EP074 襲撃
斧の小町を去って、はてこれからどうしたものかと考えていると、遠くで誰かの叫ぶ声が聞こえてきた。
「あれ?今、何か聞こえませんでした?」
ユキエが隣を歩く響に問いかけた。
ユキエはデビルイヤーではないのではっきりとは聞こえなかったようだが、余市には聞こえていた。
『大変だーーー!!!村がっ!!村が襲われてんぞーーっ!!!』確かにそう聞こえたのである!
しかも、どことなく聞き覚えのある声音だった…。
余市の能力を知っている響は振り返り、余市に無言で確認する。
「村が、襲われているぞって…」
気が動転していて棒読みで答えていた。
「えっ!」
ユキエも直ぐには呑み込めなかったようで、ただ反応するに過ぎなかったが、
「急ぐわよ!」
響のひと声にその意味を把握したのか、泣きそうな顔をしながら強く返事をした!
「はい!!」
「余市、前を走りなさい!」
「あっハイッ!」
響はしゃがんで、ユキエにおぶさるように言った。
一瞬、躊躇したユキエも、コトが事だけに遠慮なく背中に身を預ける。
そんなふたりを横目に、余市は猛ダッシュしていた。
朝の障害走に続いて本日二度目のダッシュである。
前方から鹿の群れと猪が数頭、走って来たが、何かから逃げて来たのだろうか?
だが、そんな疑問も数分後には分かる筈だ。
村が襲撃って…やっぱり方角的にいって、我がクンニスキー村だよな!?
焦りが強くなる。走りながら振り返ると、すぐ傍をユキエを背負った響が走っていた。
その目は、もっとスピードを上げなさいと言っているようだ。
まさか、あの大蟷螂が食後の休憩を終えて村を襲ったのだろうか!?
だが、あの大きさでは村のゲートどころか、トンネルも通れないに違いない。
「アリだーーーっ!!!大群だぁーーーっ!!!」
今度の声は、後ろのふたりにもハッキリと聞こえた筈である!
前方で叫んでいる男を余市は捕捉した。
やつは!?
やつは!マサヒコッ!!否!ボパルではないかっ!!!
しかも、何かに乗っている!
アレはっ!?
アレは、いつかのマイマイカブリではないかっ!!!
あんな恐ろしい肉食昆虫を乗りこなすとわっ!!
一般人であれば、即、餌食にされてもおかしくはない筈!流石はバグマスターといったところかっ!?
って今はそれどころではない!
「おぉーーい!!ボパルーーーッ!」
マイマイカブリの背中に乗って走りまわっていたボパルが振り向いた。
「お前らはっ!?何で!!?」
「それは後だ!いったいどうしたんだ!?」
「村が!村がアリに襲われちまってるっ!!マジでヤベーんだよ!!トゥーレから落ちた衛兵も肉団子にされちまってんだよっ!!!」
いつもはきっちりとしている自慢のリーゼントが、かなり乱れていた。
それにしても、今朝の臭劇から今度は本物の襲撃とわっ!!
「はっ!!ガーネット兵士長が!!まさかっ!!!」
ユキエが蒼褪めたのも無理はない。
確か、桟道の下には誰も居なかったのだ。落ちた衛兵ということは、あのトンネルの入口で見張りについていた数人の兵士たちのことで間違いない!
「今はゼッテーに村に戻らねー方がイイ!オレはそれを叫んで回ってるってワケよ!」
「余市!先を急ぐわよ!」
「えっ!?…あっハイッ!」
再び走りだす!
今度は今朝のように途中棄権は許されそうにない!
「お前ら、何考えてんだよっ!あーなったらもう外からじゃムリだ!!ゲートで食い止めるほかねーんだよっ!!」
ボパルが後方で叫んでいる。
確かに相手が大群なら、細いトンネルの先でひたすら叩きまくるのがセオリーだろう。
だが、響の命令は絶対!逆らえばオレにも明日はない!
