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10.ピンチをチャンスに変えていけ

話数が二桁に突入しました(プロローグと幕間は除外)

皆様の温かなご声援のおかげでここまで書き続けることが出来ました、まことにありがとうございます!


せっかく投稿話数が二桁になったしいつもと攻め口を変えてみようか、と思った結果、なんか首の角度が九十度くらいになってしまいそうなものが出来上がっていましたが詰め込み過ぎを削っても相変わらず長くてなんでだよ。

すみません。味付けがいつもと違うかもしれません。こういうのもあるよね的な寛大さでお目溢しいただきたく候。

(広い、本当に太平洋のように広いお心で見捨てずにお付き合いいただければ幸いでございます)

関わらないようにしていても、勝手に巻き込まれることはある。

好きで首を突っ込んだわけでもなければこちらから手を出したわけでもない、なのに向こうから文字通り突っ込んで来てもう避けようがないパターン。それはしょうがない。そんな日もある。どうしようもないことはどうしようもない―――――だけど、出来れば心穏やかに昼寝とかしたかったんだよ私は。

空模様はこんなにも安定している昼寝日和なのに情緒は些か不安定。気候的には穏やかなのに、心中はまるで穏やかではない。そんな気分で立っている。気が立っている、と言い換えてもいい。


お腹空いたなぁ。


そう思う。今はまだ大人しい腹の虫がいつ鳴き出すかは分からない。お腹空いたなぁめんどくさいなぁ動きたくないなぁ眠いなぁ。心の声は音にもならない。けれど、それは私だけであって、どうも目の前のこいつにはまったく当て嵌まらないらしい。


「ふはははは―――――受け取ったな、リューリ・ベル! 白手袋を投げ付けるのは古来より続く決闘の作法! そしてそれを拾い上げるのは決闘を受諾した証! 礼儀も道理も弁えん辺境の狩猟民族とは言え飛んで来た落とし物を拾ってあげようというその心意気だけは大いに評価してやろう!」

「あ? コレお前がわざと私に投げたの? なんだほっとけばよかった」


ぽい、と何の感慨もなく掴んでいた白手袋を投げ捨てる。

なんか白いモンが飛んで来た、と思って咄嗟に手で払ったらただの白手袋だったから、たまたま風で飛ばされた誰かの落とし物だったのかなぁ、叩き落して悪いことしたな、と拾い上げた直後にこのテンション―――――付いてけねぇよ。誰だよお前。周りで穏やかに食後のお喋りを楽しんでた仲良しグループ各位の皆さんが一斉にこっち向いただろうが。やめろ。軽率に絡んで来るな。私は静かに昼寝がしたい。割とガチで眠いんだよ今。

そんなこちらの心の声など相手に聞こえる筈もなく、そもそも話を聞く気すらない様子で五月蠅い男子が胸を張る。ふふん、と勝ち誇る顔には見覚えがないと断言出来た。なんでそんな偉そうなんだこいつは。


「ふっ、今更捨てたところで遅い、決闘は既に成立しているのだ! さぁ! 大人しくこのバジャルド・イバルリと正々堂々勝負せよ!!! 万が一にも貴様の勝ちなど有り得ない余興ではあるがなぁふははははは!!!」

「ええ………なにこいつ一人で盛り上がってんの………? こわ………」


知り合いでも何でもない他人を相手にこの勢いとテンションで居続けられる脳構造が本気で分からない解りたくないどうでもいいです断固拒否。純粋に理解が及ばない。たぶん話は通じない。比べるのも申し訳ない次元だけれど、フローレン嬢や王子様はその点においては話しやすかった。慣れてるだけかもしれないけれど。ちなみにこれは余談だが、セスに至っては直感だけでなんか適当に喋っていても案外なんとかなる不思議。理屈は知らん。とりあえず楽。あっちもたぶん似たようなこと思ってる気がしてしょうがない。いや本人に聞いたことないけど。


「さぁ、そうと決まれば剣を取れ! 早速決闘を始めようではないか!!!」


声高に何事かを叫びながら、ずっとその手に携えていた長い棒のうちの一本を私の足元へと放り投げる男子生徒。手袋といいコレといい、物を投げるのが好きなやつだな。私は状況をぶん投げたい。

もうお約束として馴染みつつある遠巻きに見守るギャラリー各位はただただ居合わせているだけで、口を挟もうとする様子はなかった。めんどくさいな、という心の声の音声化については放棄している。


ていうか、そもそもケットウってなんだ。宿屋のチビちゃんから聞いたことある気がするけどいまいち思い出せないんだよな。


口に出すのも面倒な心境を喉の奥あたりで雑に潰して、仕方なしに拾い上げた物体をしげしげと物珍し気に観察する。故郷ではほとんど見たことのなかったそれの名前を、私は知識としてしか知らない。だから、投げて寄越した相手の台詞をそのまま当て嵌めるかたちで「これは剣だ」と認識した。要するに、“学園”に数ある学科のひとつ、セスが所属しているらしい『剣術科』はきっとこの道具の使い方を学ぶために設けられたのだろう的な―――――うん。正直あんまり興味ないな。だって北の辺境民には一生必要ないだろうし。


「こんなモンよく使えるな、セス」


この場に居ない知り合いに向けて率直な感嘆をひとつ、持ち手を握る五指を眺めながらどうしたものかと首を傾げる。一見しても実際に持っても感想はさして変わらない。見たまま感じたまま持ったまま、矯めつ眇めつ眺めたところでただの“鋼の棒”である。

目算した長さは伸ばした腕と同じくらいか、金属で構成されているせいで片手で持つにはそこそこ重い。が、振って振れないこともない。軽く横薙ぎにしてみたところで用途も利点も分からなかった。ぶぉん、と風を切る音がしただけだ。バランスが悪い。重心がずれる。しっかり握り込んでいないと掌からすっぽ抜けそうだ。なにこれ。使い難さしかない。


「れ、練習用の『無駄にクソ重いだけ』と剣術科生が軒並みディスる長剣をあんな軽々と………!? 北の妖精さんの手に掛かれば物理法則など些事だというのか………!」

「かわいい………『なにこれ』みたいな顔してぶんぶんしてるかわいい………」

「オモチャの剣を買ってもらったからとりあえず振り回してみる幼児に似てる………」

「かわいいよ………かわいさしかねぇよ………」

「待って死ぬのはまだ早いわ待ってちょっと待ってあれはもしや『お兄ちゃんの真似して剣をぶんぶんする末っ子ちゃん』という私の脳内補完劇場がスタンディングオベーション」

「ロングラン決定じゃねぇかあたしにも見えたわご家族に一番いい席を頼む」

「お兄ちゃんの真似をしたがる末っ子ちゃんはあかんジャスティスが過ぎるあかん」

「誰か今直ぐスケッチブックください克明に記録してご両親にお見せします」

「とうといよぉ………とうといよぉ………」


囁き声だか咽び泣きだかは方々から疎らに聞こえども、試しにぶんぶん振り回してみた剣の使い方が合っているのかどうかすら怪しい私はそれらの悉くを無視するに至った。形状からして手持ちで使う道具の一種という推察に間違いはないと思うのだけれど、こんな不合理を極めたような鈍器で“王国民”は何をするんだ、と胡乱な視線を注ぐこちらの鼓膜を耳障りな胴間声が劈く。


「武器の確認は終わったか? では構えるがいい、片手間感覚で他者の名誉を地に落とし男としての矜持をこれでもかと踏み躙りし憎き招待学生リューリ・ベル! これより決闘を開始する! 伝統と格式ある古からのルールに則り勝者は敗者に絶対の服従を誓わねばならぬが異議はないな―――――いざ参るッ!」


「いざ参られても異議しかないぞう!」


ストップ・ザ・謎の私闘!!!


