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嗤うがいい…だがコレがオレの旋律(仮)  作者: ken
第二章 異世界で稼げ(仮)
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EP070 魔法デビューと余市のレベル

余市が、初の魔法となるチャッカをマスターすべく外に飛び出した理由は、火を点す対象を収集するためである。具体的には葉っぱや木の枝などだ。


幸いそんなモノはあちこちに転がっていたので、直ぐに集めることができた。

この異世界に生えている樹木が、全てが全て巨大かと言えばそうではないのだ。トゥーレの中とはいえ村を歩けば灌木も普通に生えているし、鉢植えの盆栽のようなものも見掛ける。それがもともとの品種のせいなのか、農作物のように遺伝子操作によるものなのかは分からないが…。


ゴミとも呼べるそれらを大量に抱えて自室に戻る。

本来、新しい分野を学び始める際には、基礎からの何某とか、サルでも分かる何某といった書籍に目を通すのが一般的だが、仮に売っていたとしても余市自身は純度100パーの無一文なのだ。

かと言って、身近な存在のコキオに教えを乞うこともできない。お兄さんとしての瑣末なプライドが邪魔をするだけでなく、既にできることにもなっている…。しかもチャッカは庶民なら誰しも扱える魔法のようだし、できないことがバレると不審がられてしまう可能性もあり、その辺の人に尋ねるワケにもゆかぬ。


つまり、独学でマスターするしかない!

書籍すらないのだから、寧ろ生み出すといった感覚に近いだろう!

駅前で展開された摩訶不思議な手品を、タネもヒントも与えられないまま自宅に戻って、その記憶だけをリピートしながら見よう見真似でマスターするようなものである。


葉っぱを一枚摘まんで神経を集中させていく。そして指先を擦る!


「チャッカ!」


葉っぱは破けてしまった。失敗である。

フフフ…まあ、最初から上手くいくなどとは思っていないさ。

そう簡単にチャッカマンに成れては面白くないというもの…。


その後、牢屋のような部屋の中央に胡坐をかいて、根気強く何度も何度も試みる…。


「チャッカ!…チャッカ!…チャッカ!…」


あまりにもストイックである…。

元の世界で手品ができない人間など掃いて腐るほど居るし、寧ろできるほうが少数派である。

だがこの異世界では、コキオをはじめ、あのミハルですらできるかもしれないのだ。できない方が明らかに異常なのである!


「チャッカ!…チャッカ!!…チャッカ!!!…ぬおぉぉチャッカァァ!!!」


気付けば発声もかなりの熱を帯びて大きくなってきていた。

だができない…。

目の前には破けた葉や折れた小枝が散乱していた。


「はぁ…はぁ…」


オレには才能がないのではあるまいか?

もしくは、この異世界で生まれし人間にしかできないことなのでは?

だが、宝珠によればオレの魔法能力は5の筈…ってそもそも5という数値が話にならんのやもしれね。

コキオの魔法能力は500とかかもしれないジャマイカ!

勿論、あの能力ステータスはこの異世界に転移してきたもの限定ではあるが…どちらにしても、5という数値の判断材料が無い。

だが、響の運動能力やオレの治癒能力は、同じひと桁数値でも信憑性の高い結果を残しているのもまた事実。


糞っ!もう少しやってみるか!


「チャッカ!!!…チャッカ!!!…チャッカ!!!…チャッ…」


「うるさい!…馬鹿じゃないのかしら?」


夜中にあんまり五月蠅く長時間に亘って叫んでいたので、とうとう隣近所から苦情がきたようである。

危ない宗教にハマった面倒なヤツが隣に越して来やがったと思われても仕方がない状況だ。


「す!すみませんっ!」


閉まったままのドアに向かって謝る。


「少しは頭を使いなさい。下僕を破門にするわよ」


それだけ言って、ドアの外の気配は消えた。

劇団ひびきを破門となれば、当然、ご褒美もない。

それどころか、この異世界で生きていけるかも分からない!

情けない話だが、響が居なくなってしまったら、意志の弱いオレはきっと村人を相手に良からぬコトに能力を行使してしまうに違いない…。

生き抜くためには仕方がないなどと、己を正当化して…。


普段、響を恐ろしい対象として考えていたが、響が居ないことの方が更に何倍も恐ろしい事態であるということに初めて気付いてしまった!!

響はオレなんかが居なくても、ひとりで問題なくやっていけるだろう…。


それから暫くの間、両腕で頭を抱えて床に突っ伏したまま動けなくなってしまった。


『少しは頭を使いなさい』そんな劇団長の言葉を何度も反芻する。

頭を使えって…天才のこのオレがそんなコトを言われる日が来ようとわっ!

