EP082 DPSの死角
トレンディーショップ・ナウイじゃん!に競歩で向かう。
ダミーパンティを仕入れるためだ。
歩きながら、ダミーパンティ作戦(DPS)について細部を煮詰めてアレコレ考える。
そもそも神の一手であるDPSに抜けなどある筈もないが、念には念を入れておくのが常勝の将というもの。
唯一の肝は入浴の順番を死守するということだ。それに尽きる!さすれば万事上手く運ぶに決まっている!
ダハハハハハッ!!!
少し進むと、ヤソルのマスターが、店頭で顎に手を当てて立ち尽くしていた。
その曇り風味の表情から、何やら困っている様子だ。
「こんにちは」
「これは余市さん。こんにちは」
「どうしたんですか?」
「いや、扉の鍵が壊れてしまってね…新しいのに付け替えるしかなさそうです」
見ると、元の世界で言うところのシリンダーに該当する鍵を差し込む部分が、数センチほど飛び出てしまっていた。
「鍵屋はどの辺にあったかな…」
マスターは呟いた。
確か、鍵屋は12時の方角の商店街の先にあった筈だ。
「鍵屋なら12時の方角だから、あっちの方です。商店街の先にありますよ」
指をさして方角を示してあげた。
「ああ、そうだった。あの商店街の奥にありましたな。しかし、あそこは12時の方角ではないですよ」
「えっ?」
マスターの話では、商店街は4時に近い方向に延びているという。
これまでギルドで手に入れた地図を基準に、上を12時、下を6時の方向と当たり前のように決めつけていたが、村人たちの一般的な基準では、北を12時、南を6時としているようだ。確かにその方が自然だろう。
思い返せばあの地図は、ギルドの建物を中心かつ正面に据えて描かれており、方角は度外視されている風だった。
因みに東西南北は、時計塔の各面がそれぞれの方角を向いているらしい。
「今度、ロースさんと一緒に飲みに来ますね」
「楽しみにお待ちしております」
ヤソルのマスターと笑顔で別れ、再びナウイじゃん!を目指す。
見る側の基準によって方角も変わる…か。まあ常識だな。
今後はオレも東西南北をベースにする癖を付けないと。
そこでふと、何か重大なコトを見落としているような、嫌な予感がした。
見る側の基準…常識?
はっ!!
同じパンティでも見る者によっては…異なってしまう!!
コレは…非常にマズイ!
まさか、DPSにこんな死角が存在していようとわっ!!!
洗い終わった洗濯物は、いつも庭の木と木を渡した紐に吊るして乾かしているのだが、それはつまり、誰の目にも触れられる状態であるということなのだ!
さすれば今後、響が実際に着用したパンティだけは、他の衣類と共に干すことができぬではないかっ!
ボパルにとってはオレのダミーパンティがイコール響のパンティなのだから、記憶にないパンティが干してあれば、この作戦を見破られてしまいかねない。あくまでもオレが着用したパンティ、即ちボパルが知っているパンティのみを干しておかねばならないのだ!
だが、そうすることで、今度は響に怪しまれてしまう。
響の視点では、今度はダミーパンティの方が見知らぬパンティとなるからだ。
オレが隣近所の娘のパンティまでボランティアで洗濯してあげている、というのはどうだろう?
ただその場合には、オバサンやオジサンの下着や他の衣類は断って、若い娘のパンティ限定でボランティアをしていることになってしまうし、近隣を事情聴取された時点で即アウトである。
ならば、いっそのことボランティアではなく、オレの底知れぬ欲望が屯田兵の如く新境地を開拓したというのはどうだろう?
つまり、オレが女性モノのパンティを履く性癖に突如として目覚めたことにするのだ。実際にそれらの干してあるダミーパンティはオレが履いたものであるのは事実なのだし、履いている内にオレ自身、本当に覚醒してしまうやも知れん!
響からはこれまで以上に白い目で見られることになるだろうが、近隣の村民を巻き込まずに済む。
勿論、この性癖について響からボパルの耳に入ってしまえばアウトだし、本来、オレが履いているべき男モノのパンツを、履いてもいないのにボパルのために干しておく必要があり、そこをまた響に怪しまれるという無限のスパイラルに陥る可能性は否定できない…。
しかし問題はこれだけではない。
干されているダミーパンティの存在が、変態下僕の新たな性癖として仮に解決したとしても、では何故、メインである自分のパンティが干されていないのか?という疑問が響に生じてしまうのだ。
ワザとパンティを一枚紛失させて、最近、下着ドロが徘徊しているようだから、響さんの芳しいパンティだけは、盗まれぬよう部屋干しに変更しました…というのはどうだろうか?
