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嗤うがいい…だがコレがオレの旋律(仮)  作者: ken
第二章 異世界で稼げ(仮)
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EP051 狩人 VS 狩人バチ

既に外は明るかった。

相変わらず天気も良く、隠れ笠を被っていなければ、既に汗だくになっていることだろう。


清泉の洞窟出口より続くこの道を進んで行けば、文字を話す文明人の居る村や町などに辿り着ける筈である。

今夜は洞窟まで戻っては来れないだろうし、新たに落ち付ける居場所を確保する必要がある。


願わくば、宿などがあれば良いのだが、この異世界に於ける貨幣のようなものは持っていない。そもそも貨幣のようなモノが存在するのかも分からない。

大昔の人間のように、物々交換などして暮らしているレベルなのかもしれない…。

だが、今そのようなコトを考えてみたところで始まらない。

まずは人を発見しなければ!


響の姿は相変わらず見えないが、嗅覚と聴覚に神経を傾けると今は前方を歩いているのが分かる。

そして、よくよく注意を払って見ると、静止している時に比べて、動いている時は、保護色効果に若干のタイムラグが発生しているのが分かる。響の身体の輪郭が少しズレて見える感じだ。

流石の保護色効果も、そこまで完璧ではないらしい。


だが、これは相手が昆虫の場合には、かなり致命的ともいえる…。

昆虫は視力の弱い種が多いが、それはあくまでも対象物が静止している場合に限った話であり、動くモノに対しては人間の動体視力を桁違いに上回るからだ。

人間の目では捉えられないほど速い動きでも、昆虫にはスローモーションのように映るのである。

この保護色効果は、昆虫相手では静止時のみ有効と考えておいた方が良さそうである。


そして更に、今までは気付かなかったが、影も存在していた。

保護色で姿こそ目に見えなくとも、そこに実体があることは揺るぎない事実であるということを、虚実に現している。


保護色効果の数少ない欠点である、このタイムラグと影の件を、一応、主たる響に共有しておく。


それが従者たる下僕の義務だからだ。


だが響は返事をしなかった。まあ、直ぐ目の前を歩いているのだし、間違いなく聞こえてはいる筈なのだけれど…。


「余市、蓑を羽織りなさい!」


少しして、急に立ち止った響が小声で言った。

口調から緊張が伝わる。


いきなり隠れ蓑の着用を許されたことに疑問を感じ、何事かと前方を見ると、ひとりの少年が弓のようなモノで何者かを狙っている姿が飛び込んできた!

ここからは、大凡、30メートルほど先である。


14歳ほどだろうか、日焼けした肌と肩ほどまでのブルネットの髪が、活動的な印象を醸しだしている。

腰のところで革製と思しきベルトで締め上げたチュニックのような形状の迷彩色の服を纏っている。ベルトには剣を収納した鞘と、その後ろには水筒のようなものを提げていた。

背中には筒を背負い、中にはストックした矢が数本入っている。

ウェスタンブーツのようなモノを履き、膝を曲げた低い姿勢で、草の上の方を狙っていた。


まさに、少年狩人である!


思ったよりも早く人を発見したという、感動にも似た何とも言えぬ感情が胸に込み上げてくる!!

だが友好的とは限らない。響に言われた通り、そーっと隠れ蓑を取り出して羽織った。

改めて少年を見つめる。

そして、少年の構える弓の先に目を這わせていく…。


ななな!!!なにいぃぃぃーーーー!!!


地上から10メートルほど離れた場所に、草から枝分かれした大きな葉っぱがあるのだが、その葉っぱの先端、裏側にとまっているのは!


2メートルはあろうかというハチである!!!


ハチとは言っても、腹の一部分が赤いだけの全身ほぼ真っ黒なハチである。そして胸部と腹を繋ぐウェストは非情に細く、そして長い。まるで棒のようである!


間違いない!…紛れもなくジガバチだ!


単独で生活する狩人バチの一種で、成虫は肉食ではなく花の密などを吸っているが、幼虫は肉食である。

蛾の幼虫などを麻痺させて巣穴に運んで、身体の表面に産卵し、生まれた幼虫はそれを食べて成長する習性は有名である。


あの少年は、狩人バチを相手に狩りをするというのか!?

息を呑んで見守っていると、


ビュシュッ!


矢を放った!

だが、その矢はジガバチを掠っただけだった!

逆に上空からジガバチが凄い羽音をたてながら少年目掛けて襲いかかって来た!

焦った少年は、手に持っていた弓を捨て、腰に提げていた黒い剣を抜こうとしたが、間に合わない!

