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嗤うがいい…だがコレがオレの旋律(仮)  作者: ken
第二章 異世界で稼げ(仮)
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EP059 村民登録

ミンチの営むモリマン渓谷を出て、余市と響は村の中央に屹立する支柱へと足を向けた。

支柱の傍に村役場があると聞いていたからである。


今の余市と響にとっては、村民登録は最優先事項(トップ・プライオリティ)なのだ。


村民登録をすることで、怪しまれることなく村人たちとコミュニケーションをとることができるし、コソコソとひと目を気にせずに堂々と村の出入りも可能となる筈だ。

この異世界の勝手が分からぬ現状では、ひとまずクンニスキー村を拠点として多くの情報を仕入れ、竹鶴たちとの合流を期待する他はない。


ユキエが言うには、種の祭壇等の特殊な情報は村ではあまり期待できず、都にある王立図書館で情報を仕入れるのが良いだろうとのことだった。都に入るためにも村民登録は必須なのである。何しろ都に限らず他の村や町へ入る際には、それぞれの検問で肩を見せねばならないのだ。


そして、当面の生活の問題がある。

アボニムを稼がなければ生きていけない。いつまでもユキエの世話になっているワケにもいかないし、ミンチの巾着も直ぐに使い果たすことになるだろう。そうなれば食事は丁子で凌ぐことになる。丁子にだって限りはあるのだ。

他にも、村の外に出るとなれば装備や武器も必要となってくるだろう。


つまり、働かなければならない。


異世界とはいえ、これはラノベでもなければネトゲでもなくリアルなのだ。

自慢になってしまうが、余市は生まれてから一度も労働によって金を得たことがなかった。そもそも、労働と言えそうな経験すらなかった。

せいぜい図書委員の貸出し業務と、周囲の雰囲気に負けて文化祭の準備を少し手伝ったくらいのものだ。地域に貢献したこともなかった。近所のドブ掃除や祭りの手伝いにも参加したことがない。


模範的なヒッキーなのだ。


UFOキャッチャーでフィギュアなどの景品をゲットしたり、年末の宝くじで数千円当てたことならあるが、そもそも親の稼いだ金を運用したに過ぎない…てか、運用なんて言葉で語ること自体が恥ずかしい。


だが、ネトゲではかなり稼いでいた…。


リアルマネートレーディング、所謂、RMTなどではなく、単純にそのネトゲ世界で完結するマネーを稼いでいたというだけだが…紛れもなくオレの分身は充実していた。まあ、厳密にはネトゲできていたのも親のお陰でありお金なのだが…。そう考えると本当に情けない気分ではある…。


幸いこの異世界にも仕事斡旋所であるギルドが存在していることは、ユキエから聞いている。

特殊能力を使用して村人から直に金をせしめるのは御法度であることは、響にも諭され深く得心もしたが、ギルドに登録して特殊能力で仕事をこなし報酬を得るのはモラルに反しないだろう。

人や組織の依頼を消化して対価を受けることは決して悪いことではない。依頼主が悪人だったらどうしようもないが、そういった仕事は吟味して受けなければ良いだけの話である。


そんな、これからの生活の糧になるであろうギルドへの登録にも身分証明は必要不可欠であることから、やはり村民登録は最優先なのである。



正直言って、簡単に村民登録ができるとは思っていない。

長期間の村での滞在記録や大人の推薦状もないのだ。

寧ろ最悪のケース、密入国ならぬ密入村の怪しい人物として軟禁されてしまう可能性もゼロではないのだ。

そのようなコトになっても、ユキエたちには迷惑が掛からぬよう、ユキエと秘密の出入口の存在だけは黙秘し通す必要がある。



支柱は近くで見るとかなり太くて大きなものだった。

村の天井を支えるという本来の目的のためか、周囲の建物とは違い、テナントなどが入るような構造ではなく、何箇所かに梯子が架けられているだけである。だが看板は多い。


そんな村の支柱の直ぐ脇に、村役場はポツンと建っていた。

3階建てのそれほど大きな建物ではないが、制服を着用した門番が入口の警備をしていた。


意を決して一歩踏み出そうとすると、


「待ちなさい」


後ろから響に引きとめられた。


「必要書類や条件の確認のみにするわよ」

「ハイ!」


今日は面談をしないで帰るという意味である。

これには余市も賛成だった。何の準備もせずに面談をして許可が下りるとは思えない。今日のところは情報収集と村役場の雰囲気だけを確認して、ユキエの家に戻って作戦を練り、後日、改めて面談申請した方が良いだろう。


