22.振り落とされてもしょうがない
いつもお世話になっております。
一話におさまらない気配がしたので好き勝手したらこうなりました。
毎度毎度すみません。
熱気、殺気、その他諸々。
目に見えないのに見えている、と錯覚してしまう類の何かが四方八方に満ちている。それも、現在進行形で押し込めるようにぎっちりと、さながら寸胴鍋ぎっしりの具沢山な野菜スープの如く。
「注目、そして静粛に! 逸る気は抑えてもらうけれどもやる気を削ぐ気は一切ないのでそのまま視線と意識だけをこちらに向けていただきたい、コンテストの開催宣言前にいくつかの注意事項を少々―――――ああ、素晴らしい。話が早いな。皆の協力に感謝する」
静かに、と言われたとおりに即刻静まった会場内をゆったりした動作で見回して、闘技場の中央舞台で王子様が頷いた。以前に食堂で行ったセレクト・ランチ対決の時より集っているのではなかろうか、と思う程に埋まった座席の圧と浴びる視線の総数は相当のものに違いないのに臆することなく躊躇うことなく堂々とその場に立つ長身には謎の覇気が漲っている。
当たり前じみた自然さで上位者の余裕と風格を備えた“王子様”的な美貌の顔に鷹揚な笑みを湛えつつ、彼は通りの良い声で朗々と言葉を紡いでいった。
「さて、まずは観覧席のギャラリー各位への通達だ。事前に伝えてあったとは思うが、今回のイベントは学生であれば誰であっても入場フリーのお祭り仕様となっている。管理上の理由から一部の区画を封鎖して、予見し得るトラブルの類を極力回避するために貴族子女用と平民用で大胆にエリアを分けてはいるが、基本的には闘技場内の客席はすべて自由枠。より良く見えるポジションを、と争うことなく平和的に今座して待つ皆に対してマナーを説く必要はないだろう。“文化祭”の準備の合間に交代で顔を出す予定の者たちが居るとも小耳に挟んでいるが、入るも出るも個々人の自由だ。好きに見て好きに楽しんで、自分のタイミングで去るも自由―――――但し。この闘技場を辞する際には観覧中の他ギャラリーの迷惑にならないよう配慮の程を。途中で帰らねばならない者は現在位置を確認しておけ。観客列のど真ん中あたりにうっかり座っていたりはしないか? 人酔いし易い体質の者も念のために自分と相談しなさい。急に具合が悪くなる等のイレギュラーな理由なら仕方がないが、あらかじめ退場しなければならないと分かっている場合は端に寄っておいた方がいいと思うぞう? イベント中に観客の目の前を横切って出口を目指すのは他でもない自分が気まずいからな。少なくとも私はそう感じちゃうタイプの“王子様”なので、早めの対策をオススメしておく」
おどけた口調でそう結んだ王子様の言葉が終わらないうちに、闘技場内の至る所から少なくない数の笑いが起こる。風のような自然さで発生したそれらは好意的に明るいもので、実際に何人かの観客たちが周りの人たちと言葉を交わしながら座席を移動したりしていた。
「体調不良、予期せぬトラブル、その他諸々有事の際には近場のスタッフを頼ってほしい。目印は毎度お馴染みの目を引く真っ赤な腕章だ。現場警備も兼ねて配置した選りすぐりの剣術科生たちは迷惑行為や残念行動といった通報案件にも対処可能なので遠慮なく声を掛けるように。ああ、ちなみにこれは余談だが、今回の警備主任はセス・ベッカロッシ侯子が担っているので事前に通知しておいた観覧におけるマナーとルールを破ったら即時鎮圧される―――――フローレンとキルヒシュラーガー公子に目を付けられたくなかったら、節度というものを守ろうな」
こわいぞ、と一瞬だけ真顔で三白眼と婚約者と縦ロールお嬢様の名前を出して効果的な脅しをかけていく王子様に震え上がるギャラリー各位の顔はまさに真剣そのものである。
存じております、と言わんばかりの統率された反応はある意味不気味でしかないが、敵に回してはならない御方ランキングとやらの上位陣らしい名前を出されれば無理もないかと何処かで納得している自分も居た―――――他でもない私自身がその謎ランキングの上位に食い込んでいるらしい事実には全力で触れない方向で、王子様の説明の続きを聞く。
「そして今回のイベントにおいて、飲食物の持ち込みは防犯上の理由から一切禁止されている。が、観客席内を移動している食堂の出張売店員から飲み物や軽食を購入して食べる分には問題ない。そして言うまでもないことだとは思うが、ゴミのポイ捨てや食べ物を粗末にするような愚行は心の底から慎むように………理由は言わなくても分かるな? 分からなければあちらを見てほしい―――――ご紹介しよう、当コンテストの“美化委員長”ことご存じ食糧ガチ勢フェアリー、食いしん坊代表リューリ・ベルです! 総員、頭からゴミ箱に叩き込まれたくなければ気を引き締めてゴミはゴミ箱へッ!!!」
ハァァァァァァァァァァァァイィ!!!!! と会場中の声が綺麗に唱和した。
重なり合って罅割れの酷い大音声と化したそれは妙な切実さと切迫感を持ってぐわんぐわんと鳴り響き、始まる前から謎の盛り上がりを見せる事態となっていたから意味不明にも程がある。
警備責任者を申し付けられたセスの隣で彼と同じく「スンッ」とした顔を浮かべながら立っている私はそんなことを考えながら、しかし事前に頼まれていた仕事はきちんと遂行した―――――ここに居ますよ、というアピールを兼ねて片手を上げて緩く振るだけの簡単な動作なのだけれど、髪も肌も白い“北の民”がやると遠目にも随分と目立つらしい。
余談だがセスにつけてもらったイベント運営側の証こと真っ赤な腕章には光沢のある銀色の糸で『美化委員長』との丁寧な刺繍が施されているのだけれど、今日の私のこの役割のためにわざわざ王子様が縫ったらしくて本当に意味が分からない。余談ついでにセスの腕章の『警備主任』なる文字列に関してもトップオブ馬鹿が暇を見付けてはちくちくと刺繍をしたとのことで突っ込みどころしか見当たらないしクソ忙しい業務の最中に施した刺繍のクオリティの高さにスペックの無駄遣いをひしひし感じたフローレン嬢の目は死んでいた。恐ろしい程の無を湛えた公爵令嬢の真顔の訴えに私とセスが押し黙ったのは当然の自衛手段と言えよう。
もっとも、当の馬鹿王子様はそんな婚約者の圧に晒されるのも「慣れっこだから!」の一言で片付けて当初の進行の予定通りに元気に舞台上ではしゃいでいるが。
「はい、危機感の伴った良いお返事! 繰り返すがいろんな節度を守ってお行儀良さげに楽しんでくれ、それでは前置きはこの辺にしてお待ちかねの開催宣言といこう! プリンス・レオニールとレディ・フローレンが主催する“文化祭”特別企画イベントこと『理想の殿方コンテスト』、ここに堂々開幕だ―――――まずは審査員団と参加者各位の入場から! 会場の諸君、待たせたな、思いっきり騒いでいい頃合いだぞう拍手で迎えてくれたまえ!」
そうして爆発するように響き渡る盛大な拍手の雨に、輝く笑顔で応えた王子様は長い手足を大仰に、けれど優雅さを保ったままに振り回して器用な一礼をひとつ。王族としてより道化としての立ち回りこそ一級品だと思わせる謎の貫禄で、ぴたりと時が止まったかのように身体を静止させて保つ姿勢には乱れも揺らぎも苦労もない。
前々から思っていたけれど、見た目以上に体幹がしっかり鍛えられている。褒めるとたぶん調子に乗るから本人には絶対言わないけれど。
「時間通りだな」
割れんばかりの音の嵐の真っ只中においてさえ、隣り合っている三白眼の声はいつもと何一つ変わらなかった。二人の公爵令嬢を筆頭に堂々と舞台へと上がる華やかな女子の集団をしっかりと視界におさめながらも、彼の意識の大半はその後に続く男子の群れに割かれているに違いない。律儀で真面目で気遣いも出来る凶悪な顔立ちの三白眼は、一切の隙も油断もない様子で静かにコンテスト会場もとい仁義なき戦場を見守っていた。
主催、審査員、参加者が揃った舞台の中心で、王子様がにこやかに良く通る声を張り上げる。
「役者が全員揃ったところで紹介させていただこう! まずは本日の審査員! 筆頭を務めるは西の大公孫にしてキルヒシュラーガー公爵令嬢、レディ・マルガレーテ・キルヒシュラーガー! そして快く審査員役を引き受けてくれた女生徒各位こと審査員番号一番から五番の皆さんだ! 『理想の殿方』を選定する場に目を眩ませる肩書きなど無用、とのことで全員が番号呼びを希望したためその意を汲んで氏名は出さずナンバリングを採用している! もちろん、同じ学舎にて勉学を共にしている以上、当然名前や為人を知っている者もいるだろう。しかし生家の爵位や立場は今この場においては関係がない、彼女たちは“個人”として公正な審査を行うとの意志を持って臨んでいる―――――ので、当コンテストでは参加者側も敢えて個人名を出すのではなく番号呼びで統一したいと思う! 爵位とか序列とかそういうものは一切度外視してあくまでも己の“個”だけで覇を競え! ハイそういうわけで参加者はご覧の通り十三人! 識別は参加証として胸に付けている番号バッジの番号がそのまま適用される! 我こそは、と名乗りを上げたチャレンジ精神溢れる勇敢な男子生徒諸君に盛大な拍手を願いたい!!!」
弾ける歓声。破裂する音。拍手の渦の中心でありがとうありがとうと観客に手を振る王子様としれっと微笑んで自らも手を打ち鳴らしているマルガレーテ嬢及び審査員のお嬢さん方と「聞いてませんけど!?」と慌てているコンテスト参加者たちを冷静に眺めているフローレン嬢という絵面がすごい。
「盛り上がり方が異様な気がする」
「シンプルに異常の域ではあるな」
