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嗤うがいい…だがコレがオレの旋律(仮)  作者: ken
第二章 異世界で稼げ(仮)
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EP086 シャコたん

休憩を終えて洞窟を抜けた頃には、辺りは既に薄暗くなっていた。


丁子の効力のお陰で、ガーネットは歩けるようにはなったものの、流石に走るのはまだ厳しそうである…。


明日の午前中にはヨノ村に到着しておきたいところだが…さてどうする?

暮れかけた空を見上げてガーネットも悔しそうにしている。

何しろ、他の誰でもなく、己の足の負傷のせいで予定が狂わされているのだ。


やはり背負っていくしかないか…。


「…遠慮するな。村の方向を教えてくれ」


そう言って背中を向けて屈んだ。

しかし、ガーネットは、


「案ずるな…もう走れる」


と弱々しい笑みをつくって答えた。

泉を離れて洞窟の中を歩いている時でさえしんどそうにしていたくせに、強がるのもいい加減にしろ!と思わず言いそうになるのを堪えて、少し言い方を変えることにした。


「勘違いするなよ…ガーネットのためじゃない。一刻を争う村人のためだ!些細な遠慮やプライドで助かるかもしれない命を散らすつもりなのかっ!?」


フフフ…キマッタ!


ちと長いが、我ながらカッコイイ台詞を言えたと、心の中で自画自賛してしまう。

だが、そんな気分を吹き飛ばす想定外の短い台詞がガーネットからは返ってきた。


「揉むなよ…」


ゲエェェーーーッ!!!そっちですかっ!!?

勘違いしていたのはオレの方だったのかいっ!!


「…お、おう」


会話はまるで噛み合わなかったが…と、とにかく結果オーライだな。

後は突っ走るだけだ!


ガーネットが余市におぶさろうと肩に手を掛けた…その時である!


地響きにも似た轟音が、こっちに向かって物凄いスピードで迫って来たのだ!

敵襲かっ!!?

すかさずギコの剣柄を握り締める。

目の前の大きな草が揺れたかと思うと、それを薙ぎ倒して現れたのは、何と!マイマイカブリだった!!


「ホォーーーリィーーシットォーーーッ!!!」


思わず叫んでしまう!

同時に、肩を掴むガーネットの拳にも力が加わった。


何てタイミングだっ!!

ハンミョウほどの俊敏さはないにしても、身体の大きさは二倍以上!!

ガーネットを後方に後退させ、ギコを静かに抜いて構える。


「余市じゃねーかっ!!」

「エッ!?」


擡げられたマイマイカブリの長い首が邪魔して見えなかったが、何と背中から降りてきたのは…。


「ボパルッ!!!」

「何でお前がッ!?」「テメーが何でッ!?」


ほぼ同時だった。

だが直ぐにボパルは余市がひとりではないことに気付くと、


「おい余市!てめー姐さんに仕える身で、いつからそんな(スケ)と…って!あら?ガ…ガーネット兵士長っ!!!」


途端に狼狽してしまっていた。


その後、互いに状況を説明し合ったところによると、ボパルはここより少し先にある岸壁で高価なアイテムを探していたということだった。…因みに大した物は見つからなかったらしい。

マイマイカブリは、額に傷のある、いつかと同じ個体だったが、この大きさでどうやって清泉の洞窟を通過したのかと訊くと、洞窟を通らずとも大きく迂回すればこちら側まで来られるということだった。