門番に軽く目礼をして、建物に入ろうとしたところで、早速、引き止められてしまった。

飲酒運転の検問で免許証を求められる感覚で、村人の証を見せるように言われたが、直ぐに肩に何も刻まれていないことが判明すると、門番は険しい表情になった。あからさまに不信感を抱いた様子である。


「村民登録のための必要事項を確認しに来ただけよ」


響は言いながら両腕をあげてクルリと回って見せた。余市も釣られるように同じ動きをして見せた。

すると門番は、なるほど!といった表情で、以外にもすんなりと中に通してくれた。


コンパクトな金嚢に荷物を全て収納していたため、手ぶら状態だったのが良かったのかもしれない。危険物の類を隠し持っていないことはパッと見で判断できた筈だからである。

それに、肩に何の紋章も刻まれていないとはいえ、既に村に入っているのだから、村の検問には最低でもパスしていると見るのが自然である。まさか、こっそりと侵入したなどとは思わなかったのだろう。

現時点で肩に村人の証がないのは、外部の少数民族が村民登録のために遠路はるばる訪れたのだとすれば筋も通っている。


ひょっとしたら響が門番の心を読んで、最小の言動と行動で切り抜けた可能性もあるが、余市には分からない。


建物に入ると長いカウンターがあり、要件毎に窓口も別れていた。

余市と響はカウンターには行かずに、村民登録申請の書類を探すため、壁沿いに差し掛けてある様々な書類に目を這わせた。すると、


「どのような御用件でしょうか?」


年配の女性職員が、カウンターの内側から尋ねてきた。


「えっと…村民登録の申請書類とかあるのかなって」

「ご本人様でしょうか?」

「ええ、まあ…はい」


反射的に答えてしまったが、響は厳しい視線を余市に向けた。

うぅ!やっちまったのか!?オレは!


対応した職員は、笑顔でカウンターから出てくると、


「それであれば書類は必要ありません。さあ、どうぞこちらに」


と言って、余市と響の背中を押すように、2階へと案内する。

ここで変に抵抗すると怪しまれる可能性がある…そう判断したのか響は何も言わずに階段を上がって行く。表情は伏し目がちだ…。


2階にはカウンターはなく幾つものドアが並んでいた。ドアの表には、要件毎の部署名の札が掛けてある。

職員は少し進むと、コンコンとドアをノックした。『村民登録係』と札には書いてあった。


「村民登録希望者をお連れ致しました」

「うむ。通しなさい」

「はい」


部屋内部の人間に要件を伝えると、職員はドアを開けて、中に入るように促した。

もう、引き返せない!いきなり面談することになってしまったようだ!

やはり門番とは違って、職員には本人であるということは、ひとまず伏せておくべきであったと反省するも、時既に遅しである。


部屋に入ると、案内役の女性職員はドアを閉めて直ぐに引き返してしまった。

奥にふたりの老人が座っている。右側の眼鏡の老人職員が、


「こちらにお掛けください」


と、デスクと相対した椅子に座るように言ってきた。

もう、響と内々で相談する機会すらない状況で、どのようにこの場を切り抜けるべきか!?

椅子に座ると直ぐに、


「コホンッ!そうですね、まずは…村にはいつ、どのような要件で来られましたかな?」


キターッ!!いきなりかよ!?

顎を引き、眼鏡の上から覗き込むようにふたりを交互に見つめて返答を待っている老人職員。

非情にマズイ!正直に答えれば密入村したことがが自ずとバレてしまう!


「それが…大変申し上げ難いことなのですが、昨日、目が覚めると、この村の外れに身ぐるみ剥がされて寝かされていたのです。正確にはこれまでの記憶がないため、身ぐるみ剥がされたという事実は証明できないのですが、ほぼ裸の状態で、持ち物も何もなかったので…なので本日も実は、村民登録というよりも、相談に来た次第です」


響はつらつらと台本を読むかのように、悲痛なトーンで語り出した。

これまでの唯我独尊風味の欠片もない、弱々しい少女といった塩梅である。ここは響のストーリーに合わせるしかないと咄嗟に判断し、余市も俯いて悲痛な表情を演出して黙っていると、