ぽつり、とこぼした素直な気持ちに率直な答えを返してくれるセスの安定感に関して言えばこれが正常だから安心しちゃうな。自分の感覚だけおかしい、というわけではないのだと判明するのが早くて助かる。
白状しちゃうとほっとする―――――なにせ、いまいちこの場のノリに付いて行けていないので。
「おおっと、客席側の反応が素晴らしいので最後になってしまったが、本日の司会進行は言うまでもなくこの私! アドリブにかけては定評がある主催兼実況の王子様! 解説はもちろんフローレンだ喜べサービスデーだぞうハイ拍手喝采ありがとう! 本当に感度がいいな今日! さては“文化祭”目前にしてテンションが爆発していると見える、そんなノリの良い観客たちを焦らすのは私の本意で無いのでさっくりサクサク進めてい―――――」
「すみません質問よろしいでしょうか!?」
「勢い任せに進めちゃいけないツッコミどころがありますよねぇ!? 聞いていた話と違うんですけど!?」
「参加者紹介のコーナーどころか番号呼び統一ってどういうことだ!?」
「違うそれはこの際どうでもいい! 今はそんなことよりも―――――居ないって聞いてたのに居るじゃないですか普通に! そこに!!! リューリ・ベル!!!!!」
「そうだよそれだよ一番流しちゃいけないのは間違いなくリューリ・ベルだよ!」
「そうですとも! それに『美化委員長』って何ですかその肩書き初耳ですけど!?」
「はっはっは一斉に囀り出したな参加者諸君元気有り余ってるゥ!」
特に気分を害した様子も見せずに振舞う王子様だが上機嫌な言葉の裏には若干の棘が生えている。気持ち良く喋ってたところだったのに話の腰ぼっきり折らないでくんない? という本音をテンション高めの状態で包むとあんな感じになるらしい。
私を指差して囀る連中の元気を称賛した後で、声のトーンは変えないままに彼はあっさりと言い放った。
「進行を滞らせないためにも諸君らの疑問に答えておこう。だって“王子様”は主催だからな! 時間がないのでまとめて言うぞう、まず番号呼びの件に関してはたった今説明したことがすべてだ! 出自や爵位その他諸々加味した上で審査します、なんて採点基準にしようものなら極端な話“王子様”とか高位貴族の子弟ばかりが高得点でしょうがそんなの誰も楽しくないし主催の私がつまらない!!! なので参加者各位は今から胸のバッジの番号のみで識別されます以上! 次! リューリ・ベルがあそこに居るのはこれも先に説明したとおり『美化委員長』として運営する側でコンテストに関わっているからだ!!!」
「それがおかしいと言っているんですよ彼女個人は『このコンテストにおいて参加者の言動に一切不要な口出しをしない』と事前に明言されていたというのにこれは明らかなる虚偽では!?」
「うん? どこがだ?」
抗議の声も何のその、王子様は計算され尽くした角度で小さく首を傾げてみせる。心外でしかないことを言われた、と主張している表情はごくごく自然に綻びもなく、頭に血が上って喚く連中を不思議そうに眺めていた。
「参加者諸君、少し落ち着いてくれ。おそらく誤解しているぞう? まず『美化委員長』についてだが、これは主に環境そのものを綺麗にすることを信条とする。その名の通り活動内容は場内の美化を図ることだ。みんなが気持ちよく施設を利用しイベントを楽しめますように、という配慮から発生したポジションなので『リューリ・ベルは当コンテストにおいて参加者の言動に一切不要な口出しをしない』云々についてはまったく関係がない―――――というか、事前に通達したそちらについてはもしや全員ちょっと不幸な勘違いをしているのでは? 口を出さない、とは確約したが顔を出さないとは言っていないだろう。彼女がこの場に居ませんよ、とは明言した記憶がないんだが? 心配せずとも現状のリューリ・ベルは会場警備員の清掃概念特化版みたいな役割だし、立ち位置だって見ての通り警備主任のセスの隣で大人しくこっちを見守ってるんだからコンテストの参加者たちに不利益などある筈もないだろう。見当違いも甚だしい、と返さざるを得ないんだが異論はあるか?」
「むっ………なるほど、美化委員長なる新設の役職については仰る通り誤解があったようですのでお詫び申し上げます殿下―――――しかしながら、どうしてわざわざリューリ・ベル嬢にそのお役目を任せるに至ったので?」
分が悪い、と悟ったらしく下手に出た勘の良い参加者の一人に“王子様”らしい覇者の風格を鷹揚な態度で突き付けて、トップオブ馬鹿にはとても見えない金髪の青年は答えを述べる。悪巧みを悪巧みとも思っていない厚顔さを前に押し出してあっさりと。
「皆もよく知っているとおり、急遽前倒しで開催されることが決まってしまった“文化祭”において、じきに故郷へ帰ることになった“招待学生”のリューリ・ベルは我々と同じ学生の身でありながら客人の扱いをされている。本来ならそれなりの時間をかけて意見を交わし、計画を立て、役割を決めて皆と一緒に準備を進めていくものだというのに彼女にはその機会が与えられない………単純に、時間がないからだ。もちろん携われる部分には積極的に参加してもらったが、それでもほんの交流程度で本来の“文化祭”の趣旨には遠い―――――そんなの、勿体無いだろう? リューリ・ベルが“学生”でいられる時間は私たちよりずっと短いのに、そんなつまらない話があるか!? なので、我々が主催するささやかなレクリエーションくらいは運営側に回ってもらおうと『美化委員長』に任命した。催し物がどのように企画され実際に開催されるのか、実現に至るまでの道筋を外でなく内側から見てもらうのにちょうど良かったからそのように手配して彼女自身にも一部の役割を担ってもらうことにしたわけだ。これは王国上層部、並びに学園教師陣からもきちんと許可を取っている………『ぱっとした思い付き』を限られた時間内で現実に反映させるにはどれだけの人手と筋書きと根回しと調整が必要なのか、言葉を尽くして説明するより実体験の方が遥かに早い。リューリ・ベルは正しくこちらの意図を汲んで協力してくれたし可能な限りに学んでくれた。そうとも! 他でもない彼女を含め、関係者たちが奔走しあっちもこっちも巻き込んで、数多の支援と協力のもとにこのコンテストは成り立っている―――――改めて、この場に集った面々に主催として心からの謝辞を述べたい。参加してくれた者、見に来てくれた者、そして運営に携わってくれたすべての者たちに多大なる感謝を」
「本日はお集まりいただき、まことにありがとうございます。主催の一人として喜ばしく、身に余る光栄でございます―――――どうぞ、皆様、心行くまで、コンテストをお楽しみくださいまし」
素晴らしく真面目ぶった王子様の演説の終わりを綺麗に引き継いで、フローレン嬢が穏やかな口調で美しい礼を披露した。見目麗しい美男美女に揃ってここまでお膳立てされて湧かないギャラリーなどこの場に居ない。訓練された王国民たちの涙腺があちこちで決壊していたし本日の歓声のボリューム最高値があっという間に更新される。
そうして、何故だか泣きながら思いの丈を叫びまくる喧しい観客に気圧されて、司会進行の話の腰を折った連中が閉口するのを眺め遣りながら私は傍らのセスに聞いた。なんだかなあ、との気持ちを込めて。
「そんなちゃんとした話だったっけ?」
「たった今ちゃんとした話になったな」
「美化委員長だか何だか知らんけど私が堂々と会場内に居たら参加者から苦情が来るんじゃないのか、って聞いたとき王子様がすっごい笑顔で『任せろ!』って言ってた意味がよく分かった―――――この状況を見る限り、本当に無駄に有能なんだな。イベント関係に対しては」
「おう。リューリがコンテストに関わらない―――――つまりはこの会場内にすら来ない、と思って参加した連中への言い訳はどうするつもりか気になってたが最大限それっぽくまとめやがった。まァ『参加者の言動に一切不要な口出しをしない』って文言の時点で罠なんだが」
口出ししないとは確かに言ったけどコンテストに来ないとは言ってない―――――どころか、『参加者の言動に一切不要な口出しをしない』と言い放つからには大前提として『参加者の言動』を目にする可能性があるに決まってるじゃないの! と企画の段階でまったく悪びれずに言ってのけやがった王子様の面の皮の厚さときたらもちふわのパンケーキに負けないレベルの分厚さで本当にびっくりしちゃうよな。厚焼きのパンケーキは嬉しいけれどもトップオブ馬鹿の面の皮が驚異の分厚さを誇ったところで私は別段嬉しくはない。
呆れを通り越して一種の感心を抱くに至ったらしいセスは、なんとも複雑な眼差しを異様な盛り上がりを見せている観客席へと向けていた。
「リューリ・ベルは例のコンテストにはまったく関わらないらしい、なんて噂をきっちりピンポイントで流したのはまぁフローレンと連れのご令嬢方だろうが、それにしたってこの流れはもう完全にレオニールの読み通りだな………追加で文句垂れそうな顔した頭の足りてねぇ馬鹿畑を観客席の連中を使ってあっさり封殺しやがった。次期国王とその婚約者があそこまで綺麗に沸かせて整えたこの雰囲気に水を差すのは流石にどんな馬鹿だってしねぇわ」
「そもそも何か言ったってこれじゃ五月蠅過ぎて聞こえないだろ」
「俺とテメェは隣り合ってるからギリで会話が成り立ってるがな」
「セスが何も聞き取れなくなっても私はお前の声拾えると思うぞ」
「マジかすげぇな。“北の民”の聴覚優秀過ぎるだろ聞き取り精度の高さどうなってんだよ」