爽やかに割って入った声は、随分と軽いノリなくせして有無を言わせない力があった。

投げ渡された剣を握り締めたままどうしたもんかなぁ、と棒立ちになっていた私に、同じく剣を両手に構えて馬鹿正直に突っ込んで来た馬鹿の前に真性の馬鹿が立ち塞がる。トップオブ馬鹿に相応しいであろう能天気極まる表情はこちらを背にしているので見えないが、不意打ちで相対する破目になった話を聞かない突進男子は血相を変えて急停止した。勢いを殺しきれなかったせいでそのまま無様に顔面から地面―――今更だが此処は屋外である。流石に食堂内でこんな長い鋼の棒を適当に振り回したりはしないぞ、だって明らかに邪魔臭いし迷惑だし何より普通に危ないし―――にダイブした馬鹿は綺麗に無視。

全身で地面と仲良くしている男子と私の間に立った背中が、金色の髪を靡かせてくるりとその場で半回転する。太陽光に煌めいてきらきらちかちか目に痛いような錯覚に思わず細めた視界の中で、もはやお馴染みになりつつあるお伽話の住人じみた無駄に整った王子様面が楽しそうに綻んだ。


「待たせたな、レディース・アンド・ジェントルメン―――――今日の会場はこちらと聞いて現着したぞう、はい拍手!」


ワァァァァァァァァァァァァァ!!!!!


誰に向けてか分からない口上とともにキラッと笑って颯爽登場、トップオブ馬鹿王子様。周りで見ていたギャラリー各位から唐突に上がった歓声に、熱狂気味の大音量に、私の心が急激に冷めた。なんでそんないつぞやのセレクトランチ対決の時みたいなノリなんだお前。ついでにどうして割れんばかりの拍手で出迎えるんだ四方を取り囲む暇人連中。剣を持った手をだらーん、とさせてやる気のない半眼を向けてやる。


「いや、おい。なにやってんだよ、王子様」

「え、そういう反応しちゃう? 嘘でしょそこは見て分かろう? ていうかテンション下がり過ぎじゃない? 急にどうした、リューリ・ベル。もしかしなくてもお腹空いてる?」

「いやまぁ普通にお腹は空いてるけどなんでそこ指摘しちゃうんだよ。考えないようにしてたのに台無しじゃんか。帰れ王子様」

「相も変わらず扱いが雑! 珍しく食堂に来てすらいないお前が中庭で絡まれてるって通報があったから何事かと思って駆け付けたのにそれはなくない!?」

「知らん。ていうか、通報ってなんだ」

「うん? うーん………まぁ、チーム・フローレン・ネットワークの簡易型広域拡大版というか現場に居合わせた誰かしらが即伝令として走るシステムというか。要はフローレンに行けって言われたから来ただけだな―――――ところでこれは素朴な疑問なんだが王族を使いっ走りにする婚約者ってのはいくら婚約者でもどうなんだろう。どう思う? リューリ・ベル」

「今更過ぎて逆にビックリするっていうかお前はそういう王子様だろ」

「はっはっは、さてはすっかりしっかりばっちりアイデンティティとして認識されちゃってるなこれは」


知ってた! と明るく言い切れるメンタル強度は今日も今日とて健在らしい。朗らかに言い切ってんじゃねぇよ。そして知ってたなら聞くな。どっと疲れた。お昼寝したい。もう起きてるだけでお腹空く。持ち続けるのも億劫なので、重たいだけの剣とやらはそこらに適当にポイ捨てした。もしやこれ、白い手袋も剣とかいう鋼の棒も最初から拾わなければ良かったのでは? なんという判断力の低下だろう。いくらなんでも不覚が過ぎる。

私が己を叱咤している横で、思案顔の王子様がふと困ったように眉尻を下げた。打ち所でも悪かったのか顔面から盛大にずっこけて完全に沈黙しているうつぶせの男子生徒を指差して、どうしたもんかな的な雰囲気を漂わせつつそれでもマイペースに口を開くあたりは神経の図太い王子様である。


「さて、『お宅のお子さん変なのに絡まれてましたよ』的なさわりだけ聞いて駆け付けたものだから実はいまいち状況が呑み込めてなかったりするんだが、練習用に刃を潰してあるとは言え凶器装備で決闘沙汰とか割と洒落にならないなコレは。どういうこと? 説明してくんない?」

「そんなモン私が聞きたいくらいだ。いやまぁ言うて興味もないけど」

「ああ、オッケーいつものよく分かってないままに絡まれて巻き込まれて今に至るパターンだな把握―――――よし、各位、今のうちに情報の提供を頼む。なるべく時系列に沿ってくれると分かりやすくてありがたい」


何をどう把握したんだお前は、という私の胸中でのツッコミなど知らない王子様が周囲のギャラリーに呼び掛けるなり、面白いくらいに情報が集まってあっという間に状況の整理が終わっていた。余談だがたまに番号が飛び交ってた件についてはなんでだよ、と思わなくもない。当事者の私が口を挟む隙などなければその必要もないという、まさにフローレン嬢の日々の教育の賜物ですねとトップブリーダーの努力と苦労がしのばれる感動的瞬間である。お腹空いた。


「ふむふむ、なるほど、なるほどな―――――え? 待って、流石に馬鹿じゃない? マジでリューリ・ベルに決闘を申し込んだのこいつ? “北の民”だの“招待学生”だの云々以前に女生徒のリューリ・ベルを相手に? 男子生徒が? 武器持参で? しかもいきなり女子の顔面目掛けて不意打ちで手袋投げ付けた? そこは足元に投げるか手袋で顔を叩くかでしょうが普通………え、仔細も述べず一方的に決闘押し付けて武器投げ渡して素人相手に突撃ってないわそれはないわー………これ、フローレンが聞いたら激おこ確定案件だぞう」


最後の一言を本当にぼそっと小さく口にしたあたり、経験則に裏付けられた確信に基いていると思う。激おこ確定案件、っていうとちょっと可愛い感じに聞こえるけどたぶんそんな生易しい系の怒り方じゃないっぽいなフローレン嬢。常に品位ある淑女たらんと振る舞うお上品な派手顔迫力系美人の怒髪天などとてもじゃないが想像出来ない―――――怖い。止めよう。理由はまったく不明だけれど想像の時点でもう怖い。


「まぁ、無かったことにも出来ないしなぁ。行け、と促されて来た以上、手厳しい婚約者に突かれる前にある程度は畳んでおくとしよう―――――それで? バジャルド・イバルリとやら。この私を前にしておきながら、貴様は一体いつまでその下手な狸寝入りを続けるつもりだ?」


ふぐぅっ、と潰れた濁声に、おおっ、と被さる周囲の驚愕。フローレン嬢を彷彿とさせる冷静沈着さを湛えた王子様の言葉に従うように、のっそりと緩慢な動作で倒れ伏していた男子生徒がその身を起こした。ていうか、寝たふりしてたのかよ。ずるいぞお前だけ。私も寝たい。お腹空いた。


