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嗤うがいい…だがコレがオレの旋律(仮)  作者: ken
第二章 異世界で稼げ(仮)
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EP080 被代打というワケか?

家に着くと、響は夕食の支度を始め、余市は風呂の準備に取り掛かった。

共同生活に於ける役割分担も、自然と形に成りつつある感じだ。


先に響が風呂に入る。

余市は湯加減を意識しながら外で薪をくべる。

チャッカの魔法は、イメージする炎の大きさによって、ある程度の調整が効くことが判明した。

おそらく他の魔法もイメージによって効果の度合いが決まってくるものと思われる。

折角、魔法のある世界なのだから、いずれはチャッカ以外の魔法もマスターしたいものだ。


「余市、もっと薪をくべなさい」

「ハイ」


暫くして響が上がったので、すかさず余市も風呂を使う。

例によって脱ぎ終えた衣類が脱衣所に置かれていた。響の洗濯物を余市が洗うことになったので別におかしなコトではないが、一般的な若い女性の感覚とは大分ズレている感は否めない。


普通はパンティぐらいは自分で洗うものではないのか?


オレのコトを既に同年齢の男として意識しておらず、使用人感覚に割り切ったのかもしれないが、それでもオバサンでもなく若い男の使用人なのだぞ!

男として見て貰えなくなったのは寂しいが、オカズに困らなくなったことは有り難い…複雑な心境である。




翌日より余市は、朝から昼過ぎまでを、ユキエの稽古と称して村の近隣でユキエと共に狩りに勤しみ、それから鍛冶屋の仕事が本格的に始まる夕方までは、マルペスに兜割のレッスンを受ける時間に充てるようになった。

毎日というわけではない。コキオの寺小屋がある日は、ミハルを家にひとりにはできないのでユキエは外出を控えていたのだ。そんなワケで、ふたりでの狩りは基本的に隔日である。


余市の武器は結局、兜割に決定した。


余市がユキエとの狩りに同行するということを聞いたマルペスは、売り手の無い兜割を用立ててくれたのである。同時にユキエには鎖打棒が与えられた。それだけでなく、公平を期すためか、まだ武器に迷っていた響に対しても、試してみろと言って鉄貫を持たせてくれたのだ。


マルペスに兜割をタダで貰えたことは素直に嬉しかったが、余市は少し厚かましい疑問を抱いていた。

それは、狩りは相手が人ではないのだし、切れ味がほぼ皆無の兜割ではなく、普通の剣や刀でも良かったのでは?というものである。

しかし、そんな余市の疑問も、


『そのひと振りは通常の約5倍の重さがある。それで日々、狩りをすることも修行だと思え』


というマルペスのひと言で解決したのだった。


余市は既に、村の豪傑ロースの比ではない人間離れした腕力を備えていたが、それでも、初めてその兜割を手にした時は、余りの重さにビックリしてしまった。

そして、何故こんな一般人が扱えぬような代物が作業場の片隅にあったのかと尋ねてみた。


マルペスが言うには、それは元々はギルドの壁に飾ってあったモノで、このトゥーレ9内部にギルドが移された折に不要となり持ち込まれたものだという。つまり実戦用途ではないということだ。材質もよく分からず、捨てるのも忍びないので先代がそのまま放置しておいたのだという。


現在の卑猥な紋章に変わる前からギルドにあったということは、相当に古いものであることは確かだ。ただでさえ切れ味が弱い兜割で、更に飾り用途ともなれば、誰も買い手がつかなかったのも納得である。そもそもこんなに重い兜割の模造品を振り回せるのは、この村でも余市と響くらいしか居ないに違いない…。


ともあれ余市はこの兜割モドキを大切にしようと思っていた。


ロードバイクに跨ったことがない余市が、ママチャリであるギコと共に山を走破した時に似た感覚である。こんな兜割でも慣れてしまえば愛着も芽生える筈だ。

初めから高くて軽量なカーボンやチタンのラケットに慣れてしまうよりも、重い木製のラケットで修業するのもアリなのだと己を言い聞かせたし、角瓶のように竹竿でも大物を釣り上げることだってできるのだ!とも思った。

例によって、選択肢が他にないからだろ?などというゲスい問いは無視だ。


そんなワケで、この兜割に、ギコと命名した。

苦楽を共にしたあのギコに(あやか)ったのは言うまでもない。獲物を砕いた際に『ギコッ』という音もたまにはしている筈だ…。



ユキエはもうあの資材置場から秘密の地下道を使用することもなく、余市と共に堂々と村の正門(ゲート)を通っている。

ユキエが鎖打棒をブンブンと振り回して獲物に第一打を浴びせ、怯んだところをすかさず余市がギコでトドメを刺すという連携が基本だ。

当初ユキエは、余市が掲げる軍配や戦闘服への変身に戸惑いを見せたが、故郷に伝承されし風習のひとつであると説明し、強引に納得させた。


獲物は巨大化したイナゴの類がメインだが、たまにコオロギやイノシシなども仕留めた。クモやハチを敬遠するのは言うまでもない。噛まれたり刺されたりする危険性が高いからである。ボパルが言っていたように、村の外をナメないように意識していた。一瞬の隙が命取りになる世界なのだから。