「どうなってるって言われてもなー………きっちり頭部まで防寒したせいで多少音が遠い気がしようがすっごい風が五月蠅かろうが最悪聞き逃すと死ぬ可能性があるならとにかく生きるために頑張って聴くだろ。単純にそれの積み重ね」
「訓練の話か?」
「進化の方だな」
「回答が力強過ぎる。王国民にはどう足掻いても真似出来ねぇ芸当ってことだけ分かった」
個々人の努力如きじゃシンプルに無理、との確信に満ちた呟きはあっという間に会場内を満たす歓声に掻き消されてしまう。収拾をつけるのも大変そうになってしまった謎の感涙の渦の中、元凶といえば元凶である王子様とフローレン嬢は御伽噺の主役に相応しい美貌を湛えて惜しむことなく賛辞の嵐に応えていた。
「おぉっと、時間を取らせてしまったなすまない! さて、参加者諸君への回答は先程の内容で問題なかったか? なさそうだな! よし、コンテストの進行に戻ろうか―――――と、そのために今ここで改めて、審査員団並びに参加者各位と観客諸君に当コンテストにおけるルールの説明をさせてもらおう。ここをはっきりさせておかないと結果に禍根を残しかねないので、逸る気持ちはしばし堪えて“王子様”のトークに付き合ってほしい」
回り道だろうが脇道だろうがイベント進行に必要な情報なら何が何でも捻じ込んでいく王子様の声はよく通る。会場中が彼の言葉に耳を傾けて素直に従うのはその方がスムーズに事が運ぶと信じているからに違いない。実際熱気はそのままで瞬時に声量を抑えて聞き入る姿勢を取るギャラリーの多いこと、未来の“王国民”たちは訓練が行き届いている。
話の腰をぶち折った参加者たちはそんな空気に勝てなかったらしく、物言いたげな表情を隠すことなく立っていた。それでも沈黙を選んだあたりはまだ賢明さが残っているし、これ以上心証を悪くしないようにとの打算も働くようだったけれど。
そして己が喋るための舞台を呼吸のように整えた当の本人はといえば、最早感謝を口にするのも無粋であると言わんばかりに早速トークを開始していた。
「さて。コンテストという名目で至高の一人を選ぶからには当然審査が必要だ。その際において一番重要である各参加者の採点についてだが、今回は減点方式を採用する運びとなっている。参加者たちは現段階で、各々百点満点の持ち点からスタートすると考えてくれ。そして減点方式は、その字の通りに持ち点分から悪い部分や劣った部分の点数をひたすらに引いていく。学生の身には馴染み深い試験問題等でよくある持ち点ゼロから始まって正解点を加算していく加点方式とは真逆のスタイルだ」
要するに、不正解を連発したり実技でミスが目立ったりすると遠慮なく減点されまくって容赦なく評価が下がっていく。ゼロから足して積み重ねる、ではなく、満点から何かことあるごとにじわじわと引かれていく方式。
良いところを評価していくのではなく悪いところを見付け次第ごりごりと持ち点を削っていきますのでお覚悟の程はよろしくて? というマルガレーテ嬢もとい審査員のお嬢様方の好戦的な意気込み等が垣間見えちゃってて震えるしかない。
ちなみに減点方式を採用するというアイデアに関しては主催の王子様とフローレン嬢が即断即決で許可を出したし何ならあちらも提案する気でいたというのだからお察し案件。なのだけれども、司会進行実況を務める王子様はしれっとしらばっくれた上で平然と言葉を紡いでいた。
「これについて何を思うかは“王子様”の知るところではないが、主催として参加者各位には一つだけアドバイスをしておこう………敢えて『減点方式である』と我々が明言する意味を、よく考えて挑むがいい。これから諸兄を品定めするのは生半可な相手ではないのだから」
陽気な道化はそう言って、どこか物々しい笑みを刷く。観客席の何人かの女生徒がおそらく今ので風邪を引いた。普段と真面目のギャップがえぐい王子様の温度差が今日も酷い。
イベント特攻エンタメ属性トップオブ馬鹿の本領発揮に振り落とされるギャラリー多数、始まる前から混沌とした会場の空気をものともせずに進行役は両手を広げる。私を見ろ、と胸を張れば言葉など無くても視線を集める謎の輝きを発揮しながら絶好調の馬鹿は高らかに叫んだ。
「求められているのは理想の殿方! 誰もが一度は心に描く『そうあって欲しい』と願ってやまない完全にして最高の者! 隣人、知人、顔見知り、赤の他人に知らない誰か。友人以上恋人未満、婚約者ないし未来の伴侶! たとえ相手との関係性がどれであっても世の大多数が『理想的』だと羨む類の人間であることをこの場で思う存分示せ! 想像以上に大規模だったとかめちゃくちゃに注目されてるだとか尻込みしてる場合じゃないぞう諦めて潔く腹を括れ! とまあ不安顔の参加者たちを弄ぶのはこのくらいにしていい加減本番に移るとしよう! ワクワクドキドキ胃壁が軋む第一審査のお題については審査員筆頭キルヒシュラーガー公子から!!!」
公衆の面前で恥ずかしげもなく赴くままにはしゃぎ倒す姿を隠す気皆無の王子様に水を向けられたタイミングで、縦ロールのお嬢様が前に出る。いつもよりもちょっとだけ気合いが入っているらしく、気持ち強めに巻かれた髪から醸される圧がなんかすごい。不可視の迫力に気圧されたのか、観客席から発生する歓声が徐々に大人しくなっていく。
審査員で一番偉い人、というポジションに相応しい堂々とした態度で会場を睥睨した彼女は、固唾を飲んで見守る面々に厳粛な声で淡白に告げた。
「ただいまご紹介にあずかりました。キルヒシュラーガー公家が一子、マルガレーテでございます。本日は大変お日柄も良く、筆頭審査員としてのお役目を過不足なく果たす所存にて………それでは、前置きもそこそこに。理想の殿方コンテスト、気になる最初の審査について―――――は、もう、終わっていてよ!」
は? と目を丸くする周囲の反応なんのその、マルガレーテ嬢は優雅な淑女の仮面を秒でかなぐり捨てるなり好戦的な笑みを浮かべていた。かかったわね! と勝ち誇らんばかりに楽しそうな表情で、パッチィィィィン! と彼女の指が鳴る。
爪の先までお手入れされた華奢でしかない美女の指から結構な音を轟かせる仕組みがまったく理解出来ないが細かいことは気にしちゃいけない。実際に鳴っているからにはどうにかして鳴らしたんだろう。それくらい雑な感覚で職務に励まないと心が疲れる、ってお気遣いの三白眼からの経験に根差したアドバイスが的確過ぎて無性に悲しくなった。
そんな私たちの虚しさを、容赦なく無視して状況は進む。
マルガレーテ嬢の合図を受けた舞台演出班のスタッフたちが所定の位置で一斉に仕掛けを起動したらしく、闘技場をほぼ真上に火花と煙が炸裂した。ぱぱぱぱばんばんばんどんどんどん、と喧しい音と派手な火花に客席中のギャラリーとステージに居る参加者連中が何事かと頭上を振り仰ぐ。
錬金術科の生徒たちが“文化祭”用にと張り切った結果作り過ぎてしまった花火の活用を思い付いたのは王子様だったが、着火練習と動作確認と在庫過多問題をまとめて何とかしたついでに主催のイベントの開幕をド派手に彩るとはまったくもって恐れ入る―――――私も含めた錬金術科生が楽しくなっちゃって作りに作りまくった花火が無駄にならなくて良かったホントに。
そして皆の視線と意識が上へと集中しているその隙に、ステージ上に突撃して行った赤い腕章のスタッフたちが恐ろしい程の手際の良さでテーブルとか椅子とかを持ち込んで実況解説席と審査員席を手早く設置していった。椅子にふかふかのクッションを敷いたり機能性重視の折り畳み式テーブルに真っ白なクロスを掛けていくなどの心配りも忘れていないし飲み物だけでなく花瓶とお花までセッティングしていくのだから正気を疑う。その辺最初から設置する予定があったなら事前に用意しておいた方が楽だったんじゃないのかと思いつつ、それを言うのは今更だった。
「実行する側の身にもなれってんだよなホントにあのクソ王子はよ………!」
忌々し気な悪態を吐きながらも会場内に目を配るセスの指は忙しなく動いて関係各所に必要な指示を絶えず送り続けている。手信号、と呼ばれるそれは、手の動きや指の形によって声を介さず意思疎通を図る剣術科生の必須技能だそうだ。歓声や花火の爆音が五月蠅い会場内においても視認が可能な範囲なら問題なく通用する指示手段なので、警備主任を押し付けられたセスはただ立っているだけのように見えて実はさっきから忙しい―――――というか正直この三白眼、なんで舞台の設置から演出に関わるあれやこれやまで普通に任されてるんだろう。
花火に気を取られた人々に気付かれることなく席のセッティングを終えてダッシュで引き返してくる面々を見て、セスが新たな合図を送った。撃ち方やめ、という意味を持つらしい手信号が何人かの中継役を経由して花火班へと伝わるのに要した時間はおよそ十秒、昼間の花火を楽しんでいた人々の目がステージへと戻れば、そこにはいつの間にか出来上がっていた実況解説席にて優雅にお茶を嗜んでいらっしゃるトップオブ馬鹿とすましたお顔の公爵令嬢が平然と寛いでいたりする。
なんで!? というインパクトだけで優勝者が決まるとするのであればこの時点であの二人が優勝していた。
主催にして実況解説ポジションは全力で会場をどよめかせながらもしれっとした顔で座っている―――――突然の花火に実況席その他の出現という演出で吹っ飛び掛けているけれど、現在発言権を持っているのは縦ロールのお嬢様なので。
「突然の発光と爆音に驚かれた方もいることでしょう。夜を彩る大輪の花火を昼日中から打ち上げるなんて演出が派手でごめんなさいね? 私もどうかと思ったけれど、これはこれで案外乙なもの。具合が悪くなってしまった場合は至急お近くのスタッフまで―――――それ以外の方々は、どうかご注目くださいまし。既に終えた審査についての結果を述べさせていただくわ」
