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嗤うがいい…だがコレがオレの旋律(仮)  作者: ken
第一章 現世から異世界へ(仮)
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EP005 むかしばなし

老婆がまだ若くてピチピチとしていた頃、とある鉱石を発掘するため、いち時期、拠点を四国に移して生活していたことがあるという。

鉱石の採掘地は、かなり深い山岳部に位置していたから、日帰りなどということはなく、毎回行く度に数日は山に滞在し、長い時は十日近く籠っていたこともあったらしい。


その日もいつものように川沿いを独りで登って行ったが、目当ての鉱石はそう簡単には見つからず、明日ポイントを変えて駄目なら今回はもう諦めて下山しようと思い、採掘作業を切り上げた。

そしてその日の寝床を探していると、周囲でも目を惹くほどの大木を発見したのである。


その辺りはそれでなくとも自然が荒らされておらず大木だらけなのだが、その大木たるや幹の部分からして周囲の大木の何倍も太く、樹齢千年を超えるのではないかという貫禄を有していた。

(こけ)(つる)、そして無数の(つた)から伸びる大量の葉によって木肌は覆われ、地表にも幹を隠すようにシダ類が敷き詰められていた。


若き老婆は感心し、その立派な大木を一周してみることにした。

慎重に大木を上から下まで舐め回すように見ながら、足を滑らせないようにゆっくりと歩を進めた。


そして丁度、先ほど立っていた正面と反対側、つまり大木の真裏にさしかかった辺りで、何者かの声がした気がしてビックリとして立ち止った。

大木を挟んで反対側、もしくは大木の中から、


「…にそなえよ…」


内緒話をする時の囁きにも似たその湿った声音は確かにそう言ったのだ!


老婆は恐る恐る声の主を確かめようと、大木を一周して元の場所まで戻ってきたが、そこには誰もおらず、呆気にとられて大木を見上げた。

西日が射した大木は逆光のため版画のようにただ黒く見えたが、勿論、登っている者などいなかった。

徐々に視線を下に戻し大木の幹を確認した時『ひっ!』と心臓が止まりそうになった。


不思議なことに、つい今までシダや蔦に覆われていた幹の一部が、大きく裂けて穴が開いていたのだ!


一周する前までは明らかにそのような樹洞はなかった…。

もう一度、周囲に目を配らせて誰もいないことを確認すると、老婆はその大木の洞に顔を近付けていった。

洞は結構な大きさだったので両手をついて、そーっと頭を入れてみると、不思議なことに波のような音が微かに聞こえてくる。

それは、貝殻を耳にあてた時に聞こえる音に似ていた。

ただ、貝殻をあてた時に聞こえる音はあくまでも耳の奥の器官である蝸牛にある体液が振動する音であって、今の状況は耳を直にすっぽりと覆って外界の音を遮断しているというワケでもない。

暫く心地よい音に時を忘れていると…


ゴツッ!


頭部にかなり強い衝撃を受けた。

肘から崩れ落ちそうになり、慌てて手の位置を洞の更に奥についたのだが、そこに何か丸いモノが転がっているのに気付いて拾ってみると、それは掘り起こしたばかりの蒟蒻芋のような汚い物体だった。


この物体が上から落下して、自分の頭に直撃したのは間違いないようだ。

最初、それをただの汚れた石だと思い、そのまま捨て置こうとしたが、大木の中から落ちて来たということに少し興味を覚え、川まで引き返してその汚れた表面をゴシゴシと洗ってみた。


すると驚くべきことに、ゴツゴツと汚れていたそれは、まん丸の青い水晶のような姿を現したのだ!


そして、その珠を握り締め、荷物のある大木のところまで引き返したところで再び驚いてしまった。


樹洞が閉じていたのである…。



翌朝、日の出を待たずに下山して一目散に自室に閉じ籠ると、あらゆる角度からその珠について調べてみた。


初めに合成水晶の可能性を疑った。


ガラス玉ではないということは既に分かっていた。

握った時の熱伝導の感覚で看破していたのだ。そこそこの経験がないと見分けるのは容易ではないが、その程度のスキルは経験上体得していた。

勿論、形状と色からして天然水晶の可能性もゼロである。

原石の状態で球体は有り得ないし、アメジストのように紫色ならまだ分かるが、青い色の天然水晶というものはそもそも存在しないに等しい。

何か別の鉱物の結晶が入り込んでいる場合、青く見えるものも見つかることはあるにはあるが、ここまで鮮やかな色のモノは見たことがなかった。


十中八九、合成水晶とあたりを付けて、では何が作用してここまで鮮やかな青色を成しているのか?可能性を疑ってみる…。


そして、コバルト系であればこういった色も出せるかもしれない…という結論に辿り着く。

だとすれば国産ではなさそうだし、珍しいので結構な値がつくかもしれない。

そんな風にあれこれと考えていると…。


ピカッ!