「ふっ………これは失礼を、殿下。しかしながら! いくらなんでもいきなり目の前に出て来ないでいただきたい! 神聖なる決闘の最中に王族の御身を危うく害してしまうところでしたぞ!!! 幸いにもこの私めが機転を利かせたから大事には至りませんでしたが! そう! 幸いにも! この私めの素晴らしい機転で!!! おお、今日は見たところお目付け役のフローレン嬢もベッカロッシも側に居ないようで、これでは仮に万一の事態があったとしてもおかしくありませんでしたなぁ! 私めの判断が迅速で良かった! なんの、礼には及びませんとも! しかしながら今はそこの辺境民と真剣勝負の最中です故、どうか殿下におかれましては安全圏に退避していただきたく!!!!!」


開口一番、そんなことを恩着せがましく叫び始めた男子生徒に王子様の目がすぅっと細くなる。浮かぶ表情は爽やかそのものだが目の奥の光は笑っていない。ははっ、と乾いた笑い声を零したのが故意かどうかは知る由も無いが、先程までの王子様っぽい王子様の威圧感は何処へやら、いつも通りの気軽なノリでぽろっと本音を零していた。


「うわこれ畳むの骨折れそう―――――特攻持ちのフローレン早く来てくれないかなぁ」

「え? 何言ってんだ、王子様。フローレンさんが来なくても折っていいなら何とかなるだろ。引っ掛かるとこ片っ端から折って曲げて畳んでけばいいじゃん」

「骨が折れるのも畳むのも状況の収拾に対する表現であってそんな物騒な物理の話じゃないぞうこの大雑把妖精さん! 第一、それが出来たら苦労はしな―――――待った。なぁ、リューリ・ベル。お前もしかしてマジで物理的にバキバキボキッと人体折り畳めたりしちゃう?」

「もっと大型の獣なら解体ついでに運びやすいよう箱詰めに畳んだことあるけど人間はやったことないなぁ。まぁ折っていいなら大抵何とかなるぞ。族長くらい器用だと折らなくてもどうにかしちゃうんだけど」

「端々に滲む物騒さがすごい! でもそっかー、そうなんだなー。ところで確認なんだけど、お前ってもしかしてセスみたいに売られた喧嘩は高値で買う派?」

「セスがどうかは知らんけど、買って勝たなきゃ生き抜けないのが“北”の常識だぞ王子様―――――ん? あ、私これ喧嘩売られてたのか。ケットウって言うから何のことかと思ってた。なんだ、ただの喧嘩の話か」


何気なく言っただけなのに、王子様の顔から表情が消えた。一瞬の出来事過ぎてビビる。顔面偏差値が高いやつの真顔って整い過ぎてて不気味なんだよな。テメェが言うなや、ってセスの声が聞こえたけど確実に幻聴です出張ツッコミお疲れさん―――――やばいな。お腹空き過ぎて幻聴はやばいな普通にやばいなお腹空いた。


「そもそも決闘を理解してすらいなかった相手に斬り掛かるとか正気か貴様」

「ヒッ………ま、まさか決闘を知らない程に無知だとは思いもしなかったものでその」

「無知も何も、王国外から来た辺境の住人に『決闘』なんてこちらの風習がそのまま通じると思っていた貴様の方がよほど物を知らんとみえる。仮にリューリ・ベルがその概念を知っていたのだとしても、この場に集う目撃者から得た情報によれば貴様の行いの悉くは到底容認出来るものではないな。これで“招待学生”が怪我でもしようものなら“学園”の責任問題だ―――――うん? ああ、その手があった」


リューリ・ベル、と唐突に、名前を呼ばれたのでそちらを向いた。呼んだのは予想通り王子様で、さっきまでの真顔はなんだったんだと聞きたくなるような上機嫌さで私のことを見下ろしている。いつもの王子様だった。


「ちょっと聞きたいんだけれど、今からあいつと喧嘩したとして無傷で勝てる算段ある?」

「コンディションは別として、それは『勝ち』の定義による」

「一発ぶん殴ってダウン取ったら勝ち。なんなら骨とか折っちゃってもいいぞう」

「楽勝。お腹空いててもそれくらいなら余裕」

「よーし決まったそれで行こう! はいはい決闘始めるぞーう!!! めんどくさいから開き直って物理で物理を制すコーナー!!!」


明るく言い放つ王子様だが声高に本音をぶち撒け過ぎてやしないかこいつ。


フローレン嬢に聞かれたら怒られるんじゃないかなぁと思いつつ、私も私で面倒だったので敢えて口を挟むことはしない。というか、結構お腹が空いてきてるので体力を温存するためにもお昼寝行っていい? 楽勝だとは言ったけどやるとは一言も言ってない。え? なんか決闘に拘ってるあの五月蠅いやつに一発ぶちかまして黙らせてからの方が静かになっていいと思う? 確かに。王子様いいこと言う。


「って、言ってみたはいいものの。ホントに大丈夫かリューリ・ベル。お前のルーツが狩猟民族だってのは耳にタコなので知ってるけれど、猛獣相手とかじゃない人間同士の喧嘩とかって経験ある? 凶器持った馬鹿と戦ったことは?」

「愚問過ぎるぞ王子様。人間同士で殺し合う、なんて無駄で無意味で無価値なことするわけないだろ馬鹿馬鹿しい。そんなくッだらないことしてる暇があるなら糧になる命を獲りに行くのが私たち“北の民”だからな。あと狩りの獲物はいつだって爪とか牙とか角とか大きさとか体重とか天然の凶器持ちばっかだし、正直たかが鋼の棒振り回すくらいで何を粋がってんだよって話だよこちとら」

「物騒なようで現実に根差したパワーワードが凄まじい。と、そういえばあっちが言ってる自己都合解釈が凄まじい決闘とやらのルールはさておき、正式な作法に則れば女子は代理人が立てられるぞう? 今直ぐセスが呼べれば手っ取り早く片が付くんだが―――――さては一緒に居ない時を狙って絡んだか。せこいことを」

「代理人? なんで私が売られた喧嘩にわざわざセスが出るんだよ。いい迷惑じゃん。ほっといてやれよ。言うて相手があれだったらぶっちゃけ片手でなんとかなるし」

「やだイケメン、女子の口から飛び出したとは思えないような雄々しい台詞に正直ときめきを禁じ得ない―――――が! そんな儚い系の見た目しといて言動の端々に醸されし歴戦の猛者感はなんなのマジで!?」


知らねぇよ。見る側が勝手にそう受け取ってるだけで私自身は別に何も醸してねぇよ。そのときめきはお前の錯覚だよ。コソッと耳打ちとか止めろくすぐったい。あと声をいきなり大きくするな五月蠅い。それとは別に、単純に何とかなると思ってるから何とかなるだろって構えてるだけなのに「無理かっこかわいい無理」って地の底から這い上がって来るみたいな呻き声がそこら中から聞こえて来るのなんでなんだよ割と怖いよ。


