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嗤うがいい…だがコレがオレの旋律(仮)  作者: ken
第二章 異世界で稼げ(仮)
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EP071 途中棄権した障害物走

ドスッ!


やたらと懐かしい音が耳に響いた。

朝食の時間かしらん?

ふと妹の顔を思い出す。


ゆっくりと瞼を開けると、小枝や葉っぱの散らばった床の光景が映し出された。


そっか、オレは魔女の家もとい我が家で初めて朝を迎えたのだな…。

さっきの音は響がドアを蹴った音ということになるなのだろう。


ひとつ屋根の下で部屋を分けた、仲の悪い夫婦生活といったところか?

フフフ…悪くない。


部屋のドアを空けると、タオルの上に歯ブラシ…そして何故か、紙とシャベルも載せて置いてあった。

ふとミハルの顔を思い出す。


そうだ。今日はユキエの家に赴かねば!

昨夜のエクセレントなプランを思い出した。


水場はキッチンの他に、トイレの脇にもあるが、そのトイレは家本体と廊下で繋がって少し飛び出た間取りとなっている。


ユキエの家では厠といった雰囲気だったが、この家はやや西洋風でもあるため、トイレと呼んでも外観上は違和感はない。但し、便器は和式である…それも相当昔風味の木製のボットン便所なのだ!


洗顔の前に、放尿と排便の儀を執り行うべくトイレに入ろうとしたが、ドアの取っ手に、


『女子トイレ』


と書かれた札が掛かってるのに気付いた…。

昨日まではこんな札は無かった。つまり今朝になって何者かが…って!日本語である以上、響以外にあり得ないジャマイカ!


男子トイレなどというものが、別にあるワケでもなく…これはオレに死ねってことか!?

糞も尿もしなければ、一部のアイドルを除いて、三次元の人間は皆死んでしまうものなのだ!


タオルと歯ブラシの他に、紙とシャベルが置いてあったのに少し違和感を覚えたのは事実だが、まさかコレを持ってどこかで自由な獣のように済ませて来いってことなのか!?

紙で尻を拭いてシャベルでバナナを埋めて来いと!!?


下僕は主と化粧室を共用できないということ…か。


フフフ…いいだろう。

だが響よ!オレはキサマの秘密の匂いを沢山知っているのだ!そのことだけは肝に銘じておくがイイッ!!


「ムハハハハッ!!!」


尿意と便意に焦りながらも、引き攣った顔で笑いながら家の裏手に走り込む!

何だかデジャブのような感覚である…まさか野糞を強制的に習慣化させられることになろうとはな!!

やはりあの時の神頼みは逆効果だったのだ!


幸い我が家は村の最も外側に位置している。

背後にあるのはトゥーレの内壁だけなのだ。誰に目撃されることもない!

厠という名の密閉されし悪臭空間で用をたすよりも、外で開放的にした方が健康的なのだ!

響よ!文明人を気取るのもいいが、キサマはそのことを分かっていない!


偏見を取っ払った先に初めて見えてくる野糞の真なる素晴らしさを!!!


素早くズボンを下ろし、何気なく目の前の壁を見ると、


『ここですることを禁ず。後ろの壁まで下がりなさい』


何いいぃぃ!?

オレの習性を先読みしてたのか!?オレがこの辺りでするであろうことを!!?


た…楽しんでやがる…響は楽しんでやがる…。

よく公共施設の小便器に注意書きとして、小便がはみ出さないよう『一歩前へ』などと書かれていることを思い出すが、逆に後ろに下がれとな?

なかなかどうして斬新ジャマイカ!


だが迷っている猶予はほとんど残されていない!


背後のトゥーレの壁まではそれほどの距離は無いが、尿タンクは爆発寸前で走ると痛い。ここは競歩風味で滑るように壁へと向かうのがベター。


スタッスタッスタッスタタッ!


