表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
嗤うがいい…だがコレがオレの旋律(仮)  作者: ken
第二章 異世界で稼げ(仮)
95/98

EP095 エガシラ

寝首を掻くとはまさに今のこの状況を言うのではないか!?

()るにせよ殺らぬにせよ、迅速に決断を下さねばならない!


正直言って、コレは千載一遇のチャンスなのだ!

獣人族の首領を殺るなら、今をおいて他にはない!


分かっている…分かってはいるが、この何も知らずに大いびきで寝ているスキンヘッドの男は、これまでに屠ってきた数多の昆虫たちや獣人のタケシとは明らかに異なり、見た目はもう完全に人間なのだ。

もしコイツの首を刎ねたとしたら、冷静かつ客観的に見て、オレは人殺しとなってしまうのではなかろうか?


ギコの柄を握る手が小刻みに震える…。


人間なのだろう。人間には違いない。しかしコイツは村人を攫い、殺した獣人の首領でもあるのだ!

人間は人間でも悪人であり大罪人なのだ!遅かれ早かれ殺らねばならぬ敵なのだ!


畳みかけるように数秒で己を説得し、ギコを鞘から抜いて構えた。


しかし折角決断したというのに、またしても躊躇してしまう…。

今ここでオレが獣人族を統べるコイツを殺した場合、その後の展開はどうなる?

首領を殺されたと知った獣人どもは、怒り狂って村人たちに殺戮の限りを尽くすのではあるまいか?

DTSなどといったちまちました作戦なんぞは、まるで意味をなさないモノとなってしまうだろう…。


否…待て待て…はっ!!!


そこで脳天を(イカズチ)にでも打たれたかの如きとんでもない閃きが余市を襲った!


オレがコイツに…首領に成れば良いのジャマイカッ!!?

コイツを今直ぐに消して、オレが首領に擬態するのだ!


体格の大きく異なるタケシなんぞに擬態するよりも、どうせなら同じ人間である首領に擬態した方が遥かにシンクロ率がマシだろうし、このレジームチェンジ風味の戦略で首領の身分ともなれば、村人を解放して獣人族を一気に撤収させることも可能なのではあるまいか!?


だが、間に合うか?

えぇーーい!悩む暇などあるかっ!!細かいことは後で考えればいい!!


余市は首領の頭部をタオルケットですっぽりと覆うと、一気にギコを振り下ろした!


バシュゥーー!!!


布越しとはいえ、鈍い血飛沫音がした。


首は胴から完全には分離できていないだろうが、間違いなく死んだ筈だ。

当然、いびきもピタリと止んだ。


後はコイツの顔形や肌の色を思い描きながら擬態するだけだ。幸いにもスキンヘッドなので髪型まで記憶する必要は無い。

と、その前に急いで死体を始末しておかなければならない…始末とは言っても昆虫などと同様に弔ってやれば済む話だ。


「冥福祈…なっ!」


間に合わなかったかっ!!

小声で弔いのマントラを唱えようとした刹那、壁にあの鍬形の影が浮かび上がってきたのである!


首領の死体を片付ける猶予は無かった。

余市は咄嗟にベッドの下へと滑りこむ!そして、


「グゴオオォォー…グゴゴオォー…」


できるだけ首領に似せて、いびきを大きく奏で始めた。

壁に大きく映し出された鍬形は、ベッドの下からでもよく見える。

それが徐々に大きくなり、螺旋階段を上がり切ったところで静止した。

余市が即興で模写したいびき音に対して不審感を抱いているのか、イサオはしゃがまずにそのまま棒立ちになっている様子だ…。


極度の緊張に耐えながら、声音が震えぬように、必死にいびきを奏で続ける。


「グゴ…ゴオォー…グゴオォォー…」


暫くして、イサオの影が回転したかと思うと、低くなった。

どうやら先ほどまでと同じポーズで腰を下ろしてくれたようだ。


だが、どうする?

オレはこのまま朝までいびきを奏で続けなければならないのか?

てか、朝になったら首領として目覚めなければならない!


真上に横たわる血塗れの死体はどうする?

イサオがこのベッドまで歩み寄ってくれば首領が何者かにやられたことがバレてしまう!

そればかりか、いびきが聞こえているという事実を前に、オレの存在も当然に気付かれてしまうだろう!


いっそのこと、イサオも殺ってしまおうか?

タケシの失踪に関しては首領に擬態した後に『別の任務を託した』などと言って村から出たことにすれば、他の獣人どもも納得させられると思っていたが、こうなれば1体も2体も一緒か?


