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04. 剣闘士くじ

 闘技場の中は、すり鉢状に配置された観客席が広がっており、ひいきの剣闘士を応援する観客で満たされていた。


 フォーゲル一家が入場した瞬間、喧騒がピタリと止んだので、それを見たデイビッドは軽く手を上げて、観戦を続けるよう促した。すると、観客の注目はすぐに剣闘士の熱戦に戻り、場内はふたたび騒がしくなった。デイビッドとしても、領民の楽しみを邪魔したくはないのだろう。


 すり鉢の底にあたる部分はきめ細かい砂で固められており、その上で二人の剣闘士が拮抗した闘いを繰りひろげていた。どうやらデイビッドの言っていたとおり、真剣で殺し合いをしているわけではなさそうだ。


 ケネスも普段の稽古でする模擬試合と同じルールを採用しているらしく、木剣で体のどこかに十分な一撃を加えれば勝ちとなるようだ。武器と防具をより実戦に近くしたスポーツチャンバラのような競技、と考えればしっくりくるかもしれない。


 ケネスが前世で経験した剣道は、得点を競うスポーツの側面が強かったが、眼下で繰り出される剣技は、まさに人間を殺傷するための武力であるのが見て取れる。場内の雰囲気も荒々しいもので、ビールやりんご酒のジョッキを抱えた観客が、劣勢の剣闘士に罵声を浴びせていた。 


 手に汗を握って戦いを見つめていると、ジェームズがニヤニヤしながら問いかけてきた。

「ケネス、勝っているほうの剣闘士を見て何か気づかないのか?」

 そう言われて優勢の剣闘士に注目すると、驚くべきことに子爵家の稽古で講師を務める私兵団の副団長であった。防具に隠れて顔が半分しか見えないので、今まで気がつかなかったのだ。


 ケネスが目を丸くしていると、ジェームズは副団長が戦っている理由を得意げに説明した。

「うちの私兵団に所属する者は、ほぼ全員ここの剣闘士としても働いているのさ」

 つまり副団長に限らず、子爵領の私兵団に所属している者は、すべて軍人とアスリートを兼務していることになる。なじみのないこの制度を不思議に思い、ケネスがその理由を問いかけたが、ジェームズの回答ははっきりしないものだった。

「どうしてって……やはり強い者が戦ったほうがおもしろいだろう」


 あまり深い経緯までは知らない様子の彼に、助け舟を出したのは近くで話を聞いていたポールだった。

「今は平和なので、兼務させたほうが費用を抑えられるという経済的な理由も大きいようですよ」

 この答えを聞くかぎり、こちらの世界でもコスト意識は浸透しているようだ。


 興味をそそられたケネスが、さらに闘技会の由来と現在の運営方法まで説明するように求めると、6歳の子どもにどこまで詳しく話すべきか一瞬迷ったようだったが、やがて意を決したように口を開いた。

「闘技会というのは十年戦争のときに始まったものでして――」

 そう語りはじめたポールによれば、闘技会はもともと、ドーバー王国と北方のラシーア帝国との間で起きた十年戦争に端を発するという。戦時下の倹約生活で不満の高まっていた民衆を楽しませるために、見世物として敵国の捕虜に殺し合いをさせたのである。


 人気を博した闘技会だったが、戦争が終結すると、捕虜の供給が途絶えて剣闘士の数はたちどころに足りなくなってしまった。また、ふたたび平和が訪れたことによって、血なまぐさい殺し合いに対する世間の目が批判的なものになった。


 闘技会は下火になるかと思われたが、今度は領主が戦争から帰ってきた自領の兵士に試合をさせるようになった。戦時の軍団を全員そのままお抱えの兵士として雇いつづけるわけにもいかず、かといって復員した兵の職が十分に足りているわけでもなかったので、苦肉の策として彼らに興行をさせたのである。まさか配下の兵士に殺し合いをさせるわけにもいかないので、木剣を使用して防具を着用するようになり、やがて現在のルールに落ち着いたという。