「おのれ、言わせておけば調子に乗って! 片手でなんとか出来るだと!? いくら大口を叩いたところで所詮は辺境の狩猟民族、王都学園剣術科の実技試験にて常に上位成績を修めるこのバジャルド・イバルリの敵に非ず! その辺で呑気に飯食ってるだけのクセに女子にやたらとモテやがって、貴様のせいで婚約を打診したご令嬢に『ファンクラブ活動が忙しくて人生が充実していますので脳筋の婚約者とかお呼びじゃありませんの。リューリ嬢の美しさ愛らしさ強さその他尊さを欠片でも理解出来るようになってから出直さなくていいので何処かへ行ってくださいませご機嫌よう』ってバッサリお断りされたんだぞ!? ただでさえ『剣術科』はベッカロッシの狂犬野郎に人気が偏りがちだってのにここへ来て学科無視の無差別級ダークホースなんて冗談じゃない! 出る杭は打つ! 性別とかどうでもいい、要は貴様にケチが付けばいいのだ過熱気味のファンクラブ旋風快進撃もこの俺の手によって収束するだろう! 俺の手によって! この俺の手によって! ふははははざまをみろ今のうちにせいぜい吠え立てるがいい!!!」

「わぁ、思った以上にしょうもない理由でどうしようもなくありふれた逆恨み系八つ当たり野郎の典型例! ここまで来るともう博物館とかに展示しておきたいレベルだなぁ。フローレンがこの場に居たら『では剥製にでもしましょうか。せっかくなので殿下もご一緒に』ってキレッキレのコメントくれただろうに」

「あの男子にしろ王子様にしろ、王国民の口ってたまに羽より軽くなるよなぁ」

「それは確かに否定出来ないな! 私が言えたことじゃないけれども!」


うん、お前がにこやかに言い切っちゃ駄目だろ。そんなんだからフローレン嬢に怒られるんだぞ王子様。とはいえ、思った以上にしょうもない云々については私も概ね同意見である。誰もが認めるトップオブ馬鹿たる王子様に淡々と分析される時点でもうお察し案件待った無しだった。本気でしょうもない理由で喧嘩売って来たんだな。お前の申し出が断られた件なんて私が知るかよ意味分かんねぇよそんな理由で剣持って突撃してくんなよ。

そもそも「ケットウ」なんて気取った言い方するから解かり難くなっちゃったんだろうが。喧嘩なら喧嘩って最初から言え。そしたら―――――あんな鋼の棒拾わずに、最初からぶん殴ってやったのに。


「まぁいいや。お腹空いたし喧嘩するならさっさと始めて終わらせよう」

「双方自分が勝つと信じて疑っていないあたりがすごい。ちなみにリューリ・ベル、最終確認だけどマジで大丈夫? 自衛の範囲で何とかなりそう? 聞いたところお前に“本気”出されちゃうと割と面倒臭いことになるらしいんだけど」


心配性な王子様である。面倒臭いからって物理で物理を制すコーナー自分で設けといて何言ってんだろう的な気がしないでもない。とりあえずそれについては触れず、鷹揚に頷くだけに留めた。実際のところ、その心配は本当に杞憂である。


「平気平気、大丈夫。こんなときのために教えてもらった『必殺技』があるんだよ」

「いや必ず殺す技だよなそれ!? 大丈夫な要素が見当たらない!」


過剰防衛では、とツッコむ王子様越しに、馬鹿が動いたのが見えた。


「ええい、いつまでグダグダとやっているッ!!!」


いつまでも始まらない決闘に業を煮やして攻勢に出たらしい。一拍遅れて周囲から上がった悲鳴を他所に、空気の変化を察知して血相を変えた王子様を力任せで押し退けた。

北の民の私には“王国”の決闘のルールなんか分からないし知らないし、これからもずっと分からなくていいし知る必要も永遠にない。開始の合図とか禁則事項とか、そういったものがあることすら把握してはいなかった。だから相手の反則だとか、卑怯だとか不意打ちだとかそんなものはどうでも良かった。


ただ、殺意を以て向かって来る相手をどうすればいいのかは知っている。


一応、つい一瞬前まで私の側に居た王子様に危害を加えてはまずいという理性くらいはあったのだろう。攻め口はよく言えば果敢、悪く言えば無策。王子様を巻き込むまいと多少接近の軌道を変えたところで愚直に突っ込んで来る姿勢は初回となんら変わらない。私は普通に無手のまま、鋼の棒のリーチの長さだけあちらに少し分があった。ところでな、決闘男子、知ってるか―――――道具はあくまで道具であって、獲物を仕留められるかどうかは使う側の技量によるんだよ。


「もらったぁぁぁぁぁぁ―――――――えっ?」


すかっ、と。

鋼の棒が空を切る。間抜けな横顔が見えた。なんだよ、剣を思いっきり振り被ったならあとは振り下ろすしかないだろ。右から来ようが左から来ようが正面だろうが走りながらの挙動は雑だから冷静に見てれば普通に分かる。そこから避けても普通に間に合う。私の動きが速いのではなく、単純に向こうが遅いから。

だって、故郷で相対していた獣たちの方がずっと速いし手数も多い。四足獣の武器が四肢の爪と強靭な顎とそこにぞろりと並んだ牙だとするなら、今斬り掛かって来た男子の武器は両手で握った鋼の棒だ。人間の関節は変な方向に曲がったりしないから取れる動きは限られている。重たいものを持っているから速度はそれなりに落ちている。剣は真っ直ぐな鋼の棒だが当然これも曲がらない。物質として、曲がらない。重たいから途中で軌道を変えたくても満足に変えられやしない。少なくとも、こいつにその技量はない。何が言いたいかというと―――――要するに、当たりに行こうと逆に頑張らないと当たらないレベルで避け易い。そして無傷で勝とうと思ったら当たらなければいいだけなので、私は普通に避ければいい。なんてシンプル。とても簡単。


身体の向きを少し変えて、ついでに一歩分後退しただけ。


私がやったのはその程度で、特殊技能でも何でもなかった。正面に向いていた身体を左向け左にしながら一歩分身を引いただけだ。最小限の動きで最大限の成果を得る、というのが“北の民”の目指したひとつの理想である。だって無駄に動くと疲れるし非効率な狩りは死を招く。全力を出す時は全力で、けれど出し切ったその後でもちゃんと生き残れるように。斃して倒れてはいおしまい、なんて温めに設定された勝利条件などありはしない。ただ日々を生きていくだけでも過酷極まる環境なのだ。


無駄を省いて、命を大事に、貴重な糧を得る術を学んで磨いてその日常をずっとずっと積み重ねてきた“私たち”みたいな生き物に―――――そんなちゃちな鋼の棒一本で、なんでお前は勝てると思った?


