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嗤うがいい…だがコレがオレの旋律(仮)  作者: ken
第二章 異世界で稼げ(仮)
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EP087 怒り

それは紛れも無く、あの角瓶の変わり果てた姿だったのである。


余市もこの異世界に転移して目覚めた時、今の角瓶と同様に虫取り少年のような出で立ちをしていた。それは余市の深層心理に由来した服装だった。


余市と響は運よく村人であるユキエを早期に発見できたし、宝珠を持っていたお陰でゼノグロッシアにも覚醒し、コミュニケーションをとることができたのだ。

そして身体能力や治癒能力も大幅に向上したため、恐ろしい巨大昆虫たちの餌食になることもなく、今こうして生き長らえることができているのである。


朧ができる限り近場に転送するよう努力すると言っていたが、ここに角瓶が居たという事実を鑑みれば、やはりかなり近場への転移には成功していたのだろう。


何故もっと早く真剣に彼らを探さなかったのかっ!?

痛烈な後悔が胸を締め付ける!


体育会系で野球部のキャプテンで、あれだけ屈強な体格をしていた角瓶。


昼休みには、腹のシックス・ボックスを自慢していたあの角瓶が、今は見る影も無くガリガリの飢餓に苦しむ難民のような、凄惨な姿へと変わり果てている。

魚を釣る横顔や立ち小便をする後ろ姿、石の役を千秋楽まで演じきった余市を励ましてくれたことや、その時に叩かれた背中の痛み、そしてあのブナの巨樹の元で『こっちの班はオレに任せておけ!心配すんな!』と言いながら見せた、頼もしい最後の笑顔…。


それら数々の記憶が、余市を暫くの間、号泣せしめていたのだ。



だが今、余市はそんな悪臭漂うボロ雑巾のような角瓶に対し、号泣を止めて、彼のカサカサになった唇を奪い、濃厚な接吻をしていた!


勿論ここは、古代ギリシアに於ける薔薇の木の下などではなく、某二丁目にある公園のトイレですらない。だだっ広い草原なのだ。男同士が露骨に愛し合う場所としては、些かの場違い感は否めないだろう…。


ボパルとガーネットは、何も声を掛けられず、ただ余市の行動を見守り続けている。

彼らには、泣き叫んでいた余市の発する言語が理解できなかったし、先ほどから展開されている、この余市の隠されし一面を目の当たりにしては、呆然と沈黙を貫くほかなかったのである。


だが、余市の接吻の真の目的は、彼らが思い至ったような腐女子の期待するような嗜好からではない。

泣き叫んでいる最中、手足こそ動いていなかったものの、その乾ききった濁った瞳が、僅かに動いた気がしたのだ!

そして直ぐに抱き寄せていた胸に耳を押し当てると、弱々しくも鼓動を確認したのである!!!


余市は一縷の望みを賭けて、残り少ない丁子を三つも口に含み、咀嚼した後、角瓶の唇を奪っていたのである。二度目の接吻では、水を含んで流し込んでいた。


ボロボロの隠れ笠を角瓶の胸に載せ、お姫様だっこで振り返った余市に、


「お、おい…」


狼狽した表情で声を掛けたのはボパルである。

その人物の生死や、余市との関係、余市の意外な趣味…それらが色々とミックスされて、結局、具体的な質問には至らず、まともな台詞が思い付かなかったようだ。


ガーネットも、その余市の尋常ならざる表情を見ては、語りかける言葉を失っていた。


そんなふたりの間を通り抜け、余市はシャコたんの背中に乗り込んだ。そして、


「出してくれ」


後ろ向きで指示をする。


「お…おう。そうだな、行くか」

「そ、そうね!そろそろ出発しようぞ」


弾かれたようにボパルとガーネットもシャコたんの背に乗った。

そして再びヨノ村のあるトゥーレ12を目指し始めたのである。


変な空気のなか、暫くの間、三人は無言のまま揺られていた。

既に草の密集したダウンヒルは抜けていたので、シャコたんの走りも安定している。


「こんなトコに…」

「ど、どうした?」


徐に発した余市の呟きだったが、ガーネットには聞こえたようだ。


「片方の靴が、見つかった」

「そ、そうか」


あれだけ探しても見つからなかったワケである、

余市はシャコたんに乗っている間、体を支えるために荷物とシャコたんとの間に足を挟み込むように固定していたが、落虫の際、片方の靴だけはそのまま残って、足だけスッポ抜けたというオチだったのだ。


