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嗤うがいい…だがコレがオレの旋律(仮)  作者: ken
第二章 異世界で稼げ(仮)
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EP063 地獄の釜

ギルドを出ると、余市は直ぐに地図を広げた。

今しがたサインした物件の場所が記された、クンニスキー村の地図である。


ユキエの家の方角から大きく外れていなければ、早速、帰りに物件を見てみようと思ったのである。

気に入らなければ変更できるらしいが、最初の物件で満足できれば即決するつもりである。

勿論、全ては響次第ではあるのだが…。


それにしても、村役場ではなくギルドでも住居の斡旋をしていたことは意外だった。

担当のギルド職員に聞いたところによると、村役場に比べてギルドの方が大勢の人が訪れるため、派出所として機能しているらしい。物件もほぼタイムラグなく同期されているとのことだった。

まあ、ウェブで言うところのミラーサイトみたいな感覚である。


何にせよ手間が省けたのは良かった。


改めてクンニスキー村の地図を見てみると、村は支柱を中心にほぼ円形であり、トゥーレの断面積比で言うと、25パーセント弱ほどを占めているようである。

地図にはトゥーレの断面の全体が記されているワケではないが、村の位置する側のアール状となった外周の角度から、その全体像を窺い知ることができたのだ。


そして外界へと通じる門は、村の一番外側ではなく、敢えて村の少し内側からトンネルのように延びていて、敵の侵入をトゥーレの表面と村の入り口の2箇所で喰い止められるようになっているようだ。

万が一、敵が表の門を通過した場合、村の入り口に到着するまでの約200メートルほどのトンネルの中で、確実に仕留めなければならないということでもある。


200メートルと言えば結構長いようだが、よく考えてみれば正丸トンネルの10分の1程度の長さでしかないとも言える。トンネルの幅はおそらく10メートルも無いだろう。


紹介された物件は、トゥーレの外周に最も近いであろう位置にあった。

村の支柱を中心に見ると7時の方角にあたる。

ユキエの家のある方角は5時と6時の丁度中間くらいなので、かなり近い。ユキエの家よりも物件の方が支柱からの距離はあるが、物件からユキエの家までは歩いて5分もかからない距離であろうと思われた。


帰り道に毛の生えた程度の距離だし、物件を見てからユキエの家に帰ろう、と響に提案しようと後ろを振り返った。


だが、直ぐ後ろに居るとばかり思っていた響は、ギルドの扉を出たところから一歩もついて来ていなかった。

余市が地図に集中していて気付かなかったということもあるが、いったいどうしたのかと心配になり響のもとに駆け寄った。


響は大きく見開いた双眸で己の拳を見つめ、不敵な笑みを浮かべていた!


恐ろしい!!

またオレが何かしでかしちまったのだろうか!?


恐る恐る話し掛けようとすると、


「あのメイド…相当ね。あの時、斬られていてもおかしくなかった…」


よく見ると握った拳が震えていた。


「私も同性には負ける気がしなかったのだけれど、丁度いい目標(ターゲット)を見つけたわ…」


その台詞から、拳の震えは恐怖ではなく嬉しさに由来したものだと分かった。

危険な目に遭ったというのに、響にとっては至福の出来事だったかのようだ。

同時に紫電サマがロックオンされた瞬間でもある。


「そ、それは良かったですね。あは…あはは」

「朧と村長は別格としても、あの娘は人間…負けられない」


普段、全くと言っていいほど心の内を語らない響が、珍しく願望を吐露したのである!

確かに、朧とあの村長は得体の知れない術を使うし、日頃の言動から察しても人間ではない可能性が高い。

だが紫電サマはあのホルスタインのような乳だけを除けば、ほぼ人間であろう。


この異世界で自分よりも強い同性を見つけたというワケか…。


「余市。物件を見て帰るわよ」


考えを読まれたのか、先に提案もとい決定されてしまった。

気にくわぬコトが色々とあったが、響の表情は生き生きとして晴れやかだった。

響の機嫌が良ければ、余市も事実上9割程度の安寧を取り戻せるため、自然と笑顔となるのであった。



物件は、地図の上では分からなかったが、予想以上に寂れた場所にあった。

村の中心部が大宮なら、ここはまさに北与野…だが!それでいい!!


