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嗤うがいい…だがコレがオレの旋律(仮)  作者: ken
第二章 異世界で稼げ(仮)
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EP062 硝子の土

ヴィクトリア調ともルネッサンス調ともとれる煌びやかな部屋の奥で、天井まで届く大きな窓を背にしてデスクに片手をついて立っていたのは、紛れもなくあの赤毛の男だった。


「ようこそ、ギルドへ」


赤毛はそう言うと、目の前のソファに掛けるよう(うやうや)しく手で促してきた。

背凭れ部が異様にうねった、いけ好かない代物である。


銀髪ヤローは、ドアの内側に立ったままだ。

クックック!キサマこそただの従僕ジャマイカ!?


ソファに座ると同時に、奥にあるもうひとつのドアが開き、待っていたとしか思えぬタイミングでメイドがひとり入ってきた。

何故、瞬時にメイドだと看破したかというと、その服装が可愛らしいディアンドル風味だということと、銀のトレイに何かを載せていたからである。


部屋の雰囲気からして、メイドがトレイに載せているのは、おそらく紅茶であろうと高を括っていたが、その香りは紅茶のそれではなく…どうやら煎茶のようである!…裏切られた心境だ。

別に一般的な緑茶であるところの煎茶が嫌いなワケじゃない。オレとて日本人だ。

ただ、和室で仲居であればいざ知らず、洋風ルームにメイドとくれば、普通にここはアールグレイなどの紅茶であるべきだろ!?

銀のトレイの上に、ティーポットではなく急須が載っているのも違和感ありまくりである!

急須を載せるなら木製の御盆であって然るべきだろ!


しかしそんな不満は、別の対象へと興味が移ったことで、直ぐに消し飛んでしまった。


胸である!!栄養過多の胸である!!


マリカよりもひと回りは大きいであろう規格外でアウトローな罪深き…否!谷深き胸!

シャツのボタンを上まで留められないと見えて、大きくV字に開いておるではないかっ!!


顔は…メイドの顔は…うむ。なかなかカワイイ…ジャマイカ。

アキバの路地に立っていそうな如何にもなメイド服ではあるが、その優しそうな微笑みを湛えし顔と、何故か薄紫のその髪に妙に惹き付けられるものがある…。どことなく二次元風味だからかもしれない。


メイドは先に響の隣に屈むと、備前焼のような落ち着いた色味の湯呑みと、半透明の羊羹(ようかん)のような和菓子が載った漆塗りと思しき赤い皿を静かに並べると、急須で茶を注いだ。

そして今度は余市の隣に屈んだ。


その刹那!雷のような閃きが!!


こ…これはチャンスなのかもしれない!

となれば、ここはプランBしかあるまい!


羊羹に添えられし黒い菓子楊枝(かしようじ)を床に落として、それを拾う際に偶然を装って我が顔をそのけしからん胸にっ!むほおぉーーーっ!!!

客人待遇の茶の席で、きっとメイドたんも笑顔で許してくれる筈だ!


そうと決まれば!

迷う間もなく瞬時にアクションに移す!


「あっ」


手を滑らせて菓子楊枝を床にさり気なく落とすと同時に小さく声を発した。

我ながらパーフェクトな演技だ!菓子楊枝を落とした方向も完璧である!


そして菓子楊枝を拾うために床へと手を伸ばすと同時に、そのまま顔をそのけしからん胸にダイブッ!!!


むほおおぉぉーーーーっ!!!プランB成功っ!!!


グサッ!!!


「…気ぃ付けろやボケがぁ!デスヨ」


エッ!ウソ?どうして…?

何故!?何故だ!?

ふくよかで柔らかいマシュマロのような感触はどこに?

そして…何故オレの額に落とした筈の菓子楊枝が刺さっている!?


「痛ったぁーーーっ!!!」


オレの顔面は羊羹ではないのにぃいいぃぃーーーっ!!!

羊羹の載った赤い皿にポタポタと滴るのは赤い血!和菓子のタレなんぞではなく紛れもなくオレの赤い血っ!


ぐああぁぁあぁ!オ!オレ様の顔から貴重な血液がああぁぁーーーっ!!!


心で壮絶にスクリームを発しながらも、平静を装わねばならぬ状況!!!


「あはっ…拾ってくれて有難う…ね」

「大目に見てやるデスヨ」


あ…あの一瞬でキミは、落とした筈の菓子楊枝を床に到着する寸前にキャッチしただけでなく、オレの顔がそのエアバッグの如き胸にダイブする数センチ手前で菓子楊枝を180度回転させ、その尖った方でもって躊躇なくオレの額を突き刺したというのかっ!?


