたい。

なんだかしーん、と鎮まり返っている食堂の空気に不気味なものを覚えつつ、ティーカップを持っていない方の手で男子生徒の後ろを指す―――――しっちゃかめっちゃかに散らかった食器と、水浸しのまま未だに座り続けている(やっぱりぽかんとした顔の)女子生徒を。


「そうなった事情はまぁよく知らんから置いとくとして―――――女の子が転んで、助けてやらないのが許せない? じゃぁお前は今何してるんだよ。このお隣さんがどうするかはともかく、お前は今まで何してたんだよ。そっちの女の子を助けるわけでもなくただ好き勝手に突っ掛って絡んで喚きまくってただけだろ、お前。しなくていいじゃん糾弾なんか。ほっときゃいいじゃん薄情者なんか。ホントに転んだ子が心配だってんならお前がやるべきはしつこくお隣さんに当たり散らすことじゃないだろ。いつまで水浸しの女の子放置してくだらないことで息巻いてんだカッコ悪い―――――ていうか、その子もその子だろ」


ものはついでだ、と言わんばかりに私が座り込んだままの女子生徒を見遣れば、彼女は大袈裟なくらいに怯えてびくりと肩を跳ねさせた。単純に理解出来なくて、眉間に浅くない皺が寄る。


「なぁ、そっちのずぶ濡れのお嬢さん。なんで自分で立たないんだ?」


足でも捻って立てないのか、との疑問を口にしてみれば、ええと、と要領を得ない様子でいつまで経っても埒が明かない。急に自分が注目の的になったことに驚いたのだろう、おどおどと周りを見回す様は傍目に見ても憐れだった。

だけど言いたいことは言う。


「立てるなら自分で立った方が早いだろ。さっきからこの五月蠅いのに止めて止めてって言う割にはどうして動こうとしないんだ? 助けてもらえるのを待ってるのか? それともタイミング逃したのか? 水浸しなんだからほっとくとホントに風邪引くと思うぞ。早く着替えた方が良いんじゃないか? ていうか、そこにへたり込み続けてると見ての通り通行の邪魔になるから早く退いた方がいいぞ―――――あ、でも暇なら今のうちに落としたコップ片付けといた方が効率的かもしれない。食堂の食器は割れない素材で出来てるから危なくないし、座ったままでも出来るし」

「お前に人の心はないのかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


怒鳴られる意味が分からない。何故か泣きべそをかきはじめた水浸しの女生徒に駆け寄って慰めの言葉を掛け始めた騒音公害のお騒がせ野郎に、周囲のギャラリーさん各位からそこそこ冷たい視線が刺さった。言われてみればその通りだよな、お前が助けてやれよという目である。私が言うのもあれだけど皆して気付くの遅くない? もっと早い段階で気付いて誰かしらが助けてやっても良かったんじゃない?


「テメェ、このクソ“辺境民”! エマが悪いって言うのかよ!」

「誰が悪いとかは知らんけど。強いて言うなら………段取りが悪い?」

「段取りってなんだ!」

「今気付いたから今言うけど―――――そっちの子、なんで水浸しなんだと思ってたら水差し引っ繰り返してるじゃん。でも食堂の水差しって蓋出来るんだから普通に運んでたらそんな頭から水浸しになることなんかないだろ。トレーがあって、内側が濡れたコップが七つもその辺に転がってて、そんで水差しの中身もぶちまけられてるとくれば………水注いだコップ七つとうっかり蓋開けたまんまの水差しわざわざ運んでたんだろうなぁと。私だったら席に着いてからコップに水注ぐぞ。そっちの方が運びやすいし絶対楽だ」

「ん………? あれ? エマ、なんだってコップそんなに運んでたんだ………? 今日は三人でランチしようって………コップなんかそんなに要らな」

「うっ………うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!!!!!」


水浸しの女子生徒が唐突に泣き顔を歪めて立ち上がるなりダッシュする。けれど床も水浸しだったので案の定滑って盛大にコケた。ぶぎゃっ、と潰れた声がしたかと思えば次の瞬間にはもう立っていて、再び転倒する危険性を顧みない急加速っぷりで早々に食堂を離脱していく。


「えっ………エマ? エマぁぁぁぁぁ!?!?」


取り残された男子生徒はと言えば、走り去った彼女の名前を叫びながら無様に追い縋るばかりだった。急速に騒がしさを失くした食堂はがやがやと困惑の色が濃く、私はとっとと切り替えて完食したランチセットにごちそうさまでしたと手を合わせる。食器を片付けようと立ち上がったところで、そういえば床に散らかしっぱなしのコップやら水差しやらを片付けないと後の人が困ってしまうことに気付いた。

