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12. ワイン

 ソーントンから自領に帰ってくると、フォーゲル家はリバーシを買いたいという問い合わせを受けるようになった。ストーン侯爵が配ったリバーシは、近隣の下級貴族の間で静かなブームを起こしているようだ。


 それらの注文を丸投げされたケネスは、メイド長のレベッカに手伝ってもらいながら、次々に手元のリバーシを発送した。用意していた在庫はあっという間になくなり、仲介業者として懐がおおいにうるおった。


 結果的に、自分個人のキャッシュを数ヶ月で金貨26枚にまで増やすことに成功した。庶民ならば、ふたりで一年間は慎ましやかに暮らせる額だ。


 一見好調なビジネスだったが、ケネスよりも儲けている者がいた。クライン商会である。彼らは、フォーゲル家から流出した情報をもとに独自にリバーシを発売したのだ。フォーゲル領産のリバーシが下級貴族で人気を博したのに対し、クライン商会のリバーシは上級貴族と一般市民をターゲットに据えていた。


 上級貴族向けの木材には希少なイチイを使用し、ふちには宝石があしらわれているらしい。これを中央政界におけるコネを利用して販売しているという。資金力もコネも劣るケネスには到底実践できない。


 一般市民向けの盤面には、なんと布地を代用している。傘下の服飾メーカーの機織りを動員して、あっという間に生産を拡大した。この思い切りの良さにはケネスも舌を巻いたが、本来は自らの強みであるはずの発想力でも負けたことを苦々しく思った。


 ケネスが今後のリバーシ販売戦略に頭を悩ませていたある日、屋敷でガーデンパーティーが開かれることになった。ジェームズが12歳間近となり、王都デールの寄宿学校に入学するのを祝うためだ。


 当日、屋敷の庭には大きなタープが張られ、酒と軽食がふるまわれた。少しばかりのおしゃれをした近隣の貴族や商会経営者がワインを片手に談笑している。


 ケネスがチーズをかじりながら、ぼんやりと参加者を眺めていると、当世風のかっこうをしたふたりの男たちが目に留まった。ひとりは、クライン商会の支店長アスターだ。もうひとりも、袖に大胆な切れ込みの入ったジャケットを着こなしていて、同様に裕福なことがうかがえる。


 ほろ酔いで声が大きくなっているのか、ふたりの会話がケネスにまではっきりと聞こえてきた。

「このワインは、やはりストーン領のシャトーで作られたものですかな」

「まちがいないでしょう。この渋みはあの辺で育てているぶどう独特のものだ」

と何やら気どった話をしている。


 しばらくワインを味わいながら色や酸味を批評していたが、やがてアスターが別のワインにも話題を広げた。

「ところで、ウォルトン殿はご存知ですかな? ここのところ、マーリーズ領の特別なワインが王都でも人気だというのは?」

「南方はうちの取引が特に多い地域ですからね、数年前から取り扱っておりますよ」

「はっはっは、さすがですよ! しかし、寝かせるとおいしくなるワインというのは、聞けば聞くほど不思議ですな」


 アスターの発言に商機を嗅ぎ取ったケネスは、この会話に割って入ることにした。

「こんにちは! おじさんたちが今飲んでるお酒は寝かせてもおいしくならないの?」

 なるべく無邪気な少年を装う。すると、ウォルトンとよばれた男がにこやかに対応してくれた。

「これはこれは、かわいらしい美食家に気づかず失礼をいたしました。ミード商会のウォルトンと申します」

「ジェームズの弟のケネスです」


 続く自己紹介で、ミード商会は南方の産物を王都やドーバー王国の東部に卸していることを説明してくれた。ウォルトンはその中堅商会のベリオール支店長である。


 会話が落ち着くと、ウォルトンは先ほどの質問に回答した。

「ご質問はなんでしたかな? そうそう、ワインというものは、他の飲み物と同じように時がたてば悪くなるのですよ、普通はねーー」

 この世界においてワインは樽詰めにされることが多く、あまり時間が経過したものは酸味ばかりが強くてまずい。しかし、南方のマーリーズ領で知られていた、ワインをガラス瓶に密封する保管方法が他の地域にも広まって、常識が変わりつつあるのだという。


 南方の糖度の高いぶどうを使ったこの特殊なワインは、瓶に詰めて冷暗所で数年寝かせると香りとまろやかさが増す。古いワインを口にすることへの抵抗感から普及に時間がかかっているようだが、彼の話では王都を中心に受け入れられつつあるようだ。


 瓶詰めワインが地球のワインと同じであることを確認したケネスは、さらに核心に迫った。

「去年のワインと二年前のワインが同時に売られているということは、その二種類のワインを飲みくらべできますね?」

「ほう……。その通りです。ワインは、おいしい年とそうでもない年があることが知られています。よい年の瓶詰めワインをいかに安く買いつけて、いかにうまいタイミングで売りに出すかが、最近は南方のワイン商の腕の見せどころなのですよ」

(ふーん、ビンテージが大事なのはもうみんな知っているのね)


 ケネスがウォルトンと瓶詰めワイン談義で盛り上がっていると、アスターが口をはさんできた。

「ケネス様は酒を口になさらないのに大変お詳しいですな。大人ですら、下戸の酒通などというのは聞いたことがありませんよ! わーっはっは」


 あいかわらずの軽い調子に少しいらついたケネスは、リバーシを真似されたことをあてこすった。

「アスターさんのところも調子がよさそうですね? 僕が買ったのと同じゲームを売っているとか」

「おかげさまですよ! あれの大流行で、私もさらに大きな街の支店長に迎えられるかもしれませんな!」

 悪びれるどころか、情報の共有を感謝されてしまった。知的財産権のない世界なので正当な商売なのだが、腹が立つことに変わりはない。


(ウハウハなこの人を、一発ギャフンと言わせたいな)

 儲かったクライン商会には、ワイン取引で還元してもらうことを密かに決心した。


(さて、兄さんの送別会で商いのネタばかりあさるのも無粋だし、退散しますか)

 ウォルトンと商談をするにしても、アスターのいないところがよいと考えたケネスは、ミード商会が商談のためにフォーゲル家をしばしば訪れることを確認すると、礼を述べて人だかりから離れた。


 宴もたけなわのころ、ジェームズが寄宿学校に入学するだけとは思えない悲壮感の漂うスピーチをした。使用人をはじめとする参加者はまじめくさった顔でこれを聞いていたが、ケネスは少しだけにやついてしまった。

(兄さんらしく、最後までユーモアのかけらもなかったな)


 翌朝、ジェームズは出征するかのような顔で家族に挨拶をすると、馬車でベリオールの街を出発した。

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