…その微笑んだ表情を微塵も崩さずに!!!


だが!やり過ぎだろっ!!幾ら何でもやり過ぎだぁ!!!

この客人たるオレのお茶目な願望を諌めるにしても、他に方法はなかったのかい!?

今時の勘違いキャバ嬢だって、ハマチからブリに成りかけのお触リーマンに対してここまではしない筈!ってかできない筈!!


「ん…どうした?」


赤毛は菓子楊枝の突き刺さったままのオレの横顔を見つめて言った。


「いえ…何でも」


菓子楊枝をプシュゥッと抜いてオレも赤毛の方に向き直り、答える。

響はそんな余市の方を見向きもしなかったが、その代わりに茶を啜りながらメイドの顔を細めた眼でじっと見つめていた。

メイドは配膳が終わると軽く会釈をして、ゆっくりと歩いて再びドアの向こうへと姿を消してしまった。


「…にしても、面白い趣向のプレゼンテーションだな。貴様、紫電(シデン)の動きを見切っていたのか?」


赤毛は意味不明なことを言いながら余市の顔を見つめていた。

あの恐ろしいメイド…名を紫電というのか。


「これほどの短時間で流血を止め、傷も粗方塞いでしまうとは…」


余市も言われるや否や、己の額の血を拭う。

確かに!!!既に血が止まっている風である!!!


気持ち悪いほどの治癒能力と響が言っていたが、実際に目の当たりにしたのは今回が初めてだった!

しかし、ここは敢えて驚きを隠し、


「フフッ」


ただ小さく笑うことにした。

特に意味はない…ただ、これまでに観てきた数多のアニメや漫画による経験値が、この展開では静かに笑っておくのが最も絵になる選択であると、そう直感せしめていたのである。


ドアの前に立っている銀髪も、ほほぅ…といった不敵な笑みを浮かべていた。

く…悔しいが、キサマの方が絵になっているように見える…。



「で、私たちに何の用かしら?」


コツンと湯呑みを置き、響は赤毛の方も見ずに瞳を伏せたまま呟いた。


「フフッ…気を遣っているつもりか?その目をもってすれば、我が思考を読めるやも知れんぞ」


それに響は答えない。

あくまでも先に質問したのは自分の方だとばかりにスルーしている。

もしくは、赤毛にも思念透視能力があるかもしれないと警戒しているのか?


「まあいい。オレは朱弦(シュゲン)という。この辺りの地域(エリア)を任されている諜報部員だ。我々は『硝子の土』と呼ばれている。村の酒場でたまたまその男、余市をを目撃してな。興味を抱いたのだ」


何だと!?あの酒場にこの男が居たというのか?

こんな派手な野郎が居たとは気付かなかったが…ん?そうか!なるほど諜報部員か…さては銀髪のように姿を消していたのだな!

そして硝子の土とは組織の支部名…差し詰め某フリーメイソンでいうところのグランドロッジと言ったところか。

にしても、こんなに簡単に自分たちが諜報部員だと明かしてしまうなんて、たいした組織ではなさそうだな!硝子の土さんよぉ!


響は相変わらず黙っている。

それを見て朱弦と名乗った赤毛は続ける。


「腕相撲とはいえ、あのロースを赤子を捻るかのように打ち負かしていたのだからな」


対面に座る響が、射るような視線をオレの額に突き刺した!

正直、菓子楊枝よりも鋭く恐ろしい!

お前の軽はずみな行動のせいで得体の知れぬ連中に目を付けられてしまったのだ!と言っているようだ。


しかし、それは一瞬だった。直ぐに視線を戻すと、


「それだけかしら?得体の知れない私たちに村民登録を許可する理由としては不十分な気がするのだけど…」


「確かにな…端的に言おう。我らの仲間になって貰う」


響の踏み込んだ問いに、決定事項のように赤毛は返したのだった。


暫しの沈黙が流れた後、赤毛は続けた。


「貴様らの目的が何であるかは知らぬが、我々、硝子の土の仲間になっておくことは、決して悪い話ではないと思うがな…」


「だが断る!」


オレである!

考えもなしに反射的に発していた。

何故なら、カッコイイと思ったからだ!それだけだ!


赤毛は背を向けると、窓際に立った。


「…村外れに住むユキエとかいう娘、村の法に背き、ひとりで早朝に狩りに出ていたようだな。フフッ」


「な…なんだ…と!汚ねーぞテメーっ!」


両拳を握りしめて立ち上がっていた。

赤毛はオレと響の身辺については完全に調査済みであり、弱みも握っていることを誇示したのだ!