だが、響の方が頭が良いのも事実…それほど頭にはこない。


もしや物理的に頭を使えってコトか!?

試しに小枝を摘まんで頭部に擦ってみる。


「…チャッカ」


普通にダメだった。そもそもコレで火が点いたら、オレの頭はマッチ棒のように燃えてしまう!

コキオもボパルも指で擦っていたではないかっ!


やはりオレは馬鹿なのか?

馬鹿と天才は紙一重と言うが、オレは紙一重で馬鹿だったということか…?だとしたら非常に惜しい!!


ん?てか待てよ。

よく考えてみると、響はオレが何をしようとしていたのかを、閉まったドアの向こうで知っていた風だった…チャッカという声のみで。

オレはコキオの発声を聞いて、チャッカが火を熾す魔法だと知った。だからボパルが無発声でタバコに火を点けた時も、それがチャッカだと分かったのだ。

オレの知る限り響はチャッカという言葉を知らなかった筈なのに、オレが何の練習をしていたのかをどうして分かったのだ?


むむむ!!!響は料理の際にどうやって火を点けたのだ!?


昼間、ボパルが火を点けるのを見てから料理を作るまでの間にマスターしていたってことになるが…でもどうやって!?

響の性格上、オレ以上に他人から教えを乞うなどという行動にはでないだろうし、そもそも一緒に行動を共にしていてそんな隙も素振りも無かった筈!

それに響の魔法能力は確かオレよりも低い3だった…つまり本物の天才かっ!?


そこで余市は鈍器で後頭部を殴られたかのような感覚に襲われた。


視界の端に転がっているモノに気付いたからである。

それは、先ほどギルドについて復習するために出しっ放しにしてあった巻物だった。


クックック…オレってやつはいっつもこうだ。

ダウンヒルでマサヒコの車に激突した時も、長時間に亘って靴を探し回っていたっけな…。

何故いつも気付かない?…こんな簡単な可能性に!!近くに転がっている解に!!


巻物を手繰り寄せ、手を翳して『火』というひと文字を念じる。

そして馬鹿でも知っている基本情報はすっ飛ばして、火の熾し方について記載された行を読む!


『転移されし者が火を熾す際には、心で静かにチャッカと唱えること…』


付随情報としては、次のようなことが書かれていた。

真性異言能力(ゼノグロッシア)によって新しい言語を理解し話せたとしても、それは対象に向かって語りかける際に、瞬時に相手を判断して言語選択がされているものである。そのため、周囲に誰もいない環境では言語選択はされずに元の世界の発音が選択されてしまう。

対象が言語を持たぬ物などの場合、魔法を詠唱する際には注意が必要である。念じた詠唱と実際の発声が異なるために上手く効果を導くことができないからで…』


もう一度、葉っぱを摘まんで、心でチャッカを唱えながら指先で擦ると、ボッ!!っという音と共に大きな火が熾った!!!


「アッ!熱ッ!」


慌てて葉っぱを放して足で踏み消した。

愚かな己を盛大に笑い飛ばしてやりたかったが、近所からの苦情を恐れてクスクスと笑うに留まった。

二度目の苦情はタダでは済まないに決まっているからだ。


おそらくコキオの隣に座っていた時であれば、発声した状態でも火を熾せたのであろう。

何故ならコキオが居ることで、この異世界の人間の言語でチャッカが発声されていた筈なのだから。

この牢屋のような閉じられし空間で、幾らチャッカを発声したところで、それはそのまま日本語でしかなく、頑張れば頑張るほどに魔法効果を打ち消してしまっていたのである。


ゼノグロッシアとは言ってもその実態は超高性能の翻訳機に近いものだったということが、今回のことで漸く理解できたのだった。対象に応じて自動的に言語が選択変換されていたのだ。誰も居ない場所で発したり対象が言語を持たない場合には、そのまま日本語の独り言に過ぎないのだ。


他にも魔法について書かれていないかと巻物を漁ったが、やはり基本的な情報しか載っていなかった。

コキオが言っていたように、チャッカ以外の魔法は一般的ではないのだろう。今後は新たな魔法をどんどん巻物に蓄積させていこうと決意した。



すると脳内で聞き覚えのあるBGMが流れだした。

そして、ご飯が炊きあがりました!とか、お風呂が沸きました!とかそんな機械のような声音で、


『レベルが1上がりました』


例のアナウンスである!