それに今のこの運動能力であれば、アリに捕まることはない筈!!
桟道が見えてきた…が、そこはもうさっきまでの桟道ではなかった!
日本では最大種にあたるクロオオアリの働きアリたちの群れが列をなして行進していたのである!!
桟道の下では兵士が…うぅ!!!酷過ぎる!!!
バラされた部位はもう、どこがどこだか分からない惨状…肉団子というよりも、既にその場で喰われちまってるようだ!!
背後ではユキエの奇声が聞こえる。本来であれば、このようなモノを若い娘に見せてはならぬ!!
「余市!これを!」
響が背後から斧を投げてきた!
うわおぉ!!!
危なくまた死ぬところだったジャマイカ!!!
斧を何とかキャッチすることに成功したものの、コレでやつらと戦えってコトか!?
確かに武器は持っていない…それに斧であれば近接戦とはいえ、あの薪を割ったパワーであればアリの装甲を打ち破り、屠ることも可能だろう…危険だが他に選択肢はなさそうだ!
「はっ!コレはっ!?」
ユキエの声に振り向こうとした余市に、
「振り向くな!」
いつになく厳しい口調の響たん!!
「あっ!!!」
直ぐにその理由を理解した。
余市の身体を光が包んでいく!!
あの清泉の洞窟で、ハサミムシと戦った時と同じ状況だ!
つまり、響は走りながら軍配を使ったのだ!
既に二度目だから、掲げずに念じたに過ぎないだろうが、あの時の感動的かつ官能的な刺激が脳裏に蘇る!!
だが、その過激すぎる変身シーンを見ることは叶わない!!
約束を交わしているのだ!!ぐぬぬううぅぅ!!歯痒い!!歯痒い!!
って、オレの変身シーンは背後から丸見えではないか!!!
後ろからではギョニソーは見られずに済むが、またしても若い娘に見せてはならんモノを!!
って!何故ここで回転する!!?光り輝くだけでも変身演出は十分だろっ!!
余市の身体はゆっくりと回転し始めていた!!
こんな余計な演出はいらぬ!!アニメ風味の視点は必要ないっ!!
コレではオレの粗末なブツがユキエにぃ!!!み…見ちゃらめええぇぇーーーーっ!!!
だが、五右衛門風呂の戦後処理の折りに既に見られてしまっている可能性もあるし…ユキエ以上に幼いミハルにまでも見せてしまっているのだから、今は非常事態なのだし…はっ!!?
回転したことで、目の前には響たんの生まれたままの裸体があぁぁーーー!!!
ほどよく発育されし胸の先端のアレはっ!!?何と可憐なっ!!!あのような色をしていたのかっ!!
そして!そして…視線を下げれば、あのミハルに『こんなに生えてるぅーーー!スゴーーイ!!!』とまで言わしめた味付け海苔がっ!!!
…おや?少し以前に比べて面積が…んま!まさかっ!剃ったのかっ!!?
ドピュッ!!
変身中に!変身中にオレってやつわあぁぁーーー!!!またしても手ぶらでっ!!!
だが!気持ちイイィィーーーッ!!!
嗚呼!!響たん!そんな怖い顔で睨まないでおくんなましぃーーー!!
コ…コレは不可抗力なんザマス!!
って肩越しから覗くその瞳は…ユキエ!!まさか、オレの射精シーンを…その円らな瞳で見てしまったというのかい!!?いい年して糞を漏らすだけでなく、ひと前で射精まで披露してしまう…そんな最低の男としてキミはまさか…オレのことを…そんな風にぃ!!?
黄金プレイで軽く撫でられたくらいで果ててしまったアノの時の山崎凛の眼差しがフラッシュバックしてしまうジャマイカッ!!!
そんな数々の感動と羞恥がグチョグチョに混ざりあった複雑な心境のまま、余市は変身を完了したのである!
