24.そんなことある? あるんだよ
【注意】
進行の都合上、虫さんに関する描写があります。
苦手な方はご自衛ください。
『文化祭』―――――それは学園行事のひとつ。教育課程の一環として行われるというその催しは、学生たちの日頃の学習その他における成果を総合的かつ発展的に発表し合って鑑賞することで理解を深めるという大変に文化的な活動らしい。
毎年強制全員参加が義務付けられているそうで、それは“招待学生”である私にだって適用されるから当然の如く準備期間からそれなりにやれることをやってきた。
王子様たちに頼まれてマルガレーテ嬢に関わるお花畑思考根絶コンテストの運営側に回っていたのはあくまでイレギュラー的な労働、“学園”で学ぶ一生徒として所属する『錬金術科』で花火を量産したり研究成果をまとめたりなんか代表発表者になった関係で同学科学生の皆さんが仕上げてくれた本番用の原稿用紙を丸暗記したり仲良くなった農業科の皆さんと和気藹々したりとかまあいろいろ頑張った記憶はある―――――そう、頑張ったのだ、学生らしく。時間はなくとも、出来る範囲で、ベストを尽くしたという自負がある。
そんな誇らしいような、どこか落ち着かない気持ちで迎えた私の人生初にして間違いなく最後の『文化祭』は―――――開催日になっても、始まらなかった。
「早起きさんな学友諸君に“王子様”からお知らせだ―――――非常に残念なことではあるが、『文化祭』は延期になりました!!!」
早朝からまったく引っ張ることなく結論をぶち込んでくる“王子様”の声は今日も今日とて良く通る。その場に集った学生たちの鼓膜を余すところなく揺らしたそれは、当然ながらそれを聞き取った彼らの動揺を大いに誘った。ざわざわ、がやがやと一瞬にして何事だ一体どういうことだと騒がしくなった面々を前に、動じることなく声は続く。
「気持ちは分かる! けれども一旦落ち着いてこちらに注目してくれ! “王子様”にちょっと喋らせて!」
ふざけた口振りだったのに、声そのものは真剣だった。文化祭本番の準備のために学舎が開放される時間に合わせて登校してきた早朝組の生徒たちに余すことなく届いた訴えは即座に聞き入れられたので、少しだけひんやりと湿ったような朝の空気に静寂が満ちる。
王子様はそれを見て、満足そうに頷いた。トップオブ馬鹿とは思えないような凄味を滲ませた真剣な眼差しはギャラリーの注目を浴びたところで微塵も揺らぐことはなく、彼は静かにはっきりとした発音でひとつひとつ事実を紡ぐ。
「皆の協力に感謝する。手短に要点をまとめていこう。まず一番に伝えるべきことは『文化祭』の延期だが、“中止”ではなくあくまで“延期”だ。今日という日に予定していた行事が後日にズレ込むだけで『文化祭』そのものは開催される。絶対にだ、そこは覆らない―――――我々の貴重な青春を、費やしてきたリソースを、無駄はさせない。絶対にだ」
だから安心して欲しい、と彼が約束したときにはもう、学生たちの間には安堵が広がって落ち着いていた。不安を取り除くための言葉は簡潔だからこそ力強く、王族という肩書き持ちの口から出たことも相俟って抜群の効果を発揮する。演説向きの人材が本気を出せばこんなことも出来る、という典型的な状況だった。きっと今の発言は学園長あたりが口にするよりも生徒たちの心に響いただろう。それはそれでどうなんだ、とは思わないでもないけれど。
現に私も冷静になった。“王子様”がそう宣言するならきっと本当に無駄にはならない、と無条件に思ってしまった―――――こと『イベント』に関しては、本当に有能な馬鹿なので。
「繰り返す、『文化祭』は後日開催される。具体的な日程についてを皆に伝えるその前に、本イベントの延期を余儀なくされた経緯を説明させてもらおう。諸君らには聞く権利があるし、“私”には伝える義務がある………が、結論を口にするその前に、繊細な心の持ち主であるとの自覚がある者は覚悟を決めろ。具体的に言えば昆虫類が苦手な人は今すぐに耳を塞ぎなさい。悪いことは言わないから自衛して。なんなら全力で私の声が届かない場所までダッシュ推奨。忠告はしたのでここから先は各々の自己責任だぞいいな? 勘が良い者は今の前置きで大体の察しはついただろうが、念のために三秒待つとしよう。さん、にい、いち、ハイ―――――食堂に、『黒光り』さんが出ました」
なんて? と溢した私の声は女生徒の悲鳴に掻き消された。尋常ならざる絶叫に何事かと身を竦ませたところで連鎖的にあちらこちらから恐怖とも憎悪ともつかない感情が音声とともに爆発しているのでまったく意味が分からない。なんなんだ、いったいどうしたってんだクロビカリサンって何!?
「おあぁぁぁあああぁぁぁそっかぁアレかぁぁああぁぁ」
「でちゃったか………おでましになっちゃったか………」
「あばっ、あばばばばばばばばば」
「無理無理無理無理無理無理無理」
少なくない数の生徒たちが朝っぱらからぶっ壊れている。上品そうなお嬢さんが祈りを捧げるようなポーズで気絶寸前になっていたのを近場のご友人方が支えていたが、そんな彼女たちの肩も皆例外なく震えていた。
怯えを含んだ眼差しに、嫌悪を示して寄る眉根。そんな生徒たちの表情を沈痛な面持ちで見下ろしていた王子様が、学舎本棟バルコニー(かつては朝礼用に使われていたらしいが私はそこが使われているのを本日初めて目撃した)の上から落ち着き払った言葉を投げる。
「その名を直接口にすることが憚られる以上微妙にぼかした表現にせざるを得なかったわけだが正しく伝わったようでとても助かる。話が早い。料理人の天敵にして飲食業界の共通悪、黒光りさんは昨夜未明食料倉庫にて文化祭のための最終確認をしてくれていた食堂のおばちゃんにより発見され―――――もちろん、即刻デストロイされた。おひとりさまを見掛けたらまずおひとりさまでは済まされない、というその生態を鑑みて真夜中だろうが非番だろうが食堂スタッフ全員にスクランブルがかかったのは言うまでもない。そして隅々まで倉庫内を確認した歴戦のプロたちは己の職務に忠実に、かつ高潔なる矜持を以て即座に“上”へと報告を上げた―――――『害虫発生につき倉庫内に保管していた文化祭用の食材は規定によりすべて廃棄処分、例外なくその一切を食用不可とさせていただきます』と」
「………は?」
自分の喉から思った以上に低い声がこぼれ出て、身体の方は一拍遅れで人々の間を縫っていた。駆け出しからもう全力で、勢いが付けばあとは走るより跳んでしまった方が早い。だん! と地面を蹴り付けた音を拾った生徒たちが発生源に目をやったところで私の姿は既になく、物理法則を無視するかたちで一気にバルコニー付近へと距離を詰めた身体ですぐさま二度目の跳躍に移った。飛距離を稼ぐ必要がなければ助走なんてものは必要ない、ただ“王子様”のいる高さまで跳び上がってしまえばそれでいい。