つまり、実際には響のパンティだけでなくダミーパンティもまとめて部屋干しにすることで、ボパルの目にも響の目にも一切晒さないという寸法だ。
この場合、オレの部屋は完全なるブラックボックス化を維持しなければならない。窓や天井の穴を塞ぐのは勿論、外出しない時でさえも、常にドアに鍵を掛けておく必要がある。換気すらできない。
それでも理論上は上手くいきそうだが、大前提となる部屋干しの許可が下りるかどうかは微妙だ…くうぅ。
ならば思い切って、女性モノのパンティを履く性癖を、ボパルにもカミングアウトして、堂々と響のパンティもダミーのパンティも両方とも干してしまうのはどうだろう?
ボパルはダミーの方を響が履いていたパンティと信じ、響はダミーの方をそのままオレが趣味で履いているパンティという風に見る筈だから、万事上手く運ぶのではないか!?
洗濯物を前にして、ボパルと響がパンティの整合性をとる機会などまず無いだろう!
注意点は、オレも響もリアルタイムで履いているところをボパルに目撃されないようにするということだ。
男であるこのオレが、今後パンチラしないようにお尻に気を配らねばならぬのには抵抗感を禁じ得ないが、そうなると大前提として、狩りや戦闘にボパルを連れていけないことにもなる…。軍配を掲げた直後の変身を見られたら決定的だからだ!うーん…。
それと、この恥ずかしい性癖を打ち明けるタイミングも問題となってきそうだ。
少なくとも、次に洗濯物を干す前にはカミングアウトしておく必要があるが、ボパルとあの密談を交わしたのは今日なのだ。ふたつともパンティ絡みの案件であるだけに、容易にリンクされてDPSのトリックを看破されてしまうに違いない。
恥ずかしい性癖を自ら唐突に曝け出すのも不自然だ。
偶然を装ってふたりの前でパンチラを披露して『もぉ~!まいっちんぐぅ!』などと腰をくねらせながら恥ずかしそうに打ち明けるのがベターか?
そうなると、流石にこのタイミングで女性モノのパンティを履く趣味にいきなり目覚めたとするのは露骨過ぎるから、前々からこういう趣味があったということにしなければならないだろう。響には、今まで巧妙に隠していたということにしなければならない…。
色々と複雑である…てか、複雑過ぎる!
決定的な解決策が見出せないまま、気付けばナウイじゃん!に到着していた。
村の勇者が女性モノのパンティを買うところは、誰にも見られたくないのだが、ここは仕方がない。
やや苦しいが、パンティだけにパーティーの景品!などと言って誤魔化すしかないだろう!
店内に入り、こそこそと女性下着売場を探す…が!どうしたことか、どこにも見当たらない。
今まで気付かなかったが、どうやらナウイじゃん!には女性モノのランジェリーは取り揃えていないようだ!
が!直ぐに思い出す!
目の前のファッションセンター・ムラムラの存在を!
通りを渡り、ムラムラに侵入する。
ナウイじゃん!とは対象的に女性モノしか扱っていない店舗だったらどうしようかと緊張していたが、幸い男性モノから子供服まで取り揃えている店のようで安心した。
女性下着売場は、店の一番奥に位置していた。何人かの女性客が品を物色している…。
その禁断の領域へ踏み込む一歩をなかなか出せないでいると、
「いらっしゃいませ。何をお探しですか?」
ギクッとして振り返ると、そこには何故かナウイじゃん!の店員である筈のイヴ・ローランが立っているではないか!
「な、何故キミが?」
うっかり口に出ていた。
すると彼女の方でも余市を覚えていたのか、はたまた村の勇者として店外で見覚えがあったのかは分からないが、あっというような表情をして、
「お向かいの店舗とは姉妹店なので、たまに手伝いに来るんです」
「な、なるほど」
「今日は何をお求めでしょうか?」
「じ、実はのぅ…そのーアレじゃ!パーティーの景品に…オナゴの履くパ…パンティが数枚必要になってしまってのぉ…」
何故か語調が老人風味になってしまったが、
「でしたら、こちらになります。どうぞ」
全く怪しんでいない様子である。それとも店長に倣い、内面を隠すスキルを体得したのか?
何にせよ、接客が板に付いてきたジャマイカ!イヴ・ローラン!
おどおどしながらも、目前に拡がる女性下着の海に目を泳がせていると…むむっ!