ユキエが多額の罰金を科せられれば生活が苦しくなる!

幼いミハルやコキオを養えなくなる可能性もあるのだ!

折角なれた女戦士の資格だって剥奪されかねない!


「座りなさい。余市」


響に言われ、自分が激昂していたことに気付いた。

ついさっきまでの格好良かったキャラは完全に崩壊してしまっていた。

ここから再びクールなキャラを構築するのは極めて難しそうだ…くぬうぅ!


「まあまあ。ここは穏便に」


ドアの方から声がした。銀髪である。


錆爾(セイジ)よ。あとはお前に任せる」


錆爾と呼ばれた銀髪は、胸に手を当てると赤毛の背中に向けて目礼をした。

そして腕を組みドアに寄り掛かると、やや鼻につくが穏やかな口調で語り始めたのだった…。

余市のリテラシー能力で纏めると、次のような内容だ。


『硝子の土』は、都の王宮よりトゥーレ9から12までのエリアを任されている諜報機関なのだそうだ。

その構成員(メンバー)たる諜報部員は、赤毛の朱弦を筆頭に、銀髪の錆爾、紫の髪をした巨乳の紫電、他にも数名居るという。


エリア内の監視がメイン業務だが、表沙汰にできない事件や案件の解決、要人の警護なども請け負っているらしい。

具体的には、王宮への謀反や暗殺を画策する組織の殲滅や解体、奴隷売買や闇取引をする悪徳商人の拿捕といった業務が多い。

その業務の性質上、メンバーはあくまでも裏方の存在であり素性を知られてはならないため、幾つかの案件に於いては、どうしてもその活動に制限が生じてしまうという。


そこで硝子の土では、メンバーには属さないが、都合良く使える手駒を常に必要としていたし、過去にも雇っていたらしい。

しかし危険な任務が多いため最後の手駒を数日前に失ってしまい、新たに腕の立つ手駒を探していたという。

村人に溶け込みながら任務を遂行しながらメンバーに情報を共有し、場合によっては自ら処理する…それでいてなかなか死なない手駒…。


そこで目に留まったのが、余市だったというワケだ。


少し卑怯かもしれないが、ユキエ一家をこのまま見逃して欲しければ、手駒になれ!ということである。

報酬も働きに応じて気が向けば支払うという。

普段は村人としてギルドでアボニムを稼ぎながら生活し、並行して指令に従う。


条件は5つ。

1.手駒となるための試験にパスすること。

2.秘密厳守。硝子の土やそのメンバーの存在、指令内容について他言しないこと。

3.絶対服従。どんな任務も確実に遂行すること。任務は命よりも重いと肝に銘じること。

4.模範的な村人を演じること。

5.メンバーや手駒間での恋愛は禁止ではないが、なるべくバレてはいけない。


「…以上ですかね。質問はありますか?」


錆爾とかいう銀髪はひと通り話し終えると、その錆びた髪を掻き上げながら余市ではなく響の横顔に視線を落とした。


ツッコミどころ満載である!!!

これは脅迫以外の何物でもないし、手駒って!仲間でも何でもないジャマイカッ!!!

体のいい使い捨ての奴隷ではないのか!?消耗部品ではないのか!?

しかも、気が向けば報酬を支払うというブラック企業をも凌ぐ劣悪条件!

条件といえば、5つ目は何だ!?

なるべくバレてはいけないって…他の4つの条件とは明らかに温度差のあるふざけた条件!

まさか、銀髪野郎が響たんにひと目惚れして急遽、追加もしくは変更した条件ではないのか!?

本来であれば、それまでの条項の流れ的にも絶対禁止だったのではないのか!?


が…しかし、トキメキ偏差値が70を超えた響たんとの恋愛が、バレない限り禁止ではないのは、喜ぶべきことなのでは…。

って何を考えているんだオレはっ!

硝子の土だかグラスノスチだか知らんが、こんなヤバそうな組織に係わらなければ、そもそもこんな不条理な条件を圧し付けられることもない筈!


断りたい!!!


断りたい!…が!ぐぬうぅぅ…あのユキエたちを悲しませることは…できない!卑怯過ぎる!!!


「質問ではないのだけれど…」


響である。

相変わらず顔もあげようとはしない。


「何でしょう?」


「折角のオファーだけどお断りね。村民登録の件については一応、礼を言うわ」


ひ!響たん!