「おいこらクソ王子食用不可ってどういうことだ何の話だ場合によってはお前を代わりに廃棄処分とやらにしてやろうか!?」
「あっはっはっは朝から物騒! おはようリューリ・ベル想像以上にフィジカル任せでカチ込んでくるじゃんこのフェアリー! まあでも一旦落ち着いて? 王子様の胸倉掴みながらがっくんがっくんしたところで何にも解決したりしないぞう、喋り難いし説明どころじゃない絵面だって気付いて頼むから」
「お前をぶちのめして解決するならぶちのめしてから話を聞く」
「駄目だ頭に血が上ってるー。予想はしてた! なので―――――セス!」
がっくんがっくん揺さぶられながらでも滑舌良く喋れてるのすげえなこいつ、なんて感想を抱いたところで食材廃棄だなんて暴挙が許せない我が身の衝動は止まらない。余裕たっぷりな態度そのものが気に入らないのも手伝って、ちょっとこのまま宙にぶらーんと吊ってやろうかなと思い始めた私の目の前に唐突にサンドイッチが生えた。にゅ、と視界の外から生えた。
なんで? 生えないだろ普通。
「なんで王子様締め上げてる現場にいきなりカツサンドが生えるんだ」
「迷わず食い付いて手も使わずに完食してから何言ってんだリューリ」
「おはよう三白眼おかわりあります?」
「あるけど食うならちゃんと手ェ使え」
「分かった」
「よし食え」
王子様の胸倉とカツサンドのどちらか一方を取れと言われたら迷わず後者を選ぶ私、あっさりぱっと手を放すなりセスが差し出した包み紙の塊をぺりぺり剥いて中身を出していただきますを言い終えるまでに要した時間は数えていない。たぶん五秒以下だと思う。というかおかわりを要求される前提でちゃんと用意しておく三白眼は今日も今日とて朝っぱらからお気遣いの塊ですごいなホントに。
「面倒見の良いお兄ちゃんと聞き分けの良い末っ子ちゃんからとれる栄養素最高か………朝食に食べた焼肉おにぎりよりハイカロリーじゃん生きる糧だわ………」
「黒光りさんのご登場でぞわっとしちゃった荒ぶる心があっという間に洗われた………これが浄化ってヤツですか神よ………!」
「妖精さんってジャンプひとつであそこまで跳び上がれるんだなあ。朝からいいもの拝見しちゃった………紛れもなくラッキー・デイの予感………!?」
「しっかりなさって、しっかりなさって同好の士! お気を確かに! 気絶しかけている場合ではなくてよご覧になって、ほら見えまして!? 末っ子ちゃんにお行儀が悪いからお手手をつかってサンドイッチ食べなさいと促しているお兄様成分バーゲンセールのセス様ですわよ黒光りさんがなんぼのモンですかさっさと起きて目に焼き付けなさい今しか拝めない推しの煌めきッ!!!!!」
「それは見逃しちゃいけないやつですわぁぁあああぁぁぁぁ」
「おほほほほほほ早起きして良かった―――――!」
バルコニーの下のギャラリー各位がなんか騒いでいる気がするけれどカツサンドの美味しさが損なわれそうなので私は何も聞いていない。聞こえてはいても聴いてはいないのだ特になんというか後半部分。
「正直ヤベェ奴らが増えたな」
「セスが言うって相当じゃん」
「実際世も末」
「それはそう」
なんて雑談をしていただけで拝まれてしまう世の不思議。テーテー、って繰り返し聞こえる王国語の意味はよく分からないままでいたいがたぶん知らなくてもいいやつだろうから気にしない方向で可決した。
それはさておきフィーリングで会話しながら飲料水とおしぼりを寄越してくる三白眼お前まじで何。至れり尽くせり過ぎるだろ。脂っぽさが残るお口の中に柑橘系の風味が香るさっぱりとしたお水は最適解なので素直にありがたいけれども。
「落ち着いたかよ」
「元気にはなった」
「腹具合じゃねえメンタルの方」
「荒れてはいるけど落ち着いた」
「我慢が出来てりゃまあいいか」
「カツサンドの鎮静作用すごい」
「スクランブルからのほぼ徹夜明けだろうが気合いでカツサンド用意してみせた食堂スタッフが一番すげえ」
「わかる食堂のおばちゃんたちすごい―――――ところでスクランブル徹夜明けって何の話だ? 卵祭り?」
「スクランブル・エッグ作るのに大忙しって意味じゃねえんだわ詳しい説明は今からそこの馬鹿がするからカツサンドに免じて大人しく聞け」
「分かった。それとカツサンドありがとう。美味しかったです」
「良かったな。おいレオニール、サボってねえでさっさと働け」
「タイミング見極めてるだけだったのに言われようが酷過ぎない!? 誰も彼もがお前らのテンポで繰り広げられる言葉のラリーにするっと割り込めわけじゃないってそろそろ気付いてダブルフリーダム! 今まさにベストな感じで切り出そうと思ってたのについついツッコミ優先しちゃったじゃん緊急事態下でも発揮されちゃう“王子様”のエンターテイナー気質考えて!!!!!」
「うっせバーカ」
「バーカバーカ」
「こらセス止めなさいリューリ・ベルが流れるように真似しちゃうでしょうが知能指数どうした!? 私が言えたことではないがそのあたりに関しては懲りような、あと今日の“王子様”は忙しいので雑な煽りは控えてキッズ―――――おっと、脱線してる場合じゃなかったヘイ学友たち! 意識は無事か―――――!!!」
無事じゃないけどギリギリ無事でーす!!!!! という返答が唱和した。どうして綺麗に揃っているのか本当に意味が分からない。王国民たちちょっと怖い。セスも若干―――――どころじゃないな、無表情を通り越して虚無の顔してるわドン引きじゃんよ。気持ちは分かる。
バルコニーでスンッとしている私と三白眼を置き去りにして、王子様は身を乗り出した。落ちない程度に、ではあるけれど、眼下に集った生徒たちの視線はそれだけで彼へと集まる。不思議なことだが舞台とは、勝手に整うものらしい。
「傾聴! 真面目にトークの時間だ! 話を『黒光りさん』へと戻そう………と言っても、説明するまでもない。“王国民”の大多数はその存在を知っている。実際目にしたことがなくとも、知識としてそれを知っている―――――が、おそらく、というか間違いなく、極寒の“北”には生息していない『黒光りさん』についての情報が皆無であろうリューリ・ベルにも理解出来るよう詳細を説明する必要があるので聞きたくない者たちは自衛を頼む」
クロビカリサン、なる存在についてを語る前の前置きがやたらと長い王子様、そこまでの配慮が必要な何かと食堂のおばちゃんたちは戦っているのだとようやく思い至った私は眉間に深い皺を刻んだ。