空振りした剣が上から下へ通過していくのを眺め、目標が間抜け面になった瞬間さえも見ていた私は特に何の感慨もなく右手の五指を握り込んだ。相手の立ち直りは遅い。避けられると想定していなかったからか追撃の算段すら立てていなかったらしい。一撃必殺のつもりだったのか。そうか。当たれば痛いんだろうな。当たり所によっては頭蓋骨くらい割れるんだろうな。でも一撃で必ず殺すから『一撃必殺』って言うのであって、一撃外して呆けてたんじゃお前“北”ではすぐ死ぬよ。

独白は時間に換算して二秒にも満たず、軽く握って拳にした右手は既に持ち上げられている。大したことはしなくていい。腕に力は込め過ぎなくていい。但し、狙いは正確に。意識するのは肩と背中。腰を捻って体重を乗せて打ち慣れたフォームで殴るのは、やり過ぎになりそうな気がしたので今回は自重しておいた。重要なのは瞬発力であって、必要なときに必要なだけ条件を満すことが出来ればあとは結果が付いて来る。

めんどくさいことはまぁ確かに面倒臭いしお腹も空いているのだけれど―――――取り合わないと付き纏われるのなら話は別だ、平和のために、平穏無事に、根こそぎ禍根を絶とうと思う。

そして忘れてはいけない『必殺技』の名前を思い出しつつ、真っ直ぐ素早く繰り出した拳が狙い通り相手の顎を打ち抜いた。


「くらえ、必殺―――――『チガイホーケン』!」

「ぶごへっ!!!!!」


どんな生き物も顎に衝撃を受けると大体脳味噌がぐらぐら揺れて昏倒するから機会があれば積極的に慌てず狙っていくように、と噛み付き攻撃に出た四足獣の顎を冷静に拳で打ち据えてぶっ倒していた族長の教えは“王国”においても有効だった。ありがとう族長。でも族長、飢えた獣の群れに放り込んで実地で教えるあのスタイルは些かスパルタ過ぎると思う。あの時の「やらなきゃやられるやらなきゃ死ぬ」狂乱に比べればこんなやつに拳叩き込むの大したことないですホントいやまじで。


「ま、まさかの一発K.O―――――!!! 勝ったのは安定のリューリ・ベル! 右ストレートを繰り出すのに迷いが無いのもさることながら、敵の攻撃を余裕で避けつつ的確に急所を狙ってきめるあたり『妖精さん』な見た目を裏切って“狩猟の民”の面目躍如―――――!!!!!」


ワァァァァァァァァァァァァァ!!!!!


今度こそ完全に意識を手放した状態で地面に倒れ込んだ決闘男子に静まり返った面々が、王子様の実況で爆発的に熱狂した。ぴょんぴょんと飛び上がって隣近所と抱き合っている者、興奮気味にばたばたしている者、胸を押さえて膝を折る者から両手を合わせて「かわいくてつよいまじでつよいぶつりつよいとうといがすぎる」と壊れたように呟きながら拝んで来る者など様々である。後半に行く程に狂気を感じるのは何故だ。


「はい、では湧き立つ観客はさておき勝者のインタビューに移りたいと思います。勝者リューリ・ベル、今のお気持ちを一言どうぞ」

「終わったならもう昼寝していい?」

「血気盛んな馬鹿野郎を殴り倒して黙らせた直後とは到底思えない発言! 普段通りにも限度があるでしょまぁそういうところ安心するのだけれども!」


きゃっきゃと騒ぐ王子様は心底楽しそうだったのだが私が思いっきり押し退けた件については何も思っていないらしい。見たところ服に汚れ一つないし、すっ転ばせたかもしれないなぁとほんのちょっぴり申し訳なく感じていたのはもしかしなくても要らない心配だったか。


「なぁ、ところでリューリ・ベル。さっき叫んでた『チガイホーケン』はもしかして必殺技名だったりする?」

「うん。そう」


さりげなく投げられた質問に私がこっくり頷いたのと、殴り倒した筈の男子生徒ががばりと起き上がったのはほとんど同時と言って良かった。いかん、打ち込みが甘かったか。手加減って難しいなぁ。


「こ、こんな、ぬるいパンチいっぱつ、くらいで、おれにかったとおもうなよぉ!!!」

「いやもう勝敗決してるからな。完全にリューリ・ベルの勝ちだからな。誰がどう見てもそう言うだろうし既にそういう空気じゃないし決闘を吹っ掛けておきながら決闘のルールをまるで遵守する気のない貴様には個人的に思うところがあるので敗者は敗者らしく黙って地面に突っ伏すか大人しくその辺で項垂れていろ。フローレンが激おこする前に流石の私もちょっとおこだ」


怒りを表明したいんならもう少し言葉を選んだらどうなんだこの馬鹿王子、というツッコミは胸に秘めておくことにした。それは私の役割じゃないし。

脳に連動して視界もぐらぐらまるで定まっていないのか、白けた様子の周りがよく見えていないらしい敗北者が呂律の回らない舌を必死に動かして王子様の言葉を否定した。


「なん、なにをおっしゃいます、でんか、おれはまだ、まだたたかえるんですよ!!!」

「いやもうお前フラッフラじゃん無理していきなり立つからだよ。脳味噌ぐらぐら揺れて吐きそうなくらい気分悪いだろ? 顎ぶち抜かれると大抵そうなるから悪いことは言わない、横になってろ。追い打ち掛けてやってもいいけどもう殴るのもめんどくさい」

「やかましい、てきのさしず、なんか、うけるか!」


「まぁ、足元も覚束無いような状態で随分と威勢の宜しいこと――――――弱い犬程よく吠えるって、本当のことでしたのねぇ」


凛、と響く声だった。落ち着き払って艶があって、雑多な集団の中に在っても霞まず埋もれない玲瓏たる美声。皆が一斉に口を噤んで発生源と思しき方に次々と視線を注いでいく。囲いが割れて、道が出来た。少しだけ距離を隔てた一直線上、その先に、遅れて来た主役が立っている。


「遅かったなぁ、フローレン。用事は全部済んだのか?」

「ええ、すべて恙無く。ごきげんよう、殿下―――――あら? 誰かと思えば、貴方、剣術科のバジャルド・イバルリではなくて? 学科長と学園長の連名で再三呼び出しが掛かっていたようですけれど………まぁ、顔色が酷くてよ? どこか悪いところでも?」

「おっと、学科長と学園長の連名で呼び出されちゃってるかー………こんなところに剣術科の持ち出し禁止備品の剣が何故か二本も落ちてるしなぁ、刃が潰してあるとはいえ危ない凶器には違いないから、ついでに持って行った方がいいと思うぞう」

「そうですわねぇ、何の呼び出しかは皆目見当も付きませんけれど、この場に放置するよりは持って行った方が賢明でしょうねぇ。持ち出した誰かさんについてはどうなるか知りませんけれど」

「そうだなぁ。普通に凶器を持ち出しただけなら厳重注意と停学くらいでギリギリ済まされそうな気もするが、もし公衆の面前で“招待学生”の女子生徒相手に決闘だなんだってルール全無視して王族が居合わせているにも関わらず凶器振り回してたなんてことがあったらまぁ退学は免れないし社会的に人生が終わるだろうなぁ。しかも求婚者に相手にもされなかった逆恨みの八つ当たりが動機とかだったりしたらくだらないにも程があるしなぁ。何処の誰とは知らないけれど」

「まぁ、殿下。ご冗談を―――――そんなお馬鹿さんがまだこの“学園”に残っているとは思えなくてよ」

「フローレン、顔が怖いぞう」

「お黙りになって馬鹿王子」

「訂正。フローレン、目力強いよ」

「殿下」

「ごめんなさい」


王子様、という肩書き持ちのくせに婚約者のお嬢さん相手に躊躇いなく頭を下げる王子様の潔さはすごい。フローレン嬢の登場とともに意気消沈してぷるぷるしている決闘馬鹿はこれを見習え。ごめんなさいが素直に言える馬鹿と言えない馬鹿とじゃ圧倒的に前者の方が偉いぞ。馬鹿だけど。基本的には馬鹿だけど。そしてギャラリーの何人かは倒れた。「次期国王夫妻のお約束シリーズまことにありがとうございます」と言い残して倒れた。聞こえた。こちらはこちらでフローレン嬢が来たならいよいよ私は要らないだろうよ、とお昼寝に行きたい欲がすごい。うっかり自分が倒れそう。お腹空いた。眠い。この空腹感を抱えて午後の授業とかどうしよう。とてもピンチな予感がする。