周辺にはユキエの家のような牛糞仕立ての家屋がポツポツと建ってはいるが、余市と響に紹介された物件は、牛糞でもなければキノコでもなかった。


崩れかけた古い洋館である…というよりも廃墟である。


大きな屋敷で立派といえば立派だが、不気味さも半端ない!

屋根や壁が崩れ落ちており、居住可能なスペースは思ったよりも少なかった。トゥーレの中だから、極論、屋根など無くても構わないのだが、壁とドアはあって欲しい。

条件的に寝泊まりが可能そうな、部屋と呼べそうな部屋は4部屋あり、1階と2階にそれぞれ2部屋ずつだった。

建物自体は3階建てだが、2階から3階へと上がる階段は途中で崩れてしまっていたのである。


鍵は預かっていたが意味をなさなかった。

何故なら、扉の直ぐ脇に人が通れるほどの亀裂があり、屋敷を一周するまでもなく、進入可能な場所は何か所も見受けられたからである。

相当古い屋敷とみえて、ギルドのようにトゥーレ本体を一部、礎石として利用していた。


幸いなことに、水場などは機能していた。

そもそもそんな基本的なコトは当たり前なのだが、水道管が途中で破損していても全く不思議ではない外観を見ていただけに、安堵せざるを得なかったのである。

そして、他の家屋とは違い、水源はどこにもプールせずに直接トゥーレに配管を通して、樹木の貯水を吸い上げていた。


結果的に響はこの物件をえらく気に入ったようだった。

理由は察しが付く…使えそうな部屋がそれぞれ離れており、ひとつ屋根の下とはいえ、ヘンタイであるところのこのオレと距離が保てるからであろう…。


「この物件にしましょう」

「えっ?いや、ハイッ!」


決まりである。


オレ的にも大きな不満要素がないのは事実…。

ただ、もう何軒か物件を見てから決めても良かったのでは…という気持ちはある。

しかし、そんなコトを考えても仕方がない。既に決定したのだ。



トゥーレの中だと、明暗の変化がないので時刻が分からない。

時計塔も、ここからの角度では文字盤が正面を向いておらず、時刻が分からなかった。

仕方なく金嚢から巻物を取り出して時刻を確認すると、既に夕方の7時を回ろうとしていた。

ユキエたちが、気を遣って夕飯を食べずに待ってくれているかもしれない。


住居となる廃墟を早々に後にして、ユキエの家に向かった。

ユキエの家が見えてきた頃、目の前に見覚えのある後ろ姿を発見した。


片腕を包帯で吊った熊のような巨体は、紛れもなく肉屋のロースである。


「こんばんは」


余市が声をかけると、ロースは振り返った。


「おう!余市じゃねーか!丁度いい。コイツをユキエに渡してやってくれ」


大きな袋に入っているのは、カブトの幼虫肉であるに違いない。

一瞬、ヒヨコのレースで稼いだ僅かばかりのアボニムだけでも支払おうかと考えたが、ロースが受け取るとは思えない。これからは村人として、ロースの肉屋を沢山利用しようと決意し、礼を言って素直に袋を受け取った。


