EP083 お前はオレか?
「おい、ボパル。風呂入ってこいよ」
兄弟子らしく命じる。
「お、おうよ」
ボパルはぎこちなく返事をした。
ドキドキ感を表に出さぬよう懸命に堪えながらも、約束通りにブツが残されているかどうかを気に掛けているといった風だ。
安心しろボパルよ。約束通りブツは置いてある。たっぷり堪能して来るが良い!ムフフフフ…。
ボパルが脱衣所に消えたのを確認し、衣類を自室に持ち帰る。明日は狩りの無い日だから、午前中に洗濯をするつもりだ。響の履いていた黒サテンのパンティもしっかりと回収済みである。
キッチンに移動すると、食卓テーブルの上には、いつもより豪勢な料理が並んでいた。
ボパルが引っ越してきた初日ということもあって、流石の響も少し気を遣ったようだ。
全ての料理を食卓に運び終えた響が、目の前に座った。
いつもならこのタイミングで食事を開始するのだが、今夜からはボパルが風呂から出るのを待たなければならない。
ここで余市は、本日二度目となる、何か重大なコトを見落としているような嫌な空気を感じた。
だが、DPSはほぼほぼ成功したも同然だ。いったいこの嫌な感覚は何なんだ?
少しして、風呂をあがったボパルが登場した。
あからさまに顔が上気している。湯に浸かったせいというのもあるだろうが、ここは興奮冷めやらぬためと見るべきだろう。
「遅かったわね」
「お、押忍…」
ボパルは響に対して、何か後ろめたいことでもあるかのように、視線を落として返事をした。
あっ!!!
ここで余市は気付いてしまった!嫌な予感の正体に!!
それはもう、ツァーリ・ボンバを脳天に落とされたかの如き、話にならないほどの絶望だった!!!
突如、御馳走を目の前にしながら、吐き気が込み上げてくる!!
神の一手、DPSを根底から無力化する絶対的な破壊力…それは、
思念透視…。
余市ですら食卓についた時には細心の注意を払い、極力、響とは目を合わさず、疾しい出来事を思い出さないように気を付けているというのに、響の能力を知らぬボパルなど、この至近距離で向かい合えば簡単に思考が読まれてしまうのはもう確実!!
てか!もう既に現在進行形で読まれてしまっているに違いない!!
今後の恐ろし過ぎる展開を高速で思考する!ある筈もない抜け道を必死になって探る!
だが不覚なことに、そんな余市の非常事態の思考が、懸念していたボパルよりも先に、響に読まれてしまったようだ!
気付いた時には、響の視線はボパルではなく余市の方を見据えていたのだ!
そして、
「随分と面白いわね…余市」
「うっ!」
「その遊び、DPSとか言ったかしら?」
「何スカ?おっと!じゃなくて何ですか?そのDPSってのは?」
何も知らないボパルが響に尋ねる。
終わった…。
全てがこれで終わった…。
この後、響によってDPSの全貌がボパルに明かされ、激昂したボパルは村中に変態仮面の存在を触れ回るに違いない。もしもトッピングしておいた陰毛を食べてしまっていた場合、一生、この兄弟子のことを許さないだろう…。
こうなった以上、響に暴露される前に、いっそのことオレの口から正直にボパルに詫びる方が潔いかもしれない。今回の件に関しては、悪いのは一方的にオレの方なのだからっ!
「ボ…ボパル…それなんだけどな…」
「余市、その遊びなのだけれど…継続なさい」
「へっ!?…あっ!ハイッ!」
「おいおい余市、何なんだよ?そのDPSとかってのはよぉ」
「…」
「ふふ…くだらない子供騙しの遊びよ。さあ食事にするわよ」
暫しの間、頭の中は真っ白だった。
何なんだ!?この流れ…この展開は!!!
全てを知った上で…響はDPSを継続しろと…言ったの…か?
オレが毎日、響のパンティを被って自慰していることや、オレが昼間、響と同じパンティを買い揃えたこと、そして今日より響と同じダミーパンティを同じローテーションで履くということ、そのダミーパンティをボパルが響の履いたモノと信じて味わうこと…そんな全てを理解した上で、継続しろと!?
響にとっても、このオレが村の英雄から変態に墜落することは望まない展開だということか?
それとも、ただ面白いと感じたからか?
実際、DPSを面白いとか言っていたし、ボパルを見て少し笑っていた風にも見えたが…。
どちらにせよ、バラされなかったことだけは…本当に良かった!
