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嗤うがいい…だがコレがオレの旋律(仮)  作者: ken
第二章 異世界で稼げ(仮)
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EP084 旅は突然に

新築された快適な厠から出て、洗面所で歯を磨いていると、


「おはよう御座いまーすっ!」


ユキエの声がした。

狩りに出る日ではあるが、いつもよりも大分早い時刻である。

そして余市を発見すると、何かを握り締めながら笑顔で駆け寄って来た。


「どうした?今朝は随分と早いジャマイカ」


肩で息をしながら、ユキエは握っていた紙を広げて見せた。

紙にはクンニスキーギルドの卑猥な紋章が押印され、何やら書かれている。

だが、それを余市が読む前に、


「ウチ!武道大会予選に出られるよ!!」


嬉しそうに両腕を振り上げた。


「お、おう!おめでとう」


もともと希望さえ出せば、村の代表になれることはほぼ間違いないと言っていたのはユキエである。

それでも実際に通達を受けたことが相当に嬉しいのだろう。

聞くところによると、十日後には決起大会もギルドのフロアで催されるとのことだ。


ユキエに急かされるように郵便受けを見に行くと、同じモノが二通届いていた。

勿論、余市と響の分である。


ユキエとは違い、余市は少し緊張してしまった。

これまでの人生、模試や学内テストで一位になることはあっても、何かの代表に選ばれた経験など無かったからだ。


庭での騒ぎに気付いたのか、そこにボパルが現れた。

嫌な予感がする…。


「ボパルのあんちゃん!ウチね!ウチね…」

「ああ、分かってる分かってる!…頑張って来いよ。ただ無茶だけはすんな!」

「うんっ!!」


想定していた事態には至らなかったようだ。

決まってしまったものを、今更、説得などしても仕方がないと諦めたのかもしれない。

余りにも嬉しそうな屈託のないユキエの笑顔に呑まれた可能性もある。


遅れて響も姿を現し、三人の武道大会予選出場を祝って、ささやかな昼食会を開くことになった。

そんなワケで、今日はいつもよりも早めに狩りを切り上げる必要がありそうだ。


その日のユキエは有頂天で、行く手を阻むブヨの大群を、ひとりで連続マルセイユ・ターンをかましながらリズミカルに屠っていた。



狩りを終えてユキエを連れて家に戻ると、珍しい人物が、玄関先で響と対峙していた。

それを見てユキエは、


「ガ!ガーネット兵士長っ!!」


長い黒髪を翻し、ガーネット兵士長は振り返った。

その鋭く赤い瞳は、ルビーと言うよりも、そのまま名前の如くガーネットに近い色味である。

健康的な小麦色の肌も、発育したチチも、躍動感を感じさせる太腿も健在だ!

前回は見落としていたが、こうして後ろから眺めてみると、大胆に露出した尻も引き締まっていて素晴らしかった!


ここまで魅せ付けられてはオカズ偏差値を68から70へと上方修正せざるを得まい…。

それはさておき…顔面騎乗して欲すぃ。


「ユキエか。相変わらず壮健そうだな」

「はいっ!」


ガーネットは再び響の方にに向き直ると、


「では確かに伝えたぞ。村長直々の指名だ。受けてくれるな?」


何やら村長からの伝言を知らせに来ていたようだ。

響は特にそれには答えず、


「これから一緒にお昼でも如何かしら?ユキエも喜ぶと思うのだけれど」


と、話題を逸らした。

そんな響を前に、ガーネットは少し黙っていたが、肩の力を抜くような素振りを見せ、


「…では馳走に与るとするか」


と、響の提案を受け入れたのだった。



ユキエがはしゃいだのは言うまでもないが、余市とてこの機会に眼福に与るつもりである。

ボパルは用事があるとかで、少し前に外出したということだった。数日後に迫ったスク水の残金を掻き集めるためにアチコチを奔走しているに違いない。


昼食が始まると直ぐに、ガーネットは響と余市に対して、アリの襲撃の一件について礼を言った。

多くの仲間を失いはしたものの、ふたりが駆け付けてくれていなければ、村の内部への侵入は避けられず、被害は甚大なものとなっていたであろう、とのことだった。


ユキエはガーネットをマネして、さっきから同じ順序で料理を口に運んでいる。

頬も赤みを帯びていた。こういうところはまだまだ子供だな、と余市は思うのだった。


ユキエが戦士登録をした理由は、早く一人前に認められて、多くのクエストをこなして幼い弟妹を養わなければならないという義務感や、村を守ることで、父親のように命を落とす人をひとりでも減らしたいという使命感が柱となっているものの、ガーネットの存在も大きかったに違いない。

おそらくユキエにとってガーネットは、目標とする大人の女性像そのものなのだろうから…。


「先ほどの話なのだが…選手団代表とは言っても、特に仕事があるワケではないので安心して欲しい」


「…そうね、引き受けることにするわ」

「そうか、任せたぞ」


「あの村長には不本意ながら世話になったことも無いとは言い切れないのだし…それに余市では余りにも心許ないのも事実」


会話の内容から、どうやらガーネットは武道大会予選の出場者を束ねる代表者を響にするよう、村長から託かって来たようだ。そして、もしも響に断られし時には次点候補として余市に打診するよう言われていたに違いない。


確かに響であれば適任であろう…オレよりも間違いなく強いのだし、悔しいが頭もキレる。何よりもオレの主なのだ。上下関係ははっきりとしている。

響とまともに渡り合えそうな人物なんて…今のところ知る限り、あのメイド…じゃなかった紫電サマと村長くらいのものだ。この村の出場選手の中にはおそらく居ないだろう…。


にしても…このオレでは心許ないだなんて!