「前置きも済んだところで本題に入ろう。いいか、聞き逃すなリューリ・ベル、まず我々が便宜上『黒光りさん』と呼んでいるのは―――――ぶっちゃけ、ただの昆虫だ」
「…………は?」
超絶大真面目な顔で、トップオブ馬鹿がぶっちゃける。タダノコンチュウ―――――ただの、昆虫。ということは、つまり、要するに。
「昆虫って………あれだろ? 虫さん。ハチミツ作ってくれるミツバチさんとかと同じ括りの生き物系」
「はっはっは、真っ先に浮かぶ昆虫類が蜂蜜由来で蜜蜂さんなのホントにブレないったらない! そうとも、蜂さんは昆虫の一種だ! そしてご存じの通り私たちが蜂蜜を美味しくいただけるのは蜜蜂さんたちが懸命に働いて花の蜜を集めてくれるおかげ!!! 彼らのように我々人類の生活に利益をもたらしてくれる虫さんのことを“王国”では『益虫』と呼んでいる。虫さんたちには人間を手助けする意図など一切ないんだろうが、その生態が、習性が、なんらかの形で人類の役に立っているので一方的に勝手極まる判断でそう括られた―――――同様に、その逆も存在する。『黒光りさん』はまさにその筆頭………人間の生活にとって不都合で不利益な『害虫』たちの代名詞だ」
王子様の紡ぐ言葉は、終始真面目なものだった。からかう気配など微塵もないし、ギャラリーたちの反応からして大袈裟な表現でもないのだろう。余談だが私の故郷である極寒の“北”には環境的な要因で蜂さんどころか昆虫類の悉くが生きるのに向いていないらしく、言われてみればそういう生き物を目にした記憶がまったくなかった―――――要するに、私たち“北の民”にとって昆虫類は馴染みが薄い。知らないのだ。単純に。だからこそいまいち実感が湧かない。
そんな“北の民”に言い聞かせるよう、王子様は言葉を重ねていく。
「さて、極寒地帯で育ったが故に昆虫類についての知識が乏しいお前にも理解し易いように言うなら、『害虫』とひとまとめにされた中にもいくつかの系統が存在する。人類を害する方向性でざっくりと大胆に分けて三種―――――農家の皆さんが丹精込めて育ててくれる農作物に甚大な被害をもたらす農業害虫、人間や家畜を刺したり噛んだり不衛生なところを経由するなどして結果的にヤバイ病気を媒介してしまう衛生害虫、そして農作物や人体その他に与える具体的な害はないけれど見た目がとにかく受け入れられないので気分を害するというニュアンスからざっくり害虫分類されることになったその名も不快害虫だ」
「実害はないけど気分を害するからで害虫判定は流石にどうなんだ?」
「リューリ・ベル、虫そのものの存在を物珍しがっているお前には分からないかもしれないが………“王国民”が昆虫類に抱く生理的嫌悪感というものを侮ってはいけない。毒がなくても、針がなくても、刺さなくても噛まなくても何もしなくてもただそこにいるだけでなんか気持ち悪いし怖い、という悍ましさはもうどうしようもないんだ。先天性だろうが後天性だろうが理屈ではなく本能の拒絶は抗い難いし覆せない。人間の心理とはそういうものだ―――――そして話を戻すけれども、問題の『黒光りさん』は衛生害虫枠でありながら主だった不快害虫たちより不快な見た目と尋常ならざる生命力繁殖力機動力の高さで嫌いな昆虫ランキングの一位をぶっちぎる猛者にして身近に潜む恐怖の隣人。ありとあらゆる方面から全力で忌み嫌われまくっているため最早正式名称を口にするのも憚られるので便宜上『黒光りさん』と呼んでいる」
「そこまでするのか」
「そこまですんだよ」
私の疑問を肯定したのはまさかの三白眼だった。顔面に向かって虫さんを投擲されても動じることなく叩き落しそうな動体視力と身体能力を兼ね備えているに違いないのに、彼はどこか神妙な顔でちょっと忌々し気に言う。
「正直、俺も得意じゃねえ―――――仕留めるにしてもなんか道具が欲しい」
「なにそれセスにそこまで言わせるクロビカリサンちょっと気になってきた」
「止めろ。ンな理由で興味を持つな。つぅか見た目がどうこう以前にアレは不潔な場所に湧く不衛生な生き物枠だぞ素手で触ってたまるか汚ェ」
「あ、なんだ。口振り的に特定の虫さんが駄目なわけじゃなくて不衛生で汚い判定のモンに触りたくないだけだなこの三白眼………潔癖症か?」
「ことあの害虫に関してだけはそういう次元じゃねえんだわ」
「声のトーンがガチの気配。分かった、“王国民”にとってはそれだけ脅威なんだなクロビカリサン―――――待って? そんな生き物が食堂に出ちゃったとか言ってなかった?」
「言ったぞう! 理解が早くて大助かりだ―――――いくら食堂のおばちゃんたちがきっちりと清潔かつ安全に食材を管理してくれていようが、不潔なところを這い回り隙間からぬるっと入り込んでは不衛生要素をばら撒いていく外部要因的存在の害虫さんは食を預かるエキスパートたちにとっては最早存在そのものが罪!!! 見付けた時点で許されないし許す道理もない天敵、そんなものと真正面からこんにちはしちゃった食堂スタッフの心痛と憤怒と殺意は計り知れない―――――つまりは、とっても、ヤバくてヤバイ」
わざわざ区切ってまで強調している王子様だが五月蠅い黙れ。割と笑い事ではない事態だというのは流石の私もぼんやり分かったのでせめて普通に喋って欲しい。イラッとしちゃって話の腰を折りたい衝動に駆られてしまう―――――けれども、具体的に何がどうまずいのかまでは理解しきれていないのでここは黙って聞くべきだろう。
下手に口を挟まなければ、王子様は勝手に喋るので。
「もちろん、当学園の食堂のスタッフたちには一切の油断も慢心もなかった。ことあの方々に限って言えば害虫対策、食材管理に手抜かりを疑うことすら無礼………おっと、大袈裟なヨイショじゃないぞう? 食堂の守護神リューリ・ベルへの忖度とかでも断じてない。だって『食堂のおばちゃん』たちとはこの“王国”でも指折りの凄腕お料理プロフェッショナルにしてぶっちゃけ『王家認定料理人』っていう国家資格を取得した上で王族お抱えシェフとしての実績がないと就けないっていう料理人の最高峰だもの。ぽかーん、としてる学友諸君とリューリ・ベルにも分かり易いよう平たく噛み砕いて言っちゃえば―――――『食堂のおばちゃん』よりすごいお料理のプロはこの“王国”内には存在しない! ちなみに現在の王家お抱えシェフたちはほとんどがおばちゃんたちの弟子にあたるのでここの学食は最大限の敬意と畏怖をごちゃまぜにして『神々の戦場』と呼ばれている!!!」
「おばちゃんたちそこまですごかったの!?」
「そうとも、おばちゃんたちすごかったの!」
