EP061 ギルドゥ
今後の村民登録のための下調べのつもりで訪れた村役場だったが、結果としてその場で面談することとなり、何と即日、村民として認められてしまったのだった!
それにしても、あの生意気な糞ガキ村長が、朧や宝珠について知っていたのには驚かされた。
思念を読まれたのは事実だが、その言動から察するに、予め色々と知っていた風にも思えた。
どちらにせよ、今の自分たちが竹鶴たちの居所や祭壇の手掛かりを求めているということが知られてしまっているは確かである。
幸いだったのは、村長が少なくとも敵勢力ではなさそうだ、ということである。
だからといって、現時点ではまだはっきりと味方とも言い切れないが…。
朧や村長、それに青や…響、彼女たちのように相手の思念を読む能力者が、そうぽんぽんと居るワケではないだろうが、今後は初対面の相手にはより一層の注意を払わねばならないと強く感じた余市だった。
それと硝子の土とかいう赤毛のイケ面も何者なのか気になる…。
っていうか、気に入らん!
覚悟していたとはいえ、やはりこの異世界にもイケ面は存在しやがったのである!
やつの顔を見た瞬間、ラノベ異世界のようなハーレム展開は木っ端微塵に打ち砕かれたのだ!
幾ら修羅道の如き異世界だからといって、飴と鞭のように多少はバランスがとられているのではないか?世界とは得てしてそうやって成り立っているものではないのか?と、こっそり甘い期待をしていた自分が馬鹿だったと気付かされたのだ。
…ともかくやつは謎である。
村役場が裏で雇っている影の仕事人なのやも知れぬ!
村長は、赤毛と気安く呼んでいたが、村民登録係の老人たちは寧ろ脅えている風だった。
オレのことや名前まで知っていたというのも不気味だし、響が恐ろしい女であるという事実を瞬時に見破った洞察力も脅威だ。
しかし素直に首肯し難い事実として、晴れて村人と成れたのはやつのお陰と言えなくもない…否、ほとんどやつのお陰なのだ!
実際問題、やつが居なければ、ふたりの老人に門前払いをくらっていたであろう。あの面倒臭がり屋の村長とて、硝子の土のお墨付きが無かったら素直に証紋の儀を執行してくれていたかは疑問である。デスクの裏から出てこなかった可能性すらある。
だがいずれにしても、ギルドに行けばやつの正体も判明することだろう。
「余市。あの赤毛の男のことなのだけれど、本当に見覚えはないのかしら?」
村役場を出たところで、響に尋ねられた。
赤毛に名前を呼ばれた時の心の動揺を、響に気付かれていたようだ。
「うん。じゃなくて!ハイッ!見覚えありません!」
「そう…まあいいわ。おそらく何か決断を迫るようなことを言ってくるでしょうけど、貴方は勝手にその場で即決しないことよ。分かるわね?」
「ハッ!ハイッ!」
「よろしい。では向かいましょう」
職業斡旋所であるギルドは、村の支柱の裏側にあった。村役場の直ぐ傍である。
見たところ、役場と同じく3階建てではあるが、建物の形状や雰囲気は村役場のそれとはまるで異なり、外観も何倍も大きかった。
真っ先に気付いたのは、このギルドは村が造られる際に当初から建設計画に組み込まれていたのであろう、ということだ。
何故なら、このギルドも村の支柱と同様に、トゥーレ本体を刳り抜いて造られた建物だと分かったからである。
天井とは繋がってはいないものの、ギルド壁面の最下部はなだらかなカーブを成して地面と繋がっていたのだ。
本来であれば、村役場が第一に優先されるのが一般的な筈だと余市は考えている。
区役所や市役所のような地域行政の中心たる村役場を差し置いて、ハローワークのようなギルドの方が先に計画されていたのだとすれば、そこに違和感を覚えざるを得ない。
トゥーレの中という理由からだろうが、役場と同様にギルドにも建物を囲う外壁のようなものはなかった。
そして正面の大きな扉に近付くと、周辺の壁一面に沢山の名前が彫られていることに気付いた。所々に冥福を祈るような文言も散見されることから、これらは戦死者たちの名前なのだろう。
どこかにユキエの父親の名前も刻まれているに違いない…。
重厚な鉄の観音扉には、大きく卑猥な紋章が立体的に彫刻されている。勿論クンニスキー村の証ではあるが、このビラ…もといトビラだけを見れば、秘宝館そのものである!