「フフ…フ…」


余市は小さく笑ったが、それに反して涙が再び頬をつたい始めた。

それが何故また湧き出たのか…それは自分でもよく分からないが、心の奥深く…意識していないところで、見つかった片方の靴に角瓶を重ね合わせていたせいかもしれなかった。


このまま角瓶が死んでしまう可能性は高い…幾ら丁子とはいえ、ここまで重篤な症状の人間を回復させられるかは怪しい。だがこれ以上、何もできることは無いのだ。後はひたすら祈るだけである。


そこで竹鶴とマリカの顔を思い出す。


…アイツらは無事なのだろうか?

既に丁子はとっくに使い果たしてしまっている筈…。

さっき、見晴らしのいい草原を、デビルアイで遠くまで見渡したが、それらしい姿は見当たらなかった。角瓶がひとりだけ、あの場所をフラフラと歩いていたということは、他のふたりとは既に逸れてしまっていたと見るのが自然だろう…。


ガーネットには悪いが…ここは角瓶を響の元に運ぶようボパルに指示して、オレひとりでもここを飛び降りてふたりを探しに行くべきじゃないのかっ!?


決意を固め、振り返ってボパルに指示を出そうとしたその時である!


「オ…マエ…」


デビルイヤーでなければ決して拾えなかったであろうほどの、掠れた細い声が、腕の中でしたのである!

はっとして角瓶を見ると、唇が微かに震えていた。


「角瓶っ!!オレだ!余市だっ!!」

「ヨ…イ…チ…」


古い記憶を遡るかのように、角瓶は呟いた。


「そうだっ!!余市だ!しっかりしろ!角瓶!!!」

「本…当か…?」


どうやら目が見えていないらしい。


「当たり前だろ!でなけりゃお前の名前を知ってる筈ないじゃないか!!」

「うぅ…」


角瓶のその乾き切っていた筈の濁った双眸から、一筋の涙が流れ落ちた。


「もう喋るな!もう大丈夫だ!!」

「いい…オレは…いいん…だ…ふたりを…助け…獣…人から…れば」

「し!心配すんなっ!オレが絶対に探し出すからっ!!!」


そのまま角瓶は再び気を失ってしまったようだ。


「どこの言葉かは分からぬが…知り合いのようだな」


後ろで聞いていたのか、ガーネットが話し掛けてきた。


「ああ…」

「そうか。その…助かるといいな」

「…」


余市は考えていた…。

ほとんど聞きとれなかったが、死の淵を彷徨う自分のことは差し置いて、角瓶は今確かに獣人と言ったのだ!


…竹鶴とマリカは獣人に襲われたのかっ!?

角瓶はふたりを救い出そうと、夜中にひとりであんな所を歩いていたと言うのか?


いや待て!

そう言えば、ヨノ村の時計塔とやらで籠城している族も、ガーネットの話では獣人族の可能性があるということではなかったか!?


角瓶が獣人族を追っていたと考えるなら、ふたりもヨノ村に居るのではあるまいか!?

獣人族の狙いが何で、どんな種族なのか詳しいことは分からないが、その場で竹鶴とマリカが殺されて食べられたりしていたとすれば、角瓶が助けに行こうとする筈もない!


まだ生きている可能性があってこそだ!!


シャコたんを飛び降りて、ひとりで竹鶴とマリカを探しに行こうとしていた余市だったが、その考えを改めることにしたのだった。

闇雲にこの辺り一帯を走り回るよりも、獣人族が居る可能性のあるヨノ村を先に確認するのが先決だと判断したのである。



虫の背に乗りながら見上げた夜空には満天の星空が広がっていた。

これほど澄んだ夜空を余市は見たことがなかった。

だが、今の余市はそんな輝く星々を見上げても、感動もしなければ、哲学的な台詞を探すようなこともしない。ましてや、あの中に己の宿命を司る羞星があるのかもしれない…などとも考えなかった。


ただ、残された竹鶴とマリカが、同じこの広い異世界のどこかに居るという事実と、そして今の自分と同じように、生きて夜空を見上げていて欲しいものだと祈っていたのである。


どのくらい、星空を見上げていただろうか?