物はついでだ、どうせ自分の分を返却台に戻すのだし一緒に持って行こうかと食堂の美化活動に勤しもうとした私を、何処からともなく現れたフローレン嬢が押し止める。

お気遣いは痛み入りますけれど、貴女が片付ける必要はなくてよ、と鮮烈な美貌のお嬢様は静かな声で言い切った。


「あれ? 居たのかフローレンさん」

「居ましたわ。ちなみに殿下も一緒でしてよ」

「うん、実は最初らへんからずっと居たぞう。リューリ・ベル、お前相変わらずだなー」


ひょこっ、と王子様も湧いて出た。一体何処に居たんだよ。最初から見てたんならなんとかしろよ。仮にも地位あるお立場とやらだろランチの合間のショータイム感覚で傍観決め込むなこの上流階級ども。

ていうかこの二人、つい先日婚約破棄だなんだといろいろ騒いでた間柄なのにすんごい自然にごくごく普通に行動を共にしてるあたりが怖い。理解の埒外過ぎて怖い。フローレン嬢よくこの馬鹿許したね? 人間としての器でか過ぎない?

初恋に振り回されていろいろやらかした相手に平然と接してる王子様も怖い。懲りて無さそう感が駄々洩れなのに数年来の友人みたくフローレン嬢と並んで歩けるメンタルの強度が異端過ぎる―――――いや、実際かなり長い付き合いではあるんだろうけれども。


「さて、馬鹿はさておくとして。ごきげんよう、リューリさん。その節は私の婚約者もといレオニール殿下もとい馬鹿が大変ご迷惑をおかけしました。改めて謝罪と感謝を申し上げます」

「ねぇフローレン、婚約者から本名経由して馬鹿に言い直す必要性あった?」

「お黙りになって馬鹿王子。お片付けでもしてらっしゃい」

「うん。すいませんでした。行って来ます」


素直。こわ。躾が行き届いていらっしゃる。言われるがままいそいそと散乱したコップを片付けに向かう王子様だが仮にも“王国”で一番偉い人の息子がそれでいいのかと思わなくもない―――――あ、親切なギャラリーさんが雑巾とバケツ持って来てくれてる。


「さて、リューリさんへのご挨拶も済ませて後始末も馬鹿に任せたところで―――――何処へ行こうとしてますの、セス」


逃がしませんわよ、と厳しい声でぴしゃりと言い切ったフローレン嬢の目は、いつの間にやら席から立って何処ぞへ行こうとしていた三白眼のお隣さんをしっかりと捉えていたらしい。今までの言動を鑑みるに名指しで呼び止められたところでそのまま歩き去ってしまいそうなものだが、何故か彼は意外なことにちゃんとその場に留まっていた。チッ、と鋭く舌を打つ様は不服そのものといった様子だったけれど、そんなことより食べた食器を放置して帰るなと私は言いたい。


「おーい、食器はちゃんと返却台に戻せよ。食堂のおばちゃんと次にその席使う人が困るだろうが、三白眼」

「うるっせぇぞ“北”の白いの。あと三白眼呼びを定着させんな」

「止めなさい。リューリさんを『白いの』呼ばわりし続けている貴方が言えたことじゃないでしょう。嫌ならちゃんと名乗りなさい。それでもベッカロッシ侯子ですか」

「………チッ」


舌打ち再び。フローレン嬢の制止の言葉に文句を垂れるかと思いきや、不承不承を前面に押し出した三白眼の少年は射るような目を私に向けた。面倒だから喧嘩なら買わんぞ、と普通に視線を返した私に、彼はいくらか険の取れた素っ気ない声で簡潔に名乗る。


「セスだ。覚えろ」

「覚えた。私はリューリ・ベルだ」

「そうかよ、リューリ」


じゃぁな、と踵を返そうとした三白眼のセスは、フローレン嬢に待ちなさいと言われて眉間に深い皺を寄せている。それでも動きはしないあたりにこの二人の力関係が窺えた。

はぁ、と小さな溜め息を吐いてやれやれと首を振っているフローレン嬢に、私は気になった問いを投げる。


「で、知り合いだろうってのは分かってたけど結局のところはどういう感じ? なんか窘められてる様子を見るにフローレンさんの弟っぽいけど」

「いいえ? 弟ではありませんわ。彼は私と殿下の幼馴染でして―――――まぁ、見ての通りお顔のつくりは整ってるのに粗野で粗雑で口が悪くて態度もご覧の有様と、およそ貴族の子弟らしからぬ剣術にしか興味の無い直情型のお馬鹿さんなんですの」

「へー。ごめん、自分で聞いといて言うことじゃないけどぶっちゃけそんなに興味ないや」

「でしょうねぇ。ところでこれは余談ですが彼は無類のミートパイ好きです」

「テッメェなんで今そこピックアップしやがったフローレン!?」


言う意味あったか!? ねぇだろ絶対!!!