「あら、いけない。私としたことが、馬鹿にかまけて大切なことを危うく忘れてしまうところでした」

「え? またまたぁ、日常的に馬鹿にかまけて慣れに慣れてるフローレンがそんな初歩的なミスするわけないじゃん」

「心の底から五月蠅くてよ馬鹿」

「しまったかなりのガチトーン」


悲報、ギャラリーの約二割程度が死亡。お昼寝に行っていいですか。そんな私の心の裡を知ってか知らずかフローレン嬢、平謝りの馬鹿婚約者を無視してにっこりとした笑みを浮かべた。自分に向けられているそれを真正面から見返して、とりあえずひらひら手を振ってみる。


「やっほー、フローレンさん。馬鹿引き取りに来たの? お疲れ様」

「ごきげんよう、リューリさん。ええ、それもありますけれど―――――貴女にお渡しするものがありましたので。正直なところうちの馬鹿はもののついで程度です」

「ついで扱いがナチュラル過ぎて流石の私もちょっぴり泣きそう」

「いつものことだろ五月蠅ェよ馬鹿」


フローレン嬢と一緒にやって来たらしいセスの存在には今気付いた。雑に幼馴染の悲哀を一蹴した不機嫌そうな三白眼は、いつもと同じ鋭い目付きを細めて面倒臭そうに嘆息している。


「おい、リューリ」

「呼んだか、セス」


呼ばれたので素直に反応したところで気付いたが、フローレン嬢の傍らに立ったセスは何故かバケツを持っていた。誰がどう見てもバケツである。面構えのスタンダードが凶悪方面に振り切れているセスとのミスマッチ感がすごい。罰掃除かなんかの帰りだったりする? と思わず問い質したくなる絵面に、空腹感も眠気も忘れてついついぽろっと口が滑った。


「似合わなさ過ぎてどうしたんだお前なにそのバケツめっちゃ笑う」

「うるせぇリューリ。ンなこた言われるまでもねぇわっつぅかこれテメェんだぞさっさと取りに来いや」

「いやバケツとか知らないし要らないんだけど」


私物にあった記憶も欲しいと言った覚えもないぞ、と受け取り拒否を示した私に、セスは慌てず騒がずキレず無言でバケツを軽く掲げた。左手に提げていた物体が、動きに合わせてゆらゆら揺れる。

バケツ―――――バケツ? あれ? なんか忘れているような、と引っ掛かるものを手繰り寄せようとした私に、眉の一つも動かすことなく三白眼がさらっと告げた。


「中身は固めのプリンだぞ」

「それを先に言えこの野郎」


思い出した思い出しました、バケツはともかくプリンには確かに覚えがありました―――――私の! 私のバケツプリン! 忘れてたすごく忘れてた! セレクトランチ対決のときフローレン嬢がくれるって言ってたバケツ一杯のでっかいプリン!!!


「ありがとう食べますください寄越せ!!!!!」

「テンション露骨に上がり過ぎじゃね?」


呆れた態度でぼやく割には、ダッシュで突貫した私にさしたる抵抗もなくバケツプリンをくれるセスだった。お腹が空いていたタイミングでこれは嬉しい。最高かよセス。そしてプリンを手配してくれたであろうフローレン嬢はもしかしなくても現人神か。

なにはともあれ助かった、と腕にバケツを抱え込んで早速食べようとしたところで動きを止める。気付いてしまった―――――スプーンがない。

と、絶望しかけた矢先に鼻先へと突き付けられたスプーンの柄に目を瞬いた。磨き抜かれた銀色が、太陽光できらりと光る。焦点をそこからさらに奥へ、特に誇るでも威張るでもなく平然とスプーンを差し出している相手は何てことない顔をしていた。


「どうせ今から食うだろ。使え」

「ありがとうお気遣いの三白眼」

「おい笑わせてくんなや白いの」

「プリンの前では匙だけに些事」

「スプーン片手に言うな笑える」


感謝の意を表しただけなのに微妙な渋面になるセスは、おそらく笑うのを堪えているのだろうけれどそんな頑張るくらいならいっそ素直に笑った方が楽だと思う。まぁどうせ舌打ちが返ってくるのがオチだろうから言わないでおこう。ついでに、王子様とフローレン嬢が揃って生温い目でセスを見ている件についても内緒にしておいてやろうと思った。


「あああぁあれはやはり年子の仲良しきょうだいを優しく見守るパパとママでは………」

「爆誕した………ただの幸せ家族がここに爆誕した私は爆発した………」

「悔いはない………悔いはないぞ………嘘ですやっぱりまだ見ていたい………」

「誰か名のある肖像画家を今直ぐ此処に呼んでくれ………金は言い値で俺が出す………」


生き残っていた外野の何割かが膝を折りそうな気配がする。が、すべて無視して握り締めたスプーンの先をぶっすりとバケツプリンへと埋めた。気泡も波も見当たらない凪いだ表面は美しく、バケツを引っ繰り返してお皿の上に盛ろうものならその全貌はきっと芸術的だろう。しかしここは屋外で、なにより私はお腹が空いた。なので、傷一つないプリンの表面を容赦なくスプーンで抉り取る。卵の色の大地が割れた。銀色の食器で掘削した断層は滑らかで美しく、しかし持ち上げた拍子にぶつりと千切れた部分だけが固焼きプリンに相応しい無骨さでぽつりと取り残されている。一口食べればひんやり甘い。卵の風味、柔らかな舌触り、主張し過ぎずも隠れるのを良しとしない牛乳の存在に、後を引かない優しい甘さと口の中に残る幸福感。


「美味しい」

「そうかよ」


良かったな、と適当な感じで流すセスと周囲から突き刺さる和やかな目線を意にも介さず二口目。追撃の美味しさ。三口目。素朴だろうが飽きは来ない。表面をまんべんなく浚うのではなく縦に縦に掘り進むよう、ずぶずぶとプリンの崖をバケツの中に形成していく。


「ち、ちくしょう、こんなはずじゃ………こうなったら学科長と学園長に直接『リューリ・ベルに殴られた』と訴えてそっちの傷害問題にしてやる!!!」

「あら、貴方。まだ居ましたの?」


本当に、本当につまらないものを見るような目で呟いて、フローレン嬢がほんのりと唇の端を吊り上げた。私は一心不乱にひたすらバケツの中で崖をつくっている。どうしてかって? 決まってるだろ―――――このプリンの地層の下にはカラメルソースの海があるんだよ。バケツの奥行きがすごいからなかなか辿り着かないけど、宝探しみたいでちょっと楽しい。


「そもそも『決闘』を持ち掛けたのはそちら、開始の合図もなく相手に斬り掛かったのもそちら。決闘云々以前の問題でリューリさんは女生徒ですからね、敵意を持った暴漢が武器を携えて向かって来た時点で『正当防衛』が成り立ちますので万に一つも貴方には勝ち目なんてなくってよ」

