第5話
4限目の終わりを告げるチャイムが鳴った。
とある哲学者について熱く語っていた倫理の先生が、残念そうに授業を終わらせる。
やっとお昼休みだ……!
屋上に行って、ゲッコウと一緒に寝よう。そして気づけば放課後になっているかもしれないけど、そんなことは知らないね。
朝のラブレターで眠気が吹き飛んだのは一時的なものでしかなかった。
2限目からはずっと眠くて眠くて大変だったよ……。今日に限って現国、日本史、倫理と先生の声が子守唄にしか聞こえない授業ばっかりだったし。
――ピンポンパンポーン
教科書をしまい、席を立ったところで、校内放送が流れた。
『生徒の呼び出しです』
昨日はスマホや通信機を介して聞いた声が、今日は教室のスピーカーを通して聞こえてくる。
『2年1組の立花フレイ君、至急生徒会室まで来てください』
え? ボクなの?
「フレイ君、生徒会長に呼び出されるなんて何かあったの?」
隣の席の娘が心配そうに問いかけてきた。
けど心当たりがないんだよね……。次の任務についてとかなのかな?
「分からないけどとりあえず行ってみるよ」
繰り返される呼び出し放送を聞き流しながら生徒会室に向かった。
「2年1組の立花フレイです」
「入ってちょうだい」
生徒会室の扉をノックすればすぐに返事が返ってきた。
中に入る。
声の主は奥にある、生徒会長用の席に座ってボクに微笑みかけていた。
黒百合 真夜(くろゆり まや。)
学年問わずに皆から好かれ、尊敬されている人気者。
見た目は艶のある長い黒い髪に、薄紫がかった黒い瞳と、まるで日本人形のよう。
黒色が好きなのか、着ている衣服からなにからなにまで全て真っ黒。
事実、セーラー服もタイツも靴も全部黒い。肌は真っ白なのにね。
まあそんなことはどうでもいいさ。
「マヤ、なんの用かい?」
ボクは早く屋上に行って寝たいんだよ。
「そう急かさなくてもいいじゃない。ほら、座って」
ため息をついて、空いてる席に座れば隣に彼女が移動してくる。包みを2つ机に置き、片方をボクの前に持ってきた。
「これなに?」
黒い包みのせいか不気味でしかないんだけど?
「手作り弁当よ」
キミ、料理できたんだね。
「なにかしら?」
「なんでもないよ」
ジトッとした目で咎められたからサッと目を逸らした。
考えてることを見透かされてたよ……。
マヤの視線を感じながらも、わざと無視して黒い包みをほどいていく。
真っ黒な2段弁当が姿を現した。
「それが昨日のお礼。もちろん、残業の分のお給料は出るから安心してちょうだい。これで済ませることはないから。あくまでも私の気持ちよ」
お礼、ね……。昨日も思ったけど、キミはそんな人じゃないでしょうに。
お弁当箱の蓋を開ける。
「……………………」
なにこれ? ひたすら黒い。
「……………………」
え、これ食べられるの? ていうか食べなきゃダメなの?
嘘でしょ。ボクこれ死んじゃうと思うんだけど。
食べなくていいよね? いいよね!?
「ふ、ふふっ、冗談よ冗談。昨日、私にオペレーターが下手と言った仕返しだから。2段目が本当に私が作ったお弁当よ」
なっ!?
……こ、このっ!
「騙したのかい!?」
ボクの声を聞いて、マヤはさらに肩を震わせる。
笑いすぎだよ!
「騙してなんかないわ。それはお母様が作ったお弁当だもの」
してやられた……。
たしかにオペレーター下手くそって言ったけどさー、これはないでしょ……。
「やっぱりボクはキミが苦手だよ」
「ふー、楽しかったわ。私はけっこう貴方を気に入ってるわよ。おもしろいもの」
そうかい。
「悪かったから拗ねないで」
横からマヤが1段目を取っていった。
2段目はさっきとは違ってカラフルな中身になっている。
「拗ねてはないよ」
不機嫌ではあるけどね。
はぁ、今回は負けを認めるかな。
「……いただきます」
「えぇ、どうぞ」
マヤが自分の包みをほどきながら声を返してくる。
やっぱりお弁当箱は黒いんだね。
「食べながらでいいから聞いてほしいのだけど」
「やっと本題かい?」
お弁当だけだったらわざわざ放送で呼び出したりしないしね。
「そうよ。昨日の脱走、おかしいと思わなかった?」
そのことか。
「数年、代行者をやってるけどこんなことは初めてだよ」
「でしょう? しかも、彼らを輸送していた車の運転手も含めて、誰もかれもが失踪してるのよね」
それは……。
「ちょっとキナ臭いね」
「だから少し調べてみようと思うの」
「手伝うことはあるかい?」
「まだないわね。今まで通り任務をこなしていてちょうだい。調査結果次第では力を貸してもらうわ」
「オッケー。でも、無理はしないでよ。キミも代行者だから調べられることに限界はあるし。手に負えなさそうなら天使に報告しなよ?」
変なことにならなければいいんだけどね……。
勘だけど、なにかあるんだろうなー。
「えぇ、そうするわ。あ、そうそう。この中から、次に受ける任務を選んでくれるかしら? あの子と相談してからでかまわないから」
マヤが少し厚い封筒を差し出してきた。
中には依頼関係の書類が入ってるのは明白だね。読んだら燃やさなきゃ。
「分かった、今夜中には連絡するから。それとごちそうさま。お弁当、美味しかったよ」
封筒をブレザーの内ポケットにしまい、席を立つ。
「ふふっ、ありがとう。午後の授業も頑張るのよ?」
あっ!
気づけばお昼休みは残り15分程度しかない。
これじゃ寝れないよ!
「寝たら許さないわ」
微笑みながら言ってくるのが腹立つ。
あー、本当に、ボクはキミが苦手だよ!