「ん!?」


今、何か光ったような…どこが光ったのだろう?

暫く見つめても何の変化もなさそうなので『何だ気のせいか』と視線をまた珠に集中させていると、机の上に置いてある黒曜石の結晶が、視界の端で小さく反射したような気がした。

結構大きなその黒曜石には斑晶が少し混じっているが、蛍光灯か何かの加減でそこが反射したのかと思った。

しかし気になったので、長年動かしていない卓上オブジェと化した黒曜石を手元にズズズ…と引き寄せた。


そして珠を何の気なしに近付けてみた。


暫くその状態で固定して凝視していると、黒曜石の斑晶ではない漆黒の断面に動きがハッキリと確認できたのだ!

それは非常に小さな動きだった。何かが一瞬通過するような光の濃淡…。


その後は夢中だった。

他の石やガラス玉で色々と実験した。

しかし、どれを試しても同様の現象は見てとれず、この青い珠だけが数分に一度、黒曜石にその現象をもたらした。


つまり、黒曜石自体に起きている現象ではなく、それは単に青い珠を映すことができる鏡のような役割をしていたに過ぎなかったということだ。

面白いことに、青い珠には何の変化も見てとれないのに、何故か黒曜石にはその青い珠の変化が映るのである。


そして何度も実験しているうちにコツも掴んだ。

黒曜石をじっと凝視しているよりも、視線を少しずらしている時の方が頻繁にその光の影の動きを捕らえることができたのだ。


つまりスクライングである。

占いや儀式魔術で用いられるテクニックである。


視界の外のイメージを感じ取る際に効力を発揮する技だ。

この時、若き老婆はそんなことは知らなかったが、追々知っていくことになる。


更にふとした思い付きから、黒曜石の反射よりも水晶玉を媒介にした方がより明確に変化を確認できるということに気付いた。

黒曜石の場合はあくまでも光の動きの有無、つまり黒面に映った影しか確認できないのに対して、水晶玉の場合は色を伴った情報として、揺らめく光自体をしっかりと見ることができたのだ。

しかも水晶という特性上、黒曜石の時ほどスクライングを意識する必要もなかった。水晶を通してその裏側にある珠に意識を集中させ覗き込むだけで変化を確認することができたのだ。


やっていることはほとんど水晶玉占いである。

占う対象が人ではなく珠であるという違いだけだった。


そのような不思議な現象が起こることから、結局、珠については単なる合成水晶ではなく、いったい何なのか依然として説明がつかないままだったが、とうとう数年前、俄かには信じ難い結論を得るに至った。


その結論を導き出すのに半世紀近い途方もない歳月を要した理由は、老婆自身の『気付き』が必要だったからに他ならない。


何年もの間、動く光と影は不規則極まりない揺らぐダンス、それ以上でも以下でもなかった。それは老婆が黙ってただ毎日毎日同じように観察のみを繰り返していた結果だった。


こうしていればいつの日か何らかの変化が現れるのではないか?


そんな僅かばかりの期待へと情熱は冷めていき、仕舞には珠の観察も庭木への水遣りのような日常へと堕落してしまった。


しかし、或る時から、


「おはよう」

「おやすみ」

「明日は晴れるかねぇ?」


などと、孤独な老婆はその珠に語りかけるようになっていた。

それは何かの変化を期待した実験としての試みではなく、庭木に話しかけるようなただのひとり言感覚だった。


最初はたまたまだと思っていた。


しかし、何度も語りかけているうちに、その光と影のダンスに規則性を見出したのだ。

ただ見つめるだけでは不規則なままだが、語りかけた時、少し動きが弱くなり、その直後、少し変わった動きを見せるのだった。


それが質問形式だと尚更だった。

試しに、翌日の天気を『晴れ』『雨』『曇り』の三種類で、それぞれ順番にタイムラグを設けて質問をしてみると、他のふたつの選択肢の時と違うダンスを見せた選択肢の天気が、翌日の天気となったのだ!