ところで、ガーネットもまたボパルの顔だけは知っていたようだ。

たまにユキエと一緒に居るところを見掛けていたらしい。


「そうか…トゥーレ12に明日の朝まで…か」

「ああ…」

「そりゃ厳しいぜ!余市」

「何故だ?」


「夜の草原をナメ過ぎなんだよ!!ここから先は虫の量も格段に増えるんだぜ!幾らテメーが強かろうが、そう易々と振り切れるもんじゃねえ!それに…」

「…何だ?」


「兵士長…怪我してるって言うじゃねーか!」

「くっ!」


ガーネットは唇を噛んだ。


「へ…兵士長だって知ってる筈だぜ!ここから先の夜の草原がどれほど危険かぐらいは…」

「だが!私は向かわねばならんのだ!」

「…」


暫くの間、三人は黙り込んでしまった。

確かにオレは夜の草原の危険がどれほどのレベルなのかは知らない。だが、ボパルはオレのデビルアイ能力についても知らない筈だ。


「だ!大丈夫だ!ガーネットはオレが守る!」

「テ…テメーッ!兵士長を呼び捨てに!!?」

「ボパル…と言ったか?…いいんだ。余市には世話になっている」

「ぐぐ…」


ボパルは悔しそうである。

フフフ…ボパルは知らないのだ。

オレと兵士長が、僅かこの半日足らずの間に、尻を揉み合うほどの間柄にまで急速に発展してきているというファクトをっ!!…厳密に言えばオレはまだ揉まれてはいないが。


ガーネットを背負って尻を揉んだアノ感触が、まだこの両手に残っている!

と、そこで妙案を思い付く!

オレもガーネットも、虫に背負って貰えば良いジャマイカッ!


「おいボパルよ」

「何だ?オレはもう()ーるぞ!姐さんが心配しているだろうからな!」

「まあ聞け!」


「だから何だ!?偉そうに!!」

「兄弟子が偉いのは当然だ!」

「はぁ?誰が兄弟子…」


「乗せて行けっ!!!」

「はぁ?」


台詞を途中で遮られたボパルは、意味を呑み込めていないようだ。


「兄弟子であるオレと兵士長をトゥーレ12まで、そいつに乗せて行け!」

「なっ!何だとおぉぉーー!?」

「タダでとは言わん。お前、響のスク水の残金、払えそうなのか?」

「テ…テメーには関係ねーだろが!」

「スク水…?」


聞き慣れない言葉に、軽くガーネットは反応した。


「ななな!!!何でもねーっ!!いや、何でもないんすよ…あはは」


焦りながらも余市を睨みつけてくるボパル。

これ以上、喋るんじゃねぇ!と脅しをかけているようだ。


「お前、コレ欲しくないか?」


余市はいつの間にか金嚢から翠玉をひとつ取り出して、掌に載せていた。

ボパルは興味無さそうな表情で近付いて来たが、その石を摘まみ上げた瞬間、


「翠玉っ!!!余市テメー!こりゃー翠玉だぞっ!!」


叫んでいた。

やはり、相当高価なアイテムらしい。


「昼間、ハンミョウが落としたんだ」

「ハンミョウが…だと?」

「ああ」


「テテ…テメー!まさか!あのハンミョウを倒したのか!?」

「あのって何だよ?」

「あのハンミョウは、オレの自慢のシャコたんに傷をつけやがった!」

「何だか知らんが、そのハンミョウとは限らんだろ?」


「トゥーレ9周辺のハンミョウって言えば、アイツしか居ねーんだよ!」

「そうなのか…?ところで、シャコたんって…何?」


「コイツのことさ…フフッ」


ボパルはマイマイカブリの長い首に手を回して、何故かドヤ顔である。

なるほど、あの額の傷は、昼間のハンミョウにつけられたってことか。

つーか、シャコたんって…。

どこぞのアイドルじゃあるまいに…ん?シャコたん…シャコタん…シャコタンかっ!?

阿鼻叫喚の文字が浮かび上がってきたので、慌てて掻き消す!


「そんなことより、どーすんだ?乗せて行くのか?」

「ぬうぅ…」

「乗せてくって言うんなら、そいつをカワイイ弟弟子にくれてやる」


ボパルは鑑定するかのように摘まんだ翠玉を至近距離で見つめていたが、


「…わ…分かった!乗せてってやる」


決心を固めたようだ。

やはり、今のままではスク水の残金を払うのは厳しかったのだろう。


「ヨシ!商談成立だな!ところで三人乗っても大丈夫か?」

「あーん?オレのシャコたんをナメんなよ!」


「ボパルとやら、済まんな。恩に着るぞ」

「いやなに…困っている人を見ると、放っておけねー性分なんすよ」


リーゼントを整えながら、しれっと言いやがった!

くうぅぅーーー調子こきやがって!ボパルのヤツ!!

さっきのオレのキメ台詞が滑ったこともあるが、ムカツクぞっ!!!


「では兵士長、オレの腰に手を回して振り落とされねーようにしがみ付いてください。余市!テメーは後ろ向きに荷物にでも抱き付いてろ!」


なぬううぅぅーーーーっ!!!

マジで調子こきやがって!!!あの野郎っ!!!

今からでも翠玉を回収してやろうか!?

