EP066 詐欺の家系図
早速、近場の掲示板の前に立って仕事を探し始めるのもアリだが、一発目から失敗はしたくない。
「響さん、まずは窓口に行ってみませんか?」
「確かにその方が良さそうね」
響を先導するように人波を掻き分けて、ギルドのカウンターに向かう。
初心者向けの仕事とはどんなものなのか?
どの程度の報酬が得られるのか?
そして何よりも、仕事を請け負う方法や手続きについて先に確認しておかねばならない。
更に、報酬を得られるタイミング、所謂、支払サイトなどについても知る必要がある。
昨日はカウンターの職員が忙しそうだったが、今日は何としても捕まえなければならない。
しかし、人材不足なのだろうか?
これだけの人が集まる場所だというのに、あまりにも職員の数が足りていない…。
だが、カウンターの前に立って、その理由のひとつが判明した。
昨日は気付かなかったが、カウンターの後ろの壁に説明文がつらつらと羅列されてあったのだ。
『このカウンターでは仕事依頼者の受付とジョブ確認のみ対応しています』
『当ギルドへの加入手続きや、各種相談については2階の職員にお声掛けください』
あの階段の上に突っ立っている男は、どうやら案内係だったようだ。
あと、どうでもいいが仕事とジョブって同じ意味なんじゃ…?
そんな小さな疑問を抱きながら、自然と次の行に目を走らせたのだ…が!
その行には、我がデビルアイを疑いたくなるような文句が書かれていたのだ!
『ギルドの仕組みや基本的なアドバイスを求める方は、1番卓へ。3,000アボニムから』
ギルドの説明を乞うのにも、金もといアボニムを払えっていうのかよ!?
他にも色々と案内ともとれる説明文が書いてあるが、とりあえず今はこの3つ目の文が自分たちの求めていたものである。
「…仕方がないわね。該当する卓を探しなさい」
「あ、ハイ…」
腑に落ちないが仕方があるまい。
ロースやミンチなど、この村の数少ない知り合いから聞き出すのもアリだが、初っ端にケチると碌なことがない。それに説明を専門にしている職員から聞いておけば間違いもない筈だ…そう己を説得する。
とにかく1番卓と呼ばれる場所を探さねばならないが、面倒なので誰かに尋ねようとキョロキョロしていると、
「何か困ったことでも?」
タイミング良く余市と同世代と思しき男が声を掛けてきた。
「1番卓がどのあたりか分かりますか?」
「確か、1卓なら右の一番奥だな。ほら、あの角」
「アリガトウ」
何故か小声だったが、指をさして親切に教えてくれた。なかなかの好青年ジャマイカ。
てか、右奥って…そのままフロアのテーブルってコトかよ!?
職員ですら昼間っから飲んだくれているというのだろうか?
再び人波を掻い潜って一番奥まで進まねばならない。
しかし周囲の連中の動きを参考に、コツも掴みかけている。
サッカーで言うところのマルセイユ・ターンのような華麗な動きでスルスルと抜けて行く感覚だ。ドリブルをしているワケではないので、それほど難しくはないが、目的地までのコースを的確にイメージすることが大切だ。
クルクルとマルセイユ・ターンを10回ほど繰り出して、何とか1番卓まで辿り着いた。
卓は円卓で、5つの椅子が囲んでいた。そして2つの椅子が空席で、現在、3人が座っていた。
座禅を組んでいるかのように瞼を閉じたまま身動きひとつせずに座っている四角い帽子を頭に載せた高尚そうな老人、酒瓶を握り締めたまま卓上にうっぷして涎を垂らして寝ている金髪のだらしない姉ちゃん…そして頭にすっぽりと厳ついヘルメットを被って読書に励む子供の3人である。
コイツら本当に職員なのか!?
タダの一般客にしか見えんのだが、卓の角には確かに1の数字が貼り付けてある。
気付けば周囲の卓で飲んでいる輩が、オレたちを見てニヤニヤと馬鹿にするように嗤っていやがる。
あいつらビギナーだぜ!とでも思っているのだろう…。
響とアイコンタクトをした後、一番マトモそうな奥に座っている老人の方に近寄る。
子供の座っている手前の椅子の後ろを通過しようとした瞬間、手で遮られた。
「寝ているジジイはそっとしておけ」
極悪そうなメットを被った少年が、後ろを振り向きもせず、指を挟んだままの本でもって余市の行く手を阻んだのである。
改めてその少年の姿を見る。
椅子に腰を掛けているが床まで届いていない脚、ヘルメットが歪にデカく見えるその小柄過ぎる体躯、皮を被った無毛の横チンがハミ出ていてもおかしくない程の短い半ズボンを履き、呼んでいた本も表紙から察するにそれが絵本であろうことなどから、顔は見えずとも明らかに子供だと分かる。
振り返りもせずに絵本でもって人の進路を無下に阻み、目上であり大人でもある余市に向かって偉そうな命令口調を働き、更には老人をジジイと呼び捨てるなんぞ、100パー碌なガキではないと見た!