そうなると、問題はあの巨体のイサオにタイマンで挑んで勝てるかどうかだが…。

バッタ風味のタケシ相手ですら深手を負って梃子摺ったというのに、クワガタ風味のイサオに太刀打ちできるのだろうか?

甲虫類の中でもクワガタともなれば、装甲も最上級に硬い筈だ…兜割のギコでは荷が重いか?

しかし、敏捷性はバッタほど高くは無さそうだし…。


そんなコトを思案していると、壁に映し出されれていた鍬形が再び動いた!


はっ!しまった!

思考に集中し過ぎていたために、いびきがストップしてしまっていた!


「グゴッ!グ…ゴゴオォー…」


慌てていびきを再開するも、下手過ぎるぞ!オレ!


「どうした?」


イサオが発した!

ヤバイ!やっぱり気付かれたか!?

こうなったらもう覚悟を決めて闘うしかねぇー!


余市がベッドの下からツイストしながら飛び出そうとした時である。


「はあぁーいぃ…イサオ様ぁー…急激な変化がぁー…」

「何だと?」


き…気付かれたんじゃなかったの…か?

どうやら、あのカタツムリのような獣人が螺旋階段を上がって来たことに対してイサオは声を発したようだ。


「ゴゴオォー…グゴゴ…オォー…」


再びいびきを再開する。


「今度のぉー人間はぁ…生意気にもぉーカマキリと相性がぁーイイみたいですぅ…」

「あの検体は村ではなく洞窟で捕縛した、確か…ツルヒコとか言う者だったな?」

「はあぁーいぃ…そう聞いておりますうぅー」


ん?…ツルヒコとな?

どこかで聞いたような名前だが…ツルヒコ…鶴彦……竹中…鶴彦!?


竹鶴っ!!!


…なのか!?


あの魔法陣の上に裸で寝かされていた村人は竹鶴だったというのか!?

さっきはタダでさえ光と煙に包まれていて姿がよく見えなかった上に、目も閉じていたようだった…そもそもオレは竹鶴が眼鏡を外した顔というのを見たことがない。体型は…似ていたような…。


つまり、あの村人が竹鶴ではないという確証は…無いのだ。


それにツルヒコなどと言う名は、かなりレアな筈だし、洞窟で捕縛ってことは、角瓶の話とも辻褄が合う…。

そう言えばタケシもタケナカツルヒコの名を口にしていたではないか!

更に、カマキリと相性がイイっていうのもルックス的に妙に納得できてしまう…。


間違いない!

十中八九、あの村人は竹鶴!


ってか!昆虫であるカマキリとの相性が…って!?

やはりツヨシとタケシのあの会話から推測した内容は正しかったということか!?

つまり獣人族とは、他の種族のように交尾などして生まれる生態ではなく、人間と昆虫を何らかの方法で人工的に融合させることで誕生せし特殊な種族であると…。


…恐ろしいことだが、これまでの情報から総合的に判断すると、今、青く輝く魔法陣の上では、竹鶴がカマキリ獣人にされようとしている、とみるのが自然!!


ど、どうすればイイッ!!?


「よし、成功したら直ぐにエガシラ様に命名術を施してもらおう」

「はあぁーいぃ…」


「まあ、此度の検体の場合、そのままツルヒコでも良さそうなものだがな…どことなくエガシラ様が名付けそうな趣向に近いものを感じる。それに不思議なことにあの検体は、術を施さずとも既に我々の言葉を解していた節がある…」


「ですがぁー…イサオ様ぁ…反抗心を取り除くぅためにもぉー…あの術はぁー必要かとぉ…」

「そうだな…どちらにせよエガシラ様を起こすのは変体の成功を確認してからだ」


そんな会話を交わしながら、イサオとカタツムリ獣人は、螺旋階段を再び下りて行く。


首領の名字はエガシラというらしい…。

嫌な記憶が蘇って来る。

何を隠そう…というかナニは隠せなかったのだが、中学の卒業アルバムに刻まれし黒歴史の主犯たる担任教師の名が、実は江頭だったのである!


しかし今はそんな忌々しい記憶を悠長に遡っている局面ではない!

ヤツらの会話からすると、竹鶴の変体を確認した後に、エガシラによる命名術なる怪しげな術を施すような段取りのようである。

そしてその術は、和風の名を付けるだけでなく、日本語をインストールして反抗心まで除去してしまうかのような口振りであった…。


エガシラは既に死んでおり、オレがエガシラに擬態するDES計画を新たに進めようとしていたが、勿論そんな術は知らんし、仮に知っていたとしても竹鶴相手に施そうなどとは思わない。


否!考えるのは後だ!