ボパルはキッチンに姿を見せた時こそ、興奮と動揺がミックスされたような不安定さが見て取れたが、一旦、食事が始まるといつもの調子を取り戻したようだ。モグモグと凄い勢いで料理を平らげていく。
雄という生き物は、副交感神経の働きのせいか、射精の後に食欲が増す傾向があるが、そう考えるとヤツは既に脱衣所で一発ヌイてきたに違いない。
それに比べて余市の食は細い。
非常事態の極限の緊張感は早々簡単に消えるものではない。それに目の前の響に己の恥ずかしい全てを知られてしまったということも勿論、深く影響している。
兄弟子の食欲がないと見て、ボパルは遠慮なく余市の皿にも手を伸ばしてきたが、それを制止する気すら起こらなかった。
食事を終えると、響は何事もなかったかのように今後の予定をボパルに説明した。
武道大会に出場することや、都の王立図書館で調べ物をしたいことなどだ。
余市と響がどこから来たのかだとか、宝珠についてなどは勿論、話してはいない。
武道大会出場の意思は、既にギルドの担当職員に伝えてある。
今日の時点で何の通達もないことから、クンニスキー村選手団、男女それぞれ10名の枠には無条件で選ばれたとみて間違いないだろう。
ひと通り話を聞き終えたボパルは、寂しそうに呟いた。
「できればオレは、ユキエには出場して欲しくねぇ…」
気持ちは分かる。
ユキエが村の外でのジョブを探そうとした時のギルドでの口論を聞いていたからだ。口にこそ出さないが、ここ最近の狩りについても良い気分ではないだろう。
響は何も答えなかった…。
ボパルが食器を洗い始めたので、余市は部屋に戻ろうとしたが、
「余市」
「ハヒィッ!」
直ぐ耳元に背後から声を掛けられたため、驚いて声音が裏返ってしまった。
そしてボパルには聞こえないほどのトーンで響は囁いた。
「DPSについては勝手になさい。ただし、私の能力については伏せておくこと」
「ハ…ハイ」
思念透視について、ボパルには言うなということだろう。
確かに今後、ボパルが何かの理由で裏切ったり敵対する可能性もゼロではない。下僕を管理し、監視する主の立場では当然と言える。響にとって思念透視能力は大きなアドバンテージなのだ。
しかし、そんなこと以上にDPSを許可してくれたことに安堵した。
「それと…」
「ハイ」
「私の下着の部屋干しは認めなくてよ。部屋干しはダミーの方になさい」
「も…勿論です!ハイッ」
それだけ言うと、響はキッチンを後にした。
あの短時間でオレの高速思考を読み切り、DPSについて完璧に理解していたようだ…。T大現役合格は伊達ではない!
それにしても、自分の使用済みパンティを顔に被られて自慰されることよりも、部屋干しか否かを気に掛けるなんて…薄々感じてはいたが天然なのか?それとも可愛い下僕に対する寛容さなのか?
何にせよ、普通の女子とは確実にズレている感は否めない…。
その夜、ウトウトと眠りに入ろうとしていた時である。
「おーい余市ぃ!起きてっか?」
重い瞼を懸命に開くと、ボパルが天井の隅から顔を出していた。
がっ!
その顔を見た刹那、余市は絶句した!!
何と!ヤツは黒サテンのパンティを顔面に装着していたのだっ!!!
さっきまでオレのギョニソーを直に包んでいた布が、今はヤツの顔面を包んでいやがるっ!!
細くなったTバック部分は、オレの菊座部のアビスに狂おしいほどに深々と喰い込んでいた筈だが、今はヤツの鼻っ柱にピッタリと貼り付き、逆に隆起していやがるっ!!
いったい何なんだ!この感覚はっ!?
どんなホラー映画を観ても決して体感できぬであろう形容し難い未知なる悪寒が全身を貫く!
つーかッ!よく見たら…
「お前はオレかっ!?」
思わず口に出さずにはいられなかった。
マスクこそ違えど、あの姿は紛れもなくここ最近のオレのトレンドであり、お気に入りの自慰スタイル!!
今宵のヤツの場合、Tバックの特性上ほとんど素顔が丸見えで、マスクマンとしての機能は全く果たせていないが、そもそもの目的がそこに無いということは、同じ変態のよしみでオレも重々承知している!
それにしても、ひとつ屋根の下に変態仮面がふたりも在籍していたとは…当事者の片割れの立場でもこんなに衝撃的なのに、第三者がこの事実を知ったら、余りの恐怖に泣き叫んでしまうかもしれない!
