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嗤うがいい…だがコレがオレの旋律(仮)  作者: ken
第一章 現世から異世界へ(仮)
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EP008 昭和のビブラート

ギコギコ…ギコギコ…ギコギコ…


盗んだバイクで走りだしたワケでも15の夜でもないワケだが、宮城家を出奔(しゅっぽん)もとい出発してから、かれこれ1分が経とうとしている。


見慣れた街並みを横目に静かに進む。

普段、オバサンや女子高生などにも軽くちぎられてしまう、そんな老人のようなチャリではあるが、まだまだ現役、捨てたものではない…筈。


ロードバイクやマウンテンバイクなどの高価なチャリに跨ったことがないことが幸いして、余市にとっては、このママチャリが今のところスタンダードなのである。


時計も持たない状況なので、厳密にケイデンスなど計っているワケではないが、それでも呼吸に合わせて安定したリズムを心掛ける。


まだこの時間は新聞配達に勤しむ夢多きサッカー少年か、引退して有意義な生活をおくっておられる釣り人くらいしか活動していない筈。

何とか昼には山道に侵入しておきたいものだ…。


日光のいろは坂ほどではないにしても、秩父の正丸峠(しょうまるとうげ)と言えば、一昔前までは地元の走り屋達が集うちょっとした名所(メッカ)であった。

今でもはしゃいでいる四つ輪の猛者共が生息しているやもしれん…『タイヤ鳴かせて女泣かすな!キリッ』とか言う人達ね。


勿論今回は自転車ということもあるし、狭い峠道などではすれ違う車も怖いので、朝から日中にかけて移動して、夜は木陰でジッと息を潜めているつもりである。


とはいえそこまでの道のりも遠く険しい。


最初にクリアしなければならないのは新大宮バイパスだ。つまり国道17号である。

東京の練馬から埼玉北部へと抜ける幹線道路である。


その手前までは、まだ北与野のホームグラウンドという感覚はあるが、越えればアウェー感が急激に高まる。

余市にとってのこのバイパスは、一般人でいうところの国境にも等しい。


そして、次なる関門は荒川である。

ここまで来るとほとんど未知なる領域だ。


地理的には勿論知っているし、今はまだそれほど驚異ではないが、来年にもなれば渡れなくなっている可能性は否定できない…。

一般人が地球の直ぐ近くにある火星を知っていても行ったことがないように、来年の余市の目には、荒川が天の川の如く映っている可能性もあるのだ。


今、荒川をここで叩いておくことは、後々になって大きな意味を持ってくる筈だ。


荒川を越えたその先はもうよく分からない。

小学校低学年にして既に、世界中の国名は勿論、それぞれの首都や主要都市、産業、気候、河川、山脈などを丸暗記していたにも関わらず、まさに灯台もと暗しである。


とにかく、遠くに望む秩父の峰々をひたすらに真っ直ぐ目指していくつもりだ。


しかし現実問題、そこに至るまでのルートは多様である。

途中で変な一本道などに入り込み、明後日の方向に行ってしまわないためにも、早々に地図を調達しておかねばならない。RPGでも序盤の地図ゲットは必須!


『しかし当日にもなって、あまりにも準備不足ではないか?』


その真っ当至極なご指摘、言い訳のしようも御座らん!


何故、当日にもなって埼玉県地図を購入しなければならぬ羽目になったのかと問われれば、てっきり家にあるものと高を括っていたからなのだ。それが昨晩、自宅であるにも関わらず泥棒のようにコソコソと懐中電灯を駆使して散々探した揚句、結局見つからなかったのである…迂闊で御座った…。


しかしまあ、地図なんてコンビニにも置いてあるのだし、コンビニだって腐るほどあるのだから焦ってはいない。



少し進むと、早速一軒目のコンビニを捕捉。

そこは余市が大分前に一度だけ利用したことのあるコンビニだった。

地元ではあるが、こっち方面にはまず用事がないため、ここ数年、訪れることはなかったのだ。


ん!?あんな色してたっけか?