ひと月の間、その記録をノートに綴ってみたが、それは100パーセントの確率で正解だった!


こんなことが果たして有り得るのだろうか!?


老婆は久しぶりに興奮していた。

日照り続きの大地に恵みの雨が降り注ぐように、老いた肢体の隅々にまで生気が蘇り血が躍った。


これは自分に備わった人智を超えた特別な能力なのかもしれない!


珠に意識を集中することで、翌日の天気を的中させてしまう能力、現時点で既にどんな局の天気予報士よりも重宝される能力であることは間違いないだろう。

自分が住んでいる地域以外の天気も、訓練次第では的中できるようになるかもしれない!

それどころか、天気以外のこともこの珠さえあれば…。


そんなことを考え始めていた或る日。


『もうやめた方がいいよ…』


初めて珠の方から水晶を通して意識が伝わって来た気がした。


しかし、人間の感覚ほどあやふやなものはない。

目で見たものや耳で聞いたことでも間違いはあるのに、そんな気がした、などという曖昧な感覚は、その時の気分や体調などでどのようにでも変化するものだということを老婆は知っていた。

だから単に自分がそんな風に思っただけだと気に留めなかったのも無理はなかった。

勿論、珠ではなく目の前に実在する人物によって諭されていたとしたら話は別であっただろう…。


結果として老婆は次の日も実験を試みようと、前日のことなど忘れいつものように水晶越しに珠を覗き込んだ。


そして思い知ったのだ。



嗚呼…やっぱりこの子は生きている…と。



水晶を覗き込んだ時、何故かいつもより悲しそうに映ったその光と影は、


『ごめんね』


と言った気がした。

昨日に続きおかしな感覚だな…と老婆は思った。

そして水晶から一度顔を離した。


その時に映った部屋の光景、それが双眸でこの世界を捉えた最後だった。


一回瞬きをした。


すると視界に違和感を覚えた。


いつも水晶を覗き込んでいた老婆の右目は既に失明していた。

それどころか石のように硬く乾き、ただのガラス玉と化していた。指で触れてみても何も感じなかったし、爪で突くと小さくカチッカチッと音がした。痛みは全くなかった。


視力は老化も手伝ってかなり衰えてはいたものの、前日までは見えていたのだ。それどころか、今の今まで見えていたし、動かすこともできていたのだ。



…ごめんね、か。


天気を的中させたのは自分の能力などではなかった。

この珠の…この子の能力が全てだったのだ…。左目で青い珠を静かに見つめた。



その日以来、老婆は水晶でその珠を見なくなった。

毎朝、乾いた布で珠をやさしく拭くのが日課となった。


そして思いを馳せる。



あれはどういう意味だったのか?


遠いあの日、あの大木の裏で余りにも驚いて思考が一瞬凍りついてしまったがために、言葉の最初の方を聞きそびれてしまった…。


『…にそなえよ』


いったい何に?

それとも何かに?

…この珠もしくは何かをどこかに供えよ、という意味だったのか、それとも来るべき時に備えて何か準備せよ、という意味だったのか…?


今となっては知る由もない。



膨大な時を費やし片目を失ってもなお、珠に宿る意識体、スピリチュアルな何かは、いったい何者で何のために存在しているのか、それは今でも分からない。

地域の伝承的な話からサイコキネシスやサイキック現象、宗教的な話、アストラル体やエーテル体などの概念、バクスター効果や形態形成場仮説…考え得る様々な非科学的な文献までも渉猟したが、どれも考えられないし、またどれも考えられる…そんなカオスな思考輪廻から抜け出せなかった。


そしてついには自分が狂っているだけではないのか?

そんなソリプシズム的な意識に押し潰されそうにもなった。


そして考えるのをピタリとやめた。


…それでもひとつだけ、


この子は誰か、もしくは何かを必要としている。だから存在している。


という絶対的感覚だけはある。

そしてそれが自分ではないということも…。



そこまで話し、老婆はゆっくりと顔をあげた。



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