これではまるで、厚い扉に阻まれしギルドではなく、熱いビラに挟まれしディルドゥではないか!?って馬鹿野郎!
余市はワケもなく照れながら、リアルな陰唇の如き両扉に手を当てると、ゆっくりと己を捻じ込むようにしてギルドゥへと挿入もとい!進入したのだった。
奇遇なことに内部も…リアルに殷賑を極めていた。
広いフロア全体が酒場と化し潤っていたのである!
ロースのような屈強な男から、隻眼の老婆のような魔女風味の女まで、あらゆる人種が集まって酒を飲み交わし騒いでいたのである!
「んなっ!なんじゃココはぁっ!!?」
戦死者の彫られた重苦しい外観とのギャップも手伝って、思わず叫んでいた。
だが、そんな余市の声などこの擾乱の波の中では全く響かない。
外では不思議とあまり見かけなかった若い男性陣も、皆ここに集結していたようだ!
キサマらは精子かっ!?
無数にある丸テーブルで飲んでいるグループもあれば、壁沿いに腰掛けて孤独に飲む者、グロッキー風味で床に転がっている者もいる。
思わず反射的に、直ぐ脇にあった階段を下りて避難していた。
その地下へと続く螺旋階段を下りた先には小さな受付カウンターがあり、グラサンの屈強な黒服が通せんぼをしていた。
奥を覗き込むとそこはカジノだった。
カジノとは言っても村である。繁盛しているとは到底思えない。
だが、この空間のメインはそこではなかった…。
そこはアダルティな選ばれし大人のための空間だったのだ!
小股の切れ上がったバニーたちが闊歩する中、ほぼ全裸のポールダンサーたちが、床から天井へと繋がる硬い棒を股に挟んであちこちで踊っていたのであるっ!
そして奥の突き出したメインステージでは本格的なストリップがっ!!
それにしても、この怪しいムードのBGMは何なんだ?洋モノのポルノか?…悔しいがクセになるリズムだ。
って!この異世界にも音響装置のような技術が存在しているというのか!?
…まあ今はそんな瑣末なコトよりも、あのストリッパーの円舞に集中せねば!
余市はふと湧き上がった疑問を強制シャットダウンすると、自慢のデビルアイを凝らしたのだった。
うーむ…あの娘、どことなく誰かに似ているような気がする…。
むむっ!秩父のコンビニで出会ったあのロードバイクのエロギャルにクリソツではないかっ!?
ぐはぁあっ!!!
ノーズブリードを警戒して思わず鼻を押さえてしまう。
ひとりだったら迷わずアボニムを支払い入場していたであろう!
断じてエロい欲求からではない!
じ…人生経験としてたまにはこういうコトも必要だと思ったからだっ!!!
アボニムと言えば、この異世界では紙幣が存在していないことを思い出した。
何故、急にそんなことを思ったのかと訊かれれば、ストリッパーの纏っている小さな布にはチップが1枚も挟まれていなかったからだ。
改めて紙幣の重要性と紙幣がないことへのデメリットを痛感した瞬間だった。
何故なら、ダンサーと触れあえる数少ない機会のひとつが、そのことで失われてしまっているからである…。
「戻るわよ」
はっ!