ユキエは既に家に帰っていた。

ミハルは響に馴れているのか、響を発見するや否や、跳び付いて来た。


「余市、それに響お姉さん、お帰りなさい!」

「ただいま。これ、ロースさんから」


ユキエに袋を渡した。

中身はカブトの幼虫肉だけでなく、豚や鳥の肉なども入っていたようだ。

ユキエはロースに感謝しながら肉を選り分けていく。


「ウチも食材に負けないように美味しい料理を作らなきゃ!」


コキオの姿が見えなかったが、どうやら薪で風呂を沸かしているようだ。

病から完全に回復して元気になったようで嬉しい。

余市も何か手伝うことはないかと、外に出て裏口へと回った。


元気になったコキオは嬉しそうだった。

明日から早速、寺小屋に通うことになったらしい。

これまで姉であるユキエに苦労をかけてきた分、これからは一生懸命に姉を手伝って挽回するのだと意気込んでいる。頼もしい限りだ。


コキオの隣に座り、そんな明るい話を聞きながら、ふと疑問に思ったことがある。

コキオは薪にどうやって火を点けたのかという素朴な疑問である。

マッチやライターのようなモノを持っていたのだろうか?

それとも原始的に石などを叩いて草に火を(おこ)してから薪に移したのだろうか?


「ところでコキオくん、火をどうやって熾したんだい?」

「余市お兄ちゃん!コキオでいいよ!姉ちゃんと僕の命の恩人なんだから気を遣わないでよ」


立派である。ユキエ同様にまだ幼いコキオもすんごく立派である!

しかも、余市お兄ちゃんだなんて!男の子とはいえ、慕われるのは素直に嬉しい!


「火なんて普通に点けたよ」

「普通にって?」

「こうやって…」


コキオは近くにあった紙屑を摘まむと、チャッカ!と呟きながら紙を摘まんだ指を僅かに擦った。

すると、紙にボゥッと火が点いたではないかっ!!!

な…ななな何てスキルだっ!この幼き子供が、こんな危険な魔法のようなスキルを…


「普通に着火(チャッカ)の魔法さ。ミハルもできるんじゃないかな?」


ななっ!何だと!?ま…魔法だとぅ!!!


「あは…だよね。やっぱり…」


なるべく平静を装うが、顔は引き攣ってしまう…。

宝珠によって覚醒されし能力の中で、魔法能力というのが確かにあった…そしてオレはその値が5だった筈。


「コキオはさ…他にどんな魔法ができるのかな?あはは…」


恐る恐る訊いてみる。


「ん?これ以外に使える魔法なんてあるの?」


ガーーーン!!!

この世界の魔法って着火とかいう火を点ける魔法だけなのかよっ!?

だとしたら、魔法能力5も糞もねーじゃんか!大きな炎を起こせるかどうかの違いでしか無いということか!?


だが、コキオは続けた。


「ギルドに入っている強い人たちとか、都の魔道師とか虫使いなら資格があれば使えるみたいだけど、僕たちみたいな普通の村人が使えるのは着火だけだよ。やり方も種類も分からないし、もし使えたとしても資格が無かったらきっと捕まっちゃうよ!

余市お兄ちゃんや響お姉ちゃんが居たトコでは違ったの?」


「あ…いや、同じさ!お兄ちゃんもその…チャ…着火しか使えないよぉ…」


ぐぬぬぬぅ…こんな純朴で純粋な眼の少年に嘘をついてしまったっ!!!

オレは何て糞野郎なんだ!!!


…今夜だ!今夜中に着火をマスターしてやる!!!嘘を真実に変えてやるっ!


それにしても、魔法はある程度のレベルに達していたり、ギルドに加入していないと使用してはならないモノなのか?

魔法によっては資格も必要だと?

村長一家にのみ伝授される証紋の儀とかもそれに該当するのだろうな…。



「余市お兄ちゃん!お風呂そろそろ沸くから先に入ってよ!」

「えっ?いやそれは悪いよ!皆が入ったら最後に使わせて貰うよ」


嘘ついておいて、一番風呂に(あずか)るなんて、流石に良心の呵責に耐えられぬわ!


