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嗤うがいい…だがコレがオレの旋律(仮)  作者: ken
第二章 異世界で稼げ(仮)
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EP078 鍛冶屋

家に戻ると、響は既に起きていた。


「ユキエが訪ねて来たので、ふたりで少し散歩してました」

「そ、そう」


何だか余所余所しい。

おそらく今朝のことを気にしているのだろう。嘘への贖罪にしてもやり過ぎたと後悔しているのかもしれない。オレとて、今、思い出すだけでも数秒でフル勃起してしまうほどのセンセーショナルな出来事だったのだ。


「夕方に訪ねることは伝えておきました」

「そう…ところで、アボニムも無しに昼食はどうしたのかしら?」

「た…食べてません」

「それはすまないことをしたわね。今後は多少、所持金を持たせることにします」

「ははぁーっ!有り難きお言葉!」


まさか、こんなに早くこの件について許しが得られようとは!

それに賤しくお願いしている風ではなく、至って自然な流れであるところも大きい。


「そうね。常に3,000ほど渡しておくわ。減ったらその分を正直に申告なさい」

「ハイッ!」


なるほど…常に大金を持たせたり貯蓄を許さない代りに、逆にいつでも3,000アボニムは手元に維持させるということか。暫くはこれで十分だ!


「それと、欲しい物がある時には言いなさい。都度、判断するわ」

「ははーっ!」


決定が早い!一文無しで出掛けたオレを心配して、予め気を回してくれていたに違いない。


「そろそろ出掛けるわよ」

「ハイッ!」


夕方には少し早すぎる気がするが…巻物に手を当てて『時刻』と念じると、まだ3時25分だった。


「確かユキエが職場に向かう時刻は3時40分頃だった筈よ」


そういえばそうだった。

夕方からの勤務とはいえ、以前にユキエが家を出た時に確認した時刻は確かに3時40分だった。



ユキエの家に着くと、外でけん玉をしていたミハルがいち早くこちらに気付いて、


「響お姉ちゃーーーん!!」


と駆け寄って来た。

その声でコキオも外に出て来たが、余市の方に駆け寄っては来なかった。まあ、ミハルに比べてお兄ちゃんなんだし流石にそれはないだろう…と思うことにする。少ししてユキエも出て来た。


「お待たせー!じゃあコキオ、お留守番よろしくね!」

「うん!分かった!」


今日は寺小屋は隔日で休みだったのか、もともと早い時間に終わるカリキュラムなのかは分からないが、元気になったコキオが居ればミハルも任せられるし、ユキエとしても安心だろう。


「響お姉さん!余市から聞いていたけれど、今日はまたどうしてウチの鍛冶屋なんかに?」

「そうね、武器屋や防具屋でも良かったのだけれど、先に鍛冶屋で製造過程を見学しておくのも悪くないかと思っただけよ」


ユキエに対する響の回答はなかなかに真っ当なものだった。

だが、それが意味するところはもう少し深いだろうと余市は思った。


武器や防具はその造りや材質、種類、用途などによって値段もピンキリなのである。

特にこの異世界ともなれば、ちょっと想像し難い…。

武器屋や防具屋の店員は、売り気がはやって少しでも高額なモノを売りつけようとするだろう。


つまり、客の立場では、目利きが必要になるのである。


陳列された商品に、いちいち分銅を載せて回れば、様々な情報は得られるだろう。

だが、その情報は品の善し悪しの判断には直結しないのだ。

どんな素材が使われているのかが分かっても、その材質がその品に適しているのかどうかは、己で判断しなければならない。経験や基本的な知識があってこそ、初めてそれらの情報が生きてくるのである。


鍛冶屋で事前にその辺りの知識を学んでおくことは、地味だが必要なプロセスのように思われる。

ゲームなどで数値を比較して装備を揃えるのとはワケが違うのだ。



ユキエの働く鍛冶屋は、村の中央の支柱から見て4時の方角にあり、それほど遠くはなかった。

そして、トゥーレの内壁の直ぐ近くに建っていた。我が家よりも壁に近い位置である。

周辺にはキノコの建物が7割、木造が3割といった感じだが、この鍛冶屋だけは石で組まれた頑丈そうな建物だった。個人で鍛冶屋をしているらしく外観はそれほど大きくはない。


屋根からは煙突が突き出ているが、その先端部分はトゥーレの壁から延びたダクトに接続されており、煙が内部に充満しないように配慮されていた。そのことからも相当に古い建物に違いない。