たった今ぶち上げた花火はもちろんパフォーマンスの一環ですがそれが何か? を全力で押し出していく強気なスタイル、付いて来られないのであれば置いていくから勝手になさいとお上品に言い放つお嬢様スマイルが超眩しい。そんなマルガレーテ嬢がいつの間にやら手に持っていたのは、一枚の紙っぺらだった。
「第一審査の内容は、ずばり『読解力』の有無! 分かり易く説明するなら必要最低限はあって欲しい基本的な理解力があるかないかよ! そしてそれを見定めるために今回用いたのがこちら―――――『理想の殿方コンテスト』参加者用の出場規約! 現在観覧席を動き回っているスタッフが列ごとにまとめて配布している書類がまさにそれなので、お手数ですが自分の分を取ったらお隣に渡してくださいまし。まあ、素敵。もう行き渡りまして? 不足は………なさそうね、では進めましょう。それでは皆様、お手元の出場規約をご覧になって」
資料配布のボランティアさんたちの仕事があまりにも早い。ちょうど良さそうな頃合いを見計らって彼らに動けと合図を送ったのはこれまたセスだったりするのだけれど、そんな裏方の事情などお構いなしにコンテストは進んだ。
歌うような抑揚で書類を見ろと促したマルガレーテ嬢に従って、闘技場に犇めく観客が楽しそうな顔で手元に視線を落とす。参加者連中は居心地悪そうに何が起こるのかと身構えているが、意外なことに余計な口を挟むことなく待ちの姿勢を貫いていた。審査する側の長であり婚約者として選んでほしい縦巻き髪のお嬢様に嫌われたくないだけかもしれないが、この舞台上に立っている時点で既に好感度はマイナス値だと誰も思っていないのがお花畑と言えばお花畑である。
或いは、彼女が審査に用いたという出場規約に何が記載されていたのかを思い出そうと必死でそれどころではなかったのかもしれない。
「今回は便宜上『読解力』と表現しましたけれども、要するに『文章にしてある内容を理解する能力』があるかないか。それだけでしてよ。その文面から書き手側が伝えたいことを正確に読み取ることが出来るか………もっと単純に言い換えてしまえば、例えば事業に携わる際に書面で相手方と交わす契約書で己だけが一方的に不利益を被りそうな内容を看破し回避出来るか否か! 難解な言い回しやびっしりと詰め込まれた気の遠くなる文章の中にさらっと紛れ込ませてあるトラップに引っ掛かったりする軽々な殿方を己が人生のパートナーに選びたい女性などほとんど居ないわ!!! そう! 私が何を言いたいのか、理解力のある皆々様ならそろそろお分かりなのではなくて? 具体的に言うと出場規約の中段少し下あたり―――――『当コンテストにおいてリューリ・ベル嬢は参加者の言動に一切不要な口出しをしないこととする』という一文のあとに付いている注釈の三、こちらはスペースの関係で下の方に記載するしかなかった『なお、リューリ・ベル嬢は美化委員長として運営に携わりコンテスト当日にも現場にて職務を果たす予定なのでその点は留意されたし』に気付かず規約に同意してサインしておきながら先程レオニール殿下にリューリ・ベルさんの件で的外れな抗議をした参加者は大胆に三十点減点でしてよ!!!」
「嘘お!?」
「詐欺だァ―――――ッ!!!!!」
「確かに出場規約の方にもちゃんと目を通したという証明のためにサインを求められた記憶はありますけど注釈記載なんてありましたっけなかったですよねぇ!?」
「お疑いならご自身の目で確認なされば?」
「ええもちろん望むところでああぁぁぁぁホントだ書いてあったぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
大絶叫の大合唱。刈られるべくして刈り取られていく花畑思考の断末魔。次から次へと膝を折っていく男子生徒たちの悲鳴のでかさを競うコンテストでしたっけ、と聞きたくなるレベルの惨状である。
さっき王子様に文句を言った先から言い負かされていた参加者連中を見下ろすマルガレーテ嬢の麗しいお顔には愉悦も喜色も見当たらなかった。度し難い愚者に向けるが如き眼差しは言うまでもなく厳しいもので、仕込まれていた罠に引っ掛かりまくりながらそれに気付かず雁首揃えていたお花畑をまとめて葬る決意を固めた臨戦態勢お嬢様はいつもとは面構えが違う。
そしてそんな冷徹なマルガレーテ嬢とは別口で―――――実況席でここぞとばかりに始動するトップオブ馬鹿王子様。
「おおっと、これは序盤から容赦がない展開だがしかしフォローのしようがない! つい今さっきリューリ・ベルの件で説明を求めた参加者たちが『自分は大切な規約事項や契約書その他にちゃんと目を通さずサインする迂闊さがチャームポイントです』と大っぴらに喧伝してしまったことに気付いて次々と崩れ落ちていく―――――!!!!!」
「まあ、なんということでしょう。穏やかならぬ開幕ですわね。あまりの事態に『黙っていれば冒頭から三十点減などという大打撃を受けることもなかったのに』と嘆いている方々もおいでのご様子ですけれど、これに関しては『ちゃんと書類の内容を読んで正しく理解する』という大前提をクリアしていればそもそも発生し得ない類のものですので………引っ掛かってしまったちょっぴり迂闊な殿方各位は今後もう二度と同じ失敗を繰り返さぬよう努めた方が賢明でしてよ。本当に」
「うんもうそれは本当にそう。この場にリューリ・ベルが居る云々を言い出したことが問題なのではなく『ちゃんと書類に目を通してその内容を理解出来たかどうか』こそが第一審査における最大のポイントであり『理想の殿方』に求めていきたい要素のひとつに他ならない、という主催側の意図を正しい意味で汲んで欲しいと願うばかりだ―――――ところで自分は無関係です、みたいな顔してる者が居る気がするけどそういう油断と慢心は王子様感心しないなあ。うっかり口を滑らせなかったから問題ない、だなんて思ってない?」
しれっとした顔でしれっとぶち込む王子様の言葉に面食らった参加者たちの油断と余裕を一瞬にして剥ぎ取り引き裂くマルガレーテ嬢のよく通る声が場に響く。それは静かな声だったけれど、やっぱり容赦がまるでなかった。
「ご来場の皆々様、ここでもう一度お手元に配った出場規約をしっかりと読んでいただけるかしら………敢えてびっしりと文字を詰めて難解な言い回しを重ねに重ね目が滑るように仕向けた文章の中、突然何の脈絡もなくさらりと混ぜ込まれた一文を発見出来た方は居て? あまりにも露骨で正気を疑うし、何より本当に文脈を無視したかたちで無理矢理捻じ込んでしまっているから違和感しかないと思うのだけれど、最終段落あたりに堂々とこういう一文がある筈よ―――――『この書類へ署名した時点で理想の殿方失格と見做す』と」
「はっはっは何を仰いますマルガレーテ様そんな馬鹿な」
「いくらなんでもそんな変な文言があれば気付くってそんな馬鹿なぁぁあぁぁぁ!?」
「あったぁぁあぁ本当に書いてあったぁぁぁぁぁ普通にサインしちゃってるぅぅぅぅ!」
結論から言おう。全滅だった。
十三人の参加者たちは全員仲良く減点である。出場規約に目を通した上でサインしてこの場に立っているので当然といえば当然だった。主催と審査員団が砥いだ刃物の切っ先が無防備な腹にぶっすり深々刺さっていく様は壮観である。
余計なことは何も言っていないのだが罠でしかない文章を見逃した参加者からは二十点が引かれた。ちなみにただの余談だが、先に減点を食らっていた面々は三十点減で固定だったので私が口を出さない云々に関して言及すると上乗せで十点引きされるという取り決めだったらしい。今聞いた。実況と解説のお二人さんがノリノリで周知徹底を図っていた。
「いくらなんでもあそこに居る連中知性が低過ぎると思う」
「逆にわざとやってるって言われた方がまだ納得出来るな」
「あ、でもチビちゃんが言ってたなぁ………こういうの、創作物だから噛ませ役の馬鹿な部分が誇張されてるだけだって思いたい気持ちは分かるけど、残念ながら残念な人って案外世の中にいっぱい居るしそういうヤツほど周りの人から避けられて注意もしてもらえないから厄介な人間性のまま世に蔓延ってて嫌になるって―――――本当だったんだな、ホントに」
「しみじみ言うんじゃねぇよリューリ。宿屋のチビの台詞と相俟って笑えるだろうが」
「笑えばいいだろ」
「簡単に言うなや」
「だって簡単じゃん」
「そりゃまぁそうか」
混沌と化している舞台上をセスと並んで静観しながら、他愛ない会話を放り合う。よく分からない熱狂が渦巻くコンテスト会場の真っ只中で、自分と三白眼の周りだけがいつもとあまり変わらない。それはこの場の熱量にいまひとつ共感出来ない私がそう思いたかっただけかもしれないが、真実なんてものはどうでも良かった。
「ところで主催としてではなく、この国の“王子様”として少し本音を言わせてもらう―――――流石に悪ふざけが過ぎるかなぁ、と思って分かり易く露骨にしておいたのに揃いも揃って気が付かないとはどういうことだ? 気が緩んでない? 女性陣が『理想』と掲げる異性の概念見誤ってない? エンタメとしては美味しいけれども現実問題シンプルにこれはまずいと言わざるを得ない。理想の殿方云々ではなく、これから社会に進出していくであろう一個人としてよろしくない。書類ひとつ、サインひとつで一度しかない人生が狂うことも十分にありえるのがこの世の中というものだ。軽々に書類にサインしない、契約書にはきちんと目を通す。この点、心に留め置いてくれ―――――ちなみにだがトップオブ馬鹿と名高い“王子様”ことこの私ですら契約書はきっちり読み込んで納得した上で署名捺印している。え、嘘吐けって? なんとビックリ、誇張じゃなくホントのことなんだなぁこれが!」