「こっからは兄ちゃんが薪をくべるよ。コキオは先に風呂に入るといい。お兄ちゃんは厄介になっている身なのだから、これくらいして当たり前だから」


「いいの?」

「うん!イイ!ここはお兄ちゃんに任せてコキオは家の中に戻ってなさい」

「分かったよ。余市お兄ちゃん、それじゃ後はよろしくね」


コキオは家の中へと駆けて行った。


眩い少年を思わず遠ざけてしまった…キミの輝きはオレには眩し過ぎる。

そう…オレは汚れちまった大人だ!


その証拠に早くも良からぬアイデアが亀頭もとい頭を擡げ始めていやがる…。


レンガで組んだ風呂釜の上部からは煙突(チムニー)が突き出ているのだが、その煙突の真後ろに硝子も嵌め込まれていない換気窓があるのに気が付いてしまったのだ。そこからは湯殿の内部が丸見えな筈である!


一糸纏わぬ響たんとユキエたん…むほぉぉっ!!!ヤバ過ぎる!!!

だがミハル!…流石にお前は犯罪だ…ターゲットから外してやる…覗かないと約束しようジャマイカ。


家の中から声が聞こえてくる。


「えっ余市が?本当なのコキオ?」

「うん、余市お兄ちゃんが、これくらいは任せろって」

「では…ここは余市に任せましょう」


最後は響の声だった。

フッフッフ…響はまだこの湯殿の構造を知らぬとみえる。


少しして近くでユキエとコキオの会話が聞こえてきた。


「本当にコキオひとりで大丈夫なの?」

「大丈夫だよ!こんなに元気になったし、風呂ぐらいひとりで入れるよ!」


どうやら一番風呂は長男であるコキオらしい。

無表情で薪をくべる余市。


「湯加減はどうだい?コキオ」

「余市お兄ちゃん!バッチリだよ!あーイイ湯だなぁー」


バシャン!バシャン!


湯を使う音が暫く聞こえていたが、


「姉ちゃん!イイ湯だったよ」


どうやらコキオは上がったようだ。


「そう。じゃあ、お姉ちゃんも入ろうかな。コキオはじゃが芋を剥いておいてね」

「うん!余裕!余裕!」

「あ、あとミハルを呼んできてくれる?一緒に入るから」

「うん。分かった」


直ぐにコキオは戻ってくると、


「何だかミハルのやつ、響お姉ちゃんと入るって言ってるよ」

「まあ!響お姉さん迷惑じゃないかしら?」

「うん、響お姉ちゃんも一緒に入るって言ってたよ」

「あらそう。よっぽど響お姉さんのことが気に入ったのね!うふふ…」


いよいよである!


ドクンッ!ドクンッ!ドクンッ!

鼓動が徐々に早くなっていく。


レンガ仕様の釜は丈夫で、大人ひとりが乗ったところでビクともしないであろう。

ユキエが湯殿に入った気配がした。

釜の上に静かに乗る余市。煙突は熱そうだから注意が必要だ。


世話になっているユキエの裸体を覗き見るという鬼畜の如き裏切り行為は、同時に紛れもない犯罪行為である!!

犯罪であると認識はしている…認識はしているが、この汚れたヘンタイの血には抗えない!

オレが余市だからといって、良い血が流れているとは限らんのだっ!ぬうぅ!かなり苦しいか…。


煙突の脇に立ち、換気窓からそーっと中を窺うと、湯船の熱で湯気がムワッと顔に掛かってきた。

換気窓の働き…見事である!

きっとサンタクロースだって、たまには息抜きとして覗きもしている筈さ!


バシャン!バシャン!


桶で湯を汲み髪や身体を洗っているのか、音が至近距離で聞こえている!

デビルアイを凝らすと、湯気の向こうに髪を洗っているユキエたんの背中が見えるっ!!!

奇麗な背中と腕の隙間からは、僅かに膨らみ始めたオチチがっ!ぐはあぁっ!!!

もう少しアングルが開けば、禁断の蕾が見える筈っ!!!


余市は角度を変えようとして顔を更に換気窓の中央へと移す。

洗髪中のユキエたんは絶対にこちらに気付かない!