 現在の闘技会は上中下の3リーグに分かれており、合わせて100人ほどの私兵団員が剣闘士として登録している。上ふたつのリーグと下位リーグが交代でそれぞれ隔週の週末に開催されており、当然のように上位のリーグが開催されている週末に観客も集中する。


 夏と年末にオフシーズンがあるため、剣士は一人あたり約20試合を年間でこなす計算になる。私兵団の団長や副団長を含め、上位リーグに属する12名は街の有名人でもあるらしく、彼らが街の酒場に姿をあらわそうものなら大騒ぎになるという。


 平時の兵力をうまく活用したスポーツビジネスの仕組みに感心しながら闘技場を眺めていると、上方に掲げられた大きなふたつの数字が目に入った。

「ポール、あの掲示板に張り出されている数はなんなの?」

 そうポールに尋ねると、心なしか顔をこわばらせながらも教えてくれる。

「あ、あれは剣闘士くじの倍率ですね。今戦っている剣闘士たちに賭けたお金が、何倍になって返ってくるか表示されているのです」


 闘技会が公営ギャンブルとしても機能していることを知ったケネスは、この耳寄りな情報に心を踊らせた。

(やった! これは、うまくやれば金稼ぎの手段になるんじゃないか?)

 その意気込みを悟られることのないように、何気ないふうを装ってポールから詳細を聞き出すと、剣闘士くじはフォーゲル領内の公益事業として運営されており、子爵家の許可を得て闘技会の事務局がくじを販売しているという。


 ポールを含め、フォーゲル家の護衛や使用人も頻繁に剣闘士くじを買っているらしい。現に、説明をしているポールの右手には、剣闘士の名前と日付を記した紙切れが握られている。


 ギャンブルで儲けるためには、当然その仕組みを詳しく知らなければならない。そう考えたケネスは、ポールを連れて闘技場内の事務局を訪ねることにした。ポールは試合結果が気になって席を立ちたくなさそうであったが、ほかの護衛も観戦に夢中であったため、やはり一番下っ端のポールがついてくることになった。


 闘技会事務局の窓口でポールが来訪を告げると、筋骨隆々の中年男性が出てきた。事務局長であるという。たくましい体つきを見るに、引退した剣闘士なのだろう。


 幼児のケネスが、剣闘士くじの運営方法を詳しく知りたいと話すと、事務局長は驚きで目をしばたたかせたが、それでも奥に通されて話を聞いてくれることになった。アポイントメントもなく押しかけても丁寧に応対してもらえるので、こういうときに貴族は得であるとケネスは実感する。


 あいさつも早々に、剣闘士くじの売上から何割を事務局が差し引いているのか問うと、一割であるとの答えが返ってきた。日本では競馬なら約25%、宝くじなら半分以上は運営元に取られてしまうはずだ。

「一割というのはかなり低いのでは?」

 そうケネスが尋ねると、それを理解してくれることがうれしいのか、上機嫌でその理由を説明してくれた。

「さすがデイビッド様のご子息でいらっしゃいますな。剣闘士くじは公益事業として運営しているため、利益は度外視しております。売上は、ほぼ闘技場の整備費用と剣闘士の給金に消えてしまいますな。闘技会の入場料が低いのも、剣闘士くじからの収益があってのことです。子爵家からの監査もときおり入りますし、透明性の高い事業であると自負しておりますよ」

 監査も入っているということは、横領もなく公正な運営がなされていることは期待してよさそうだ。


 勝敗にカネの賭けられているスポーツには八百長がつきものであるが、これに対しても多少の対策が取られているという。給金の低い下位リーグの試合は賭けの対象になっておらず、したがって下位の剣闘士にわざと負けるように賄賂を渡す者もいない。中位以上のリーグに属する剣闘士は生活が安定しているうえに、八百長を受けたことが公になると大変な不名誉を被るので、そのリスクは低いであろうという。


 事務局長の話を聞いているうちに、これは勝てそうだという思いがますます大きくなっていった。

(タネ銭が貯まったら、まずはこれで何倍にもしてやろう)

 ケネスはにやつきながら、そうたくらむのであった。

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