…が、こんなところで言い争っている時間も惜しい…ひとりのジェントルとしてここは我慢だ!ブチ切れたらアイツと同レベルだとガーネットに思われてしまうやも知れん!!



こうして余市とガーネットは、偶然出会ったボパルの族車もといシャコたんと名付けられしマイマイカブリに乗って、トゥーレ12を目指すこととなったのだった。

日頃からアチコチを跋渉しているバグマスターだけに道に迷ったりはしない筈だ。


シャコたんは脚がハの字になっているかはよく分からんが、草原を走る時は普段よりも低姿勢で、まさにシャコタンと言えそうな車高を維持していた。


両サイドで忙しなく蠢く長い脚は、見ていて気持ちが悪いが、乗り心地は思ったよりも悪くはない。

最後部に括り付けられたボパルの荷物を金嚢に収納してやれば、シャコたんの負担も軽減されるであろうことは間違いないが、オレがガーネットにしがみ付く目的と思われるのも癪である…。


振り返って、ドライバーであるボパルを少し観察してみる。

ボパルはシャコたんの首の付け根付近、正確には胸部に跨って両足を巧みに動かしている。乗馬感覚なのだろうか?

手綱も握っているが、そのテンションは常に弛んでいた。


いつだったか、どんな虫をも乗りこなす自信があるというようなことを言っていたが、言うだけあって、それなりにレベルの高いバグマスターなのかもしれない。


ガーネットは腹部の最前部に尻を預けて前傾姿勢である。

そして、言われた通りボパルの腰に手を回していたのだ…ぐぬぬぬぬぅぅ。


シャコたんは疲れを知らないのか、ボパルの術で操られているせいなのかは分からないが、止まることはおろか、スピードを緩めることすらなく走り続けている。

このペースなら、明日の朝どころか、今夜にでも到着してしまってもおかしくなさそうだ。


「おい余市!どうする?」


前方からボパルが大声で質問してきた。

シャコたんは、ある意味、完全なオープンカーなので、風切り音に対抗する必要があるのだ。


「何が?」


余市も首を後方に捻り、声を張り上げて訊き返す。


「最短距離で行くか、迂回するかだ。最短距離を行くなら道は険しいぞ」

「…その判断は、ガーネットに任せる」

「最短距離で頼む!」


ガーネットは即答した。


「尻が痛くなっても知らねーっすよ!」

「構わん!」

「リョーカイ!」


少し進むと、巨大な草の間隙を縫って、シャコたんはジグザグに走り始めた。


「うおっ!わおっ!ととっ!!」


振り落とされそうだ!

それに少しずつ気持ちが悪くなってくる…。

車酔いならいざ知らず、虫酔いなんてしたら、言うまでもなく初体験だ!


そしていきなり急な下りへと入った!

つまり、ダウンヒルってやつだ!

マサヒコのヤツも、阿鼻叫喚の族車を、こんな風に乗りこなしていたのだろうか!?


マサヒコ…か。

そう言えば、アイツはあれからどうしたのだろう?

オレに金を返すために山を登って来て、いきなり気を失わされてしまったんだっけな。

目が覚めた頃には、巨樹が聳えているだけで、誰も居なかったに違いない。

再び自殺なんて考えていなければ良いのだが…。


ズゴッ!!!


頭部に激しい衝撃を受けたと同時に、余市の身体は宙に浮いていた!

そして例によって走馬灯が瞼の裏で再生され始めた…が!次の瞬間!


ドサッ!!


地面に叩き付けられたかと思うと、擦り切れるように高速回転で転がっていた!


んなっ何事!!?何事っ!!?

だが、そんな疑問は後だ!!!


慌てて起き上がって、進行方向を見据えると、何と!余市が落馬!もとい落虫したことに誰も気付いていないらしく、シャコたんの姿はみるみる視界から遠ざかって…ってか!もう見えないっ!!!

ダウンヒルでギコと事故った光景が脳裏を掠める中、腹の底から声を振り絞る!


「うおぉーーーーいいぃぃ!!!」


だが辺りからは、いつまで待っても羽虫たちの合唱しか聞こえて来なかったのである…。

とにかく、靴を探さねば!!