素晴らしい!!!素晴らしいけど、それではユキエたちが…。


背を向けたまま赤毛が笑った。


「フフッ…フハハハハ!」


そして、


「では、あの一家には罰金を科すほかはないのう…構わぬと言うのだな?」


「気の毒だけど、あの娘が法に背いて狩りをしていたことは、私たちには何の関係もないこと。行くわよ余市」


響はスッと立ち上がった。


「なら…仕方あるまい。我々は貴様らを村に侵入した不穏分子として捕えることにしよう」


なんだと!?

咄嗟に余市は響の前に立つと、彼女を庇うナイトのように身構えた!

剣の代わりに菓子楊枝を指に摘まんでいるところがシュールではあるが、気分的には完全に愛すべき女を守る騎士である!


赤毛と銀髪の両者の動きに全神経を集中させる!

だが、ふたりは微塵も動かなかった。



「そこまでじゃ」


どこからともなく声がした。

非常に至近距離からの声であり、しかも聞き覚えのある声でもある…。


「くぅっくっくっく…童の読み通りじゃったな、赤毛よ」


何と!デスクの中から声がしていた!

そしてその声音は、朧…じゃなくて村長である!


声の正体に気付くと同時に、ヒョイッと村長はデスクの裏側から飛び出ると、椅子の背凭れにチョコンと座った。さっきの村役場とまるで同じ動きであり、同じポジショニングである。

そしてペロペロキャンディを手に持ちながら、例によって足をブラブラさせ始めたのだった。


「驚いておるようじゃのう。くっくっく。役場のデスクとこのデスクは繋がっておるのじゃ」


なにいぃぃ!!!

確かに距離はそれほど離れていないが、まさか、穴が掘ってあろうとは!

と同時にあの不自然なダクトの存在を思い出す。


「まあ、脱出経路のようなもんじゃ。お主らも知っておろう。あの村外れの外へと通ずる出入り口を」


あのユキエがこっそりと使用しており、自分たちがこの村へと侵入した材木置き場から通じている抜け穴のことであろうことは明白である。


「この村の村長は代々臆病者でのう。あちこちに抜け穴を残しておったのじゃ。王宮の言い付けにも背いてな。このデスクの通路もその名残のようなもんじゃ。くっくっく…何故だか分かるか?」