驚きを隠せないギャラリーと私の反応を全力で楽しんで、王子様の口は快活にこれ以上ない程よく回る。それはまるで親戚のおばちゃんを我がことのように自慢する子供のようだったが食堂のおばちゃんたちはおそらくたぶんこのトップオブ馬鹿の親類ではない。ないよな? 頼むから違うって言って。
「高品質なものを超高速で一定のレベルを保ったままに量産する調理技術の高さはもちろん、王国全土の料理を網羅せんばかりの豊富な知識とそれらを限られた予算内で実現してみせるレパートリーの広さに加えて栄養計算も完璧にこなし食材の扱いも超一流。腹ペコ学生の味方という絶対的な信念を掲げつつコストカットに勤しみながらも料理には一切の妥協は見せず、育ち盛りの子供たちの健康にも気を配るが故に学食が原因の食中毒など一切許さない衛生管理。食堂スタッフが当たり前のように提供し続けてくれる最高水準の恩恵に、私たちはずっと支えられてきた―――――本当に、すごいことなんだぞう? “王子様”が毒見を必要とせず、何の憂いもなく自分の好みで選んだ出来立ての昼食を友人たちと一緒のテーブルで温かいまま楽しむことなど食堂スタッフの尽力がなければ実現し得なかっただろう。婚約者であるフローレンや西の大公孫キルヒシュラーガー公子、そして国賓扱いの“招待学生”リューリ・ベルにしてもまったく同じことが言えるが、こと国の存続に関わるような立ち位置の子供たちが『異物混入等の危険を一切度外視して食事が出来る』というこの状況は他の教育機関ではあり得ない」
遠い“北”からやってきてこの“学園”以外の教育機関とやらを知らない私は、当たり前のように食事をしていた場所の特異さと偉大さを改めて知った。お昼になれば学生が集って目移りするほど多彩なメニューから思い思いに料理を選び、出来立てをその場で口に運んで食べ放題ならおかわり自由、という奇跡みたいなあの学食は、本当に素晴らしいプロの仕事に支えられた上で成り立っていたと本当の意味で今日知ったのだ―――――食堂のおばちゃんたちはすごい、と感動したことは数あれど、今この瞬間に抱いたものはこれまでとは完全に一線を画す畏敬と感謝の念である。
「おっと、学食の恩恵を受けているのは“王子様”たちだけじゃないぞう。この“学園”には王族も含めて貴族階級の子弟子女や各業界のエキスパートや王国の将来を担うべく勉学に打ち込む者たちが在籍している。そんな輝かしい未来の担い手に万が一のことがあってはならない―――――だからこそ、どれだけ馬鹿げたことであろうが取るに足らないことであろうが、微小な綻びを見過ごさず些細な異変を見逃さないことで保てる“当たり前”を保つために、おばちゃんたちは不本意だろうが非情な決断をせざるを得ない。料理人としての経歴に傷が付こうが謗られようが保身に走ろうとは微塵も思わず己が職務を全うし、食の安全と我々の健康を守るべくして行動する。覚悟の上で、信念の下、そういう責を、負っている」
そこは、分かるな? と言い聞かせるような王子様の発言に、異を唱えられる者は居なかった。私でさえも文句は言えない。これまでおばちゃんたちの作る料理に生かされ助けられ育まれてきた自覚と自負があるからだ。
餌付け効果と陳腐な言葉で表現するのは簡単だったが、“私”という生き物はどうしても“糧”となるものに嘘を吐けない。おばちゃんたちの手掛けた料理はいつだって食材が活かされていた。いのちをいただく、という食事の本質を真摯に見詰めて向き合ってきた時間の長さと濃さを思わせる熱量のような何かがあった。一片たりとも無駄にせず、口にした者が「これは美味しい」と唸る一品に昇華してやるという執念にも似た素晴らしい何かが。
「おばちゃんたちが、決めたのか」
「ああ、そうだ。リューリ・ベル。食堂のスタッフたちがそう決めた―――――文化祭用にと大量に、それこそ倉庫が満杯になる程に仕入れて保管していたからな。断腸の決断だったろう。察しても尚余りある」
「そうか―――――じゃあ、仕方ないんだな」
積極的に口に出したい単語では断じてなかったけれど、それこそ仕方がないのだろう。王子様を締め上げたところでどうにかなる話ではなかったし、そもそも相手を間違えていた。
これは“王国”の衛生観念と学食を守るおばちゃんたちの矜持と信念と責務の話だ。クロビカリサンなる虫が居たくらい気にしないから捨てるくらいなら私が全部食べてやる、と声を大にして主張したところで“招待学生”の身に何かがあったらと責められるのはおばちゃんたちだと分かっているから何も言えない。そんな主張は通らない―――――他でもない食堂のおばちゃんたちが、食べさせられないと判断した食材を食べさせてくれる筈がない。
振り上げた拳の行き先が何処にもなくなってしまったことを私が悟ったと察したのだろう、王子様はしんみりとした朝の空気を和らげるよう穏やかに柔らかく言葉を紡いだ。
「誰かが悪いわけではないし、起こった事象はどうしようもない。文化祭延期の原因となった黒光りさんに憤りたい気持ちは“王子様”にだって勿論あるが、極端な話あちらはあちらでただただ生きていただけだ。そしてそれを発見したおばちゃんたちは己が領分を弁えて職務を忠実に全うした。冷静な対応で迅速に判断し、結果として本番当日の早朝にではあるがこうして一学生である王子様が皆の前で説明責任を果たすに至っている―――――わけなんだが、つまりそれがどういうことなのか今から明るい話をしよう!!!」
明るい話、とテンションを爆上げして陽気な馬鹿が両手を広げる。しょうがないよね、みたいな消沈気味の雰囲気の中には場違いなレベルで燦然と輝くそのノリの良さに惹かれるように、俯きがちだったギャラリーの視線とちょっぴり虚無を味わっていた私の意識がそちらに向いた。
「まずは大量の食材が食用不可の廃棄処分、と聞いてしょげているリューリ・ベルに朗報だ。厳密には朗報ではないかもしれないがしかしそれはそれこれはこれ、いつまでも湿気た気分でいるのは人生が勿体無いじゃないの前向きになれとは言わないが元気と一緒に思い出せ! 正直規模こそ違うけれども『食材が台無しになっちゃった』ことは今までにもいっぱいあったでしょうが! その度にブッチ切れてたお前を宥めたのは一体誰だった? 食糧ガチ勢フェアリーも認める強い味方たちを忘れたか? さあ顔を上げろ学友諸君。そして思い出せ、前を向け。食用不可、というのはあくまでも我々『人類』に限った話―――――牛さん、豚さん、鶏さん、その他飼料を必要とする動物さんたちには適用されない! 農作物の肥料用として活用するのも問題ない!!! 聞いているだろう当学園の誇る優秀な農業科生各位! 出番でしょうよ!!! しょげてる場合か―――――ッ!?!?」
オァァァァァァァァァァアァァァァ!!!
