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stain.  作者: monaka
5/22

◆葡萄と刑事とクアッカワラビー。

 

 僕の名前は呑萄酒葡のんどうさかほ。探偵業をやっている。

 三年前までは警察官などやっていたのだがいろいろあって退職、その後探偵事務所を開業したという訳だ。


 自分で言うのもなんだがそれなりに盛況であり、かつ儲かっている。

 何せ僕の捜査力を相応の金額にしたら一般的な探偵と同じという訳にはいかない。


 そして顧客側もそれを正しく理解している。

 依頼料を出し渋るような客は他へ行けばいいし、どうしても解決したい人たちは出し渋ったりしないものだ。


 そして良心的な僕は前金をもらったりする事は無い。

 基本的に成功報酬制という事にしている。


 そうでもしないと依頼人の信頼を得る事は難しい。


 それを繰り返してきた事により今の僕はそれなりに忙しい日々を送っている。


 依頼もそれなりにあるし生活も潤沢だ。

 だからこそ気に入らない依頼や、気に入らない依頼人の場合は断る事にしていた。


 遠縁ではあるが幼い頃より親交のある芥川縁から今回の事件について聞いた時は久しぶりの殺人事件なので多少興味が湧いたものだが…。


 警察時代にあまりいい辞め方をした訳ではなく、殺人事件の捜査ともなれば警察に邪魔者扱いされる事もあるだろうし面倒が多い。

 しかし、いざ捜査となればそうも言っていられないのでその際は昔の部下や知り合いを頼って出来る限り情報を得る事もあるし、警察とかち合わないようにと注意を払う。


 今回の件はそこまでする価値があるだろうか?

 縁から聞いた話によると依頼者となりそうな相手は佐藤紅茶という女子高生。

 その時点で依頼料を払えるのか疑問である。


 まぁその場合は分割で払わせたり、どうしようも無い場合は払えるだけの金額を稼げる仕事に放り込む事も考えておけばなんとかなるだろう。


 まぁそれはいいとして、事件の内容は依頼人の佐藤紅茶の友人…いや、知人?の山中大樹が殺されたのは二十一時半から二十二時半の間、その間紅茶のアリバイは無く、現場近くで似た人物の目撃情報と、彼女の物と思われるキーホルダーが発見されている。


 …他にめぼしい容疑者は無し。


 これは疑われても仕方がない気がするな…。



 しかし疑問なのは紅茶本人が外出などしていないと言い張っている事だ。

 キーホルダーもどこで落としてきたのかわからないと言っているらしい。


 万が一本人が何か別の理由で外出をしていたというのであればそのあたりはきちんと協力してもらわないと正しい情報とならず推理の足しにならない。


 協力的じゃない依頼者なんて本当に事件を解決する気があるのか疑問だ。


 まぁまだ依頼を受けると決まった訳ではないが…。



 …で、話だけでも聞いてみようと喫茶店で待ち合わせしてみたのだが、これがどうにも頭の回転が悪いアホだった。


 本格的に困ってしまった。

 何せ話をしても要領を得ないし、払う当ても無いくせに無茶ばかり言ってくる。


 …が、とりあえず払おうとする意思はあるらしい。

 五百万くらいかかると告げても気にする事なく払うと言う。


 不思議な女だ。


 そして縁からの連絡にあったもう一つの殺人。

 それがまた面白い。


 不謹慎だが、開腹され頭部が詰められていたなんて事件は刑事時代にもそうそうお目にかかることは無かった。


 個人的にこれをやった犯人に興味がある。

 猟奇殺人事件でありがちなのは死体を自分が作り上げるアートだと思っている場合や、何かの実験をしている場合などだ。


 最初の山中大樹の死亡状況はごく普通の殴殺だったようなのでそれに比べると極端に殺し方が悪化している。

 犯人が別という可能性も考慮しておいた方がいいかもしれないが、両方とも紅茶の関係者という共通点がある時点で無関係と決め付けるわけにもいかない。


 ともあれその興味深い殺害方法を行った犯人を突き止めるために僕はこの依頼を受けることにした。


 まずは最初の事件を少し調べてみるか。


 被害者が発見されたのは佐藤紅茶の家から約二キロほど離れた住宅地の裏路地。

 当時あたりは暗く、また人通りも少なかった。

 かるく現場を見て回ったところこれと言って新たな発見は無かった。

 死体が転がっていた場所には囲いが作られ人が近寄れないようにしてあったが、もう刑事や鑑識がうろついているなんて事はない。

 勝手に進入して調べてしまったがまぁ問題無いだろう。

 問題があって警察に呼び出されたらその時考えればいい。


 現場で何も発見が無かったので次は目撃者を当たる事にした。


 目撃者は現場のすぐ近くに住んでいる女子高生で、名前は吉村清子と言う。

 特に紅茶と親交が深い訳では無いらしいが、同じ学校に通っている事と紅茶が割りと有名人だった事で一方的な面識はあるようだ。

 本人は絶対に見間違いではない…筈だ。と言う。

 些か心もとないが、よく似た人物というのもなんだか不自然である。


 本人の見間違いという可能性がゼロでは無いが、似た髪形の人を見た、ではなく佐藤紅茶を見た、と証言している以上本人または、紅茶であるかのように見せかけるための工作という可能性もある。


 現場で本人が目撃されたという事実を作り、紅茶を疑わせる…仮にそうだとしたら実際可能だろうか?