「お黙りになって馬鹿王子。契約書云々は事実ですけれどそれを差し引いて余りある普段の言動の自由さについてはどう弁明されるおつもりですの?」
「フローレン相手に弁明の類など今更しない。これが“私”だ。それはそれとしていつも何かと面倒かけちゃっててごめん―――――失礼、著しく脱線したな! 実況解説が小粋なトークを繰り広げているその一方、この程度のトラップに引っ掛かって折れる程度の精神性で『理想の殿方』に名乗りを上げようとは片腹痛いと言わんばかりの審査員団の冷たい視線が参加者に追い打ちをかけていく!!! と、第一審査の内容が明かされたところで参加者たちの持ち点を確認だ………まずコンテスト参加表明をするべく署名した時点で理想の殿方失格と雑で露骨な罠の仕込まれた規約事項を読んだにも関わらずうっかり署名してしまったのは全員なので二十点減! リューリ・ベルが口出しをしない云々についてうっかり騒いでしまった面々からはさらに追加で十点減! 各参加者の持ち点を口頭で全員分説明するのは人数的に面倒なので観客席要所に設置した点数表を参照してくれ!!! それにしても第一審査から点数の引かれっぷりがえぐいったらない!」
「理想の殿方、などという概念として曖昧な称号を現実に存在する一個人に付与するにはどうしても視点と採点が厳しくなってしまうもの………致し方のないこととは言えど、一片の妥協も許さないというその気概からはお遊びの枠にはおさまりきらない本気の度合いが窺えますね。流石は西の大公孫、レディ・マルガレーテ・キルヒシュラーガー。やるからには全身全霊で、死力を賭して事に臨むという気迫に溢れておいでですこと。解説役を担う者として、私もより一層と気を引き締めねばなりませんね」
にっこり、とお上品にフローレン嬢が笑っていたが、それを隣で聞いていた王子様の頬が引き攣ったのを私の視力は見逃さない。審査員団だけではなく解説席のお嬢様も参加者にとっては敵である。王子様はまだエンターテイナーとしての気質からある程度状況を考慮して花畑思考連中へ手心を加えることもあるだろうが彼女たちにはそれがない。
死ね、と消極的に願うのではなく積極的に仕留めに行く―――――有体に言えばお前ら全員社会的な意味で今日殺す、という気概が迸っていた。そしてこのコンテストの舞台はそんな彼女たちが十全に戦うために整えられた場なので抗う術など存在しない。
こわ、と舞台の外側でこっそりおやつのバタークリームサンドセットを齧り取りながらちょっぴり震える私である。バターの風味がたっぷりと香るもったり食感のクリームに挟まれた干し葡萄の甘さとビスケットの固さが何とも言えない好相性。美味しい。
「食欲無尽蔵のリューリ相手じゃしょうがねぇけどコンテスト中でも間食自由っつぅ雇用条件の緩さは笑う」
「あ、パイじゃないけどセスも食べるか? 塩味もきいてて美味しいぞ、ビスケットのバタークリームサンド」
「テメェと違って俺たちは職務中は食わねぇモンなんだよ」
「え、裏方で働き詰めなのに偉過ぎるだろ。パイ料理頼む?」
「パイ系だったら食うって意味じゃねぇんだわ頼まんでいい」
「私の分だが?」
「畜生知ってた」
心の底から忌々しそうに表情を一瞬だけ歪めて現場に指示を出していくセスと自由におやつを楽しむ私にほっこりした目を向けて去っていく調達係のお嬢さんことチーム・フローレンの十三番さん。もちろん彼女も運営に携わるボランティアスタッフの一員であり、食堂の出張売店員さんから仕入れた食べ物を私のところへと定期的に持って来てくれるというありがた過ぎる存在である。それだけのために高貴な身分のお嬢様を動かしていいのかと思いつつ、私自身が会場内を頻繁に動き回る方が困る、とフローレン嬢が言うのでこういうかたちに落ち着いた。
美化委員長、という役職については本当に名ばかりだなあと思う。環境美化を促す存在が率先して食事して包装紙その他のゴミを出しちゃう状況って何。いやまあゴミはゴミ箱にきちんと捨てるけども人として。
「まあ、皆様どうなさいまして? 時間もおしておりますし、こちらとしては早急に第二審査を始めたいのだけれど………ああ、いよいよコンテストが始まってしまったから緊張に震えていらっしゃるのね。第一審査を抜き打ちで行ってしまったことについてはごめんなさいまし。けれども、必要でしたのよ? 書類審査もせず希望者全員を本番舞台に上げるからには最低限の篩掛けくらいしておきたかったものですから………まさか、全員が減点対象になってしまうだなんて夢にも思いませんでしたけれど。逸る心で突き進む勇ましさも時には考えものですわねえ」
そんな呑気なこちら側を他所に、舞台の上では一番上等な餌として矢面に立っている縦巻き髪のお嬢様が悄然としている参加者たちに艶やかな微笑みを向けていた。獲物を甚振る肉食獣の眼光をほんの幾分か和らげて、彼女は優しく繕った声で甘やかに挑発を流し込む。
「もっとも、最初の一歩で躓いたとて、そこであっさりと折れてしまうような軟弱極まる精神性は私が理想として抱く殿方像に程遠くてよ―――――失礼。これは私情でしたわ。ところで当コンテストに『理想の殿方』として名乗りを上げた勇士の皆様は随分と繊細でいらっしゃるのね? 体調が思わしくないようでしたら、棄権なさいます? 残念ですけれど」
「何を仰いますか、キルヒシュラーガー様! こんな序の口で棄権などと!」
「そうです! 俺を他の軟弱者どもと一緒にされては困ります!」
「少々前のめりになり過ぎてしまったことは認めましょう、ですが諦めません!」
「この程度のことで及び腰になるとは男の風上にもおけますまい!!!」
「勇み足になるばかりでお見苦しい様を晒しはしましたが、挽回の機会を賜りたく!!!」
ここで退いてなるものか、と威勢の良い輩が奮い立つ。次から次へと棄権はしないと宣言していく参加者たちに、マルガレーテ嬢はまあまあまあ、と嬉しそうに破顔した。それはまるで自分の思い描いた理想像に沿う振る舞いを見た歓喜に震えているようで―――――事実、獲物が逃げ出さなかった現実に彼女は喜んでいる。潰し甲斐がありますこと! と好戦的な高笑いが今にも聞こえてきそうだった。
この程度で音を上げるような繊細な殿方はお呼びでない、と求婚対象のお嬢様に公言されてしまった以上、参加者たちに棄権の道はない。ここで背中を見せて逃げれば「書類なんてろくに読まずに署名した読解力のない軽率な男です」と恥を掻いただけで終わってしまう。下がってしまった己の評価をどうにかして覆さなくては、と躍起になっている気配を感じた。欠点を補って余りあるくらいの結果を出さずに終われるものか、と気負う気持ちはまあ分かる―――――なんて、思うわけないだろ。
「これ以上傷を広げる前に退くって発想はないのかあいつら」
「ねぇからこんな見世物扱いの公開処刑でぶっ潰されンだよ」
「家柄や容姿しか取り柄がなくて知性と品性がお粗末でやたらと醜態を晒しがちな勘違い野郎とは結婚どころか人生通して関わりたくないってチビちゃん言ってた」
「一理あるどころか真理で笑う。まあ多少は頭が足りてればこんなことにはなってねぇんだが、状況判断も碌に出来ねぇって有様ならどうしようもねぇってこった」
そんなザマだから終わるしかねぇ、とセスは静かに吐き捨てた。憐憫はなく、嫌悪もない。ただ淘汰される側を見詰める三白眼は透明で、そこには何の感慨も、感傷だって見当たらない。貴族らしくない言動ばかりの粗野で粗雑な少年は、それでも確かに正しい意味で貴族と呼ばれるに相応しい“何か”で構成されている。
そして見るからに気位の高い貴族令嬢ですと外見そのもので主張しているマルガレーテ嬢はご機嫌よろしく第二審査への意気込みを叫ぶ面々に向けて大層楽しそうな声を張った。
「まあまあまあまあ、素敵ですこと! 流石は『理想の殿方』であると名乗りを上げた勇士たち、そうこなくては張り合いがないわ! 皆々様の確かな熱意、私とても喜ばしくてよ! 試される気概は既に十二分、と言ったところね! そんな方々に棄権を進言するだなんて私ったら筆頭審査員としての自覚が足りていなかったようで………なんとも、お恥ずかしい限りですわ」
恥じらう様は淑やかに、憂える表情は色っぽく、伏し目がちに視線を落とす角度は計算され尽くした美の極み。マルガレーテ嬢が不意に見せたいたいけな弱々しい姿に勝機を見出した野郎どもが一斉に浮足立ってカッコいい台詞を吐こうとする―――――刹那、彼女は顔を上げた。敢えて例えるなら獲物に爪を食い込ませてトドメに喉を噛み砕く肉食獣あたりに近い目をしているだなんて思っても口に出してはいけない。
「さあ、自省もそこそこに第二審査と参りましょう! 次に示していただきたいのは所謂『観察力』の有無、視野が広くて多角的に物事を捉えられる柔軟な発想の持ち主かどうか―――――を、知るよりもまず取っ掛かりとして不測の事態に冷静な思考で状況判断に必要な情報を収集出来るかどうかを問わせていただきたく存じます!!!」
マルガレーテ嬢が吠える勢いで言い終えるなり他審査員のお嬢様方が散開した。同時に、私たちの後ろの通路から屈強なる剣術科生のボランティア各位が手持ち式の看板みたいなものを握り締めつつ舞台へ向けて走り出す。いちいち言うまでもないかもしれないがスタートの合図を出したのはやっぱり隣の三白眼なのでこいつだけやたらと仕事が多い。