その勇姿は、自分で言うのもなんだが、かなりカッコイイものだった…筈だ!
自分では見えないが、きっとカッコイイに決まっている!!
が!今は気持ちを切り替えるのが先!!
前方の桟道をキリッとした眼差しで見据えた。そして…猪突猛進あるのみ!!!
「うおおおりゃああぁぁーーーーーーーっ!!!」
喊声の雄叫びを上げて突進して行く!
「頭を狙いなさい!完全に仕留める必要はなくてよ!早く村に着くことだけを考えなさい!」
「ハイッ!!」
既に響は背後ではなく、真横に来ていた。
後ろを振り向くと、ボパルとユキエが合流していた。
そして、ふたりとも顔が真っ赤である。
ユキエの顔が赤いのは、オレの射精を目撃してしまったからだとしても…ボパルのやつ!まさか!我が主たる響たんの裸体を無料でっ!!?くうぅぅ…やつも見ていたというのかっ!!?
「ぬおおおぉぉーーーっ!!!」
妻を他人に寝取られた夫のような、やるせない気持ちをアリの頭部に炸裂させていく!!!
グシャァーーッ!!グシャァーーッ!!
頭部にまともに斧を喰らったアリは、声も上げずに暴れまくる!
それにしても凄い匂いだ!所謂、蟻酸という名のカルボン酸である!
1メートルほどもある巨大なアリから噴出される大量の蟻酸が、もしも目にでも入ったら失明する可能性もありそうだ!
当然、響もそのくらいのコトは知っている筈である。
グシャァーーッ!!グシャァーーッ!!
グシャァーーッ!!グシャァーーッ!!
桟道にダメージを与えないように、的確に頭部にヒットさせていく。
確かオレの命中力は32だったが…果たしてその数値が高いのかどうか…。
既に響は前方を突き進んでいる。動きにも無駄はない!
それにしても、何たる刺激的なお姿!!!
セクシーなニーハイのグリーブの上では、ショーツの如き極薄の白のレオタードがチラついていた!!
そしてオレはその中身の味付け海苔の存在を知っているのだ!!その戦闘型クノイチのような勇ましくも躍動的な動きによって表現されし喰い込む魅惑の皺たちは、我がデビルアイによって中身の形状すらほぼ丸分かりである!!むほおぉぉーーーっ!!!
射精したばかりだというのにぃ!戦闘中だというのにぃ!再びオレの魚肉を熱くさせやがる!困ったお嬢さんだぜ!!ジーザス!ベリー・ホット!!!
黒いマスクをした響は、壁を蹴り宙を回転しながら目の前のアリの頭部を次々と斧でカチ割って行く!
だが余市も負けてはいない!
響のようなアクロバティックな動きには慣れていないものの、スピードはついていけているし、響の軌道を交差して鎖のように無駄なく斧を振るって進む!
このペースであれば帰りは数分で上まで到着できそうだ。
異世界で初めてアリの行列を見た時は、絶対に勝てないと思ったものだが、宝珠によって授かりしこのチート級のパワーがあれば、もはや敵ではない!
勿論、素手では厳しいだろうが、斧という強力な武器があれば、まさに鬼に金棒!である。
途中の休憩所では、既に何人かの村人が応戦していたが、酷い怪我を負っていた。
戦闘中のアリを背後から仕留めると、
「凄い!凄過ぎるっ!たった一撃でっ!!あ、有難う御座います!!」
と、血だらけで礼を言ってきた。
余市は金嚢から丁子を取り出して分け与えた。
「それを飲んで安静にしていてください!」
既に通過してきた桟道には、戦えるアリは居ない筈である。この先のアリも全て仕留めて行く!!
上空からグランドフォールしてくる大量のアリを見て、きっとボパルもユキエもびっくりしているに違いない。
グシャァーーッ!!グシャァーーッ!!