魔法を修得したことで、早速、レベルアップしたようだ。


これでオレは確か…レベル4ってことか?


巻物も広げたままなので、試しに『余市のレベル』と念じてみる…。


『余市のレベル30/体力32/攻撃力52/防御力72/敏捷性37/魔力22/命中力32/知能12/経験値31』


なななっ!!!何だとぉ!!!?


コレはいったいどういうコトだっ!?

この異世界でのオレのレベルのスタート値が、1ではなかったというのか?


だがよく考えてみれば、ロースを腕相撲で負かした時のオレがレベル2とか3なんておかしいのも事実。

腕力だけがレベルに影響しているワケではないにせよ、クンニスキー村の真の豪傑であるロースのレベルがひと桁なんてコトはないだろう…。それに硝子の土の目に留まることもあるまい。


これまで数多のゲームに接してきたがために刷り込まれし弊害とでも言おうか。

どんなゲームも全てレベル1からスタートしていたのだ。

異世界生活を始めた段階で、当たり前のように同様に考えてしまっていた…。


てかレベルについても程度が掴めん!

レベル30とは、一般的に見て高いのか低いのか…?

試しに巻物に手を当てて『響のレベル』と念じてみたが、予想通り確認できなかった。

確か、互いの承認があれば巻物の情報は共有できた筈だが、響の方で許可設定になっていないに違いない。

だが間違いなくオレよりは高い筈だ。


しかし…オレの防御力ってかなり高くね?

宝珠判定による治癒能力も他のステータスに比べて高めだったが、それと無関係ではなさそうだな。


ユキエにでも訊いてみるか?

明日あたりから稽古をつけるフリだけでもしておかないと、響にドヤされそうな予感がするし…。


ステータスと言えば、ゲームのようにヒットポイントやマジックポイントのようなゲージは存在しないのだろうか?


『ヤバイ!HP残量が僅か5しかない!次に一撃喰らったら死ぬ!!』

『回復魔法があと1回しか使えない!町まで戻れそうにない!』


…的な判断はできないということか?

逆に、攻撃力というステータスは存在しても、与えたダメージを数値では知ることもできないってコトでもあるよな。

まあ、この異世界はゲームではないのだから、無くても不思議ではないが…。



そろそろ寝るか。

固い床に身体を横たえる。


響の肉野菜炒め定食には感動したが、布団の一枚でも恵んでくれても良さそうなものなのに。どうせ響は快適な寝具で今頃すやすやと寝ているのに違いない…。

気温や湿度は隠れ笠のお陰で快適だが、身体のあちこちが痛い。明日は枕になりそうな石でも拾わねばならんのか?

こうなると、昨日までのユキエの家の物置の藁すら恋しい…。今のオレは信楽焼のあのタヌキにも劣る境遇ではないか!


ユキエの稽古もそうだが、ギルドでジョブも見つけないといけないし、明日からもハードな日々が続きそうだな…稽古かぁ…どうすんだオレ?


むむ!そうだ!!


響と共に3人で狩りに行くのはどうだろう?

既にオレも響も村人なのだし、18歳のオレたちが同行すれば、堂々とユキエも外に出られる筈だ!

狩りに成功すれば、食料やアボニムが稼げる可能性もあるし、リアル格闘なんぞしたことがないオレなんかが稽古をつけるよりも、あの響の必殺の踵落としを一発見せる方が、どう考えてもユキエのためになるというもの!!


コレしかないっ!!!


問題は、主たる響がこの下僕の妙案を快諾してくれるかどうかだが…。


はっ!!先にユキエに根回しして、ユキエから強くお願いさせるってのはどうだ!?


お為ごかしのようではあるが、実際にユキエだってその方が良いに決まっている!

そもそもユキエの第一志望校は響であって、オレはスベリ止めに過ぎないのだから!

オレからでは響も難色を示しかねないが、世話になったユキエからの申し出とあらば、首肯せざるを得ない筈だ。


冴えてるぞ!オレ!!


これは縦社会に於ける処世の基本ではあるまいか?

『部長にはお前の方から上手いこと言っておいてくれないか?例の一件が片付くまでは俺からでは頼み辛い…』そんな部下との連れションの際に交わされそうな何気ない一幕だが、企業という名の巨大な歯車を回すためには、この一滴の潤滑油が侮れないのだ!


響にはユキエの稽古をつけに参る旨を伝えて、明日は早い時間に単独でユキエの家に向かおう!


完璧な計画を立てたせいか、その後、余市は直ぐに寝息をたて始めたのだった。



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