 よく似た背格好の人間を用意したところで完全に本人だと思わせる事は難しいように思う。

 だとしたら…気になった僕は吉村清子に質問をする事にした。


 キーホルダーを拾ったのは君か?と。


 案の定紅茶を見かけた後、その場で彼女のキーホルダーを拾っていたらしい。


 そうなってくると話は別だ。

 可能性としては本当に本人が目撃され所有物であるキーホルダーを落としていった場合と、誰かが目撃者にこれは『紅茶だと認識させる為』に事前に紅茶のキーホルダーを盗んでいた場合。


 人間の心理というのは思い込みで後から印象が大きく変る事がよくある。


 仮に似たような人間を目撃しただけならばあの子かな?くらいで留まるところを、その人物の持ち物を持っていた似た人物、となってくると脳内で似た人、ではなく本人、に変換されてしまう。


 そういう心理を利用した可能性は否定できない。


 問題は落ちていたキーホルダーを見て目撃者が紅茶の所有物だと認識できるかどうかだ。


 犯人が、紅茶を罠に嵌めるためにこの一連の流れを行ったという仮定で話を進めるならば…どちらも同じことか。


 もし、見かけた人物が紅茶とは分からなかったとして、キーホルダーが紅茶の物と知っていればそこにいたのは紅茶という認識になる。

 もし紅茶と分からず、キーホルダーの持ち主の事も知らなかった場合、警察がクラスメイトにキーホルダーの事を聞いて回ればすぐに紅茶の物だと辿り着くだろう。


 さらに言えば、目撃者がキーホルダーに気付かなかったり拾わなかった場合も、警察の捜査でキーホルダーが落ちているのは見つかっていただろう。

 そこから先は同じ流れで紅茶に辿り着く。


 ならば、もし犯人が紅茶の犯行に仕立て上げたり、疑われるようにしたいのであれば似たような人物を目撃させキーホルダーを落としていくだけで目的は完遂されている事になる。


 今のところ第一の事件で解る事はこの程度だ。


 そして第二の事件だが、現場に到着したところまだ大量の刑事が取り囲んでおり僕が個人的に捜査をできる雰囲気ではなかった。


 これについては後で調べるしかないか…いや、もたもたしていたら次の事件が起きてしまうかもしれない。

 一応未然に防ぐのも依頼の内だ。

 完全に無視という訳にもいかないだろう。


 そこで僕は、とある相手に電話をかけた。


「久しぶりだな。単刀直入に言うぞ?今朝起きた猟奇殺人事件の詳しい情報を教えろ」


「…ちょっ、せ、先輩…??だ、ダメですよ!さすがに守秘義務ってやつが…」


「うるさい。教えなければ貴様が新人時代にやらかした失敗やお前が紛失した証拠品の事をバラすぞ。そしたらどうなると思う?警察やめるか?」


「それ脅迫ですよぉ…」


「で、どうする?まだ辞めたくなければ知っている事を話せ」


 電話の相手は警察官時代の部下だった中島というヘタレ刑事だ。


「で、電話で話すのは危険です。どこか人気の無いところで会えませんか…?」


「ほう、僕にデートのお誘いとは偉くなったもんだな」


「勘弁して下さいよ先輩…知ってる事は教えますから。…知ってることだけですからね!?」


 知らん事を教えられるわけないだろうが。



 中島の指定した場所はショッピングモールのホールだった。


 人気が無い場所って言ってなかったか?

 この場所では人気ひとけ人気にんきもあるだろう。


「なぜこの場所にした?」

「いや、この後この辺りで用事がありまして…」


 まぁこいつの予定なんてどうでもいいので話を進めよう。


「それで、事件の概要を教えてくれ。ちなみに死亡推定時刻と被害者の名前や身元、そして殺害されていた時の遺体の情報は有る程度理解しているからそれ以外でな」


「えぇ…?そんなの現時点で分かってる事大体把握してるじゃないですかぁ…。」


「いや、他に何かあるだろ?警察は無能か…?」


「いやいや無茶言わないで下さいよ。鑑識だってそんなすぐに結果でないですから!分かってる事っていったら朝の三時に紅茶ちゃんの学校の教師が腹に頭詰められてその頭に内臓詰められて死んでたくらいで…」


 …ん?