身長が恐らく150センチそこそこの少年は、2メートル以上あるであろうジガバチに、完全にマウントを許してしまった!

巨大な顎で首を挟まれてしまっている!そして、括れたウェストを曲げると、尻の先から出た巨大な毒針が少年の太もも付近を躊躇なく刺したのだ!


「うぎゃあああぁぁーーー!!!」


余りの激痛に少年は大声で叫ぶが、6本の脚と顎で完全に抑え込まれ、全く身動きができない。

それどころか、直ぐに少年は抵抗を止め、項垂(うなだ)れてしまった。


し…死んでしまったのか!?


助けてやりたかった!

でも余りにも恐ろしい光景で、身体が動かなかった…。

相手はマイマイカブリよりは小さいにしても、恐ろしさは何倍も上だった。羽があるせいで大きく見えたし、ジィーッ!ジィーッ!っという気色の悪い羽音も物凄かった!

そして、何よりもあの素早い動きである!襲いかかり毒針を刺すまで2秒もかからなかったように見えた…。


巨大なジガバチは無抵抗な少年を上空へと掴み上げると、低空飛行で飛んで行く。

流石にコレはマズイ!助けなければ!!!ついに石化が解け、身体が動いた!


余市は響に断りもなく走り出していた。

覚醒した運動能力のお陰で、ジガバチを見失わずについて行けている。相手も追手である余市に気付いていないようで、猛スピードというワケではなさそうである。少年の荷重もあるが、寧ろオニヤンマなどの敵に見つからないように、敢えて低空を慎重に進んでいる風にも見える。


巨大な草の間隙を縫って暫く進んで行くと、やや開けた場所に出た。これまでに比べて草も大幅に少ない。

ジガバチは、周囲を少し窺うように少年を抱えながら旋回していたが、ゆっくりと着地した。

そして、少年を引き摺って一直線に走っていく。

余市も気付かれぬよう、距離を保ちながら後を追った。


数十メートル進んだところで、ジガバチは少年を放した。

そして、直ぐ近くにある岩を、顎で挟んで退かし始めたのだ。50センチ近い大きな石を次々と退かしていく。恐らく産卵のための穴を予め掘って隠しておいたに違いない。


しかし、自分が掘っておいた穴とはいえ、何故あんなにすんなりと正確に穴の場所が分かったのであろう?昆虫の脳と視力で覚えられるものだろうか?マーキングでもしておいたのであろうか?

ひょっとしたら、これも種の聖域が影響しているのだろうか!?

どちらにしても穴を隠しておくとは、なんて用意周到なヤツなのだろう!


作業が済んだのか、再び少年を顎で挟むと、後ずさりながら、穴へと消えていってしまった。


だが、余市には何もできない!ただ見守ることしかできない!

武器も持たずに勇気を出して穴に飛び込んだところで、数秒で毒針の餌食になることは明らかである!


そこでハサミムシを一撃で倒した響のことを思い出す!

そうだ!響は!?響ならもしかすれば助けられるかもしれない!

だが直後、勝手に自分が飛び出して来てしまったことを思い出す…。後先も考えず何て馬鹿なんだ!このオレは!!!


痛烈に後悔していると、ジガバチが穴から姿を現した。

少年は咥えていない…既に卵を産みつけてしまったのだろう。再び石で穴の蓋をし始めた…今度は後ろ足で小石も掻き集めて、完全に穴を埋める覚悟らしい。

相変わらず、ジィーッ!ジィーッ!と巨大な羽を震わせてながら不気味な音をたてている!


そして、完全に埋め終わったのか、飛翔してどこかへ飛んで行ってしまった…。


ジガバチが見えなくなると、余市は穴のあった場所まで走った。

完全にカモフラージュされてはいたが、岩の下に地面を脚で引っ掻いた跡が僅かに残っていた。


「早くなさい。戻って来るかもしれなくてよ」

「あっ!ハイ!…エッ!?」


振り返ると、影があった。

響も追い掛けて来てくれていたようである。


「それと…勝手に先走らないでくれるかしら?」


かなり冷たい声音である…姿は見えずとも、相当怒っているのが分かる!