「しかもリューリ・ベルが手を出したのは実際には一発だけだからなぁ。目撃者も状況証拠も揃いに揃ってどうしようもない。被害者面をしたところで時間の無駄でしかないな」

「往生際の悪いこと―――――いえ、悪いのは頭の出来ですわね? それとも、こんな騒ぎを起こしたら自分がどうなるのか予想も出来ない残念な貴方につまらない入れ知恵をするような………策士気取りでも居たのかしら?」

「ぐっ………ぐぬぬぬぬぬ!」


フローレン嬢と王子様と決闘馬鹿が取り込み中らしいがこっちもこっちで取り込み中だ。緊急事態発生。これは困った。バケツプリンは素晴らしいけれどでかけりゃいいってものじゃない―――――大振りな筈のスプーンがバケツに対してちょっと小さい。ていうか短い。掘削しにくい。


「セス、もっとでっかいスプーン隠し持ってたりしない?」

「持ってるわけねぇだろそんなモン。自力でどうにかしろ」

「だってこれカラメルソースに辿り着こうとすると長さ足りないんだよ」

「あァ? ならそんな断崖絶壁の必要ねぇだろ。斜めにでも掘ってけよ」

「天才かよセス」

「アホかテメェ」


ナイスアイデアを手放しで褒めたらポンコツを見るような目を向けられた。うるさいな。思い付かなかったんだよ。美味しいものを前にしたら人間の知能指数なんて一気に一桁まで落ちるんだよ。美味しいんだぞこのプリン。一口くらい分けてやろうと差し出したところで「甘ェモン要らね」と断られたけれどこいつホントにブレねぇな。例えばこれがプリンパイとかなら躊躇わず口に運んだだろうに、ただのプリンはお呼びでないときた。まぁパイ料理ならどんな甘いものでも食い付くそのスタンス嫌いじゃない。芯が通っているのであれば、私にとっては好ましい。


「そんな脅しになど屈しないぞ! “招待学生”として様々な便宜が図られるのだとしても、事情はどうであれリューリ・ベルがこの俺を殴り倒し怪我をさせたことは事実! あれが『決闘』でないとするならただの喧嘩として処理するのだろうが、学生同士の遣り取りにしては明らかにやり過ぎだろう顎の骨が砕けるかと思ったぞどうなってるんだ何あの馬鹿力、あんなの全然聞いてないぞ!?!?」

「なるほど、『全然聞いてない』、ということは………叩けば埃が出るようで」

「らしいなぁ、フローレン。やれやれ―――――傷害問題、なんて貴様が言い出さなければ私も黙っておくつもりだったんだが仕方ない。自分で自分の首を絞めるのが趣味らしい貴様にここでひとつ、この王国の“王子様”から残念なお報せというやつをくれてやろう」

「なん………!?」


じわり、と卵色の大地に小さな染みが浮かび上がった。焦げた茶色のそれ。じわじわじわじわ広がって、斜めに掘り進んだなだらかな卵色の崖の終着点にカラメルソースの海が生まれる。厳密に言えば、掘り当てた。スプーンも手も汚れることなくスムーズに目的を達成出来たのはセスの功績が大きいな。ありがとう気の利く三白眼。


「傾聴! よく聞け、バジャルド・イバルリ。有り得ない例え話ではあるが、もし今回の決闘もどきにおいて貴様とリューリ・ベルの立場が逆であったとしても、実際のところ“王国”と“学園”にリューリ・ベルを裁く権限はない!!!」

「………はぁっ!?!?」


ざわめくギャラリー。驚愕に声が裏返る決闘男子と相対している王子様。それを見守るフローレン嬢。眠そうな顔で佇むセスの横でカラメルソースを絡めたプリンをゆっくりと口に運ぶ私。舌に広がるほろ苦さを内在した香ばしい甘さ。プリンの甘さに緩和されいくらか大人しくなる苦味。お互いを邪魔することなく引き立てつつも更に高みへと上っていく素晴らしい関係性である。まさに相棒。ベストフレンド。ありがとうプリンとカラメルソース。固めに作られたバケツプリン美味しい。滑らかな柔らかさもいいけれどちょっと食感があった方が個人的には好みです。


「そんなことあるわけないでしょう、殿下! いくら王国や学園が招待した側であるとしてもリューリ・ベルはたかが“辺境民”ですよ!? 仮にヤツが今回の俺のようなちょっとアレな騒ぎを自主的に引き起こしたとして、どうしてそれが裁かれないなんて馬鹿げた結論に至るので!?」

「殿下? 流石にそれは言い過ぎではないかと」


なにか根拠でもない限りは、とフローレン嬢は声を潜めた。表情そのものは冷静だったが、内心ではこの馬鹿何を言い出すのかしらと若干苛立っているのかもしれない。隣のセスが「珍しいな」と静かに淡々と零していた。欲張り過ぎて大きく抉ったカラメルソース塗れのプリンの塊がぼろりとスプーンから零れ落ちてべちゃっと焦げ茶の海に落ちる。危なかった。お皿だったら無残なことになっていたところだバケツで良かった。


「根拠はあるぞう、フローレン。お前は居合わせていなかったから聞いていなかっただろうが、先程決着の一撃の際、リューリ・ベルは『必殺技』を出した。技的にはただの右ストレートだったがその必殺技名が重要でな―――――聞いて驚け、フローレン。まさかの『チガイホーケン』だそうだ」

「はぁ? なんですの、そのチガイホーケ………待ちなさい、今なんておっしゃいましたのレオニール。『チガイホーケン』ですって?」

「ああ、そうだ。流石フローレン。そう、『チガイホーケン』だ―――――私やお前を除いてはごくごく一部でしか知らないであろう、それこそこの“学園”の生徒たちのほとんどにとっては耳慣れない言葉でしかないだろうな。なんたって『治外法権』だ―――――昔々、まだこの大陸に“王国”が無かった頃、かつてあった国々が“王国”として統合される前にあったという古の権利の話なんて、歴史学でも専攻していなければ聞く機会もないだろうさ」

「ある国の領土内に居ながら、その国の法律や統治権の支配を受けない『特権』………なるほど。確かに、かつての『治外法権』とは多少定義が異なりますが、こと『国の外側から来た人間』のリューリさんが使うなら通らないとは言い切れません。だって彼女は事実として、“王国”の権利が及ばない遠い“北”の辺境地から来たんですもの」

「そんな馬鹿な―――――そんな馬鹿な!?!? “王国”に居ながら王国の法で裁くことも出来ない特権だと? そんなの、そんなの………やろうと思えば何だって、やりたい放題ってことじゃないか!!!!!」


悲鳴だった。私に決闘を挑んできた際の威勢の良さは何処へやら、今まで見た中で一番顔色が悲惨なことになっているバジャルドとやらが震える指で私を指差して吠えている。こっちはのんびりプリン食べてるだけなのにそんな化け物に出会ったみたいな大袈裟な反応はどうかと思うぞ。


「ええ、それは勿論のこと、適用されればの話です。ですが大陸中の国々がすべて“王国”に統合されてからというもの意味を失くして一般教養からも消えた『治外法権』なんて古い言葉………リューリさん、貴女、何処でそれを?」