昼間っからこんな大人の盛り場のような場所に出入りしているなんて、親はどんな教育をしているのだろうか?
「このギルドについて知りたいのか?」
「お、おう」
相変わらずな上から口調に対し、情けなくも動揺し、ぎこちない返事をしてしまう。
「ならオレが直々に教えてやらんでもない。お前は運がイイ。オレは滅多なことではこのような低俗なジョブは請け負わんからな」
糞ガキ!テメーは何様じゃ!!?
と激しくツッコミたくなる欲求を喉もとで殺しながら振り返り、主たる響の表情を確認する。
「あなたは職員ではないみたいね。ギルドからの依頼でここに座っている風な口ぶりだけど」
響は糞ガキの態度に動揺せずに冷静だ。
「その疑問に答えて欲しければ、先に50,000アボニム支払うんだな」
5万…だとっ!!!?こんな小便クセー餓鬼に!!!
確かカウンターの壁の文句には、3,000アボニムからって書いてなかったか!?
って!スク水と同じ額じゃねーか!!!
「ふふ…ふふふふふ」
「な、何がおかしい?」
静かに笑いだした響の反応に、糞ガキも少し動揺したようだ。
「頑張って背伸びをしているようだけれど、さっきから身体が震えているわよ」
「なな!何だと!!?」
見れば確かにガキの身体は震えていた!
響は卓の上に散らかった金属製のフォークを徐に摘まみ上げると、その暴力的なまでの握力でもってグニャリと捻じ曲げてしまった!!!
さっきまで嗤っていた周囲の連中も、それを見た途端、口をあんぐりと開けたまま全員固まってしまったようだ。
響は曲がったフォークをガキの目の前に転がすと、
「タダなら…聞いてあげてもよろしくてよ」
「…」
メットを被っているのでその表情は分からないが、かなり焦っているのであろう。ガキは黙って震えている。ひょっとしたら少しチビッてしまっているのかもしれない。
「裕次郎よ、もう良い」
「お!お祖父ちゃん!!」
瞼を閉じたまま寝ているかに見えた老人が、急に声を発したのである!
そして、ジジイ呼ばわりしていたメットの糞生意気なガキが、その老人をお祖父ちゃん!と呼んだのだ!
「おふた方、失礼をした。この爺で良ければ10,500アボニムで請け負うが如何かな?上乗せした500は孫の裕次郎のオヤツ代として勘弁して欲しい…」
コイツら!初めから組んでいやがったのかっ!!!
ムカツキが収まらない!
ガキもガキだが、孫を使ってボッタクリを計画したこのジジイの方が寧ろ許せん!
「お断りするわ。行くわよ余市」
「ハイッ!」
表に出さずとも、響も相当に御立腹なのだろう。
踵を返してその場を立ち去ったのだった。
歩きながら余市は考えていた。
ギルド本部はこの忌々しき事実を知っているのだろうか?
善良なる村民のひとりとして、チクッてやる必要があるのでは!?と。
「余市、周りの卓の番号を見てみなさい」
前を行く響に言われ、周囲の卓を見回した。
そして気付いたのである!
さっきの1番卓では数字が卓上に貼られていたが、他の卓では数字が木製の卓に直に彫られているという事実に!
「こ、これは!?数字が…」
「そういうコトよ」
「ど…どういうコトですか?」
「馬鹿なのかしら。つまりカウンターの傍に立っていた男もグルだったってことよ」
「何だと!!!」
「言葉に気をつけなさい」
「す…すみません。つい興奮して…」
後になって判明したことだが、カウンターの傍で親切なフリをしてカモを吟味していた青年は、裕次郎の兄であり、卓上で飲んだくれて寝ていた金髪の姉ちゃんは、裕次郎の実の母親だったらしい。
その事実を聞いた時、あれほどムカついていた糞ガキのことが急に不憫に思えてしまったのだった。
あの糞ジジイを筆頭に3世代に渡って詐欺めいたコトを働いていたのである。
もしも余市がガキの後ろを通らず、母親の後ろを通過しようとしていたとしても、本ではなく酒瓶でもって阻まれていたであろう。酔い潰れたフリをしていたに違いないからだ。
周囲でニヤついていた輩も、余市たちのことをビギナーだと小馬鹿にしていたのではなく、カモがやって来やがったと、そういう目で嗤っていたのである。
それはそうと、つまり本当の1番卓は別に存在するということである。
フロアの卓は番号の規則性も無く何故かバラバラに配置されているのだが、流石に重複はしていない筈だ。
さっきから響は迷いのない足取りで歩いているが、いったいどこに向かっているのだろう…?