一刻を争う状況なので、今は怒りの爆発をぎりぎりのところで抑えている風だ。


「ハイッ!!!済みませんでした!」


返事をすると、穴を掘り起こし始める。

表面の大きな石を幾つか退けると、小石が詰まっており、それらも掻き出すと、再び大きな石が穴を塞いでいた。両腕で掴み、外へと放り投げる。

運動能力が上がったことで、腕力や脚力も当然のように増していたので、思ったよりも早く穴は開通した。


恐る恐る中へと入ると、それ程深くもなく、直ぐに水平になっていた。

入口こそ直径1メートル程の穴ではあるが、奥は少し広くなっており、そこにさっきの少年が横たわっていた!


急いで脈をとると、まだ生きているようだ!

というより、顔を見ると怯えきった目で、余市の居る辺りを見つめていた!

が、身体は麻痺しているようで、動かない。


ジガバチは、幼虫に新鮮な餌を与えるため、麻痺させておくだけで餌を殺しはしないし、幼虫も生き餌をできるだけ最後まで殺さないよう、部位を選んで食べ進めることは知っていたが、それはあくまでも餌が蛾の幼虫などの場合に於いて知らされているだけである。

餌が人間の場合、毒や刺された痛みなどによって、アナフィラキシーショックを引き起こすケースもあるし、何よりも自分よりも大きなハチに大量に毒を注入されているのだ。元の世界での常識など、そもそも通じるワケがない。

とにかく早くここから出し、手当てをしなければ!


と、その前に…余市は隠れ蓑を脱いで金嚢へと仕舞った。

少年を脅えさせない配慮である。ただでさえハチに刺されて重傷だというのに、姿の見えぬ何者かに身体を動かされては、更にパニックを引き起こし、ショックを強めてしまうのは明らかだ。


上着を掴み、引っ張る。すると服の上に30センチはありそうな非情に細長い卵がひとつあるではないか!

おそらく直ぐに孵化するに違いない!

産み落とされたばかりのその卵は白く、表面が少し粘ついており、気持が悪いが、急いで上着から引き剥がした。

そして少年を引き摺り、穴から無事に救出した。


動けずにいる少年の口を指でこじ開け、朧の特性丁子を一粒、強引に突っ込んだ。

少年の腰にある水筒を取り外し、急いで蓋を開けてみると、案の定、中身は水であった。上体を起こし、丁子を含んだ口に、強引に流し込んでいく。

これで体内の毒が解毒されて、回復に向かえば良いのだが…。


迷彩色のチュニックを捲り太ももを見ると、あれだけ巨大な毒針をさされたというのに、既に流血は止まりかけていた。

毒の成分に何か秘密があるのかもしれないが、とにかく手当が必要である。黴菌などが侵入し、化膿してしまう可能性がある。

包帯に代わるような布がないか探すも、余市や響は当然持っていない。

ここは已む無しと、少年の瞳を一旦見た後で、纏っている服の裾を破る。


ビリリリッ!


もともとが丈の短いスカートのような形状であったこともあり、ぴっちりとした黒い下着が露となる。

相手が少年だから良いものの、少女だったらとんでもなく犯罪的な気分に襲われていたであろう…。


何気なく少年の表情を見ると、瞳が潤み、頬が朱色に染まっていた!

おいおい!男同士だというのに…思春期のガキってこんな感じだったっけ?

そんなコトを考えながら、千切り取った生地で、傷口をぐるぐると巻いていく。


だが、そこで脳内にアナウンスが!


『種類:人間、性別:女、年齢:15、血液型:B、名前:ユキエ、身長:154センチ、体重…』


今、何と…?

性別…オンナだとぅ!!!


確かに、黒の下着の前の部分には、男児としての証であるところの、モッコシは見受けられなかったが!

隠れ蓑の効果のせいで見えないが、響が分銅を少女の頭部に押し付けているのは明らかである。


傷口を縛り終えると、慌てて視線を少女の股間から外す。

確か、ユキエとか言ったな…こんな熱いジャングルで、雪なんて降ったコトあんのかよ?

そんなコトを考えながら、無抵抗な少女の服を破ってしまったという罪悪感から逃れようとしていると、


「余市、その子を担ぎなさい!この場から離れるわよ」

「ハ!ハイッ!直ちに!」


少女ユキエは、目だけは動くようで、声がした辺りを必死になって探している風である。

やはり響の姿はこの少女にも見えないらしい。


余市も再び隠れ蓑を羽織ると、ユキエをお姫様抱っこをして立ち上がる。

保護色効果が、触れている別の人間にまでは効果を及ぼさないであろうコトは、今しがた響が分銅を介してユキエに触れた事実を鑑みれば間違いないだろうが、少しでも周囲から目撃される面積を減らす方が良いに決まっている。


辺りを確認しながら、3人は足早にその場を後にしたのだった。



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