近付いてみると、平屋の半分が居住スペースとなっており、もう半分が作業場という間取りであることが分かった。作業場エリアには壁が無く、不用心といえば不用心だ。


煙突の真下に釜のような形をした溶鉱炉があり、その直ぐ傍に腰を掛けた男の丸い背中が見える。


「ひと嫌いで世捨て人っぽいところがあるけど、変に思わないでね」


ユキエは小声で言うと、作業場に入って行った。


「おはよう御座いまーす!」

「…うむ」

「今日はちょっと…見学者がいるの」

「…」


男は無言でこっちを振り向いたが、何も言わずに直ぐに向き直ってしまった。

還暦を少し過ぎたかに見える太った男で、二重顎の丸顔ではあるが表情は険しかった。


「響お姉さん、余市、汚いところだけど、どうぞ!」

「ちっ…」


男の小さな舌打ちが聞こえた。

おいおい、アポ無しで見学とか大丈夫なのか?あからさまに機嫌悪そうじゃねーかよ!?


「と…突然にすみません。見学しても、よろしいでしょうか?」


恐る恐る声を掛けると、


「…コイツが世話になったみたいだしな…それに…まあいい」


ユキエがウィンクをして手招きした。

どうやら、狩人バチの一件をこの鍛冶屋の主人に報告していたようだ。

何を言いかけたのかが気になるが、とりあえず見学の許可は下りた。


「この丸いオジサンはマルペスさん。響お姉さんも余市もこれからはそう呼んでね!」

「ちっ…好きにしろ」


マ…マルペスだとっ!!?


「どうしたの?余市」

「い…いや何でも。イイ名前デスネ…なんて…アハ」


偶然だろうか?マルペス子爵…と同じ名だと?

まさか、今後…マンコフと名乗る男にもこの異世界で出くわすのではあるまいか!?


ユキエは既にマルペスの助手として作業を開始していた。

辺りには、重そうな金床(かなとこ)や小型シャベルのような十能(じゅうのう)、ゴミハサミのような灰鋏、鎚の形状が特殊なハンマー等々、様々な専門工具が無造作に置かれているが、ユキエはマルペスが何を欲しているのか、どのようにして欲しいのかを熟知していると見えて、先回りするかのように動いていた。

時々マルペスが『おい』だとか『そこ』だとか短い言葉は発するものの、その阿吽の呼吸は、あの村長と秘書のコンビとは雲泥の差である。


響はふたりの作業を黙って凝視していたが、作業台の上や作業場のあちこちに、加工済みと思われる様々な品が置かれているのに気付くと、色々と質問し始めた。


コレはどのような武器に付ける物なのか?何でこんなに薄いのか?素材は何なのか?等々…遠慮というものを知らないのか、ふたりが作業中にも関わらず、顔色も見ずにお構いなしに質問を浴びせていた。それにしても、こんなに喋る響も珍しい。

それら全ての質問にはユキエが答えていた。マルペスは沈黙を保つどころか、響の方を先ほどから一度も見ていない。


余市の勝手な鍛冶屋のイメージから、主に刀の刃ばかりを打っているのかと思ったが、かなり手広く色々な物を扱っていることが分かった。


農作業で使うであろう鍬や鎌、魚市場などでデカイ魚を引き寄せる際に見掛ける手鉤のような物、昨日、肉体労働の悦びを教えてくれた斧や、料理器具の主役でもある包丁、トゥーレや岩壁をよじ登る際に必要であろうバイルやピッケル風味の道具など…。


勿論、武器や防具に装着するであろう物も並んでいる。

細身の刀は勿論、湾曲した刀身のククリのような刃物、盾や甲冑の一部を成すであろう部品から、近くを飛んでいる昆虫を叩き落とすためと思われる分銅鎖のような類、重厚な槍も立て掛けてある。

細かい物では、忍者が使いそうな熊手のような手甲鉤や、投擲武器として有名な手裏剣やクナイ、チャクラムなど。そしてメリケンサックの異名で有名な拳鍔や、棘のある指輪とも言うべき角指などもある。

勿論、余市はこのような目新しいブツの数々の名称など知らなかったが、響の質問にユキエが答えてくれていたことで初めて聞き知ったのである。


それぞれが微妙に材質や製造過程が異なると見えて、色味や質感が多様だったし、ほとんどの物がそれだけでは完成しておらず、その後の工程で別の素材と合わせる必要があるような物ばかりであった…。


しかし、こんなに沢山の物があるということは、それなりに忙しいようにも思えるのだが…。

まさか受注生産ではなく、暇潰しに趣味で作っていたりするのだろうか?