と爆発した音の濁流は、たった今気が付きましたとかしょげてる場合じゃねえわこれという感情の奔流の発露である。妖精さんと一緒になってしょんぼりムードに浸るより食材を無駄にはしませんよと頑張る方が建設的だと思い出したらしい農業科生を筆頭に血色を取り戻したギャラリーたちを満足そうに見下ろして、王子様は彼らの熱狂に水を差さない穏やかな声で、しかし力強く演説を始めた。
「ハァイ! 都合の良い解釈に身を委ねるのも時と場合を間違えなければ前向きになれて便利だからな、活力が戻って何よりだ! そうとも! 農業科生のみに限らず全員しょげてる場合じゃないぞう! 食堂のおばちゃんたちが早めに対処してくれたことにより、時間的損害と物的被害はほぼ最小に留まった。仮に文化祭が始まった後で事が発覚していた場合、現場の混乱と損失はもっと甚大なものだったろう。それこそ文化祭が“中止”になっていてもおかしくはない致命的な事態はおばちゃんたちの危機管理能力の素晴らしさによって免れた! だからこそ文化祭は延期になったがしかし絶対に開催はされる。具体的な日取りは不明だけれども数日後には確実に。と、それを聞いた“王子様”はぶっちゃけ真っ先にこう思った―――――あれ? 文化祭が今日からじゃなくなるんなら、やれることもっとあるんじゃない?」
ポジティブさにかけては随一な馬鹿が、不遜な態度で笑っている。悪戯を思い付いた顔をして、内緒話でもするかのように、まるでそれが最善であると騙るが如くに語り掛ける。
「今回はイレギュラー的に“文化祭”の開催時期が早まってしまった関係で例年より準備に時間が取れず、正直に白状してしまうならスケジュール的にはギリギリだった。むしろ足りないくらいだったから切り詰めたところも多かった。あと一日でも猶予があったらもっと煮詰められた部分が、より良く仕上げるための工夫が可能だった箇所があっただろう。“王子様”は運営側に居たからそのあたりの苦悩はよく分かる。捻じ込みたかった企画とか、諦めざるを得なかった発表とか諸君らにもいろいろあっただろう。考えてみれば文化祭が延期とはすなわち準備期間の延長として捉えても問題ないわけで―――――どうせ伸びるならそれまではもう文化祭に全振りで良くない? と朝早くから“王子様”は全力で駄々を捏ねてきました!!! 若者の活力フルスロットルで寝起きのお偉いさん方各位に『文化祭延期にするしかないなら最短でぱぱっと開催するためにも生徒全員一丸となって本件に取り組む所存ですので通常講義その他カリキュラム全部ガン無視で諸々取り組んでもいいですよねえ!』と朗らかに無理を通してきたぞうそして結論は言うまでもないがまあ勝ちましたもぎ取りました全権とまではいかないがそこそこ掌握出来たのでこれぞテンションとパッションの勝利! 褒めて!!!」
何やってんだこいつ、という顔を私とセスは浮かべていたのだがギャラリーたちは拍手していた。王子様の陽気さ加減にあてられたのか謎のテンションで全員が全員熱狂しながら早朝の空の下で手を打ち鳴らしている。怖い。なんだろうこの集団。フローレン嬢が見当たらないので誰も止める人が居ない事実が一番の恐怖かもしれない。
「さてと、気分が上向いたところでより具体的な話をしよう。黒光りさんパニックによりお祭り騒ぎは持ち越されたが、直前でお預けを食らった以上はお楽しみでも増えねばやってられない。文化祭の主役が学生であるなら主役は主役らしく輝くべきで、頑張った先にはご褒美くらい用意されていても良い筈だ―――――でもそんなものはなさそうだったので今回は“私”がなんとかしちゃおう王子様大盤振る舞いのターン! ちょっとどころかかなりの本気を披露する所存でお送りしよう、発案も進行も突発的かつマジでついさっきの今朝方からなので開示可能な情報は圧倒的に少ないけれども大いに期待してくれて構わないぞう、不安だろうが安心してくれ!!!」
「発言のすべてが不安だな」
「安心出来る要素がねえな」
「お黙りキッズ! 見縊るな―――――この“王子様”が主動すると決めた催しに手を抜くとでも思っているのか」
馬鹿馬鹿しい、と彼は言い、真顔から一転笑顔になって自信たっぷりにこう告げた。まるで宣言するかのように、世界よ聞けと声高に。
「王子様たるもの寄せられる期待には笑顔で苦も無く応えるものだ、そして“私”は己が人生を楽しむ心を裏切らない―――――だからこそ言おう、期待していろ。今年度この学園に籍を置いていたことを一生の思い出として語り継げるような、きっと二度とはないであろう一度っきりのイベントを。それを実現させるために“王子様”は今、此処に居る。朝っぱらからノリノリで、勿論婚約者も巻き込み済みで、堂々と諸君らの前に居る」
「正直フローレンさんの姿が見えないのが一番の不安要素じゃないか?」
「はっはっはっは、リューリ・ベルの王子様に対する信用の低さ笑っちゃう! しかしこればっかりは杞憂も杞憂、不安要素どころか逆に一番の安心ポイントじゃない? だって考えてもみなさいよ、フローレンが今こんな暴走テンションの“私”の側に居ないってことは要するに―――――いつもみたいに、既に別口でいろいろ忙しく動いてくれてるからに決まってるじゃないの」
当たり前じゃん、みたいなノリで、それこそ苦も無く衒いなく自信も露わに馬鹿が笑う。我が物顔で、自慢のように、羨ましいだろと見せ付けた挙句に誇って胸を張る神経を惜しみもなく全面に押し出しながら、王子様は当然の如くに言うのだ。
「ぶっちゃけ今回は火急も火急、イレギュラーに次ぐイレギュラー。それこそ“私”というダメダメ婚約者の尻拭いを長年に亘って熟し続けたフローレンをもってしても捌き切れるかどうか怪しい複雑化したいくつもの案件を並列処理してもらわなきゃならないような時間との戦いなんだから、喋っているだけの王子様の横に安心装置として置いておくだけなんてそれこそ勿体無いだろう。時間の無駄にも程がある。それとも何か? そろそろプロフィール欄の特技に暗躍って書いても良いレベルに達している気がする彼女の素晴らしい仕事っぷりを―――――我が婚約者殿の有能さを、まさか、お前たちはご存じでない?」
「知ってはいるけどなんだろう、お前に指摘されたくない」
「テメェがそれを言うのかよ、みてぇな気分にさせられる」
「わかる」
「だよな」
「王子様を責める方向性で通じ合わないでママ大好キッズ! 友達からの風当たりが強めなのは純粋にちょっと傷付くぞう!」
「うわ王子様がなんか言ってる」
「うぜぇな適当に聞き流しとけ―――――どうせ大したこと言ってねえ」
「大事なことだけ言えよ王子様。婚約者だけ働かせてないでお前も働け」
「ははははは、容赦がなーい。一応はこんなふざけたノリでも真面目にちゃんと働いてるのにマイフレンズが協力的じゃないのってちょっぴり悲しくなっちゃうなー? もう少し優しくしてくれてもよくない?」
「五月蠅ェぞ自業自得王子」
「大体は過去のお前が悪い」
「否定出来ないんだよなあ」
微妙に治安がよろしくない雑談ぶちかましてる場合か、と言いたい状況ではあるのだろうが、誰も何も突っ込まないので好き勝手に話題が逸れている。混沌といえば混沌としていたがギャラリーたちは慣れた様子でなんか「ごかぞくうまい」とか言ってたからもう気にしないことにした。念を押す必要はないかもしれないが一応言っておくと王子様もセスもこの場には居ないフローレン嬢も私の家族ではない。断じて。
「雑談に興じ過ぎたのでそろそろ本題に戻るとしよう。はい、今の我々の会話を聞き逃すまいとしてくれた皆にはもう察しが付いているものと思うが、この場にフローレンが居合わせていないのはそういった事情があるからだ。彼女は常にベストを尽くすし、いつだって期待を裏切らない―――――“王子様”のことは信用ならずともフローレンのことは信頼に足る、ときみたちは知っている筈だ。身を以て、心から、経験則で知っている。であれば、あとは簡単だろう? “私”のためにと動く彼女を信じて励めばそれでよろしい。それだけで割と上手くいく。上手いこと良い感じにまとめてやろう、なにせイベント案件だからな。王子様とことん張り切っちゃう―――――そういうわけで、三日くれ」
唐突に、ぴっと指を三本立てて、王子様は眼光鋭くギャラリーたちを睥睨する。彼にしては珍しい言い回しを使った気もしたが、醸す雰囲気は王者のそれで不思議と今は違和感がなかった。
「諸君らの時間を三日くれ。それだけあれば実現出来る。そういう見通しが、プランがある。この場に居ない者たちも含めた全生徒、並びに学園関係者たちの貴重な三日間をどうか私へと委ねて欲しい。やって欲しいことがある。やってくれると信じている。限られた時間の中であってもこの“学園”の優秀な者たちであれば成し遂げられるとの確信がある………“王子様”だけでは不可能なことも、きみたちの協力があれば叶う。申し訳ないが私の無茶振りと我儘に付き合ってもらいたい、というのは半分建前で―――――最ッ高にはしゃげるようなお祭り騒ぎがしたいから、みんな、ちょっと手伝って?」