移動を終えると例によって壁に、


『なるべく深く埋めなさい』


はっきり言って日本語である以上、ここの村人たちにはチンプンカンプンであろう。

まさかこんな場所を歩く者など滅多に居ないとは思うが、罪の無い村人に臭い地雷を踏ませては可哀そうだ!

バナナの皮を踏んずけてコケるなら可愛らしいが、バナナ本体を踏んだとあっては洒落にならん!

ふとゴルバチョフの横顔を思い出してしまった。


確かにな…うむ、確かに響が言うことも一理ある…。

って!何を納得しとるんじゃオレわああぁぁーーー!!!


ジョーーーーーーッ


こんな時、何故か角瓶の背中が思い出される…。


皆、元気にしているだろうか?本来の目的を達成するためにも早めに合流を果たさねば!!

この壮大なクエストをクリアした時、オレたちは再び元の世界に戻ることができている筈なのだから。


屈辱の仕打ちを薄めるべく、真面目なことに思いを馳せてみる…そして尻を出して叫ぶ!


「野口いぃぃ五郎ぅうおおおうぅぅ…」


今回はやるせない気持ちも手伝って敢えて発声した。決してウッカリなどではない。


菊座を拭う紙は、元の世界で言うところの再生紙風味だが、それよりもゴワゴワとしている。

まあ、笹の葉で拭くよりかは何十倍もマシではある。リスクが無いからだ。


このトゥーレ内部にどの程度の盛土がされているのかは分からないが、毎日この辺りでしなければならないことを考慮すると、場所を小刻みに移動して浅く埋めるよりは、本格的な穴を掘って、一箇所で長期間する方がスマートなように思われる。勿論、毎回ブツの上に軽く土はかける必要があるが…。

あとは一枚大きな葉っぱでもあれば蓋の代わりになるし、上に石でも載せておけば戦地の簡易便所程度の完成度は保てる筈だ。うっかり上に乗る馬鹿も居まい。


とにかく今回はそそくさと埋めてしまうほかはない。


ザクッ…ザクッ…


流石はシャベル、といったところか?ハサミで掘るのとは比較にならない。

ふと、あの苔生した石灯篭と共に隻眼の黒のことを思い出す。

あいつは青と上手くやっているのだろうか?

オレと響の関係と同様に、やつも上下関係に苦しんでいるのだろうか?


朝一番の臭いミッションを終えると、女子トイレまで引き返す。

水場があるからだ。

手を洗い、そして洗顔と嗽をする。

蛇口は上下に可動する造りで、木製のレバーを上に向けると水が出る仕様だ。



ダイニングキッチンに顔を出すと、テーブルには朝食が用意されていた。

響は既に食べ終えたようで、空の食器がそのまま残されていた。


どうやら先に食べ終わってからドアを蹴ったらしいな…。

フフフ…これでは宮城家の毎日と一緒ではないか?

以前からどことなく響と峡香には同じような雰囲気を感じてはいたが、習性も似ているようだな。


ひとりで摂る食事には慣れている。

日本人の朝食は、白米に焼き魚とか納豆とか目玉焼きが一般的である。もしくはトーストとかシリアルだろう。


響が用意してくれた朝食はトーストだった。

トーストにはハムが挟まっており、その横にはスクランブルエッグのようなものとサラダが添えてあった!


シンプルながらも素晴らしい!!


先ほどの屈辱的なミッションを相殺こそしないが、霞ませるほどの感動は押し寄せてくる!

ひょっとして響は母子家庭で育ったのではあるまいか?そして仕事に明け暮れる母親のために、毎日、朝食や夕食を作っていたのではないか!?

ブルジョア家庭と知ってはいても、そんな風に思えてきてしまう!


食材などの違いから、竹鶴の用意した松阪牛や角瓶のマスのムニエルのような衝撃こそないものの、昨晩の肉野菜炒めや今朝の朝食の完成度は、その道、数十年のプロのお母さん方にも劣らない筈だ!