と、しれっと追加された情報にたまらず食い付いてしまったらしいセスの肩を、横からぽん、と馴れ馴れしく叩く手があった。頭に血が上ったのか羞恥心の問題か、微妙に赤らんだ顔で凄むセスが勢いよく顔を向けた先に居たのは穏やかに微笑む王子様である。いつの間に戻って来たんだ。掃除は終わったのか。終わったっぽいな。ありがとう食堂美化に勤めてくれたギャラリーの皆さん、という気持ちはしかし未だ私たちを遠巻きに見守っているいくつもの視線へのツッコミに即時変換されてしまった。なんでだよ。なんでまだギャラリーしてるんだよ。ご飯食べなよ食いっぱぐれるぞ。


「諦めろ、そして認めてしまうがいいさセス―――――実のところ、私も普通に知ってたから。割とバレバレだったから、それ」

「生温い目で見んの止めろレオニール! しれっと大嘘ぶちかましてんじゃねぇぞ!」

「いや………あんなけお皿に山盛りでひたすらミートパイだけ食ってたら普通に好物なんだろうなーって分かりそうなモンだと思うけど………」


思わず呟いた私の台詞を聞き取ったらしいギャラリーさんが、こっそりこくこくと頷いている。全肯定だった。バレてる。これは完全にバレてるぞセス。心なしか生温い空気が流れだした食堂の一角で、ぷるぷると怒りに震えるセスが三白眼を吊り上げて叫んだ。


「止めろ! 揃いも揃って気色悪い目で見てんじゃねぇ!!! あと俺はミートパイが特別好きってわけじゃねぇよパイ料理全般普通に食うわボケェッ!!!!!」

「ってことはつまり………ミートパイだけじゃなくて無類のパイ料理好きなんだな」

「テメェ黙っとけやリューリィィィィ!!!」


うっかり口を滑らせた自覚のあるらしいセスが八つ当たり気味に怒鳴ってきたが、周りの視線はもう既に手遅れなレベルで生温かった。取っ付きにくい狂犬的な扱いだったらしい男子生徒の好物が判明しただけなのにどうしてこんな雰囲気になるのか、“王国民”でもない私にはまったくもって分からない。

すっかり気が動転しているらしいセスをまぁまぁと宥めつつ、そういえばな、と王子様が話題の転換を図っていた。


「さっきの水浸しになっていた子、あれはお前のことが好きだったらしい。それでわざと気を引こうとしてお前のすぐ傍で転んだところで、その子に気のあったイレネオがしゃしゃり出て来てこの騒ぎ―――――と。片付けながら集めた情報だと大体こんなところだったな。リューリ・ベルは段取りが悪いと言っていたが、これはタイミングも悪かった」

「どうでもいい。大体あのエマとかいう女、吹けば飛ぶような家柄の弱小貴族の娘だろうが。いくら俺が貴族らしくねぇからって侯爵家との縁なんざ望めるわけもねぇだろ常識で考えろ常識で」

「貴族の常識ぶち抜いてそんな言葉遣いのままこの歳まで我を通してるお前が言う?」

「婚約破棄騒動起こした馬鹿に常識をとやかく言われたくねぇよ」

「んんんんそれは正論なんだけれども!」


王子様とセスがじゃれている。なんだかんだ仲は良いらしく、遣り取りには慣れと気安さが滲んで付き合いの長さを感じさせた。掃除のついでに情報収集なんて器用な真似が出来たらしい王子様をまぁちょっとだけ見直して、フローレン嬢の方をちらりと見たら満足そうに微笑まれたのでたぶん彼女の仕込みである。間違いない。馬鹿王子専属のトップブリーダーとして恥じることのない風格だった。


「で、あっちはあっちでじゃれてるけどそういや私に何か用だった? フローレンさん」

「いいえ、特に用と言う程では。ただ午後からの野外学習でリューリさんと殿下は同じ班に振り分けられていると聞きましたので、あの馬鹿をよろしくとお願いしに参りましたの」

「待って。なんて?」


聞き捨てならない。


「いえ、ですから………今日の午後からの野外学習、リューリさんと殿下と、あとあそこに居るセスは同じ班だとさっき掲示物を見た殿下が―――――まさか、ご存知なかったんですの?」


そうです知りませんでした―――――何処にあったよ、そんなお知らせ。




場所を食堂に限定して続けていくネタがあと一つしかストックがないためそろそろちゃんと外に出て学生活動とかしてもらおうと思います。ええ。

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