いつの間にか、マルペスはリズミカルに何かを叩き始めた。

一定の間隔で、コーンッ!コーンッ!という音が鳴り響く。

マルペスがハンマーを振り落とし、ユキエが鋼と思しき素材の位置を変えたり折り曲げたりしているが、その息の合った一連の動きは、毎年恒例の正月に餅をつく老夫婦のようにも見えてくる。



「武道大会では、使用できる武器の種類は決まっているのかしら?」


これまでとはやや毛色の異なる響の質問ではあったが、特に突飛な内容ではなかった筈である。

だが、それまで一定のリズムを刻んでいたハンマーの音が、何故かそこでプツリと途切れてしまったのだった。


「…参加するのか?」


質問に質問で返す形ではあるが、響に対しマルペスが初めて口を開いたのである。


「そのつもりよ」


響は造作もなく答えた。


「昨日のことはコイツから聞いて知っている。かなり腕が立つようだが…」

「…」

「…何故、参加する?」


その口調は重々しかった。

このマルペスという鍛冶屋の主人は、ユキエの両親に代わって戦士登録の同意書にもサインするほどの人物なのだ。表面上の態度では計れないが、相当ユキエを可愛がっているのは間違いない。

ユキエが武道大会に出場するということも当然知っている筈だ。


「違うの!響お姉さんはね…」


ユキエが響の代わりにマルペスに説明をし始めた。


マルペスは暫く腕を組んだまま瞼を閉じて仏頂面で聞いていたが、徐々に響や余市の武道大会への参加が、ユキエのためでもあると理解したのか、最終的に説明を聞き終えた後は、顔の険が大分取れていた。


「…そういうことなのか?」


マルペスは響の背中に向かってユキエの説明の真偽を問い質した。

響は振り返ると、


「ええ、そうよ」


その表情は真剣だった。

ふたりは少し見つめ合っていたが、


「ならば…協力させて貰おう」

「マルペスさんっ!!」


ユキエはマルペスに抱き付いた。

抱き付かれたマルペスの表情はほとんど無表情だったが、普段が険しいのでこれでも機嫌が良い方なのかもしれない。


「…助かるわ」

「有難う御座います!」


余市も礼を言った。

マルペスがどの程度の職人なのかは分からないが、その皮の厚そうな逞しい指や汚れ塗れのオーバーオールを見る限り、少なくともナンチャッテ鍛冶屋ではない筈だ。

勿論そのオーバーオールが、ナウイじゃん!で買ったモノかどうかは分からない。しかしそれは全く問題ではないし、まるで関係のないことっ!!


それにしても、こんな展開になろうとは…。

まさか、響はこうなるであろうことを!?…いや流石にそれはないだろう。


響の表情から視線を逸らすと、ふと面白いブツが目に留まった。

それは棚の最上段に並んでいる壺や瓶などに挟まるように置いてあったのだが、近付いて見てみると、どことなく見覚えのあるフォルムをしていた。

然して貴重なモノのようには見えなかったので、手を延ばして取ってみると、


「そ!それは内々に村長より頼まれた…あっ!」


マルペスは言い掛けた口を汚れた手で塞いだ!

これまでのマルペスの態度からは想像できないほどの狼狽っぷりであった!


余市はイケナイことをしてしまったと焦りながら、そのブツを棚に戻しかけたが、その時、手に掴んだブツをまじまじと見てしまったのである…。そして、


んなっ!!!なにいぃぃーーーっ!!!


っと、遅れ馳せながらにビックリ慄いたのだった!

何と!それはあのスシルがユララに遺した形見のディルドゥそのものだったのであるっ!!!


眩暈を起こして倒れかけたが、何とか棚にディルドゥを戻した余市だった。


「どうしたの?余市」

「い…いや何でも。イイ作品デスネ…なんて…アハ」


ユキエの問いに慌てて答えるも、その時、初めてマルペスと目が合ったのである。

それは大人にしか分かり合えぬ、アイ・コンタクトであった…。


…にしても、あの村長はコレを…あの小さな身体にぃ…?

は、果たして…可能なのか?


棚の上に戻したそれを、暫く見上げ続ける余市だった。



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