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嗤うがいい…だがコレがオレの旋律(仮)  作者: ken
第二章 異世界で稼げ(仮)
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EP090 招かれざる客…再び

余市はフローチャート風味の線を紙に走らせながら、ガーネットたちに作戦を説明した。


余市の作戦というのは、時計塔への侵入が難しければ連れて行って貰えばいい、という謂わば逆発想風味の作戦である。

金嚢にギコを収納して、丸腰で村の目立つ場所を午前中にうろついていれば、簡単に攫ってくれるに違いない。


時計塔の内部に入れたら、攫われた村人たちの安否を真っ先に確認する。と言うよりも必然的に知ることになるだろう。

族の数が多くないことや、各階ひと部屋の塔の構造からみて、村人は一箇所に収監されている可能性が高く、余市も例に漏れずそこに放り込まれる筈だからである。


だが今回の余市の作戦は、村人の救出が目的ではなかった。

仮に塔の外に逃がすことに成功しても、翌日に同じ人数攫われれば意味がないからである。そればかりか、怒り狂った獣人族が、報復として手当たり次第に村人を惨殺したり、破壊活動に出る危険性もある。

村の内部に巣食っている以上、獣人族を一匹残らず殲滅することでしか解決は見ない、というのが余市の結論だった。


村人の安否を確認した後、余市がしなければならないのは、敵である獣人族の観察である。

隠れ蓑で姿を消して、獣人族の動向を探ることが、今回の作戦の第一の目的なのだ。


角瓶の証言を信じるなら、奴らの会話は日本語なのだから、問題無く理解できる筈だ。

それにガーネットたちには話していないが、もしも奴らが見知らぬ言語を使用していたとしても、ゼノグロッシア能力によって結果的に問題はないだろう、と余市は踏んでいた。


獣人族の目的や次に出る行動、前もって村に潜伏し有刺鉄線を解除したであろう人物の正体、これまでに攫ったであろう多くの人間たちがどうなっているのか?竹鶴やマリカの手掛かり…そういった情報を諜報部員のように手際良く探るのだ。


そしてその結果によって、次にとるべき行動が決まる。


情報を仕入れた後に塔からいったん脱出する可能性が最も高い。

得られた情報を基に、新たな戦略を練り直して準備するためだ。ガーネットたちだけでなく、場合によっては村の役人なども交えて準備する必要も出てくるかもしれない。


脱出せずに、その場で戦闘となる可能性もある。

もしも獣人族がそれほど強くないと判断されし場合には、村人が集められた部屋を背にして、狭い立地を生かした各個撃破で戦闘に臨むこともゼロではない。


ハエのような顔をしていた獣人1体を相手に、30人近い死傷者を出したという事実はあるが、余市には宝珠によって覚醒されし素晴らしいパワーがあるのだ。

斧を振り回して響と共にアリの襲撃から村を救ったという実績も自信となっているし、ここ最近では、ユキエとの狩りやギコとの訓練で、それなりの経験も積んできている。


そしてこれはほとんどあり得ないことだが、獣人族との交渉も無いとは言い切れない。

知り得た情報の内容や、獣人族の性質などにもよるが、話し合いで解決できればそれに越したことはない。


肝要なのは、どんな手段に出るにしても、敵の力を決して見誤るな!ということである。



竹鶴やマリカ、宝珠の存在などについては伏せつつも、余市はひと通りの説明を終えたのだった。


ガーネット、ルベラ、シャトヤンシーの三人は、説明の間、途中で口を挟むことはなかった。皆、神妙に余市の作戦に耳を傾けていたのだ…と思いきや、シャトヤンシーだけは途中から寝てしまっていたようだ!

猫は一日の半分以上を寝て過ごすらしいが、シャトヤンシー貴様もなのかっ!?