お願い、とウインクひとつで演説を締める王子様の緩さときたらなかったが、この馬鹿相手ならしょうがないなと肩から力が抜けていく。一致団結の方向性で固まったらしい早朝組から了承の意を示す雄叫びが上がったところで、煌びやかな容姿を持つ馬鹿王子はもう既にだいぶはしゃいだ様子で眩しい笑顔を浮かべていた。
「話が早くとっても助かる流石は早朝出動メンバー、最終調整もかねて早めに現場入りする責任者クラスその他が多いのもこちらとっては好都合! それでは早速頼みたいことを割り振っていくので悪いが一旦声のトーンを可能な限り落としてほしい―――――はい二秒でご協力ありがとう! 指針が定まった瞬間に目を輝かせるそのメンタル、切り替えの早さもさることながら人間ってヤツは本当に立ち直りが早いったらないなあ!!!」
どでかい主語に対する賛辞を恥ずかしげもなく口にして、誰よりも強靭なメンタルを持つトップオブ馬鹿は地続きのままのテンションで的確な指示を飛ばし始める。これをスムーズに行うための長い前座だったのだ、と思わせるには十分過ぎる、それはそれは端的で分かり易いお手伝い要請だった。
「さてそれではまず農業科生、大量の食用不可食材を何とか出来る可能性を一番秘めている諸君らに告ぐ! 今までに培ったノウハウを活かして飼料用肥料用その他諸々どの食材を如何なる用途で使用するのが最善なのかを見極め振り分け利用法を検討してくれ! “学園”内では捌き切れない量に関しては主に学外の畜産業者に飼料用として回すのが一番効率的っぽいので牛さん豚さん鶏さんにはどんな飼料が喜ばれるのかそのあたりも考えてくれると嬉しい! とにかく量が多いので仕分けに時間がかかると思うが農業科生の団結力を“王子様”は信じているぞう! 信じているから無茶振りするけど振り分けただけで終わりじゃなくって各食材の利用法についてのレポート作成もよろしく頼む、特に最新の肥料研究に関する資料は念入りにまとめておくようにしなさい完成品を学外に売り出す際のプレゼン資料は詳細であればある程良さげ!!! そして食材のロスを防ぎつつ飼料や肥料の売り上げに転じて損失を出来るだけ抑えるために必要なのは? イエス、そうです商業科生! きみたちが今までに学んできた経営戦略、人脈にコネ、交渉術にその他諸々を全部ブッ込む機会が来たぞう!!! 農業科生たちが振り分けた食材を飼料用として売り捌く販路を確立しつつ外部に発表出来そうな新作肥料第一号の早期宣伝もついでに行ってくれると助かる―――――しかし、同時に諸君らには食べられなくなってしまった食材の代わりを新たに確保する方面においても期待してしまいたい。我儘ですまんな! と、いうわけで二度目の黒光りさんパニックはこちらも本気で勘弁願いたいのである程度信頼のおける商会や業者や農家さんに繋ぎをつけてもらえると大変嬉しい。値段や仕入れ量の調整については商業科の講師数名と某権力に強いタイプの助っ人を応援に呼んでおいたのでそちらと話し合いつつ決める感じで………なお、このあたりは地方出身者と王都中央部出身者とで得意分野というか強みジャンルが各々分かれると思われるため、そのへん踏まえてディスカッションすると得るものが多そうでなんかお得!!! ちなみに農業商業とはまったく無関係な学科生も安心してくれとにかくやることいっぱいあるから手持無沙汰とは無縁の三日をお約束しちゃうぞう駆け抜けて行けェ!!!!!」
すごい怒涛の勢いで喋るこういうときの王子様本気で強い。なんかこう追い立てられているかのような錯覚が凄まじくて押されちゃう。口を挟む気にもなれないレベルで疾走感しか見当たらない。
「大切なのは関係各所の連携と情報交換だ! 学科や身分の違いを気にして報告と連絡と相談を怠るだなんてありがちなことやってる場合じゃないぞう! 教師陣と運営側には既に話を通しているので大抵のことはなんとかなる、詳しいことはお馴染みの文化祭実行委員会メンバーに通達済みなのでそちらを頼れ―――――焚き付けまくっておいて悪いが、この場には居ないフローレンが彼女にしか出来ないことをやっているのと同様にこのあと私は“王子様”にしか出来ないタイプの面倒事を片付けに行くからずっと現場で総指揮執るとか手厚いことはしてやれない。それでも、何とかして欲しい。道筋は示した。手筈は整えた。あとは実行するだけだ。まだこの件を知らない生徒たちにはきみたちから伝えてもらうことになるが、今この場に集っている学友諸君にはこの“私”自ら直接言おう―――――みんなで一緒に、頑張ろうな」
最高に楽しい催しにしよう、と王子様が勝気に笑う。悪戯心もたっぷりに、お貴族様らしく傲慢に、けれど、まるで親しい友か気さくな知人のような距離感でなにひとつ気負った様子もなく―――――眩しいくらいのカリスマを備えた美しい生き物にあてられて、バルコニーを仰ぎ見ていた観客たちの歓声が爆発した。声はバラバラだったのに、心はひとつだと言わんばかりの不協和音が朝を彩る。喧しいそれを聞きながら、私は不思議な面持ちで楽しそうに目を輝かせる彼ら彼女らを見下ろしていた。
「農業系講堂発表組集合ォ! とりあえず今居るメンバーで食材選別班編成するぞ、最初に全力で仕分けを終わらせて一刻も早く商業科生に仕事を回す作戦でいく! レポート作成は後回しでいい、班員構成は専攻科目と得意分野でがっちり固めて各グループで総力戦だ―――――と、仕事に取り掛かるその前に、食用不可食材案件を担当されることになった運営の御方こと会員番号十一番様とお付きのお嬢様方に礼ッ!!!」
「「「「「おはざぁぁぁぁぁぁぁす!!!」」」」」
「おはようございますお疲れ様です早速のご対応ありがとうございます、顔合わせもすみましたところで班員が決まったところから登録作業を始めていきましょう、食堂付近一帯と倉庫周辺は今現在食堂の皆様が害虫駆除に勤しまれていますが食材は分散して避難済みですので各班ごとに該当食材の保管場所へとご案内いたします」
「おはようございます千一番です、錬金術科が最初に行うべきことは害虫駆除剤の量産です食堂の皆様が景気良く現在進行形でお使いになりまくっている関係で足りません圧倒的に足りません、食を扱う現場に散布しても問題ない駆除剤のレシピは既にレクサンドラ先生から提供を受けていますので我々は人海戦術でまずはひたすらに材料を搔き集め作って作って作りまくります白目剥きたくなる難易度だとかは気付いてはいけませんやらねばならぬ」
「商業科生の皆様おはようございます、こちらの担当に任ぜられました十二番でございます。ダメになってしまった食材を飼料用として売却し、新作肥料第一号を宣伝しながら新たな食材の確保も行う、というハードなスケジュールではありますが、慌てることなくひとつひとつ確実にこなしてまいりましょう。ひとまず会議を行う場として小講堂をおさえましたので、詳しい話はまたそちらで」
「芸術科及び建築科の皆さんはシンプルに制作期間が伸びました! ですが期限は三日間です、締切厳守でお願いします! あとこの中の建築科生に設計専攻の方はお見えでしょうか!? 建築学科の先生が食堂と倉庫の害虫害獣対策について施設構造を改良するかたちで熱い討論を繰り広げておいでです! 真新しい視点も欲しいとのことで招集がかかっておりますので該当者はこちらにお集まりください! その他ご質問等ございましたら千二番までお願いしまーす!!!」
「教養学科、特別学科の皆々様、おはようございます。あなた様方の得意とするサポート技能その他諸々、大いにご活用いただけるよう遣わされました十三番です。どれだけ効率を重視したとて雑務というのは増えるもの。適材適所、人材を投じて痒いところに手が届く万全のサポート体制目指して一緒に頑張ってまいりましょう―――――ええ、不要なトラブル等は、もうひとつとして増やさないように」
「業務連絡、業務連絡、早番の剣術科生はまだ来ていない生徒たちへの伝令役を担当しますのでお気軽にお声掛けくださーい! 学生寮への第一便出まーす! 呼び出し伝言等ご依頼の方居ますかー!? ご用命とあらば力仕事にも剣術科生を回せますのでご用命はまとめて千三番までー!!!」
そしてよく見たらあちこちでチーム・フローレンのお嬢様方とおまけの婚約者連中がめちゃくちゃに仕事をしている件。王子様といいフローレン嬢といい何時起きなんだあの人たちは。早起きさんなことは間違いなさそう。各自本当にお疲れ様です―――――いや、たぶん食堂のおばちゃんには負けるだろうけど。早起き対決。というかおばちゃんたち、もしかしなくても徹夜では?