「トゥーレ12が見えて来たぞーっ!」


ボパルが叫んだ。

その声に、余市も視線を星空から前方の地平線へと切り替えた。


すると、遥か遠くに影絵のように、一本だけポツンと地面から生えているマッチ棒のようなものが見えた。あれがトゥーレ12であることは間違いないだろう。


ガーネットを背負って走っていても、まだこれまでの道程の半分にも届いてはいなかっただろう。

地表を徘徊する夜行性のマイマイカブリ…否、シャコたんだったからこそ、こんなに早く進むことができたのだ。それと、ボパルのお陰でもある…。


何より、角瓶を撥ねてくれたことに感謝せねばなるまい。

もしも撥ねてくれていなければ、角瓶はオレに発見されることなく野垂れ死んでいたに違いないのだから。


そんなことを考えている内に、とうとうトゥーレ12の根元まで辿り着いた。



近くで見るトゥーレ12はトゥーレ9同様にとてつもない大きさだった。

伊達に番号が振られているワケではない。


ただ、遠くから見た時と同様に、マッチ棒のように真っ直ぐで、枝が一切無かった。そればかりか、上空に目を凝らしても、葉のようなものも見当たらない。

巨大過ぎてよくは分からないが、トゥーレ9に比べると、樹皮にも何と言うか、生気のようなものが感じられなかった…。


「礼を言うぞ!ボパル、そして、シャコ…たん」


ガーネットは飛び降りた。

その身のこなしから、どうやら足はもう問題なさそうである。


余市も角瓶を抱きかかえたままシャコたんを降りた。


「ボパル、御苦労!」

「な!何だ!?その上からの挨拶はっ!」

「いや、マジでありがとう」

「到着して早々で悪いが、頼みがある」

「何だと!?」

「この男を、響のところに連れて返って欲しい」

「何て人使いの荒いヤローだっ!今夜はもう無理だっ!」

「何故だ!?」

「流石のシャコたんも、これだけの距離をぶっ通しで走ったんだ!休ませねぇと死んじまう!」

「むう…そういうことか。確かに…」


そこで会話に割り込んできたのは角瓶だった!

目が覚めていたようだ。


「ひ…響さん…も、無事なんだ…な?」

「お、おう!それより角瓶、大丈夫なのか!?」

「死んでも…死んでも…寝てらんねーんだよ…オレは…な」


そこでゴホゴホと苦しそうに咳き込んだ。


「無理すんな!」

「オレはな…余市よ…ううぅぅ」


角瓶は泣き出していた。


「どうしたんだ?角瓶、苦しいのか?」

「オレは…逃げちまったんだよ!…あのふたりを残してな!」

「…」

「へへ…へへへ…怖くってよぉ…怖くって…情けねえ」

「竹鶴とマリカは…ふたりはどうなったんだ!?」

「…獣人とかいう奴らに…連れ去られちまった」

「何だ…と!?」


そこまで話していたところで、横槍が入った。


「余市!済まぬが早く村に行きたい!」

「お、おう!今行く」


ガーネットである。無理もない。

ところで、シャコたんが走れない以上、角瓶もつれて村に入るしかない。


「ボパル、さっきの話は無しだ」

「ったりめーだっつうんだよ!」


こうしてガーネットの後に続いてトゥーレ12に掛けられた桟道を上って行くことになった。

ボパルはシャコたんに何かの術を施していたが、直ぐに後に続いて追って来た。

この近くで休んでいるよう指示していたのかもしれない。


ヨノ村は、標高で言えばクンニスキー村よりもかなり高い位置にあるようだ。この辺りの昆虫の個体数や凶暴さなどが関係しているのだろう。


桟道を進みながら、角瓶にこれまでの話を色々と聞くことができた。



竹鶴、角瓶、マリカも、余市と響に続いて、あの後直ぐに朧によってこの異世界に転送させられたそうだ。

巨大な昆虫に驚きながらも風呂敷を広げ、隠れ笠と蓑による保護色で透明化して、安全な場所を探していたという。

一旦、落ち付けそうな場所を確保してから、行動範囲を徐々に拡げて、余市と響を探す計画だったようだ。

しかし武器もなく、昆虫に遭遇すればまず助からない状況で、女のマリカを連れて歩くにも限界がある。

そこで、竹鶴と角瓶だけで安全そうな場所を探しに行くことにして、マリカには暫く、動かずに隠れているように指示したそうだ。


そこまで聞いた余市は、理に適っている計画だと思った。

確かに、あのマリカなんて連れて草原を動けば、あっと言う間に危険に直面してしまいそうだ。それにこんなジャングルを長時間、文句も言わずに歩き回れるような神経も持ち合わせていないであろう。