響に冷静に言われ我に返ると、かなり名残惜しいが再び1階のフロアへと戻った。
喧騒としたフロアの雰囲気にも少しずつ慣れ、冷静に周囲を見渡す。
数か所に大きな掲示板が設置されているが、仕事の依頼が張り出されているに違いない。
奥に並ぶカウンターはふたつに大きく分かれており、片方は酒場としての注文カウンターであり、もう一方はギルド本来の業務を遂行するためのもののようだった。
そして視線を上に向けると、そこには何と大型モニターが設置されていた!
カルチャーショックである!
勿論、埼玉にだって大型モニターくらいあるさ!
そうじゃなくて、この異世界には、こういった先進機器の類は存在しないであろうという思い込みが、見事に裏切られたことによるショックである!
画面には8つに分割された映像が映し出されており、どうやら村の入り口や周囲をモニタリングしているようだ。そう、監視カメラ映像である。
つまりコレは、モニターディスプレイだけでなくカメラもこの世界に存在しているということジャマイカ?
先ほど地下のカジノで流れていたBGMといい、意外とこの異世界も発展しているのかもしれない…。
少なくとも映像や音響装置のようなモノはあるのだから、村ではなく都や町に行けば、車やパソコンだってある可能性もある。
ただ、皆騒いでいるので、律儀にこのモニターを観ている者などは居ないようだ。
余市は主たる響に道をつくるため、除雪車のように人を掻き分けながら前面のギルドカウンターの方へと進んでいく。
赤毛との約束はあるが、ギルドに立ち寄れと言われただけだし、折角だからギルドに登録しておこうと思ったのだ。既に村民登録が済んでいるのだし、問題ない筈である。
カウンターに漸く辿り着き、店員を捕まえようとするが、忙しそうで取り付く島もない。
そんな中、ふと不思議なモノをカウンターの上に発見した。
直径30センチほどの昆虫の複眼のような半円形のモノが埋め込まれていたのだ。
それだけではない。その物体からは光が線状に放たれていたのだが、その光が射しているのは何と先ほどの大型モニターなのだった。
そこで初めて、モニターだと思っていた大画面が、よく見ればただの壁であり、この複眼のようなものによってプロジェクター風味に投影された映像であることを知った。
いったいどんな仕掛けなのだろう…。
そんな疑問を抱いていると、
「それは虫使いによる魔法さぁ」
背後から何者かに耳元で甘く囁かれた。
慌てて振り返るも、そこには誰の姿もなく、響が居るだけだった。
しかし、その誰も居ない筈の至近距離の空間から、再び声がした。
「ギルド登録は2階だよ。あのお方も待っておられる。さあ、右手より上がり給え」
すると気配が消えた…。
これは隠れ蓑による保護色効果なのか!?
それとも…魔法?
あのお方というのは赤毛のことに違いない。
「余市、あの階段の裏で蓑と笠を装備するわよ」
響は言いながら視線で場所を示した。
相手が何者であるか分からぬ上に、姿を消して勝手に見張られていたのだ。非常に危険な香りがする!
こちらも姿を消して、先に相手が何者であるのかを確認し、敵かどうかを判断してから会うかどうかを決める必要があると響は判断したに違いない。余市とて同じ意見である。
「ハイ」
静かに答えると、速やかに階段の裏側へと移動した。
そして金嚢から隠れ蓑と笠を取り出すと直ぐに装備した。響も装備を終えたため互いに姿は見えなくなった。
しかし、フロア内の樹液の照明効果によって、互いの位置は陰で分かる。余市からすれば主の匂いも知っているし、動いている時であれば微妙な背景とのズレも確認できるのである。
切り込み隊長らしく余市が先頭に立ち、階段を上がっていく。
上がりきったところで、案内係とも衛兵ともとれる制服姿の男がひとり立っていたが、ふたりに気付く様子はなかった。これだけ階下が騒がしいと、近寄る気配や音など全て掻き消されてしまっているも同然である。
男の前を悠々と通り過ぎると、3階へと続く階段があるが、部外者の立ち入りを禁ずる旨の立て看板が置かれ鎖で封鎖されていた。そのまま素通りするとそこは廊下が続いており、地味な木製のドアが奥の方まで並んでいる。
おそらく一番手前の部屋がギルド登録受付のための部屋だと思われる。
既に男は後ろ向きなので気遣う必要もないが、内部に居るであろう者には気付かれないように注意を払わねばならない。
余市はドアノブに手を掛け、ゆっくりと捻ろうとしたが、そこで手首を何者かに握られた!