昨日は獲得したアイテムをギルドの海賊コスプレのオッサンに売って、ふたりで山分けをした。

この調子ならユキエ一家の経済レベルも右肩上がりに少しずつ改善していくことだろう。


余市は手元に3,000アボニムを残して全て年貢のように納めなければならないので、少しも裕福にはならないが、食事として返ってくると考えられなくもない。この界隈でアボニムを稼ぐためには、みかじめ料を響に支払わねばならぬ掟なのだ…あまりにも暴利ではあるが…。


暴利といえば、今日は響のスク水の残代金をボパルが支払うであろう予定日である。

スク水を都合63,000アボニムで購入したボパルだが、それは残金である30,000アボニムを今日完済できればの話である。支払えなければトイチの暴利にずるずると飲み込まれてしまうのだ。

既に使用済みスク水を堪能してしまったボパルには、クーリングオフのような都合のよい制度が認められる筈もないのだから!


「ギルドに行くわよ」

「はい!」


昨日はユキエと狩りに出たから、今日は余市にとってはオフ日である。

響もそのことを分かっているのだ。

だが…だからと言ってオレを同伴させる決定打とはならない。アボニムの回収なら響ひとりでも問題ない筈だ。オレでは響の用心棒には役不足なのだから、オレがついて行く理由にはならない。

ついでにジョブでも探すつもりなのかしらん?

流石にそういうコトは単独で決定せずに、オレの意見も聞くということか?

それとも、昨日、狩りの成果であるアボニムを受け取ったことで機嫌を良くし、帰りにふたりで外食ってこともあり得るかもぉ!フフフ。



ギルドに着くと、響は酒を買ってくるように命じてきた。

アボニムを受け取るとカウンターへと向かう。


既に余市は有名人だ。

カウンターに並ぶだけでも、周囲が余市の方に視線を向けて何やら噂をし始める。幸いにも糞漏らしなどという臭すぎる称号は聞こえてはこなかった。

RPGの村人などではなく、リアルな村人たちのこの羨望の眼差しや称賛の囁き…。


フフ…悪くない…。


そのざわついた雰囲気で余市の存在に気付いたのか、ボパルが近寄って来た。


「よ…よう!余市」

「ん?おおマサヒコ…じゃなくてボパルか」


やや久しぶりだったせいもあり、うっかり名前を間違えてしまったが、ドヤ顔風味のまま返事をした。


「ひ…響も来てるのか?確か響っていったよな、あの姉ちゃん」

「ああ、響さんならあそこに」


振り向いて響が座っている円卓の方を顎でしゃくって見せると、


「だよなぁ…やっぱり」


響を目視してボパルはおどおどとしている。らしくない態度だ。

さてはコイツ、アボニムを準備できなかったな!

とにかく発見してしまった以上、下僕としてボパルを主の前に連れて行かねばなるまい。フフッ…見モノじゃわい!


酒を受け取り、円卓にボパルと共に戻ると、開口一番に響は言った。


「30,000よ。別に払わなくてもいいのだけど」

「…」

「どうしたのかしら?」

「…す…すまねぇ。あと10日だけ待ってくれや」

「待てないわ」

「そこをその…何とか。マジで頼む!10日後にはまとまった額が入る予定なんだ!」


ボパルは椅子に腰を下ろして懺悔するように手を合わせた。


「そこに座ることを許可した覚えはなくてよ」

「くっ…」


一瞬、反抗的な視線を光らせたボパルだったが、椅子から腰を上げた。


「別にいつでも構わないのだけれど、それなりの利息は頂くわよ」

「そこを何とか!この通りだ!」


ボパルは立ち上がったまま響に頭を下げた。不良少年がこれまでの所業を反省し、更生しようとしているかのようにも見える。


その口振りと真剣味から、どうやら10日後にはギリギリ30,000に届く額を用立てられるのだろう。だが、その間に発生する利息分までは届かず、その後の入金などの目処も立っていないようだ。このタイミングで完済できなければ、利息がトイチでどんどん膨れ上がって破産してしまうに違いない。


「ダメよ」


だが、響は一歩も退かない。

これが宝樹一族に代々受け継がれし財を成す血なのだろうか?そんな風にすら思えてきてしまう。


「これだけ頼んでもかっ!!!」


ボパルはついにその場で土下座をして懇願した。金髪リーゼントの鶏冠(トサカ)が床にぶつかって乱れている。周囲もただならぬ様子に気付き始めたようである。

おいおい何事だ?といった表情で野次馬が集まりかけていた。


「くどいわね。その10日で何とかなさい」

「ぬうぅぅ…そ…そもそもトイチなんて聞いたことねーんだよ!!そんなくだらねぇ利息なんて払えるかっ!!!」


ついにボパルは開き直ったようだ!