今のうちにエガシラに擬態するのだ!


余市はベッドの脇に立つと、タオルケットをめくり上げた。

自分でしたこととはいえ、その惨状はグロテスク以外の何物でもなかった…。

視線を背けて吐き気を堪えながら唱える。


「オェッ…冥福祈捧…極楽浄土!オェッ」


するといつものように光の粒子が辺りを包んで、死体の上にサンピラーを形成していく。


都合が良いことに、首領であるエガシラの着ていた服のみを残して、本体と同時にシーツやタオルケットに染み付いた血痕までもが奇麗に消えていった。


素早く服を脱いで、ギコと共に金嚢へと仕舞う。そしてエガシラの服に着替え終えると、擬態すべく神経を集中させる。

瞼を閉じて、深くて長い息を吐いていく。


「ふぅー…」


人間から人間への擬態ということもあってか、それとも要領を掴み始めたせいかは分からないが、タケシの時よりも何倍も早く擬態は完了した。

鏡が無いので何とも言えないが、手足の太さや色が上手く擬態できていることから、おそらく顔も問題ない筈だ。

頭部も完璧なまでにツルツルだ!


「ヨシッ!」


上手く首領を演じきれるか不安ではあるが、ここまで来て後戻りはできない!


ベッドに腰を下ろして、ふと壁に目をやった。

これまではイサオの鍬形の影に注視していたため、反対側の壁には目もくれなかったが、そこには大きな紙が貼られており、スケジュール表のようなものが日本語で書かれていた!


なになに…『ヨノ村支部・獣人100人できるカナ?計画』だとっ!?


友達100人できるカナ?…風味である。

日本語を語り、和風の名前を獣人に名付け、こんな香ばしいキャッチフレーズの計画を立てるとは、エガシラという人物は、オレと同じように何らかの手段で日本から転移して来たに違いない…。


表の一番右端を見ると、タームは100日に設定されているようで、計算上では1日に1体という至極単純明快な計画のようだ。


…敢えて表なんぞに起こさなくても良かったんジャマイカ?


とも思ったが、よく見てみると、その工程は『村人捕獲』と『獣人デビュー』のふたつに大きく分かれていた。それぞれのスケジュールは並行して走っている。

そしてそのふたつのメインの工程の下には、見張りや休憩などの細かいタイムスケジュールも付記されていた。


にしても、獣人デビューって…(あたか)も高校生がアイドルにデビューするかのような響きである。


村人捕獲は初日に10人、その後は日にふたりのペースで計画されており、担当の獣人の名前が直ぐ下に記入されていた。初日だけ多くの人数が設定されているのは、この時計塔の奪取などの過程を鑑みれば自然な数値なのかもしれない。


獣人デビューの方は、何らかの準備が必要なのか、初日から数えて6日過ぎたところから人数が記載されていた。デビュー人数は、日に1体の時もあれば2体と記されている日もあったが、ほぼ3日間隔で休みが設けられていた。


村人捕獲とは異なり、担当獣人の欄には常にふたつの名前が一緒に記入されていたが、それは螺旋階段の下に居たカタツムリの獣人と、櫛歯状の触覚を持った蛾の獣人で間違いない。


具体的には、ヒデヨとシバサブロウの両名である!

どっちがどっちかは分からんが…。


つまり、ヤツら2体だけは替えの効かない専門職とみることができ、ヤツらさえ消せばこの計画は破綻するということでもある!

同様の理由からか、クモ女の名であると思われるアサミも、一箇所に固定されていた。

イサオの名はどこにも無かったが、これは全体を督励するヤツの立場から、流動的な人事と見るべきだろう。


最後に余市の目を惹いたのは『デビュー数ノルマ10人!』『獣人聖域創造の名のもとに!』のふたつの文言である。

紙の余白を強引に埋めた感は否めないにせよ、どちらも表の一番下に、ボールドで目立つように記載されていた。


獣人100人できるカナ?などと謳っておきながら、実際のノルマは10人とされているのである。これは10人に9人はデビューできずに終わるということを意味しているのではないか?

確かイサオは『此度の検体には期待しておる』とか言っていたが、あの台詞は、それだけ失敗する可能性が高いということを意味していたのだ。


そして、獣人聖域創造とは何を意味しているのだろうか?