これまた例によって、片方の靴が脱げてしまっていたのだ。


しかし、幾ら探しても靴は見つからなかった。


あの時のように、草に引っ掛かっているのではと思い、上の方もデビルアイを凝らして探してみたが、無駄な努力に終わったのである。


代わりに、後頭部にぶつかったと思しき虫を発見した。

シャコたんが走っていた軌道をたまたま飛んでいたのは間違いない。

ヤツはひっくり返っており、起き上がろうとして必死にもがいているが、体長は80センチほどである。相当に小さな種類のコガネムシ類のようだが、詳しくは分からない。

小さいと言っても、80センチもあるのだから、元の世界で言えばバケモノに等しい。この異世界での狩りなどを通じて、大分、感覚が麻痺してきていることに気付く。


てか!コガネムシの種類など、この際どうでも良いわ!!!

急いでシャコたんを追いかけなければっ!


幸い金嚢やギコは無事である。隠れ笠が少し損傷したが、金嚢に突っ込んでおけば修復される筈!

余市は金嚢に笠を仕舞うと、勢い良く走りだしたのだった!


進路を阻む草や羽虫をギコで薙ぎ払って進んで行く。

朧の神社に向かう途中、ギコの前カゴで枝葉を防いでいたことを思い出す。

走り難いので、残された片一方の靴も金嚢に突っ込んだ。


ダウンヒルが徐々にが平坦へと変わって行く。

そして目の前の景色が急に開けた。


草のジャングルを抜けたのである。

そして遠くを見渡すと、遥か先でシャコたんが止まっていた。


「おーーいぃ!」


余市は嬉しくなって、手を振りながら走り寄って行く。

するとガーネットが振り返った。


「余市!振り落とされていたのか!?大丈夫か?」

「いや、虫が頭に当たった衝撃で落とされた!」

「そうだったのか…」


それだけ言うと、ガーネットは素っ気なく余市に背を向けてボパルの方に向き直ってしまった。

ボパルは余市のことなどどうでもいいかのように、声を掛けてくるどころか見向きもしてこない。

幾らボパルとはいえ、この態度は何だか変である。


背中を向けたままシャコたんの前に突っ立っているボパルに近付いて声を掛ける。


「おい…どうしたんだ?ボパル」

「…ひと」

「ん?」

「ひと…撥ねちまった」

「え…?」


一瞬、何を言っているのか分からなかった。

ボパルの顔を見つめると、その視線は一点を見つめたまま停止していた。

つられるように余市もその方に視線を移す。


「あっ」


そこで初めて何が起こったのかを理解した。


シャコたんの前方にひとが転がっていたのである。

車でひとを撥ねるが如く、走っているシャコたんで、ひとを撥ねてしまったのだ!


「…死んでしまったのか?」

「…」


ボパルは顔面蒼白のまま何も答えない。

ガーネットも黙っている。


先ほど素っ気なかった理由もこれで判明した。

余市が振り落とされたことなんかよりも、重大な事故が起きていたのである!

と言うか、不謹慎だがこの事故が起きていなければ、余市が落虫したことは、村に到着するまで気付かれていなかった可能性は否定できない。



唾を飲み込んで、余市は転がっているその人物に近付いてみた。

身に付けている衣類はボロボロで酷く汚れていた…というよりも、余りにも臭かった!

既に死んで腐っていたのではないかと思えるほどである。


大人の男のようだが、こちらからでは顔が見えない。

ランニングに短パン姿で、裸足だった。

指で鼻を摘まみながら、更に一歩、近付いてみる。


そして思い切って、そのガリガリに痩せ細った腕を掴んで、身体を仰向けにひっくり返してみた!

が…そのまま金縛りにでもあったかのように、余市は動けなくなってしまった。


「どうしたのだ?余市」


ガーネットが後ろから声を掛けるも、余市は黙ったまま動かない。

そして何故か、代わりに熱い涙がどっと双眸から溢れ出てきた。


「おい、やっぱ…もう死んでるのか?」


ボパルも声を掛けてきたが、余市はそれどころではなかった。

何と、その人物の腹の下には、隠れ笠が潰れていたのである!!


「…ウ…ソだ…ろ…おい?」


視線を少しずつ上げて行き、その痩せ細った汚れた顔を見た刹那!

余市はその悪臭漂う男を抱きよせて叫んでいた!!!



「角瓶っ!!!」



その泣きじゃくる後ろ姿を見て、ボパルもガーネットもそれ以上は声を掛けれず、ただワケも分からずに見守ることしかできなかったのである…。



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