その後、竹鶴と角瓶は、運よく洞窟を発見したという。

三人で暫くはそこを根城にして過ごしていたらしい。だが、マリカの精神状態が徐々に限界へと近付き、角瓶に色々とあたるようになってきていたという…。マリカは竹鶴と一時でも離れることを恐れるようになり、もっぱら食糧の調達や、余市と響の探索は、角瓶がひとりでおこなうようになってきていた。


そんな或る日、角瓶が洞窟に戻ると、何と!洞窟の入口を二足歩行の昆虫たちが取り囲んでいたという!!

その数は10匹ほどで、小さい者から三メートルはありそうな者、翅がある者など様々だったそうだ!

驚いたのは、その内の2匹は、人間のように服を着込んで、会話らしきものも交わしていたという!


角瓶は直ぐにでも洞窟の奥に居る筈の竹鶴とマリカを救出に飛び出して行きたかったが、足が震えて一歩もその場から動けなかったのである…。


角瓶が遠くの草の陰からじっと見つめていると、程なくして洞窟の中から、服を来た昆虫数匹に引き摺られるように、血塗れの竹鶴が姿を現したという。

そして、直ぐその後に続くように、泣き叫ぶマリカも姿を見せたが、その時、角瓶は再び驚いたという。


何と!マリカの髪の毛を掴んで出て来たのは、二足歩行の昆虫ではなく、どう見ても人間だったからである!!!

しかも、そのスキンヘッドの不気味な男は、洞窟の入口まで出て来て立ち止まると、大きな錫杖(しゃくじょう)のようなものを振り翳して、何と!日本語でこう言ったのだそうだ!


「獣人どもよ!今日のところはアジトに帰るぞ!」


続いてその男は指笛を空に向かって吹いたが、何と、巨大なアシナガバチが一匹、物凄い羽音を響かせて降りてきたという。

男はそのアシナガバチに人間とは思えぬ跳躍力で跳び乗ると、アシナガバチにマリカを掴ませて、飛んで行ってしまったのだそうだ!

獣人と呼ばれた他の二足歩行昆虫たちも、男の後を追うように走って行ってしまったが、服を着た2匹だけは近くに待機させていたと思しき普通の昆虫の背中に跨って走り去ったという。


角瓶が動けるようになったのはそれから大分経った後で、慌てて獣人たちが向かった方向を追い掛けたが、そもそものスピードが余りにも違う上に、時間が経ってしまっていたがために、見失ってしまったのだという…。


それから一週間近く角瓶はふたりを探して彷徨っていたが、丁子を切らした上に途中で昆虫に襲われ足首を負傷してしまい、フラフラになって歩いていたところを、さっきボパルの運転するシャコたんに撥ねられたと…そういうことだった。



心身共に余りにも辛い思いを経験した角瓶だったが、ふたりを助けに一歩を踏み込めずに居た己を恥じ、責め続けている想いが、その話し振りからはひしひしと伝わってきたのだった。


だがそれは、話を聞いている余市も同じだった。


否!寧ろ余市の方が深く責任を感じなければならない!

角瓶なんかよりも、異世界に転移する切っ掛けを与えてしまった自分の方にこそ、根本的な原因があるのだ!


後悔や反省…そんなものは、これまでの人生でも腐るほどしてきた。

だが、今感じているこの取り返しのつかない、余りにも深すぎる痛みに比べたら、これまでのそれら全ては可愛いレベルだったのだ。


オレのような虫けらは、この場で即刻、消え失せてしまったらいいのにっ!!!


痛みはいつの間にか怒りへと変わっていた。

獣人族に対してではない…己に対する、この宮城余市に対する激しい怒りである!


さっきから何度も何度も脳内で、竹鶴とマリカ、そして腕の中の角瓶に謝り続けている、そんな…それだけしかできずに居る己が余りにも許せないのだっ!


いつものように、ここでも開き直ってオレは逃げるつもりなのか!?

自分が消え失せれば帳消しになるとでも…?

この期に及んで、まだそんな風に心のどこかで考えていやがるのか!?


いや、許されない!今回だけはっ!断じてっ!!

消え失せるなら…落とし前を付けてからにしろやっ!オレ!!!



「着いたぞ!」


前方を走っていたガーネットが漸く立ち止まった。



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