聖域とは、獣人しか暮らせない安住の地のようなものを指すのか、それとも朧の言っていたような種の聖域を指した言葉なのか?

だが、創造と言うからには、まだ聖域は存在していないということなのだろう…。


仮に種の聖域を意味していた場合、人間であったであろうエガシラはともかく、獣人のタケシの魂は、オレの弔いのマントラでどこに行ってしまったのだろうか?


「お目覚めでしたか?」


はっ!!!


気付けばイサオは螺旋階段を上がり切ったところに佇んで、こちらを見ていた!


「コホン!…ま、まあな」


とにかく威厳のありそうな低い声音で返答した。

エガシラの声質などは分からないが、曲がりなりにも首領である。ある程度の威厳は備えていた筈だ。


「エガシラ様」

「何だ?イサオよ」


敢えて相手の名を口にしてみる。

イサオがもしも疑念を抱きつつあったとしても、名を知っているということをアピールすることで、その疑念の芽を糊塗するひとつの要因くらいにはなるであろうと踏んでの保険風味の判断からだ。


「あの検体、見事にカマキリ獣人へとデビューしましたぞ!」

「ま、まことかっ!?」

「いえ、ツルヒコとかいう者です」

「…そ、そうだったな」


ぬうぅ…。

本当なのか!?と大袈裟に驚いて見せたつもりが、マコトという名前を叫んだと勘違いするとは…会話の流れ的に分かりそうなものだが、このイサオとかいうクワガタ獣人は天然なのか?


「つきましては、こんな時分ではありますが、早めに命名術の方を…」


マズイ!予想はしていたとはいえ…どうする!?


「イサオよ!タ…タケシが少し前に脱走しよったぞ!!」


窓を指差して思わず発していたっ!

ななな!何を言っているのだ!オレは!?

命名術を先延ばしにしようと焦って、苦し紛れにまんま苦しい嘘をついてしまった!


「タケシが!?そんな馬鹿なことが!」

「この目で見たのだ!窓の外をタケシが飛んで行くのを!オレを信用できないのかっ!?」


「そ、それは滅相もないことです。しかし何故それが即ち脱走したことに?

謀反を働こうとした村人を発見したのかもしれませんし…それに命名術による洗脳が破られるなどということは今までには…」


「ア…アイツはこのオレに向かって叫んでいたのだっ!!」


ダメだ!ひとつの嘘から新たな嘘が生まれてしまう!


「いったいタケシは何と?」

「…今は…今は言えぬ。言えぬワケがあるのだ!」


苦し過ぎるぞ!

これで完全に怪しまれてしまったことだろう。


「分かりました」


なぬ!?

こんな強引なゴリ押しが通じただと!?


「わ、分かれば良い…」

「して、タケシは?」


「うむ…村の外に出たことは間違いない。イサオよ!直ちに捕まえてくるのだ!」

「ははっ!しかし命名術の方は?」


「心配せずとも、施しておく!」

「ははっ!ところで…」


「まだ何かあるのか!?」

「その…鼻の下の髭は…」


んなっ!?

…しっ!しまったぁ!!

エガシラに擬態する際に、ちょっぴりだけ中学の担任教師であった江頭の面影が脳裏に過ってしまっていたようだ!

無意識のうちに、あってはならないチョビ髭をトッピングしてしまっていたらしい!


「こ…これはだな…その…」

「…その?」


一夜にして生えたなどとは言えぬ!

…だ…駄目だ!何も出て来ねぇ!!


「タダの…ゴミだ!」


いやぁー流石にムリあり過ぎんだろ!?オレよぉー!

ここまできてイサオの籠絡に失敗したからには、やはり闘うしか道は無いのか!?


…だが、


「そうでしたか。では此れよりタケシを捕まえて参ります!」


マジかっ!?

すんなり信じやがった!


疑う素振りも見せずに、その禍々しい頭部を傾けて礼をすると、イサオは機械室へと続く階段を駆け上がって、颯のように扉の向こうへと消え去ってしまったのである!


…どうやらイサオは、オレの…否!エガシラの言うことであれば、どんなに怪しいことでも全て信じてしまうらしい。

最初は天然かと思ったが、もしやコレが命名術に含まれし洗脳の効果なのだろうか?

それとも部長と課長、大佐と軍曹の如き徹底した厳しい上下関係によって成せる業なのか?


どちらにせよ、イサオの前でエガシラの仮面を被り通すことに成功した余市だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