以前に寄った時とは、看板や店舗前面のアクリルの色が違って見える。

おそらくコンビニの会社が変わったのだろう。このご時世、不思議でも何でもない。


コンビニに寄ると、早朝ということもあって流石に客は居なかった。


入ると直ぐに、頭頂部が河童のように綺麗に禿げ上がった店員が、新聞を紐解きながら小声で挨拶をしてきた。


余市はその店員の近くにある窓側に並んだ雑誌類の棚の前で立ち止まった。

そして店員に並ぶようにしゃがむと、棚の下段から埼玉県全域の地図を探し当てた。観光雑誌などに興味はない。チャラついた旅ではないのだ。味気ない普通の地図で良い。


地図の裏表紙を確認する。


たっ!高い!(ソー・イクスペンシブ)地図とはこんなに値の張るモノだったのか!?


正直…悩む。

どうせ一度きりの旅である。上等なモノは不要だ!

思い切ってワンサイズ小さな地図と取り換える。店員は作業を続けている。


フッ…オレは断じてケチったのではないぞ!

チャリでの旅なのだ!重量を考慮せぬワケにはゆかぬでな!

近場ならいざ知らず、此度の旅はちと遠いでなっ!


しゃがんで作業する河童店員の鈍く光る頭頂部の皿に向けて眼力で訴える。


カゴにコンパクトな地図を放り込むと、今度はレジの前を通過して奥に進む。

サンドウィッチ伯爵に敬意を表してツナと卵のサンドをチョイス。

続いて棚を左手にレジから離れ、缶ドリンクの並んだ扉の前に立つ。

そして最近贔屓にしている缶コーヒーをカゴに入れた。

缶の表面に炎のマークがプレスしてあり、味は普通だがグリップ感が気に入っていた。


レジに行くと、先ほどの河童店員が死んだ魚のような表情で突っ立っていた。

先ほどのアングルでは気付かなかったが、目がかなり離れており、その両目と鼻を結んだ三角広場に、クリトリス大の黒子(ほくろ)が幾つか点在していた。立体的なそれらひと粒ひと粒は、黒子とは言ってもそれほど色素は濃くはない。


誰かに似ているな…と少し考えていると、直ぐにそれが子供の頃に図鑑で見たパキケファロサウルスであるということに気付いた。


軽率であった…。


頭頂部の皿を見ただけで河童店員などと安易に命名し、軽はずみな洞察をしてしまった自分が恥ずかしい。

ひとの一部分だけを切り取って判断を下す行為は失礼にあたり、やはり間違いであったと己を厳しく戒める。



パキケファロ店員はバーコードを読み取ると、機械のように金額を告げた。


ちっ!やはり千円の大台を超えてしまったか!

渋々と野口を一枚取り出して、その上に小銭を載せて支払った。


店を出て、背負っていたリュックにコンビニ袋ごと突っ込んだ。

朝食にはまだ早過ぎるし、最後の晩餐も深夜だったことから、流石に腹は空いていない。後で適当に済ませるつもりだ。


日頃、運動らしいことは真夜中のウィンナースポーツ以外は何もしていないので、若さを過信して張り切れば簡単に息があがってしまいそうだ。

ここは冷静になってマイペースを心掛けねば…。


ギコギコ…ギコ…


歪んだ苦笑いを浮かべながら順調に進んでいたが、新大宮バイパスに近付くにつれてペダルが徐々に重くなり始めていた。

気付けばマイペースどころか、真っ直ぐに走るのも困難な程にスピードダウンしていた。

実際にペダルが重みを増したワケでも、早くも体力が落ちてきたのでもない。


恐怖と不安の気持ちが、両足を浸食し始めていたのである。


だが、亀レベルにスローダウンしたとはいえ前進はしていた。

そしてついにその時は訪れてしまった…。

目の前に最初にして最大の障壁が横たわり、行く手を阻んでいたのだ!


6車線を有する極太の新大宮バイパス!!!