かくして一人の審査員さんにつき一人のボランティアさんという二人一組が合計五組、等間隔に舞台上へと並んだところで縦ロール嬢が口を開いた。
「問題! 『先刻上がった花火に皆が気を取られていた僅かな時間でこの舞台上に実況解説席及び審査員席を設置してくれたボランティアスタッフは総勢何名だったでしょう!?』 五名、六名、七名、八名、それ以外の五択からお選びください!!! 正解より遠い人数を選んだ方ほど減点されます! シンキング・タイムは六十秒、それまでに決めてくださいましね! なお、私が終了の合図をした時点で答えの書かれたプラカードを持ったボランティアスタッフの前に並んでいない場合は解答なしということで一律五十点引かれますので何卒ご注意くださいまし! それでは、レッツ・シンキング!!!」
なにそれぇぇぇぇぇぇ、と叫ぶ間もない明暗を分ける六十秒の幕が切って落とされる。勢いこそがすべてだというトップスピード感がそこにはあった。それを出題するためにあんな花火をばんばか上げまくる演出を盛り込んだのかよ主催陣、という呆れの類は企画の時点で出尽くしているのでこちらは黙って見守るしかない。
そして喋ることがお仕事である王子様はやはりノリノリだった。
「突然の出題! 不意打ちの内容! まさか花火の最中にいきなり降って湧くかのように出現した実況解説席その他を調えた敏腕ボランティアスタッフたちの人数をチェックしていたかどうかを問われて慌てふためく参加者各位の混乱は察するに余りある! 狙い通りの反応で王子様嬉しくなっちゃうなあ! 企画した甲斐があるってものだ!!!」
「各自で正解数を述べるのではなく敢えて五択から選ぶ、という解答方式にしているのは制限時間内の一斉解答における公平性を高めるためなど理由は色々ございますけれども、選択形式なら運が良ければ選んだ答えが当たるだろう―――――という淡い希望を打ち砕く、『それ以外』なる選択肢がなんとも異彩を放っていますね」
「ああ、そして言わずもがなだが『それ以外』を選んだ場合は他選択肢以外の数を自分の口で答えてもらうことになる。果たして八名より多いのか、もしかしたら五名より少ないのか………いきなり上がった花火に気を取られて周囲に注意を払っていないと舞台に上がってきて席を調え去っていったボランティアたちが大体何人だったかも分からないというまさに罠! 参加者たちが狼狽えている間にも刻々と時間は過ぎていく!!!」
「早々に動き出した方、未だ悩んで決めかねている方など十三名の参加者の皆様の行動には少々のばらつきが見られます―――――残り時間、あと二十秒」
「分からない場合は自分自身の直感を信じるのも一興だぞう! 選べず何処にも並んでいないと思考力判断力決断力に欠けると見做されて五十点も減点されるので勘でも何でも選んじゃうのがオススメ!」
「お黙りになって馬鹿王子、煽るのも大概になさいまし………残り時間、三、二、一」
「それまで!!!」
ごわぁぁぁあああぁぁぁん。
なんかものすごい音が鳴る。鳴らしたのは実のところ私だった。事前に打ち合わせていたとおり、セスの指示に従って謎の楽器を力一杯ぶっ叩いてみただけなんだけれども観客及び参加者たちが何事だ、みたいな顔をしてこっちを見たのでおまけ感覚でもう一回鳴らしてこの音ですよと主張しておく。
しっかりした鉄の骨組みに吊るされた結構分厚めの金属製円盤にセットの棒をぶち当てるだけでぐわぉぉぉぉおおぉぉぉぉん、と物々しい音が鳴るのが打楽器系のいいところだよな。なんか叩くところによって音程の高いか低いかが変わってくるらしいけどそこまで詳しいことは知らない。全力で叩け、と言われたとおりに全力で腕を振り抜いて殴打ぶちかましただけの私に聞くより楽器のプロに聞いた方がいいと思う。
ところで鳴らした本人の耳が痛くなるのは仕様だろうか。それなら事前に教えておいて欲しかったなぁ隣のセスはちゃっかりと普通に耳を塞いでいたので鼓膜が無事そうで何よりである知ってたなら言えよこの野郎。
「これが騒音コンテストだったら今の銅鑼でテメェが優勝してたわ」
「褒められてる気がまるでしないけどそれ褒めてるんだよな三白眼」
「それなりに鳴らすコツがある筈なのに腕力だけで轟音を叩き出すんじゃねぇよ白いの」
「そんなこと言われても『全力でぶちかませ』って言われたとおりにしただけだぞ私は」
「原型留めてるこの銅鑼が耐久部門では優勝かもしんねぇ」
「もしかしなくてもセスお前ちょっと現実逃避してない?」
「シンプルに疲労」
「お疲れ様の極み」
パイ料理食べるか? と打楽器用の棒を持っていない方の手で差し出したミートパイは固辞された。仕事中は断固食べないというその真面目さは美徳なのだが十三番さんが調達してきてくれた熱々ほくほくのミートパイという美味しさの塊に揺らがないセスなどアイデンティティを遠くの彼方に投げ捨てているとしか思えない。
なんかもういいから好物食べとけ、とぐいぐい押し付けてみたところで静かに「やめろ」と吐き捨てられた。直感で断じるがガチギレである。あまりにも意志と決意が固い。しかしそれなら恨みがましい目で私がミートパイを齧るのを見るな罪悪感に苛まれるだろうが!
「想像以上に大きな銅鑼の音が鳴り響いたところでシンキング・タイムは終了だ! さぁて、総勢十三人の参加者たちが選んだのは………『七名』が二人、『八名』が三人、残り八人は全員が『それ以外』を選択するというなんとも偏った結果になったな! 『五名』と『六名』を誰一人として選ばなかったというこの結果………どう思う? 解説のフローレン」
「そうですねえ。確かにこの選択の偏りには興味深いものがありますが、例えば作業時間の短さがそのまま労働力の多さに比例していると考えた場合はむしろ無難な結果ではなくて?」
「ふむ。六名以下の人員で事を成すには時間が足りない、と仮定した参加者ばかりであればこういった結果にもなり得るだろうな。単純に考えればそんな気もしてくるから人間の脳って不思議よねー」
「まあ馬鹿殿下、気が抜けますので女子会のようなノリで喋らないでいただけます? と、私としてはそんなことより『それ以外』を選んだ方々にほとんど悩んだ様子が無かった、という事実の方に着目したく」
「なるほど。確かに『それ以外』を選んだ八人の参加者たちには行動に迷いが見られなかった。正解か、或いはそれに近い数字をしっかり把握出来ていたからこそ慌てふためくことなく足が動いたと考える方が自然だろう―――――おっと。実況解説でそれっぽく時間を潰している間に『それ以外』を選んだ者たちの口頭解答が終わったらしい」
「参加者同士の結託や便乗を防止するべく一人一人個別に聞き出した解答を纏めた用紙が今、筆頭審査員のレディ・マルガレーテとこちら実況解説席へ―――――あら? まあ。これはこれは」
わざとらしくない程度に困惑を表現しながらも、フローレン嬢はしなやかな指先をそっと己の唇に寄せた。これはどうしたことでしょう、みたいな仕草でさえもやたらと絵になる派手な美貌のお嬢様の横で、王子様もまた似たり寄ったりの雰囲気を醸して首を振る。
そうして二人は揃ったように、まるで打ち合わせでもしていたが如く、流れるような自然さでマルガレーテ嬢に視線を向けた。
「ああ、これは、なんというか………」
まったく予想していなかった、と表情ひとつで表現してのける縦ロールのお嬢様は演技派である。そんな感想がしみじみ浮かんだが次の瞬間には消えていた。知ってた、くらいの感覚で流していかないと心が疲れる―――――だって、この時点でまだ前座らしいし。
ただごとではない空気感が闘技場内に広がっていく。観客及び参加者たちに謎の緊張感が走る中、私は急いで残りのパイ料理をもっぐもっぐと咀嚼していた。砂糖と果実の甘味が調和したスイーツなパイの星飾りの下には干した葡萄やら林檎やらナッツやらが極めて細かくなった状態でぎゅうぎゅうに詰まっていて大変美味しい。ミートパイのお肉成分ががつんと魂に響く味ならこちらは脳に直接届く人生に潤いをもたらすお味。パイ料理過激派三白眼の解説によれば料理名はミンスパイ―――――聞いてもいないのに教えてくれた時点でたぶん好きなんだと思う。さっきから罪悪感がすごい。
「驚きの答えなのですけれど、『それ以外』を選んだ参加者の皆様―――――よりにもよって八人全員『わかりません』とは驚きですわね!!!」
「なんて?」
「は?」
「え?」
「ゥエッ!? なんでぇ!?」
「ちょおまふざけんなよ!?」
『七名』と『八名』の選択肢を選んだ五人の男子が素っ頓狂な声を上げながら『それ以外』に集う八人を見遣れば全員が晴れやかな顔をしていた。肩の荷が下りましたという顔で、言ってやったぜという顔で、怖いもの知らずみたいなテンションの高さで八人がほとんど同時に頷く。
「申し訳ございません! やはり私めのような凡夫が『理想の殿方』を決める場に立とうなど烏滸がましいと気付かされました!」
「同じく! 書類も満足に読めず観察力注意力も散漫な有様でこれ以上他の参加者の方の邪魔をしてしまうのは心苦しいことこの上ないと痛感した次第でございます!!!」
「設営スタッフの素晴らしい御業とかまったく! 見ていませんでした! 花火に夢中でしたので! あとは自分自身のこともあんまり見えてませんでした! 己の分を弁えられたので棄権させていただきたく存じます!!!」