ガーネットやユキエの前ではっきりと言わなくてもいいジャマイカッ!!


「それと実は、もうひとつ頼みがある」

「何かしら?」


「これは村長からではなく個人的な頼みなのだが…これより私と共にある村まで同行して欲しい」

「…」

「唐突なのは百も承知だが、腕の立つ者をひとり連れて行きたい。響、お主なら申し分ない!」


「話がよく分からないのだけれど」

「先走ってしまい済まぬ。実は…」


ガーネットの話では、その村というのは他でもない、ガーネットの生まれ育った故郷の村だそうだ。

数日前より何者かが村人たちを攫って村の時計塔に立て篭もっているという報せが、今朝、彼女の元に届いたという。差出人は彼女の妹だった。


立て篭もっている族は、人間とも獣ともとれる不気味な連中で、村の戦士では到底太刀打ちできないほどに強いということだ。

近くの村に救援を要請したものの、昨今のアリの襲撃などで、他の村のことなどには構っていられないと断られ、取り付く島もないらしい。このままでは村を族に乗っ取られてしまうという。


とにもかくにも、姉であるガーネットにもこのことを知らせなければとの思いで、妹は急いで文を送ってきたのだった。


ガーネットは兵士長とはいえ、遥か遠くの辺境の地に、村のいち兵士団を勝手に派兵する権限などある筈もなく、ひとり単独で馳せ参じる覚悟でいたという。

幸いクンニスキー村の場合、アリの襲撃がひと段落したタイミングということもあって、五日間の休暇許可が下りたらしい。


今朝、休暇申請のために村長に事情を説明したところ、休暇に入る前の最後の任務として此度の言伝を預かったのだが、そのことで響の存在を思い出し、急遽、助っ人として頼むことを決めたという…。



そこまで聞いた余市は、ひょっとしたら村長は、こうなることを見越してガーネットを響の許に寄越したのではないか?と感じていた。

何故なら、こんな伝達業務などは役場の職員にでも頼めるのだし、ガーネットが故郷のピンチで焦っている事情を聞いておきながら、敢えて彼女の貴重な時間を削るような任を指示したというのは、余りにも不自然かつ理不尽だからだ。


「なるほど…」


少しして響が呟いた。


「聞き入れてくれるか!?」

「断るわ」


即答である。が、無理もない。

ガーネットの故郷には気の毒だが、響が手を貸す謂れはないのだから。

仮にオレが頼まれていたとしても断っていた。

何の得があってそのような危険な目に遭わねばならぬと言うのか?


「…そうか。済まなかった…気にせんでくれ」


暫しの沈黙の後で、ガーネットはそう言うとスッと立ち上がった。

どうやら直ぐにでも出発するつもりのようだ。

一刻を争うこの時に、悠長にも昼食に付き合った理由は、響を口説くためであったのは確実である。


そんなふたりのやりとりを見て、ユキエはさぞやガーネットについて行きたそうな顔をしていたが、幼いミハルを残して家を数日も空けるワケにはいかず、そもそも足手まといになるであろうことは、自分でも分かっているに違いない。


「馳走になったな」


そう言い残して、ガーネットが踵を返して去ろうとした時である!


「余市を貸すわ」


一瞬、耳を疑った…。

ガーネットもその場で歩を止めた。


「こんな変態でも居ないよりはマシじゃなくて?」


更に耳を疑った…!

何が…何が起きようとしている!?


「ついて来てくれるか!?余市」


ガーネットは振り返っていた。

何故だ…何故いつもこうなる!?


分かっている…分かっているんだ。

それはオレが響の下僕だから…それ以上でも以下でもない。


貸すと断定されてしまった以上、もはやオレに選択肢は無い。

他ならぬオレ自身のコトだが、オレには選択肢が無いのだ!


「お…おうヨ」

「それは助かる!恩に着るぞ!余市」


「変態だけれど、それなりに使い道はあると思うわ…それなりにね」


「余市は…変態なのか?」

「…ぐぬぅ」


気持ちのいいものではない。

ここまで変態と連呼され、しかもユキエの前だけならいざ知らず、客である美女ガーネットを前に、いち男子として、ここまでの恥辱に耐えねばならんのか!?

だが…悔しいかな、事実なだけに言い返せない!