回転寿司屋と衣料品チェーン店に挟まれながら頭上を見上げれば、そこには龍の腹のような巨大な首都高速が、天を覆い隠すかの如く走っていた!


信号は赤である。


ゴクリと唾を飲み込む。


別に高層ビルの地上数十階で、隣のビルまで細い平均台の上を歩かされるワケではない。

そんなコトは分かっている!分かっているが…速まる鼓動を抑えきれない。


今時、小学一年生ですらバスと電車を乗り継いで遠くの学校に通っているというのに!

幼児のはじめてのおつかいじゃねーんだぞ!?笑わせる!


序盤も序盤、あまりにも情けない!

こんな自分にイライラしてくる。


パンッパンッ!


両の頬っぺを叩いて自分に発破(ハッパ)をかける!


発破と言えば…。


昭和の某歌姫の歌声をその強烈なビブラートと共に思い出す…てか何故オレがそんな懐メロを知っている?


そして信号が青に変わった!


手前の3車線を越えたところに首都高の足場のある中州があるが、あんなところに取り残されるなんてまっぴらゴメンである。


い…一気に渡るしかねぇ!


糞ッ!オレとてクンニスキー村の豪傑よぉ!行くっきゃねぇーっぺよぉーーー!!!


アドレナリンが多量に分泌される感覚と共に、低音ながらもビブラートを響かせながらペダルを一気に踏み込んだ!


「イライラするわぁあああぁぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~♪」


ギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコギコ!キィィーーーッ!!!



はぁ…はぁ…はぁ…。


…国境を越えてしまった…否!越えることに成功した!

たったひとりで国境を!このオレがっ!

同時に新技『昭和のビブラート』も体得した!


あともう1車線あったなら、肺活量がもたずにビブラートが途切れ失敗していたであろう…非情に危なかった!


自宅から距離にしてまだ1キロ足らずの地点であるにもかかわらず、既にこの旅の目的を達成したかのような喜びが溢れてくる。

更におめでたいことに、道を横断しただけだというのに、自分自身がひと回り大きく成長したかのような錯覚すら感じていた。


フフフ…ここから先はもう、どこまで行っても一緒だ!


そんなプラス思考が身体中を駆け巡り支配する。



興奮冷めやらぬまま地図を開き、次なる肛門もとい関門、荒川を越えるための橋を探す。


ここからだと一番近いのは…治水橋(じすいはし)、県道56号か。


見たところ県道57号を経て56号に合流するのが確実なようだが、先に真っ直ぐに土手を目指し、そこから橋に向かって土手を北上するルートも悪くない。

少しでも人や車を避けるという観点から、迷わず後者を選択する。



ギコギコ…ギコギコ…


閑静な住宅地を抜けると、いきなり川が出現した。


ま!まさか!荒川なのか!?

いやいや、流石にこんなに細い筈がない。それに辿り着くのが早過ぎるだろ…。


再び地図を見ると、鴨川という細い川であることが判明した。


フフフ…この程度の川、ビブラートを奏でるまでもねー!



鴨川を越えて5分ほど進むと、前方に土手が見えてきた。

既にこの辺りは住宅街ではなく、長閑な田園風景といった趣である。


土手に上がると、反対側には広大な田んぼが広がっていた。

まだ辺りが暗くてはっきりとは見えないが、遠くにはうっすらと運動場のようなものもあるようだ。


そのまま土手の上の細い道を少し進んだが、何を思ったのか余市はピタリとペダリングをやめ、片足をついてしまった。


ひと回り成長した余市をもってしても、やはり荒川は強大過ぎる障壁なのだろうか?

早々に旅をリタイアしてしまうつもりなのだろうか?


しかし、どうも様子が変である。


引き返す素振もなければ地図を開くでもなく、余市は直立不動のまま半開きにした口をパクパクとしながら前方を見つめていた。

(あたか)もその様子は、ユララとの邂逅を果たした時のクーネリアにクリソツである。


果たしてその視線の先には何があるというのだろうか?

まさか、三次元ユララが現れたとでもいうのだろうか?



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