「これ以上の醜態を晒すくらいならいっそばっさり斬り捨てていただきたく僕も棄権を表明します! この度は貴重な体験をさせていただき誠にありがとうございました!」
「女性の抱く『理想の殿方』のハードルがこれ程高く奥深いものだとは正直思っておりませんで、その一端を最前線で学ばせていただいたことにより無事身の程を知りました! 無理です! 俺では勝てません! この先のステージは真の勇士たちのみで熱く競い合っていただきたくッ!!!」
「せめてちゃんと契約書を読み解くスキルを身に付けて出直してきます!」
「今後己を磨く所存! ですが引き際は見誤りません! 棄権致します!」
「お疲れ様でしたァ!!!!!」
速やかに棄権を表明していく参加者たちの連携がすごい。怒涛の勢いで言葉を繋いでいく八人の切実な様に、マルガレーテ嬢は表情を曇らせた―――――口元がちょっと笑っちゃってたけど。
「まあまあ何てことかしら、素晴らしい闘志と資質を備えた勇士たちかと思いきや、半分以上が早々に舞台を降りてしまうだなんて―――――潔くてよ! 悪くはないわ! 己が至らなさを素直に認めて欠点の克服に繋げる気概、勝てずとも及ばずとも無様に足掻く泥臭さだって私存外嫌いではないのだけれどそれとこれとはまた別ですもの! 本当に、本当に残念ですけれど、そういうことなら我々運営とて無理強いなどはいたしませんわ………そういうことで、よろしくて? 主催であるそちらの御二方」
「個人的にはほんの少し物足りない気分ではあるが、主催としては構わない。進むも退くも
参加者次第、継続も棄権も決定はあくまで当人次第だ。やる気がない者、その気がない者に強いることでもないだろう。舞台を降りたいと望むのであれば好きなタイミングで降りてくれ―――――それ妨げる権利など、主催にも誰にもありはしないさ」
「殿下がそうおっしゃるのであれば、私に否やはございません」
王子様が頷いて、フローレン嬢はそれに倣う。決まった流れ。予定調和と呼ばれるらしい茶番劇を外から眺め遣り、私は近場のスタッフさんからお手拭きをもらって手を清めていた。軽くその場で屈伸運動、筋を伸ばして身体を解して関節を回して脱力させてから最後に両手を握って開いて準備運動はい終わり。
「いけるか?」
「すぐにでも」
「いやまだ早ェ。少し待て。にしても、まあ、どいつもこいつも………断れねぇのをいいことに立場の低い連中を持ち上げ要員で参加させる考えの浅さに呆れるわ。花畑が五人も釣れたのはいいが残り八人はとばっちりって迷惑どころの話じゃねぇだろ。切り離しの前座が長いったらねぇ」
「最大で十人になるかと思ってたら十三人だったのは笑うよな」
「それな。つっても捨て駒扱いで巻き込まれた側は笑えねぇよ」
急展開についていくのに必死な連中は舞台そのものと成り行きを見るのに忙しく、誰もこちらを見ていないから観察力が足りていないと思う。裏方組が忙しなく動き回っている気配を感じ取りながら、私とセスは雑談しつつ事態が動くのを待っていた。
「と、いうことで第二審査にて『それ以外』を選んだ参加者の皆様………ええと、一番から五番と十一番から十三番までの計八名は全員棄権と残念な結末を迎えることになってしまいましたが己の至らなさを認めて退くその潔さは悪くなくてよ! なお、この方々には当コンテストの参加者特典として『読解力と観察力を身に付けるための特別講義』の受講権を贈呈するので後学に役立ててくださいまし! 以上、第二審査にて清々しく散って行った彼らを拍手で見送るとしましょう!!!」
「「「「「「ありがとうございましたぁぁぁぁぁぁ!!!」」」」」」」」
八人の犠牲者たち改め棄権者たちが一斉に頭を下げて上げる。それは敗者というよりも、当事者から部外者へと転身を遂げて平穏を掴んだ勝者の姿だ。
恥を晒しただけで終わると思われていた面々があまりにも堂々としているものだから、戸惑いを隠せない観客たちは混乱も露わにざわついている。そんな彼ら彼女らを煽って追い立てるように、実況解説席の二人と各地点で控えるボランティアスタッフたちが軽快に手を打ち鳴らし始めた。釣られるかたちであっという間に大きくなる拍手の渦の中、他人の命令でコンテストへの参加を余儀なくされていた八人は胸を張って朗らかに退場口へと歩いて行く。
「ここまでが仕込みなんだっけ?」
「おう。ここからがやっと本番だ」
マジで前座が長ェったらねぇわ、と愚痴をこぼす程度には神経が摩耗しているらしい。セスの声には色がなかった。疲労感さえも消失させた限りない虚無の気配がする。
そう、驚くべきことに―――――今までやってきたすべてのことは本番ではなくただの前座だ。
本題に入る前の余興。第二審査まで進めておきながら位置付け的には添え物感覚。
ウォーミングアップも兼ねている、などとエンタメ大好き馬鹿王子様は爽やかな顔で理屈を捏ねたがそれを通した話術と手腕は正直言って馬鹿には出来ない。
他人を巻き込んだ迷惑行為に及ぶ者は参加を認めない―――――禁止事項に明記したのに参加意思のない人たちを脅してコンテストへの出場を強要する輩の多いこと、真っ先に参加を表明して来た五人全員が揃いも揃って八人もの犠牲者を出したことに主催陣は頭を抱えた。
少しでも自分が優位に立ちたい、と最初の一人が手駒を用意すれば他の参加者も負けてたまるかと取り巻きを捻じ込むのに躍起になる。相手の情報を上手く集めて対策を講じるという行為はさておき手段の方が問題だった―――――運営本部に寄せられた相談を元に探りを入れても強要などはしていない、参加を決めたのは当人でしょう、と言われてしまえばそれまでだ。私を除いたコンテスト企画陣が静かに怒りを燃やしていたのもまあ無理からぬことである。
そんなこんなでいろいろあって、最終的には十三人にまで膨れ上がった参加者リストを見た主催の二人とマルガレーテ嬢はコンテストの参加規約に仕込んでいた罠を存分に使うことにした。
『こんなこともあろうかと事前に仕込んでおいて良かったなあ』
上機嫌でそんなことを宣う王子様の笑顔ときたら目が潰れるんじゃないかってレベルの素晴らしい晴れやかさだったけれど、どんな事態を想定したらそんな罠を事前に仕込めるのかと聞きたいようで聞きたくない―――――トップオブ馬鹿こと元花畑の現馬鹿畑最先端は毎日元気一杯に全力で馬鹿をやっています、と思うしかないだろこんなもん。
そんなことある? みたいな気持ちで口を挟みたくなった回数はもう朧気にしか思い出せない。
気にしたら負けだ、とセスは言う。負けず嫌いの三白眼は相変わらず負けたくないらしく、思考放棄に至る理由まで彼らしい気がして少し笑えた。
「ある程度の泥を被りはするが、誰にも文句を言わせない流れで堂々とコンテストから降りる―――――実際、参加を強要されて出るしかなかった連中は参加規約をほとんど読まずにヤケクソでサインしてやがったからな。読解力観察力に難ありの烙印押されようが合法的に逃げられるならまったく気にしねぇって豪語してたわ。多少強引だがこのやり方なら上位者気取りの花畑どもに後から難癖付けられようと『自分たちでは力不足だと思った』から下手に足を引っ張らないよう棄権したっつぅ言い訳が通る………通るか? 流石に無理じゃね?」
「言っちゃったよセス」
「しょうがねぇじゃん」
「そりゃまあ私も流石に無理だろって思ったけれども―――――どっちみちもう進めちゃったからこれで通すしかなくないか?」
思わず、といった様子で自問自答を始めてしまった三白眼が面白過ぎる。しょうがねぇじゃん、とか秒で居直るいつもと違った雑さが新鮮。
『うーん。被害者たちを安易に逃がすと次の生け贄が選ばれかねず、かと言って巻き込まれただけの彼らを見捨てるだなんて真似も出来ない。何らかの手を講じなければならないことは確定しているがしかしコンテストの前に何らかの対策を打ち出したところで結局のところ花畑の民の摩訶不思議思考回路の前にはすべてが無意味に終わる気もする………というより、下手に刺激して私たちが想像してもいないようなツッマンナイことされちゃうとイベントの成否に関わるんだよなあ。あまり段取りから外れ過ぎても当日現場が大変になるし、何よりキルヒシュラーガー公子がイレギュラーに弱いのがネック―――――あ。だったらもういっそのことコンテストの最中に公衆の面前で堂々と一斉に棄権させちゃう?』
させちゃう? と疑問調の思い付きを即時実行に移すプランを練るのが秒速の王子様、本当にこういうことに関しては頭の回転が早いらしくてそれを見守るフローレン嬢のお顔の複雑そうなこと、思い出してもご苦労様ですと労わずにはいられない。
そうして、大丈夫かそれとツッコミどころを満載したままいざコンテスト当日に蓋を開ければ筋書き通りの展開が見事繰り広げられている。
なんだこれ、とは思わない。ある意味お約束だからだ。事情も何も知らないであろう参加者及び観客の脳は混乱すること請け合いだろう。そんな馬鹿な、と思う人が居ればその人の感覚は正常なのでそのままのあなたでいてほしい。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ八人全員一斉棄権だなんてそんなのいくらなんでもおか」
「さああぁぁて意外にして波乱! なんやかんやで気付いた時には参加者十三人の内早くも八人が棄権するとは展開が些か急過ぎて逆に笑えてくる不思議!」