話を聞き終えたガーネットの第一声は、


「余市、それではお前だけが危険な目に遭ってしまうではないか!」


だった。


確かにその通りだ。今回の作戦は、最初から最後まで余市の名前しか出ておらず、ガーネットは完全に蚊帳の外で、何ひとつ絡んでいなかったのだから…。


「今回の作戦はスパイ活動のようなものだし、ひとりの方が成功確率が高いんだ」


余市は答えた。


正直言って、某戦略諜報アクションゲームのように、無線機でもって可愛い作戦サポート要員が指示を出してくれたりすれば心強いが、この異世界にはそんなオーバーテクノロジーは無さそうである。魔法ならひょっとしたらあるのかも知れんが…。


「それはそうかもしれぬが…攫われる際に致命傷を負う可能性だってあるのだぞ!」


「ガーネット、オレの顔をよく見てみろ」

「な、何だ!?急に…」


ガーネットの頬が心なしか赤く染まったように見えた。


ま、まさか!こやつ!オレに惚れて…!?

否!待て待て…それはないであろう。

何しろオレの正体が変態であるということを、こやつは身をもって知っておるではないか。

フ…危ない危ない、また勘違いをして生き恥を増やすところであったわ!


「もっと近くでよく見てみろ…気付かないのか?」


至近距離で10秒ほど見つめ合うふたり…。


「…なっ!ど…どういうことだ!?傷がない!!」


そう、ガーネットは漸く気付いたのである。

先ほどまで余市の顔には、シャトヤンシーによって引っ掻かれた血の滲んだ傷が、派手に四本走っていたのだが、既に完全に消え失せてしまっているということに!


「類いまれな体質でな…あの程度の傷ならせいぜい10分、致命的な深手でもひと晩寝れば治るんだ」

「な、何て男だ!」「凄い…ですわ」


ふたりは信じられない、といった表情で驚いていた。

だが、現に目の前で傷が完治してしまったことは動かしようのない事実なのである。


「オレが響さんに唯一勝っているのは、この体質だけなんだ…」

「余市ほどの男から見ても、やはり響とはそれほど強い女なのか?」

「ああ…この治癒力が無ければ、オレはこれまでに彼女に何度も殺されている…」

「そうなのだ…な」


複数回にも亘る顔面崩壊や首骨折…五右衛門風呂の大火傷などの恐ろしい記憶が、まるで昨日のことのようにまざまざと瞼の裏に浮かび上がってくる…。


「だが余市よ、やはりお前ひとりを危険な目に遭わせることはできぬ!私とて村を救うために遥々馳せ参じた身なのだからな!」


ガーネットは退き下がりそうになかった。

正義感が人一倍強い女である。このままでは自分がこの故郷の村に来た意味がないばかりか、助っ人頼みの卑怯な存在のように思えてならないのかもしれない。


その兵士長という肩書からも、それなりに腕が立つというのは疑う余地はない。

勇気も体力も技量も経験も、その辺の男兵士などと比べるまでもないだろう。


だが、今回の作戦では戦闘に至る可能性はそれほど高くはないのだ。

姿を消せぬガーネットには、余市の持ち返った内部情報を基に戦略を立てた後、獣人族の殲滅の指揮をとる本陣の総大将として、大いに奮戦して貰いたいのである。


それにガーネットが言っていた、攫われる際に致命傷を負う可能性についてだが、治癒力の高い余市に比べたら彼女自身の方が何倍も危険である。考えたくはないが、運が悪ければ即刻、無駄死にすることだって有り得るのだ。



しかし結局、ガーネットも余市と同じように攫われることで話は決まったのである。

日にふたりが確実に攫われると分かっていて、これ以上、村人の犠牲者を出したくはないという正論と、余市と共に諜報活動には参加しないにせよ、現状の塔の中を実際に見ておくことは大きいし、色々とやれるコトもある筈だ、と押し切られてしまったのだ。