「なんですと!?では記憶がないのですか?」

「はい…一時的なものと信じたいのですが、横に寝かされていたこの方とも話し合ったのですが、互いに名前以外は何も思いだせないのです。

幸い、親切な女性が居て、この村の名前とこちらの役場の場所は教えていただいたのですが…」

「うーむ…非情に困りましたね…体調はよろしいのですかな?」

「今のところは大丈夫です」


すると、左側に座っていた顔面シミだらけの老人が眼鏡の老人に、


「これは事件の匂いがしますな…悪い者たちに荷物か何かに隠されて検問を突破したのやもしれません」

「うーむ、その線が妥当じゃろうな…最近流行りの奴隷売買の組織の可能性もあるが、よもやこのような田舎の村にまでその手が伸びていようとは…」


何やら物騒な話に発展し始めている…。


「ところで記憶がないとのことですが、その…肩を拝見してもよろしいですかな?」


響は躊躇せずに袖をずらして肩を見せたので、余市も同じように見せた。


「ぬう…やはり消されてしまっておるか…」


顎に拳を当てながら、老人は何やら考えている。

奴隷売買の悪の組織は、紋章を消す裏ワザ的な術を有しているのだろうか?どちらにしても、この展開は好都合である。


「昨晩はどうされてましたかな?」

「はい。先ほど申し上げた親切な女性に泊めていただきました。

事情を説明すると同情してくださって…でもその方にいつまでもご迷惑をお掛けするわけにもいきませんし、かと言って記憶が戻るまでは何もできず、素性も分からぬままでは仕事にも就けません」

「うーむ、確かに…しかし、同情はしますが我々としても、素性の分からぬあなた方を村人として無条件に登録するのも困難なのです。非情に稀なケースですし…勿論、検討はさせていただきますが…気の毒ですし、うむ、どうしたものか…」


そう言って眼鏡の老人は暫し悩んでいたが、シミの老人が何やら耳打ちすると、


「うーむ…では頼む」

「少々お待ちを」


そう言って、シミの老人は部屋から出ていった。

先ほどの耳打ち、余市には聞こえていた。『念のため硝子の土の確認を仰ぎましょうか?』確かにそう言ったのだ。それにしても、ガラスノツチって…何?


てか内線とか…そもそも電話のようなイノベーションもこの世界にはないのか?デスクの上には書類は置かれているが電話らしき通信機器は見当たらなかった。


待っている間、気まずい沈黙が部屋を支配しかけたが、出ていったシミの老人は意外と早く戻って来た。

ドアをノックして老人は部屋に入って来たが、その後ろにもうひとりの人物が居た。硝子の土という人物だろうか?


「こちらのおふた方なのですが…」

「ほほう…」


老人の後ろから姿を見せた人物は、余市を見つめると怪しげな笑みを浮かべながら呟いた。

ヒョウ柄のマントに身を包んだその男は、やや険しい表情をしておりプライドの高さが匂わなくもないが、間違いなくイケ面の部類であり、背中まで垂れた長い赤髪が印象的である。


続いて男は響の方を見たが、一瞬、瞳を細めたかと思うと直ぐに視線を逸らして背を向けてしまった。

そして老人に向かって、


「登録を許可してやれ」


いきなりである!

初めて会ったばかりだと言うのに、赤髪の男は迷うこともなく即断したのだった。


「えっ!?よ、よろしいのですかな!?どこから来たとも知れぬ…」

「かまわぬ。男の方は…知らぬ顔でもない」

「と、言いますと?」


返答の代わりに赤髪の男は、眼鏡の老人にギロリとした鋭い視線を向けた。


「ひいぃぃ!!す、すみません。出過ぎたことをっ!」


狼狽した老人を他所に、赤髪の男は余市の方に向き直った。

いったい、この男は何者なのか?

明らかなのは、この老人職員たちよりも地位が上であるということである。村長の家系の者だろうか?親の七光に肖る道楽息子の類かもしれない。年齢もまだ20代に見える。


それに、知らぬ顔でもない…とは?

オレはこの男に会った記憶がない。ヒヨコの賭博レースで少し目立ち過ぎてしまったのだろうか?


「確か余市とか言ったな。村民登録を許可してやる代わりに後でギルドに顔を出せ。分かったな?」


そう言うと、余市の返事も待たずにヒョウ柄のマントを翻して部屋を出ていこうとしたが、ドアの前で立ち止まると、


「…にしても、()に恐ろしい(まなこ)よ…その女も連れて来い」


と意味不明な言葉を残してドアから出て行ったのだった。

この部屋に女は響だけなのだし、間違いなく響のことを言ったのだろうが、ひと目見ただけで響を恐ろしい女であると看破するとは!タダ者ではなさそうだ。

そして何故、オレの名を知っている?オレはここに来てからまだ名乗っていない筈だが…。



その後、おどおどとした老人職員ふたりは、余市と響に名前などの知り得る情報を訊きながらペンを走らせた。ひと通りの質問を訊き終えると、用紙に何やら複雑な模様の判を押した。

そして、その用紙を持って3階に上がるよう言った。


部屋を出る時に、後で生活係にも寄ってみることを勧められた。住居などの相談や、村の規則などについて教えてくれる部署らしい。


余市と響は老人たちに礼をしてから村民登録係を後にしたのだった。



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