ア!アレはっ!!!
何と!見覚えのあるパンティを発見したのである!
それは間違いなく響が履いているのと同じパンティなのだった!!!
こ…これは!僥倖っ!!!
そうだ!何で今まで気付かなかった!
東西南北を基準にしようとも、ギルドの地図を基準にしようとも、もしも、たまたまギルドの地図が、上が北を指し、下が南を指していたならば、そこに齟齬は生じなかった筈だ!
響のパンティだろうが、ダミーパンティだろうが、同じ生地で色柄や形も同一であれば、見る者によって齟齬は生まれない!
完璧なダミーパンティ作戦を完遂する最強の方法!
それは、同じパンティを揃えるというコトに他ならないではないかっ!!!
響が履くパンティのローテーションはだいたい頭に入っているのだし、たまにイレギュラーして間違えたとしても、まず気付かれない筈だ!
響が新たにパンティを購入した時は、面倒だが追従して同じパンティを買い足すことで対応も可能!
土壇場で飛び出た起死回生の妙案に興奮しながらも、デビルアイを駆使して陳列されている全てのパンティに目を凝らす。
そして奇跡的に、現在、響が所持している全てのパンティを発見したのである!!
ひとつの村でパンティを揃える上での選択肢はそれほど多くはないだろうから、奇跡とするにはやや大袈裟だったやも知れんが、とにもかくにもこれでDPSを成功させる条件は全て出揃ったのだ!
枚数にして4種5枚である。1枚は同じ柄のモノが被っているからだ。
が!それらの値札を素早く脳内で合算すると、所持金の3,000アボニムでは僅か200ほど足りない!
ここは妥協するしかない状況!女性用パンティを村の勇者が万引きなどして捕まれば、本末転倒もいいところだ!こんな計画以前に全てが根底から終わってしまう!
だが、どうすれば!?
すると再び発見する!
色も素材も全く同じでありながら、何故かリーズナブルな値札の掛かった一品を!
これこそ奇跡か!?
アレならギリギリ3,000に収まる!
近くで見ても、黒一色のサテン生地で、違いもないように思える。
恐る恐る手を伸ばして、そのパンティを手にした瞬間、決定的な違いに気付いてしまった!
何とそれはTバックだったのだ!
上からでは分からなかったが、手にとって畳んであった部分を広げてみた瞬間、直ぐに判明した。
やはり奇跡はそうそう起こるものではないのだ…コレは生地が少ない分だけ安くなっていたというコトか?
だが迷っていても始まらない!当分はこのTバックで凌ぐしかない!
勿論、Tバックを履くのは響ではなくオレの方だが、問題はそこではなく、響にはこのTバックの存在を気付かれてはならず、ボパルには黒サテンのノーマル形状のパンティの存在を気付かれてはならないというコトだ!
響に気付かれぬよう、他の衣類と二列に重ねるようにして、後ろのT部分の形状を巧妙に隠して干すほかあるまい…。
それぞれのパンティのサイズをチェックしながら素早く掴み取ると、イヴ・ローランに渡してそそくさとレジに進む。できるだけ顔を晒さぬように俯き加減で歩いたのは言うまでもない。
悔しいコトに、姉妹店でありながらナウイじゃん!のカードにはスタンプを押して貰えなかったが、そんなことは瑣末な問題である。
会計を済ませ店を出ると同時に袋ごと金嚢に突っ込んだ。
フフフ…ダハハハハッ!!!
素晴らしい!天はオレに味方したわーっ!!!
その足でマルペスの元に向かうことにした余市だったが、直ぐにあるコトを思い出し、モリマン渓谷へと立ち寄った。
「これは村の勇者、余市さんじゃないですか!ようこそ!」
ミンチが挨拶をしてきた。
ロースを助けたこともあってか、これまでとは違って裏表を感じさせない澄んだ眼差しで余市を見つめている。だが今日は食事に来たワケではない。
「ちょっと申し訳ないんだけど、トイレを貸してくれませんか?」
「村の恩人にトイレを貸さない店がありますか?どうぞどうぞ」
案内されるままにトイレに入る。
ズボンとパンツを脱ぎ去り、今さっき購入したばかりのパンティの中からTバックを摘まみだして足を通す。ローテーション的に、今日、響が履いているのは黒のサテンだと確信していたのだ!
つまり、余市もそれに合わせて必然的にTバックを履かねばならないというコトだ。
初めて履いた女性下着がTバックとはなっ!!