「そんなコトよりヨォ!姐さんってスゲー上ツキなのか?」
「…な、何を言っているんだお前は?」
「つまりヨォ…」
「えーい分かった!皆まで言うなっ!」
そうか…そう来たか…。
使用済みパンティとひと口に言っても、その芳しいパヒュームを貪欲に追跡せし時、女性であれば基本的にそのソースはクロッチ部分に収まっていなければならない…。
だが、男のオレが履いた時にはどうだ?
クロッチよりも前方…というより遥か上部に逸脱してしまうのは必然っ!
自転車のサドルに跨る際に、ギョニソーの上にうっかり座ってしまうことがないことからも、それは火を見るよりも明らか!!
盲点だった!!!
ここは響には悪いが、ボパルの脳内限定で極度の上ツキとなって貰うほかあるまい…。
「…お、お前も気付いたか。実は…そうなのだ」
「だよなぁ!びっくりしたぜ!」
「そんなコトはどうでもいい!使い終わったらそこから落とせ。いちいち起こすな!」
「分かった!分かった!じゃーな!」
「…おい!」
「あ?」
「お前…ビライチって…知ってるか?」
「何だよそれ?」
「…知らないならいい」
変態仮面の気配はなくなり、余市も直ぐに深い眠りへとついたのだった。
翌朝、余市がいつものように用を足そうと紙を片手に家の裏手へと移動すると、何とボパルが先にあの肥溜めとも呼べる簡易便所に腰を落として跨っていた!
兄弟子よりも先に厠を使いやがって!しかもアレはオレ専用の厠なのだぞ!ぐぬぅ…。
それにしてもボパルのヤツ…ヤンキーらしくウンチングスタイルが妙に板に付いていやがる…。踏ん張りながら髪をセットしてやがるが、それすらもナチュラルな絵となっているのは流石と言うべきか?
くっ!何をオレは感心しているのだ!
遠目とはいえ、朝から嫌なものを見てしまった…。
だがこれは、ある意味ラッキーだったのかも知れない。
勿論オレにそういう趣味はないが、もしも厠を使う順序が逆だったなら、今履いているダミーパンティを目撃されていたかもしれないからだ。
ひとりなら気にならなかったが、どうやら厠周辺に壁なりを設置する必要がありそうだ。
てか、この際もっとマシな厠を建ててしまうのもアリかもしれん。
長い用を足したボパルが、唾を吐きながらこっちに向かってガニ股で歩いて来た。
「余市ぃ!テメーの糞、クッセーんだよっ!」
「何だと!!!それが兄弟子に対する朝イチの挨拶か!?」
「あーん?誰が兄弟子だ!?もっとマシな厠、組んどけや!」
「ぬう…」
幾ら弟弟子とはいえ、ヤンキーに至近距離で凄まれると流石にビビッてしまう…特に相手がマサヒコにクリソツなボパルともなれば、あのカツアゲの時の忌々しい記憶が脳裏にフラッシュバックしてしまう!情けねぇ…。
だが今は明らかにオレの方が強いのは間違いない!
舐められてはいけない!ここは兄弟子としての矜持を賭して勇気を奮い立たせねばならぬ局面!
「お…お前!それが兄弟子に対する態度か…」
「朝から五月蠅いわね」
「あ!姐さん!」「ひ!響さん!」
いつの間にか、近くに響が立っていた。
「ふたりで今日中に清潔感のあるトイレを造りなさい」
「…」「…」
「…」
「お…押忍」「ハ…ハイ」
こうしてボパルとの初めての共同作業は厠造りとなったのだった…。
ボパルは過去に、厠造りのクエストを請け負った経験があるらしく、設計を担当することで決まった。部材購入は余市がすることとなり、実際の工事はふたりでする段取りだ。勿論、部材の購入費は響から下りた。
ボパルが設計をしている間に、余市は洗濯を済ませた。
完成した設計図を基に部材を調達しに出掛け、家に戻った時には昼を過ぎていた。遅めの昼食を挟んで工事を開始し、何だかんだで丸一日を費やしたが、その甲斐あって、響専用の厠にも引けを取らないレベルのものが夕方に完成したのだった。
初めこそ口喧嘩が絶えなかったが、完成した厠を目の前にして、最後は互いに笑いあっていた。
口にこそ出さなかったが、余市はボパルのらしくない精緻な設計図面に感心していたし、ボパルは工事に於ける余市のパワーに圧倒されていたのだ。
その後、余市は余った部材を部屋の内部に持ち込み、例の天井の穴のあるコーナー部分のスペースに目隠しの壁を取り付けた。
プライバシーの問題もあるが、何と言ってもメインの目的は部屋干しを隠すためである。
肉体労働の副産物として、この日のダミーパンティもイイ感じに仕上がったのは言うまでもない。