その後も数多のアリを屠り続け、漸く村の出入口まで到着した。
勃起こそしたが掠り傷ひとつ負わなかったことに我ながら驚いてしまう。
トンネルの入口では、頑丈そうに見えた格子状の柵が破壊され、既に息絶えた兵士がアリの餌食となっていた…。
その中に、あの女兵士長の姿は無さそうだ。
「先を急ぐわよ!」
「ハイッ!」
トンネルでは高くジャンプすることはできない。
響も大分慣れてきたのか、頭部を斧で割るよりも、そのまま首を切り落として進み始めた。
蟻酸が不必要に飛び散るのを避けるための措置であろうことが、余市にも直ぐに分かった。
だが、首を切られても相手は昆虫である!首だけでも暫くは生きている!!
転がった首に脚を咬まれないよう注意しながら、余市も見よう見真似で首を落として進んで行く。
奥の方からは、悲鳴にも似た村人たちの声が、どんどん大きく聞こえてきていた。
そしてついにゲートまで到着した!!
そこでは、剣を振るうあのガーネット女兵士長を中心に、数名の兵士と村人が戦っていた!
一進一退の膠着状態である!
だが、その脇に倒れている男を見て、余市は絶叫した!!!
「ロースッ!!!ロースのおっちゃん!!!」
片腕を骨折していながらも、村の豪傑として先頭に立って戦っていたであろうロースは、血だらけのまま動いていなかった…。
余市は気が狂ったかのように、響を追い越してアリの群れの中に突っ込んだ!!
そして雄叫びをあげながら、アリの軍勢を滅茶苦茶に叩き殺していく!!!
「ぐおおおりゅああぁぁーーーーーっ!!!!」
その鬼神の如き戦闘に、ガーネットを始め戦闘に参加していた他の兵士や村人も気圧されたのか、立ち尽くして見守っていた!
蛇籠によって半分閉じられた内側からも、待機している兵士が覗いていたが、同様に口をダッチワイフのように開けたまま固まっていた。
バシャァーーッ!!グシャァーーッ!!
ブシュウゥゥーー!!ビシャァーーッ!!
脳内に声が響いて、やっと余市は正気を取り戻したのだった。
『全敵、殲滅!完全勝利!』
抑揚のある癖のあり過ぎる、例のアナウンスである。
その後、体力や攻撃力の上昇を告げる声が続いていたが、余市の耳には入らなかった。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
余市は立ち尽くす兵士たちを他所に、ロースの元に蹲った。
「へへへっ…オレ様としたことが…ドジ踏んじまったぜ。ゴホッ!!」
「喋るな!」
「見てたぜ…スゲえじゃねえか…ああん…ゲホォォ!!!」
ロースは大量の血を吐きだした。腹をアリに咬まれたらしく、腹部からの出血も夥しい。
「喋るな!!」
余市は望みを託した丁子をふたつ、ロースの口に砕いて捻じ込む…。
そして三つ目の丁子を腹の患部に粉々にして捲いた。それが効き目があるのかは分からない。だが、考え得る最善を尽くしたかったのだ。
既にロースは目が見えないのか、視点が定まっていない。
「救護班はまだか!?治癒魔法の使える救護班はっ!?」
ガーネットが背中で叫んでいる。
「治癒魔法のできるものが出払っております!ギルドで現在、使い手を集っていますが…」
横では響の弔いのマントラが聞こえていた。
「冥福祈捧極楽浄土…」
幾つもの六角柱のクリスタルが宙に顕現し、サンピラーのような光柱が辺りを包み込んでいた。
そんな光に包まれながら、万夫不当の巨体の男は、余市の腕の中で静かにその目を閉じたのだった…。
その直後、一般の救護班と思しき数人が蛇籠の隙間から慌ただしく入って来た。
余市はロースのもとからなかなか退こうとしなかったが、後ろから響に肩を掴まれて、漸くロースの傍を離れたのだった…。