そろそろ時刻も朝を迎える。


ルベラの用意した朝食を頬張りながら、ガーネットの装備や武器、非常食や水を金嚢に収納する。

昨日からほとんど寝れていないが、一刻も早く行動に移さねばならない。囚われた村人が塔の中で飢えているかもしれないのだ。


「では参る。ルベラよ、姉が帰らぬ時は諦めてお前もシャトヤンシーを連れて避難するのだぞ」

「そ!そんな不吉なことを仰らないでください!私はふたりが無事に戻られることを信じていますわ!」

「頑張るにゃっ!」


朝食のタイミングで目覚めていたシャトヤンシーも声を掛けてきた。


「シャトヤンシー、さっき運んだ男は角瓶というのだが…よろしく頼む!」

「んにゃっ!任せるにゃ!」


こうして、余市とガーネットは朝の村へと出て行ったのだった。



村には流石に誰も出歩いていなかった。

少なくとも獣人が塔へと帰る午後3時を回るまでは、外へは誰も出て来ないのだ。

これなら真っ先に自分たちが見つかって攫われることだろう。獣人もそろそろ飛翔して天井の穴を潜り抜けてくる筈だ。


そう考えると、途端に緊張してくる!

自分で立てた作戦とはいえ、かなり大胆過ぎたんジャマイカ?


念のため、余市とガーネットは少し離れた場所を歩くことにした。

獣人1体がひとりを攫う以上、2体の獣人が離れて行動していた場合、どちらかしか攫われないという可能性もあるからである。

離れているとはいえ、万が一に備えて互いに見える範囲で歩き回る。何かの拍子で激しい戦闘となった際に助けられるようにするためだ。念のためガーネットにも丁子を持たせておいた。


天井の穴を見上げながら暫く歩いていると、黒い2体の獣人が現れた!

2体は暫く空中でホバリングして何か話していたようだったが、その内の1体が、物凄いスピードで余市の方を目指して飛んできた!!


この距離で、あんな短時間でオレを捕捉したというのかっ!!?

デビルアイに負けずとも劣らない複眼を奴らは持っているというのだろうか!?


見ると、もう1体もガーネットを都合よく捕捉してくれたようで、少し遅れて急降下して来た!



がっ!ここでとんでもない想定外の珍事が勃発する!!


「おーーーい!余市テメーッ!オレを置き去りにして行きやがってーっ!!」


ガーネットと余市とを結ぶX軸直線を、Z軸方向から分断するような格好で斜めに走り寄ってくる…あの金髪リーゼントの男は…間違いない…間違えようがないっ!!!


我が弟弟子であるところのボパルそのものっ!!!


奴の存在を今の今まで完全に失念していた!

ルベラによって開かれし、あの扉を潜った際に感じた予感の正体は、ボパルだったのだ!

桟道を駆け上がるガーネットと余市のスピードと体力について来れず、おそらくはヨノ村の正式なゲートから遅れて入って来たのであろう…。


しかし!よりにもよってこのタイミングかよっ!!?

Y軸からは凄い勢いで獣人が降下してきているっ!!


この異世界への転送の際に、土壇場で乱入してきたマサヒコの姿が嫌でも思い出される!

あの日のマサヒコ同様に事情を何も知らないボパルが、この大事な局面でまたしても邪魔立てしよるかっ!!?

午前中のこの危険な時間帯に村にノコノコと現れやがって!!


「おいっ!余市やべーぞっ!!後ろ!後ろっ!!」


バッシイィーーッ!!


もの凄い羽音と共に、余市の背中に衝撃が走った!

ボパルに気をとられて完全に油断していた!

5メートル近く吹っ飛ばされたようだ。


勿論、この程度でやられるオレではない…だが敢えてここは起き上がらない。

下手に抵抗すれば更にやられるからだ。一撃で弱ったフリをして、このまま無傷で時計塔まで運んで貰うのが得策。


ガシッ!ガシッ!


獣人は倒れている余市の背中を、鋭い爪の生えた脚で蹴っている。

その突き刺さるような感触で、見ずともその強力な爪の存在を知ることができる!


次の瞬間、余市は左足を掴まれた状態で、Y軸方向へと持ち上げられていた!