「わ…分かるワケないだろ!」


先ほどからの緊張が持続しているせいで、声がドモッてしまう。


「この村はのう…そもそもギルドだったのじゃ。どんどん人が集まり、いつしか村となったのじゃ」


村長の話では、そもそもクンニスキー村のあの卑猥な紋章は、ギルドの紋章だったという。

僻地にあったギルドが栄え、今あるトゥーレ9にその場を移し、村を形成したのだそうだ。

これで当時、役場よりもギルドの建物が優先されて建てられた理由が分かった。


そして、ギルドを治めていたギルドマスターの家系が、村長の家系として存続しているのだという。

昔からギルドマスターは、他国のギルドマスターや刺客に命を狙われる運命にあった。

それはその立場上、有益な情報や秘密を多く知り過ぎていたためだという。

勿論、ギルド同士で王宮からの美味しい依頼を取り合うライバル関係にあったことなども挙げられるであろう。

初代のギルドマスターこそ強かったらしいが、代を経る毎にその力が衰退し、どんどん臆病になっていったのは仕方のないことだったのかもしれない…。



「こやつらは童の権限で、当分の間、泳がせておく。良いな?赤毛」

「…賭けとはいえ勝負に負けた以上、二言は無い」


どうやら村長と赤毛は、余市と響が素直に手駒になるかどうかを賭けていたようだ。

茶番のオカズにされたことには憤りを感じるが、捕まって牢屋にブチ込まれることを考えたら、何倍もマシである。


「お主らは童に感謝するのじゃ!そしてこのクンニスキー村から予選に出て貰う。良いな?童の機嫌を損ねれば、お主らなんぞ、いつでも牢に入れられるのじゃ」


結局、この村長も脅迫かよ!!!ってか、


「予選て何?」


「武道大会に決まっておろう!この村は毎年、本戦の1回戦負けじゃからな。お主らには童の余興に付きおうて貰う。目指すは本戦優勝じゃ!」


村長はその思いの丈をブチ捲けた。

ギルドから発祥したこの村が、脚光を浴びなくなってから久しいという。

そろそろクンニスキー村の威厳を取り戻したい!そう村長は考えていたようだ。

その絶好の機会が、毎年、都で開催される武道大会なのである。

硝子の土などの裏組織に属する人物は出場できないし、そもそも彼らは腕が立つとはいえクンニスキー村の村民ではないのである。

かといって村長の御眼鏡に適うような目ぼしい村人もなかなか見当たらず、今年も諦めるしかないかと思っていた矢先に現れたのが、余市と響だった。

実戦こそ見ていないが、余市はともかく響をひと目見た時、村長は、この娘ならそこそこ勝ち進めそうだと直感したらしい。


余市と響を村役場からギルドへ向かわせた直後に、先回りして赤毛に賭けを持ち込んだというのがことの全容であった。



響はいつの間にかソファに腰を下ろしていた。

そして菓子楊枝で羊羹を切ると、その二分された羊羹を少しの間、見つめていたが、一方に菓子楊枝を刺すと、諦めたように小さく呟いたのだった。


「選択の余地はないというわけね…お茶のお代わりを頂けるかしら?」


硝子の土の手駒ではなく、村長の手駒へと堕ちた瞬間である。


勿論、主たる響の決断に、下僕の身である余市が口を挟める筈もないし、これ以上、刃向かうのはヤバイと感じてもいた。

またしてもドアは直ぐに開き、紫電とかいう怖いメイドが待ってましたとばかりに笑みを湛えながら急須を載せて入ってきた。


それにしても、ロースとの腕相撲がここまで影響してこようとは!


「赤毛よ。ギルド登録や住居の斡旋はお主に任せる。…勝手なことは許さぬぞ」


村長は赤毛に言ったが、勝手なことは許さぬぞ、と言った時の声音が普段のそれよりもトーンが低く感じられた。


「…承知」


赤毛の返事を聞き終えると、村長はデスクの下にキャンディと共に消えてしまったのだった。



その後、銀髪の錆爾が、色々と今後の手続きなどについて話を進めた。


「…というワケで、後は彼女に従ってね。紫電ちゃんよろしく」


「はい。ではおふたりは私についてきやがれデスヨ」


紫電について、部屋の外に出る際に、赤毛の方をふと見たが、窓の外を眺めたままだった。

村長が去った後、とうとう赤毛はひと言も口をきかなかったのである…。


紫電は姿を消すこともなくメイド服のまま、廊下をゆっくりと歩いて行く。


そこで予期せぬことが起こった!


何を思ったのか、響がいきなり前を歩く紫電の後頭部に向けて正拳突きを放ったのだっ!!!

無警戒のメイドちゃんを急襲する、目にも留まらぬ早業である!


「何をっ!?」


余市はそう発したが、響の拳は紫電の後頭部に達する直前で止まっていた。

よく見ると、紫電は後頭部に手を回し、メイド服の襟からキラリと光る刀の刃を10センチほど出していたのだ!!!

あと数ミリで響の拳は血を噴いていたであろう!!!


「次、やったら斬るデスヨ」


響は静かに拳を下ろした。

同時に紫電も刀の(つか)から手を放した。

襟から覗いていた(つば)のない刃はメイド服の背中へと消えたのだった…。


宝珠によって運動能力7にまで覚醒した響の拳を、閃光の如き速さで阻止した巨乳メイド…紫電。


恐ろしい!恐ろしいっ!!


「…流石ね。今度、正式にお相手してくださると嬉しいのだけれど」


響の言葉に紫電は答えなかった。


その後は何事もなく、同じ階の幾つかの部屋を回って、紫電…ちゃん…と共にギルドの登録やら住居の選定などを済ませたのである。

因みにギルドの登録は、村民登録のように係員によってコケシを肩に押し付けての証紋の儀と同様の方法でおこなわれたのだが、新たに何が書き加えられたのか、ぱっと見では変化は分からなかった。

とにかく今後、ギルドで仕事を受ける際には、受付で肩によるギルド認証が必要だということである。


住居も地図と鍵を渡されただけで、書類にサインをして終了した。

現地を見て気に入らなければまた来るようにと言われた。3日以内であれば、新たに別の住居を紹介してくれるという。


そして全ての手続きが2階の幾つかの部屋で終了した。


「あの、紫電…ちゃん、有難う」


去ろうとする紫電に、勇気を出して礼を言った。


「百年早いんじゃボケ!デスヨ。紫電サマと呼びやがれデスヨ」


こ、これは!新たなヒエラルキーが芽生えてしまったというコトなのだろうか?

屈辱的だが、さっきの早業といい額への菓子楊枝の一撃といい、恐ろしくて異を唱えられる状況ではない。


「し、紫電…サマ、今日は有難う御座いました」


紫電は余市には答えず、


「人間の雌でこの紫電サマに勝てる者はいないデスヨ。…テンガ百枚でいつでも相手になるデスヨ」


さっきの響に対する答えだった。

テンガ百枚とは百万アボニムであり、日本円にして百万円である!


こうして余市と響は卑猥な扉を開き、ギルドを出たのだった。



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