はっ!
思わず声を上げそうになるも、
「しっ!一番奥のドアにするわよ」
小声で囁いたのは響だった。
一番奥というのは、突き辺りにある部屋のドアのことである。
そのドアだけがこちら側を向いており、地味な木製ではなく白く塗装されていた。
ドアノブも金色で、周囲の壁にも装飾が施されている。
おそらく手前の幾つかの扉は、普通にギルドの業務上の部屋なのだろうが、明らかに差別化された一番奥のあの部屋は、ギルドマスターか誰か分からないが、責任者の居る部屋であると思われた。
白いドアの前まで辿り着き、金色のドアノブに手を掛けた。
すると、またしても響に手首を掴まれてしまった。
今度は何だろうと、指示を待っていると、
「ほほう…なかなかに面白い」
なにいいぃぃーーーーっ!!!響じゃないだとおぉぉーーーっ!!!
先ほどの男の声である!
今、手首を握っているのは響ではなく、先ほど耳元で甘く囁いた男!
「警戒することはありませんよ。ささ、それを脱いで姿を見せてください」
「貴方は姿を見せないのかしら?」
響である。
互いに姿を見せてこそフェアというものだと言っているのだ。
「これはこれは、一本取られましたね。でも、貴方のその美しい瞳が僕には少々骨が折れるのですよ。でもまあ、ごもっともな意見…それでは御一緒に」
そう言うと、何もない空間がぼやけだした。そして徐々に形を明確にしていき、声の主は姿を完全に現したのだった。ほぼ同時にこちらも装備を解いた。
「お初にお目にかかります」
男は膝をついて響の手を取ると、何と!その響たんの汚れ無きオテテの甲にキスをしたのであるっ!!!
予想外の展開に、響も反応できなかったようで、はっと気付いて慌てて手を引っ込めた。
「ふふふ…今ので貴方は死んでいたかもしれませんね。いかなる時も、油断は禁物ですよ」
と、男は立ちあがって笑顔で言ったのである!
Kiss of deathという某海外メタルバンドの懐かしい曲名がそのリフと共に思い浮かんだが、同時に青の接吻も思い出してしまった。
騎士道精神を気取ったその男は、ユキヒョウ柄のマントを羽織り、長い銀髪をしていた。
背はロースほどではないにしても竹鶴よりかは確実に高いであろう。
そして、その声と同様に甘いマスクをしていやがった!!!
何だ!?その男らしからぬ長いまつ毛は!鼻筋も通りやがって!
キサマは少女漫画の白馬の王子デスかっ!!?
許せんっ!!!許せんっ!!!この男だけは断じて許せんっ!!!
「我が愛しき主に対してなんたる非礼なっ!!!許せんっ!!!」
憤りを抑えきれず、思わず声に出して叫んでいた!咬みつきそうな勢いである!
余市がこれほどまでに感情を剥き出しにすることは何気に珍しい。
目の前で愛しき響が手の甲とはいえ接吻をされたこともそうだが、絶対的にルックスが秀でた相手に対する劣等感や妬みなどといった、所謂、ルサンチマン風味のパトスも大きく作用したのは間違いないだろう。
「おやおや。ただの従僕かと思いきや…ふふふ。これは失礼」
な、ななな何だとぉ!
「いつまで道草を食っておる。さっさと案内しろ」
「ははっ!」
部屋の中から男の声がした。
聞き覚えのある、硝子の土とかいう赤毛に違いない。
銀髪は扉を開くと、余市と響を中に通した。