不良少年に戻ったのか、大股開きの体勢に立ち上がると、片足で貧乏揺すりをしながら自慢のリーゼントを両手で整え始めた。


「オレも男だ!30,000は10日後に払う!」


そう言い残して立ち去ろうとすると、


「踏み倒す気かしら?」

「おうよ!何とでも言いやがれっ!」

「これを見ても、そんな口が聞けるのかしら?」

「ああん?」


「余市、兜割を構えてそこに立ちなさい」

「へ?」

「さっさとしなさい」

「は、はい!」


言われるがままに佩刀していたギコを抜いて構えた。ここはギルドのフロアであり、正直、意味が分からない。まさか、利息を踏み倒そうとしているボパルをオレに切れというのかっ!?


「行くわよ。本気で受けてみなさい!」

「エッ何!?」


見れば響の拳には鉄貫が嵌められているではないか!!

それに気付いた瞬間!素早い踏み込みで目の前に迫った響の肩辺りから、いきなり拳が顔面に向かって飛んできたのだっ!!!

その拳は目の錯覚だろうが、スイカほどにも大きく見えた!


ガキーーーンッ!!!


両腕で握ったギコを顔面すれすれの所で咄嗟に合わせていた!

互いに目が合い響は少し微笑んだかに見えたが、その直後、凄まじい衝撃でギコは圧し返されていた!!


ギコによって顔面を割られたまま、宙を彷徨った後、壁に全身が叩きつけられていた。

ここ最近の狩りの成果か分からないが、ギコで受けれたのは大きい。もしも受け切れていなければ鉄貫によって顔面崩壊は免れなかったであろう。そればかりか、指で圧し出した葡萄のように、皮膚を残して頭蓋骨が後方より飛び出していたかもしれない!

更に、吹き飛ばされると同時に、反射的に自ら後方に身体を流していたのも幸いであった。


額と鼻からは流血していたが死ぬレベルではなさそうだし、貴重な丁子を服用せずともオレなら直ぐに治癒できる筈だ。

にしても…いきなり何しよっとかっ!!?響いぃーーーっ!!!



普段は騒々しいフロアではあるが、周囲が妙に静かになっていた。


「よく受けたわね。多少はマシになっているということかしら」


5メートルほど先で響は言ったが、衝撃のせいかピントが合わず、その表情までは分からなかった。

しかし直ぐに、静かになったフロアがその前以上に騒々しくなりだした!


「何だよ!!今のっ!!!」

「な、何が起きたんだいったい!?」

「あの余市さんが一瞬で吹っ飛ばされちまったぜ!!!」

「響の姐御!!パネェっす!!!」

「何?あれが余市さんと共にアリの大群を薙ぎ払った響さんか!?」

「あれが響さん!?まだ若けーじゃねーかっ!!」

「だから言ったろ!響さんはスゲエって!!」


などなど、群衆が驚きながらも口々に噂しながら響を見つめているらしい…。

何とか起き上がって円卓の方にのそのそと戻ろうとするものの、壁に背骨を強打したと見えて歩く度に激痛が走る…。血はポタポタと顔面をつたい床に落ちた。


「だ!大丈夫かっ!?余市さん!!」


誰かが肩を貸してくれた。

下僕ではあるが…言わねばならぬ。ひと言、主たる響に文句を…その一身で漸く円卓まで辿り着いた。異様に長い5メートルだった。

視力も徐々に回復し、響に向かって口を開こうとした時、


「ななな!何でもする!!!だっ!だから許してくれっ!!!」

「何でもするの?」

「ああ!!だから!だから殴らねーでくれっ!!」


見ればボパルが響の足元でしがみ付くようにして叫んでいた。

響は鉄貫を嵌めた拳を開いたり閉じたりしながらボパルを睥睨している。


「…では、今から私の下僕になりなさい!」

「はっ!?」

「は?じゃないでしょう?」

「あ!ハイ!」

「その代わり、納得のいく働きをしたなら…それ相応の褒美をあげなくもなくてよ」


こ…この既視感は…デジャブか?

否!今のボパルはあの時のオレそのものっ!!!

ま!まさか!響はこうなることを想定して、今日、敢えてオレを同伴させたのかっ!?

一般人であるボパルを殴れば死んでしまう恐れがあるから…だから!このオレを代打ならぬ被代打として指名してきたというのか…?


ぐぬぬぬぬぅ…。


文句も言えずに立ち尽くす余市の流血は既に止まっていたのだった。



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