「なんか怒涛の展開だけどとりあえず錬金術科の私は害虫駆除剤とやらを量産する係に加わればいいんだな、よしきた任せろおばちゃんたちのお助けアイテム使い切れないレベルで作成してくる」
「呑み込みが早くて助かるけれどもリューリ・ベルにはもっと他にやってもらいたいことあるからバルコニーから飛び下りるのはちょっと待ってもらっていいかでかしたセス流石よく止めた!」
流れるようにセスを褒め称えている王子様の言ったとおり、バルコニーから手っ取り早く飛び下りようとした私の目論見は機敏に動いた三白眼に寸でのところで阻まれていた。よく今の反応出来たなあ、と素直に感心する反面で、それでも言っておいた方が良さそうなことは雑談感覚で言っておく。
「うーん、咄嗟だったのはまあ分かるんだけどもいきなり腕引っ張って止めるのはどうかと思うぞ三白眼。私の勢いがもうちょっと凄かったら半端にバランス崩した状態で二人揃って真っ逆さまじゃん。危ないだろ。主にお前が」
「自分の着地の心配を一切してねえのがテメェらしいがそれはそれとして腕引っ張ったのはすまん」
「いいよ。というか一緒に落っこちかねない止め方はどうよって話なだけで腕は別に気にしてない」
「しろや。なんだその強者の余裕」
「これは自慢だがお前より強いぞ」
「反論出来ねえ」
「そりゃそうだ」
「まあそうだな」
「ねえ仲良しキッズ、手摺の上で雑談すんの怖いから止めてもらっていい? 身体能力にものを言わせて絶妙なバランスで静止してないで余裕があるなら下りなさい、危ないしとっても気が気じゃないからゆっくりこちら側にいらっしゃい―――――心配性なギャラリー各位がレスキュー隊を結成する前に安全圏まで移動してくれっていうかもう見ててハラハラしちゃうでしょうが素直に言うこと聞きなさい目の前で友達がバルコニーから落ちて怪我したら王子様トラウマになっちゃうが?」
「は? 自分で下りられるんだが?」
「あ? 着地とか余裕でキメるが?」
「止めろ止めろ論より証拠スタイルで揃って飛び下りようとするな時間ないっつってんでしょうがいい加減にしなさいお子様たちッ!!!」
「なんだよ王子様五月蠅いな」
「ちゃんと下りただろうがよ」
「えらい! 大変よく出来ました! それじゃあいつまでもじゃれ合ってないでちゃっちゃと本題に入るぞうお前たちにもやってもらいたいことがあるんだからな特にリューリ・ベル!!!」
危ない、との指摘はそのとおりなので素直に従った私とセスに威勢の良い声を飛ばす王子様。誉め言葉の雑さが尋常ではないが別に褒められたいわけではないので落胆はない。イラッとはする。煽られたと判断したらしいセスは鋭い舌打ちを響かせていたが、無駄口を叩こうとしないあたりには配慮の程が窺えた。とりあえず見習っておこうと思って私もまた無言を貫いてみる。
放っておけばこの王子様、勝手にぺらぺら喋るので。
「本来ならセスにもリューリ・ベルにもそれぞれ所属している学科で大いに活躍してもらうところだが、しかし“招待学生”のスケジュール的には現実問題そうもいかない! 予定がズレる、ということは、当然その予定の後に控えていた別の予定も計画もすべてがズレていくということだ! つまり文化祭の開催が三日分伸びてしまったが故に今後予定されていたリューリ・ベルのスケジュールにも三日分の狂いが生じる。なので、後回しにしていたものを先に消化してもらうことにした―――――と、いうわけで、はい視線をあちらへ」
そう言って王子様が指し示したのは、なんと外ではなく中だった。バルコニーに繋がる学舎内、何という名称であるのかは知らないがおそらくは何処かしらの名前がある部屋。そこに置いてあったのは、何やら大掛かりな荷物である。
中身がぱんぱんに詰まっていると思しき膨らみ方の背嚢ふたつと、布でぐるぐる巻かれた包みと頑丈そうな手提げの鞄となんか飛び出してる紙袋というなんともめちゃくちゃな組み合わせだった。特に中身がぎっちりっぽい背嚢ふたつから醸されているのは積載量の限界ぎりぎりを攻めたチャレンジ精神と執念である。存在感というか圧がすごい。謎の棒が飛び出している紙袋よりも意味が分からん。
いやなにあれ、と眉間に皺を寄せる私の耳朶を、ノリノリな馬鹿の声が打った。
「本来であれば文化祭後の休日に予定していたリューリ・ベルの“王国”体験もとい、昨日の『理想の殿方コンテスト』におけるお前への労働報酬のひとつ………久々に“狩り”がしたいかも、とポロリしていた“北の民”の本音をこちらで勝手に汲み取ったかたちで『本人がそう言ってるんだし王都周辺の自然環境に触れつつ存分に身体を動かすことでストレスその他諸々を発散してきてもらえばいいじゃん点数稼ぎするなら今でしょ』と偉い人たちを丸め込む方向でなんとか成立させた企画! ネーミングは敢えてシンプルに! お遊びではなく学びっぽく―――――『野外学習』、特別編!」
なんだか聞き覚えのある響き。そういえばセスと顔を合わせたばかりの頃に行ったお魚さんを焼くイベントがそんな名称だった気がする。そこまで昔のことでもないのに懐かしい記憶を掘り起こした気分で、しかしわざわざ『特別編』などと銘打つ仰々しさには少し呆れた。
「はっはっはっは、さてはその顔『特別編ってなんだよ王子様いちいち言い方が大袈裟なんだよなこのトップオブ馬鹿』とか思っているな? ものぐさフェアリー。安心しなさい、何も“王子様”お前ひとりに単独でお魚さんを獲って来いとかそういう無意味な無茶振りはしないさ。ただ“王国”の上層部―――――偉い人たちが決めたカリキュラムにも消化しないといけないことが義務的にいくつかあったりしてなあ、それをさっくりとまとめて満たしてついでにリューリ・ベルのささやかな希望をさくっとしれっと叶えてやるにはこういう形式が一番早くて何より都合が良かったんだよハイ、以上、説明終わり!」
説明している本人が一番説明面倒臭がってる感じが漂うぶん投げ感。どうせこのあたりの詳細についてはお前もさして興味ないだろうし大胆に端折ってお伝えしました、みたいなテンションちょっと笑う。