こうして寝耳に水にも等しい想定外の展開によって、余市はガーネット兵士長と共に辺境の村へと向かうこととなったのである。


ガーネットの話では、村までは急いでも丸一日はかかるという。

今から出発して、途中で食事や仮眠など数刻の休憩を挟んだ場合、到着は早くても明日の昼という計算だ。


もはやちょっとした旅である!


旅とはいえ、荷物は替えの服と水筒くらいのもので、準備は直ぐに整ってしまった。


「余市、留守の間、洗濯は自分でするから安心なさい」

「ハ…ハイ」


「余市…ガーネット兵士長にその…変なコトしないようにね!」

「…」


ユ…ユキエまで…それがこれより勇敢にも旅立つ男への(はなむけ)の言葉か!?

少しはオレの身を心配しろっ!!


「では参るぞ、余市」

「お…おう」



魔女の家を後にし、クンニスキー村の見慣れた道を歩いて行く。

それにしても異色の組み合わせである。

まさか、ガーネットとふたりきりで旅などすることになろうとわ!


すれ違う村人は皆、例外なくガーネットに丁寧にお辞儀をしている。

いつかのミンチが言っていたように、この村では、戦士や兵士が敬われる。しかも兵士長ともなればその敬意は相当なものなのだ!


だが余市とて村を救った勇者である!


ガーネットに対して引け目を感じて下手(したて)に出る必要はない筈だ。オレが下手に出るのはあくまでも主たる響に対してのみである!


だが下手にこそ出ないが、視線は自然と下手(しもて)を凝視してしまう…。

目の前を力強く歩くガーネット兵士長のその尻ときたら、ぷりんぷりんとほど良い弾力で揺れているのだ!兵士長ともあろう役職に就きながら、この尻は余りにも不謹慎!!部下の統率に乱れを生じさせる元凶ともなりかねん!!

これほどの雌尻を前にしては、健康な男子たるもの、視覚だけでなく嗅覚にも神経を集中させざるを得ないジャマイカ!


特にオレなんぞは、どーせ自他共に認める変態なのだからなっ!


あの土手で山崎凛の匂いを嗅いでしまってからというもの、まんまと匂いフェチに覚醒してしまったこのオレだが、その性癖に於ける比重は、日増しにシェアを伸ばしてきている…。


だが、開き直って下手(へた)に顔を接近させ過ぎれば気付かれてしまう恐れがある。

あのコンビニでエアロスーツギャルに浴びせられた正義のホーリーアイズの衝撃は、まだ記憶に新しいところだ。


旅は長い…早々に気まずい雰囲気になるようなことは避けねばなるまい…自制しろ!オレ!


「何を考えている?余市」

「むはっ!」


「どうした?」


「いや、その…族とやらが何者なのかと…」

「うむ。妹の文には詳しいことは記されてなかったが…獣人族の可能性はある」

「獣人族…?」


その聞き慣れない不気味な響きのお陰で、漸く煩悩から解放された余市だった。


「やつらが突然変異なのか、どこから来たのかなど謎は多いが、確かに獣人族は存在するのだ…」


ガーネットが言うには、獣人族は昔から存在していたような種族ではなく、数年前に初めてその存在が確認されたのだという。

つまり、残存種(レリック)などではないらしい。


獣人とは言っても、その姿はどちらかと言えば、人間のような体型を基本とした昆虫類に近いものが多いのだそうだ。個体毎に特徴も様々で、決まった姿形は無いという。


ガーネット自身、これまでに戦ったことはおろか遭遇したことすら無いため、聞きかじりの知識しか持ち合わせていないが、その気持ちの悪い見た目や凶暴な性質もさることながら、一番大きな問題は、昆虫類よりも遥かに頭が良いということらしい。


幸いこのクンニスキー村周辺ではまだ目撃例が無いらしいが、他の地域ではここ最近になって目撃報告が増えているとのことだ…。


そこまで話を聞いたところで、凱旋門のような村のゲートに辿り着いた。

隔日でユキエと狩りに出ているため、ゲートの衛兵とはもはや顔なじみである。特に今日などは午前中に狩りにも出掛けていたため、顔を合わすのはこれで都合三度目だ。

だが門の衛兵は普段とはまるで別人のようだった。ガーネットの姿を見るなり、途端に姿勢をピンと正して厳しい表情でもって敬礼をしてきたのだ。

流石は兵士長と言ったところか。


トンネルを抜けて、出口の詰め所に居る数人の兵士にガーネットは何やら声を掛けている。

見張りを怠るな!とかそういった内容に違いない。


桟道に出たところで、余市はガーネットに尋ねた。


「ところで、これから向かうその村の名前は、何て言うんだ?」

「ヨノ村だ」


与野…だと!?


クククッ…今度はそう来たか!

他人ごとではないような親近感が急速に芽生えてきやがる!


その村、オレが何としても救ってみせよう!!


「どうした?」

「いや、何でもない」


隠れ笠の鍔を指で上方に傾けると、強い日差しが頬を刺した。


この旅で余市は、究極の生き恥を晒しながらも、失っていた大きなモノの幾つかを取り戻すことになるのだが、この時点ではそれを知り得る術はないのだった。



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