「ここのようね」
響は漸く立ち止まった。
そこは2階へと上がる階段の真ん前だった。そして目の前には1の数字が彫られた円卓があるではないか!
どうして響はこの場所が分かったのだろう?
と疑問に思ったが、よく考えてみれば、ここがさっきのニセの円卓のあった場所から対角線上に位置する最も離れた場所であるという事実に気が付いた。
なるほど、本物からできる限り離れた場所で詐欺を働くであろう心理を読んだのである。
落ち着けば余市でも至る考えだが、響は瞬時に動いたのだ。そこにキレというか頭の回転の早さを認めざるを得ない…例によって無意味な劣等感が芽生えてきてしまう。
卓ではふたりの男が珈琲を飲みながら会話をしていた。
その話しぶりから片方はビギナーのようだ。時折メモを取ったりもしている。
先客が居る以上、終わるまで待つしかない。
酒場のカウンターも近いのだし、座れる席を見つけて何か飲みながら暇を潰すのが良いようだ。
今後について響と相談する必要もあるのだし、一概に無駄な時間でもない筈。
見渡すと、階段の裏側の壁沿いに空席があるのを発見した。
そこに移動すると、響はテマン硬貨を1枚余市に渡した。1,000アボニムである。
「ジンをロックで」
「あの…僕の分もそのぉ…」
「何?はっきり言いなさい」
「ぼ、僕の分も何か買ってきても…イイでしょうか?」
「ダメよ」
肩を落としてカウンターの前に立つ。
後ろの壁にはフードとは別に、かなりの種類のドリンクメニューが貼られていた。
そして何故か、エロくて下品な名前のカクテルが多いような気がする…。
『Juicy Pussy』や『Blow Job』は言うに及ばず『Sit On My Face』や『Cock Sucking Cowgirl』など妄想しただけでニヤけてしまいそうなモノ、はたまた前日に辛いモノでも食べたのか?と疑いたくなるような『Anus On Fire』等々…。
『Little Penis』や『Cum 2 Soon』など雄として悲しくなるような名のモノもあった…。
これらもオレの深層心理に由来するものなのだろうか?
いや、それはない。何故ならオレはこんな名前のカクテルは知らないのだから!
余市は店員にテマン硬貨を渡して、主たる響に仰せつかった通りジンのロックを頼んだ。
ギルドの業務用カウンターに比べ、こっちのカウンターは内側で沢山の従業員が動いていた。本末転倒ではないのか?と思ってしまう。
釣りを受け取り数えてみると、何と650アボニムもあった。それなりに良心的な価格設定のようだ。
予想よりも安かったのは素直に嬉しいことだが、同時にこのお釣りで自分の分も買ってしまおうかという衝動も湧き起こる…。
スーパーで母親の持つ買い物カゴに、こっそりとオマケ付きのお菓子を入れてしまう子供のような心理が芽生えてしまったのだ。
だが余市は耐えた!
ただでさえ詐欺に遭いかけて機嫌の悪いであろう響に、自らがそのトリガーとなって怒りを爆発させてしまうことは、あまりにも愚かだし命の危険すらある行為なのだ。
余市はグラスを受け取り、そのまま席に戻ると、響にグラスと共に釣りを渡した。
「意外と安かったのね」
「はい…」
少し期待したが、響はそのまま黙ってひとりで飲み始めてしまった。
この至近距離で自分の思考が読まれていない筈はない。それなのに…それなのにぃ…と恨めしそうにしていると、その思考が読まれてしまったとみえて、
「…仕方がないわね」
と言って、響は500アボニムを出してくれたのだった。
余市は礼を言って、子供のように浮かれながらスキップで再びカウンターに向かったのだった。
そしてその気分とリズムのままに、うっかり『Hop,Skip,And Go Naked』という糞不味いカクテルを注文してしまったのである。
勿論、響の前では美味しそうに飲んだのは言うまでもない…。
丁度、ふたりが飲み終わった頃、1番卓から説明を聞いていた方の男が立ち上がった。
それを見て、順番を割り込まれないようにと、余市も迅速にサッと腰を上げたのだが、
「探したぜぇ!」
目の前に現れたのは、忘れかけていた行動力のあるヘンタイ、マサヒコである!
必死に探し回ったとみえて、肩で大きく息をしていた。
どうでもいいが、元の世界のマサヒコにも勝るとも劣らぬ、間の悪さである…。