私は真顔で頷いて、理解したことを口にした。
「なるほどつまり噛み砕いて言えば―――――なんかよく分からんけど合法的に狩って獲って食べても大丈夫なやつ?」
「何処をどう噛み砕いてその解釈に至ったのかはさておき本質的には間違っていないのでお答えしよう、大丈夫なやつだ。大丈夫にしてきた。どうせその場で食べたいだろうな、と思って万事恙無く調えてきた。具体的に言えば此処に用意した荷物一式を持って“私”が用意した馬車に乗ってもらえば目的地に着くように手配してある。なお、狩猟に必要な許可証系と狩場の地図と狩ってもいい野生動物のリストについては既にセスに渡してあるので詳しくはそちらから聞くように」
「手抜かりがないあたりさては“王子様”この件もイベント扱いなんだな?」
そうだよ! と明朗な声が返ってこなくても答えなど分かりきっている。度し難い類の馬鹿ではあってもイベントに対する才覚だけは本当に秀でているらしく、何から何まで用意してあとはひたすらこの道を往けと示す姿はそこだけ切り取ればまさしく王者そのものだ。普段との温度差がえげつない。
そんな幼馴染のアンバランスさにはとっくに慣れている三白眼は、王子様の説明を聞き流しながら自分はさっさと背嚢を背負ってもうひとつを左手にぶら下げていた。空いた右手で残りの荷物まで持とうとしている彼を指し、私はふとした疑問を投げる。
「ところでその野外学習とやら、説明からしてあの三白眼が責任者なのか? 学生なのに?」
「うんその件に関しては『先生たちも忙しいからもうセス一人でいいや』ってことにしちゃった! 流石に“招待学生”だけを野生に解き放つわけにはいかないから同行者の存在は必須だったが、ぶっちゃけ教師を付けるよりもお前にはセスの方がいいだろう―――――気心が知れているというのもあるが、“北の民”の驚異的な身体能力を鑑みれば下手な従者など撒かれるだけだ。全力疾走なんてされようものならほぼ確で“王国民”は追い付けないし、なにより教師陣で一番動ける剣術科のカークランド教諭でさえも『剣術ならともかく速度勝負で彼女に及ぶとは思えません』と真顔で断言していたからな。セスの方がまだいけるっぽくない? だってアイツ負けず嫌いだもん、追い付けなくても引き離されない速度で追うじゃん絶対に」
「いやまあそれは分かるけど。お前らの中で私は同行者を置き去りにするのが前提なのかよ、信用ないな?」
「あ? 逆だ。信用してンだよ。“北”の狩猟民族が獲物を前に後ろを気にするとは微塵も思ってねえって話」
「理解度が高くてどうしたセス」
「どうもしてねえよ経験則だわ」
「なるほど。先生よりいいかもしれない」
「じゃあいいか、みたいな笑顔止めろや」
「リューリ・ベル絶対本気で走るじゃん。セスごめんだけど頑張ってー」
「他人事だと思いやがってコイツ………!」
本気で他人事感覚の王子様に向けて凶悪な眼光を突き刺すセスの声音はかなりの苛立ちにまみれていたが、あの馬鹿相手に怒ったところで時間の無駄だと判じたらしい。あっさりと冷静さを取り戻した彼は幼馴染から視線を外した。
「そういうわけだから出掛けるぞ白いの。急で悪ィがすぐ出発する。レオニールも再三言っちゃあいるが、割とマジで時間がない上に“招待学生”のスケジュール調整は本気で面倒臭ェんでな―――――質問があれば道中で聞く。異論は?」
「ないぞ。でも質問の方はある―――――なんなんだ、その大荷物」
「真っ先にそれかよ。予想はしてた。食堂スタッフから提供された『無事だったけど日持ちしねえ食材』とバーベキューセットと調味料とその他諸々屋外レジャー満喫グッズの詰め合わせ」
「私の知ってる“狩り”じゃないことだけは分かった。半分持つわ」
「助かる。ちなみに俺の知ってる“狩り”とも違ェよ。別の何かだ」
「メイン現地調達ピクニック、って言い換えたらお前ら納得する?」
「セス。王子様がなんか言ってる」
「気のせいだ。行くぞ、リューリ」
もう王子様と会話するのが面倒臭い、と言わんばかりにさっさと歩き出すセスの背中を追い掛けて、渡された荷物を肩に担いだ私も急ぎ歩を進める。話の流れで狩りだかレジャーだかピクニックだかよく分からない野外学習に赴くことにはなったけれども、それなりに楽しむ自信があったのであまり悲観はしていなかった。
「なにはともあれいってらっしゃーい! 満喫しておいでキッズたち!」
陽気な馬鹿が、陽気な声で、見送りの言葉を叫んでいる。それに振り返ることもせず、私とセスは大荷物とともに揃って部屋の外に出た。
クロビカリサンの出現により大忙しらしいおばちゃんたちの力になれないのは残念だけれど、消化しなければいけないスケジュールを先に片付けておけ、と言われたら“招待学生”は大人しくその指示に従うだけなので―――――それっぽい理屈を捏ね回してまで合法的に外に出ろ、と望まれたなら、堂々と、お望みどおり“狩り”に行こう。
「出来る範囲で、可能な限り、赴くがまま全力で―――――後悔だけは、ないように」
それだけはしなくて済むように。
閉まった扉の向こう側、ただ一人残った“王子様”がこぼした小さな囁きは、本人にしか拾えない。自分に言い聞かせているようで、誰かに対して言いそびれたような―――――そんな、意味のない音だった。
お疲れ様です、この後書きまで辿り着いてくださってありがとうございます。大感謝の意。
念のためにと前書きに置いておいた注意喚起でご不快な思いをされる方が一人でも減っていれば良いのですが、そうでなかったら実にすみません。出来れば被害者はゼロがいい。
年の瀬になんてもんを投稿しやがる、とのごもっともなお叱りはご容赦いただけますと幸いです。書いてる作者もあの虫さんとはエンカウントすらしたくない。話題に出すのもご遠慮したい。なんで書いたんだ? と問われれば進行上の都合です。
改めまして、ここまで読んでくださったあなた様に今年最後の感謝を申し上げます。心が広く徳の高い寛容な読者の皆々様、よいお年をお迎えくださいまし。