「ちょっと待て今なんて言った?」


「えっ…あっ!いや、これはその…じ、実は今容疑者としてあがっているのが紅茶ちゃんという高校生でして…」


「それじゃない。腹に詰められた頭になんだって?」


「…はい?あ、あぁ。頭部というか口の中からくりぬかれていた内臓が出てきたんですよ」


 …口の中から自分の内臓とか…

 思ったより拘りのある奴なのかもしれない。

 ますます面白い。


「じ、じゃあ鑑識の結果とかが出たらまた改めてという事で…今日はこれで失礼しても…」


「ちょっと待て。さてはお前が紅茶の家に言って聞き取りをした警察官だな?」


「えっとぉ…はい。隠してもしょうがないですもんね。でもなんで分かったんですか?それに先輩はどうして紅茶ちゃんの事を?」


「いや、ただの推測だよ。一容疑者である紅茶を紅茶ちゃん呼ばわりするという事は面識があるんだろう…とね。警察官が容疑者と面識を持つ一番の機会は事情を聴取してる時だろうからね」


「さ、さすがですぅ~そ、それじゃあ僕はこれで…」


「それと…実は僕に情報をくれた女子高生がね、やたらと事件の状況に詳しかったのでどうやってそこまでの情報を得たのか聞いたんだ」


「せ、先輩!予定があるのでこ、これでっ!」


「偶然事件の現場近くを通った時に騒ぎが起きてたから近くにいた警察官に何かあったか聞いたらしいんだよ。そしたらさ、何故かその警官は死亡推定時刻からどんな状態で死んでいたかまで具体的に教えてくれたらしいんだ。これってどう考えても情報漏えいだよな?機密ってなんだろうな?守秘の義務とは?」



「か、勘弁してください…あまりの事件内容に僕もテンションがおかしくなってたんですよぉ…」


「まぁいい。そんな迂闊な警察官はお前くらいだろうと予想はしていたさ。じゃあ新しい情報が分かり次第連絡をくれ。じゃあな」


 中島は逃げるように去っていく。

 それと入れ違うかのように声をかけられた。


「あ、酒葡さんだ」


 振り向くとそこには買い物袋をぶら下げた紅茶がいた。

 どうやらこのショッピングモールに買い物に来ていたらしい。


「やぁ、奇遇だね」


「奇遇すぎて尾行されてるのかと思った」


 失礼な女だ。

 しかし彼女の様子を伺っていたのは僕ではなくてさっきまでここいいた警察官かもしれない。

 容疑者の動向のチェックを兼ねてという事ならこんな場所を待ち合わせに指定した理由もなんとなく分かるというものだ。



「君はこんな時に買い物かい?」


「こんな時だからこそあえていつも通りでいようかなって思って」


 …自分が狙われるかもしれないっていう状況は理解していないのか?

 犯人に仕立て上げる事だけが相手の目的とは限らないだろう。


「用が済んだなら早めに帰ることだ。あまり一人でうろうろしない事」


「はいはい。もう帰るところだよー。そういえばさっきの人中島さん?」


 中島と話しているところを見られていたのか。

 もしかしたら少し遠めにこちらを発見して、声をかけるタイミングを待っていたのかもしれない。


 この少女は僕が思っているよりもいろんな事を考えて行動しているのかも。

 普段のアホらしさはそれを隠す為の偽装工作…?

 だとしたら何のために?


 確かに世の中と言うものはアホと思われていた方が動きやすい事もやりやすい事も沢山あるだろう。

 それを理解した上で日常的にアホを演出しているのならばかなりのやり手だ。


 …どちらにせよこの少女が黒か白か、捜査が進めば自ずとわかるだろう。


「盗み見とは趣味が悪いね」


「いやいや。本当に偶然だから。帰ろうと思ったら中島さんが見えたんだよ。もしかして知り合い?」


「んー。まぁ昔いろいろあってね」


「元彼?」


「冗談やめてくれよ。あんなのと交際するくらいならクアッカワラビーと結婚する方がマシさ」


「クアッカワラビー可愛いしね♪」


 …どこまで本気で言ってるのか分からない。

 冗談を冗談で返されたのか、冗談を真に受けられたのか…。


「僕は元警察官でね。奴はその時の部下なのさ。アイツがなにか失礼な事を言っていたらごめんな。一応警察の仕事だから許してやってくれたまえ」


「そうなんだ?だからあんなに感じ悪かったんだね」


 相手に不信感をもたれる様な聞き込みをしてたのか?あいつもまだまだだな…。


「そっかー。昔からの知り合いだったらいろいろ情報も聞き出せたりするもんね。その使えるものは使う感じ嫌いじゃないよ♪」


「なんだか今日の君は少し毒舌だな」


「いろいろ嫌な事もあって心が疲れてるのかも…早めに帰って休むよ」


「そうしてくれたまえ。君に何かあっては僕も困るからね」


 そっけなく一度こちらに手を振って彼女は帰っていった。


 この前会った時は明るく振舞っていたが、やはり精神的にはきついものがあるのかもしれない。

 普段通りに過ごそう過ごそうとするあまり自分に負担をかけているのではないだろうか?


 彼女の精神が壊れてしまう前にこの事件を解決しよう。



 そうしないと…




 報酬が無くなってしまうじゃないか。


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