逆さま状態である!


「余市いいぃぃーーーっ!!!」


ボパルの叫び声がする。

兄弟子が恐ろしい獣人に攫われようとしているのを目の当たりにして、流石のお前でも心配して叫んでくれているのか?


…だが少し様子が変である。


その叫び声は、宙に浮いている筈の余市よりも更に高い位置で発せられているようなのだ!

左足の痛みを堪えながら、逆さまの状態のまま強引に顎を引いて上方を見上げると…。


「んなっ!!!ななな!何故、お前があぁぁーーーっ!!?」


何と、もう1体の獣人に掴まれて空中に浮いていたのは、ガーネットではなくボパルだったのだっ!!!

作戦が…オレの作戦があぁぁーーーー!!!


慌てて頭を今度は逆に地上方向へと捻ってみる。

するとそこには、呆然と立ち尽くすガーネットの姿があった…。


ぬううぅぅ…現状を受け入れろ!オレッ!

もともとガーネットを攫わせることには反対していたジャマイカ!

もう1体の獣人は見ず知らずの村人を攫う筈だったのだ…それがボパルになっただけのことっ!


だが、コイツは五月蠅い!

諜報活動をせねばならぬオレにとっては、禿げしく足手まとい!

イチから全てを説明しなければならないであろう…そんな時間も惜しい!

しかも今回の潜入ミッションは紛れもなくハードモード…否!エクストリームやも知れぬのだ!!

ボパルはバグマスターとはいえ、昆虫が居なければ使い道も皆無に等しい!

フフ…面白い程にプラス要素がひとつも見当たらねぇ…。



「余市いぃぃーー!!余市いぃぃーー!!助けてくれやーっ!!」

「…」



それから直ぐに余市とボパルは時計塔の上の扉の前に到着した。


天井の穴を逆さまの体勢で潜った際に、一瞬だけ村の二階の景色が目に映った。

そこは聞いていた通り農場のようで、建物が少ないせいか、かなり広そうだった。


そう思った瞬間、余市は扉に叩きつけられたが、直ぐに背後から首を掴まれ持ち上げられてしまった!

首からは間違いなく出血しているであろう!爪が肉に喰い込んでいる!!

余りにも痛いが、締めつけられているせいで声も出せない…。

おそらくはボパルも隣で同じ状況となっているに違いない。


視線を足元に向けると、今、獣人が立っているこの場所が、壊された橋の名残であることがが分かった。

スペースはほとんど残されていないようだ。このまま放られれば一貫の終わりである!

首は痛いが唾を何とか飲み込んだ。


そして、この後に起こったことは、ボパルが参上したことなどよりも何倍も驚愕すべきことだったのである。


片手で余市を持ち上げていた獣人が、もう片方の手で、扉をトントンとノックしたのである。

それだけなら、さして驚くべきことでもない。昆虫よりも知能が高く、規則正しい生活を送っているような奴らである…がっ!


「たっだいまー」

「…おかえりー」


新婚のサラリーマンとその嫁かっ!!?


思わずそのままツッコミそうになってしまったが、奴らは日本語で挨拶をしたのである!!

しかもその声音は不気味な容姿に反して、至ってネイティブかつ透き通っていやがったのだっ!!

予備知識として事前に角瓶から聞いていたとはいえ…ここまで自然に日本語で会話しているとわっ!!


こいつらがもしもコンビニ店員だったなら、あのパキケファロ店員よりも間違いなく元気に『いらっしゃいませー』と挨拶できていることだろう!


おかえりと挨拶したであろう獣人が、内側から扉を開けた。


「随分と早かったね!新記録!」

「いやーコイツら馬鹿でさ!ふらふら歩いてやがった」


な…何なんだ…コイツらは?…マジで。

戦隊モノの敵役のコスプレをした日本人なのか!?

クオリティの高い着ぐるみを着ているのか?

思わず話に参加しそうになる欲求を堪えて、弱り切ったフリを継続する余市だった。



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