「確かに、己の実力不足を受け止め当コンテストから降りた彼らの背中はいっそ晴れやかで清々しいものに見えてくるから不思議ですわねえ。それでも一度はこの晴れ舞台に立った殿方たちなのですもの、今後の成長と活躍に期待すると致しましょう………はい。と、いうことで、残念ながら八人もの棄権者もとい脱落者が発生してしまったわけですが―――――ご覧ください、会場の皆様。この予測不能の事態にも慌てず臆せず流されない、言わば真の勇士たちとも呼ぶべき御方がまだ五人も残っております」
「素晴らしい! まさに篩に掛けられて生き残った真の勇士たちだな! 参加者が残っているのであれば当然ながらこのコンテストは万事恙無く続くぞう!!! なんなら途中参加とかアリにしちゃうくらいの対応も可! “王子様”とってもフレキシブル!」
「ノリと勢いで言葉を重ねるその生き様は割とテリブルですが?」
「どっちかっていうとフローレンの笑顔の方が怖いと思う」
「殿下」
「すみませんでした」
押し切った。何か言おうとしていたお花畑思考の台詞をぶった切って被せて黙らせてコンテストの続行を宣言する王子様の前に敵などいない。フローレン嬢をも味方につけた本日の王子様は無敵である―――――調子に乗って即無敵じゃなくなるけれども。
生き残った真の勇士たち、と持ち上げられた五人の参加者にはもはや逃げ場などなかった。というか最初からそんなもの、用意されている筈もない。
「つぅか今回のこの茶番、ぶっちゃけ棄権した連中に割り振ってあった番号の時点でこっち側の作為が透けてんだよな」
「え? まじで? どの辺が?」
「気付いてなかったのかよ白いの。考えてもみろ、抜けた番号は一から五、それに十一から十三だぞ。裏を返せば残ったアホどもは六から十ってことになる――――――キルヒシュラーガー公子を除いた審査員団は一番から五番、ついでにフローレンのお仲間方は十一番から十三番だ。コンテスト中に番号呼び形式でこの後アイツらまとめて潰す気なら番号は他と被ってねぇ方が分かり易いだろ。単純に」
「セスお前さては頭が良いな?」
「普通にあからさま過ぎンだよ」
呆れるように、彼は言う。そんな可能性にすら思い至っていなかったこちらとしては驚くばかりで、普通にあからさま過ぎると言われても気付かないものは気付かない―――――というか、興味がないことに割く思考の持ち合わせがあまりない。
考え過ぎというか偶然じゃない? 的な眼差しをこっそりと突き刺す私を見下ろし、雑な感じでセスが続けた。
「まあテメェの場合は気付かないっつぅよりまず興味がねぇってだけだろリューリ」
「セスお前さては頭が良いな」
「断定する要素どこだ白いの」
「どこって聞かれてもただの勘だよ。お前いっそ今からでも参加すれば? 勝つだろ」
「冗談だろおい。こんな露骨でクソ悪趣味な出し物になんざ誰が出るかよ絶対ェ嫌だ」
「なるほど。これ趣味悪いんだな」
「皮肉で良い趣味してるとも言う」
「なんだそれ王国語めんどくさ」
「テメェがシンプル過ぎンだよ」
「人のこと言えないだろ三白眼」
「あァ?」
「はぁ?」
睨み合い。喧嘩を叩き売るような視線が二人の間で交差する。とてもどうでもいい遣り取りだった。コンテストそのものには関係がなく、あってもなくてもどちらでもいい。ただの茶番を見守るのに飽きた時間潰しに付き合っていた三白眼がふと視線を逸らし、そろそろだな、と小さく呟く。
舞台上は第二審査の結果発表に移っていたらしく、花火が打ち上がっている間に実況解説席その他を設置したボランティアの人は総勢十名との解答に驚く人々の顔が見えた。結構な人数が動いていたことが信じられないのかもしれないが、普通に考えてテーブルだの椅子だの小物だのを運ぶには人手が居る。それも短時間で迅速に、となると、大人数が一塊になって動いてばばっと一気に終わらせるのが一番効率的らしい。
なお、担当のボランティアスタッフたちは一秒でもタイムを縮められるよう練習に練習を重ねに重ね今日という本番に臨んだと聞いた。すごい。熱意が高過ぎる。新記録達成おめでとうございますと今更ながらに心の中で彼らへの祝いの言葉を述べた。
「答え合わせも済んだところで、事前に申し上げましたとおり持ち点を引かせていただきますわ―――――『八名』を選んだ方からは二十点、『七名』を選んだ方からは三十点。正解から遠くなるほどに十点ずつ引かれていく計算なので………あらまあ、早くも五十点以下の方までいらっしゃるの? おかしいですわねえ、そう難しいことを聞いたつもりもこちらにはなかったのだけれど。生涯をともにする伴侶となる方に最低限持ち合わせていて欲しいと思う能力の有無を簡単に示していただきたかっただけですのに、これではまるで私の掲げる理想像とは程遠―――――いいえ、なんでもなくてよ! だってまだ第二審査ですものね! 後から本領を発揮するというスロースターターな殿方もいらっしゃるでしょう! 楽しみだこと!!!」
「うぅん採点がやたらと厳しいそしてどんどん上がるハードル! 流石は筆頭審査員レディ・マルガレーテ・キルヒシュラーガー! 西方貴族令嬢方の頂点に立つ生粋の高貴なる血筋の持ち主! 彼女の思い描く理想の高さを我々はちょっと侮っていた―――――!!!」
「お黙りになって、馬鹿王子。その言には語弊がございます。貴方がおっしゃる“我々”の中に“私”を含めないでくださいまし。なにも私だけに限らず、他の女性方も同じこと―――――ちょうどいい機会なので申し上げますが世の男性陣が認識している『女が惚れる理想の男』とかいう身勝手極まる幻想は大体的外れもいいところなので、レディ・マルガレーテだけが異様に高い殿方の理想像を掲げているなどとは口走らないでいただける? 彼女は別に厳し過ぎるわけでも不条理なわけでもありません。血筋や身分に関係なく、結婚して苦労することが目に見えている相手を選ぶ酔狂な女性は世間的には少数派でしてよ」
「すまない私が言えた義理ではないのは百も承知しているんだが………え? フローレンがそれ言っちゃう………? こんな“王子様”との結婚がほぼほぼ確定しているお前が言うと説得力が微妙じゃない………?」
「いいえ? ここまで堂々とお馬鹿街道を邁進している殿下と生涯添い遂げ支え合うのは王命でそうと定められた“王国”の決定事項ですので―――――逆にそういった外的要因でもなければあとはお察しくださいね、という何よりも強固な説得力があるとは思わなくて? レオニール」
「あっはっはっはヤダ辛辣~! でもそれはもうホントにそう!!! 国を動かすレベルの権力で強制してなきゃ成立してないレア事例だから私たちのことは絶対参考にしちゃダメだぞう理由は言わなくても分かるな!!!!!」
分かるな、じゃねぇんだよ王子様。実況の馬鹿が馬鹿過ぎる。解説のフローレン嬢が顔色ひとつ変えていないのでたぶんこれも仕込みの一種、打ち合わせの上での遣り取りであると思いたいのだが隣のセスの目が死んでいるのでどっちだこれもうよく分からん。
「いやだわ主催の御二方、わざとなのか素なのかよく分からない高度かつ特殊な仲の良さをアピールするのは止めてくださる? 実況解説が唐突に独特なじゃれ合いを始めてしまうなんてギャラリーの皆様も興覚め………してはいないっぽいわね、なんだか未来の国王夫妻の仲睦まじさに和んで咽んでいるからいいわ!!!」
「よくはねえだろ」
「よくはないだろ」
セスと私の心の声が現実で唱和してしまった。まったく同じ音程で淡々と紡がれた切実な感想はマルガレーテ嬢には届かない。
彼女は瞳を輝かせながら持ち点を半分近く失くした参加者たちの方へと向き直る。
「ふふ、ふふふ、うふふふふ。ああ、良かったわ。安心しました。私の理想の殿方像はあまりに高望みに過ぎて現実的ではないのかしら、せっかくご参加いただいた方にあまりにも不条理な無理難題を投げ付け厳しく締め上げて自尊心を傷付けただけなのでは………なんて、実はほんの少しだけ不安に思っていたのだけれど―――――レディ・フローレンがレオニール殿下にお伝えした言葉が本心であるなら何の憂いもないのだわ! 別に私の掲げる理想が高過ぎるわけではないらしいもの!」
笑う姿も立ち振る舞いも、可愛らしい少女のそれだった。全身から漲っている自信は彼女の魅力をさらに上げる。
これちょっと男を見る目が厳し過ぎるんじゃないのか、と残された参加者五人の思惑が良くない意味で統一されつつある事態にも動じる様子はまったくない。むしろ普通に張り切っていた―――――なんといっても、ここが前座の締めに該当する部分なので。
「ええ、だから、安心しました。そして嬉しく思います。だって、五人も残ってくださった真の勇士と呼べる方々に私ども審査員団が寝る間も惜しんで考えた『理想の殿方』チェックテストを受けていただけるんですもの! 言わばここからが本番でしてよ!!!」
長ったらしい前座は終わり、彼女と彼ら花畑にとっての本番が満を持して始まろうとしている。
「大道具班は順次出ろ―――――待てや白いの何してる」
「いやごめんまだ始まらないかと思って追いミートパイ」
「何で今追った?」
「本番前だから?」
「疑問調やめろ」
「本番前だから」
「そうじゃねぇもういい早く食え―――――出番だぞ、リューリ・ベル」
セスに促されて後ろを向けば、そこには裏方大道具班のボランティアさんたちが立っていて―――――見えなくなった舞台側が、にわかに騒がしくなっていた。
前置きが長い! いつもですね!!!(自省)
書きたいなあと思っていたところまで辿り着けずに分割したら前座だけでここまで嵩張りました。なんでだろ。大体己の無計画さが招いた結果に他ならない件。
ともあれ、ノープラン作者を見捨てることなくこの後書きまで読み進んでくださった画面の向こうのあなた様、まことにありがとうございます。