「ああ、それは私も気になってたぞう。北部との交流は細々と続いていたとしても閉鎖的な“北の民”に『治外法権』なんて権利が浸透してる筈もなし、リューリ・ベルは確かに必殺技を『教えてもらった』と言っていた。それは誰に教わったんだ? まさかとは思うけど毎度お馴染み宿屋のチビちゃんとか言わないよね?」


王子様は宿屋のチビちゃんを一体なんだと思ってるんだ。心の中でツッコんで、スプーンを手に握ったまま二人の問いに簡単に答えた。


「チビちゃんがそんな小難しい権利がどうこう言うわけないだろ。ていうか、私だって『チガイホーケン』がそんな大昔にあった権利のひとつなんて今聞いて初めて知ったくらいだぞ。単に『どうしても困ったことがあったらこう叫びながらぶん殴れ、偉いやつや王国に詳しいやつほど聞いた瞬間固まるから』って話の種感覚で教えてもらっただけだし」

「良かった今回はチビちゃんじゃなくて! ビンゴだったらいよいよ本気で何処のチビッ子お嬢さんか真面目に調査に乗り出すところだった!!!」

「お黙りになって馬鹿王子。気持ちは分からなくもないですけれど、重要なのはそこではなくてよ―――――宿屋のおチビさんでないとしたら、誰にそれを聞いたんですの?」


フローレン嬢の目の奥で、鋭い光が煌めいている。敵意は無かった。悪意も無かった。ただ疑問と呼ぶには温過ぎて、不審と呼ぶには優し過ぎる。そんなよく分からない光を真正面から見つめ返して、特に隠すことでもないので馬鹿正直に答えを述べた。


「王都に来る前に北境の町で会った、“北の大公”とかいうばあちゃん」


「とんッでもないビッグネームを唐突に出して来ないでくんない!?!?」


こっちにも心の準備ってもんがあるんだよ!? と絶叫する王子様の横で、フローレン嬢が頭痛を堪えるよう額に手を当てて項垂れていた。珍しいものを見てしまった気分で傍らのセスを見上げれば、意外なことにあんぐりと口を開けて私のことを見下ろしている。


「………大公と会って喋ったことあんのか、リューリ」

「え? ああ、うん。“北の大公”が自称でないなら会って喋ったことあるぞ。なんかすごい勢いのあるエネルギッシュなばあちゃんだった。『チガイホーケンは血を外に出すことなく相手を崩壊させることが出来る拳法の一種だ』みたいなこと言ってたけど、私がそれ叫んで殴ってもたぶん相手の骨が砕けるだけだから崩壊までさせちゃうばあちゃん凄く強いな、って言ったら面白がって両手一杯キャンディくれたいいばあちゃんだ」

「ああそれ間違いなくご本人だわ“北の大公”ご本人だわ嘘だろリューリ・ベルお前ここへ来てガチの大物出してきちゃう!? “北の大公”が『治外法権』をにおわせてきたとなるとちょっと後ろ盾的な意味でも諸々シャレにならないんだけど!?!? フローレンごめんこれ無理なやつ私じゃ畳み切れないやつ―――――!!!!!」


藪を突いたら蛇が出るどころかとんだドラゴンがこんにちは案件!!!

何故か大慌ての王子様。溜め息が非常に重苦しいフローレン嬢が疲れたように、ぱんぱん、と短く手を打ち鳴らした。


「落ち着きなさい、レオニール。皆さん本日は此処までです。バジャルド・イバルリはもう何も言わず学園長室に出頭なさい。証言が必要な場合は後程個別に通達します。午後の授業はいつも通りに。会員には事が落ち着き次第会報を回しますのでそれまでは各自の良識のもと情報の管理に努めなさい―――――以上、解散」


解散、の一言で本気で解散させちゃうあたりがこのお嬢様のすごいところだが本当にどういう仕組みなんだろう。呆けている決闘男子を体格の良い有志各位が運んでいく様がちょっとシュールで愉快だった。親切な有志さんたちの去り際にお辞儀をされたのでプリンを食べながら目礼したけど、あの和やかなぽわぽわした笑顔は一体どういう心境で浮かぶ表情なんだろう。ところでフローレン嬢に落ち着け、って言われただけで落ち着く王子様も大概だよな。セスはなんか仏頂面で嘆息してるしどうしたんだよ何があったよ。


「プリンが不味くなるから溜め息吐くならどっか行けセス」

「テメェがどっか行った方が絶対早ェだろうがふざけんな」

「なんだ。いつものセスだった」

「はァ? 何言ってんだテメェ」

「意味はないぞ」

「は、そうかよ」


そう言って雑に肩を竦める様は、いつも通りの三白眼だった。意味はない。ただなんとなく、そっちの方が食事を楽しむ環境としては気持ち楽。ただその程度の認識で。

黙々と口に運ぶプリンは甘くてたまにほろ苦い。甘苦が混ざって曖昧で、するすると飲み込めてしまうから胃に貯まらないかと思いきや、バケツサイズともなると結構な満腹感があった。


「リューリさん。プリンのお味は如何?」

「うん、文句なく美味しいぞ。今日は本気でお腹空いてたからまじですごく助かった。午後もこれでなんとかなりそう。ありがとな、フローレンさん」

「ええ、それはなによりです―――――ところで午後の授業後あたり、お時間あります?」


フローレン嬢はそう言って、マシュマロがあると微笑んだ。いつの間にか食べ切ってしまったプリンはバケツから消え失せて、あとは掬い切れなかったカラメルソースだけが底に溜まっている。


「うん、いいぞ。時間ある」

「ありがとうございます。ではリューリさん、またあとで」


ごきげんよう、と言い残し、優雅な一礼を合図にして鮮やかなお嬢様が去って行く。当たり前のようにその横に並ぶ王子様は呑気に手なんか振っていて、何故かセスはその場に残った。


「おい、リューリ」

「なんだよ、セス」


バケツを思いっきり傾けて、カラメルソースを飲む一歩手前で眼球だけ動かして名前を呼んだ相手を見遣る。瞬く間に素早くバケツが盗られた。鮮やかの一言に尽きる手際だった。


「飲むモンじゃねぇよ流石にやめろ糖尿になっても知らねぇぞ」

「いやちょっと焦げた砂糖水飲んで豆の苗になるわけないだろ」

「豆苗じゃねぇよ糖尿だ」

「どうでもいいよ。返せ」

「諸事情により購買でなんか奢ってやる」

「諸事情とやらが何かはさておきまじか」

「マジだ」

「わーい」


プリンは確かに美味しかったけれどプリンだけでは腹持ちが不安。なので諸々引っ掛かるとしてもここはセスの言葉に甘えてパンとか揚げ芋とか奢ってもらおう。購買まだ食べ物残ってるといいなぁ、という期待を込めて、セスにバケツを預けたまま私はその場を離れるべく軽やかに一歩を踏み出した。


―――――そういやこいつ、なんでフローレン嬢と一緒にバケツプリン持ってここに来たんだろ。まぁいいか。いいやつだし。


馬鹿もそろそろ減って来た筈だよなぁ、と去り行く夏を偲ぶ感覚でどうしてこの仕上がりになるんだろう。もしかしたら「コレジャナイ感」を抱えながらも最後までお目通しくださいました寛大な皆様に感謝申し上げます。


気付けば二桁、今後とも最後までまったり頑張って行く所存ですので、ゆったりとお付き合いくださいまし。

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