寧ろ毎日食べるなら、高級食材などよりもよほど経済的かつ健康的である!!


何の肉を使っているかだとか、何の卵なのか?などは敢えてこの異世界では追求しない方が良さそうだが、料理長の響も同じものを食べているという事実が、食の安心感を自然と裏付けてくれていた。まさか、オレにだけわざわざ違う種類の肉や卵を使用したりはしていないだろう…。


人生二度目の食器洗いを済ませ、水場に戻って歯磨きをする。

この異世界の歯ブラシは、毛の部分がナイロンなどではなく天然素材である。おそらく豚か馬の毛だろうと思われるが、柔らかくて何だか物足りないのも事実だ。水分のキレも悪いので、しっかり乾燥させる必要もありそうだ。


そんな感想を抱きながらシャコシャコと磨いていると、響が家の前の道を歩いて行くのが見えた。

右の方へと向かっている…はっ!まさかっ!!

村の中心部に向かうなら左である!右には腕相撲をした飲み屋と…ユキエの家の方角!!


先を越されたのかっ!!?


早起きは三文の得とはよく言ったものだが、アボニムで言えば幾らほどに相当するのだろう…?

ってそんなコトはどうでもいい!!

このトゥーレの壁沿いを横スクロールのアクションゲームのようにひたすらダッシュすれば、響に気付かれずに途中で追い抜くことも可能だろう。だがしかし、ユキエに説明している時間は稼げそうにない。そもそも歩いても数分の距離なのだ!


まるであの時と同じ感覚だ!

お洒落なニット帽を被って雑種犬を散歩した老人を捕捉してしまったあの時と!

あの時は新しいブリーフに履き替える時間が確保できないと見て、一時的に身を隠したが…さて今回はどうする?


勝負に出る…か!?


そうと決まれば迷ってなどいられない!

部屋に岩の施錠をしていないが、今のところ盗まれるようなものは無い!というより空っぽだ!

ヨシ!覚醒したこの運動能力で1分を切るレコードを叩き出すほかあるまい!

そして一気に走りだした!!


うおおぉぉーーーーーっ!!!


トゥーレ内部の孤独な障害物走の始まりだっ!!

藪や茂みをハードルのように軽快に跳び越え木立の間をすり抜けて走る!

オレは忍者なのか!?それとも足軽か!?

自画自賛せざるを得ないこのスピード感よ!フッフッフッ!!


既に響は追い抜いた筈!あんなにゆっくりと歩いていたのだから!


走るのがこれほどまでに楽しいものだったとわ!!今までのオレでは考えられなかったことだ!

突如として現れる岩も、片手一番、跳び箱のように越えてしまう!!


あっと言う間にユキエの家が目に飛び込んで来た!

左舷にはまだ響の姿は見えていない!当たり前だっつーのっ!

とにかくユキエには手短に要点を絞って伝えねばならっ!?はっ!!?


バサバサッ!!バッチャーーンッ!!!


「イ…痛ッツゥー…てかっ!クッ!クッセェェーーーーッ!!!臭っ!臭っ!臭っ!!!」


んな…何故オレがこんな目にぃ…?

現状は既に把握していた…この独特かつ濃厚な魔臭気の正体…。

オレはどこぞ宅の裏手に掘ってあった落とし穴トラップにまんまと嵌ってしまったのだ…。


その名も肥溜め!!


オレの簡易トイレのアイデアを既に実践していた村人が居たとはなっ!

全ての優秀な計画もこれで全てが糞の泡!!フフフ…またしても糞展開!


てか!こんな障害物…洒落になんねーよーーー!!!