被ったコトはあっても、履いたのは何気に初体験である。
そ、それにしてもコレは…想像以上にケツに喰い込みやがるですヨッ!!
オレの尻がこんなにも食いしん坊だったとわ!
ギョニソーが未発育なことは、この際、プラス材料とみて良いだろう。
何故なら生地が悪戯に伸びずに済むからだ。勃起時は面倒でもパンティをずらして横から出しておくのが、生地を長持ちさせる秘訣かもしれん…。
「助かったよ。食事もせずに悪いね」
「いえいえ、気になさらずに。また響さんでも連れて寄ってください」
店を後にして村のメインアベニューを闊歩する。
尻の辺りがスースーする上に、喰い込み具合も尋常ではない。
そのせいかどうかは分からないが、パンティを履き替えただけだというのに、何だか辺りの景色が違って見えるような感覚である。
だが、コレを履いてギコを振るって汗を流し、それをボパルにくれてやることを想像すると、何だか異様に興奮してしまう。勿論、性的な意味ではない。
ボパルめ、このオレの履いているTバックを響たんのパンティだと思って存分にムシャぶり堪能するがイイッ!!!初日の出血大サービスに、今日は必要以上に喰い込ませて奮発しちゃうんだからぁー!ダハハハハハッ!!!
とんでもない悪事を働いているという高揚感が、背筋をぞくぞくと刺激する!
あの山で響とマリカのスプラッシュを覗いてしまった時に感じたような背徳感は微塵も無い。
強いて言うなら、常連客を目の前に、実際には着用していない美少女の写真を添付したパンティを販売する悪徳ブルセラショップの店長のような、あるのかないのか分からない程の後ろめたさだけである。
まさかオレの内にこんなに恐ろしい悪魔が潜んでいようとわ!!
その日の稽古は、いつものようにギコでの薪割りからスタートした。
師匠であるマルペスは、割られた薪の断面を確認するだけである。
それが終わると木から垂らされたロープの輪の中にギコを突き入れる練習だ。ロープは3本垂れており、それぞれに直径20センチほどの輪が付いている。それらに触れずに連続してギコを突き入れるのはかなり難しい。少しでも力を加減していたり、触れずとも輪の揺れが大きかったりすると、師匠は背後から薪を投げてぶつけてくる。
最後は投げられた薪をギコで弾き返し、用意されたカゴの中に入れる練習だ。これまではひとつずつ放ってきていたが、今日からは僅かなタイムラグがあるとはいえ、2本をほぼ同時に投げてきた。
薪割りは、どのように振り下ろせば効率的に力まずに対象を破壊できるのかを知るためのもので、ロープの輪通しは、正確かつ無駄なく急所を突けるようになるためのものであるという。薪を弾くのは、相手の太刀筋や攻撃を素早く見切り、いなすための練習なのだそうだ。
この3つの基礎訓練を難易度を上げながら継続することが全てだとマルペス師匠は言っている。輪の数は確かに増えたし、今日は弾く薪も増えた。薪割りも、最初の頃に比べて薪の長さが増して、やや細くなってきている気もする。
練習を終えた頃には、全身、汗だくであった。
練習中は隠れ笠を被っていないのだから無理もない。Tバックもイイ塩梅に仕上がっていそうである。
家に戻ると、何も知らないボパルは裏手でダンゴ虫の世話をしているようだ。
余市専用の厠がある場所に近いが、あの辺りは広さ的にも余裕があって、ダンゴ虫を飼育するには良い場所なのかもしれない。
風呂の準備を弟弟子に指示しようかとも思ったが、朝食時に響に警告されたのを思い出して踏みとどまった。
薪をくべる際には、敢えて蹲踞のポーズを維持して、Tバックを限界まで喰い込ませた。
響が一番風呂を出ると、今度は汗だくの余市の番である。この順番だけは絶対に譲れない!
今日からは替えの下着も女性モノのパンティだ。何だか新生活がスタートした気分である。
脱衣所で最後の一枚をクルリと脱いだ。
そして兄弟子の優しさとして、細いクロッチ部分を裏返し、陰毛を1本だけトッピングしておいてやった。ボパルの悦ぶ表情が目に浮かぶようである。ヤツのことだ、下手をしたら食べてしまうやも知れん!
ダミーパンティを一枚残し、平静を装って風呂を後にする余市。
自分の使用済みパンティをオカズにされるのが初体験であることは言うまでもない。
願わくば相手が異性であって欲しかったが、それは余りにも過ぎた贅沢というものである。