「熱っ!!!」

「えっ!!何!?余市なの…大丈夫?」


うっかり煙突に耳が触れてしまったのだ!

ここで返事をすれば、今居る場所が完全にバレてしまう!

残念だが一旦、釜から降りて返事をすべきかっ!?


顔を換気窓から離し、釜の下を見つめる。


おや?コレは誰の足かしらん?


釜の直ぐ脇に2本の足が見える…。

とてつもなく恐ろしい悪寒を背筋に感じながら、視線を足から徐々に上へとシフトしていく!!!


「ひぃっ!!!」


響たん!!!!!!


釜の脇に立っていたのは響だった!!!

凍てつくような鋭くも冷たい視線で余市を見上げていた!

しかし…何も言わない!言ってこない!

おそらく入浴中のユキエを脅えさせないためであろう。そして年頃のユキエが、自身の裸体を覗かれたことにショックを受けるであろうことを気にしてのことなのであろう…。


余市は、ブルブルと震えながら釜から降りた。


殺されるかもしれない…否!間違いなく殺されるっ!!!


しかし、響は不気味なほどに冷静で無表情だった。

どこから持ってきたのか、ロープで余市の両手両足を縛り始めた。そして完全に縛り終えると、背中を軽く押して余市の身体を釜の直ぐ横に転がしたのだった。

そのまま何事も無かったかのように、家の中へと戻ってしまったのである。


「余市!大丈夫なの?さっき声がしたみたいだったけど…」

「あ、うん!大丈夫!湯加減はどうかな?」

「余市のお陰でイイ湯だったよ!有難う」


何故か涙が頬をつたう…。

情けなさと罪深さのミックスされた胸を締め付けるパトスが、水分となって目から溢れてくるのだ。


こんなにイイ娘であるユキエに対して…オレは…オレってやつはああぁぁーーー!!!

そんな涙が乾かぬ内に、ミハルのはしゃぐ声が聞こえてきた。


どうやら響とミハルが風呂に入る番がきたようだ。


「うわぁーーー!お姉ちゃんより沢山だー!毛がこんなに生えてるぅーーー!スゴーーイ!!!」


ぐはっ!!!なんだ…とっ!!!


「ミハルも生えるのかな!?ねえねえ?」

「コラッ!引っ張ったら痛いでしょ。大きくなったらね…ミハルにも生えるわよ」


コレは想定外だったわ!!!

響の裸を見れずとも、ミハルが実況中継してくれるとわっ!!!

妙に興奮してしまうジャマイカッ!!!


チャプチャプ、チャプ…

ゴシゴシ…ゴシゴシ…


どうやら響がミハルを洗ってあげているようである…。


バシャーッ!


「今度はミハルが洗ったげるね!」

「大丈夫よ。先に湯船に浸かってなさい」

「ダメ!ミハルが洗うのっ!」


釜の横で転がりながら、火傷をした耳を立ててふたりの会話に集中する。

勿論、火照ったギョニソーもビンビンに起っている…。

幾ら反省しようにも、雄の身体は正直過ぎる…。


ゴシ…ゴシゴシ…


「うわー!お姉ちゃんのどうしてこんなにおっきいのぉ?」

「…」

「ねえねえ、どうしてー!?」


湯殿の外に転がっている男を意識してか、響の歯切れが悪い。


「…女の子はね、大きくなるのよ」

「ふーん…」

「痛っ」

「きゃははははっ」

「もう…次に摘まんだら怒るわよ」


チャプチャプ、チャプ…


「ねえねえ、お姉ちゃん、何してるの?」

「…」

「ねえってばー」

「…剃ってるの」

「どうしてー!?」

「どうしても…よ」

「なんでー!?」

「大きくなったら…ミハルにも分かるわよ」

「ふーん…」



ドピュッ!