暫しの間、臭すぎて身動きがとれなかった…。

昔のバラエティ番組などで、水着ギャルが、キャーキャーと喚きながらドロに飛び込んだりしていたが、彼女たちとて、今のこのオレの状況であれば、黄色い声など1ミリも発することはできないであろう。


人間は、あまりにも臭い環境では口を閉じて声が出せないのである。

目や鼻からはワケもなく汁が溢れ出し、波のように押し寄せる嘔吐の発作を耐えることしかできないのだ。


幸いなことに、泥というほど水分を多くは含んでなそうだ。

肥溜めの壁に拳を押し当て、体勢を立て直す…。そしてゆっくりと穴から這い出ようとするが、足の裏が滑って上手く立ち上がれない。それでも何度かして漸く脱出に成功したのだった。

ナウイじゃん!で新調したばかりの、服や靴が糞尿塗れである…。


ギコと共に風となって、ダウンヒルをイイ気になって下り、障害物とも言えるマサヒコの車に激突してから、少しも成長していないような気がして悲しい。

今日は何だか、やたらと過去を思い出す…。


ユキエの家にこんな醜態かつ臭体で訪ねられるワケもなく、トボトボと家路を戻るほかあるまい…。


障害走は途中棄権したが、今回のレースで学ぶことが全く無かったかと言えば、そうではない。

簡易トイレとは言っても、葉っぱなどで蓋をするレベルではなく、人が乗っても崩れない程度の強度は保つ必要があるということを身をもって学習したのだ。馬鹿はもうひとりぐらいは居るだろうから…。



ほうほうのていで何とか家に到着した。

糞塗れの服と身体を洗わなければならないが、少し汚れてしまった隠れ笠と金嚢については、洗う前に乾かした方が良さそうである。

ふと公園の蛇口で上着を洗ったことを思い出す。

だが、本格的な洗濯ともなると、皿洗いと同様、今回が初体験だ。


我が家の風呂はユキエの家のそれと比べると広い。

比率としては家の大きさほどの差はないが、それでも宮城家の風呂よりも広くてゆったりとしている。

隠れ笠を取れば、蒸し蒸しとした相変わらずの気温だ。水風呂でもノープロブレムである。

流石に風呂場の取っ手には『女風呂』などという差別的な札は掛かっていなかった。


洗濯機などないので手揉み洗いを敢行するしかないが、響は洗濯板まで購入していたようである。脱衣所にあたる小部屋に、たらいと共に立て掛けてあったのだ。流石は女性というべきか。


人糞の方が犬の糞よりも遥かに汚らわしく感じるのは何故だろうか?

犬の糞は、乾いていて毛が生えているイメージが強いせいだろうか?


そんなことを考えながら、流しそうめんの竹のように突き出た蛇口から水をジャブジャブと流して、先に脚と手を洗った。続いて衣類を洗う。しかめっ面でゴシゴシと何度も洗う。洗剤は無いが、石鹸で代用したのは言うまでもない。

靴も洗い終えてひと段落したところで、何故か目から汁が流れ、頬をつたった。


オレはこれから先、この異世界でやって行けるのだろうか?

あまり真剣に考えないようにしていたが、水に浸かって落ち着いたせいか、心細い現実をつい直視してしまったのだ。毎日が忙しなく、ゆっくりとひとりで風呂に入ったのもこの異世界に来てから初めてであった…間違ってもあの地獄の五右衛門風呂はカウントできない。


水面に映った泣き顔を見つめる。

勿論、ピカソなどではなく、そこには真人間の卑屈な顔があった。

ピカソの方がマシなのか…?フフフ…。

あの時のことが思い出され、苦笑いとはいえやっと笑みが零れ出た。


洗濯も終えたのだし、新たなブリーフに履き替えた時のように気持ちも新たにせねばな!


余市は挫けかけた気持ちを何とか持ち直して風呂を上がったのだった。

虫取り少年ルックとなり、洗った服や靴を外に並べて行く。流石に洗濯物を干す竿は見当たらなかったので、地面に広げて置くに留まった。犬に凌辱されるような事態はそうそうあるまい。


洗濯物と同じように余市も大の字で横になった。

そして、トゥーレの天井を見つめながら、ぼんやりと考える。


そういえば、響は何をしにユキエの家に行ったのだろうか?…と。



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