…かつてフランスに19世紀後半から20世紀初頭にかけて、ドビュッシーという名の偉大な作曲家がいた。

中学の音楽室にバッハとかビバルディと並んで、肖像画が掛けてあったのをふと思い出す…。

髭を生やした真面目そうな男だが、女関係はかなりお盛んだったらしい。不倫相手との間にも子供がいたという…。確か不倫相手の名はエンマとかいう恐ろしい名前だった記憶が…。


余市がそんなクラシックな回想に浸っているうちに、湯船に浸かっていた筈のふたりは、いつの間にか風呂から上がってしまっていたようだ…。


奥の方で話し声が聞こえる。


「コキオ、余市お兄ちゃんにもお風呂入るように言ってきなさい」

「はーい」


や!やばいっ!!

慕ってくれているコキオにこの情けない姿だけは見られたくないし見せてはいけない!


「私が言ってくるわ」


コキオにこのオレの姿を見せるワケにはいかないと思ったのであろう。

響がコキオを制したようだ。


た!助かった!


ん?…助かった…のか?


直ぐに響が現れた。

漸くロープが解かれるのかと思ったが…やはり甘かった。


足の方を縛ってあったロープの端を掴むと、引っ張って裏口のドアに向かう響。

オレの身体は地面を引き摺られ、アチコチが擦れて痛い。

だが声を上げることは許されない。


余市お兄ちゃんと慕ってくれているコキオや、ユキエの師匠となる予定の身では、この姿を発見され、理由を詰問されるようなことだけは避けねばならぬのだ!

歯を喰いしばって耐えねばならぬ!

これは良い機会なのかもしれない…この身に流れし汚れたヘンタイの血を浄化するには絶好の…。


裏口から湯殿へと引き摺られてきたが、段々と何をされるのかが呑み込めてきた。


響は服を着たままのオレを湯船に押し込むと、口に薪の破片をツッコミ、上からロープで縛り始めた。

これはSMプレイでよく目にする玉口枷…所謂ギャグボールってヤツの天然木バージョン!斬新だなっ!


響は湯殿から居間の方へと抜けると、


「余市が裏口からお風呂に入ったみたいだから、薪をくべて来るわ」


そんな声が聞こえた。


響よ…キミはやはり恐ろしい子だ。

(みなぎ)る力も凄まじいが、何よりそのS属性の発想力が恐ろしい…。


オレでも知っている。

コレはつまり五右衛門風呂…文禄3年8月23日に執行されたという釜茹での刑。


ここでオレの人生は幕を閉じるのか…?

病気でも交通事故でもなく、まさか、釜茹での刑で死ぬことになろうとはな…。

今時、釜茹での刑って…オレは本当に現代人なのか?フフフ…。


先ほど涙を流しながら発射したアレが、人生最後の射精だったというワケか…思い返せば不思議だ。

死の直前の3回の射精が全て手ぶらだったなんて…。


湯の温度が急激に熱くなってくる…。

外で響が沢山の薪をくべているのであろう。地獄のエンマの如き形相でっ!


どうやらそろそろオレの人生もフィニッシュか…。


「ってか!アヒィ!熱いっ!熱いっ!!マジでっ!!!熱いいいぃぃーーーっ!!!アツイィィーーー!!!助けてえぇぇーーーーぇぇ!!!」


声を上げるも天然木仕様のギャグボールのせいで言葉にならない!


「余市お兄ちゃん、お風呂で唄歌ってるみたいだよ!」

「相当、気持ちがいいのね!うふふふふ」


奥からは、コキオとユキエの仲睦まじい会話が聞こえてくる…。


だが!もう流石に限界!!


意識が薄れていく…もう熱さも感じない。


ギコよ…許せ。

迎えに行ってやることはできなかった…地獄のダウンヒルをひと足先に下って待ってる…ぜ…。


「Hasta la vista, baby…ぐはぁ!!」


プツン!


余市の意識は完全に途切れたのだった…。



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